114 そんな普通の言葉だったのです 今、私は読んでくれている人に伝えたい。 いしめは人間という生き物が生きつつける限り、 なくす事はできないと思います。しかし、その人間が人間を救う事ができるのです。とても、 とっても簡単な事で。 ・未遂から一一十八年 : : : あせらないで中学生 「カネナガ」さんの投書に対する様々な意見を拝見し、迷いましたが書かせていただきました。 「生きる」こと、「自ら生命を絶っ」こと、様々な意見を読ませていただきました。私はどの 言葉にもうそはない、 と考えますし、否定も肯定もしません。ただ、この二つの一見裏表にあ ることは流動するものだ、ということを私の体験から少しでもわかっていただければ、また、 このような生き方もあるのだということを頭のすみに残していただければ、と思いペンをとり ました。 私は二十歳の時、「自ら生命を絶っ」ことを選択し、実行しました。それは、婚約者の交通 事故死による絶望から来るものでした。 , 彼とは、生まれた時からあの瞬間まで、親と居る時間 よりも長く同し時を過ごし、お互いのぬくもりを幼いころから感じ合ってきた私にとっては、 私以上に大切な人でした。彼が突然逝った時、単純に「彼のところにいかなくっちゃ」と思い ( 兵庫・高一一 )
・生きろ ! のアドバイスが死ぬほどッライこんな気持ち、わかりますか 「いしめ伝言板」を見てると、ほとんどが「生きる事は素晴らし い」「自殺は駄目だ」とかだ と思います。反対意見はないのですか ? 私はこれから反対意見を書きますが、どうか怒らず に読んでください 私にとって人に生きろと言われる事は、死ねと言われるくらいつらい。みなさん、生きろっ て簡単に言いすぎじゃないですか。私はそんなこと簡単には言えない。人に生きろって言うこ とはすごく無責任な気がします。人の命ってそんな簡単に他人が責任をとれるくらい簡単な事 でしようか ? 自分の生き方は自分で決めなきゃいけないと思います。 実 現 他人に生きろと言われて、「しゃあ、私は死にません」というのは違う気がする。だってそ 章れでは、他人に死ねと言われて、「じゃあ、私は死にますよ」と同し事しゃないですか。目の 第 前に自殺しそうな子がいたら、あなたは何と言ってあげますか ? 私は何も言えません。私み たいな意見は、間違っているのでしようか。 反 ( 「朝日中学生ウィークリー」より ) 一いじめ伝 = = 本 ( カネナガ )
ましたし、その後も自らの内にひきこもり、周囲の「彼の分まで生きろ」「こんな風だと彼が 悲しむ」などの声は、とても残酷な言葉に聞こえ、反発し、だれも理解してくれないことをう らみました。友達も徐々に離れていきました。毎日毎日、死だけを思い、半年たった時、実行 しました。 何のためらいも恐怖もありません。薬と大量のお酒を飲み、ガスの栓を回したのです。目覚 めたのは四日後でした。郵便配達の方がにおいに気付き、通報して下さったのです ( その時は 余計なことを : : : と思いましたが ) 。両親、兄弟、離れていった友人たち、また、彼のご家族 も、私が「生きる」ことを心から祈ってくれたことを知りました。そして医師が「つらかった んだね。死ぬことの方が幸せだと思えたんだね。今もそう思っているでしよう。でも人は必す 死にます。生き続けていられる生き物ではありません。「生から死へ』、これは可能ですが、 と ) 『死から生へ』は不可能です。それは彼が教えてくれたでしよう。ひとっ約束して下さい りあえす十年間、がまんして生きることを」。その時、医師のアドバイスか心を楽にしてくれ 実 現 ました。でも十年間も生き続けるなんて、それはすっとすっと未来のことのように思えて、約 章束を守る自信はありませんでした。 第 彼との対話の中で、 三年間、彼の遺影と話す毎日が続きました。様々な思いの中で、また、 , 本当は生きたかった彼に背中を押されて仕事をはじめました。七回忌、彼との楽しい思い出で、
108 けれど、どうして自ら命を絶っ権利はないのか ? 生きる権利を放棄することはいけないか ら ? では、自ら命を絶っ権利は放棄してもいいのか ? 生きたくもない人間が無理をして生 きる必要はない。死にたければ死ねばいい。 こう思うことはいけない事なのか 死んで楽になれる人がいるのなら、楽にしてやるべきだ。「生きろ」と励まされるのがつら いならば、死を選べばいい。 ) しじめられていて死にたいのならば、死ねばいい。 死のうとして いる人間を引きとめておくことなんてできない。その人の痛みなんてものは、他の人間には絶 対にわからないのだから : もし「あの子の気持ちがわかる」などと思っている人がいたら、これだけは言っておきたい。 「それはあんたの勝手な思い込みだ」と。 それに、自殺は逃げではない。むしろ、勇気を持った行為であると言える。この場合、本当 に逃げているのは、死にたいと隸っているのに生きている人間だ。「人間には生きる権利があ るから」と思、フことは、ただの言い訳だ死から逃げているとい、フ事実を、権利などとい、フモ ノを使って偽っているだけにすぎない。 「生きていたらきっといい事がある」。そんなつまらない希望にすがって偽りの気持ちを持っ て生きるよりは、自分の気持ちに素直にしたがって死んでしまった方が、その人にとっての 「 ) い人生」を送ることができた、と言えるのではないだろうか ? ( 三重・三年・湾曲皇 )
「殺されたくない」実名を公表 高校生になって治療の効果が出てくると、将来のことも考えられるようになりました。裁判 で実名と顔を公表して闘おうと思ったのは、国際ェイズ会議に出席したのがきっかけでした。 外国の被害者はみんな実名と顔を出して闘っている。外国ではできるのにどうして日本ではで きないのか。隠れていないで堂々と生きたいと思ったんです。 どんなことが待ち受けているのかわかりませんでした。に感染しているというだけで 通わせない学校があったり、就職の差別もありました。国を相手にした裁判は絶対に勝てない とも言われていました。でも、どうしても裁判に勝ちたかったし、エイズに対する偏見や差別 もなくしたかったんです。 薬害エイズの被害者としていっしょに闘ってきた僕より小さい友達が、次つぎと亡くなって 望 希 ) くのを目の当たりにしてきました。生きたくても生きられない。くやしい思いを抱えて亡く 章なりました。人はだれでも死ぬことは避けられないけど、死ぬことと殺されることは別だと思 第 うんです。くやしいし、許せないっていう気持ちなんです。 実名を公表してから、多くの人との出会いがありました。子どもたちからもよく手紙をもら たりしたこともありました。中学時代はあまり思い出したくないんです。
6 私の心はいやされていきました。人間関係の中で学こともたくさんありました。様々な人の 生き方、死も含め、人の数だけその人生の数もあり、その一つ一つに触れるたび、私は変わっ ていきました。考え方も視野も広がりました。 そして十年。すっと先の先と思っていた十年がたっていたのです。三十二歳、私は結婚をし ました。 , 彼とは違った意味で尊敬できる夫です。愛を感じ、結婚しました。子どもが生まれ、 悩み多き受験生 ( 終わりましたが ) です。平凡な家庭です。でも幸せな家庭です。 今振り返ると、十代の時、自分が「自殺を考える」ことなど考えたこともありませんでした し、中学を卒業した直後に死を選んだ友人を「弱虫」と責めたこともありました。「生きたく ても生きることのできない人もいるのに、あなたはわがままよ」という思いもありました。 そして二十歳の私 : そして今、ひとり娘が疲労 ( 学習や人間関係 ) から「もう死んだ方がまし : : 」などと一一一口、つ と、とても心配の母親です。でも私の体験を生かすこともできるのです。あの時の医師のよう に、心から「つらいんだね」と言ってあげることもできます。 二十八年がたちました。あっという間に時が過ぎました。最初に流動するもの、と書いたの はこ、フい、つことてす だれにもわからない、自分にもわからない、 自分のことでもわからない。まして人の心など
でまた、「 ( 生徒を ) 動揺させないよ、つに」とか「動揺しないよ、つに言いました」とも一言、つ すればいいんだよ。自分の同級生がいしめられて死んだ。そんなときにも動揺させてもらえな いなんて、かわいそうしゃない。 動揺したほ、つかいし ? 田 5 いっきりしちゃえばいいんだよ。事件が起きても、それはひとごとだからと動揺しない中 、ンヨック受けて「ど、つなっちゃ、つわけ」って。その動揺からしか、 学生のはうが気持ち悪い 例えば命の重さなんてことはわからないと思うんだよ。 マスコミや大人たちは、なぜサカキバラ ( 一九九七年の神戸・連続児童殺傷事件 ) はあんな ことをやったか、なんでバスジャック三〇〇〇年五月に起きた十七歳の少年による高速バス でも、なんであいつはそれをやったかを考 乗っ取り事件 ) はあんなことやったのかって騒ぐ。 える前に、なんで自分はそれをやらないかを考えることのほうが大事だと思うんだよね みんな同しようにきつい思いをしながら生きている。でも僕は人を殺したりしない。なぜだ 希 ろう。「やつばり親が悲しむもんな」と思ったら、好きなんだよ、親のことが「人の命を奪う 章なんてやつばこわいし」って思えば、きみは命の重さを知っているんだと、おれは思う。よか 第ったな、きみはわかっているよって言いたし 法律を厳しくすれば少年犯 少年法が厳しくなるのは、ある面でしかたがないと思う。ただ、
の職員一人ひとりに明らかにしなさいというのと同じこと。われわれがいしめ自殺で一番に考 えるのは、もちろん亡くなった子どもの命だが、次のことも、つまり、いま生きている子ども のことも考えないといけないんだ。 そうやって一つ一つの事件の背景を明らかにしない結果、先例から何も学べすに繰り返 すことになっているという・ことはないか。 主任 < 男われわれも勉強している。しかし、違う学校に異動すると環境が変わり、また一 学校を取り巻く環境は十校あれば十校とも違う。生徒の家庭環境 から学ばなければならない もさまざまで、十人いれば十通りの環境がある。自殺が起きた学校の事例を研修して、これは 危ないという赤信号はなんとなくわかるけど、見えない場合もあるし、一緒に生活している親 にだってわからないこともある。ますは赤信号を見落とさないための教員研修をしていかない それだけでなく、 といけないが、 学校の中に信号がはっきり見えるような構造をつくらないと いけない。でも、それは難しい 実 現 はっきりしていることが一つある。一生懸命生活している子どもがほとんどだし、間題のな 章 い学校の方が多いこと。だから、事件のあった学校に学しかないのはその通りだ。教員同士 第ならできるは亠 9 だ。
い 6 ・犠牲者をこれ以上出さないために 子どもが人権に関する作文を書くというので資料として使っていたこの新聞を見て、ペンを 取りました。 「サド的いじめは根絶当然だけど : : 」の 3 千草さん。あなたがおっしやるように、人と人 が関係しあって生きる時、そこには多少のトラブルは生じるでしよ、フ。しかし「そのくらいの あるのでしようかいしめる側にこそ、精神的な暗部があるのではないでしようか いしめが始まった時、仲間はすれが始まった時、親も子も懸命に戦います。自責の念にから れ、友達でいようとします。ある時、それは、どんなに頑張っても無駄だとあきらめに変わり ます。いじめは、心も体もへトへトに疲れさせます。顔の表情が死んでいきます。そんな年月 が三年も続けば : : 想像してみてください。あなたは、どういう人になっていますか ? 子ど もの苦しむ姿、ひねくれる姿、教師不信、友達不信になる姿を親は懸命に支えてやりたいと思 いながら、自分の無力に涙します。 多少、暴言と思える極言を、あえて書かせていただきました。い じめて、村八分にして、そ の子がどう出るか楽しんでいるいしめる側の心理のゆかみにこそ、もっとスポットをあてて下 ( 大阪・二児の母 )
生きるって ? 死ぬって ? 失った命の重さを感じて 自殺で中ニの次男を亡くした父親を招いて わが子を自殺で失った親の気持ちを聞くことで、命の大切さや残された者の悲しみを知って もらおうと、東京都足立区立第七中学はニ〇〇一年六月下旬、一年生 ( 全ニクラス七十六人 ) を対象に「生と死を考える」授業を行った。招かれて話をしたのは o 君の父・大貫隆志さん オし また、学校で事件が起きたとき、常に言われるのが情報開示の問題。子どもが亡くなったら、 親は原因を知りたい。ちゃんと説明できる力量か学校にほしい。 大きな事件があると、たいてい教育委員会の指導室を通して学校長に指示があ 0 て、事実関 係は一般の先生には知らされす、校長、教頭、担任などの間で秘密のうちに処理される。そし て人事異動によ「て、証人を地元から排除する。当然、親は学校に対して不信感を抱く裁判 所でしか問題解決できないのは、親にと「てつらい。「子どもオンブズバーソン」とい「た子 どもの権利を救済する第三者機関が介入して、親の不信感を解消していければいいと私は思「 ている。 ( 朝日中学生ウィークリ ・ 5 . 付 )