、つ 敏子の亡くなった家族までが、顔も知らない家族までが思い浮かんできて、 ( ごめんね。おまえのつらい気持ちやさみしい気持ちに、いままで気がっかなくて ) まゆみ 真弓はさらに強く抱きしめている かん 敏子はロをひきむすんで泣いていた。真弓にしがみついて泣きながら、美枝子に感じていたねた こどくかん ましさも、なぐさめに飢えていた孤独感も、不安もせつなさも、自分のながした 、冫ていくらか洗いなかすことかできたようだ。 げんしばくだん かんざき 谷口敏子は神崎国民学校の一一年生で、原子爆弾が こ、ってい さくれつ せいれつ 炸裂したとき、校庭に整列して朝礼をうけていた。 い 0 なり・ピカッとあたり・かかかやき、 ドーンと、ものすごい音がした。 「伏せろ ! 」 朝礼台の教頭先生が叫んだ。とっさに敏子は、 体を腹ばいにまっすぐのばして校庭に伏せた。 てき ばくだん 「いいか。敵の飛行機が爆弾を落としたら、 両手の親指でしつかり耳の穴をふさぎ、あとの指で しつかり目をふさぎ、しつかり口をとじて腹ばいに こ、ってい みえこ
ちょう ( 死なないで母さん。せつかく会えたのに、どうして死んじゃうの ) 心のなかでよびかけながら、なぜか涙はでなかった。母さんがやっと楽になるという気持ちもあっ て、そのほっとした気持ちが涙を遠ざけていたのかもしれない 死ぬまぎわ、母さんはうっすらあけた目で真弓を見とどけると、かすかに笑った。 「ごめんね」 声は聞きとれなかったけど、母さんの唇が、そういいかえしたような気がした。 かそ、つば 真弓の母さんも、病院の火葬場で焼かれた。 どく 「真弓ちゃん。お気の毒だったわね」 こっ 赤十字病院をあとにするとき、おみやげでも持たされるように、母さんのお骨がはいった袋を婦 長からわたされた。レントゲンのフィルムをいれていた袋だった。真弓はそれを肩かけカバンにお さめこんだ。 士っ・もとしようこ 玄関まで見おくってくれた松本祥子が、 「じゃあね。さよなら真弓ちゃんー ′、ちょう はなやいだ声でいって、手をふった。真弓はちょっとあきれたけど、しんみりした口調でおくや みをいわれるよりはましな気がした。 なんようせんち せんし しゆっせい 父親はすでに戦死しているし、出征して南洋の戦地に送られた二十二才の兄も、はたして生きて くらびる ふくろ
「ぎやおーう。はははは、学校が休みのたびに食いものをかついで、 ばくはみんなに会いにくるからな」 「おう、たよりにしてるぜ」 ひろひこ 、つら こうして広彦は、よろこびいさんで江田島の幸の浦へ と帰っていった。 しめいかん ほこらしい使命感が広彦の気持ちを変えたのだった。 「さようなら広彦」 「さようなら」 「さようなら」 まついひろひこ 去っていったのは藤岡美枝子と松井広彦だけ まゆみ なのに、真弓は、この二日のあいだにたくさんの さつかく 仲間たちと別れたような錯覚にとらわれていた。 ふじおかみえこ えだじま 0 0 0 0
いるだろ、つか ( わたしは、ひとりばっちになったんだ ) 真弓は思った。けどすぐ、むりやり こ、つ思い 気持ちをきりかえるよ、つに、 なおした。 ( わたしは、きようから自由なのだ ) そ、つだ。なにもかもなくしたかわりに、 えいえん 亠 9 じよう 自分は自由なのだ。頭上には永遠に 青い空が広がっていて、真弓はどの は、つ、刀ノ \ 方角へも行くことができた。病院の門を しようど でた真弓は、足どりもかるく焦土の町に ふみだした。 あくる日の八月十五日、戦争はおわった。 すいじようき 地上にあふれていた命が水蒸気のように じようはっ 蒸発していった日から十日たって、 日本は戦争に負けたのである 0 〇 0 0 0 0 のイ /
の・ ( い 「心を強くもって、生きていくのよ」 かんじよう 声もへんに感情をこめているみたいで、芝居じみていて気持ちがわるかった。 ひょうじよう まゆみ 真弓はにこやかな表情で女生徒らにむきあっているが、 にちじよう 自分たちの日常をけいべっしている人間が わりこんできたような、いやな感じがした。 ( ( ーしきやおー、つ」 ひろひこ みき きせい とっぜん広彦が木の幹を抱きかかえ、奇声を あげながら頭をふりたくった。ねえちゃんたちは、 ものすごくびつくりした。 「どうしたの ? 」 ねえちゃんのひとりが、真弓にたずねる 「あの子、だいじようぶ ? 」 べつのひとりがたずねる。 「だいじようぶ、だいじようぶ」 真弓は笑いたいのをこらえている なかま 広彦がけろっとして、また仲間の輪にもどる。 わら
「帰ってはいけないよ。あんたも死んだ気になって、 せわ 患者さんの世話をしなさい」 やさしくさとすようにいいかえした。 むりやり気持ちをきりかえた祥子が、 「やつばり、逃げないことにしよう」 みんなにいったら、うらめしそうに見かえす子も いたり、にえきらない返事をする子もいたりして、 けつきよく朝になってみると、四人が消えていた。 はいぜん 「もう配膳がすんだころだね。朝ごはん、食べに帰ろう」 祥子かいって、ふたりは川土手をはなれた ちゅうしゃ 「きのうは、はじめて患者さんに注射をしてあげたのよ」 病院に引き返しながら、祥子が話しかける この四月に看護婦の学校にかよいだして、 がっか まだ学科しか習っていない祥子だけど、 「おもいきって、やってごらん」 せんばいの看護婦にいわれて、軍人の患者に注射をしたのだ。 なら 0 ロ ロロ
とっこ、つけいさっ 「おまえたち、たいへんなことになったよ 1 う。父ちゃんが、特高警察につれていかれてしまった よー、つ」 直子はおろおろ声でいって、いまにも泣きかかっている 「身内の者だけでごはんを食べているときにしゃべったことが、どうして特高にばれたのかしら」 けげんそうに直子かいったら、 「ばくが知らせたんじゃ」 せいじろ、つ し ( しし力、んした。 直子はいっしゅん耳をうたがい、わが子を見かえしていたが、 「どうして ! 」 誠治郎の肩をつかんで、ゆすりたてた。 「父ちゃんがあんなことをいうから、特高に注意してもらおうと思って」 「このばか ! 注意ですむと思ってんの。まったく、なに考えてるんよおまえは むね ただよし その忠義がタ方には家に帰してもらったので、直子もほっと胸をなでおろした。 「息子の国を思う気持ちにめんじて、今回はゆるしてやる。二度とそのようなことを口にしてはい かんぞ。わかったか」 「はい。二度と口にはいたしません」
といったのは広彦だ。真弓はなんの意見も口にしないで微笑を光らせ、やさしい気持ちをあたりに まきひろげていた。 「おいしそうね」 ぞうすい 煮えてきた雑炊に顔をよせて、敏子がいう 「こんな雑炊にはめったにありつけないぞ。敏子も、いつばい食べろよ」 誠治郎がいいかえす。人絹の靴をヒモでしばってもらってから、敏子はいつも誠治郎のとなりに ざ 坐をきめている シロツメクサの地面にそれぞれの食器をひろげたとき、真弓がいったものだ。 「まるで花もようのテープルクロスだね」 「そのうち空に、星のシャンデリアがかかるぜ」 義則がそうつけたす。ついで広彦が、 「こんなぜいたくなレストランで食事ができるなんて、ばくらはしあわせものだな」 焼けあとでひろったナイフやフォークやスプーンもあった。このような道具で食べたことのない 子ばかりだ。 よ、つしよく もっとも美枝子は、洋食の店でたびたびナイフやフォ 1 クを使って食事をしたことがある 「さあ、食べよう」 じんけんくっ いけん びしよう 134
ちよきんきよく ふく また貯金局のビルにもどってきた。着ているものはほこりまみれだ。敏子が、ひとりひとりの衣服 をはたいてやってる。 「おい、モグラども きんこ 一階の金庫の中であぐらをかいている義則が、はやばやと 地下のねぐらにひきこもった子らに呼びかけた。 「出てこいよ。はれた夜は、そとで寝るのも気持ちがいいも んだぜ」 真弓がいなくなってしょんばりしていたみんなが、その気 もとやすがわ になった。ビルからふみだし、元安川の土手つぶちまでやっ てくる 草むらにねころがって空をあおげば、星という星がぜんぶ 出そろってきらめいている。そして地上いちめんは、くずれ / 一おちたビルの骨組みが残っているだけの、まっくらい焼け野 ばくしん 原だ。いや、電気もようやく復旧して焼失をまぬがれた爆心 地から遠くの家いえには、ちらほら灯りがともっている しようど あの灯りのひとつひとつは、焦土の中にも人びとの生活が ふつきゅう としこ あか しようしつ
話のあいまに真弓はそうロにした。だけど真弓自身は行くつもりはない。 「でも、あの大人たちのいうとおりにしないほうか、いし 、んじゃないの」 しいかえしたのは義則た 「どうしてよ」 ひろひこせいじろう そしたら、義則、広彦、誠治郎の三人が、まるで申し合わせたようにいいたてた。 「戦争をしかけたりする大人は、信じたくないよ。わかるだろ」 きようそ、つ 「あの連中は人と競争ばかりして、人の上に立つのが好きなんだ」 くんれん 「あいつらのいうとおりになったら、またばくたちを訓練して戦争をおこすよ」 じつはきのうもそんな話をして、おさらいみたいに真弓に聞かせているのだった。 すく 「収容所に保護されたほうが、たちまちの困難から救われると思うから、すすめてるのよ。お腹を すかしたりしないでもすむし」 「いやだね。もう、おとなにしたがうだけの自分はごめんだ。これからは自分の気持ちに正直に生 きていくんだ」 ごき 義則が語気をつよめて決意のほどを示した。 そかい 「どうしておれたちは疎開に出されたか、いまになってわかったよ」 義則はいって、なおもねつつほく、 よしのり けっ こんなん なか