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検索対象: ツバメ日和
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1. ツバメ日和

第三章・くき煮作り しごと ばやみずあら みず 早く水洗いし、水けをよくきる。これはおかあちゃんの仕事。 り . よ、つ ゅめきち ばくと夢吉はしようゆとさとうの量をはかる。それぞれの家によって、それぞれの作り つくかた 方がある。おかあちゃんの作り方は、イカナゴ一キロに対して、ざらめさとうとしようゆ みず が二百五十グラムすっ、針しようがが五十グラム。水あめやみりんをいれるところもある けれど、おかあちゃんはおとうちゃんが教えてくれた作り方をかんこにまもっている。 「なア、おかあちゃん。さとう、いれすぎゃないか」 どう 「ほんまやデ、おばちゃん。五百グラムもや。つるかめ堂のまんじゅうでも、こないには っこ おも 使てへん思うワ」 おも 「そう思うやろ ? おばちゃんかてはしめてイカナゴたいたときは、一キロに五十グラム つか しか使わへんかった。そしたら、できあがりは見るもむざん、くぎ煮やのうて、そばろに なってしもた。いろいろためしてみたけど、おとうちゃんの作り方が一番や」 とお おかあちゃんは遠くを見る目になって、ふふ、と小さくわらった。 じよ , っと、つ 「それにナ、ええさとうとしようゆ使たら、とびきり上等のくぎ煮ができるし、冷ぞう いちねん こで一年もっ」 まいにちまいにち 「ばく、毎日毎日、一年中食べてもあきへんもンなア」 かた にひやくごじゅう いちねんじゅうた ごひやく 。こじゅう おし いち ちい つく たい かた つく かたいちばん いち ′」じゅう

2. ツバメ日和

第五章・夜逃げ 「レンタイホショウニンフ れんたいほしようにん がっきゅうじけん わる 「ああ。連帯保証人いうのはナ、ほら、学級で事件があったとき、なんにも悪いことし せきにん てへんのにまわりのモンも責任とらされるやろ」 み ちゅうい わる 「そうそう。見てるだけでなんの注意もせんかったモンも悪い いうてナ」 しやっきん せきにん 「おとうちゃんが借金したわけでもないのに、カラオケスナックの責任とらされるンや。 ほしようにん みせ のこった店どうし、そうやって保証人になりおうとった。で、夜逃げ、や」 「夜逃げ ? 」 びやくまんえん 「カラオケスナックは、てってとすがたをくらました。なん百万円もの借金、だれがは どう じゅうえんにじゅうえんあきな ひょうばん らえるかいナ。つるかめ堂のまんじゅうが評判ゃいうても、十円二十円の商いや」 しんけん 「しもたなア。もっと真剣にミーちゃんのことさがして、お礼の百万円もろといたらよ かったワ」 ま ゅめきち 「ちょ、ちょっと待ちイな。夢吉もその、夜逃げ、するのンか」 どう 「子どもひとり、つるかめ堂にのこってどないする」 しゅうぎようしき 「そんな、もうじき終業式やデ」 れいひやくまんえん しやっきん

3. ツバメ日和

AJ 、つ かいだん ふっと、つ かいだんあ だだっと階段をおり、下でおかあちゃんから封筒を受け取ると、まただだっと階段を上 ゅめきちゅめきちゅめきち てがみ がってべッドへダイビングした。夢吉、夢吉。夢吉からのぶあつい手紙。 ふうとうおもてみ ふ ゅめきち 封筒の表を見て、はあン ? となった。そしてつぎに吹きだした。あいかわらず、夢吉 じ へた のやっ、下手くそな字だ。まっすぐにそろっていないし、イカナゴのくぎ煮みたいにおれ ま ふ なが 曲がった文字だ。でも、吹きだしたのはそのことじゃない。あて名書きだ。 こうべしたるみくしおやちょうえきまえ しみずあきらさま 〈神戸市垂水区塩屋町駅前のおそうざい店みっちゃん清水明様〉 カ ゅめきち ふとが そう書いてあったのだ。みっちゃんのところがマジックインキで太書きしてある。夢吉 じゅうしよし じゅうしょ ゅめきち のやっ、ばくとこの住所知らんかったンや。ふふ。ま、ばくも夢吉とこの住所ちゃんと し 知らんけど。 ま よ ふう つくえのひきだしからハサミをだして封を切った。いや、待てよ。読むんやったら、や ゅめきち ばしょ つばり波止やな。夢吉のあとがはっきりとのこった、ばくらの場所。 き め ふ かぜほくせい かぜ 木の芽がやわらかくなってきたとはいっても、まだ風は北西から吹いてくる。その風を せ かど おき と A つ、ざい ようしよくのり エルじがこ ひろ しおやとく 背に、字型の角にすわる。沖の東西には、養殖海苔のたなが広がっている。塩屋の特 さん 産だ。 ふ、つと、つ ゅめきち 封筒からぶあつい手紙を取りだす。夢吉のやっ、 てがみと した き か ゅめきち いったいなに書いとンやろ。夢吉がい 9 一

4. ツバメ日和

「あア、あ。子どものたのしみ、なくなってしもうた」 ゅめきち ひどくがっかりしたように夢士ロはいっこ。 ゅめきち どう ゅめきち じかん 夢吉のいうとおりだ。ばくと夢吉ですごす、甘く、ばんやりとした時間。つるかめ堂の じかん まんじゅうやおかあちゃんのコロッケを食べながらすごす、しあわせの時間 た 「ここにマンションが建つやろ」 「あ、ああ」 うえ にんげん 「それで、マンションを買える金もってる人間が、ここにひっこしてくるねン。上のほう かいうみみ の階は海が見える、とかなんとかでナ」 ゅめきち さきっち 夢吉はつま先で土をけった。 す 「ここにウメやサクラ、イチジクやビワの木イなんかがあったこと、ここに住むことにな し にんげん る人間はだアれも知らんのやデ」 ゅめきち だアれもナ、と夢吉はつぶやいた し まいとしはなみ 「ほんまやナ。毎年花見をたのしみにしてきたモンしか知らん」 き し じんるい にんげん 「木イのことなんも知らん人間がどんどんふえつづけたら、人類はメッポウするナ」 ゅめきち あし ち こいしひろ あ な 夢吉は、足もとに落ちていた小石を拾うと、くっそオ ! といって空き地に投げつけた。 お かね た き あま 0 2

5. ツバメ日和

第八章・夢吉からの手紙 こくどうに」うせんにしにし 国道二号線を西へ西へと走った。いつまでもどこまでも走った。どれくらい走ったん ふかく かは知らん。ばく、不覚にもねてしもうたんや。 ちょ、つしよく じゅうじ おかあちゃんに起こされたときはもう十時をまわっていた。おそい朝食をとってま おも とお た走る。どれくらい遠くへ逃げたんかは知らんけど、スパイの目からは消えたと思う。 くるまはし それでも、おとうちゃんは車を走らせた。 あさ いったいどこまで夜逃げ ( 朝に逃げても夜逃げというのやろか ) をするのか、おとう なにけんなにし ちゃんはなんも教えてくれんかった。何県何市のなんというまちなんか。おとうちゃ ひゅうがたす ふどうさんや んは着いた先の小さな不動産屋で、その日の夕方に住む場所をさがした。 うみ ほそかいだんのぼ うみちか あきら しおや 明。ここはな、塩屋みたいに海が近いぞ。曲がりくねった細い階段を登ったら、海が しおや えきまえおお ぜんぜん うみ 見える。海には島がいくつもうかんどう。駅前は大きくひらけていて、塩屋とは全然 まえうみ うみ うみみ はとのぼ しおや ちがう。塩屋は波止に登って海を見おろすけど、こっちは足もとのすぐ前が海や。海、 うみなが いうても、すぐむこうに島があって、橋がかかってて、こっちと島のあいだを海が流 す . い、ど、つ かん いうそうや れとうという感じ。水道、 し」と おとうちゃんは仕事をさがした。なんせ、有り金みんなもってきたけど、夜逃げはな おやじまめがしゃ ものい おやこよにんまいにちた にかと物人りや。親子四人、毎日食べていかんならんしな。〈がんこ親父の豆菓子屋〉 はし さきちい おし しま はし しま あがね あし しま

6. ツバメ日和

第八章・夢吉からの手紙 き あ にしゅうかんまえ なくなったのは二週間前のことなのに、もうずいぶん長いあいだ会っていない気がする。 あきらげんき 明、元気でやってるか 、つ げんき こっちはみんな元気や。生まれてはしめて夜逃げというの体験したけど、夜逃げいう み のはわくわくするもんやな。なんせ、だれにも見つからんようにこっそり逃げたすん にじ よなか いえでんき み ゃ。どこでスパイが見はっとうかもしれん。家の電気みんな消して、夜中の二時まで し しい 4 つ、つと かぞくよにん 家族四人、息つめとった。というても、一年生の妹はなんも知らされてへんから、ぐ うすかねとったけどな。 。こいいちゃまの ふるたてもの みせ 第一山野センターは古い建物やし、店はどんどんへっている。シャッターのおりた通 し くろ えたい 路のあっちこっちに、得体の知れん黒ぐろしたもんがうすくまってるみたいや。そこ り . よ、って つう いも、つと をおかあちゃんが妹だきかかえて、おとうちゃんが必要な着がえ両手にもって、通 あしおと げんきん ものぜんぶ 帳やら現金やら大事な物を全部ばくがリュックにしよって、足音たてんようにぬけだ しん はっしん すんや。配達用の車をそうっと発進させる。心ぞうばくばく、スリルとサスペンス、 ちゅうやつやったな。 スハイかいつどこでかぎつけるともかぎらんで、正確なことはいえんけど、ばくらは ちょう ろ はいたつようくるま だいじ いちねんせ、 せい、か′、 なが ひつよう たいけん き つう

7. ツバメ日和

ゅめきちなら ばくはこしをあげ、夢吉に並んだ。 かぬし 「ミ 1 ちゃんいうのはナ、きっと、飼い主がごっつう大事にしてるネコなんやデ。イヌや おも ゆくえふめい ネコが行方不明になったら、ふつう、どうすると思う ? 」 「う、まあ、さがすナ」 「ど一つやって」 でんちゅう だいじ 「大事にしてるイヌやネコやったら、写真の一枚や二枚は撮ってるナ。そいつを電柱に はってまわる」 しやしんや 「そのとおり。ポスタ 1 作って呼びかけるンや。写真の焼きましなんて、そう金のかかる モンやない」 み かぞく 「セキセイインコやフェレットのポスター、見たことあるワ。家族の一員としてかわいが っていたピーコちゃんがいなくなりました、とかなんとか書いてあったナ」 「そこやねン」 ゅめきち 夢吉は「そこ」のこに力をこめていった。 かぬし たかがイヌやネコ、ピ 1 コちゃん、やねン。イヌやネコ、ピーコちゃんやけど、飼い主 あきら きっこ かぞくどうぜん にしてみたら、家族同然。セスナ機使てでもさがしたい。で、や、明。セスナ機借りるの 、ちから つく よ しやしん いちまい にま たい いちいん かね 8 2

8. ツバメ日和

ななひき ネコも七匹ばかり見つけたが、左目のつぶれたミーちゃんじゃなかった。 のら め にんげんみ いっぽちか 野良ネコは人間を見る目つきが飼いネコとはちがった。ばくらが一歩近よると、こしを いつぼちか ひいて逃げるしせいになったし、なにより、一歩も近づくなという目をしていた。ぶちに なががいこくしゅ しおや きじにとら、毛の長い外国種まで、塩屋にはびつくりするほどたくさんのネコかいた いっかめ どうゆめきちょ 五日目、つるかめ堂に夢吉を呼びに行ったら、 あきら き 「明。ばく、えらいことに気イついたンや」 ゅめきちまがお み 夢吉が真顔でばくを見た。 「なに、えらいこっちゃ。まださがしてへんとこでもあったンかいナ」 「亠つが一つ」 ゅめきちはな 夢吉は鼻から息をはいた。 よっかかん た き うみしろうまちょっこう 「四日間、ケーキを食べてへんことに気イついたンや。明、いまから海の白馬へ直行や」 おも どんなえらいことかと思ったら、そういうことだった。いわれてみれは、ケーキもまん くち いっしょ じゅうもコロッケも、一つも口にしていなかった。ばくらは一所けんめいミーちゃんさが しをしていたのだ。 「で、ミーちゃんはどうする ? 」 み ひと ひだりめ あきら

9. ツバメ日和

第七章・わらいもち ばくはロをとがらせ、ほっぺたをぶうっとふくらます。 あきらかおさいこう 「わらいもち ! っていうたときの明の顔、最高やったなア」 「そやかて、ほんまにそういうてたもン」 よなか かお 「世の中で、ばくの知らンことなんて、なんにもないデー・ーそんな顔やった。おとうちゃ まね かお んには真似のできん、ほればれするほどええ顔やった : 「ア—ラ、イイ—気モチイ」 うた ばくは小さく歌ってみる。 「アマクテオイシイワライモチハイリマセンカ」 うた おとうちゃんもつつけて歌う。 だいしんさい ああ、おとうちゃん、ナ。おとうちゃんが大震災でおらへんようになったあと、夏のあ どう かずかぎ いだだけやけど、つるかめ堂でもわらびもちがでるようになったンやデ。数に限りがあっ ゅめきち てすぐに売り切れるンで、夢吉にこっそり取っといてもらうンや。おとうちゃん、本物の こ わらび粉を使うてるンやデ。 いえかえ ツバメがじぶんちをわすれんともどってくるように、おとうちゃんもきっと家に帰って くち なっ ほんもの

10. ツバメ日和

せんど ながれつ 鮮度がいのちのイカナゴを手にいれようとして、魚屋の店先に早くから長い列ができる。 くじ ゅめきち えきまえさかなやうおまさ にじゅうにん ばくと夢吉は、九時に駅前の魚屋〈魚正〉へ行った。行ったときには、もう二十人ほど なら のひとが並んでいた。 子どもはばくらだけで、おはちゃんとお年よりばかりだった。なにしろばくらははじめ てだったし、にぎやかにわらいしゃべるおばちゃんたちにはさまれて、じっとだまったま ま まイカナゴが来るのを待った。 き はなし りようさんせきひと おかあちゃんに聞いた話によると、イカナゴ漁は一二隻一チームでおこなわれる。二隻が ひ む ぎんはり あみを引いてイカナゴの群れをつかまえる。ガ 1 ゼのようなあみに銀の針みたいな新子が べついっせき こおり ぜんそくりよくぎよこうむ かかると、別の一隻にあけて氷づけにする。そして全速力で漁港へ向かう。 かえ にあ ふねま にんげん 帰ってくる船を待ちうけているのは人間だけじゃない。荷上げするときに新子が海にこ し お ばれ落ちるのを、カモメはよく知っている。 ゅめきち じてんしゃ たるみぎよこう のり しおや 夢吉とふたりで自転車にのって、垂水漁港まで見に行ったことがある。塩屋は海苔の養 作 り・よ、つ しよくちゅうしん 殖を中心にしているので、イカナゴ漁はないからだ。 ふねぎよこう はや な 船が漁港にはいってくるよりも早く、カモメが見える。ギャオギャオと鳴くカモメを連 ふねみなとっ あ うみ 第 れて船が港に着く。漁師さんたちは手早くケースをおかへ上げる。イカナゴがこばれて海 りよ、つし て てばや とし み み さかなやみせさきはや しんこ しんこ うみ にせ」 よう っ