貝の火 - みる会図書館


検索対象: 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-
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1. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

するとおとうさんはび 0 くりしてしまいました。の火がきようぐらい美しいことはまだありませんでし た。それはまるで赤やみどりや青やさまざまの火がはげしく戦争をして、地雷火をかけたり、のろしをあけ なが たり、またいなずまがひらめいたり、光の血が流れたり、そうかと思うと、水色の陷が玉の全体を。 ( ッと占 りよう 領して、こんどはひなげしの花や、黄色のチュウリップ、ばらやほたるかずらなどが、いちめん風にゆらい だりしているようにみえるのです。 なみだわす うさぎのおとうさんはだまって玉をホモイに渡しました。ホモイはまもなく涙も忘れて貝の火を眺めてよ ろこびました。 あんしん おっかさんもやっと安心して、おひるのしたくをしました。 みんなはすわって角パンをたべました。 おとうさんがいいました。 「ホモイ。きつねには気をつけないといけないそ。」 「おとうさん。大丈夫ですよ。きつねなんか何でもありませんよ。。ほくには貝の火があるのですもの。あ の玉が砕けたり曇ったりするもんですか。」 もう おっかさんが申しました。 「ほんとうにね、 ホモイが申しました。 だいじようぶ ホモイはとくいになっていいました。 しい宝石だね。」 きいろ ち わた せんそう うつく じらいか ほのお んたい なが せん 貝の火

2. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

ぎんいろ 夜中にホモイは目をさましました。 まくら そしてこわごわ起きあがって、そっと枕もとの貝の火をみました。貝の火は、油の中で魚の目玉のように 銀色に光っています。もう赤い火は燃えていませんでした。 ホモイは大声で泣きだしました。 うさぎのおとうさんやおっかさんがびつくりして起きてあかりをつけました。 なまり あみ の火はまるで鉛の玉のようにな 0 ています。ホモイは泣きながらきつねの網のはなしをおとうさんにし ました。 おとうさんはたいへんあわてて、いそいで着物をきかえながらいいました。 いのちたす 「ホモイ。おまえはばかだそ。おれもばかだった。おまえはひばりの子どもの命を助けてあの玉をもらっ たのじゃないか。それをおまえはおとといなんか生まれつきだなんていっていた。さあ、野原へ行こう。き つねがまだ網をはっているかもしれない。おまえはいのちがけできつねとたたかうんだそ。もちろんおれも あふら 「どれ油をだしてやるかな。」と いいながら棚からかやの実の油のびんをおろしました。 ホモイはそれを受けとって貝の火を入れた箱にそそぎました。そしてあかりをけしてみんな早くからねて しまいました。 おとうさんは、 あふら あみ お な きもの な み あふら のはら さかなめたま

3. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

みんなおうちに入りました。 たなっくえ 鳥は、ゆかや棚や机や、うちじゅうのあらゆる場所をふさぎました。ふくろうが目玉を途方もない方にむ けながら、しきりに、「オホン、オホン。」とせきばらいをします。 ホモイのおとうさんがただの白い石になってしまった目 ( の火をとりあけて、 「もうこんなぐあいです。どうかたくさん笑ってやってください」というとたん、貝の火はするどくカチ ッと鳴って二つに割れました。 と思うと、パチ。 ( チパチッとはけしい音がしてみるみるまるで煙のように砕けました。 ホモイが入り口でアッといって倒れました。目にその粉が入ったのです。みんなはおどろいてそっちへ行 けむり こうとしますと、こんどはそこらにビチ。ヒチ。ヒチと音がして煙がだんだん集まり、やがてりつばないくつか のかけらになり、おしまいにカタッと二つかけらが組み合って、すっかり昔の貝の火になりました。玉はま るで噴火のように燃え、夕日のようにかがやき、ヒューと音を立てて窓から外の方へ飛んで行きました。 へや 鳥はみな興をさまして、ひとり去りふたり去り今はふくろうだけになりました。ふくろうはじろじろ室の 中をみまわしながら、 ふんか むいか 「たった六日だったな。ホッホ むいか たった六日だったな。ホッホ。」 きよう たお わら こな けむり あっ そと 力し 力し と日う 貝の火

4. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

わっているのをみていいました。 「ホモイ。貝の火がくもったのか。たいへんおまえの顔色が悪いよ。どれおみせ。」そして玉をすかしてみ わら て笑っていいました。 きいろ 「なあに、すぐとれるよ。黄色の火なんか、かえっていままでよりよけいもえているくらいだ。どれ。べに ねっしん すずめの毛を少しおくれ。」そしておとうさんは熱心にみがきはじめました。けれどもどうも曇りがとれる どころか、だんだん大きくなるらしいのです。 だま かえ おっかさんが帰ってまいりました。そして黙っておとうさんから貝の火を受けとって、すかしてみてため 息をついて、こんどはじぶんで息をかけてみがきました。 じつにみんな、だまってため息ばかりつきながら、かわるがわる一生けんめいみがいたのです。 ゅうがた もうタ方になりました。おとうさんは、にわかに気がついたように立ちあがって、 あふら 「まあごはんをたべよう。今夜ひとばん油につけておいてみろ。それが一ばんいいという話だ。」といいま した。おっかさんはびつくりして、 わす 「まあ、ごはんのしたくを忘れていた。なんにもこさえてない。おとといのすずらんの実と今朝の角パンだ けをたべましよう。」といいました。 「うんそれでいいさ。」とおとうさんがいいました。ホモイはため息をついて玉を箱に入れてじっとそれを火 の みつめました。 みんなは、だまってごはんをすましました。 こんや いっしよう はこ み けさ

5. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

貝の火

6. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

307 んか さくひん とたちにもよく理解できるかわいらしい気分の作品です。 とう・じよう どうわ つぎ むじやき 無邪気な子うさぎのホモイが登場する童話「貝の火」には次のような主張がふくまれています。第一に、 んこう 身の危険をもかえりみず、ひばりのひなを救うことによって赤い火の燃えている宝珠を授かるのは善行には わる ゆる 善果がある、という見やすいりくつです。第二に、悪いことと自覚しないでおこなうあやまちならば、許さ こう、 むじやき わる れること。悪がしこいきつねにだまされての行為も、それが本心からでなく無邪気におこなわれる場合には、 けんりよく くっ うつく しんばい 父うさぎの心配にもかかわらず、貝の火は美しく燃えつづけます。第三に、権力のために屈して、なすべき はこひら ばっ がらすばこ ねが ゅうき ことをする勇気を欠くときは罰を受けることです。硝子箱に閉じこめられたうぐいすの願いで箱を開こうと じっこう するが、きつねにおどされて実行できず、心にとがめて貝の火を見ると、ひとところに白い曇りができ、つ ほうじゅ いに宝珠は二つに割れ、ホモイはめくらになります。 むいか ここまでは、わかりやすいのですが、たいせつなのは、第四に、ふくろうが「たった六日だったな」とい かん惑ん じようたい こう・ふ , 、 っているように、幸福とか完全とかいう状態も、じきに「変化」してしまうこと、第五に、父うさぎのこと しゆっぱってん あんじ じようたい ばに暗示されているように、好ましくないマイナスの状態でも、それを自覚することは、そこを出発点とし こうふくぎようち て、よりよい幸福な境地へと転し向かうきっかけになることだ、という考え方です。よくない状態を自覚す はんたい ることは、その反対の、真に正しい状態はどのようなものかと、はっきりと知る手がかりになる、というこ きよう きち とです。そして、このように「凶から吉へ」むかうこともまた「変化」ということです。 いっしゅん 少しむずかしいことですが、「変化」ということについて述べておきます。一瞬ごとにすべてのものは変 おな 化してゆくし、また、同じものがたくさんあるように見える木の葉や砂つぶのなかにも、ひとっとして他と きけん しん この てんむ へんか じようたい だい へんか じかく へんか すな しゅちょう じカく かた ほうじゅさず じようたい じか ~ 、 へん説

7. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

つぎの朝ホモイはまた野に出ました。 ぎり いんき たま きようは陰気な霧がジメジメ降っています。木も草もじっと黙りこみました。ぶなの木さえ葉をちらっと も動かしません。 ただあのつりがねそうの朝の鐘だけは高く空にひびきました。 「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン。」おしまいの音がカアンとむこうからもどってきました。 そしてきつねが角パンを三つもって半ズボンをはいてやってきました。 「きつね。お早う。」とホモイがいいました。 きつねはいやな笑いようをしながら、 「いやきのうはびつくりしましたせ。ホモイさんのおとうさんもずいぶんがんこですな。しかしどうです。 「おっかさん。ばくはね、うまれつきあの貝の火と離れないようになってるんですよ。たとえぼくがどんな ことをしたって、あの貝の火がどこかへ飛んで行くなんて、そんなことがあるもんですか。それに・ほくまい にち百ずつ息をかけてみがくんですもの。」 「じっさいそうだといいがな。」とおとうさんが申しました。 ばん ゅめ ちょうじようかたあし その晩ホモイは夢をみました。高い高い錐のような山の頂上に片足で立っているのです。 ホモイはびつくりして泣いて目をさましました。 わら かね きり はな

8. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

目 ( の火 ちゃいろきもの 今はうさぎたちは、みんなみじかい茶色の着物です。 野原の草はきらきら光り、あちこちのかばの木は白い花をつ けました。 のはら じつに野原ま、 、こおいでいつばいです。 よろこ 子うさぎのホモイは、喜んでびんびん踊りながら申しました。 ししにおいだなあ。うまいそ、うまいそすすらんなんかまる 風がきたのですずらんは、や花をたがいにぶつつけて、しやりんしやりんと鳴りました。 ホモイはもううれしくて、息もっかずにびよんびよん草の上をかけだしました。 うで それからホモイはちょっと立ちどまって、腕を組んでほくほくしながら、 なみ 「まるでぼくは川の波の上でげいとうをしているようだそ。」といいました。 なが ほんとうにホモイは、、 しつか小さな流れの岸まできておりました。 そこすな そこには冷たい水がこぼんこ・ほんと音をたて、底の砂が。ヒカ。ヒカ光っています。 あたま ホモイはちょっと頭をまけて、 「ふん、、、 のはら おど もう 貝の火

9. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

はこ 「おまえはもうだめだ。貝の火をみてごらん。きっと曇ってしまっているから。」 火 うつく なみだ うさぎのおっかさんまでが泣いて、前かけで涙をそっとぬぐいながら、あの美しい玉のはいっためのうのの 箱を戸棚からとりだしました。 へんじ うさぎのおっかさんは返事もなくだまって考えておりました。 するとちょうどうさぎのおとうさんがもどってきて、そのけしきをじっとみてから申しました。 ねっ 「ホモイ、おまえは少し熱がありはしないか。むぐらをたいへんおどしたそうだな。むぐらの家では、もう みんなきちがいのようになって泣いてるよ。それにこんなにたくさんの実を全体だれがたべるのだ。」 ホモイは泣きだしました。りすはしばらく気のどくそうに立ってみておりましたが、とうとうこそこそみ んな逃けてしまいました。 うさぎのおとうさんがまた申しました。 「おや、どうしたの、りすさん。」 土の中ではひっそりとして声もなくなりました。 ゅうがた それからりすは、夕方までにすすらんの実をたくさんあつめて、大さわぎをしてホモイのうちへ運びまし おっかさんが、そのさわぎにびつくりして出てみていいました。 「おっかさん。ぼくのうでまえをごらん。まだまだぼくはどんなことでもできるんですよ。」といいました。 ホモイが横からロをだして、 とだな み み 懸んたい はこ

10. 銀河鉄道の夜 -宮沢賢治童話集Ⅱ-

したはきっと食われます。お願いでございます。ホモイさん。」 ホモイはすぐ箱を開こうとしました。 すると、きつねがひたいに黒いしわをよせて、目をつりあげてどなりました。 まるでロが横にさけそうです。 のはら ホモイはこわくなってしまって、いちもくさんにおうちへ帰りました。きようはおっかさんも野原に出て、 うちにいませんでした。 ホモイはあまり胸がどきどきするので、あの貝の火をみようと箱を出してふたを開きました。 それはやはり火のようにもえておりました。けれども気のせいか、ひとところ小さな小さな針でついたく らいの白い曇りがみえるのです。 ホモイはどうもそれが気になってしかたありませんでした。そこでいつものように、フッフッと息をかけ かる むなげ て、べにすずめの胸毛で上を軽くこすりました。 かえ けれども、どうもそれがとれないのです。その時おとうさんが帰ってきました。そしてホモイの顔色が変 あんしん けれどもホモイの顔をみると、みんなきゅうに安心したように静まりました。 、もう うぐいすがガラスごしに申しました。 「ホモイ。気をつけろ。その箱に手でもかけてみろ。食い殺すそ。どろばうめ。」 たす 「ホモイさん。どうかあなたのお力で助けてやってください。わたしらはきつねにつかまったのです。あ ねが よこ はこひら むね かお ころ ひら かおいろか