おたまじゃくし - みる会図書館


検索対象: カブトエビの寒い夏
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1. カブトエビの寒い夏

そのサーカスみたいな動きを見てよろこんでいるところへ、拓也が帰ってきた。 「にいちゃん、カプトエビのあかちゃんがかえったよ」 「ほんとうか。ちょっと、見せてみろ」 こ、つへい たくやしんけん 耕平と席を代わり、拓也は真剣な顔つきで水そうをのぞいた。 「見えないぞ」 「そこだよ、そこ。あ、あそこにもいるよ」 こ、つへい たまご 耕平はいちいち指さして教えた。一五ひきはいる。田んばで拾った卵は一〇つぶほどだ ったから、少なくとも五ひき分の卵は水そうの土の中にあったことになる。どこにも見え たまご なかったのに、カプトエビの親はちゃんと卵を産んでいたのだ。 こ、つへい たくや 耕平に教えてもらうと、拓也はそのプランクトンの動きをじっと見て、 「おもしろいやつだなあ」 へや とつぶやいた。それから何か思いついたように自分の部屋に行き、スポイトとけんびき よ、つを持ってもどってきた。 「こいつで見てみようぜ」 スポイトを水そうに入れ、水の中でダンスをしているカプトエビのあかちゃんを一びき しんちょ、つ だけすいとった。それを廩重にスライドグラスにのせ、けんびきようにセットする たまご たくや 0 8

2. カブトエビの寒い夏

気がした。 まずいこと、いっちゃったなあ。 田植えがすんで、一〇日ほどになる。わかい苗にも少しかんろくが出てきたところだ。 なえ きちんと整列した苗をばんやりながめていると、あぜから一メートルほどはなれたとこ ろを、おたまじゃくしか泳いでいた。暗くてよく見えないが、あのうすい茶色はたぶんャ マアカガエルのものだ。毎年おなじみの田んばの住人である おたまじゃくしは、にごったどろの上をすーっと動いた。泳ぐというより、雲が流れる 感じだ。また一びき、水の中を飛んでいった。でもこうして見ていると、いつものおたま じゃくしとはどこかかちか、つ アカガエルじゃないな 、」、つへい もう少し近ければ手にとって見ることもできるのに、と耕平は思った。 何かでこちらに引きよせて、確かめよ、つとした。すぐにでも正体が知りたい気持ちをお さえなから目をこらすと、そいつは、くるんと宙がえりをした。 やつばりちか、つ ごくんとつばを飲みこんだ。 じっと見る ちゅ、つ なえ

3. カブトエビの寒い夏

甲らを指でめくるようにして見せてくれた。からだの両わきに、赤つほいかたまりかあ る。それをつまみだし、指でかるくころがした。ばらばらになったのは、〇・五ミリある たまご かどうかの小さな卵のつぶだった。 かせき 「カプトエビもカプトガニと同じように、『生きた化石』だってこと、話したつけ」 かずひこ 大野さんは和彦にたずねた。 かずひこ 和彦かうなずく 「ざっと三億年も前のままのすがたで今まで生きてきたなんて、おどろくよね。でもね、 カプトエビを研究した人によると、ふつうの生き物とちがった生活ができたのは、この卵 のおかげらしいんだ」 一二億年ーーー。 いったい、。 息をのんで、大野さんの次の言葉 とれぐらいの時間なのか見当もっかない。 を待った。 たまご 「この卵はね、実にかんじようにできていて、おどろくほど長いあいだ生きているらしい たまご つくえ んだ。ある人が机のひきだしに入れつばなしだった卵を一五年ぶりに見つけて水に入れた 、かん、よ、つ ら、ちゃんとふ化したという話もある。それだけ環境の変化に強いということだろうね」 こ、つへい まるでの世界だ。耕平が知っている生き物で、そんなすごいパワーを持つやつはい エスエフ 0 たまご

4. カブトエビの寒い夏

ているのだと思った。この調子なら、かんたんに育てられそうだ。 カプトエビかふ化したころ、新聞やテレビがこの夏の寒さをよく話題にするようになっ 七月ももう終わりに近く、いつもなら暑い暑いとわめき散らしてかき氷を食べている 梅雨はまだ明けていないかといって雨がふりつばなしでもなく、晴れることもない いド ) よ、つ 大人たちはしきりに、「日照不足」だとか「異常低温」だとかいってさわいでいる 日照不足というのは、太陽がかくれて曇りがちになることだ。そのぶん温度も低く、稲 にとってはありがたくない天気がつづいた 「いまが一番大切な時期なんだがなあ」 トほ、つ 父さんはテレビの天気予報を見ながら、困ったようにいった。 その通りだ。見た目はたくさんの葉におおわれている稲だが、ほんとうはまだ子どもみ こ、つへい たいなものらしい。耕平には順調に育っているように見えた稲の草たけも、この時期にし ては短いという。米つぶになる前の稲穂をつくるのに、これからしばらくの天気が大きな 意味をもつのだった。とくにおしべは寒さに弱くて、温度が低いと花粉をつくることかで きない。 っゅ こま

5. カブトエビの寒い夏

それからはいつものように、さわかしくなった。 かずひこプイ 耕平がうしろをふりむくと、和彦がサインを送ってきた。 かすひこ 給食のあと、耕平と和彦は二人で教室のカプトエビを見た。あの、わすれられていたや たまご 彳しカらか、んり、日増しに大きくなっている つだ。それが水を入れてからやつばり三日麦こ卩、 いまごろになって残暑がきびしい。 カプトエビにとってはつごうのいい天気がつづいていた 旧には間に合わなかったが、 教室に置いてあるせいか、水そうの中は二〇度を保っている。人間でいえば、ちょうどい い湯かげんでおふろに入っているみたいなものだろうか かずひこ 水の中をのぞいていた和彦がとっぜん、こんなことをいいだした。 「そうかあ。この泳ぎかたが何かに似ていると思っていたんだけど、いまわかったよ」 「えつ、なんだって」 、つっゅ、つ 「宇宙飛行士さ」 ューフォー だいたいがみたいな形をしたカプトエビである。それがくるんくるんと宙がえり したり、ふんわりと、まるで空中にただようみたいな動きをみせる。いわれてみれば、な 、つ + っゅ、つ るほど宇宙飛行士だ。まっすぐ進んでいたかと思うと次のしゅんかんにはとっぜん向きを こ、つへい こ、つへい ちゅ、つ 10 メッセージ

6. カブトエビの寒い夏

「あんときは若すぎた。おれが失敗しているからこそ、拓也には早く気がついてほしいん ひやくしよ、つ だ。百姓はな、やりようによっては、ほかの仕事よりずっとおもしろいやりかいかある しよくぎよ、つ さしず ひとに指図されずに自分の考えでやれる職業がどこにある。自然が相手の、すばらしい仕 事だ」 ことし 「今年みたいな年は、おてんとさんに泣かされつばなしだあ」 ひやくしよ、つ 「こんな年ばかりじゃねえさ。おれは百姓にほこりをもっている。拓也だって、やればで きるんだ。ほかにやりたいことがあるならそれも 「はいはい」 二度くらいコンテストで賞をとったからといって、カメラマンで食っていこうなんて考 ー ) よ′、」よ、つ えんほうがいいかんたんにプロになれるもんじゃねえ。ほかの職業ならまだしも : : : 」 このへんから、いつもの父さんにもどり、写真で食っていけるわけかない、考えがあま いという話か長々とつついた。 たくやかんしゃ こ、つへい 耕平は、にいちゃんがこの場にいなくてよかったなあ、と思った。最初は拓也に感謝し ているふうだったのに、おしまいはやつばりカメラかどうの、プロかどうのとなってしま うのだった。 それにしても、父さんが東京で働いていたなんて わか いい。だがな」 たくや たくや 8 草刈り機 121

7. カブトエビの寒い夏

きのうの雨で、地面はまだぬれている。でも、そんなことちっとも気にならないようす なえ でカバンを投げだし、苗の根元あたりをのぞきこんだ。 いる、いる 見つけるのはたやすかった。きのう直感したように、やつばり、おたまじゃくしではな いね 、 0 そいつはのんびりと水の中を動いている。それも一びきや二ひきではなく、稲のまわ りになんびきもいた。 明るいところで見ると、おたまじゃくしのよ、つに丸くはない。ゴキプリみたいに、つすっ なかま べらな感じだ。ミズスマシの仲間かなとも思ったが、それにしては形がおかしい こ、つへい 耕平はあたりを、きよろきよろと見回した。空きかんかビニールのふくろでもあればす くえるが、そんなものはない。田んばの周囲は父さんがいつもきれいにしている すくうのをあきらめ、もう一度、水の中をのぞいた。 その時、頭をよぎるものがあった。 そうだ、カプトガニー かせき いっかテレビで見た「生きた化石」、カプトガニにそっくりの形をしている。小さすぎる のが気になったが、きっと生まれたばかりのあかちゃんなのだ。 かせき 「生きた化石」が自分の家の田んばにいる。 2 田んばの UFO

8. カブトエビの寒い夏

、つ、ん一 「この、植木ばちの中に、どれくらい、入っているの、このミミズが : : : 」 とぎれとぎれにいう 「去年の秋にはたしか、一〇びきぐらいでした」 かずひこ 和彦が落ち着いた調子で答える こ、つへい そのあとで、いわなけれよ、、 ( ししことを耕平がつけ加えた。 たまご 「でも、それから卵を産んだので、いまごろは一〇〇びきぐらいになっていると思います」 かおり先生のこの「ミミズしりもち事件」のおかげで、フトミミズをふやしてナマズっ ちゅうだん りのえさにしようとする計画は中断した。 二人にしてみれば、ミミズだって鳥や虫とかわりがない。なんでも飼ってみたい。 かずひこ に三年生の時に東京の学校から転校してきた和彦には、その気持ちが強かった。これだけ ゆた 豊かな自然があるのに、いろいろな動植物とっきあわないのはもったいない。それでなく ても新しいマンションや店がどんどんできて、生き物は減っているのだ。 田園のようすもずいぶんと変わった。米どころの一つだったこの町でも農家はめつきり としょ 少なくなり、お年寄りがほそばそと田畑を守っている わかもの せんだい 若者は、近くにできた工場や仙台市に働きに出る。農業でかせぐお金よりも、そうした じけん

9. カブトエビの寒い夏

て書いてあった。 たくや もちろん、拓也が撮ったカプトエビのアップ写真もある。そして、さいごに耕平のこと がのっていた。 しいく 《実際に飼育・観察した耕平くんは、泳ぎ方やえさの食べ方について調べた。これからは「も っと数をふやして田んばに放し、そのぶん農薬を減らしたい」といっている。》 耕平はその日、一日中気分がよかった。女の子にはちやほやされるし、校長先生にまで 声をかけられた。 だからというわけではないが、 教室のすみに置きつばなしの水そうをひさしぶりで見た。 先生が名づけた「一週間だけのアクアリウム」の一〇番目、あのカプトエビが入っていた 水そうだ。水がもれてカプトエビが死んでから、すっかりわすれていた。 土はカラカラにかわき、ひびわれている。ふたはしてない ふ 1 っと息をかけ、ほこりをふきとばした。 ひょっとして。 たまご 耕平はこのとき、この水そうで飼っていたカプトエビも卵を産んでいたのではないかと米 かのうせい 思った。自分の家でもちゃんと産んであった。可能性は十分にある。 先生にたのんで新しい水そうを用意してもらい、その中に、われたレンガのような土を こ、つへい こ、つへい こ、つへい こ、つへい

10. カブトエビの寒い夏

かずひこ 教室にもどると、生き物係の耕平と和彦の出番だった。 二人はてきばきとみんなに指示して、一つの水そうに一種類ずつになるようにわけた。 ザリガニ、ミズカマキリ、ヌマエビ、ウシガエルのおたまじゃくし、タイコウチ、コオ イムシ、マッモムシ、メダカ、オオタニシ。全部で九種類の水にすむ生き物がいた じゃり 水そうの一つずつに、教室にもともとあった砂利と水草を入れると、アクアリウムが完 成した。ボ 1 ル紙にそれぞれの名前をかき、水そうの下にはった。 「カッチョし 、い。ほんとうの水族館みたいだ」 「でもさ、あと一つあれば、ちょうど一〇種類だったのになあ」 こ、つへい かずひこ そんなみんなの感想を聞いて、耕平と和彦は顔を見合わせた。 あれだね。 、つん 一一人は、無言でうなずいた。 よ / 、じっ その翌日。教室のアクアリウムはもう一つふえていた。 カプトエビだった。 かずひこ 二人で相談して、和彦の家に置いてあった水そうを持ってきたのだ。 0 こ、つへい 6 5