真弓 - みる会図書館


検索対象: リトルボーイ
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1. リトルボーイ

うらの空き地にさそった。 まゆみ すつばだかになった真弓は、体じゅうに石けんをつけて、思いきり湯をかぶって洗った。そして、 かんふろ ドラム缶の風呂につかった。まったくいい気分だった。 、」、つりよう はい」よ 廃虚の町が、真弓のまわりに荒涼とした空気をただよわせている。日がたつにつれて瓦礫はとり さらち のぞかれ、更地がめだってきた。家のない真っ平らな大地に、あの道この道だけがはっきりしてい さつぶ、つけい ( 殺風景も、わるくないもんだね ) ここち ふうけい 風呂につかってる心地よさのせいかもしれないが、そんな風景が美しくさえ思えた。町もすべて 、刀い、かん むいちもっ を失っているけど、自分がいかに無一物かをしみじみ感じる。これがまた、なぜか真弓には央感だっ 服を着た真弓が小屋のうらにまわると、アカコが背中にとびついて、両腕で首をしめあげた。ア カコも、つれしそ、つだ。 なかま かな 「ばくらは、よろこびも悲しみもみんなでわかちあう仲間なんだ」 ひろひこ まつおか 会話がはすんでいたらしく、広彦が、うかれ声で松岡さんに話しつづけている。 「そうかい。そりやよかった」 そうだん 「あしたはどうやって食べるか、ランプの下でいつも相談するんだー うしな がれき 159

2. リトルボーイ

ほうたい いた。顔じゅうに包帯をまいた患者は、おばあさんの娘なのか孫なのか、よくわからない 真弓の母も身動きひとっしなかった。たまにかすかな笑みをうかべて真弓を見かえすけど、ほと んど目をとじたままだ。真弓はそんな母のそばにいて、食べものを口に運んだり、便器をそえてやっ たりしている 母との別れ 「まゆみ : かばそい声で、また母さんがよんでる。そのたびに真弓は話しかけているけど、 「まゆみ : : : 」 はんてん 母さんは、ただ名前をよんでる。顔じゅうに赤黒い斑点が出て、かたくとじた目が、つらさをあ らわしていた。そんな母さんを見るのは真弓だってつらい やがて看護婦をともなった老医師がやってきて、母さんの脈をとりはじめた。 なっとく 真弓は納得しなければならなかった。母さんとは、お別れなんだと。母さんの命が一秒ごとにう ばい去られる。一秒一秒が、母さんのすべてをうばい去っていく。 でも真弓は平静をたもっていられた。 みやく まご

3. リトルボーイ

焼けあとで生きてゆこうよ 「あっ、真弓ちゃん」 「おい、真弓ちゃんがもどってきたぞ」 みんなはうきうきさけびたて、両手で暗がりをかきわけながら地下室におりてきた真弓をとりか こんだ。 しゅうよ、つじよ 「まだここにいたの。とっくに、迷子の収容所へ行ったかと思ってた」 かべ しいつつ、真弓は壁によっかかって足をなげだした。おおきなビンを手にした広彦が、 「きようは木イチゴを見つけたから、ジュースをこしらえたんだ。のむか」 「やめとくわ。お腹をこわしそうだから」 「しばりたてのジュ 1 スだぞ。お腹なんか、こわすもんか」 「いいよ。のどがかわいてないから」 しず 母親が亡くなったことを真弓がっげると、みんなはちょっとのあいだ沈んだ顔つきを見せた。 でも真弓が帰ってきたことで心はうきたっている すぐまた、わちやわちゃとしゃべりあってる 「みんなで、迷子の収容所へ行くことにしたら ? なか 小さい子もいることだし」

4. リトルボーイ

まゆみ いやで、真弓はしばらく決めかねていた。 でも来てよかった。市場が、真弓たちにいろんな仕事をもたらし、お金をもうけさせてくれると ころだったからだ。 よしのりひろひこせいじろう 市場にやってきたのは、真弓と、義則と広彦、誠治郎の四人だけど、リャカ 1 に新聞をのせた男 の人が、 「きみたち。夕刊を売らないか」 やわらいだ顔で話しかけてきた。 真弓は身ぎれいにしていたし、目鼻立ちも、すれちがう人が見とれるほど整っていた。その新聞 屋も、真弓がつれていた子らだったので、声をかけてきたふしがある 「タ刊です。夕刊、いかがですか」 四人が、汽車を乗り降りする人ごみのなかをぬい歩く。リャカーの新聞をみんな売り切って、ひ とり二十円すつもらった。 「きようみたいにお金をかせぐことができたら、もっとましなものが食えるぞ」 「そうね。お金があれば心づよいわね」 四人とも、おちつきなくよろこんでいる か一」、つ つぎの日、真弓は美枝子と敏子をつれて河口までみんなの衣類を洗いにいっ みえこ としこ しるし ととの 147

5. リトルボーイ

まゆみ 、力学に むね ふしようしゃ 真弓の母は、肩から胸にかけて包帯をまかれ、おおぜいの負傷者と病室の床に寝かされていた。 顔はやけどではれあがり、、つつすらとあけた目で真弓を見とどけると、ありったけの愛情で笑いか 「心配してたんよ。母さん、おまえに死なれたら : : : 」 心のささえをなくすことになるから。 なみたごえ そうつづけようとした真弓の母親だが、あとは涙声になって言葉にならない。 しようど、つ 母の顔を見ると、真弓は、はりつめていた気持ちがいっぺんにほどけた。抱きっきたい衝動をお さえながら、涙にうるんだ顔をそむけている 「行こうぜ」 義則が小声でうながす 病室のかたわらでそのようすをうかがっていたみんなは、真弓には何もっげないで、ふたたび明 るい陽さかりの中に出た。 「よかったなあ、真弓ちゃん」 「うん。お母さんに会えたもんな」 いいかわしつつ、いくにんかの子は、自分の母親を見つけたい思いにかられていた。 きゅうごじよ あちこちの病院や救護所をたずねまわった義則たちは、あたりがゆうやみにつつまれだすころ、 ゆか

6. リトルボーイ

ちょう ( 死なないで母さん。せつかく会えたのに、どうして死んじゃうの ) 心のなかでよびかけながら、なぜか涙はでなかった。母さんがやっと楽になるという気持ちもあっ て、そのほっとした気持ちが涙を遠ざけていたのかもしれない 死ぬまぎわ、母さんはうっすらあけた目で真弓を見とどけると、かすかに笑った。 「ごめんね」 声は聞きとれなかったけど、母さんの唇が、そういいかえしたような気がした。 かそ、つば 真弓の母さんも、病院の火葬場で焼かれた。 どく 「真弓ちゃん。お気の毒だったわね」 こっ 赤十字病院をあとにするとき、おみやげでも持たされるように、母さんのお骨がはいった袋を婦 長からわたされた。レントゲンのフィルムをいれていた袋だった。真弓はそれを肩かけカバンにお さめこんだ。 士っ・もとしようこ 玄関まで見おくってくれた松本祥子が、 「じゃあね。さよなら真弓ちゃんー ′、ちょう はなやいだ声でいって、手をふった。真弓はちょっとあきれたけど、しんみりした口調でおくや みをいわれるよりはましな気がした。 なんようせんち せんし しゆっせい 父親はすでに戦死しているし、出征して南洋の戦地に送られた二十二才の兄も、はたして生きて くらびる ふくろ

7. リトルボーイ

かな 泣いたら、おまえのお母ちゃんも悲しくなって、泣いてるんよ」 アカコは真弓をまっすぐ見かえし、うなずいている 「おまえがいつも元気で笑っていたら、お母ちゃんは安心して、アカコが元気にしてるから、よかっ たよかったと思うんよ」 いいきかせつつ、真弓は声をたてずに泣きながら、その涙を風にさらした。 「アカコはお母ちゃんが好きなんでしよ」 「うん、すき」 「じゃあ、お母ちゃんが悲しむから泣いたらだめ 真弓は涙をぬぐいきって地下室に引き返した。 それからのアカコは、まったく泣かなくなった。 「どんなまじないを、かけたんだ ? 」 ふしぎ 義則が不思議そうにたすねた。 「おまえには効かないまじないよ」 いいながら、真弓は笑ってみせた。アカコの涙をとじこめてしまったのは、ちょっとかわいそう な気もした。悲しみの出口がないのは、かえってアカコにはつらいかもしれない。 はじめのうちアカコは、すこしでも真弓が立とうとすると、かならず抱きついてきた。 4 1 10

8. リトルボーイ

「いやだ。ばくはみんなといっしょのほうがいい」 しんべい ふじお 晋平がいいたて、冨士男もうなずいている としこ みえこ 真弓は腰をあげて、美枝子と敏子がいる階段のほうへ しりそいた。 「どこへ行くんだよ」 「も、つ寝ちゃ、つから」 「話しあいをしてたんじゃないの」 「話しあいは終わりよ」 「どうして ? 真弓ちゃんが終わりだと きめたから ? 「そうよ」 「なんでもかんでも真弓ちゃんがきめて、 したが ばくらはそれに従うだけ ? 」 真弓は布カバンに頭をのせると、 いひきをかくまねをした。 「ずいぶん子どもつほいことをするじゃないか 彡・クま

9. リトルボーイ

せき おばさんが無言でとなりの部屋にひっこむ。部屋では老人の咳がしている 着がえて真弓の正面に立ちはだかったおばさんが、ひややかにいった。 「もうこないでね。なんにもしてあげられないから」 かもいにかかっている布カハンをとった。むろん彼女 真弓は足をふみだし、とうぜんのように、 さいふ の布カバンだ。中にあった弁当箱や財布を、ていねいにお膳の上に置いた。 プラウスとスカ 1 トを布カバンにいれて、 「おじゃまをいたしました」 一礼して、きびすをまわす。だれも玄関まで見送りに 出てこなかった。 真弓のよそゆきだった赤い革靴が、げたばこにおさまっ ているのが目にとまる。その靴をはいた真弓が、きたとき にぬぎそろえてあったズックも布カバンにおさめる 川土手まで引き返した真弓は、草むらでそれらの衣 服を着かえながら、 「どろばうは、あなたたちでしよ」 おこったふ、つもなく、ひとりごちている かわぐっ ぜん

10. リトルボーイ

「わたし : : : 」 まゆみ 真弓がなにかいいかけて、、つつむきかげんに みつお しせん 光男の視線をかわした。光男は問いかけるような 目で真弓の顔をのぞきこんだ。 「わたし : : : どんなパンツ、はいてると思う ? うすよごれて、泣きたくなるくらいきたないパ、 ノッよ」 真弓はにじんできた涙をこぶしでぬぐい、泣き笑い むね の顔で光男を見かえした。ふいに光男の胸の深みから、 あわ せつめい かんじよう 哀れみとも愛おしさとも説明のつかない感情がせりあがり、 「真弓ちゃん」 呼びかけたひょうしに、光男のほうもあやうく涙が せんそうすいこうしゃ 出かかった。と同時に、戦争そのものと、戦争遂行者に 対する怒りが腹のそこからわきあがってきた。 真弓はすぐに笑みをふくんだ表情にもどり、そして桜井さんにいった。 しゅうよ、つじよ 「あの子たちにも聞いてみるわ。みんなで迷子の収容所へいく気があるかどうか」 とたんに光男は顔をかがやかせ、 せんそう ひょうじよう さくらい