は、小さな声で答えた。 「はい ほんとうです」 「休み時間に、中庭でねころんでいるのですね」 。でも、あの、雨の日はしないけど : 「はい・ あの」 すすはら しせん 鈴原さんは、えりなから石倉くんに視線をうっした。 「石倉くんは、なぜ、双川さんが、ねころがるのをやめた方が良いと思 、つのですか」 「はあ ? 」 「中庭でねころがるのをやめた方が良いと思う理由を言ってください」 石倉くんは立ち上がり、くちびるをつきだした。 「だって、そんなの変じゃん」 「変なだけでは、理由になりません。もっとちゃんとした理由を言って ください。言葉づかいも、も、つ少しちゃんとしてください」
ガ 1 かいつばいはえててね、おばあちゃんがねころん 「原つばにクロ 1 でごらんて言ったから、上むいてね、ねころんだの。そしたら、空がば あって広がって、気持ち良かったよ。えりちゃん、空とか見るの好きだ もんね。やってみたら ? 」 真帆ちゃんの話を聞いて、えりなはちょっとうらやましくなった。家 のまわりが、全部田んばと原つばの家もうらやましいし、クロ 1 上にねころがることを教えてくれるおばあちゃんもうらやましい。きっ やさ と、池内さんみたいに優しい人なんだろう。 真帆ちゃんの話を聞いたときも、わくっとした。だから、その日の給 食のあと、休み時間に中庭のしばふにねころがってみた。 すごく気持ち良かった。びつくりするぐらいだ。目の前は、青い空だ けだ。太陽の光が降りてくるのが見えて、自分の体をつつむのがわかる。 手と足をぐ 1 んとのばす。どこまでもぐんぐんのびる気がした。空の色
「こらっ双川、ちこくだぞ」 平井先生が算数の教科書をひらっとふる。 「すいません」 すずはら 「鈴原と双川、二人そろって、なんで授業におくれたんだ」 先生は、えりなの手の中の新聞紙を見て、おいおいと言った。 「双川、また、どこかでねころんでたのか」 「はい」 「はいじゃないぞ。学校は、ねころがりに来るところじゃないんだから な。この前の学級会でも」 ガタンと音がした。鈴原さんが立ち上がったのだ。 「先生」 「なんだ。どうした、鈴原 ? ふたかわ 鈴原さんのさようなら 67
んだよ」 「ふ 1 ん」 すずはら ふ 1 んと言ったきり、鈴原さんはだまってしまった。手をだらりとさ げて、立ったままだ。えりなはねころがったままだ。二人とも、だまっ ている。 風がふいた。葉っぱがゆれた。新聞紙がカサッと音をたてた。 「ねつ、楽しい ? 」 鈴原さんが、ばつんと言った。ひとりごとみたいだった。何を言われ たか、よくわからなかった。 「えつなに ? 」 ふたかわ 「あのね、双川さんね、ねころんでるの楽しいの ? 「楽しいっていうか、気持ちが良いよ」 「ほんとに ? 」
おこ すずはら 鈴原さんの声は静かで、怒った声じゃなかった。 せなか 「えっと、あのね、鈴原さんがねころがるの、背中からプールにとびこ むみたいなかっこうだったから、おかしかった」 「とびこむみたいに : ・ 鈴原さんは、ロの中でばそっとつぶやいて、顔を空にむけた。えりな も上をむいた。風がふいたけど、二人でねころんでいるので、新聞紙は あまり動かない。 葉っぱがゆれて、しずくがほおの上に落ちてくる。 「これ、ブナだね」 鈴原さんの声が聞こえる 「ブナ ? 」 「ブナの木だよ。双川さん、知らなかったの ? 」 「知らなかった」
すずはら 鈴原さんの黒目かくるんと動いた。 「ほんとに気持ちが良いね」 「うん」 「わたし、知らなかった」 「うん」 ふたかわ 「双川さんて、いろんなこと知ってるんだね」 えりなは目をばちばちさせた。鈴原さんに「いろんなこと知ってるん だね」と言われるなんて、変な気分だ。 鈴原さんの方が、えりなよりずっとたくさんのことを知っていると思 う。本だってたくさん読んでいるし、頭だって良いし、絶対、いろんな ことを知っているはずだ。 「わたしも、ねころがっちゃおうかな」 鈴原さんがつぶやく風がふわっとふいて、葉っぱがちょっとゆれた。
こんだ。 せなか 一時間ぐらいねころがっていた。背中がいたくなったので起きあがる すずはら 鈴原さんは、、 しきおいよくとび起きて、ジーンズのおしりをばんばんは たいた。池内さんが、クッキ 1 をふくろにいれてくれた。赤いリボンま でしてある。 池内さんの家の前で、鈴原さんが先にさよならと言った。 「さよなら : あっ鈴原さん」 「なに ? 」 「子ネコのこと、えっと、黒いのなんだっけ」 「コムン」 「あっそうだ、コムン。ほんとうにもらってくれる ? 」 「うん、もらいたい。青れた日にもらいに来ようかな」 「そうだね。晴れた日かいいね。ついでにねころがれるもんね。今度は 102
ナの下かいい すすはら 鈴原さんは、さっきより強く頭を横にふった。前は、長い髪がさらさ らゆれたけど、いまは、首が動いただけだった。 「学校には行きたくない」 「だったら : ・ えっと、えっと : : : 」 たいさんばく 「この木の下、だめかなあ。これ、泰山木だよね」 鈴原さんが木のみきをなでる。こいみどりの葉っぱの中にクリ 1 ム色 の花が咲いていた。 「この木の下に、ねころがりたい」 「でも、 しいかなあ」 「いいわよ。この下、すずしいからね」 池内さんが、ハヤンのかごをひつばって、場所をあけてくれた 新聞紙をしく。鈴原さんはソックスをぬいで、はだしになっている。 かみ
「知らないで、ねころんでたのー 「うん。だって、木の名前とか、あんまり関係ないし」 「そ、つか : そうだね、関係ないね」 「あっ、でもね。秋になると葉っぱが落ちるのは知ってたよ」 「秋か : 葉っぱが落ちたら、空がもっと見えるよね 「うん。枝が空のもようみたいに見えるかもしれない 「あっそうだね」 地面に新聞紙をしいて、二人でねころがって話をすると、声がいつも ちが と違って聞こえる すぐ横でしゃべっているのに、地面からほこっと声がわきだしている ように聞こえるのだ。不思議な感じだ。 おく 耳の奥にじんわりひびいて、立って話をしているときより、ずっと深 い気持ちの良い声だ。あったかくて、やさしい声だ
は、ここでは急に決められないので、今度の学級会で話をするというこ とにしたら、どうですか」 すずはら 鈴原さんにそう言われると、それしかないような気になる。みんなが、 こくんと、つなずいた。 鈴原さんもうなずく。 ふたかわ 「それと、双川さんのことですが、双川さんのやっていることは、別に 悪いことではないので、強制的にやめさせることは、できないと思いま す。でも、石倉くんの言うように、他人から見て、変に見えることもあ じしゆく るので、中庭でねころがるのは、できれば自粛してください。どうです か、双川さん ? 」 えりなには、ジシュクという意味がよくわからなかった。でも、中庭 でねころぶには暑い季節になっていた。だから、 「はい。中庭にねころぶのは、やめます」 新聞紙のおしゃべり