階下 - みる会図書館


検索対象: ツバメ日和
19件見つかりました。

1. ツバメ日和

第四章・震災の朝 いじようちい もうこれ以上小さくなれないというほど丸くなった。目をかたく閉じ、息をつめた。 なが おも ずいぶん長いあいだ、はげしくゆれつづけたと思う。そしてそのゆれがおさまると、ま おと じかん るで音のない時間がやってきた。 おと ゆれているときはわけがわからないだけだったけれど、ゆれも音もうそのように消えて くら じよ , っげさゆう しまうと、ただこわかった。上下左右のわからない暗やみにうかんでいるような、そんな こわさだった。 おと じかん こえ 音のない時間をやぶったのはおかあちゃんの声だった。 あきら 「月、、こゝじよ一つぶ ? ちゅうでんとう からだを起こすと、かい中電灯がまぶしくばくをてらした。 したむ おかあちゃんは明かりを下に向け、まくらもとにやってきた。 じしん あきら しんばい 「えらい地震やったなア。けど、なんにも心配せんでもええ。明がだいじようぶやったら あんしん それでええ。ささ、安心してもうひとねむりしイ」 おかあちゃんはばくにふとんをかけてとんとんとしたあと、階下を見に行ってくるナ、 へや といいのこして部屋をでた。 じしん じしん えらい地震やったなア ? トレーラ 1 がつつこんだのじゃなくて、地震やったンや : まる した

2. ツバメ日和

第五章・夜逃げ 第五章ー夜逃げ みつかさむひ よっか 三日寒い日がつづいては四日あたたかい日がおとずれる、そんな、三月半ばのある夜の ことだった。 タごはんをすませて、じぶんの部屋のべッドになにをするともなくねころんでいたら、 した こえ 階下から声がした。 あきら 「あっ、明くん」 こえ ゅめきち という声のぬしは、どうやら夢吉のようだった。 した な かお ゅめきち た 階下におりていくと、泣きそうな顔をした夢吉がつっ立っていた。 ゅめきち じかん 「どないしたンや、夢吉。こんな時間に」 「え、えらいこっちゃ」 み 「なに、えらいこっちゃ。ミーちゃんでも見つけたンかいナ」 はんのう ゅめきちくち じむす ばくのじようだんにも反応せす、夢吉はロをへの字に結び、それきり、おしだまってし ゅう へや ひ さんがつなか しき 5 よる

3. ツバメ日和

こころ ばくが目ざめ、階下へおりていくと、心がぬけてしまったように、おかあちゃんが作 まえ ぎようだい 業台の前でほおづえをついていた。 おかあちゃんはばくを見ると、 「おとうちゃん、どこかへ行ってしもうた」 ちから ふふ、と力なくわらった。 おとうちゃんがいなくなったことについてばくが知っているのは、これで全部た した み ぜんぶ

4. ツバメ日和

第四章ー震災の朝 いちがつじゅうしちにちはんしんあわじだい おとうちゃんがいなくなったのは、ばくが二年生のときの一月十七日、阪神・淡路大 しんさいお とうじっ 震災の起きた当日だった。 へんか ふゅよ そもそも、ばくがおとうちゃんの変化に気づいたのはその冬の夜ふけ。おしつこに行き てあらじよじゅうきよぶぶんにかい いっかい しごとば たくなって目がさめた。手洗い所は住居部分の二階にではなくて、仕事場の一階おくに ある。 した ちょうりだい でんき ねむい目をこすりながら階下へおりていくと、調理台の電気がついていた。おかあちゃ おも ちか ん消しわすれたンや : : : と思い、目をこじあけるようにして近づいた。いや、近づこうと あし して足をとめた。 まえ 冷ぞうこの前に、おとうちゃんがすわりこんでいる。ばくは息をつめておとうちゃんを 見た おとうちゃんは背を丸め、かかえたひざにあごをのせていた。そして、だれかに向かっ しんさい せまる あさ にねんせい ちか

5. ツバメ日和

第ノ \ 章・夢吉からの手紙 ゅめきち 第ハ章ー夢吉からの手紙 わたらいゅめきち しゅうぎようしき しがっ なにごともなかったように、終業式をむかえた。四月のはじめから、渡来夢吉という ゅめきち わたい にんげん 人間なんかこの組にはいなかったみたいに、だれひとり、夢吉のことを話題にしなかった。 けつ、 がっ ゅめきち 、がっこ , フ 夢吉のいない学校なんて、どんな意味があるんだろう。ばくはこれから、なにをしに学 こう 校へ行けばいいんだろう。 き てんじようみあ さんがっさんじゅうにちごご 三月三十日午後。なにをする気にもなれずべッドで天井を見上げていたら、 あきら 「明」 こえ した 階下からおかあちゃんの呼ぶ声がした。 あきら てがみき 「明ア。アンタに手紙来とうデ」 てがみ 手紙 ? ばくに手紙をだすやつなんているものか、一度だってもらったことはない : と ゅめきち ゅめきちゅめきち お おも そう思っていて、ばっと飛び起きた。夢吉や、夢吉。夢吉からの手紙なんや。 てがみ よ てがみ いちど てがみ

6. ツバメ日和

ま 「じいっとねえ。で、なに待ってるのン」 しやしん しやしん 「しやっ、写真。ただの写真や」 しやしん 「ほう。ただの写真で、そないそわそわするか。ははん、酒屋のむすめでも撮ったナ」 ぎんこう しやしんだい 「ち、ちがうワイ。ちょっ、ちょっと銀行へ行ってくるわ。写真代」 しまだ ほんま、おかあちゃんはえらいことをいう。なんで島田の写真なんか撮る。 ぎんこう こづか した そのあと、なるべくそわそわしないようにして、銀行で小遣いをひきだし、部屋と階下 いちおうふく しやしんかんむ を一往復してから写真館へ向かった。 しやしんかん いちまいと 写真館のおじさんが「これやね」とふくろから一枚取りだして見せたけれど、ばくはち み いえかえ み へや ゃんとは見すに「まゝ 。し」といって家へ帰った。見るのはじぶんの部屋で、おちついてから こうぶっさきた ゅめきち にしたかった。好物を先に食べるのが夢吉で、ばくはいつもあとにとっておいた。 A 」 「そわそわするほど、なに撮ったンかいナ」 と、おかあちゃんにいわれて、 ばくはできるだけそっけなくこたえた。 「ンバメフ・」 さかや しやしん み AJ と

7. ツバメ日和

1 をはすした。そしてそこでまたばくは、あっ ! と月さく一つめいた。 ある いちまい くたびれた表紙カバ 1 のうらに、一枚の写真がはってあった。そこには、歩けるように り・よ、って なったばかりの、たぶんばくと、しやがんだかっこうで両手をさしだすおとうちゃんが、 はん まんめんえがお うつ 写っている。ばくは半べそをかいて、おとうちゃんは満面の笑顔で。うしろに、大きく口 をあけたカバがいる。 ばっとからだを起こした。階下へ行く。おかあちゃんは、そうざいを買いに来たお客と しゃべっている。 きやく さぎようだい お客がとぎれるまで、作業台のいすにこしかけて待っことにした。表紙カバーのうら しやしんみ にはってある写真を見る。どうしていままで気づかなかったンだろう。 あきら 「明、なに ? ひじきの煮物をパックにつめながらおかあちゃんがいった。 にひやくえん まいど 二百円です。毎度おおきにイ」 きやく お客が行ってしまうのをたしかめてから、ばくはロをひらいた。 しやしん 「この写真」 ひょうし 表紙カバ 1 のうらをおかあちゃんに向けた。 にもの ひょうし した しやしん くち ひょうし おお きやく くち

8. ツバメ日和

あたまおも なお ばんやりした頭で思いながら、毛布とふとんを首までかぶり直した。そして、おかあちゃ あんしん んのことばととんとんに安心して、すぐにねいってしまった。 はなし それからあとのことはおかあちゃんに聞いた話。 した ちゅうでんとう ものさんらん みせ 階下へおりていってかい中電灯でてらすと、店のあらゆる物が散乱していた。そうざ しゅうのうだい れい ぜんぶわ いケ 1 スのガラスは全部割れ、なべ、かまは収納台から飛びだしていた。冷ぞうこは作 ぎようだい 業台にたおれかかっていた。 ごえ その冷ぞうこのすきまから、おとうちゃんのうめき声がもれ聞こえていたという。おし ごえ つぶしたような、しばりだすようなおとうちゃんの泣き声。 ひっしおも おかあちゃんはおとうちゃんにかけより、すきまからおとうちゃんを必死の思いでひっ かお ばりだした。おとうちゃんはひざに顔をうすめて泣きじゃくった。おかあちゃんはどうす ることもできず、うしろからじっとおとうちゃんをだきかかえていた : あさ みせさんらん やがて朝になり、店の散乱した物をかたづけようとして、おとうちゃんがいなくなって しることに気づいた。 さぎようだい 作業台に走り書きがのこされていた。 とお 〈ごめん。遠くへ行きます〉 もうふ もの

9. ツバメ日和

第六章・カノヾがほしい日 さき たか むちゅう せあお あお 背の青い 青いツバメだ。どこへも行くなよ、高く飛ぶな。ばくは夢中でファインダー をのぞいた。ツバメといっしょにかけながら、けんめいにシャッタ 1 をきった。 みせ ひろひろうみ まいとししおや とおとおみなみしま 遠い遠い南の島から、広い広い海をわたって、毎年塩屋のまちへやってくる。店ののき ことし みなみしまかえ なっ 先にある巣でヒナをかえし、夏をすごし、海をわたり南の島へ帰っていく。ツバメ。今年 ゅめきち もまた来てくれたンやデ、おとうちゃん、夢吉。 しようてんがい まだ何枚かフィルムはのこっていたけれど、商店街の写真館へカメラをもちこんだ ろくじ しあ 六時には仕上がるという。 した さんどおうふく にじかんなが げんぞう 現像のできあがるまでの二時間が長かった。じぶんの部屋と階下とを三度往復した。三 どめ 度目に ( といっても、じぶんでは気づかなかった ) 、おかあちゃんにいわれた。 さん あきら 「明。いったい、なにそわそわしてるのン。三べんも上がったりおりたりしてからに」 「ん ? なにそわそわ、て」 「アンタ、じぶんの部屋とここ、行ったり来たりして、えらいおちつかへんデ。なんぞ、 ええことでもあったンかいナ」 じかんく 「そ、そうかナ。ただ、時間が来るのをじいっと待ってるだけやねンけどナ」 なんまい へや うみ へや しやしんかん さん

10. ツバメ日和

みつ て はな ばくはおかあちゃんに夜逃げのことを手みじかに話し、のこっていたコロッケ三つを夢 、つ きち きやくかんしゃ てんかいっぴん 吉のためにもらった。天下一品でも売れのこることはある。買わなかったお客に感謝。 しん れんらく ゅめきちしおやかえ 「夜逃げがおちついたら、かならず連絡するンやデ。夢吉が塩屋に帰ってくること信じて ま た てんかいっぴん 待ってるからナ。それまで、天下一品コロッケは食べおさめや」 あきら 「おおきに、明」 こえ しようてんがい ゅめきち ひとどお よわよわしい声でいうと、夢吉はきびすをかえし、人通りのまばらな商店街をつつき ゅめきち ゅめきちみ かどま っていった。角を曲がって夢吉が見えなくなっても、ばくは夢吉をじっと見送っていた。 ゅめきち しん あ 部屋へ上がり、べッドのはしにこしかけた。ふうう。夢吉がいなくなるなんて、信じら れない。四年間、ずっといっしょだったのに。 あきら ゅめきちひょうじよう てんじようみ ばんやり天井を見ていたら、「おおきに、明」といった夢吉の表情がうかんできた。 き ちょっとはにかんだなかにもかなしい色がにじんでいて、むねのしめつけられる気もちだ つ」 0 あたた ゅめきち ゅめきちゅび からだに夢吉のあとがのこっていた。両うでには夢吉の指がくいこみ、むねには温かい こうさ ゅめきち ゅめきち なみだがしみこんでしオ 、ゝこ。ばくは夢吉をわすれないよう、両うでを交差させ、夢吉のあと をそっとむねにおしあてた。 よねんかん いろ り・よ、つ り・よ、つ みおく ゅめ 0