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検索対象: 長谷川伸全集〈第15巻〉
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1. 長谷川伸全集〈第15巻〉

鉄坊主 ( 叩かれたようになり ) そうか、飴屋さん。 ( 銭を払鉄坊主もう二度と喧嘩で人を殺しなんかして、親分に世 う ) もう一つやってくんな。 話を焼かせなんかしゃあしません。ねえ親分、俺あこの うそっ しやくさわ 飴屋へえへえ。そら、坊やもう一つ。 頃、世間に嘘吐きが多いので癪に障ってならねえんだ。 子供丁小父さん、どうも有難う。 坊主にならねえ前なら横ずつばうを食らわせてやるんだ かんのんきよう 子供等おいらも行こう。おいらも行こう。 ( 一同、口々に が、観音経をすっかりそらで覚えちゃったんで、腹は立 去る ) つが殴る気になれねえ。 鉄坊主みんな、あの子と仲よく遊んでやってくんな。 由五郎何かまた細を起してるな、それでも我慢する気が ( 飴屋は去って、笛の音のみ聞える ) 子供が一番いいなあ。 出た処をみると、手前も人間が進んだなあ。 がき 俺の餓鬼の時、やつばり知らねえ人に飴買って貰ったこ鉄坊主どうだか知らねえが、時どき細癪が起るので弱っ ちま、フ。 とがあったけなあ。 ( 荷車に腰かけ、子供等の遠くなったのを おとなじゃしん 見ている。自から鼻唄をうたう ) 子供仏さま大人に邪心コ由五郎鉄、決して馬鹿な真似をするなよ。一度は首が繋 ラサノサ。 がっても、二度はどうもむずかしい 通りがかりの岡ッ引由五郎 ( 五十歳位 ) が鉄のうしろ姿を鉄坊主だってさ。俺が二百両拾ったと聞いて、落っこと みている。 しもしねえ奴がぞろそろ出てきやがる。そいっ等がみん 由五郎大変な坊主だなあ。なあンだ、鉄か。成程手前な な、犬でも猫でもねえ、立派に人間なんだ。癪に障ら ずがら あ。 ら荷車の上で鼻唄ときても図柄になってらあ。何をして るんだ。 由五郎それも知ってる。いい人間も多いが、悪い人間も すくな 鉄坊主親分でしたか、この間はどうも。 尠くねえのが世の中だ。 由五郎どうだ大層のんきに構えてるが、食って通るだけ鉄坊主俺が今いるところの近所の浪人さんなんか、立派 貰いがもうあったのか。 ないい人なんだけど病って食うや食わずでいる。喧嘩に 鉄坊主あるね。 しろ、人の命をとった俺がこ、つしてシャンシャンしてい ばかげき 由五郎そいつあいい。手前みてえな男は食えなくなると て、いい人が食うや食わずなんて馬鹿気切ってる話で、 プリ返して又暴れ出すだろうから気にならあ。でも鉄、 癪に障るんだ。 由五郎 よく立卞してそ , つやっている、咸 5 、い。こぞ。 ち過ぎているそ。 あっても間 あいだ わずら つな

2. 長谷川伸全集〈第15巻〉

お作はその以前から外の人声を聞き知り、むッとして古簟 へくるまでにあの千三ッ野郎の話はみんな嘘の皮だって 笥から何か出す。 のが判ってるじゃねえか。 廻国者は結飯を食べながら、お作の様子を不審そうに見て 仙七俺もちっと変だと思ったんだよ、でも、まさか、 この姐ちゃんが溂ったらしの時分に死んだ人のことを、 つお作 ( 縁を下り、門口に向う ) さも昨入フのよ、つに話しもしまいと田 5 ってツィ引っかか 仙七後学のために、ちょいと拝見だ。 ( 小戻りして、お たんだ。 めえ 作の家を窺く ) おつるふン、涕垂らしか、垂らさなかったか、お前方、 百助よせよせ、詰らねえ、日光の陽明門とは違わあ。 見て知ってたのか。 お作 ( 窺く仙七の顔を睨みつける ) 百助ぶツ、あげ足をとられやがった。 仙七おツ。 ( 喫驚、飛び退き、行きかける ) 仙七いよいよこの頃の山の中の娘は人が悪くなった。 百助 ( 失笑して ) それ見やがれ。 ( 行きかける ) おれが涕ッたらし小僧の時分の娘はこうじゃなかった。 お作おい。若えのおい、二人とも待ちな。 おつるああらよう、大人の大人の涕たらし。 百助え。 ( 仙七に ) おい、呼んでるぜ。 おきみ・おなか大人の大人の涕たらし。 仙七構わず、行こう。あんな年ごろの女にや用がねえ 仙七何だと。 ( 追いかける真似をする ) おきみ等逃げ去る。 ゃ。 たびにん 娘の声あらよう、大人の大人の涕たらし。 ( 遠くなって ) お作旅人だろう、お前方は。受けてやるから、型の如 く仁義をきれ。 大人の大人の涕たらし。 めろう 仙七え。折角だが、一宿一飯はこっちで辞退する。そ 仙七忌々しい女郎どもだ。 の儀に及ばねえ。 百助だらしのねえこと夥しい。さあ行こう。 お作小生意気な。それが楯岩の平九郎後家にいう台詞 仙七この先は何という処だったな。 かわじ ( 手に擱ん か、草鞋銭をくれてやる、持って行くがいい 百助川治とかいう処で、湯が湧いて出てるとよ。そこ でいた一分を叩きつける ) で今夜は泊るとしよ、フ。 仙七 ( 落ちた一分を探し拾いかける ) 仙七湯ならあすこの川の中にも沸いてたぜ。ほら白い 百助馬鹿だな、こいつあ。 ( 仙七を引っ張る ) 煙が立ってやがらあ。

3. 長谷川伸全集〈第15巻〉

425 旅の風来坊 五郎七 ( 座に戻って苦り切っていたが ) お雪、勘定を貰うん たな。何か俺に用か。 おつるよ、。 なら、あっちで貰え。 ってみな。 お雪それもそうだっけねえ。お客さんこっちへ来てく五郎七何の用だ、い ださいよ。 おつる帰らせてくださいまし。 佐四郎おい来たしよ。どこへでも行くよ。 ( 五郎七の顔を五郎七帰らせろ。どこへ。 覩いて ) おつる家へ、あたしの家へ。 五郎七釜太郎のところへ帰りてえのかーーーそうか、お お雪 ( 五郎七に ) 親分、階下へおいでなさいな。 前、知らねえのだな。 五郎七今、行く。 ( お雪を招いて何か囁いた ) お雪は佐四郎をジロジロ見ながら階下へ連れて行く。 おつるえ。 五郎七が裏梯子から階下へ行くつもりで起ちあがった時、 五郎七そうか知らねえのか、俺は知ってるとばかり思っ 裏梯子からそッとあがってきた釜太郎の女房だったおつる ていた。釜太郎はな、俺に借金をみんな押付けて、駆落 ( 二十五、六歳 ) 顔が窶れていて青く後れ毛がたれている。 ちをしちゃったんだ。お前、帰るといって、もう家なん おつる ( 座敷の入口の前に悄然と佇んでいる ) かありやしねえぜ。 五郎七だれだーーおつるじゃねえか。 おつるえーー矢ッ張りそうでございましたか。 おつる 五郎七そうでございましたかって、知っていたのか。 、そこへまあ坐おつる しいえーー・存じませんけれど、そうなるだろうと 五郎七立ってねえでこっちへ入んな れ。 思っていました。 おつる ( 悄然と坐った ) 五郎七こういうことになってみると、俺が一番悪者にさ 五郎七お雪から聞いたが、お前よくねえよ。ここへきた れちまうのだ。もっとも俺もよくねえ、がお前だってよ くねえ、そうだろう。俺はいうことを肯かせたが、肯い らその気になってくれなけりやいけねえや。今夜お前殴 られたって。 たのはおつるお前だぜ。あの晩お前が、どこどこまでも おつるま、。 突ッ刎ねれば、俺とお前は今だって何の訳もなかったん さから だが、ああいうことが一度あってみれば 五郎七強情を張るからだ。あすからお雪に反抗わず、稼 、そうしなくちや自分のためにならねえ。判っおつる親分。

4. 長谷川伸全集〈第15巻〉

士ロ , フ十び るには臆病となる、結局、岩の重さに耐えず下に置く ) ああこ ンいてくれ 入屋の鼓ぐらいは張れるかも知れねえ。さあひン剥け。 ン畜生ツ、重い 行田常なあんだ、やらねえのか。 捨松よしひン剥いてくれるとも。手前はな手前はな。 ( 口惜涙にくれる ) 三谷吉何ツ、 ( 振り返って ) だれだ今ぬかしたのは。常、 三谷吉 しい加減にモガモガいっておけ、早くひン剥かね 手前か えのかい 行田常俺じゃあねえよ。 捨松千枚張りの野郎だ。手前は、この畜生め。 三谷吉初、手前だな。 けん強、き 三谷吉何を詰らねえことを。 但馬初お剣先を向け変えちゃ困らあ。 三谷吉ぶつけるか、ぶつけねえか、見届けて冷かしやが捨松聞けば手前は飛びッちょ吉という名があるそう れ。 ( 土丹岩へ手をかける。重くてあがりかねる ) むツ。 ( 漸く だ。一つところに五日と居たことのねえ人間だろうが。 抱きあげる ) 三谷吉そうだよ。俺あいかにも飛びッちょの吉だよ。今 ためし まで一ッ処に五日といた例はなかった男だ。土左衛門の 捨松よせよせ。俺あ知ってるそ。手前が八ッ当りする 親類、俺の唄をまだ聞いたことあねえといったな、聞か 日くを俺あちゃンと知ってるんだ。だがロに出さねえ、 せてやろう、節をつけちゃ聞かせねえ、手前なんかにや いうことじゃあねえから俺あ黙っているんだ。 勿体ねえからだ。聞けよ老ばれ。土方する身は空吹く風 三谷吉何。いってみろ、変なことをいうない。 てめえ よ、その日その日の西東とな。東西南北六十余州、きの 捨松手前に気を兼ねて口に出さねえのじゃねえやい もったい しやくさわ うときようと、同じ土地に立っていねえ俺だ。老ばれ、 口に出していっちゃあ余り勿体ないからーーー・癪に支るこ どこうしやかい 土工社会では西行に出るとも飛びッちょをするともい とだから。俺あ怒るより泣きたいくらいだ。 う、俺あその飛びッちょ吉だ、それが何だってのだ。 三谷吉何をいってやがる。怒りたきや怒れ、泣きたきや 泣け、腹にあることならいっちまえ。 ( 土丹岩の重さに耐え捨松それ程の飛びッちょ野郎が、ここの丁場にばかり はんっき ち ず下へ抛り落して ) は半月の余もいるのは何の訳からだ。知っているぞ。手 いいてえことを溜めといたって腹がグ 前はうぬという人間を水鏡に写して見たことあねえの 飛チグはならねえんだぞ。 か、うぬという人間がどの位の男だかわからねえのか。 捨松畜生。図々しく構えてやがる。よしその面の皮を その有様でそのザマでお嬢様を想うなんて、俺にとっち ひン剥いてやる。 いわ

5. 長谷川伸全集〈第15巻〉

152 おろく おろく客じゃねえのか。客でもねえ者がずかずか入って えツ。ど、泥棒がはいったのかい。 きて、何だい。出て行きな。 太郎吉下総の家へ、刀を抜いて来た奴ね、あいっ等が一一 人とも来やがったよ。 ( 障子の破れからのそき ) ちえツ、ま苫屋婆、愚図愚図いうない。俺をだれだと思ってやが る。聖天親分の処へ、助ットに来た下総の住人苫屋の半 だ立ってやがるよ。 おろく何だ。まッ昼間だというのに、刀を抜いて暴れ込太郎だ。 とこのどいつが喧嘩の尻を持ちおろく大きなことをいうない。聖天親分の処へ来たとい んできやがったの力し ゃあ、この間中から縺れてる喧嘩に、腕貸しにきたばく 込んだのだろう。 ち打ちだろう。 太郎吉おばあちゃん行って追払っておくれよう。 かかあ おろくおい来た。安どまりの嬶だよ。おきぬさん心配お大野木婆さん。なりを見ても知れそうなものだ。 おろくばくち打ちを自慢そうに何をいやがるのだい。家 しでない。喧嘩や刃物にや慣れつこだ。 で知ってる人なぞは、元はれつきとしたばくち打ちだっ おきぬおかみさん。わたし達のことは構いませんが、時 たらしいが、噎にもそんな処は出さねえそ。おやおや、 さんのことだけは黙っていてあげてください。 この人達は土足であがりやがって。まあ呆れ返った。他 おろくあアいいとも、客のことを一々喋らせられてたま 人様の家へ土足で踏込む奴があるかい。聖天親分の処に るものか。安心しておいで。 ( 廊下へ出る ) おきぬこっちへおいで。何、大丈夫だよ。 ( 怯えながら太来ている半太郎といったな。 ( 大野木に ) お前の名は何と 郎吉を呼び寄せ、庇って坐る ) いうのだい。 おろく ( 廊下の奥をのぞき ) そこに立ってるのは人間か棒大野木向う息の荒い婆さんだ。 おろく名前はねえのか。 。薄ッ気味のよくねえ人達だ。 苫屋 ( ずかずかと出て来て ) 婆さん、今子供がここに入っ苫屋帰るからいいじゃねえか。 大野木これでなくちや安どまりの女房は勤まるめえ。 ( 笑って出て行く ) おろく知らないね。お前さん方は何だね泊めてくれとい おろく大きなお世話だ。手前チの世話にゃならねえ。潮 うのかい、お客様かい 花まいてやるそ。 ( 後から追うようにして行く ) 大野木 ( 廊下の奥から出て ) ヘン、助けておくれよ婆さん。 太郎吉 ( 障子をあけてのぞき ) おっかちゃん。行っちゃった 俺達はまだこんな処へ泊る程コケてはいねえ。 おくび もっ

6. 長谷川伸全集〈第15巻〉

そうしておくれ兄さん え。だがなあ。厭な噂を幾度となく聞くのだ。後生たカ三、 伝ってね。 ら本当のことをいっておくれ。なあ、兄貴、よ。 岩吉お前達は、おれが元の悪党になってるというのおきち兄さんも大分慣れてきたからねえ。 岩吉有難う。だがなあ。俺は知ってるんだ。ここの家 おきちそんなことはありませんでしようねえ兄さん。 におれが厄介になってるために、仕事がだんだん減って 三次郎本当のことを聞かせておくれ。兄弟なんだぜ、兄 ゆくのをなあ。俺が厄介になってるのは、おまえ達三人 あごひ の頤を干あがらせるもとになるのだ。 さんなんだ弟なんだ。おれ達は心配してるんだ。 岩吉有難う、礼をいうぜ。実をいえばおれたって、老三次郎何をそんなことがあるものか。 なまみ 三次郎は打消したがそれは弱々しかった。 い朽ちたからだじゃなし、叩きや痛い生身なんだ。世間 雨戸を急に叩く者がある。 の奴等に白い眼でじろじろ見られたり、妙にのけ者にさ 人の声今晩は、今晩は。 れるとなあ、くそツもう一度。 ( 三次郎夫婦の悲しげなのに 岩吉はぎよっとした。弟夫婦は兄を疑って、たことを裏書 気がっき ) 何、やりやしねえ。俺はなあ、ともすると出 こら するが如く即座に兄を庇護する態度に出たおきちは自分 てくる自暴を、歯を食いしばって怺えているのだ。だが の蒲団の中を、一時の隠れ場所として兄に教えた。三次郎 なあ。いつまでおれの辛抱がつづくかしらと思うぜ。 はカンテラを執って侵入者の矢表に立った つまでも辛抱が続いても、世間は、おれを仲間に入れち いまじぶん やくれねえとしか俺にや思えねえ。 三次郎どなた。今時分、何のご用です。 人の声ちょいと開けてください。 三次郎兄さん。 岩吉俺にいわしてくれ。俺は料簡を据えたんだ。太く三次郎 ( 兄の隠れたのを見届け ) どなたです。 おおや 人の声家主さんが用がおあんなさるのです 短く暮すか自分で死ぬか。 三次郎 ( 戸を開け ) 家主さんですか。 者三次郎そりやいけない。 二、三人の姿がちらと見えた。内へ入って、たのは家主六 入岩吉うむ、それを考えたんだよ、だからおれは元の悪 の 一共衛だけ・こっこ。 党にゃならねえ。自分で死にもしねえ。じっと我慢をし あて て、的のねえ日をくらす気だ。そうしなくちゃおまえ達六兵衛三さん。兄さんはどうしているね。 にすまねえからなあ。 三次郎へい、兄貴なら寝ております。 をポッポッ一于

7. 長谷川伸全集〈第15巻〉

え。 ( 思わず安の胸倉を放す ) どツかへい出しやがったな猪三郎仁をみて物をいえ。俺をだれだと思 0 てやがる。 畜生。 ( あたりに眼を配り ) しくじりの元にならなきゃい 蝙蝠安ぬすっとだと思ってらあ。そういう手前こそ俺を 知らねえな。 蝙蝠安あにい、そばやのこといってるのか、そばやなら 猪三郎 ( 逃げんとして眼を配る ) ばんや あの四ッ角へ駈けて行ったぜ、あすこにや番屋があるん蝙蝠安こうめえても俺は、この界隈で名うての蝙蝠安と だ、お前知らねえだろうな。 いってな、ちッとは人様に恐れられてる人間だあ。 猪三郎番屋が。本当か。 ( 少し狼狽して ) うつかりしちゃ 猪三郎そんな薄ッペらなおどしが利くと思うのか。 わる いられなくなった。 蝙蝠安憚りながら、悪と折紙のついてる男だ。往来であ 蝙蝠安全くだ、四ッ角を曲ると直ぐのたばこ屋の裏に えば人が道をよける男なんだ。 や、岡ッ引が一匹いるぜ。 猪三郎くだらねえ野郎だ、フフン。 猪三郎おどかすな。本当か。 蝙蝠安だが聞けよ。俺あ盗み泥棒はしねえ。 蝙蝠安本当だとも。 ( 油断を見すまし、猪三郎の匕首を叩き猪三郎放せ。 落す ) 蝙蝠安放さねえよ。 猪三郎野郎ツ。 ( 匕首を拾おうとする ) 猪三郎 ( 袖を振る ) おい、ひでえ目にあわねえ内はその手 蝙蝠安 ( どんぶりを猪三郎の足許に叩きつけ、相手が飛び退い が放せねえのか。 たスキに匕首を拾う ) 蝙蝠安放してやるから金を渡せ。 はんば 猪三郎しやら臭えぞこの半端野郎め。 ( 匕首を奪い返そう猪三郎盗み泥棒はしねえが、上前を刎ねるのでなく、根 やっこ とする ) こそぎ取ろうという虫のいい奴さん、見損なって、かけ 蝙蝠安 ( 闇の中の遠くへ匕首を投げすてる ) 刃物がなければ五換えのねえ命を型なしにするなよ。 分と五分だ。もう手前をあにいなんていうものか。さあ蝙蝠安泥坊を見逃したんじゃあ、あすから俺の箔が落ち 出しちまえ。 ( 袂をつかむ ) らあ。手前のとった金を取り戻さねえと、これから俺と 猪三郎フフン、山分けにしろというのか。 いうものが囲い物や女師匠の家や、女出入りでもめてる ふたひと 蝙蝠安べら棒め二ッ一ツで合点するものか、今の若僧か 家への仲裁に、這い込みするのに、睨みが利かなくなっ らとった金を残らず渡せ。 て大損すらあ。

8. 長谷川伸全集〈第15巻〉

212 銀平岩名の。野暮をいっちゃ困ってしまう、人に聞か え、何故と念を押しなさるな。あっしゃ勘八親分の姐御 とは何のこともねえんです。 せられねえ厭な用さ。 いい男のくせに、そんなことを今更いうなよ。飯 嘉十そうか、じゃあひとまず俺は承知しよう。その代銀平 り銀平どん、お前の方の用が済んだら、あいつは俺の方富を出てからきようまで、何処をどう歩いたかは知らね えが、聞けばゅうべは船だったとなあ、男と女と利根川 へ貰うからな。 銀平 ( 意味あり気に ) 先のことは先のこととして、ひと 船で一緒にいたんじや証拠になるよ。 もっとも まず手を引いて貰いてえね。 富五郎そう思うのも道理だが、たとえ一緒にいたところ 嘉十よし。お ~ 目し。 一リこま義理もあるから一時引こう。やし で、何のまちがい一つもしねえ、乗った船の名、人の名 うろん 富。銀平どんの用が済んだら、俺にもう一度逢うのを忘 を知ってるから、胡乱と思わば聞いてくだせえ。あっし れるな。 はどうでも姐御に気の毒だ。 富五郎逢、 、、したけりや尋ねてこい、居合せさえすりや、逢銀平俺あお前のいうことを本当にしてえのだが、見ろ い惜みはしねえ男だ。 い。ここには女の抜け毛が落ちてるぜ、枕にもつれた名 嘉十その言葉を忘れやがるな。 ( 弥太その他を宥め叱り、 残りじゃねえのか。 ( 指頭に丸め指で弾く ) なまめ 引連れて去る ) 立馬親分。動かし難い証拠はあれじゃ。色も媚かしい 銀平、座に就き富五郎と相対す。立馬は、すわと云えば抜女の腰帯。さればこそ下座敷で勘八親分の姐御が、急い 討ちすべく位置をとり、素知らぬ顔で控える、千造は銀平 で帯を結んでいた筈。 を護衛する。富五郎はじろりと見て、大勢を既に察してい 富五郎え。それじゃあ姐御は。 る。 銀平一人子分が付けてあるよ。どうだ富。こんなこと 銀平免鳥の富五郎ってのはお前だな。俺はこの近所に で首をというのも可哀そうだから、俺の働きで負けてや いる押付けの銀平って者だ。飯富の勘八とは飲分けの兄る。手前その羸をつめろ。 弟オ 富五郎坊主になれというのですかい。厭だ、俺あ小鬢の 富五郎矢っ張りそうか。 ( おつるのことが気になり出す ) 毛一寸でも剪るものか。 銀平聞き分けのねえ奴だ。 銀平富。気の毒だが首をくれ。 かど ・、ツ こびん

9. 長谷川伸全集〈第15巻〉

弥之助えッ : 身請けされてくれとは、つこ ; 、 弥之助えツ。金をもたぬと見縊るのか。あ、あるとも、 なそとはいわぬ。鶴々々、縁起でもないこといってく 嘘と思うな、み、見ろ、こ、これを。 ( 胴巻をこいて小判 れるな。 をふり出す ) しよせん おしほまあ : おしほ弥之さん。所詮は助からぬ命の筈。 弥之助えツ。な、なにをいう。 弥之助ど、どうだ : こ、これは金。トリよ。金だ。 亭主を呼べ、身請けする。ゃい亭主、亭主。 ( 起ちかかる ) おしほこの前来たときに、書置をかいて持っていた、あ れは、な、なんでございましたえ。 おしほ ( 弥之助に縋りつき ) 待って。まあ待って。待って 弥之助はツ。 ( 魂消るばかりに驚く ) ください弥之助さん。 ゅうちょう からだ 弥之助待って居られぬわしの体だ、いやわしは悠暢が大おしほご主人様とあて名書きしてある書置は : 嫌いだ。おしほ、身請けされるが不承知か。今までの言弥之助そ、そんなもの、無い。もとより無い。 おしほ破ってどこぞへ棄てたのか、灰にしたのか。 葉の数々、あれをまこととして身請けして連れて行く。 おしほ ( 板挾みの苦しみに慄えている ) 弥之助知らぬ知らぬ、だれに書置かくものか、そんな用 はもとよりない。これこのように金もっていて、死ぬ : 弥之助 ( おしほの顔の青いのに心づきて飛びのき ) そ、その みしろのこ へんじ ・ : ことがある筈か。片時もはやく亭主を呼べ。身の代残 顔色の青さは何ごとだ。今殺される人の顔つき眼の色 らずはらって天下晴れて女房にする。お前が呼ばねば、 だ。、や、わしは知らぬ、知るものか、知る筈がない 殺される人の顔など見たことのないわしだ。おしほ、金わしが行って、かた付けてくる。 ( 小判をあつめて胸巻に捻 じ込み起ちかかる ) はある、この通り。三日前にはないというたが、あ、あ れは弥之助がたった一度、お前への嘘だった。な、見ておしほあれ待って、まあ待ってくだされ弥之助さん。 こ、この胴巻の結び目に、赤い物をつけたまま持ってゆ くれ、こ、これこの金、小判・ これさえあれば、命 雨 く気か。 ある限り不自由はさせぬ。身請けさせてくれ。連れだっ の 弥之助えツ。ゃ。 ( 胴巻の端についた血痕をかくす ) ・ : ・ : お て行こうどこへでも、な、な。 越 さと しほ、お前、わしがしてきたこと、さ、覚ったなあ。 冲おしほあい いのちちち おしほわたしのために、命縮めた男のこと、それを覚ら 弥之助行ってくれるか。 れずにいましようか。 おしほ死にましよ、つ。 みくび

10. 長谷川伸全集〈第15巻〉

七兵衛 ( お梅の手を曳き、よろよろと外へ出て行ってしまう ) 勘太郎落ちてる物を拾うない、お ( ー大工で、屑屋じゃな 勘太郎ヘッ、生ぞらっかやがって、今にも死にそうな格かろう。 かん 助十違えねえ。 ( 裏口の外へ、棄て ) 燗は俺がつける 好をしてみせやがる。 ( 立って行き表の戸を閉める ) よ。 裏から助十が着換えてはいっている。 勘太郎済まねえそうしてくれ。 ( 神 ( へ神酒を供えている ) 助十勘ちゃん、お前さっき喧嘩したってな。今も又や助十 ( 働きながら聞き耳を立てる ) ャ。何だろう。外 ってたんじゃねえか。喧嘩ッ早いのだけは少し慎めよ、 、が賑、か」、刀 しでか 今に取返しのつかねえことを仕出来すといけねえから。 勘太郎 ( 膳の支度をしながら ) 祭はとくに済んじゃった 勘太郎そうじゃあねえ。昼鳶が飛び込んでいたから、叩 し、婚礼もお通夜も、このところ屋にはねえ筈だ。 き出したところだ。 助十何だろうな。ガャガャしてるが。 助十へええ、空巣狙いかい。ちえツ、馬鹿な奴だな、 表の戸が開いて、魚勝が註文の刺を持って、はいってく この長屋へへえってみたところで始まるめえにな。何か る。 盗られたのか。 勘太郎そんな鈍痴じゃねえよ。 魚勝勘ちゃん済まねえが、ここか持込ましてくれ。 助十そりやそうだ。おい勘ちゃん。俺帰るぜ。 勘太郎おおいい共よ。親方ご自身で出前か。 ( 皿を受取 勘太郎おツかあが恋しいのか。なら、帰んな。 る ) おいしよ。 助十だってよ。これ見な。櫛だぜ。お前ンとこの裏に助十勝さん、外の賑かなのは何だい。 落っこっていたんだぜ。お前の小指のじゃねえのかおい。 魚勝行倒れがあるんだ。 そんなら邪魔だから帰れといいなよ、気よく俺は帰るか助十行倒れ、男か女か。 ら。 魚勝女の子を連れた男さ。もう死じゃってるんだ。 勘太郎 ( 頭を振って否定し ) そんなものを拾うない。だれ勘太郎えツ。 ゆす のだか知るもんか。汚ねえや。 魚勝女の子が死びとを揺って、おッちゃん、おとッ 助十そ , フか、じゃあ俺が ) 頂かっとこ , つ。こりや・ハラフ ちゃんと、ほらね、泣いてる声が聞んるだろう。 - 一う かっ