らねえ知りませんよ。 弥太郎 ( 森介の肩を抱き ) 何をいやあがる。 ( 耳打ちする。 お小夜森介さんは、わたしの父は、ばくち打ちだと仰有 % 森介、承知せず、叱る ) いましたが。 森介 ( 漸く肯いて刀を拾い納める ) 弥太郎なあに、そりや違う、堅気だ。 弥太郎 ( 刀を納め ) お騒がせ申しました。ご免なせえ、 お小夜どうしてわたしを沢井屋へ、連れて来てください またのご縁でお眼にかかります。 訳をご存じだったのではございませんか。 お金あ、弥太郎さん、直ぐ立つのはそりやひどうござ 弥太郎そ、そりゃあ沢井屋は、この土地で評判がいいか います。七年前のお預りのお金もお返し申したし。 弥太郎金か。どうでばくち場の垢だ、お小夜ちゃんの嫁らさ、血の継いだ間柄なんて、まるで俺あ知らなかっ た。お小夜ちゃん孝行しなよ。という柄のあっしでもね 入り衣裳につかってください、金が生きらあ。 しんそこ えが、こいつあ心底から、本当にいうのでござんすよ。 おすみせめて今夜はお泊りになって。 お小夜和吉おとッさんのこともお伺い申しとう存じますお小夜え。え。 ( 肯いて落涙する ) し。 お金、おすみ、名残りを惜む。 弥太郎 ( 森介の処に来たり、腕をもって起し ) さ、兄弟、行 お金銀太郎にも逢って頂きたし。 小神楽の大七等、そっと忍び寄り見ている。 森介哥兄ーーーきようから哥兄といわしてくれろ。 弥太郎うむ、よく云ってくれた、嬉しいぜ。 弥太郎有離うござんすが、この渡世の馬鹿なところで、 甲州西部の二代目さんへ腕貸しに行く途中でもあり、こ森介あんなに知りたがっている男親のことだ、知って いるなら教えてやればい、に。 の兄弟の身にもなってやってくださいまし。ご免なさん 弥太郎うむ。 せ。 ( 森介を促がして先にやり、後から一礼して行く ) 森介 ( うなだれて先に行き、立ちどまって地に坐り考え沈む ) 森介哥兄、本当に知らねえのか。 弥太郎実は知ってるんだ。お小夜ちゃんの親の和吉とい お金そりやひどい、あんまりだ弥太郎さん。 おおめすと お小夜 ( 少し走り出て ) あの、あなた。 う人は、肩書のある大盗ツ人だ。 弥太郎何にもあッしは知りません。お小夜ちゃんのおと森介ええ、盗ツ人か。 ッ った ) 、まっ、のり気こ。 弥太郎 にしべ
弥太郎お小夜さん。俺は十の中九つまでは今の野郎を叩 斬られて 第二場同じく裏手 ッ斬り、お前さんの嘆きを払うつもりだ、が、 死なねえものでもねえ、もし俺がやられたら、お前その 小さな胸の中の魂を、もっと強く張らにやいけねえや。 沢井屋の裏手。 これがお前への置き土産オ 向うに崖下から続いて遠く、桂川が帯をひろげたように見 お小夜 ( 弥太郎の殺伐さが森介以上に思える ) える。武相の峰が連なっている。 お金 ( 怯えながらも、弥太郎を真の恩人かと思う ) 雨の中で森介、縄だすきをかけ、弥太郎の来たるを待つ。 弥太郎 ( 行きかけて ) お小夜さん、おかみさん、今の野郎 には恩も義理もお前さん達は持っちゃあいねえ。俺はこ じゅうじゅう れぎり帰っちゃ来ねえから、それだけは重々いっておくお小夜 ( 声 ) 助けて、助けてえ。 森介 ( ぎよッとして見詰め、思わず片足をツルリと辷る。屹 ぜ。 とみる ) お小夜あ、もうし。 ( 弥太郎の脚に縋りついて ) 弥太郎おやツ、何をするんだ。 弥太郎 ( お小夜に縋りつかれ、取り放し取り放し来たる ) お金これお小夜ゃ。お小夜というのに。 弥太郎ええ、邪魔しちゃいけねえ、お小夜さん。おかみ森介来たか弥太ッペ。 弥太郎さすがは森介、よく待っていた。 ( 斬ってかかろう さん、この子を寄越しちゃいけねえぜ。 とすると、お小夜が介在するので ) おッとあぶねえ。 ( 引きの お金これお小夜ゃ。 ( お小夜を抱きとめる ) ける ) お小夜ああ、もうし、もうし。 ( お金に抱きとめられ、共々 森介 ( お小夜の介在を有利に使い、勝を制せんとする ) 転ぶ ) お小夜 ( 弥太郎の脚に絡みつく ) あなた、ど、どうそ。 お金 ( うちどころ悪く苦しむ ) お小夜 ( それとは知らず ) もうし、もうし、森介さんは大森介 ( 得たりと弥太郎を討たんとする ) 恩人、どうぞ助けて。もうし。 ( こけっ転びつ、走り行かん弥太郎 ( お小夜を脚をあげて放す ) お小夜 ( 森介の前に身を挺す ) 森介さん、ご、ご無事でし とあせる ) 守」 0 ) ゝ 0
ならない気がするけれど、もう取返しがっきやしない。 長生きしねえよ、おさらばだ。 ( 忍び寄る、乾分五を斬 0 て えこぢ、、、 佐太郎あのとき出した依估地のたたりで俺もこんな身の 落す ) お小夜あツ。 ( 佐太郎は無事と見て ) 佐太郎さん、聞けば上、身の果てだ。 お小夜佐太さん。 中野からきたんだそうだね。 佐太郎お前がここにいると聞いて、無我夢中で飛んでき佐太郎お小夜さん お小夜ああ、刃物があたしや今、欲しいねえ。 たその効があったのが、嬉しいというのか、泣き出す前 佐太郎刃物。そうか。やろう。 ( ヒ首を懐中から出し ) そ の溜息みてえだ。 らよツ。 ( 匕首を投げる ) お小夜さん、俺の方を見ていて お小夜佐太さん、その屋根へ行く法はないかねえ。 したたにま 佐太郎飛ぶに飛べねえ、隔たりの、下は谿間と同じこと お小夜ああ、承知だともさ。 ( 匕首を拾う ) だ、落ちたら死ぬか不具になる。 お小夜死ぬか不具か飛び越えられるか、佐太さん、あた 店の男が、二階へあがり来たり、お小夜を連れ行かんと近 しやそこへ行くよ。 佐太郎ええツ。よしそんなら俺の方から飛び越そう。 佐太郎 ( 化粧瓦をとって店の男に投げつける ) 野郎ツ。 ( どこからも飛び得られそうなところが見当らない ) ええツ、 店の男うわツ。 ( 逃げ去る ) 駄目だ。 ( 背後に三、四人、乾分が現われる ) 佐太郎 ( 屋根に腰を卸し、刀を逆手にとりお小夜を見入る ) 子分等 ( 佐太郎に斬り落される ) お小夜 ( 匕首を抜いて、柱に倚り、佐太郎を見入る ) 佐太郎 ( 辷りかけて辛うじてとまる ) 佐太郎俺あ、今ごろになって初めて、やり損くなった自 お小夜あツ。 ( 顔を掩う ) しん 分という奴を心から笑えらあ。 佐太郎お小夜さんーー・お小夜さん。 お小夜あたしもだよ。ホホホホ。 お小夜あいよ。あい。ここに居るよ。 雨が激しく降り出す。 佐太郎お前、俺を怨むのを忘れたのか。 お小夜怨むものかね、こうなったら、怨めしいのは自分 の心さ、二ツか三ツ、前にあったことをお手本に、惚れ てくれた男に用心深い、あのときの心持ちが、憎くって かたわ 昭和七年五月作
、よ、、よ、心配おしでない、何とか成るに決 銀太郎わたしにとっても、たった一人の姪、おすみなど銀太郎 たと まってるから安心しといで。 は自分の生んだ子のつもりでいるんです。喩え、おツか さんが承知しても、わたし達夫婦は不承知ですよ。何ん 銀太郎女房おすみ、隣室から出る。 であんな奴に、可愛いお小夜がやれるものか。 おすみおっかさん。お小夜ちゃんを知りませんか、部屋 お金わたしだって、やりたくはないよ。 にも何処にも居ないんですが。 銀太郎おツかさんと二人で、も一度、あの男の部屋へ行 き、何んと仰有ってもやれませんと、こッちも強情になお金お小夜か。可哀そうに、あすこで泣いているよ。 ( おすみに慰めてくれと囁く ) って断りましょ , つ。 お金断わりたいのは山々だが、断った後が怖い、もしおすみええよう ) 」ざいます。お小夜ちゃん、こっちへお ひょっと、お小夜の体に疵でもつけられたら、それこそ お小夜え。 ( 悄然と座敷へあがる ) 取返しが付かないからねえ。 お金、銀太郎、顔を見合せ、森介の座敷へ行きかける。 銀太郎取越し苦労をしていたら、何だって出来やしませ ん。行きましよう。お小夜は親のない子ですよ、大事におすみおっかさん、あなた、後生です、きようこそは確 かり 乎と断ってくださいね。 してやらなければ可哀そうです。 お金それもそうだ。では親子二人、揃って行って、是お金うむ、わたしのカの限りやってみる。 銀太郎お小夜、屹と片をつけるから、安心しているんだ が非でも断って来よう。 銀太郎断る代りにお金を多分に掴ませたら、存外話が早よ。 お金 ( 銀太郎と去る ) くつくかも知れません。 しんそこ お金いやいや、あの男は金ずくじゃない、心底からおおすみ小夜ちゃん。 お小夜おばさん。 ( 縋りついて泣く ) ト夜に打ち込んでいる、それだけに事が六ツかしい おすみ器量よく生れた娘は仕合せだとばかり思っていた お小夜、庭に来て悄然としている。 かえ のに、小夜ちゃんは却ってそのためにこの悲み、可哀そ お小夜 ( 忍び泣きが次第に大きくなる ) うだね。 お金お小夜じゃないか お小夜おばさん、あたし、もう覚悟をしました。あたし お小夜おばあさん。 ( 泣く ) しつ
485 白鷺往来 になっている。 だれの処へでも行くわたしゃあ湯女だよ。 店の男そんなことを云ったって、相手は中野で人殺しを 屋根の上に佐太郎が、乱闘したる後の姿で、抜刀を携えて してきた奴ですよ、第一あぶないじゃないか。 る 佐太郎おう、そこの女はお小夜か。 二階にはだれもいない 店の男 ( 恐怕して逃げ去る ) まえ 佐太郎そこの家は立木屋というんだろう。違うか。立木お小夜ええ、そうですよ、お前さんは。 屋じゃねえのか。立木屋ならお小夜という女を呼んでく佐太郎佐太郎だ。 れ、今にも消える命の男が後生一生、頼んでいるのが聞お小夜どこのさ。 えねえのか。 ( 屋根へ這い寄る、なだれの岩太郎の身内の一人佐太郎背中に彫った一羽の鷺が、湯上りには白く出ると を、屋根に見付け、斬ろうとする ) ころから、白鷺の佐太郎と、当時いってるこの男の面を めえ 乾分一うあツ。 ( 屋根から辷り落っ ) お前、忘れたか。 佐太郎ゃい。立木屋のお小夜を呼んでくれーーーお小夜ーお小夜どうれ。 ( 仰ぎ見て ) まあお前は佐太さん。 佐太郎お小夜さん。変ったなあ。 ーお小夜。 お小夜変ったさ、当り前だ。佐太さんも変ったね。 なだれの乾分二が、屋根に這いあがる。 佐太郎変ったのがわかってくれたか。あれから俺もグレ 乾分ニ ( 佐太郎に蹴落される ) 出して、旅から旅を飛び廻り、ここ何年にも、江戸も布 佐太郎お小夜にあわせろ。お小夜。 川もまるで知らず、頬には骨が高く出る、眼の上下は深 乾分三、四が又屋根へのばり来たる。 乾分三 ( 佐太郎に斬り落され、四も共に落っ ) くくばむ、気も荒え、体も粗末に扱いつけ、見や、今こ の通り、髪はさんばら、手足は血だらけ、これがお前に 隣の二階に、湯女になっているお小夜 ( 荒み切った女にな久し振りで見せる佐太郎の姿なんだ。 っている ) が、立木屋の店の男に引きとめられながら現れお小夜それは自慢か、詫びのつもりか。そんなことをい る。 ったって、昔が今になりやしないよ。 、、こ、。、、じゃないか、 どうな佐太郎そいつあ俺も、今では知っている。お小夜さん、 お小夜 ( 店の男と争う ) 何オししし 顔も見たし、ロもきいた、思いおくことはもうねえや。 ったって。放しとくれ、ええ放さないか。男が呼べば、
お小夜そのツグ舞いとやらの柱なら建っていました。あ いている ) の高い高い柱の上でなンかやって見せるんですってね 銀平 ( 三人をあとから送って行く ) お蝶が見送りについて行き、お仙とお金とが座敷を整理し 銀平うむ。みんな、ちッとお小夜に話があるのだ月 ている。 があったら手を拍とう。 お仙承知いたしました。 お小夜 ( 二十一、二歳、江戸の者、ここの家へ手伝いにき 銀平方々、開ッ放しにしといてくれ。 ている ) 裏梯子からあがってきたと見え、銀平等の行った お金ま、。 方とは反対にはいって来たる。 銀平 ( お仙の出て行くのを見送り、お小夜に ) なあお小夜・・ お小夜お金ちゃん、お仙ちゃん。銀平親分は。 もういい加減にしたらどうだ、佐太郎をお前は、可裏そ お仙お小夜さんでしたか、まあ、よく結えましたわ。 うだとは思わねえのか。 お小夜そう。 ( 髪へ手をやって微笑する ) お金親分は、お客さまのお見送りにいら 0 しゃいましお小夜 ( 悲し気に下を向く ) 銀平今更おれがいうまでもねえ、佐太郎のことについ めえ ては、俺よりお前がよく知っている。なあお小夜、あの 銀平 ( 戻って来る。お小夜に ) 何だ、お前ここへきたの した まんまにしとくと、どんなことになるか知れねえぜ。 か、階下だろうと思ってお蝶を見せにやったところさ、 お小夜 ( そッと脇を向いて涙を拭く ) そんな処に立っていねえで、まあ坐んな。 銀平お前は江戸からこの川菜屋が身寄りというので逃 お小夜いつ見ても、利根川はいい眺めですね。 げてきた。そいつを佐太郎め、渡世を棄てて追ッてきた 銀平江戸からきて、三月四月じゃ、まだまだ利根川の 逃げてきたというから、俺は始めのうち、お前は佐 いい味はわからねえよ。 じよう お小夜やッとこの頃、御手船というのはどんな船で、定太郎が嫌いなのだと思 0 てたんだが、そうでもねえ様子 ごろじゅう おやと だ。この頃中の佐太郎を見ねえ、蝮のようにだれかれな 往御雇いとはどんな船だとか少しずつわかってきました。 おみこし しに噛みついて、喧嘩といえばいつでも佐太郎だ。あれ 銀平十四日の宵祭から御神輿の納まるのが十六日、そ じゃあお前、やがて無事ではいられねえぜ。あいつが死 の日は明神様の前で、ツグ舞というものが奉納されるん んでもお前は損も得もねえのか、そいつが俺は聞きてえ だ。布川もこれで見る物のあるところさ。 あじ つき つき はしら
222 る。 ( 手紙を投げる ) と、おツかちゃんは草葉の蔭という処で、泣いていると いっただろう。 和吉 ( 手紙をむ ) お小夜 ( シグシグ泣き ) おとッちゃん、行って来る。 弥太郎 ( 和吉を押え ) ゃい、その代り出してしまえ。五十 和吉おお、行って来ておくれ。 両に手をつけたか。たとえ百でも欠けていたら、うぬの お小夜おとッちゃん、ここに居るねえ。どこへも行きや首は胴に付いていねえぞ。さあ出せ、出しやがれ。 しないねえ。 和吉 ( 身悶えして ) ええ、放してくれ。お小夜の一生が 和吉ああ、お前が来るまで屹とここにいるよ。 浮くか沈むか大事の時だ、放してくれ。あの子の手から お小夜小父さん、小父さんも居ておくれねえ。 渡さなくてはならない、 この手紙だ。俺あ訳あって、面 だ 弥太郎 ( 何をやってやがると、煙草のみつつ父子を見て居たが、 出しが出来ないのだ。 たくら お小夜の言葉に心を打たれ ) うむ、俺あここに居るともよ。弥太郎とか何とか、うまく企んでズラかるつもりか。そ 小父さん、この人 ( 和吉 ) の番をちゃんとしているぜ。 の手を食う俺だと思やがるか。 お小夜おとッちゃん。屹と、待っててね。 ( 手紙を落し、 和吉これ程いっても判らねえのか。こうなれば腕づく 心づかず去る ) 和吉 ( お小夜のうしろ姿を見まいとする、遂にのび上りて見弥太郎腕づくだと。よしツ、やってみろ。 ( 立ち塞がる ) 送る ) 和吉退け。 弥太郎 ( 手紙に心づき拾う ) 何だ、沢井屋ご主人様。 弥太郎逃げられるなら逃げて見ろ。 和吉げツ。お、お小夜、おいお小夜、この手紙を落し 「退け」「何をいやがる」と激しき格闘となり、和吉の手 から手紙が地に落つ、終に雙方とも抜刀して斬り結ぶ。 て行っては何にもならない。お小夜、お小夜。 ( 手紙を ひったく 引手繰ろうとする ) 和吉わツ。 ( 斬り倒される ) 弥太郎何をしやがる。 ( 和吉を突き飛ばし、手紙を読み終わる ) 弥太郎ほい。 ( 和吉を見て、刀の血を拭い、鞘へ納め ) 疵は 和吉そ、その手紙なしでは、お小夜が行っても何にも浅い。命とりではなさそうだ。俺あ手前を殺さざあなら ならない。。 とうぞ返してくださいああ、お小夜の姿が ねえとは思っちゃいねえ。さあ俺の金を返せ。 見えなくなってしまった。 和吉 ( むつくと起き ) 五十両はここにある。出して取っ 弥太郎そんなことを知るものか 欲しけりやくれてや てくれ。 ( 片手で懐中から胴巻を出す ) 、、つ ) 0
( 盃をあたえ お蝶が案内して、銀平が山二の長兵衛と共に階下から来た お小夜 ( 佐太郎に心が動きかけている ) あい る。 酒をつぐ ) 佐太郎 ( お小夜の顔を見詰め、盃の酒を半分飲み ) この杯の銀平 ( お蝶を去らせ、座敷の様子を聞き、そッと窺き、佐太 郎、お小夜が相擁しているのを見て、思わぬ光景に驚く、直ぐ 酒半分、飲もでもらえねえだろうか。 にこりと笑い、長兵衛に私語する ) お小夜 ( 手を出しかけて引込め、心は起っている動揺に揉まれて 長兵衛 ( 聞いているうちに苦が笑いが出る ) いる ) 銀平 ( 座敷へはいる ) 佐太郎この盃は、別れの酒さ。 佐太郎 ( はツとなり、長兵衛を見て、お小夜を掻き退け、前へ お小夜え、じゃ佐太郎さんは。 出る ) 佐太郎色恋沙汰にはモロに負けたが、これでもまだ死に たくねえんだ。江戸か、旅か、あてはねえが飛び出す気お小夜 ( 佐太郎を庇おうとする ) さ。気が急くからお小夜さん。こいつを清く飲んでくれ。銀平騒ぐねえ佐太。 ( びたりと坐る ) お小夜 ( 漸く、決心がつく ) ええ、飲みます。 ( 盃をとり飲佐太郎へい む ) 銀平山二の旦那は大層なご立腹だったが、今度に限り、 やッとこさで堪忍していただいた。旦那に、あやまれ。 佐太郎有難う。じゃもうお別れだ。愚痴をいって済まね えが、俺みたいなものでも、思い出せたら思い出してく佐太郎 ( お小夜が、切りに勧めるので ) へい。 ( 頭を、長兵衛 に向ってさげる ) んな、そいつが、せめてのーーご機嫌よう。 ( 元の窓から あんばい 出て行こうとして、お小夜に未練が残り、じッと見詰めては、 長兵衛佐太さん、もう無法はやめなよ。いい按配に、血 立ち去りかけ、又振り返って見詰める ) は随分出たんだが、怪我は思ったより軽いらしいのが、 まえ お小夜 ( 決心が鈍ると直ぐ又決心が付きかかる、遂に ) 佐太お前にも当人にも、仕合せさ。それに、だんだん聞いて みると、きようの喧嘩は双方ともによくないらしい、そ 米さん。 ( 佐太郎に犇と縋りつく ) とうしたんだ。 れでまあ、親分までがわざわざ来てくだすったので、内 往佐郎太え、何だ。、、 お小夜あたしゃーーあたしゃあ。 ( 佐太郎の顔を見あげて、 一とい、つことにしたよ。 体を顫わせている ) 銀平佐太、旦那に礼をいえ。 佐太郎ほ、ほんとか。え。ほんとか。 ( 昻奮が甚しくなる ) 佐太郎どうも済みません。もう決して、喧嘩はいたしま ひし
一同 ( 愕く ) おすみでも、この子の親の名前ぐらいはご存じでしよう お金何。おすえ。 ( お小夜の顔を見詰め ) これ程、似てる 弥太郎泉州堺の人で、名は和吉、あッしは手紙の端を窺のは母子だからに違いない。何か証拠はないか、あって くれると嬉しいのだけれどねえ。 いたから知ってるんだ。おかみさん。 ( 手真似でお小夜に 向うをむかせてくれと頼む ) お小夜ここは吉野という処。 おすみ ( 弥太郎の云うとおりにする ) おすみああ吉野だよ。 弥太郎じゃお頼み申します、二、三年の中にあ必らず、お小夜おツかちゃんがそう云っていた、吉野へ行って死 にたいのだって。 安否を尋ねに参りますでござんす。 ( 素早く去る ) お金おお、おお、あたしの孫だ。あたしの孫だ。 お金等、呆気にとられて見送る。お小夜が心づく。 お小夜ああ、小父さんが居ない居ない。 銀太郎お前、この小父さん、本当のお前の叔父さんだ おすみ よ。 いい子だから泣くんじゃないよ、きようからお前 のおツかさんの代りを、あたしがしてあげるよ、ね、 おすみあたしはお前の叔母さんだよ。 ね。 お金こっちへおいでおいで。おお孫だ、わたしの可愛 お小夜小母さん。おとッちゃん、屹と、来ますわね。 い孫が帰って来てくれた。 ( 抱き締める ) おや、ここに固 一同 ( 涙ぐむ ) い物がある。 お金来るよ、今に屹と、ああ、屹とだともさ。 銀太郎どれ。おお、何だろう。 おすみ ( お小夜の腰あげから金包と書附を引出す ) おすみお前、おとッさんの名をお知りか。 お小夜ええ、和吉というの。 銀太郎お見せ。おツ、この字は、姉さんの書いた字でし ようおツかさん。 銀太郎おツかさんの名は。 お小夜おツかちゃん、あんばいが悪くて死んじゃったお金どれどれ。おお、おすえが書いたこれは手紙。 一同 ( 手紙を披らく ) 弥の。 ( シグシク泣く ) の お金おお、 いい子だから聞かせておくれ。お前のおッ 宿の人々の声、「泥棒々々」「それ捉まえろ」「ぶち殺せ」 関 など騒がしく起る。 四かちゃんの名は何というの。 昼盗人 ( 往来を走り、転ぶ、素早く逃げ行く ) お小夜 ( 泣きつつ ) おすえというの。
そロカらねえ、お」 故に、家中の人に、い配をかけ、別しておばあさんの つきあい 前の大恩を忘れやがったのか。手前の親の和吉と交際の の窶れが目に見えます。済みません。 あった俺だ。和吉は俺同様のばくち打ちだ、ばくち打ち おすみ小夜ちゃんは何をいうのさ、そんな弱い気になっ の娘とばくち打ちが夫婦になるのに不思議があるか。ま ちゃいけません。 して俺あ恩人だ、さあお小夜に逢わせろ、何処に隠れて お小夜でも、あたし、この体を棄てたと思って諦めま いても屹と逢うぞ、家探しをしても屹と逢うそ。 す、そうすれば、おばあさんや、おじさん、おばさんも お金もし森介さん。森介さん。 この苦労がなくなりますから。 銀太郎待ってください。金で話をつけようとしたのは、 おすみいけないいけない、そんなこといけないよ、お前 亜 5 , っ」さいました。 が好いた男ならとにも角にも、あんな男に添わせるのは 不承知だよ。お前が子供の時から夢に見ていた恩人とは森介手前達のいうことはもう聞かねえ、当人を出せ、 じか 当人と直に話をつける。何をしやがる、下手に指でもさ 似ても似つかない男なのじゃないか。あたしやこの頃に なって、あんな奴が小夜ちゃんを助けたなんて、嘘であすと、只はおかねえぞ。 ってくれればいいと思うのだけれど、こればツかりは本銀太郎な、何をなさるんです。 当らし、し。 森介家探しをするんだい。退きあがれ。 ( 家探しをし に去る ) お小夜でも、おばさん、恩義を受けて居りますもの、わ 銀太郎もしもし、何をなさるんです。 ( 森介の後を追って ま儘はいえません。 行く ) おすみああ、これを思うと、七年前に助けられたのが怨 お金 ( 泣きながら森介を追って行く ) めしいねえ。 お金 ( 血相変えて駆込む ) お小夜ここにいたか。 ( 安心すおすみ ( 奥からお小夜を連れて来て、屏風の蔭に入れる ) じっ る暇もなく ) ささ、逃げな逃げな。森介の奴め、トチ狂としておいでよ。あいつ、こことは気がつくまいから ね。 ( お小夜の履物を隠す ) もし、あいつが来そうだった 汰って、どうでもお小夜に逢わせろと暴れ出した。 の おすみ ( 愕きながら、お小夜を奥へ逃がす ) ら、先廻りしてあたしが来てあげるから、そこに隠れて 関 うち おはらしゆく お小夜 ( 奥の方に隠れる ) 居ておくれ、その中にはお前を小原の宿の親類の方へ預 けるようにするからね。 ( 去る ) 森介 ( 銀太郎に組付かれながら座敷にはいる ) 他の奴では