「知らないで、ねころんでたのー 「うん。だって、木の名前とか、あんまり関係ないし」 「そ、つか : そうだね、関係ないね」 「あっ、でもね。秋になると葉っぱが落ちるのは知ってたよ」 「秋か : 葉っぱが落ちたら、空がもっと見えるよね 「うん。枝が空のもようみたいに見えるかもしれない 「あっそうだね」 地面に新聞紙をしいて、二人でねころがって話をすると、声がいつも ちが と違って聞こえる すぐ横でしゃべっているのに、地面からほこっと声がわきだしている ように聞こえるのだ。不思議な感じだ。 おく 耳の奥にじんわりひびいて、立って話をしているときより、ずっと深 い気持ちの良い声だ。あったかくて、やさしい声だ
おこ すずはら 鈴原さんの声は静かで、怒った声じゃなかった。 せなか 「えっと、あのね、鈴原さんがねころがるの、背中からプールにとびこ むみたいなかっこうだったから、おかしかった」 「とびこむみたいに : ・ 鈴原さんは、ロの中でばそっとつぶやいて、顔を空にむけた。えりな も上をむいた。風がふいたけど、二人でねころんでいるので、新聞紙は あまり動かない。 葉っぱがゆれて、しずくがほおの上に落ちてくる。 「これ、ブナだね」 鈴原さんの声が聞こえる 「ブナ ? 」 「ブナの木だよ。双川さん、知らなかったの ? 」 「知らなかった」
知らなかった。この木がブナという名前であることも知らなかったけ れど、人の声が、こんなふうに聞こえるものだということも知らなかっ た。ねころんで、話をしてみて、初めてわかった。 すずはら 鈴原さん、人の声って不思議だね ねいき そう言おうとしたら、寝息が聞こえた。 0 二人でねころんだら
この前と同じように、両手をのばしてそのまま後ろに、たおれた。バタ ンという感じにたおれた。 「う 1 ん、気持ち良い」 すすはら 鈴原さんの声は、ほんとうに気持ち良さそうで、聞いているとえりな の気持ちもぐ 1 んと良くなる。 たいさんばく 泰山木の葉は大きい。一五センチぐらいありそうだ。うらがわは、白 つほいみどり色だ。葉の間から、青い空がちらちら見える。それも気持 ちか良い 鈴原さんはだまっている えりなもだまっていた。この前みたいに話をして、地面からほこっと ひびくような声を聞きたいな。ちょっと思ったけど、しゃべることが何 もなかったのでだまっていた。 ブナの木の下と泰山木の木の下では、空の色がちがって見える。ブナ 晴れた日は新聞紙をしいて 99
葉っぱが落ちたら、空がもっと見えるよね。 すすはら 急に、鈴原さんの言ったことを思い出した。地下から、ばわんとひび いてくるような声も思い出した。すうすうと体のすぐ横で聞こえていた 息の音を思い出した。そしたら、会いたくなった。どうしてか、わから 、に一打ってみよ、つ ないけど、鈴原さんに会いたい会し 0 ほんとうのこと
ちばな 「もう、乳離れするからね。そしたら、もらってやってね」 池内さんが、ハヤンの頭をなでた。えりなはうれしくて、大きな声で、 「はい」 と返事した。 「トイレのトレ 1 ニングとかしてね」 「トイレ ? 」 「決められた場所で、おしつこやウンチをするように教えるの。最初は、 ちょっと失敗するかもしれないけど」 「平気。ちゃんと教える。何度でも教えるから」 池内さんがほほえむ。白い子ネコをだきあげ、えりなにわたしてくれ 「ど、つ ? 」 「かわいい ふわふわしてる。いいにおいがする」 ほんとうのこと 79
「うん」 ハヤンか、う、つつと小さな声をだした。 「赤ちゃん、あんまりさわってほしくないんだ」 すずはら 鈴原さんが黒い子ネコから手をひっこめる。その手のにおいをかいで、 ひなた 「赤ちゃんと日向のにおいがする」 あま と、言った。えりなも自分の手をかいでみる。甘い、ほこほこしたに おいかした。 ふたかわ 「双川さん」 「はい」 「さっき、お天気が良くなったから、どこかにねころばないって言ったよね」 「うん」 「どこにねころぶの ? ブナの木の下 ? 」 「どこでも、 しいよ。空が見えるところならどこでもいい鈴原さん、プ
は、小さな声で答えた。 「はい ほんとうです」 「休み時間に、中庭でねころんでいるのですね」 。でも、あの、雨の日はしないけど : 「はい・ あの」 すすはら しせん 鈴原さんは、えりなから石倉くんに視線をうっした。 「石倉くんは、なぜ、双川さんが、ねころがるのをやめた方が良いと思 、つのですか」 「はあ ? 」 「中庭でねころがるのをやめた方が良いと思う理由を言ってください」 石倉くんは立ち上がり、くちびるをつきだした。 「だって、そんなの変じゃん」 「変なだけでは、理由になりません。もっとちゃんとした理由を言って ください。言葉づかいも、も、つ少しちゃんとしてください」
の方が柔らかく見える。でも、どちらも気持ちが良い。地面の暖かさが せなか 背中にったわってくる。風が足の指をくすぐる。雲がゆっくり動いてい すすはら 地面からばこっと鈴原さんの声か聞こえた。 「あたしね」 「うんー 「コムン、ほしいな」 「ほんと、もらってくれる ? 」 「うん。けど、ハヤンは悲しむかな。赤ちゃんと離れ離れになって」 ど、つか」な・ : 。悲しいかな。泣くかな 「えっと、あのね、赤ちゃんじゃなくてね、大きくなったら、そんなに 悲しいことないんじゃないかな」 「そうかな」 しんこきゅ、つ 鈴原さんが息をはいた。深呼吸したみたいだった。それつきりだまり 0 やわ 0 は学は硺 あたた 100
「でもね、木の下も気持ち良いんだよ」 「そうだけど。やつばりね : : : 」 すずはら 真帆ちゃんとそんなおしゃべりをしたあと、一人で教室にいたら、鈴原 さっ さんが入ってきた。図書室に行っていたのか、分厚い本を二冊もっていた。 ふたかわ 「双川さん」 と、声をかけられた。鈴原さんの手がすっとのびて、えりなの肩にさ わった。 「こんなものがついてたよ」 みどりの葉っぱの先だった。 「あっ、うら庭の木の葉っぱだ」 ありかとうとお礼を言おうとしたのに、鈴原さんは、本をかかえて、 さっさと教室を出て行ってしまった。 その次の日から、天気がくずれ始めた。