失意の美枝子 あくる日である。四人で江波の陸軍病院へと歩いていたら、子どもばかり十人近く乗せたトラッ クカ砂ばこりをあげてやってきた。初老の人がトラックからおりて、 「おまえたちも、親にはぐれたのか」 まゆみ 真弓らの返事も待たず、その人は、 しゅうようじよせっち ひじゃまちょうまいご 「比治山町に迷子の収容所を設置した。さあ、おまえたちもこのトラックに乗れ」 しよくいん 運転手のほうもおじいさんにみえる。その人らは、市役所の社会課の職員だった。 真弓はかぶりを横にふり、 「わたしたち、これから江波の陸軍病院をたすねるつもりですー しゅうよ、つじよ 迷子の収容所でじっと親を待つよりも、自分の足でさがすほうがましな気がした。 トラックは、そのまま行ってしまった。 しゅうよ、つしやめいば ひろひこ 江波の陸軍病院につくと、真弓と広彦の目で、まず収容者名簿をあたってみた。 ふじお 「冨士男くんの、お母さんの名前は ? 「宮本ゆき子 , しんべい 「晋平くんの、お母さんの名前は ? 」 しつ みえこ りくぐんびよういん しよろ、つ の
トラックのクラクションを鳴らした。勘にさわるよ、つな、しつこい鳴らしかたで。 みつお 光男かトラックにかけよると、 さくらい ふろ、つじ きゅうば せっち 「桜井くん。わたしらは浮浪児ばかり相手にしていられないんだぞ。市内外には急場しのぎに設置 まいごしゅうよ、つじよ きゅうぐんたい しよくりようュ、、つこ された迷子収容所が六ヶ所もあるんだ。その子らを飢えさせないために、旧軍隊の食糧倉庫や、あ しよくりよう、刀ノ、ほ らゆる場所をあたって食糧確保につとめるのも、わたしらの仕事なんだからな」 かわさき 川崎先生は一気にまくしたてた。 「さよなら。またくるよ」 光男は子どもたちに手をふり、あわただしくトラックで走り去った。 まゆみ そのあくる日も、桜井光男は真弓たちのところへやってきた。川崎先生は米をわけてくれる約東 の、つ・刀 ろめんでんしゃ をとりつけた農家へ出かけたので、光男ひとり、路面電車でやってきた。 ねっしん 「また来たの。熱心だね、桜井さんは」 こじいん 「なんべん来たって、ばくらは孤児院へは行かないよ」 「桜井さんのいうことなんか、聞くつもりはないもん」 言葉はつれないけど、子どもたちは光男にまとわりついている。光男のほうも、 「まあ、話しあおうじゃないか」 だれかれなく肩をひきよせたり、頭をなでたりしている。草むらにまるくなって、しばらくとり かん しない力し やくそく 170
ぶつ 死んでいたのだ。 ひなんしゃ 、つじなこ、つ みゆきばし せんだまち 避難者をいったん宇品港へと運びおえたトラックが、こんどは下流の御幸橋から千田町にふみこ む。これまでの町はもうなかった。電柱がたおれ、切れた電線がたれさがっている。こつばみじん 」レ」、つ ば′、ふ、つ ろめんでんしゃ にこわれた家が道をふさいでいる。爆風でとばされた路面電車が軌道から外れ、くすぶっている ねつき そこかしこで火が燃えていて、その熱気をさけるように、トラックはさらに市の中心部へとっき すすむ。 もはや息たえて動かない人が多く見うけられた。そこでトラックの一台には、すでに死んでいる 、かん、か / 、 人が山のように積みあげられた。そのうち兵士らはふつうの感覚がうすれてしまい、そうした黒こ げの死人を見ても気にしなくなっていた。まるで丸太ん棒でもひろいあつめるみたいに荷台へ積み あげている 力、」、つ きようばしがわもとやすがわ せいぞんしやすく 河口から船で、京橋川や元安川をさかのばった救援隊である。つぎつぎと水中の生存者を救いあ ひょうりゅう げた。生存者にまじって、おびただしい死体が浮かんでいる。みじんにくだけた木ぎれなどの漂流 物と死体とで、水面をおおいつくしていた 「兵隊さん。たすけてください」 「船を、こっちへよせてくれ」 川岸からも避難者たちが呼びかけた。 0 ひなんしゃ よ きゅうえんたい 0
か一」、つ 救援隊の兵士らはいくつかのグル 1 プにわかれ、トラックで陸上から、または船で河口から川を刀 さかのばった。 一ど、つ ろめんでんしゃ 路面電車の軌道にそって、三台のトラックで陸上から市内にむかった兵士らである。つぎつぎと しゅうよ、つ たいがんしようわまちつるみちょう ひじゃまばし 道ばたの負傷者を収容して、比治山橋までやってくる。対岸の昭和町や鶴見町はけむりにかすんで、 赤い火がおよいでいる。そのけむりの中からたえまなく人影があらわれて、ふらふらと橋をわたっ ふじみちょう てくる。さらにむこうの富士見町あたりは白いけむりや黒いけむりがもうもうとしていて、まるき り見えない。 あっ 「うわあ、これは熱くてたまらん」 「とまれ、とまれ」 ひじゃまばし 昭和町へトラックを乗りいれようとしたものの、兵士らは比治山橋の東づめでためらっている。 とつぶ、つ ねつぶう たいがん 燃えているのは対岸なのに、正面から、横から、はげしい熱風がおそいかかる。おまけに突風といっ てもいいほどの強い風だ。かぶっている鉄の帽子まで熱くなって、かまんできないほどだ。 ひなんしゃ 橋の上にもおびただしい避難者がたむろしていた。ひょろひょろさまよい歩いたり、すわりこん ′、つ、つ だり、たおれこんだりして、みんな苦痛にうめいている 川をうかがい見たら、水面から頭だけのぞかせた人もいる。熱さにたまりかねて飛びこんだのだ しす ろう。流れにまかせて浮き沈みしている人は、あきらかに死んでいるとしか思えない。じっさいに きゅうえんたい ば、つーし
めんでんしゃ な毎日をすごしている孤児たちが、意に介するものではない。 地下のねぐらから起きだしてきた子らは、 「ねえ、ねえ。きようはなにして遊ぶ ? 」 「また海へ出かけようか」 「それとも焼けあとで宝さがしをして、ばくらの財産をふやすか」 ねむけ などといいかわしつつ、まだ眠気のまとわりついた目で朝の町をながめやっている そのとき義則が、 「おつ、あれはなんだ ? 」 ぜんほう しせん 遠くの前方に視線をあてた。 あちこちのバラックでは炊事のけむりがたちのばっていたけど、あきらかにそれとはちがう。路 医」ど、つ 面電車の軌道をこえたところで、白いほこりをまきあげて近づいてくるのは、一台のトラックだと わかった。 「社会課のトラックじゃないか ? 」 ふろ、つじ 「だとしたら、浮浪児の狩りこみだ」 「おいみんな。逃げようぜ」 全員が逃げるかまえをみせた。 よしのり 力し ざいさん 0 ろ 炻 2
えらべといわれても、そうはいかない。 かわさき みつお 月崎はなんの返答もせず、トラックを運転している。ぶぜんとしたその横顔に光男のほうも不央 かん 感をかきたてられ、 し せいじよう すく 「川崎先生。ばくらの仕事は、正常な社会生活から閉め出されている子どもたちを救うことでしょ ふろうじあゆ 、つ。いつもトラックの中にいないで、いちどぐらい自分から浮浪児に歩みよって、話しかけてはど 、つです」 し せいじよう 「あいつらの意志で、正常な社会生活から逃げてるんだろ」 し・刀 月垢力しいかえす。あいつらという、その言いぐさに光男は怒りかこみあげてきた。 「子どものプライバシ 1 は尊重してやらなきや。そうでなければ、むこうだってほくたちを尊重し てくれんでしようが」 「桜井くんは、浮浪児に尊重してもらいたいのか さすがに光男の顔がこわばった。 「なんべんでも足をはこんで、まずあの子たちとうちとけることにします。ゆっくり時間をかけて せっとく いくせいしょ 説得し、かならず育成所につれていきますから」 / 、ちょう かんじよう 光男がいったら、川崎はろこつにいやな顔をしてみせた。光男のほうも、もはや感情が口調にも 表情にも出てしまっている。 ひょうじよう 、レさ ら へんとう そんちょう うんてん そんちょう ふかい 167
もとやすがわかりゅう ほしゅう当、ぎよう 元安川の下流では、いくにんかの男たちが、つるはしやスコップで土手の補修作業をしていた かわさき まゆみ かんしん 川崎先生とやらは、まるで真弓たちには関心がないかのように、トラックの運転席からそのほうへ しせん 視線をむけている さくらいみつお 桜井光男が、ふたたび口をひらいた。 「あそこで土手をなおしている人たちには、この町ではだれかが土手をなおさなけれ ばならない、がんばれよといってやることかできる」 、」きゅう ひと呼吸あって、なおもこ、つつづけた。 / グを この町では 「だけど、こ、つい、つことはできない。 ふく だれかがまんぞくに食べられず、まんぞくな衣服 ふろ、つじ ひとっ持たない浮浪児でいなければならない、 十めナすな ' カ がんばれよと 真弓はいっしゅん、かえす言葉につまった。 。いくぶん いい信 ( かされまいとす・るよ、つこ、 くやしそうな顔つきで相手を見つめ、 「浮浪児をつくったのは、あなたたちが戦争を したからでしよ。こんどは、どうつくりなおそう ネ安井光男 さくらいわっま , 、
「市場なんて、たびたび行くところじゃないよな」 せいじろ、つ というのは誠治郎だ。 しんけい 「そうだよな。お金はもうかるけど、けっこう神経がっかれるもんな」 「社会課のトラックもやってくるし、それに、大人たちの中には、ばくらをうさんくさい目で見る やつもいるもんな」 「自由に生きてるおまえたちには、もともと性にあわないのかもね。お金が必要になったころ、ま た市場で仕事をしてもらうわ」 まゆみ 真弓も口をそえている。 まつおか 四松岡さんありがとう ひろひこ そのあくる日、海に出かけたのは、義則と、広彦、誠治郎、それに真弓の四人だ。あとの小さい 子らには、食器を洗ったり、たき木をあつめるようにいいつけておく。 みえこ 貝を掘り、小魚をとって、まだ陽が高いうちに海からもどってくると、美枝子たちがそのへんの すがた 草を摘み取っていた。ところが、アカコの姿が見えない 「アカコは ? いちば っ よしのり・ しよう ひつよう 156
まるが 初老の男ふたりが、丸刈り頭の少年を追っかけていた。きのうの朝、真弓たちに話しかけてきた 社会課の職員だった。 「おまえらも、つかまるぞ . みなみおおはし その子はみんなにひと声かけて、南大橋をわたってむこう岸まで逃げていった。 社会課の職員は、みんなのところまできて追いかけるのをやめ、 「さあ、おまえたちもこい ・刀十′ こんどはだれかれなく肩をつかんだり腕をつかんだりして、むりやりトラックのほうへひつばっ ていこ、つとした。 「ばくらがいやがっても、つれていく気 ? それじゃあ人さらいになってしまうよ」 ひろひこ 広彦が、あごをしやくっていいかえす。 こ、つしやく 「講釈をたれるな。さあ、ついてこい。おまえたちを保護してやろうというのだ」 「いやだ」 広彦がくるっと身をひるがえしたので、全員がつられるように、瓦礫をとびこし、草むらをつつ 走って逃げだした。 「待て。なんで逃げようとする」 男たちは子どもらを追いまわしていたが、そのうち息ぎれかして立ちどまった。そこでみんなも しよろ、つ しよくいん うで がれき
、つじなこ、つ 兵士たちは十五分で字品港に到着した。 ぐんよ、つさんばし 軍用桟橋におり立っと、空はけむりでおおわれて、 あたりがタぐれのようにうす暗い。 のが ふしようしゃ 燃えさかる市の中心部から逃れてきた負傷者が、 さんばー ) 桟橋や海岸をうめつくしている。それら負傷者を にのしまかなわじま 似島や金輪島へ送りとどけるために、軍の船や みんかんぎよせん 民間の漁船などがあわただしく海を行き交って りくぐん いた。負傷者は徒歩で、あるいは陸軍のトラック で運ばれ、あとからあとから港にやってくる。 「、つ 1 ん、こりゃあひどい」 めじり 兵士のひとりがそんな負傷者を目尻でとらえ、 声もうわずりぎみにつぶやく 着ていたものは焼けこげ、ばろばろにやぶれて、 ャケドやケガをして体のあちこちが血にそまって いる。どの顔も黒くすすけて、目だけが異様に ちばし 血走っていた。 と、っちゃく しレ、つ