第八章・夢吉からの手紙 き あ にしゅうかんまえ なくなったのは二週間前のことなのに、もうずいぶん長いあいだ会っていない気がする。 あきらげんき 明、元気でやってるか 、つ げんき こっちはみんな元気や。生まれてはしめて夜逃げというの体験したけど、夜逃げいう み のはわくわくするもんやな。なんせ、だれにも見つからんようにこっそり逃げたすん にじ よなか いえでんき み ゃ。どこでスパイが見はっとうかもしれん。家の電気みんな消して、夜中の二時まで し しい 4 つ、つと かぞくよにん 家族四人、息つめとった。というても、一年生の妹はなんも知らされてへんから、ぐ うすかねとったけどな。 。こいいちゃまの ふるたてもの みせ 第一山野センターは古い建物やし、店はどんどんへっている。シャッターのおりた通 し くろ えたい 路のあっちこっちに、得体の知れん黒ぐろしたもんがうすくまってるみたいや。そこ り . よ、って つう いも、つと をおかあちゃんが妹だきかかえて、おとうちゃんが必要な着がえ両手にもって、通 あしおと げんきん ものぜんぶ 帳やら現金やら大事な物を全部ばくがリュックにしよって、足音たてんようにぬけだ しん はっしん すんや。配達用の車をそうっと発進させる。心ぞうばくばく、スリルとサスペンス、 ちゅうやつやったな。 スハイかいつどこでかぎつけるともかぎらんで、正確なことはいえんけど、ばくらは ちょう ろ はいたつようくるま だいじ いちねんせ、 せい、か′、 なが ひつよう たいけん き つう
第八章・夢吉からの手紙 こくどうに」うせんにしにし 国道二号線を西へ西へと走った。いつまでもどこまでも走った。どれくらい走ったん ふかく かは知らん。ばく、不覚にもねてしもうたんや。 ちょ、つしよく じゅうじ おかあちゃんに起こされたときはもう十時をまわっていた。おそい朝食をとってま おも とお た走る。どれくらい遠くへ逃げたんかは知らんけど、スパイの目からは消えたと思う。 くるまはし それでも、おとうちゃんは車を走らせた。 あさ いったいどこまで夜逃げ ( 朝に逃げても夜逃げというのやろか ) をするのか、おとう なにけんなにし ちゃんはなんも教えてくれんかった。何県何市のなんというまちなんか。おとうちゃ ひゅうがたす ふどうさんや んは着いた先の小さな不動産屋で、その日の夕方に住む場所をさがした。 うみ ほそかいだんのぼ うみちか あきら しおや 明。ここはな、塩屋みたいに海が近いぞ。曲がりくねった細い階段を登ったら、海が しおや えきまえおお ぜんぜん うみ 見える。海には島がいくつもうかんどう。駅前は大きくひらけていて、塩屋とは全然 まえうみ うみ うみみ はとのぼ しおや ちがう。塩屋は波止に登って海を見おろすけど、こっちは足もとのすぐ前が海や。海、 うみなが いうても、すぐむこうに島があって、橋がかかってて、こっちと島のあいだを海が流 す . い、ど、つ かん いうそうや れとうという感じ。水道、 し」と おとうちゃんは仕事をさがした。なんせ、有り金みんなもってきたけど、夜逃げはな おやじまめがしゃ ものい おやこよにんまいにちた にかと物人りや。親子四人、毎日食べていかんならんしな。〈がんこ親父の豆菓子屋〉 はし さきちい おし しま はし しま あがね あし しま
第五章・夜逃げ あきら 「明はおばえてへんのか ? 」 にゆ、フカくしき 「入学式のことや」 にゆ , っカくしき 「入学式 ? なんかあったつけ」 はな ろくねんせい しんいちねんせいひとり 「六年生がナ、新一年生一人ひとりにバラの花をつけてくれてたンや。みんな、順しゅん まえ ろくねんせい はな わたらい いちばんさいご に花をつけてもらってた。ばく、渡来で一番最後やろ。ばくのひとり前で、六年生があっ かお せんせいひと という顔になった。先生、一つ足りません」 「ふうん。そんなことがあったンや」 ばくの花だけがなかったンや。花をむねにか 「数を作りまちかえたンかなア。とにかく、 いちねんせい ざってもらわれへんということは、一年生のなかまいりができへん、そういうことやった。 なすんぜん ばくはもう泣く寸前やった」 まえ あきら 「そしたらナ、明がばくの前まですたすたっとやってきた」 「みれ、ほノ、、か 2 ・」 あきら はなと おんじん 「いのちの恩人のことまちがえたりするかいナ。明はナ、じぶんのむねの花取って、だま かずつく た じゅん
第六章・カノヾがほしい日 さき たか むちゅう せあお あお 背の青い 青いツバメだ。どこへも行くなよ、高く飛ぶな。ばくは夢中でファインダー をのぞいた。ツバメといっしょにかけながら、けんめいにシャッタ 1 をきった。 みせ ひろひろうみ まいとししおや とおとおみなみしま 遠い遠い南の島から、広い広い海をわたって、毎年塩屋のまちへやってくる。店ののき ことし みなみしまかえ なっ 先にある巣でヒナをかえし、夏をすごし、海をわたり南の島へ帰っていく。ツバメ。今年 ゅめきち もまた来てくれたンやデ、おとうちゃん、夢吉。 しようてんがい まだ何枚かフィルムはのこっていたけれど、商店街の写真館へカメラをもちこんだ ろくじ しあ 六時には仕上がるという。 した さんどおうふく にじかんなが げんぞう 現像のできあがるまでの二時間が長かった。じぶんの部屋と階下とを三度往復した。三 どめ 度目に ( といっても、じぶんでは気づかなかった ) 、おかあちゃんにいわれた。 さん あきら 「明。いったい、なにそわそわしてるのン。三べんも上がったりおりたりしてからに」 「ん ? なにそわそわ、て」 「アンタ、じぶんの部屋とここ、行ったり来たりして、えらいおちつかへんデ。なんぞ、 ええことでもあったンかいナ」 じかんく 「そ、そうかナ。ただ、時間が来るのをじいっと待ってるだけやねンけどナ」 なんまい へや うみ へや しやしんかん さん
第六章ーカバがほしい日 ごごゅめきち げんじっ その日の午後、夢吉かいなくなったのは現実で、もう会うことはできないけれど、ばく のうでにはあとがしつかりときざみこまれていて、波止へ行きたくなった。 しんごう ある かわ ある 信号をわたり、川じりを見ながら歩いた。きのうの夜は、ここをこうやって歩いたんだ。 まえ ゅめきち とっぜん おとうちゃんも夢吉も、突然、ばくの前からいなくなる。きのうはたしかにいたのに、 」よ一つはいよ くろ めまえ 目の前を、黒っほいものがすっとよこぎった。ん ? なんだろう。ツバメだ , きみち おも ゅめきち ツバメだと思ったしゅんかん、来た道をとってかえしていた。今年もまた来たデ、夢吉。 しん・こうあし さきすっく 店ののき先に巣を作るデ、おとうちゃん。信号で足ぶみし、走って家へもどった。 かいだん 階段をだだっとかけ上がり、つくえのひきだしからレンズつきフィルムを取りだした。 いちもくさんと そして一目散に飛びだした。 こくどう ジェイアール あおしんごうみ のガ 1 ド下をぬけて青信号が見える。国道をわたり、川じりを左手に見て走る。 みせ した よる ことし いえ ひだりて みはし
うわぎ かえるのかたつほが上着のボタンをなくす。べつのかえるもいっしょになってボタンを さかす。見つけるけれど、ちがう。また見つけてちがうし 。ゝつばいボタンは落ちているの ひと いえかえ に、みんなちがう。かえるのボタンは一つもない。はらがたって家に帰ったら、ゆかにな おも くしたボタンが落ちていた。ああ、ばくはなんてことしたんだろうとかえるは思って、二 ぜんぶうわぎ ひきで見つけたボタンを全部上着にぬいつける。そしてそれをべつのかえるにプレゼント おも ゅめきち する、そんな話だったと思う。おばえてるか、夢吉。 こころ いまおも ゅめきちいっしようたいせつ 今思えば、ばくが夢吉を一生大切にしようと心にきめたときの気もちと、とても近い とも ゅめきち ゅめきち おも 気がする。ああ、夢吉。ばくは、夢吉がばくの友だちであることをとてもうれしく思って いるぞ。 ゅめきち しん ゅめきちしおやかえ 夢吉。 いっかかならず夢吉が塩屋に帰ってくることを、ばくは信じて待ってるぞ。 あわじしま かおあ てがみふうとう おおさかなんたんすまうらさんじようゆうえん 顔を上げ、手紙を封筒にもどし、淡路島から大阪南端、須磨浦山上遊園へとゆっくり いちわ 見わたしていたら、一 羽、二羽、ツバメが空気を切りさくようにツィッと飛んでいった。 ゅめきち 夢吉。きっともどっておいでや。ツバメはじぶんの生まれたところをわすれへんで。 ことし かえ さきすっく おとうちゃん。いつでも帰ってきてや。ツバメ、また今年ものき先に巣を作るからな。 びよりそらうみ あお 本日はツバメ日和。空も海もツバメの背も、青い ほんじっ はなし ちか 102
ばや 「あ、やつばり ? ようわかってるワ、おばちゃん」 おと ちよくぜん 「そら。たきあがる直前のにおいと音がしてきた。ふたりともあんじようたのむよ」 りよ、って ゅ ぢや しんけんかお おかあちゃんは両手でもった湯のみ茶わんをひとすすりした。真剣な顔になっている。 しごと かお ばくはこの、仕事をしているときのおかあちゃんの顔がすきだ。 さぎようだい ちょっけいはちじっ たけ みつようい 作業台には、直径八十センチほどの竹ざる四つとうちわが三つ用意してある。おかあ り・よ、って てんち お おお ちゃんはアルミホイルの落としぶたを取り、大なべを両手でつかんだ。くぎ煮の天地をか にじる えし、煮汁をからませてやるのだ。 さい。こ さい′」 「この、最後の最後で失敗したら、どもならんからね」 て おかあちゃんは手ぎわよくなべがえしをした。そして煮汁があと少しになっていること て をたしかめてから、竹ざるにイカナゴをあけた。なべはだについているのはゴムペらで手 と 早くすくい取る。 「さ、これでしつかりあおいでや」 ゅめきち ひろ ふためみつ かぜおく ばくと夢吉は、広げられたイカナゴにうちわの風を送る。二つ目、三つ目、四つ目のな っしょ さんにんい かぜおく べもつづいてあけられ、三人で一所けんめい風を送る。 きゅ、つ癶、 あっ しあ 熱あつのイカナゴを急に冷ますことで、しつかりとした、つやのあるくぎ煮に仕上がる。 たけ しつばい と にじる すこ めよっめ に 8
第五章・夜逃げ 「レンタイホショウニンフ れんたいほしようにん がっきゅうじけん わる 「ああ。連帯保証人いうのはナ、ほら、学級で事件があったとき、なんにも悪いことし せきにん てへんのにまわりのモンも責任とらされるやろ」 み ちゅうい わる 「そうそう。見てるだけでなんの注意もせんかったモンも悪い いうてナ」 しやっきん せきにん 「おとうちゃんが借金したわけでもないのに、カラオケスナックの責任とらされるンや。 ほしようにん みせ のこった店どうし、そうやって保証人になりおうとった。で、夜逃げ、や」 「夜逃げ ? 」 びやくまんえん 「カラオケスナックは、てってとすがたをくらました。なん百万円もの借金、だれがは どう じゅうえんにじゅうえんあきな ひょうばん らえるかいナ。つるかめ堂のまんじゅうが評判ゃいうても、十円二十円の商いや」 しんけん 「しもたなア。もっと真剣にミーちゃんのことさがして、お礼の百万円もろといたらよ かったワ」 ま ゅめきち 「ちょ、ちょっと待ちイな。夢吉もその、夜逃げ、するのンか」 どう 「子どもひとり、つるかめ堂にのこってどないする」 しゅうぎようしき 「そんな、もうじき終業式やデ」 れいひやくまんえん しやっきん
第三章・くき煮作り おも しオしオれか思いっ 「こんなやわらかいモンがしつかりしたくぎ煮になるやなンて、ゝっこ ) ど たンやろなア」 つよび つよび 「強火。はじめからしまいまで、ずっと強火でたくこと。それと、絶対にいしらないこと。 ふた じようず この二つをまもったら、上手にたけるよ」 てじな 「なんか、手品みたいでわくわくするなア」 おお さんにん 三人でそんなやりとりをしていると、大なべ四つの中央に、コ 1 ヒー色のあわがふわ あっとふくらんできた。 おも 「それともう一つ。このあくをていねいに取ってやること。おいしいモン食べよ思たら、 手間ひまおしんだらアカン」 おかあちゃんはいって、あくすくいで四つのなべのあくをていねいにすくい取っていっ すく こ。ばくらもあく取りをする。そうしているうちに、だんだんあくが少なくなってきた。 「さ、これでもうええ。あとはこの落としぶたをして、一気にたきあげる」 みせ つく おかあちゃんは、アルミホイルを丸くして作った落としぶたをなべにいれた。店いつば ひろ いに、イカナゴをたくしようゆのにおいが広がっている。 さんにん さんよんじつぶん 「たきあがるまで三、四十分かかるから、三人で小腹でもふくらまそ」 ひと まる こばら ちゅうおう ぜったい
第一章・夢吉 きんじよ さむ なる。寒ざむとしていた空き地にやわらかな灯がともる。近所のひとたちはみんな、この ときを待っている。 ゅめきち はなみ ふゅ さんねんかん ゅめきちいちねんせい ばくと夢吉は一年生の冬から三年間、ウメの花見をたのしんできた。夢吉のおとうさん だいふく が作るイチゴ大福がばくの好物だった。皮はうすく、イチゴの甘みをじゃましないこしあ んがとくにおいしかった。 ちゃ あっ ほおんすいとう だいふくゆめきちた 空き地にこしをおろし、イチゴ大福を夢吉と食べる。保温水筒にいれた熱いお茶をすす あまかお りながら、ただばんやりとすごす。ウメの甘い香りがからだじゅうにしみこむんじゃない おんじんゅめ まえ ざむきせつ じかんはる おも かと思えるくらいの時間、春のやってくる前のはだ寒い季節に、ばくはいのちの恩人の夢 きち いちばんたいせつ 吉と、この世で一番大切なひとときをすごす。 その空き地がなくなってマンションが建っということは、イチジクにビワ、カキやキリ もんだい ウメにサクラが伐られてしまうということだ。陽あたりの間題なんかじゃない。 まいとしまいとしはなさ もの おお もぬし 空き地の持ち主がだれだか知らないが、そいつは大バカ者だ。毎年毎年、花が咲き、実 おも がなる木たちのことを、なんとも思っていないのだろうか。マンションを建ててお金もう たい けをすることのほうが大事なのだろうか まえ ごごゅめきち にがつなか 二月半ばすぎのある午後、夢吉をさそおうと第一山野センタ 1 前にやってきたら、空き つく こうぶつ かわ だいいちゃまの あま かね