するとくじらは怒って水を一つぐうっと口から吐きました。ひとではみんな顔色をかえてよろよろしまし たが、ふたりはこらえてしゃんと立っていました。 くじらがこわい顔をしていいました。 4 の・、とう . 「書きつけをもたないのか。悪党め。ここにいるのはどんな悪いことを天上でしてきたやつでも書きつけ 、 0 、、、 0 しし、刀」 をもたなかったものはないそ。きさまらはじつにけしからん。さあ。のんでしまうからそう思え ぎんじよさかな くじらはロを大きくあけて身がまえしました。ひとでや近所の魚は、まきそえをくってはたいへんだと、 どろ 泥の中にもぐりこんだり、いちもくさんに逃げたりしました。 ひじようおどろ ぎんいろ その時むこうから銀色の光がパッとさして小さな海へびがやってきます。くじらは非常に驚いたらしく、 いそいでロを閉めました。 海へびは不思議そうにふたりの頭の上をじっとみていいました。 すが。」 くじらが横からロを出しました。 海へびがすごい目をしてくじらをにらみつけていいました。 ご 「黙っておいで。なまいきな。このおかたがたを、こいつらなんておまえがどうしていえるんだ。おまえにナ ご あたま あたま わる はよいことをしていた人の頭の上の後光がみえないのだ。悪いことをしたものなら頭の上に黒い影法師がロ 「あなたがたはどうしたのですか。悪いことをなさって天から落とされたおかたではないように思われま ついほう 「こいつらは追放の書きつけをもってませんよ。」 だま かお あたま こう かおいろ かげぼうし
204 ゅび ゅめ カムパネルラは、そのきれいな砂をひとつまみ、掌にひろげ、指できしきしさせながら、夢のようにい ているのでした。 すな すいしょ 5 ・ 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火がもえている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなことならったろうと思いながら、ジョバンニも・ほんやり答えていました。 かわら すいしようトパーズ しゅうきよく 河原の小石は、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉や、またくしやくしゃの皺曲をあらわしたのや、 こうぎよく かど また稜からきりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジ 1 ハンニは、走ってそのなぎさに行って、水に すいそ 手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それで なが もたしかに流れていたことは、ふたりの手くびの、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮いたように見え、 なみ りんこう その手くびにぶつつかってできた波は、うつくしい燐光をあけて、ちらちらともえるように見えたのでもわ かりました。 川かみのほうを見ると、すすきのいつばいにはえているがけの下に、白い岩が、まるで運動場のようにた いらに川にそって出ているのでした。そこに小さな五、六人の人かけが、何かほり出すかうめるかしている どうぐ らしく、立ったりかがんだり、ときどきなにかの道具が、。ヒカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」ふたりは、まるでいちどにさけんで、そっちのほうへ走りました。その白い岩になった ひょうさっ ところの入口に、〔。フリオシン海岸〕という、 せともののつるつるした標札が立って、むこうのなぎさには、 にそてつ もくせい ところどころ、細い鉄のらんかんも植えられ、木製のきれいなべンチもおいてありました。 「おや、へんなものがあるよ。」カム。 ( ネルラが、ふしぎそうに立ちどまって、岩から黒いほそ長いさきの こ かいがん ぎんが すいぎん うんどうじよう こた
230 けない。あすこの岸のずうっとむこうにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにし ずかでつめたい。ぼくはあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。 ) あたまりようて ジョバンニはほてっていたい頭を両手でおさえるようにして、そっちのほうを見ました。 ( ああほんとうにどこまでもどこまでも・ほくといっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだって あんな女の子とおもしろそうにはなしているし、・ほくはほんとうにつらいなあ。 ) とお がわ ジョバンニの目はまたなみだでいつばいになり、天の川もまるで遠くへ行ったように・ほんやり白く見える だけでした。 きしゃ そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖の上を通るようになりました。むこう岸もまた黒いいろの崖が ぎしかりゅう 川の岸を下流にくだるにしたがって、だんだん高くなっていくのでした。そしてちらっと大きなとうもろこ しん みどり しの木を見ました。その葉はぐるぐるにちちれ葉の下にはもう美しい緑いろの大きは苞が赤い毛をはいて真 がけせんろ かす れつ じゅ 珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数をましてきて、もういまは列のように崖と線路 かお とのあいだにならび、思わずジョバンニが窓から顔をひっこめてむこう側の窓を見ましたときは、美しいそ のはらちへいせん らの野原の地平線のはてまで、その大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんにうえられて、さやさや風 つま、日光をすった金剛石のよ にゆらぎ、そのりつばなちちれた葉のさきからは、まるでひるのあいだにい。し うに、つゆがいつばいについて、赤や緑やきらきらもえて光っているのでした。カム。ハネルラが、 、ましたけれども、ジョパンニはどうしても気もちがな 「あれ、とうもろこしだねえ。」とジョパンニにいし のはら おりませんでしたから、ただぶつきらぼうに野原を見たまま、 み みどり まど がけ あま とお うつく がわまど ぎし こんごうせき うつく がけ
193 「ではもう少したってからきてください。」その人はもう行ってしまいそうでした。 だいどころ 「そうですか。ではありがとう。」ジョバンニは、おじぎをして台所から出ました。 ざっかてん かげ 十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、むこうの橋へ行くほうの雑貨店の前で、黒い影やばん くちふえふ やり白いシャツが入りみだれて、六、七人の生徒らが、ロ笛を吹いたりわらったりして、めいめいからすう あかり くちぶえ りの燈火をもってやってくるのを見ました。そのわらい声も口笛も、みんなききお・ほえのあるものでした。 どうきゅう ジョ・ハンニの同級の子どもらだったのです。ジョバンニは思わすどきっとしてもどろうとしましたが、思、 いぎお なおして、いっそう勢いよくそっちへ歩いて行きました。 「川へ行くの。」ジョンニがいおうとして、少しのどがつまったように思ったとき、 うわぎ 「ジョパンニ、ラッコの上着がくるよ。」さっきのザネリがまたさけびました。 「ジョパンニ、ラッコの上着がくるよ。」すぐみんなが、つづいてさけびました。ジョバンニはまっかにな って、もう歩いているかもわからす、いそいで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいた のです。カムパネルラは気のどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジデ ンニのほうを見ていました。 ジョバンニは、にけるようにその目をさけ、そしてカム。 ( ネルラのせいの高いかたちがすぎて行ってまも なく、みんなはてんでにロ笛を吹きました。町かどをまがるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはの りふりかえって見ていました。そしてカム。 ( ネルラもまた、高く口笛を火いてむこうに・ほんやり見える橋の ほうへ歩いて行ってしまったのでした。ジョバンニは、なんともいえすさびしくなって、いきなり走り出し くちふえふ うわぎ せいと くちふえふ
141 たんちょう カイロ団長は、はやしにつりこまれて、五へんばかり足をテクテクふんばってつなをひつばりましたが石 はびくともうごきません。 とのさまがえるはチクチクあせを流して、ロをあらんかぎりあけて、フウフウといきをしました。まった ちゃ くあたりがみんなくらくらして、茶いろに見えてしまったのです。 「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトショ。」 とのさまがえるは、また四へんばかり足をふんばりましたが、おしまいのときは、足がキクッと鳴って、 くにやりとまがってしまいました。あまがえるは思わずどっとわらいだしました。が、どういう わけかそれ からきゅうに、しいんとなってしまいました。それはそれはしいんとしてしまいました。みなさん、このと 、。ドッと、つしょ きのさびしいことといったらわたしはとてもロでいえません。みなさんはおわかりです力 に人をあざけりわらってそれからにわかにしいんとなったときのこのさびしいことです。 あまがえるはみんなでとのさまがえるをかこんで、石のあるところへつれて行きました。そして一貫目ば かりある石へ、つなをむすびつけて、 「さあ、これを晩までに四千五百はこべばいいのです。」といいながらカイロ団長の肩につなのさきをひっ だんちょう かけてやりました。団長もやっとかくごがきまったとみえて、もっていた鉄のばうをなけすてて、目をちゃ んときめて、石をはこんで行く方角を見さだめましたが、まだどうもほんとうにひつはる気にはなりません でした。そこであまがえるは声をそろえてはやしてやりました。 「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトショ。」 ばん ほうが , 、 てつ だんちょうかた かんめ カイロ団長
116 っちがみ ておずおずと起きあがりしきりにあたりを見まわしました。 それからにわかに立っていちもくさんに逃け出しました。三つ森山のほうへまるでいちもくさんににけま 土神はそれを見てまた大きな声でわらいました。その声はまた青空のほうまで行き、とちゅうからパサリ とかばの木のほうへ落ちました。 かばの木はまたはっと葉の色をかえ、見えないくらいこまかくふるえました。 土神はじぶんの祠のまわりをうろうろうろうろ何べんも歩きまわってから、やっと気がしずまったとみえ てすっと形を消し、とけるように祠の中へはいって行きました。 八月のある霧のふかい晩でした。土神は何ともいえずさびしくて、それにむしやくしやしてしかたがない のでふらっとじぶんの祠を出ました。足はいつのまにかあのかばの木のほうへむかっていたのです。ほんと うに土神はかばの木のことを考えるとなぜか胸がどきっとするのでした。そしてたいへんにせつなかったの です。このごろはたいへんに気もちがかわってよくなっていたのです。ですからなるべくきつねのことなど かばの木のことなど考えたくないと思ったのでしたが、どうしてもそれが思えてしかたありませんでした。 まいにちまいにちっちがみ おれはいやしくも神じゃないか、一本のかばの木がおれに何のあたいがある、と毎日毎日土神はくりかえし てじぶんでじぶんに教えました。それでもどうしてもかなしくてしかたなかったのです。ことにちょっとで っちがみ っちがみ かたちけ ぎり ほこら ほこら ばん ほこら っちがみ むね もりやま
うの天上なんだ。あっ、あすこにいるのは・ほくのおかあさんだよ。」 まどとお カムパネルラはにわかに窓の遠くに見えるきれいな野原をさし てさけびました。 ジョバンニもそっちを見ましたけれども、そこは・ほんやり 白くけむっているばかり、どうしてもカムパネルラが いったように思われませんでした。 何ともいえすさびしい気がして、・ほんやりそっ でんしん ちを見ていましたら、むこうの川岸に二本の電信 りようほう ばしらが、ちょうど両方からうでをくんたように 赤い腕木をつらねて立っていました。 「カムパネルラ、ばくたちいっしょに行こうねえ。」 いいながらふりかえって見ました 。ノョパノニかこう せき ら、そのいままでカムパネルラのすわっていた帝に、 もうカムパネルラの形は見えす、ただ黒いびろうどばかりひ かっていました。 てっぽうだま ジョ ' ハンニはまるで鉄砲丸のように立ちあがりました。そして まどそと だれにも見えないように窓の外へからたをのり出して、力いつばいはけし うでぎ かたち かわぎし のはら
226 「あ、くじゃくがいるよ。あ、くじゃくがいるよ。」 もりライラやど 「ええ、たくさんいたわ。あの森、琴の宿でしよう。あたしきっとあの森の中にむかしの大きなオーケスト ラの人たちが集まっていらっしやると思うわ。」女の子がいいました。 力し ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ばたんのように見える森の上にさっさ はんしゃ っと青じろくときどき光ってそのくじゃくがはねをひろけたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、くじゃくの声だってさっききこえた。」カムパネルラが女の子にいいました。 「ええ、三十びきぐらいはたしかにいたわ。」女の子が答えました。 ジョバンニはにわかに何ともいえずかなしい気がして思わず、 あそ 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んでいこうよ。」とこわい顔をしていおうとしたくらいでした。 とお ところがそのときジョパンニは川しもの遠くのほうにふしぎなものを見ました。それはたしかになにか黒 いつるつるした細長いもので、あの見えない天の川の水の上に飛びだしてちょっと弓のようなかたちに進ん で、また水の中にかくれたようでした。おかしいと思ってまたよく気をつけていましたら、こんどはすっと 近くでまたそんなことがあったらしいのでした。そのうちもうあっちでもこっちでも、その黒いつるつるし たへんなものが水から飛びだして、まるく飛んでまた頭から水へくぐるのがたくさん見えてきました。みん ちか かんらんもり そして青い橄欖の森が、見えない天の川のむこうにさめざめと光りながらだんだんうしろのほうへ行って なが しまい、そこから流れてくるあやしい楽器の音も、もう汽車のひびきや風の音にすりへらされてすうっとか すかになりました。 あっ ほそなが あま がっき がわ あま がわ あたま きしゃ こた みどり かお ま - り ゆみ もり
112 わる 0 ようめん 水がじめしめしてその表面にはあちこち赤い鉄のしぶがわきあがり、見るからどろどろで気味も悪いので けん そのまんなかの小さな島のようになったところに丸太でこしらえた高さ一間ばかりの土神の祠があったの こら 土神はその島に帰ってきて祠のよこにながながとねそべりました。そして黒いやせた足をがりがりかきま っちがみお 土神は一わの鳥がじぶんの頭の上をまっすぐにかけて行くのを見ました。すぐ土神は起きなおって「し つ。」とさけびました。鳥はびつくりしてよろよろっと落ちそうになり、それからまるではねも何もしびれた ようにだんだん低く落ちながらむこうへにけて行きました。 っちがみ 土神は少しわらって起きあがりました。けれどもまたすぐむこうのかばの木の立っている高みのほうを見 ると、はっと顔いろをかえて棒立ちになりました。それからいかにもむしやくしやするというふうに、その かみけ ・ほろばろの髪毛を両手でかきむしっていました。 そのとき谷地の南のほうからひとりの木こりがやってきました。三つ森山のほうへかせぎに出るらしく谷 っちがみ 地のふちにそった細いみちを大またに行くのでしたが、やつばり土神のことは知っていたとみえてときどき っちがみかたち 気づかわしそうに土神の祠のほうを見ていました。けれども木こりには土神の形は見えなかったのです。 土神はそれを見るとよろこんではっと顔をほてらせました。それから右手をそっちへつき出して左手でそ の右手の手首をつかみこっちへ引きよせるようにしました。するときたいなことは木こりはみちを歩いてい っちがみ っちかみ っちがみ てくび かお ひくお りようて かえ っちがみほこら たま かお てつ まるた りやま っちがみ捻こら
241 ざめて見えました。ジ 1 ハンニはあぶなく声をあげて泣き出そうとしました。 「さあもうしたくはいいんですか。じきサウザンクロスですから。」 ああそのときでした。見えない天の川のずうっと川しもに青やだいだいや、もうあらゆる光でちりばめら じゅうじか れた十字架が、まるで一本の木というふうに川の中から立ってかがやぎ、その上には青じろい雲がまるい環 きしゃ になって後光のようにかかっているのでした。汽車の中がまるでざわざわしました。みんなあの北の十字の ときのようにまっすぐに立っておいのりをはじめました。あっちにもこっちにも子どもがうりに飛びついた ふか しいようのない深いつつましいためいきの音ばかりきこえました。そ ときのようなよろこびの声や、何とも、 まどしようめん じゅうじか してだんだん十字架は窓の正面になり、あのりんごの肉のような青しろい環の雲も、ゆるやかにゆるやかに めぐっているのが見えました。 「ハレルヤ、ハレルャ。」あかるくたのしくみんなの声はひびき、みんなはその空の遠くから、つめたい空 とお の遠くから、すきとおった何ともいえずさわやかなラツ。 ( の声をききました。そしてたくさんのシグナルや じゅうじか 電燈の灯のなかを汽車はだんだんゆるやかになり、とうとう十嚀架のちょうどまむかいに行ってすっかりと まりました。 かた せいねん 「さあ、おりるんですよ。」青年は男の子の手をひき姉はえりや肩をなおしてやってだんだんむこうの咄ロ のほうへ歩き出しました。 ました。 「じやさようなら。」女の子がふりかえってふたりにいい 「さよなら。」ジョパンニはまるで泣き出したいのをこらえておこったようにぶつきらばうこ、 でんとう あかり ご こう ぎしゃ あま がわ な あね わ とお 冫しいました。 わ 銀河鉄道の夜