べッドから飛びはねるようにからだを起こし、おしいれをあけた。どこやったつけ : たしか、おもちゃ箱にしまったはずだ : しただんいちばん ばしょ おもちゃ箱は、下の段の一番おく。おとうちゃんが作ってくれたやつ。せまい場所に、 はやる気もちが重なって、まどろっこしい えほん ・ : あった。カバの絵本。 えほんりようて かべにもたれて絵本を両手でもつ。おとうちゃんのひざにすつばりおさまって、この絵 ほんよ えほん まいにちまいばん にひやっかい 本を読んでもらったンだ。毎日毎晩、ばくは絵本をねだったンだ。百回も二百回も読ん おも ひょうし でもらったンだと思う。表紙カバーはばろばろになっている。 おなえほん どうしてこんなにくたびれるまで、同じ絵本をくりかえし読んでもらったのだろう。絵 ほん ちから 本のもっ力にひかれてのことだったのか。それとも、おとうちゃんにすつばりくるまれた ここち あんしんじかん 安心の時間が、小さいながら心地よかったからなのか えほん 絵本のとびらをひらく。 おとこ みずなが はじめのペ 1 ジ。男の子かべッドでうとうとしていたら、ドアのすきまから水が流れこ んでくる。 右のペ 1 ジはドアがあいていて、めくるとそこのところか四角くくりぬいてある。 みぎ かさ ばこ こ つく しかく ひやっかい
第六章・カノヾがほしい日 「ん ? ああ。カバの絵本やね」 A 」 まえ おかあちゃんは前かけのすそで手をぬぐってから、絵本を手に取った。 さんにん おうじどうぶつえんい 「おとうちゃん、こんなところにはってはったンや。三人ではじめて王子動物園に行った しやしん ときの写真」 め しやしんゅびさき おかあちゃんはなっかしそうな目をして、写真を指先でなでた。 しゃ しやしんと 「カバ舎をバックに写真撮ろうって、おとうちゃんがいうたン。三人で一枚撮って、つぎ まえ た あきら は明ひとりをさくの前に立たせた」 おも おかあちゃんはそのときのことを思いだしたみたいで、くすン、とわらってまゆ毛を下 くち いっしゅ 「そしたら、池の中からザザアッとカバがあらわれて、大きな口をあけたンよ。 あきら お ただもうびつくりしたンやろね工。 ん、明はなにが起こったンかわからなくて、つぎに、 うつ そのときおかあちゃんが写したン」 ひっし み あし さきだ ばくは写真の中の小さなじぶんを見た。かた足でつま先立ち、両手でなにかを必死につ かもうとしている。びつくりしてこわくて、おとうちゃんにしがみつこうとしている。 き みように気はすかしい これがばく、か。じぶんであるようでじぶんでない : しやしんなかちい い。け . か 6 か えほん て えほんて おお 0 り・よ、って さんにんいちまいと 8
高科正信 愛媛県に生まれる。 日本児童文学者協会会員。 作品に『タンポポコーヒーは太陽のにおい』 ( 理論社 ) 『えりこ、きしゃにのらないもん』『モモコ』 ( 文溪堂 ) 「オレのゆうやけ』「ふたご前線』 ( フレーベル館 ) など、多数。 絵本には「おおきなおおきなさかな』 ( フレーベル館 ) など。 子どもの心のゆれを描きだす作品に定評がある。 すがわらけいこ 福島県に生まれる。 新潟大学、セッ・モードセミナーで油彩と水彩を描く。 作品に「ゆび一本からはじめる手話」 ( ポプラ社 ) 「からだのふしぎしりたいな」シリーズ ( 学研 ) 「はじめてのトライ & トライ」シリーズ ( フレーベル館 ) 『ふたご前線』 ( フレーベル館 ) など、多数。 また、大人向けの書籍の挿し絵や、雑誌での イラストなどでも活躍している。
第七章ーわらいもち えほん カバの絵本のことをすっかりわすれていたように、 小さかったときのことはほとんどお きおく ばえていない。だけど、たった一つ、あざやかに記憶していることがある。それは、五さ いの夏で、わらびもち売りが来たときのことた。 ひる にちょうびあつひ わらびもち売りが来たのは、日曜日、暑い日さしのてりつける昼さかりのことだった。 はな ひる ばくはおとうちゃんと花ござにねころんで、昼ねをしようとしていた。そのころのおと げんき うちゃんはうんと一兀気で、冷ぞうこに話しかけることもなかった。 かぜおく おとうちゃんはひしまくらをして、ばくにうちわの風を送ってくれていた。うちわには あかきんぎよ ち赤い金魚がかいてあった。 こえき おも とお ら あんまりねむくなかったんだと思う。まどの外から、スピーカーを通した声が聞こえて 「おとうちゃん」 なっ ひと そと ちい ご