房ンべが段七の着物を引ツかけ帯を結びながら出てくる ' 房ンべ ( 平太郎がいるので馬小屋の脇に隠れようとし、懲りてい るので、退いて間誤っく ) 平太郎おやツ、もしお前さんどこの人だ。 女房と娘とが覗いてみている。 房ンべ ( 狼狽する ) 話すことは話しちゃって、もう残って いねえ。 ( 平太郎の顔に心づき ) だれだお前は。 第一場春吉の家 平太郎これは呆れた。待ちなさい。おいおいこの人の着 簗田宿の故嘉右衛門の家は、出入りする子分が一人もな てる着物は段七のではないかな。 く、ひっそり閑としている。留守をまもってお栄だけがい おたつああ、叔父さんのだ。おとッさまそうだよ、なあ る。 おツかさま。 かき 女房その鍵裂を縫ったのはわしだ。とッさま、この 旅芸人の夫婦が、上り框に腰をかけ哀調を帯びたうたを絃 男、盗人だ。 入りでうたっている。 房ンべ何をいやがるんでえ。 夕方で、入り日の色が窓に映っている。 平太郎 ( 房ンべを取押えんとして衝き飛ばされる ) 盗人だ、泥 きふく 家の中に忌服中の神棚がみえる。 棒だ、泥棒だ。 房ンべを追って三人とも行ってしまう。 お栄が、柱にもたれ、旅芸人のうたに聞き入っている。 お栄 ( 哀調に唆られ、怺えに怺えていたが、遂に、声を出して 段七、房ンべの着物をつけ、母屋の方から渋紙包の脇差な 泣く ) れ どを持って出て腰にさす。 旅芸人 ( 喫驚してうたい止める ) ぐ し段七 ( 馬小屋の馬の鼻面を愛撫し、すいと行ってしまう、その女房 ( 三味線の手をとめ、お栄の方を見る ) 段体つきが元の博徒にすっかり戻っている ) 旅芸人 ( 女房と囁きあって ) 相済みませんでした。こんな物 をお聞かせ申してはいけませんのでしたろう。 女房相済みませんでした。 〔大詰〕
和四郎判らずやツ。いや、よそう。そんなことをいい募和四郎おかみさんは仕合せだろうね。 ると、八年前と同じになる、あの時は命を賭けていい女今吉当り前だ。 まいたのだが、今は、おえんは地の下だ。 和四郎抜きねえ刀を、勝負しよう。 今吉じゃ、註文の一騎討ちにかかれ。 今吉おやツ。うむ、そうか、女房持ちが嫉けるのか 和四郎きようはよしだ。 それで勝負か。合ッ点だ。 今吉何だ、止すツ。 和四郎なあに、八年遅れてしまったが、あの晩のお通夜 あらた の供物に、更めてこの首をやろうというのだ。もう命の 和四郎おえんが死んで足掛け三年、似ている女を探して 歩く、それが俺の今じや仕事よ、股旅者には丁度いいや主が世にねえからよ。 っ外′、冖 ~ な。今吉さん、越前三国で遊んだ男が、おえんにそッく今吉よそう。 りの女がいたと教えてくれたのが始まりで、あっちこっ和四郎えツ。 さずくび 今吉授け首なら欲しかあねえ。 ちと、似た女を漁って歩いたがみんな違わあ。たった一 和四郎じゃ、一騎討ちだ、丁目半目の白刃と白刃をブッ 人の女は、三千世界に矢ッ張りたった一人ッきりだ。 今吉え。 ( 和四郎の熱情に打たれ始める ) つけろい。 和四郎佐渡ヶ島、小木の湊の裏町に、お米といって湊屋今吉俺は病みあがりで、勝負どころか、手もなく参ら にいる女が、おえんに瓜二つと聞いてすぐ飛び出して来あ。 たが、八年前が思い出され、二本木屋へ人知れず、おえ和四郎だからこの首、やろうというのだ。 んの髪の毛を投げ込みに廻ってきて、噂を聞いた、お今吉何ツーーそれほどの心なら、五分の勝負で屹とも らう。俺が丈夫になったら来てくれ。 前、四年の間、おれを尋ね歩いたとなあ。 女今吉歩いた果ての四年目に、兄貴の敵はとらねえで、 和四郎えツーー・ーそうか、お前それじゃ俺に、佐渡の小木 の湊へ行ってこいか。 人恋女房をつれてここへ帰ってきた。兄貴には済まねえ た が、きのうきようと日がついつい経った。兄貴には全く今吉顔も姿も似ていた上に、心柄まで似ていたら、四 っ たすまねえ。 十九里の海を中に、こっちの方へは渡ってくるな。 和四郎 ( 黙って俯向き、やがて落涙する ) 和四郎今吉さん、お前、女房の他に女があるか。 今吉そんなものがあるものか。 今吉おや。 あさ
なあ。 んだ。 お時そうだよ、当り前じゃないか。 ( 独り言のようにロ お時泣き落しかい、古臭いよう。 あきめくら を衝いて出る ) 死にもの狂いに思いこんでくれた男を、 仁吉全くの話、俺は手に職ってえものがねえし、明盲 あたしの母親は一代のうちに、後にも先にもたった一度 だし、世話も手引きもしてくれてがねえ、それでも食わ しか見なかったとさ。 なきゃならねえ、食いてえと思いたくねえが、生きてい る人間の弱味で仕様がねえ、そこで、俺は生きていたか仁吉その死にもの狂いなら俺にもある。俺は吉原にお ったんでとうとう強請、たかり、だんだん昻じて太く短前がいねえと知ると、その場からすぐ飛び出して、綾衣 から聞いた話で知っているこの吾野を目指して、一本槍 く俺ア木鼠仁吉という盗ツ人に。 に飛んで来た。綾衣め、俺をウリ ( 密告 ) やがったに違 お時自慢そうに何が木鼠だ。そんなことがあたしに拘 えねえ。道中さんざんにつけられたが、こっちは一、い、 り合いがあるというのかい。馬鹿にしてやがらあ。 仁吉お前の方にやねえが俺の方だけにある。俺はお前滅多矢たらにやってきた。 お時何故さ。 に惚れたんだ。 仁吉お前のあとを追ってよ。 お時こっちでは知らないことさ。 お時あたしがウンというとでも思ってかい 仁吉知らなくっても俺は一念。六日前に吉原へ行っ 、綾衣が病ってでもいたらそれこそ幸い、お前を名代仁吉それもあるが、気になった。 にと行って見ると、お前は逃げてしまっていねえ。さてお時何がさ。 いろおとこ は情夫があって、そいつの手引きで足抜きだろうと、聞仁吉ヒモがあると疑った。 お時ふふンだ。 いてみたがお前にゃあ、ヒモも何にもねえという。 お時そうさ、男なんて、アテにならない生きものだと仁吉さッき、もうちっとでここの家の前まで来られた ぎ知っているんだ。あたしばかりじゃない、あたしの母親ものを、目明しどもに追いっかれて、あの騒ぎだ。 だって、そう思いつめて死んだんだ。だれが、ヒモも襷お時こっちの知ったことか。 百もこしらえるもんか。 仁吉お前、ひとりで何だってここへ来たんだ。 仁吉お前、話の腰ばかり折っているが、俺もひねくれお時大きにお世話だ。 ていると云われて来たが、お前もひどくひねくれている仁吉聞かせてくれ。 うたぐ
和四郎フフ、負けて死ねば、似た女を探し歩くことはね え、死んだおえんに会えらあな。 第二場空地 今吉おえん。あの女は死んだか。 一方は他家の古土蔵の背後、同じ家の高塀が続いた瓦野の和四郎死んだ。抱いてやったこの手のうちでおえんは息 まる つき 屋根だけが見え、その続きは板割の荒木の塀、一方は今吉 を引取った。もう満二年と五月だ。 しとみ の家の黒く塗った蔀張りと取払いの屋敷趾。隅に古瓦と、 今吉苦労ばかりさせて死なせたろう。 古石三、四本が積んであった。 和四郎楽はあんまりさせなかった。 今吉親不孝の罰だ。 和四郎 ( 古瓦に倚りかかって今吉を待っ ) 今吉 ( 柵を越えて空地に来る。足もとが弱い ) 和四郎だが、女房は、好きで連れ添いする苦労だと、貧 さなか 和四郎 ( それをじッと見ている ) 乏している最中でも、時どき笑った顔をみせてくれた。 今吉女房子分に因果をよく含めてきた。助太刀加勢は俺も又、長脇差は抛り棄て、八百屋渡世で汗水たらし た。今吉さん、お前は知るめえが、おえんを仕合せにし 確かにさせねえ。八年目で、註文通り一騎討ちだ。さ てみせると、岡の三蔵さんにきッばりいった、その通 あ、来い り、俺はおえんを大事にした、脇目もふらずただ一図に 和四郎俺はよした。 だが、貧乏はした。 今吉何ツ。今更よすといっても、止させるものか。 和四郎お前、病人らし い、じゃ止めだ、弱身に付け込む今吉それ見やがれ。貧乏させて何が女房の仕合せだ。 和四郎お前も矢ッ張り兄貴の弟だ、俺のいうことが判ら のは俺は好かねえ。そんなことをするくらいなら、又、 ねえ。 元のこの渡世で、渡り鳥にはなりやしねえ。 今吉おう判らねえ。兄貴の敵のいうことなんぞ、判ら 今吉手前がよしても俺がよさねえ。 ねえで丁度いいんだ。 和四郎白刃をブッつければお前が死ぬぜ。 和四郎そうじゃねえ。身貧にくらしているには居るが、 今吉死ぬのを怖れて、敵討ちが出来るものか。 まん 和四郎じゃ勝負は日延べにしてくれ、俺は佐渡ヶ島小木お聞き二人は惚れた仲、銭金が満とある奴より貧乏人が の湊という処へ行ってみてえ。 仕合せということも、世にはある。 みひん
しらは ( 若い者に ) おい、行こう。 今吉丁目半目は白刃と白刃だ。壺を振れ、俺も振る。 び くもっ 茂左衛門、与五郎等は去る。茂左衛門の叱声がまだ聞えて和四郎この首はドウ引きだ。お通夜や葬いの供物にはっ かわせねえ。こいつはぬしのある首だ。 若い者 ( 与五郎を見ている ) 哥兄、あれだあれだ、今の若え今吉手前が厭でも俺はもらう。勝負ツ。 ( 斬り付ける ) 和四郎 ( 引ッ外し ) この命には主がある。 男だ。二本木屋の娘を嫁にする筈だった男だ。 文吉ひどく食い酔っていたようだな。何をしてやが今吉何をツ。 ( 斬り付ける ) る、日卞くこいよ。 和四郎 ( 躱して ) 命の主が死んだら知らず。 若い者おい 今吉野郎ツ。 ( 虚を狙っている ) 文吉等が去ったあとへ、六ッ又の和四郎が、手拭で顔を包和四郎生きてるうちはやれねえ命だ。 み、現れる。それを今吉が忍び寄って見ている。 今吉そんなら俺を叩ッ殺せ。やってみやがれ。 ひま 和四郎 ( 窓に耳をつけ様子を聞き、四方を見廻し、忍び込む箇所和四郎そんな隙はねえ。 を得るため、屋根にのばろうとする ) 今吉斬れ、斬れ、斬ってみやがれ。 睨みあっている。 今吉 ( 近寄り、肩を敲く ) 和四郎 ( 屹と振り向く ) 今吉 ( 飛び退いて刀に手をかける ) 和四郎、待ってました。 第四場二本木屋の内 よく来やがった。 以前の座敷では、おえんが窓に獅噛みついて外を見てい 和四郎だれだ。 る。おしかは半兵衛夫婦に急を告げんと、怖る怖る出て行 今吉刀を引ッこ抜いてから聞けツ。 さえ こ , っとしていた。 窓が開いて、おしかに遮られながらおえんが覗く。 おしかあツ。 ( 怯えて、縮みあがる ) おえんあれツ。 ( 袖で顔を掩い、ひれ伏す ) おえん ( 窓格子に顔を押し当て、見ている ) おしかひえツ。 ( 釘付けされたように立ち停まる、時に行燈が 倒れ、灯が消える ) 和四郎岡の三蔵さんのお身内か。 暗い中で、凄じい音がして、足音が入り乱れ、男女の叫び 今吉弟の今吉だ。お通夜の供え物を取りにきた。 和四郎こ 声が、間を置いて聞えた。障子が手荒く開けられ、今吉と
れた着物を絞りながら ) 若え衆。厄介になりますぜ。 がおりますぜ、その代りこれだけはご承知願って置かな 三吉 ( とッくに表の戸は閉めてしまい揉手をしながら ) 有難 よなか う存じます。へえお客様あ。 丑松夜中にべロ・ヘロ舐め廻すんじゃねえかい。 丑松 ( 草鞋を解きながら ) えらい降りだね。これじやどう 三吉どう仕りまして。とても顔ときたら吉原にもたん にも歩けねえ。 とはいません、その代り少々ばかり。 かんだち じあめ 三吉神立だろうと思うんですが、やがてこいつあ地雨丑松頸が長くなるのか。 おとな に変りますぜ。親方は江戸からで。 ( 土間の隅から水桶と三吉 しいえ温和しすぎるんで。 おし 盥をもってくる ) 丑松といってまさか唖じゃあるめえな。 丑松なあに江戸へこれから帰るのさ。久しく田舎の方三吉 ご冗談もんで、へへ。名前はおきよ、年は二十 へ行っていてね。 ここらには勿体ない玉なんで。 三吉そうでございますか、じゃあ今夜は江戸の匂いが丑松旨えことをいうぜ。若え衆は、この道は吉原で憶 こってりとしてるのをお取持ちいたしましよう。 えたのかい 丑松そりやご親切に有難うよ。水臭えいい草か知らね三吉へへ、恐れ入ります。 や・つま 鴇母おくのが来て、丑松をジロジロ眺め大体の評価をして えが、どうで一夜妻、どんな女でも俺あ構わねえ、何な ら一番売れねえ妓を出して貰おうか。 三吉へえ承知いたしました。 おくの ( 今来たような顔で ) いらッしゃい、どうぞこちら 丑松といって、雪駄の革にはなりたくねえ。 三吉何でございますね。 丑松そっちか、どこへでも連れてってくれ、雨漏りさ かえ 丑松びッくりして、反つくり返らせられちゃ遣りきれ えしなけりや苦情はいわねえよ。 公ねえとい、フこと六、 三吉おばさん、親方にやおきよさんを願ったんだが。 丑 三吉ヘッ、それじゃこういうのは如何さま。 おくのはあはあ、そりやいい。親方は様子がいいからお の ばけものやしとの 丑松いくら何でも、怪物屋敷の宿直にはなりたくね きよさんとなら丁度似合だ。 暗 え、これで俺あ気が弱いんだ。 丑松大層おらあごひいきになるんだな。 三吉へへへ、板橋の妖怪変化には飛んでもなくいい女おくのどうそこちらへ。 あまも
のだろう。と云って待ってくれ、よせでは無えから間違 おこまだって、あんまりじや無いか。 えてくれるな。 今吉脇差を持ってこい。その間、屹とその人は、そこ 今吉一騎討ちという註文か。 に待っていてくれるだろう。 和四郎好んで死ににきたのじゃねえ。しこりの残った古 その男へえ、待っております。 創を吹ッきらせにやってきたのだ。一騎討ちが俺の望み おこま ( 決意して脇差をとりに行く ) 奥にいる子分が騒ぐ。 今吉ゃい静かにしろ、見ッともねえ。兄貴の代にそん目吉親分のことをどこかで聞いてきやがって、そんな 註文を出しやがるのだろう。卑怯な野郎め。 なブザマはなかったぞ。 和四郎卑怯じゃねえ。まこと卑法なら寝首を掻きにくら 奥が静かになる。 るひなか あ。天上をみろよ、日が高え、昼日中だ。 その男 ( 腕組みをして突ッ立っている ) おこまその男が卑怯といったのは一騎討ちの註文のこと おこま ( 脇差を持ってきて今吉に渡し、ハラハラしている ) わずら じゃないんだ、うちの親分は正月の末から病って。 庭口に岡の子分石阪の目吉を頭に数人、得物をもって現れ 今吉 る。 こうれ黙ってろ、女のロ出す場席じゃねえ。 おこまだって。 その男 ( 目吉等をちらと見ただけで、じッとしている ) 今吉兄貴の敵に情けをかけられて耐るかツ。おい和四 今吉おい、そこの人、俺は手に脇差をとった。 郎。ここじや外から見えていけねえ、こっちへ来い その男笠をとって顔を見せよう。 ( 笠をとる、六ッ又の和四 郎だ。八年前の疵が額にある ) この面に今吉さん、見憶え和四郎あっちか。先へ行こう。 ( ッカッカと庭伝いに奥へ行 きかけ、目吉等を振り返って睨む ) 女 があるだろうね。 の 目吉 ( 追い討たんとして尻込む ) 人今吉無くってどうするものか。 今吉 ( 勝負の支度をする ) た和四郎俺は討たれに来たのじゃねえ、勝負にきたんだ。 おこま ( 今吉の支度を心配そうに手伝う ) た目吉よく来やがった。それツやれツ。 むだ 和四郎何だこいっ等ツ。今吉さん、物は相談だ。冗に死和四郎 ( 庭の奥の空地へ概を越えてはいる ) 人怪我人を出したくねえ、子分衆がかかってくれば斬り
下駄をとって投げつける ) 半ば入る ) 保南 ( 今吉に突いてかかる ) 目吉等は今吉夫婦を護衛する。 かど くちぶり 今吉 ( 辛くも躱す、抜き合わせて斬り結べど、病後の弱みで圧倒保南ひと廉の者らしい口吻だ。猪ロ才な、腕前格段の され、木戸から外へ押出される ) 相違を只今みせてやる。これ、 ( 今吉に ) 順番は直き廻っ 保南 ( 今吉と鍔迫り合いとなり ) えいツ。 ( 押し倒し、刺そ て行くぞ。それツ。 ( 和四郎に斬ってかかる ) うとする ) 和四郎 ( 引ッ外し ) 斬られて耐るか、預り物の命の主がき おこま ( 七首を抜き保南に突ツかかり、必死に妨げる ) ようから出来た。 ( 斬ってかかるを引ッ外し、保南を斃し、血 っこよ 0 今吉 ( 起ちあがろうと焦慮る ) 潮を避け ) ほツ、、 . し子′十′ 片柳の豪家の当主となった与五郎が、女房おりきを連れ、 和四郎 ( 引返し来り、保南の前を塞ぎ、今吉を庇う ) 三人の乳母に五ツ、三ツ、当歳の子供をつれさせ、下男を 目吉等、家の中、木戸から得物をもって出る、今吉が倒れ ているので、びッくり顔見合せる。 一人っれて通りかかり、仰天して見ている。 今吉ええ、うぬは何者だ。どこの畜生だ、名乗りやが子供わあツ。 ( 怯えて泣く ) 三人の乳母と下男は一目散に逃げ去る。 れツ。 与五郎 ( 女房を庇い、顫えながら、和四郎を不安そうに見てい おこま ( 今吉を介抱し ) あの男は、眉毛尻が消えてるよ。 る ) 今吉じゃ、あいつが保南伊九郎か。 保南知ってやがっても拙者は毫も怖れを抱かぬ。いか和四郎おツーーー片柳の小旦那どんだな。 にも保南伊九郎様。ここから先刻出た奴等に追い廻され与五郎えツ、おッお前は。 て、どうせ無い一命だ、だとなれば彼の世へ道連れが欲和四郎刀が怖えか、それ。 ( 背後に隠す ) あっちへ行った 女しい、丁度いいのは手前達だ、おい手前も ( 和四郎 ) 道連のは、お前の子供か。 与五郎そ、そうだとも。 人れだ。どれ、殺しに取りかかろう。 和四郎おかみさんと、中は、、、。 た和四郎今吉さん夫婦、どいてくれ、血潮がかかる。 与五郎当り前だ、仲が悪くて六年の間に三人の子が出来 た目吉そいつは俺達が。 るか。 和四郎任せときねえ。 今吉うむ、任そう。 ( おこまに扶けられ、庭の木戸の内に和四郎もっともた。ご存じのおえんはあれから。
四人は挨拶して出て行く。 今吉そんなことがあるものか。 ( 思わずおこまの手をとる ) 今吉 ( 見送ったあとで淋しそうに黙り込む ) おこまお前さん、早くたツしやになっておくれ、ね、 ね。 おこまあら、どうかしたのお前さん。髭をあたってすぐ 風にあたったんで寒いのじゃないか知ら、ちょいとこれ今吉 ( 手を放し ) 成らねえでなるものか。和四郎の奴が なんどき 引ツかけていて、すぐ何か持ってくるから。 いっ何時こねえものでもねえ。今のこの体じゃ、名乗っ 今吉何そうじゃねえ、絆纒には及ばねえ。 てこられたら忽ち俺は返り討ちだ。 おこまだって妙に沈んでるじゃないか。 おこまそんな話。 まもうよそう。おや、そこで覗いてる人 があるようだ。だれだろう。 今吉思い出しちゃったのよ。 外から覗いている旅拵えの男が一人いた。笠に隠れて顔が おこまえ。 みえない。 今吉兄貴の跡目をついでいながら、俺は兄貴の敵討ち をまだしていねえ。 今吉おや妙な男だ。 おこまだって、そのことなら亡くなった兄さんだって見おこま ( 下へおりて、近づいて行く ) もし、何か用があって ていてくださるだろうと思うよ。六ッ又の和四郎という覗いてるんですか。 旅人を追っかけて、四年というもの、方々を駈けめぐっその男こちらは岡の今吉さんのお宅でしようか。 たお前さんじゃないか。 おこまお ~ 則さんは。どなた。 なだ 今吉 だからと云って兄貴の怨みを宥めたとはいえねその男八年経ったので少しウロ憶えになっていますが、 え。おこま、気を悪くするな。兄貴の無念をはらしに草お目にかかれば判りましよう。ご免くださいまし。 ( 庭へ 鞋を穿いて、敵の首はとれなかったが、女房はもらい当入ってくる ) かたきうん てた。敵運の悪さと、女房運のよさで、俺は板挾みになおこまおい待ちな。何だい、勝手にズカズカはいってき った気がする。 て、用があるなら、もう一度外へ出ておいで、取次いで おこまあたしゃ挨拶のしようがない。いけなかったんだ あげるから。 ねえ、あたしがお前さんに惚れちゃったのが。 その男そんな用と用が違います。ご免くださいまし。ど しょて 今吉馬鹿いやがれ。そりや俺の方が先だ。 うせ初手から礼儀作法のねえイキサツだったのでご座い ます。 おこま嘘、嘘。あたしの方が先ですとも。
つきでロをきくものがない 和四郎の声が近く聞える。 今吉 ( 脚に怪我している ) 野郎ツ、待てツ。うぬは寸断寸 今吉どこまで逃げるんだ、卑法ものめツ。さあ振りこ 断にして。 ( 這い起きんとする。見兼ねて扶けんと寄りそうに め、斬ってみろ。 なる人を、抜刀を振って寄せつけず ) ええツ、だれの手も借・ 和四郎厭だ。 りねえ、打棄っとけ。今吉は男だ。ええツ、俺ひとりで 今吉斬らせてやるから斬ってこいというのだ。 かたき 和四郎俺には勝負より大事なものがある、手前なんか仕兄貴の敵はとってみせる。ゃいやい。敵がとれなかった ら何とでも嗤やがれ。くそツ。何をくそツ。 ( 窓の方へ腕 様がねえ。 き近づく ) 今吉厭も応もあるか、手前の首を兄貴の前へ供えてや おみかあツ、娘が。おえんがあなたツ。 る。 障子の外へ半兵衛が手燭をもってきた。光りを受けて、和半兵衛えツ。 ( 茫然自失する ) 今吉 ( 窓から外へ出ようとして転落し、見えなくなる ) 四郎と今吉の姿が座敷に見える。 おしか ( 隅の方で泣き声を立てる ) 和四郎 ( 刀を抜いて構えている ) 半兵衛夫婦の周囲へ、雇人がー・ー泣き入るおしかを除いて 今吉 ( じりじり進んでいる ) 集り、夫婦を慰める。 半兵衛 ( 障子を開けて、びッくり ) あ。 ( 手燭を落す、灯が消え 今吉 ( 外の道で、必死の勇を鼓している ) ええツ、逃がすか る ) 暗い中で和四郎と今吉の「あツ」という叫びが同時に起野郎。待て野郎。待ちゃがれけだものー・待てツ、待 て。 ( だんだん声が細る ) り、二人の倒れる音がする。 半兵衛人殺しだ。だれか来てくれ、人殺しだ人殺しだ。 窓を破る音がする。 女 人和四郎 ( 額のあたりに怪我し、おえんを犇と抱き、刀を杖に、外 た の道を歩いている ) たおえん ( 顫えながら和四郎について行く ) 二人は去った。そのあと、障子の外に怖々ながら半兵衛の 女房おみか、雇人が手燭をもって来る。みんな硬直した顔 ずたず