第八章・夢吉からの手紙 ゅめきちとしよかんみ かえるの話、か。そういえば、その話がのっている本を、夢吉が図書館で見つけたンや こえ としよかんおも ったな。うれしさのあまり、ばくらは図書館で思わず声をあげてしもうたンや。国語の勉 ほんと、つ はなしか きよ、つ 強じゃなくって、本物の本があったということ、そのお話を書いたひとが本当にいたとい 、つこと はなしき ゅめきち 夢吉。ばくは、手紙の話はもちろんすきだったけれど、ボタンの話も気にいっていたな。 がみつ かな いちど てがみ かえるの一びきは一度も手紙をもらったことがない。そのことを悲しんでいたらべっ て てがみか の一びきか手紙を書くんやったな。そしてそれをかたつむりにわたして、二ひきで手 ま 紙か着くのをじっと待ちつづける。 てがみま いけん じぶんか クラスのおおかたの意見は、自分の書いた手紙を待ちつづけるなんてじれったい話や、 じだい おも というもんやったと思う。ケータイ・メールの時代やもんな。 き じゅぎよう いけん ばくらは授業では意見をいわんかったけど、そのあと、ふたりでかえるになった気 もちで、なんかしみじみほくほくしたよなあ。 おも あきらあきら 明。明がばくの友だちであることを、ばくはうれしく思っているぞ。 0 はなし ほんものほん てがみはなし とも はなし ほん ゅめきち 夢吉より こく′」 はなし べん 101
ウメやサクラの木はあったそうだ。 はなみ ゅめきち はなしき さいしよおも 夢吉からマンションの話を聞かされたとき、最初に思ったのは、もうお花見ができなく なるとい一つことだった。 まえ かわ しおやたにがわなが だいいちゃまの 第一山野センターの前は、岸をコンクリートでかためた塩屋谷川が流れている。川はば すう みず は一メートルくらい、水かさはふだん数センチってところ。 じようりゅう あ おと あまみず おおあめ たにがわ 大雨がふると、谷川はにごった雨水のためごうごうと音をたてる。上流から空きカン はっ なが やペットボトル、発ばうスチロ 1 ルのごみにまじって、フナやコイ、カメなんかも流れて くる まえはし ひだりて たにがわどて もんだいあ ち 問題の空き地は、第一山野センター前の橋をわたった左手にある。そこは谷川の土手に とち ほそながさんかくけい あたる土地で、細長い三角形をしている。 こころま さいしんちゅうい ゅめきちまいとし きせつ ばくと夢吉は毎年、ウメの季節がやってくるのを心待ちにしていた。細心の注意をはら ち た あ つめ かぜ って空き地に立っと、冷たい風にまじって、かすかにウメの香りがただよいだすのがわか ち あ ふゆいっしよく る。きのうまではかたかったつばみがほんのすこしほころび、冬一色だった空き地に色 のつきはじめているのがわかるのだ。 かん ちぜんたい ウメのつばみがあちらこちらでひらきはじめると、刀さ地全体がほっこりとした感じに いち 0 き たいいちゃまの あ かお いろ
こづか ゅめきち 小遣いをもらわないばくは、夢吉にケーキをおごってもらうかわりに、じぶんちのコロ た ゅめきち えきまえしようてんがい ッケを夢吉と食べる。ばくのおかあちゃんは、駅前商店街のはずれにあるおそうざいの 店〈みっちゃん〉をひとりできりもりしている。 ぎよこう はとのぼ はとみなみむ ばくらは漁港の波止に登って、ケーキやコロッケをほおばる。波止は南向きにのび、 ま じがた みぎて あわじしまみ ぜんぼうおきおおさかみなみ の字型に曲がっている。前方沖は大阪の南のはし、右手には淡路島が見える。 うみしろうま しみず てんかいっぴん 「海の白馬のケーキと清水ンちのコロッケは、ほんま、天下一品やなア」 つく やす 「ああ。おかあちゃんの作るコロッケは肉かようけはいってて、ほんま、安うてうまい ゅめきち 夢吉のおっちゃんが作るまんじゅうも、めちゃうまやしナ」 た ゅめきちはとのぼ 夢吉と波止に登り、ケーキやコロッケを食べながらとりとめのない話をするのが、ばく ゅめきち おんじん おも はすきだ。おおげさかもしれないけれど、夢吉はばくのいのちの恩人だと思っている。 一年生になったばかりのことだった。 した おお なか 先生のオルガンにあわせて、「大きなくりの木の下で」をおゅうぎしていた。仲よくあ こうさ うた り . よ、って おも と思った。もうれつにお そびましよと歌い、両手をむねで交差させたとき、しまった ! しつこがしたくなったのだ。 せきせき た げんき がっこう みんな席と席のあいだに立ち、元気よくおゅうぎしている。入学したてで、学校のこ せ せんせい いちねんせい き にゆうがく はなし エル 0
第五章・夜逃げ あきら 「明はおばえてへんのか ? 」 にゆ、フカくしき 「入学式のことや」 にゆ , っカくしき 「入学式 ? なんかあったつけ」 はな ろくねんせい しんいちねんせいひとり 「六年生がナ、新一年生一人ひとりにバラの花をつけてくれてたンや。みんな、順しゅん まえ ろくねんせい はな わたらい いちばんさいご に花をつけてもらってた。ばく、渡来で一番最後やろ。ばくのひとり前で、六年生があっ かお せんせいひと という顔になった。先生、一つ足りません」 「ふうん。そんなことがあったンや」 ばくの花だけがなかったンや。花をむねにか 「数を作りまちかえたンかなア。とにかく、 いちねんせい ざってもらわれへんということは、一年生のなかまいりができへん、そういうことやった。 なすんぜん ばくはもう泣く寸前やった」 まえ あきら 「そしたらナ、明がばくの前まですたすたっとやってきた」 「みれ、ほノ、、か 2 ・」 あきら はなと おんじん 「いのちの恩人のことまちがえたりするかいナ。明はナ、じぶんのむねの花取って、だま かずつく た じゅん
しゅぎようちゅう わがししよくにん というところで、ピーナツツのいりかたを修業中。ま、和菓子職人としては新しい はじ ぶんや や しんがっき 分野かな。おかあちゃんはかまばこ屋でパートタイマー。そしてばくは、新学期が始 いもうとせわ まるまで、妹の世話をしんならん。 あきら しおやかえ いちねんさきさんねんご げんき ともかく、明。ばくは元気や。いっか、かならず、塩屋へ帰る。一年先か三年後か、 じゅうねんにじゅうねん しおやあきら ひ 十年二十年かかるかもしれんけど、ばくは塩屋と明のことをわすれへん。その日ま あきら うみしろうま で、明のおばちゃんにコロッケ作りつづけててもらうぞ。海の白馬のおかあさんにも あじまも ケ 1 キの味を守ってもらう。 あきらあきら 明。明とおばちゃんといっしょに作ったイカナゴのくぎ煮二キロ分、ちゃんと夜逃げ た さかなや さして、ちびちび食べとうで。おいしいおいしい。ほんまにおいしい。こっちの魚屋 さかな ぜんぜん にもイカナゴを発見したけど、なんか全然ちがう魚みたいに大きくなってる。こっち しおや のひとらはかきあげにするそうや。くぎ煮はやつばり塩屋やな。 あきらあきら よ、つじん おも ておよ おも 明。明のところにスパイの手が及ぶようなことはないと思う。思うけど、用心にこし じゅうしよか たことはない。 こっちの住所は聿日かんことにする。ときどき、ばくのほうから手紙 か しんばい を書くから、心配せんといてほしい。 じかんなら あきらに にねんせい そうそう。二年生の国語の時間に習った話、おばえてるか、明。二ひきのかえるの話。 はつけん つく つく はなし おお ぶん あたら てがみ はなし 700
あきら 「えらいこっちゃ、明」 ゅめきち 「なにえらいこっちゃ、夢吉」 あきら 「そやけど明、ミーちゃんのことなんかようおばえてたナ。ばく、すっかりわすれてた」 おおがねも あんごう 「あ、ああ。ミ 1 ちゃんいうのは、大金持ちのおばあさんのネコやなくて、スパイの暗号 はなし やったンかもしれんなアて話」 「スパイ : : : 力」 ゅめきち ふふ、と夢吉はわらって首をふった。 「ばくとこ、スパイにねらわれてるンや」 「ス、スハイに ? 」 あきらあ こんばん しみず 「明と会えるのも、もう今晩でしまいや。清水くん、長いあいだ、いろいろとお世話に なりました」 わる ゅめきち 「なに悪いじようだんいうてるンや、夢吉」 「じようだんとちがうデ。ま、スパイはちょっと大げさやけどナ」 「やつばりじようだんや」 れんたいほしようにん やまの 「おとうちゃん、山野センタ 1 内のカラオケスナックの連帯保証人になっててナ」 ない おお なが せわ 2
わがし ようがし 「ばくは和菓子より洋菓子のほうがすきゃねン」 どう ゅめきち 「けど、夢吉があと継がんいうことになったら、二代っづいたつるかめ堂もいよいよしま いやナ」 「しよがない、しよがない」 くろまめだいふく 「黒豆大福メッポウ、かア」 「ま、せいぜい いまのうちにいろんなモン食べとこ」 じよ、つ′、、つ はなし そんな話をしていたら、上空がさわがしくなってきた。 AJ き 「なんや、セスナ機が飛んどうデ。いまどき、めずらしこっちやナ」 「ああ。おまけに、なんぞいうとうデ」 こえ き ゅめきち そらみあ 夢吉とふたり、空を見上げていると、セスナ機からの声がしだいにはっきりと聞こえて こころ ミ 1 ちゃんをさがしています。どなたかお心あたりはありませんか き 「なんや、ミーちゃんさがしてる、いうとうナ。もっと聞いてみよか」 ゅめきちしゅうちゅう そらみあ 夢吉は集中する顔つきになって空を見上げた。 ちゃくろみけ ミーちゃんをさがしています。ミーちゃんは、白とうす茶と黒の三毛ネコです。と か っ き にだい しろ 2
あたまおも なお ばんやりした頭で思いながら、毛布とふとんを首までかぶり直した。そして、おかあちゃ あんしん んのことばととんとんに安心して、すぐにねいってしまった。 はなし それからあとのことはおかあちゃんに聞いた話。 した ちゅうでんとう ものさんらん みせ 階下へおりていってかい中電灯でてらすと、店のあらゆる物が散乱していた。そうざ しゅうのうだい れい ぜんぶわ いケ 1 スのガラスは全部割れ、なべ、かまは収納台から飛びだしていた。冷ぞうこは作 ぎようだい 業台にたおれかかっていた。 ごえ その冷ぞうこのすきまから、おとうちゃんのうめき声がもれ聞こえていたという。おし ごえ つぶしたような、しばりだすようなおとうちゃんの泣き声。 ひっしおも おかあちゃんはおとうちゃんにかけより、すきまからおとうちゃんを必死の思いでひっ かお ばりだした。おとうちゃんはひざに顔をうすめて泣きじゃくった。おかあちゃんはどうす ることもできず、うしろからじっとおとうちゃんをだきかかえていた : あさ みせさんらん やがて朝になり、店の散乱した物をかたづけようとして、おとうちゃんがいなくなって しることに気づいた。 さぎようだい 作業台に走り書きがのこされていた。 とお 〈ごめん。遠くへ行きます〉 もうふ もの
まった。 ちょっかん はな ここでは話しにくいことなんやー・ーと直感したばくは、 ま そとは。な 「ちょっと待っとってや。外で話そ」 と にかいあ ジャンパ 1 を取りに二階へ上がった。それからおかあちゃんに外出を告げて、連れだ おもて って表へでた。 ゅめきちむごん 夢吉は無言のままだ。 こくどう しんごう はとむ 国道にでた。夜もひっきりなしに車が走っている。信号をわたり、波止へ向かった。北 かぜふ 西の風が吹いていた。 あか ゅめきち はとのぼ じかん 明るい時間には、夢吉とたびたび波止に登ったが、夜の波止ははじめてだ。春は名だけ さむ で寒い ばしょ ばしょ エルじがた --Ä字型のちょうど角のところにこしをおろした。いつもの場所だ。いつもの場所なのに み けしき みぎて あ あわじしま ぎようれつ おき おおがた 見なれた景色ではない。右手の淡路島は、明かりの行列ができているし、沖を行く大型 ふね フェリーは船ごとシャンデリアをかざっているみたい。 じかん ゅめきちけっしん しばらくだまったままの時間かすぎ、夢吉は決心でもしたように、ふうとため息をつい てからきりだした。 よる かど くるまはし よる がいしゆっ っ はるな っ 0
らんぼうもの おも がっこう くて、そいつらに飛びかかっていったが、 ばくだけが乱暴者のように思われるので、学校 ヤ」と ではひと言も口をきかなくなっていった。 ゅめきち しみず 夢吉はちがった。ばくのことを「ションべンたれ」とはけっしていわず、「清水くん」 よ あきら わたらい ゅめきち と - 呼び、仲よくなると「明」といっこ。ばくも「渡来くん」から「益歹士ロ」とい一つよ一つに よっこ。 くみ ゅめきちなか 組がえがあってべつべつの組になっても、ばくと夢吉の仲はかわらなかった。 き ゅめきち はなし だいいちゃまの あ ち た 夢吉から聞いた話によると、第一山野センターのそばの空き地にマンションが建つこと あ ち ようちえん けんせつはんたい しよめい になったそうだ。空き地のうらに幼稚園があり、早くも幼稚園では建設反対のための署名 うんどう た 運動がはじまったという。マンションが建っと、陽あたりが悪くなるというのが、なんで り・ゅ , っ も反対の理由らしい もんだい ち き あ おも 陽あたりの問題なんかじゃないのにな、とばくは思う。空き地が消えてなくなることこ いちばんもんだい そが一番の問題しゃないか あ ちきようしつよっ いっ ひろ 空き地は教室四つか五つぶんくらいの広さで、たくさんの木がうわっていた。イチジ き まいとし じつぼんいじよう クにビワ、カキやキリの木なんかもあった。なかでもウメの木は十本以上もあり、毎年、 ふゅ はなさ ゅめきち 冬のおわりになるとみごとな花を咲かせた。夢吉のおじいさんが子どもだったころから、 はんたい ひ なか くち AJ き ようちえん はや ひ わ き