「どんなにおい ? 」 ひなた 「えっとね、おつばいのにおいがして、日向のにおいがして、赤ちゃん のにおいがする」 ハヤンがミヤオとないて、そのまま、大きなあくびをした。 池内さんがまた、につこりと笑う。白い子ネコの耳にそっとさわった。 「よかったね。おまえは、かわいがってくれる人にもらわれて、ほんと よかった」 「ほかの赤ちゃんは、もらい手が見つかった ? 」 むすめほ 「ええ、シマはとなりの市に住んでる娘が欲しいって。ほかのネコも、 友だちや知り合いの人がひきとってくれるの。ただ : 池内さんは、真っ黒の子ネコをそっとだきあげた。 「この子だけは、まだ、もらってくれる人がいないの。真っ黒で、ほら しつばが曲がってるでしよ。だからかな」
「うん」 ハヤンか、う、つつと小さな声をだした。 「赤ちゃん、あんまりさわってほしくないんだ」 すずはら 鈴原さんが黒い子ネコから手をひっこめる。その手のにおいをかいで、 ひなた 「赤ちゃんと日向のにおいがする」 あま と、言った。えりなも自分の手をかいでみる。甘い、ほこほこしたに おいかした。 ふたかわ 「双川さん」 「はい」 「さっき、お天気が良くなったから、どこかにねころばないって言ったよね」 「うん」 「どこにねころぶの ? ブナの木の下 ? 」 「どこでも、 しいよ。空が見えるところならどこでもいい鈴原さん、プ
ころんだ。 この小学校が建つ前から、この場所にはえていたという大きな木だっ ねころぶと、みどりの葉っぱが、目の前い つばいにゆれた。葉っぱの かがや 間から空がのぞき、葉っぱがゆれるたびに太陽の光がちらちらと輝いた。 そして、みどりのにおいがした。夏の近いにおいだった。 新聞紙が耳元で、カサコソ、音をたてる。 ちょっとねむくなって、うとうとしていたら、五時間目の体育にちこ くしそうになった。あわてて教室にもどったら、 「なんか、そこまでやるかなあ」 真帆ちゃんが、あきれたみたいにため息をついた。ママのため息のつ き方と、よくにていた。 「やつばり、えりちゃんって変わってるのかなあ」 新聞紙のおしゃべり
赤むらさきって、色が変わっていく。晴れた日は、ほんとうに青くて手 をのばしたら、ツメの先が青くそまりそうに思えたりする。 空ってすごいな。すごくて、おもしろいな。 えりなは、いつもそ、つ思、つ まど 今日も、朝起きてすぐに、パジャマのまま窓を開けた。 央晴。すごく良いお天気だ。雲が一つもない。びかびかにみがきあげ た青いガラスを、びたっとはめこんだみたいだ。 しんこきゅ、つ むね 深呼吸する。青葉のにおいがすっと鼻から胸まで通っていった。春と 夏の間のにおいだ。なんだか、わくわくする。 服に着がえて下におりる お兄ちゃんが、厚切りのト 1 ストにマーガリンをつけていた。中学生 になってから、お兄ちゃんは、トーストにマーガリンをつけはじめたの だ。それまではチョコレートだったのに、
ちばな 「もう、乳離れするからね。そしたら、もらってやってね」 池内さんが、ハヤンの頭をなでた。えりなはうれしくて、大きな声で、 「はい」 と返事した。 「トイレのトレ 1 ニングとかしてね」 「トイレ ? 」 「決められた場所で、おしつこやウンチをするように教えるの。最初は、 ちょっと失敗するかもしれないけど」 「平気。ちゃんと教える。何度でも教えるから」 池内さんがほほえむ。白い子ネコをだきあげ、えりなにわたしてくれ 「ど、つ ? 」 「かわいい ふわふわしてる。いいにおいがする」 ほんとうのこと 79
すすはら 自転車にのって、新聞紙をもって、鈴原さんの家まで行ってみた。ち よっと遠かったし、道もよく知らなかったけれど、おまわりさんやお店 の人に聞いてさがしながら自転車を走らせた。 鈴原と表札のかかった家を見つけたとき、ほっとした。広い庭のある 大きな家だった。池内さんのところよりたくさん、バラか咲いていた。 表の道まで花のにおいがしている。 門のところからのぞくと、ほっそりした女の人が庭の草とりをしていた。 「こんにちは 晴れた日は新聞紙をしい匸
すずはら 声をかける。女の人がふりむいた。目元が鈴原さんとそっくりだった。 とても、きれいな人だ。 「あの : ・ : 。鈴原さん、いますか ? 女の人が、まばたきをする。いらっしゃいというふうに、手をふった。 庭の中に入る。バラのにおいが強くなった。白や赤やピンクや、いろん な色のバラか咲いている ちか 「あなたは : : : 。千夏のお友だち ? 」 友だちではないと思う。鈴原さんのことを千夏ちゃんとかスズとか呼 んだことはないし、いっしょに帰ったこともない。一度だけ、ブナの木 の下でいっしょにねころんだだけだ。そういうのは、友だちとは言わな し ) 田 5 、つけ・れ ) : よくわからない よくわからないので、よくわかっていることだけを答えることにした。
まど すいてき 水滴のついた窓ガラスを見ながら、えりなは、心の中でお祈りした。 そして、今日、雨はやんだ。だれかが、力いつばい水道のせんを閉め たように、びたりとやんだ。 すっとふっているときは、雨がいやだったけ 晴れ。最高級の晴天だ。、 れど、晴れてみると、雨のおかげで葉っぱのみどり色がぐんとこくなっ て、つやつやしているとわかる。空もつやつやだ。せんたくしたみたい 給食を食べたあと、えりなは新聞紙をもって、木の下に行った。 葉っぱからしずくが落ちてくるかなと心配したけれど、だいじようぶ だった。地面が少ししめっているぐらいだ。これくらいなら、新聞紙を たくさんしけば平気だ。もんだいない 何まいも重ねて新聞紙をしく。ねころがって、足をぐんとのばしてみ る。大きく息をすいこむと、雨上がりのにおいのする空気が、どんと胸 むね
こんだ。 せなか 一時間ぐらいねころがっていた。背中がいたくなったので起きあがる すずはら 鈴原さんは、、 しきおいよくとび起きて、ジーンズのおしりをばんばんは たいた。池内さんが、クッキ 1 をふくろにいれてくれた。赤いリボンま でしてある。 池内さんの家の前で、鈴原さんが先にさよならと言った。 「さよなら : あっ鈴原さん」 「なに ? 」 「子ネコのこと、えっと、黒いのなんだっけ」 「コムン」 「あっそうだ、コムン。ほんとうにもらってくれる ? 」 「うん、もらいたい。青れた日にもらいに来ようかな」 「そうだね。晴れた日かいいね。ついでにねころがれるもんね。今度は 102
ふたかわ 「石倉くんの言、つことはおかしいと思います。えりちゃん : 、双川さ んは、別に何も悪いことをしているわけじゃないし、だれにもめいわく とか、かけているわけじゃありません。石倉くんは、おせつかいだと思 います」 しきおいよく立 今度は、女子たちがくすくすと笑った。石倉くんは、、 ち上がり、 「おせつかいじゃねえよ。ば 1 か」 と、真帆ちゃんにむけて舌を出した。真帆ちゃんもば ーかと一一一口った。 あさみ 麻美ちゃんが手をあげて意見を言、つ。 「えっと、双川さんのことを一言うなら、石倉くんたちも反省した方が良 いと思います。禁止されてるのに、ときどき中庭でサッカーとかしてま 「うるせえ」