地下室 - みる会図書館


検索対象: リトルボーイ
211件見つかりました。

1. リトルボーイ

瓦礫の町の捕虜 空に星をいただいて、真弓が夜明けをまっている ーり・ん・か / 、 星がうすれゆくにしたがって地上のあらゆるものが輪郭をきわだたせ、廃虚の町がゆっくりと目 こ、つけい をさます。そんな光景を見るのが、真弓は好きなのだ。 じようく、つげんしばくだんさくれつ ほかの孤児たちはまだ、地下室で眠りこけていた。広島の上空で原子爆弾が炸裂して二十日たっ ふくそ、つ ていたけど、みんなはそのときの服装のまま、いつも丸寝をしているのだった。義則だけは、あい かわらず一階の金庫の中で寝起きしている その義則がビルから足をふみだし、真弓に声をかけた。 「早いね、真弓ちゃん」 くいぐい胸におしつけている そのあとで広彦とじいちゃんは、うら山の墓地にのばった。お父さんといっしょの墓にお母さん をおさめた。 タ焼けがきれいだ。みんなもちょうどいまごろ、焼けあとの町できれいなタ焼けを見てるだろう がれき 118

2. リトルボーイ

一階の階段は空にむかってとぎれているけど、風向きのかげんで、そこはまずまずしのぎやすかっ ちかしつ た。すでに地下室は、腰までつかるほどの水たまりになっている 吹きに吹き、降りに降りまくった風と雨も、夜中にはまず雨がピタッとやみ、ほどなく風もおさ まった。台風は、どうやら通りすぎたようだ。 朝になってみると、地上のそこかしこに真っ平らな水たまりができていた。その土色の水たまり たいしようてき げんせん す と対照的に空は青く澄みわたり、愛と命の源泉である太陽が、あたらしいねぐらをさがして歩く子 て らのゆくてを明るく照らしている 「やられた、やられた」 「びしょぬれの服もズボンも、おてんとうさまに乾かしてもらうしかないぜ」 ふじおしんべい かぜ 「みんな風邪ひくなよ。もっとも冨士男と晋平は、風邪なんかひかないけど」 「どうして ? 」 わら よしのり・ と冨士男が義則をふりあおぐ。大きい子らは笑いあってる 「冨士男も晋平も、元気だからよ」 まゆみ 真弓がいいそえると、ふたりともびよこびよこ跳びはね、うれしそ、つに笑った。 じようだんをいいあい、ふざけてもつれあい、どの子も気落ちしたふうもない。 「ばくらはもともと、なくすものがすくないから気らくなもんだよな」 かわ

3. リトルボーイ

「きようは雨になりそうだから、どこにも行かないで、一日ねぐらですごそうよ」 「わかった。三度のごはんは、たくわえてある食べものですませよう」 まゆみよしのり 真弓と義則は言いあってる。 朝のうち、雨は音もなく大地をしめらせ、土のなかにひそむ植物をしずかによみがえらせようと する、やさしい雨のふりをしていた。ところが昼すぎには大粒の雨が地面をたたきつけ、風も草木 をゆすりたてはじめた。 「まちがいなく台風が来てるぞ」 あ 義則がいったとおり、風はますます吹き荒れだし、雨はビルの残骸にいきなりふりそそいでは、 また遠のいていく。その音がはげしくなるたびにアカコがおびえた目をうろっかせ、真弓にしがみ 0 ついている てんじよう ちかしつ くずれた天井の一部から雨がおそいかかるものだから、九人とも地下室のかたすみによりかた まっている。 さ力し ときおり義則が、外のようすをうかかいに階段をあがっていったが、空と地上の境もわからない やみ 、け・んレ」、つ 闇が広がっているばかりだ。いまが昼なのか夕方なのか、それともすでに夜なのか、さつばり見当 かっかない。 どれほどかすぎて、とっぜん土色の水が階段をつたって流れこんできた。 ざんがい 180

4. リトルボーイ

ちよきんきよく ふく また貯金局のビルにもどってきた。着ているものはほこりまみれだ。敏子が、ひとりひとりの衣服 をはたいてやってる。 「おい、モグラども きんこ 一階の金庫の中であぐらをかいている義則が、はやばやと 地下のねぐらにひきこもった子らに呼びかけた。 「出てこいよ。はれた夜は、そとで寝るのも気持ちがいいも んだぜ」 真弓がいなくなってしょんばりしていたみんなが、その気 もとやすがわ になった。ビルからふみだし、元安川の土手つぶちまでやっ てくる 草むらにねころがって空をあおげば、星という星がぜんぶ 出そろってきらめいている。そして地上いちめんは、くずれ / 一おちたビルの骨組みが残っているだけの、まっくらい焼け野 ばくしん 原だ。いや、電気もようやく復旧して焼失をまぬがれた爆心 地から遠くの家いえには、ちらほら灯りがともっている しようど あの灯りのひとつひとつは、焦土の中にも人びとの生活が ふつきゅう としこ あか しようしつ

5. リトルボーイ

がした。この星にあって、自分が命の代表のように思えた。 ( そうよ。楽しくしてたらいいのよ ) もうとっくに真弓は、地下室から出てきたみんなの気配を背後に感じていた。みんなに慕われて がれき そんざいかん いると思ったら、すこしは自分がこの瓦礫の町で存在感のある人間のような気がした。わるくない 気分だ ( いまはなにも考えず、むりをしないで、この子たちといっしょに、この星の上にのつかっていよ そ、つ思った。 「おいで。こっちへきて、すわったら」 わっとみんながかけよって、真弓の両わきにすわりこんだ。 「迷子の収容所へは、行かなくていいよ」 、つんうんと、だれもか頭をうなずかせた。 ( ししカ , 目然にわ 「いまはみんなで力をあわせて、生きていくことにしよう。そのうちどうすれよ、 かってくるよ」 広彦が、地下室から木イチゴのジュースをとってきた。ひろいあつめていた湯のみやグラスを全 員にくばり、あの子に、この子に、ジュースをついでまわる。 だいひょう した 1 田

6. リトルボーイ

よしの . り・ ひろひこせいじろう たので、市場へは、義則と、広彦、誠治郎の三人が出かけていった。 夕刊も売らせてもらったけど、その日は、養豚屋のトラックについてまわって残飯あつめもした。 、 0 「やー アルコ 1 ルを買ってきたぞ」 義則たちは、こおどりしつつ帰ってきた。 そまっ その日、九人の孤児たちは、地下のねぐらで食べものをかこんだ。ふだんと変わらない粗末な食 べものだけど、それはもう、はなやかなタ食だった。なぜかといったら、ランプに照らされていた からだ。 ちかしつ きのうまでの地下室は、くずれた天井の一部と階段からばんやり射しこむ月あかりと星あかりだ けで、だれの表情もうかかえないほどだった。ところかいまは、よろこびにあふれたみんなの表情 か、くつきりとランプの灯りに照らしだされている 「明るいね」 「うん。明るいね」 食事のあいだ、みんなはたびたびランプをながめた。ある子はそわそわとおちつきをなくし、あ る子は感じ入った面もちでだまりこんだ。じっさいランプは、見れば見るほど美しい形をしている あんていかん つば いしわたしん 安定感のあるアルコールの壺。そのまんなかから出ている石綿の芯。そして、なんといってもラン まる ほや ほのお プをランプたらしめている円いガラスの火屋。火屋がしつかりと炎を風から守っている。みんなは いちば ひょうじよう おも あか てんじよう ようとんや ざんばん 148

7. リトルボーイ

しろいろなことか思いだされてきた。 らおいしそうに食べていたつけ。、 「あついよう。あついよう」 といいながら、万里子は焼け死んだのだろうか。誠治郎は、妹をいじめたことがくやまれた。 わおれたちは星を持ってる いざ眠ろ、つとしたとき、 「おれは、あそこが気にいってるんだ」 義則だけは地下室の階段をあがって、一階の、 きんこ とびらがとれかかった金庫にもぐりこんだ。 せんだまちせきじゅうじ みんなで千田町の赤十字病院をたずねたのは、 あくる日である。身よりに会えるわけでもない 誠治郎もついてきた。 ひょうどうまゆみ その赤十字病院で、兵藤真弓は、ようやく 当、し、刀し 母親に再会できたのだった。 「母さん。母さんなの ? 」 せいじろう

8. リトルボーイ

: ンや 「水だ ! 水だ ! 水だ ! 」 「あわてるな。いまのうちに、めばしい道具を 一階に運びだせ。まずは自分の持ち物だ」 「ランプ、ランプ。なべ、なべ」 しよっき 手わたしで肩かけカバンやら食器やらを一階に ちかしつ 上げているうちにも、みるみる地下室の床に 水がたまりだす。 「ばくのこいのばりが泳いで逃げるぞ。こいのばり、 こいのばり、こいのばり、こいのばり」 しんべい 「わかった、わかった。うるさいぞ晋平」 「もう道具はあきらめよう。自分で自分の 命を一階にはこびだそうぜ。まだちょっとしか 使い切っていない命が、いちばんたいせつだもんな」 ひろひこ と、こんなときにも、おどけたロぶりの広彦 ではある。 みんなで一階のおどり場に身をよせあった。 〇し 0 2 ( し

9. リトルボーイ

かな 泣いたら、おまえのお母ちゃんも悲しくなって、泣いてるんよ」 アカコは真弓をまっすぐ見かえし、うなずいている 「おまえがいつも元気で笑っていたら、お母ちゃんは安心して、アカコが元気にしてるから、よかっ たよかったと思うんよ」 いいきかせつつ、真弓は声をたてずに泣きながら、その涙を風にさらした。 「アカコはお母ちゃんが好きなんでしよ」 「うん、すき」 「じゃあ、お母ちゃんが悲しむから泣いたらだめ 真弓は涙をぬぐいきって地下室に引き返した。 それからのアカコは、まったく泣かなくなった。 「どんなまじないを、かけたんだ ? 」 ふしぎ 義則が不思議そうにたすねた。 「おまえには効かないまじないよ」 いいながら、真弓は笑ってみせた。アカコの涙をとじこめてしまったのは、ちょっとかわいそう な気もした。悲しみの出口がないのは、かえってアカコにはつらいかもしれない。 はじめのうちアカコは、すこしでも真弓が立とうとすると、かならず抱きついてきた。 4 1 10

10. リトルボーイ

になった。美枝子が、かわらの山をかきわけて柱時計を見つけた。義則がその時計を地下室の壁に 、か、かげ・て、 きそく 「きよ、つから、規則正しい生活をしよ、つ」 すうじばん といったら、みんな大笑いしたものだ。時計。 ( こよ数字盤があっても針がなかった。 そしてその日も宝さがしにでかけて、 「おつ、よごれた人形をみつけたぞ」 「とことこ歩いてるから、ゼンマイ仕掛けの人形だな」 義則たちは、じようだんまじりに言いあってる みんなが見つけたのは、ほっぺたに涙のあとをくつつけた、まるで小さな迷子の幼女だった。 真弓がその子のまえにひざまずいて、 「こんにちは」 笑いかけた。ついで義則が口をひらき、 「おまえ、お母さんは ? 」 「やかれた」 わるい人に焼かれたとっげたつもりだけど、おさないから言葉がたりないのだった。 いちぶしじゅう この子は、救護所で息をひきとった母親が火葬にされたあと、その一部始終を見たあと、泣きな きゅうごじよ 、か、、つ 0 よ、つド ) よ 105