話し - みる会図書館


検索対象: カブトエビの寒い夏
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1. カブトエビの寒い夏

じいちゃんは、毎年いまごろになるとススキの穂をたばねてミミズクをつくってくれた まだ開ききっていない穂を二〇本ほどたばねてつくるミミズクは、穂が開くとほんものの 、つ、も、つ 羽毛のような手ざわりになるのだった。 ひょうばん 「おれのミミズクは評判かええんだ」 とうれしそうに話し、一〇個も二〇個もっくっては近所の人に配っている でも、あのケガだ。今年はだめだと思うと、さびしかった。 いね それにひきかえ、まだ青々としているのが田んばの稲だ。九月もばにな 0 てこんなふ うでは、さすかに、い配になる。銀色にかがやくススキを見たあとだけに、よけいにさびし く感じた。 そこらにはいな、。 父さんをさがしたが、 こ、つへい 耕平はその場に立ちどまり、手近にあった稲穂を一本だけ抜いた。そのもみをなにげな く指でつまんだ。とたんに、ぶしゃんとつぶれた。 あれつ。 あまりの手ごたえのなさに耕平はおどろいた。中身がない。 次のもみを指にはさむ ぶしゃん。 ことし 0 こ、つへい ぬ か 0 126

2. カブトエビの寒い夏

むね こ、つへい 耕平はそのすんだ声を聞いて、胸がほっかりした。 けしき あ、先生も田んばの景色が好きなんだ。 ぬま ビッキ沼ではザリガニやメダカはもちろん、近ごろはめずらしくなったヌマエビやミズ カマキリやタイコウチまで見つけた。 「ヌマエビって、すきとおってうまそうだな」 にれか、力し、つ 「そんならやあ、おどり食いしたらどうだ」 「おどりながら食うってか」 「ばかいえ、生きたまま食うのをおどり食いっていうんだっちゃ かすひこ 耕平と和彦は二人で協力して、コオイムシを二ひきっかまえた。コオイムシはめすがおウ せなかたまご ア すの背中に卵を産みつける変わり者だ。バケツに放すと、もとからそこにいたように、す ク ア の いすいと泳ぎだした。 先生はみんなの間を行ったり来たりしながら、何かが一びきでもっかまると、「すごいわ ねえ」を連発した。 「ほら、そこそこ。ちか、つ、ちが、つ。こんどはそっちょ 「え、どこですか ? こ、つへい

3. カブトエビの寒い夏

「なかなか、いさましいおすかたですなあ。まあ : : : くれぐれも、事故だけは起こさない ように気をつけてくださいね」 かおり先生は、ほっと顔を赤らめ、「は、 しーとちいさく返事をした。そして、「さあ、で かけますよ」というと、うつむきかげんで歩きだした。 ぬま ぞうきばやし 目的地はビッキ沼だ。雑木林に囲まれ、「ビッキ」の名前のとおりカエルが多いこの へんではめずらしいウシガエルもいて、時期になると、ばお、ばおと牛のように大きな声 でなく 学校からは、耕平のうちの田んばを通りぬけると近道になる。先生はそのことを知って いた。そこで校門をでてしばらくすると、耕平の肩をポンとたたいた。 「道案内はたのんだわよ」 こ、つへい 耕平はふと、カプトエビのことを話そ、つかと思った。みんな、おどろくにちがいない。 ぬま でも、その計画はすぐに消えた。カプトエビのいる田んぽは、沼とはまるで反対がわに なるからだった。遠まわりになってしま、つ 田んば道に入った。すると先生は両手を広げて大きく息を吸い、まるで歌うようにつぶ ゃいた。 いね 「田んばって、 しいわねえ。稲の緑ってステキだわあ」 こ、つへい こ、つへ 8

4. カブトエビの寒い夏

かすひこ かすひこ 学校帰りの耕平と和彦が田んばにかけつけると、父さんと和彦のおじさんの大野さんが ゆっくり、あぜ道を歩いていた。田んばをのぞきこんで、何かをさがしている。 大野さんが最初に気がついた。ゃあ、と手をあげている。つづけて父さんもこちらをふ ぬのせい りむき、おう、といった。大野さんは首にカメラをぶらさげ、大きな布製のカバンをたす きかけにしている 「耕平くん、ひさしぶりだね」 黒ぶちのめがねの奥で、目がわらった。いっからのばしているのか、顔じゅ、つ、ひげだ らけだ。この前に会ったのはいつだったかなと思い出そうとするが、すぐにはでてこない 「そうそう、わすれないうちに : こ、つへい ふ、つと、つ 大野さんは耕平が何かをいう前に、カバンから茶色の封筒を一つとりだした。 かずひこ こ、つへい 「カプトエビの資料だ。和彦にも同じものをコピ 1 してきたから、これは耕平くんの分だ よ。ちょっとむずかしいかもしれないけど、わかるところだけでも読んでみるといい」 こ、つへい とりあえず一番気になっていることをたずねた。 耕平は礼をいい、 「どうしたんですか、一一人してーー。」 すると、父さんと大野さんは顔を見合わせて、とっぜん、わらいだした。 大野さんがいった。 こ、つへい こ、つへい 1 レ、り・よ、つ 0 おく 3 草とり虫 5 3

5. カブトエビの寒い夏

とっぜん ぜんめつ そうすれば水が突然なくなっても、鳥に食べられても、全滅せずにすむからだ。 ちえ カプトエビのすばらしい知恵だ。だからこそ三億年も生きのびることができたのだ。 「そ、つだ、そうだったんだー かずひこ 耕平の大きな声に、えつ、という顔で和彦がふりかえる 「あ、あの : : : その : : : 」 こ、つへい しどろもどろになりながらも耕平は、これまで考えてきたこと、たったいま出した自分 むちゅう けつろん かずひこ なりの結論を、夢中になって和彦に話した。 かすひこ 和彦は「う 1 ん」とうなったきり、何もいわない。それまで見せたことのない、むずか 0 しい顔をしている こ、つへい 耕平は不安になった。和彦から視線をそらして水そうを見た。カプトエビはあいかわら す、のんびりと泳いでいる どうなんだ、おまえ 耕平はカプトエビに心の中で呼びかけた。 かすひこ しばらくして目をもどすと、いつもの通り、にこやかな和彦がいた 「コ 1 チンのいう通りだ。カプトエビは、ばくたちがわすれかけていたことを伝えるため にコーチンの田んばをえらんだ。きっとそうだよ。農家のコーチンでなければ気がっかな こ、つへい こ、つへい かずひこ 0 0 よ しせん 0 15 々

6. カブトエビの寒い夏

やってくれれば、その分だけ農薬を使わずにすむ。このごろは一回だけまけばずっと効き じよそうざい めのある除草剤ができたが、それにしたって使う量は減らしたい。量や回数が減れば作業 も楽だ。そのうえ安全な米がとれる」 ざっそう 父さんはいつだったか、米づくりは雑草とのたたかいの連続だ、ともいっていた。とく さか 2 リい・」〕 - ′ル に暑い盛りの草とりは、経験した者でないとわからないつらさだという。だからといって いね 草とりをやめるわナこよ、、 し。 ( し力ない。草ばうばうになると風通しが悪くなり、稲が病気にか かりやすくなる そんな話を聞くと、父さんがカプトエビにこだわる理由がばんやりとわかったような気 かした。 「だがな、父さんはいまのところ、農薬をゼロにしようというつもりはない」 「えっ : 「そりゃあ、農薬をまったく使わない米づくりかできれば、それにこしたことはないさ だがな、それは自然の力にまかせつきりにするのとはちがう。科学の力もうまく使うのが 現代の農業だ」 このあとで父さんは、念をおすようにいった。 へ へ

7. カブトエビの寒い夏

かずひこ 耕平は、和彦の返事をうながした。 ひょ、つじよ、つかずひこ ちょっとこまったような表情で和彦が答える 「うーん、やつばりカプトガニじゃないと思うな。ほら、しつばの形だって、ちかうだろ」 「えつ。どこどこ」 こ、つへい 耕平はも、つ一度じっくりと見た。 かすひこ けん 和彦のいうとおりだ。カプトガニのしつほは剣のようにするどくとかっているはずなの に、そいつには、ふたまたになったやわらかそうなものかついているだけだった。 「ほんとだ。 : でもさあ、ものすごく似てない ? てつきりカプトガニのあかちゃんだ と思ったよ」 「ほんと、よく似てるね」 そう話すあいだも二人は、そのへんてこな生き物から目をはなさない。 腰をふるようにして、ずいぶん活発に泳いでいる。時どき、ひっくり返ってはおなかを 見せた。なんだかわからないか、あしのような、えらみたいなものがいつばいある。それ らを休みなく動かして水を切り、その勢いで泳ぎ回っていた。 「コーチン、こいつを飼ってみないか」 「おれも、そう思っていたところだ。ひょっとしたら、新種かもしれないっちゃ」 こ、つへい

8. カブトエビの寒い夏

こ、つへい 耕平はカバンをおいて、輪の中に入った。いつも食べている母さんのおにぎりなのに、 知らない人たちと食べているせいか、ちがう味がした。 「カプトエビはその後どう ? 」 「うまくふ化して、も、つ一人前です。大野さんにもらった : いえ、いただいた資料を参 考にして飼っています。おもしろいです」 「そうかい。気になってはいたんだけど、なかなか来られなくてね。そうだ。いい機会だ なかま から、、っちの仲間からいろいろ、生き物の話を聞くといいよ こ、つへい 可を、だれにど、つ聞け・ば 耕平は、大野さんのいっていることがよくのみこめなかった。和 いいのだろう。もたもたしていると、 「そうだねえ。じゃあ、山田さん、アイガモの話なんてどうですか」 大野さんが、となりであぐらをかいている、あごひげの男の人にいった。 ずぬま 「カモですかばく、伊豆沼へ見に行ったことがあります」 すぬまみやぎ 伊豆沼は宮城県にある、全国に知られた「白鳥のみずうみ」だ。 「ほう、そうかいあそこには何万羽も集まるらしいね。でも、ばくが話そうとしている アイガモは、人間がつくりだしたカモなんだよ」 「人間がつくったカモ、ですか ? 」 ー ) . り・よ、つ 108

9. カブトエビの寒い夏

「米」という字をばらばらにすると、「八」「十」「八」になる。これは、「八十八」回の手 間をかけてやっと米ができることのたとえ話だと学校で教わった。最近の父さんを見てい いねか かげん ると、これがいい加減なたとえだとは思えない。ひょっとしたら、稲刈りまでには「八十 八」回以上の手間になる 父さんに休みはない。気がつくといつも田んばにいて、何かをしている。雨がふれば水 が田んばからあふれないように流れロの石ころやごみをよけ、温度が低いときには水を深 く張る こ、つへい あふれる水をにがすのはともかく、どうして水を深くするのか耕平にはわからなかった。 父さんに聞くと、こう話してくれた す 、ってみれば人間が、この四角 「稲はな、好きこのんでこの田んばに来たわけじゃないし いますの中にとじこめているみたいなもんだ。だったら、少しでも暮らしやすいようにし いね てやらんとな。寒ければおまえが服を着るように、水を多くして稲のからだをあたためて いね やる。稲はにげられないんだ」 いね 旧はにげ・られない。 耕平はそのことばを口にだしてみた。 稲には足かないその当たり前のことか自分にはわかっていなかった。 こ、つへい 6 太陽が消えた 9

10. カブトエビの寒い夏

「実はね、予定よりも早くここへ着いたものだから、おうちの人にごあいさっしようとし げんかん て玄関のドアを開けたら、お父さんがいらして : : : 」 「おたがいに、あれつ、となったわけだ」 父さんが口をはさんだ。 「前にどこかでお目にかかったような気がしてな。聞いてみたら、うちの米を食べてくだ さっている消費者グループの一人だということがわかったんだ」 なかま 「そうなんだ。研究所の仲間といっしょに、農薬をあまり使わないお米をつくってくれる 人をさがしていたら、 しいですよと引き受けてくれたのが耕平くんのお父さんでね。もっ じっさい とも、実際にお会いしたのは東京でたったの一度だけ、それも別の用事があってほんの五 ていど 分程度だったから、すぐにはわからなかったけどね」 「まあ、しかし、われわれは知り合いだったということだ」 それだけい、つと二人はまた、ゆかいそうにわらった。 「それでな、きようは何のご用で、と聞いたら、おどろいたことにカプトエビらしいもの かすひこ かいるっていうじゃないかしかも和彦くんから電話があったので見にきたとね」 そこまでいうと、父さんは耕平の顔を見た。 こ、つへい 耕平はいっしゅん、大野さんがたずねて来ることを話さなかったのはまずかったかなと こ、つへい こ、つへい