王子動物園 - みる会図書館


検索対象: ツバメ日和
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1. ツバメ日和

こえちょうしたか おかあちゃんの声の調子が高くなった。 あきら 「えらいけったいなモンにそわそわするねンなア、明は」 「そ」 こえき あ 力し あしな こきゅう その声を聞きながし、二階へ上がった。べッドで足を投げだし、ひと呼吸っいた。 しやしんと まえ ちょっともったいをつけてから、写真を取りだす。あっ ! わすれていた。ツバメの前 ゅめきちゅる になにを撮っていたのか、すっかりわすれてした。。 ゝ ' こめん、夢吉。許せ。 まえと しゃ ふゅやす しやしんゅめきちと おうじどうぶつえん しやしん 前に撮ったのは、冬休みに行った王子動物園での写真、夢吉と撮った、カバ舎での写真 ヾ , 」っ」 0 おうじどうぶつえん いちねんせいえんそく そうだ。ばくらは王子動物園のカバが大すきだった。 一年生の遠足で行って以来、ばく き しゃ なんど らはここのカバが気にいっていた。電車にのって、ばくらは何度もカバ舎をおとずれてい ばくらはカバともぐりつこをするのがすきだった。カバがプ 1 ルにもぐると、ばくらも めあいず 目で合図しあって息をとめる。 たいてい、がまんができなくなって目を丸くし、ほっぺたがふくらんで息をはくのは、 ゅめきちかおま か ばくのほうが先だった。夢吉は顔を真っ赤にしながらしんばうして、やつばりがまんがで さき でんしゃ めまる たい

2. ツバメ日和

第六章・カノヾがほしい日 「ん ? ああ。カバの絵本やね」 A 」 まえ おかあちゃんは前かけのすそで手をぬぐってから、絵本を手に取った。 さんにん おうじどうぶつえんい 「おとうちゃん、こんなところにはってはったンや。三人ではじめて王子動物園に行った しやしん ときの写真」 め しやしんゅびさき おかあちゃんはなっかしそうな目をして、写真を指先でなでた。 しゃ しやしんと 「カバ舎をバックに写真撮ろうって、おとうちゃんがいうたン。三人で一枚撮って、つぎ まえ た あきら は明ひとりをさくの前に立たせた」 おも おかあちゃんはそのときのことを思いだしたみたいで、くすン、とわらってまゆ毛を下 くち いっしゅ 「そしたら、池の中からザザアッとカバがあらわれて、大きな口をあけたンよ。 あきら お ただもうびつくりしたンやろね工。 ん、明はなにが起こったンかわからなくて、つぎに、 うつ そのときおかあちゃんが写したン」 ひっし み あし さきだ ばくは写真の中の小さなじぶんを見た。かた足でつま先立ち、両手でなにかを必死につ かもうとしている。びつくりしてこわくて、おとうちゃんにしがみつこうとしている。 き みように気はすかしい これがばく、か。じぶんであるようでじぶんでない : しやしんなかちい い。け . か 6 か えほん て えほんて おお 0 り・よ、って さんにんいちまいと 8

3. ツバメ日和

だれ じぶん しゅじんこ、つ ものがたり ものがたり ひとは誰でも、自分の〈物語〉を生きている。そしてその〈物語〉の主人公でも たしゃ しゅじんこ、つ だれ ものがたり ある。誰かにかわって、他者の〈物語〉の主人公になることはできない ー刀 ぜんせん は『ふたご前線』のあとがきでそんなことを書きました。ふたごはそれぞれがかけが ひとり しゅじんこ、つ とうじようじんぶつ えがないし、主人公ではない登場人物たちもまた、一人ひとりかけがえがない。 、刀 しみずあきら ものがたりか ふたごの物語を書いているあいだじゅう、そして書き終えたあとも、ばくは清水明 あきら のことが気になってしかたありませんでした。めったなことではひとと話さない明は 一、も 、刀学ん た ものがたり どんな子どもなのか。友だちはいないのか。語るに足る〈物語〉などないのか : し あきらしまだまほ であまえ わたらいゅめきち ばくは、明が島田真秀と出会う前の、真秀の知らない、渡来夢吉とのかけがえのな あきら めだ ゅ、つじよ、つものがたり おも がっこ、つ ど、つとい、つことのない明 い友情物語を書こうと思いました。学校では目立たない、 ゅめきち たいせつおも と夢吉。そのふたりのあいだに育まれた、おたがいをとても大切に思う気もち。しみ ほんよ お しず じみとした、静かな気もちでみなさんがこの本を読み終えてくださったなら、作者と してうれしいかぎりです。 ものがたりあ ではまたべつの物語で会いましよう 二〇〇三年ツバメ飛ぶ春の日に 0 ねん レ」 はるひ お 0 さくしゃ 0 0 7 0 )

4. ツバメ日和

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5. ツバメ日和

ゅめきちなら ばくはこしをあげ、夢吉に並んだ。 かぬし 「ミ 1 ちゃんいうのはナ、きっと、飼い主がごっつう大事にしてるネコなんやデ。イヌや おも ゆくえふめい ネコが行方不明になったら、ふつう、どうすると思う ? 」 「う、まあ、さがすナ」 「ど一つやって」 でんちゅう だいじ 「大事にしてるイヌやネコやったら、写真の一枚や二枚は撮ってるナ。そいつを電柱に はってまわる」 しやしんや 「そのとおり。ポスタ 1 作って呼びかけるンや。写真の焼きましなんて、そう金のかかる モンやない」 み かぞく 「セキセイインコやフェレットのポスター、見たことあるワ。家族の一員としてかわいが っていたピーコちゃんがいなくなりました、とかなんとか書いてあったナ」 「そこやねン」 ゅめきち 夢吉は「そこ」のこに力をこめていった。 かぬし たかがイヌやネコ、ピ 1 コちゃん、やねン。イヌやネコ、ピーコちゃんやけど、飼い主 あきら きっこ かぞくどうぜん にしてみたら、家族同然。セスナ機使てでもさがしたい。で、や、明。セスナ機借りるの 、ちから つく よ しやしん いちまい にま たい いちいん かね 8 2

6. ツバメ日和

第二章・ミーちゃんさがし かお あかくび てもきれいな顔だちをしています。左目がつぶれていて見えません。赤い首わをつ こころ けています。お心あたりのかたは : あきら おも 「明、ええこと思いついたぞ」 ゅめきち ゅび しばらくじっとだまっていた夢吉が、指をパチンとならした。 「な、にフ . 「ミ 1 ちゃんや」 「ミ 1 ちゃん ? 」 「わからんか。ミーちゃんをさがすンや」 た ゅめきち あ そういうなり、夢吉はバッと立ち上がった。 きじようくうおなほうそう ひがしと セスナ機は上空で同じ放送をくりかえし、二度三度せん回してから東へ飛んでいった。 き ゅめきち 「夢吉。ミーちゃんをさがすて、どういうことや。ボランティアでもする気になったンか いナ」 ゅめきち かおあ いつまでも顔を上げたままの夢吉にばくはいった。 あきら 「わからんか、明」 ちゃ 「ああ、わからんワ。なんのこっちゃ、ウ 1 ロン茶」 ひだりめ 0 にどさんど かい み 2

7. ツバメ日和

わがし ようがし 「ばくは和菓子より洋菓子のほうがすきゃねン」 どう ゅめきち 「けど、夢吉があと継がんいうことになったら、二代っづいたつるかめ堂もいよいよしま いやナ」 「しよがない、しよがない」 くろまめだいふく 「黒豆大福メッポウ、かア」 「ま、せいぜい いまのうちにいろんなモン食べとこ」 じよ、つ′、、つ はなし そんな話をしていたら、上空がさわがしくなってきた。 AJ き 「なんや、セスナ機が飛んどうデ。いまどき、めずらしこっちやナ」 「ああ。おまけに、なんぞいうとうデ」 こえ き ゅめきち そらみあ 夢吉とふたり、空を見上げていると、セスナ機からの声がしだいにはっきりと聞こえて こころ ミ 1 ちゃんをさがしています。どなたかお心あたりはありませんか き 「なんや、ミーちゃんさがしてる、いうとうナ。もっと聞いてみよか」 ゅめきちしゅうちゅう そらみあ 夢吉は集中する顔つきになって空を見上げた。 ちゃくろみけ ミーちゃんをさがしています。ミーちゃんは、白とうす茶と黒の三毛ネコです。と か っ き にだい しろ 2

8. ツバメ日和

し ゅめきち 子を細ばそとでも作りつづけているから、それを知っているお客もちゃんと来る。夢吉が っ どうくろまめだい おとなになっておっちゃんのあとを継ぐようになったら、いつまでもつるかめ堂の黒豆大 おも 福が食べられるのにナ、とばくは思う。 どう ゅめきち 「夢吉、つるかめ堂はいやか ? 」 ゅめきち ばくは夢吉にたずねる。 いややない」 ゅめきちくび 夢吉は首をふってこたえる。 この もんだい 「いややないけど、好みの問題、かナ」 もんだい 「好みの問題、か」 あきら かんが 「そゃ。考えてもみイ。明は、おばちゃんのあと継いで、おそうざいやコロッケ作るつも 「うーん。そんなこと、考えたことないワ」 おやしごとっ 「な、そやろ。子どもはかならす親の仕事継がんならんいうこと、ないねン。すきなこと しよくぎよう ゅめ を職業にするのが夢ちゅうモンとちがうか」 「ああ」 この ほそ こ かんが し っ きやく 2

9. ツバメ日和

第二章・ミーちゃんさがし 第一一章ーミーちゃんさかし ゅめきち もうすぐやってくるはずだった、子どものたのしみをうばわれたばくと夢吉は、すっか ち せいち あ どうくろまめだいふくた り整地されてしまった空き地にすわって、つるかめ堂の黒豆大福を食べていた。 ゅめきち つく くろまめだいふく 「ほんま、夢吉のおっちゃんが作る黒豆大福はおいしいなア。もちはやわらこうてねばり くろまめかお あまみさいこう があって、黒豆の香りと甘味は最高や」 まめ 「そら、そゃ。テレビのコマ 1 シャルやないけど、使てる豆がちゃう」 じしんさく 「かしわもちもよもぎもちもおいしいけど、これ、おっちゃんの自信作やナ」 「まア、ナ」 ゅめきち 夢吉はまんざらでもなさそうにわらった。そしてつけ加えた。 うみしろうま 「けどナ、ばくはやつばり、海の白馬のケーキのほうがすっきや。ああ、明。あしたはシ ュークリ 1 ム食べよナ」 どう だいいちゃまの みせ わが 第一山野センターの店はつぎつぎとつぶれていったけれど、つるかめ堂はおいしい和菓 た っこ あきら つん

10. ツバメ日和

投げつける相手がちがうことはわかっていたけれど、なんともやりきれない気もちで、ば こいしな くらは小石を投げつづけた。 っち ちぜんぶ 空き地の全部の木たちが伐られたつぎの日、パワ 1 ショベルが土をほりかえした。木は かんぜん 完全にそのいのちを絶たれた。根こそぎ、ということばそのままのありさまだった。 なくしたらもう二度と手にいれられないものがあることを、ばくは知った。 あいて にと