株主や責任のない従業員に対する付随的影 響 , ④民事または行政手続上の法執行処分な ど非刑事救済の妥当性 , ⑤一定の場合に弁護 士依頼者間秘匿特権等の放棄を受け入れるこ と , ⑥コンプライアンス・プログラムの存在 とその有効性 , ⑦役員・従業員の配置転換を 含む企業がとった是正措置と , 適時かつ自発 的な不正の開示 , ⑧当局の調査に対する積極 的な協力 , である。 HoIder メモでは , 初めて 公に弁護士依頼者間秘匿特権の放棄を奨励 し , 有責な従業員を保護する企業の行為態様 ( 制裁なき復帰 , 会社負担の弁護士費用 ) を , 訴追判断の際に訴追対象である企業にとって 不利に扱う旨を表明した。続いて , 工ンロン 事件を契機として 2003 年に当時の司法省次官 Larry Thompson が , 企業のコンプライアン スの確実性を査定する際のガイドラインを HoIder メモに追加した Thompson メモを公表 。このメモでは , 企業の調査協力を確 実にし , その精査に焦点を当て , 弁護士依頼 者間秘匿特権の放棄を企業に期待することの 正当性を強調した点に最大のインパクトがあ る。これを受けて , 2004 年 11 月に改訂された 連邦量刑ガイドラインでは , 弁護士依頼者間 秘匿特権の放棄は量刑減刑の前提条件ではな いものの , 一定の状況では要求可能であるこ とが追加された。このように次第に「弁護士 依頼者間秘匿特権の放棄」が暗黙の了解とさ れつつある実務界の状況に対して , 企業弁護 士らが猛反発をしていたが , 折しも , 2006 年 6 月 , 従業員等の弁護士費用を会社が負担し たことを会社の訴追判断の場面で不利に扱う Thompson メモおよび連邦検察官の行動は , 従業員等の憲法上の権利の侵害に当たるとし た stain 判決が連邦地方裁判所で下され 6 , 同年に連邦量刑委員会は , 弁護士依頼者間秘 匿特権の放棄に関する量刑ガイドラインの内 容の削除を決議した。それでも 2006 年 12 月に 公表された司法省次官 McNulty のメモでは , 検察官は , 弁護士依頼者間秘匿特権の放棄の 要求が可能となる判断基準を明確化するた め , 情報の類型化を行い , 第 1 類型である 「不正行為に関する純粋な事実情報のみ」の 場合に放棄を求めるには , 司法省刑事局の司 法次官補と相談のうえ , 連邦検察官の許可を 必要とし , 第 2 類型である「不正行為に関す る企業への法的助言を含む情報」の場合に は , 司法次官の書面による許可を必要とする しかし , 2008 年 8 月には上述の連 邦地方裁判所の Stain 判決を支持した第二巡 回区控訴裁判所の判決では , さらに憲法修正 第 6 条の弁護人の依頼を受ける被告人の権利 保障に違反すると明示したため , 大きな衝撃 が司法実務界に走った 8 。そのため , 2008 年 8 月 , 司法省次官 Mark F ⅲ p が公表した次の メモには , 弁護士依頼者間秘匿特権等の放棄 に対しては特に慎重な姿勢が示されており , この特権の放棄は , 企業が自発的に行う場合 のみ認められ , 検察官が要求すべきではない ことが明記された 9 。さらに , 上記の裁判結 果を受けて , 会社に対し従業員・役員等の弁 護士費用の負担を控えるよう検察官が要求し てはならないとして , 連邦検察官の訴追アプ ローチに牽制を加えた。もっとも , Filip メモ では , これまで公表されたメモにおける企業 訴追の考慮事項に , 「企業の適時かつ自発的 Memo 「 andum tO Heads Of Depa 「 tment Components, United States AttO 「 neys F 「 om La 「「 y D. Thompson, Deputy AttO 「 ney Gene 「 al, enclosing Fede 「引 P 「 osecution Of Business O 「 ganizations (Jan. 20, 2008 ). United States v. Stein, 435 F. Supp. 2d 330 (). D. N. Y. 2006 ). Memo 「 andum tO Heads Of Depa 「 tment Components, United States AttO 「 neys F 「 om Paul J. McNulty Deputy AttO 「 ney Gene 「 al, enclosing P 「 inciples Of Fede 「引 P 「 osecution Of Business O 「 ganizations (JuIy. 05, 2007 ). 8 United States v. Stein, 541 F. 8d 1 80 ()d Ci 「 .2008 ). Memo 「 andum tO Heads Of Depa 「 tment Components, United States AttO 「 neys F 「 om Ma 「 k FiIip Deputy Attorney Gene 「 al, enclosing P 「 inciples Of Fede 「 P 「 osecution Of Business O 「 ganizations (AugUSt 28 , 2008 ). 9 7 6 5 134 ビジネス法務 2016.8
3 ロプリンターをめぐる 知的財産権の問題 芝綜合法律事務所 弁護士・弁理士牧野和夫 本稿では , 最近企業や家庭に普及してきた 3 D プリンターの製造・販売・利用に伴う 「知的財産権」の問題について検討を試みる。以下 , 「 3D プリンターの基本的な仕組みと 用途」「 3 D プリンターをめぐるこれまでの法律問題」「 3 D プリンターの製造・販売・利 用に伴う『知的財産権』の問題」の順で検討する。 3D プリンターの基本的な 仕組みと用途 3 D プリンター ( 3 D printer) とは , 次元の立体物を表すデータをもとに樹脂等の 材料を加工して造形をする装置をいい , 三次 元の立体物を造形することを , 3 D プリント ( 3 D printing) とよんでいる ( アビー株式 会社ウエプサイト ) 。基本特許の保護期間が 終了して低廉な製品が開発されるようになっ たといわれる。基本的な仕組みは , コンピュ ータ上で作った 3 D データを設計図として , その断面形状を積層していくことで三次元の 立体物を造形する仕組みであり , 幾つかの方 式がある。プラスチック等の固形材料を高温 で溶かし , ソフトクリームのようにノズルか ら材料を出力させながら一層ずつ積み重ねる ことで立体を造形する「熱溶解積層法」など がある ( アビー株式会社ウエプサイト ) 。 用途は製造・建築・医療・教育・航空字 宙・先端研究など幅広い分野で普及してい る。製造分野では , 製品・部品のデザイン検 討や機能検証のための試作の制作として , 建 築分野では , 顧客プレゼン用の建築模型の制 作として , 医療分野では , 内臓模型 , 補聴器 の制作 , 皮膚・関節の量産技術 , インプラン トに , 教育分野では , 教育ツールとして , 航 空字宙分野では , 宇宙での補給用部品の制作 に , 使用されている。低価格 3 D プリンター の登場に伴い , こうした業務用だけでなく , 趣味など個人利用 ( 写真から卓上模型を制作 するなど ) も増加している。精密度の向上 , 使用材料の多様化 , フルカラー化などの技術 向上により用途もさらに広がっている。 3D プリンターを巡る これまでの法律問題 銃の部品の図面をダウンロードして , 3D プリンターにより部品を作成することで , 殺 傷能力のある銃が制作されるという問題があ る。米国では 3 D プリンターで作製できる銃 114 ビジネス法務 2016.8
の中で重要なものは , 電子メールやデジタル ドキュメントについて , 保存のルールを定め て , 一定の期間が経過をした場合には完全に 消去してしまうというルールである。 HDD ( ハードディスクドライプ ) などの保存媒体 の単価が安くなってきているといったとして も , 企業活動に関連する情報を無尽蔵に , い つまでも保存していくということはあまり合 理性がない。通常の文書管理の仕組みに従っ て消去された場合 , そのデータが存在しない として提出ができなくても , e ディスカバリ ーの法的に問題を生じるわけではない ( いわ ゆるセーフハーバーである ) 。海外の企業に おいては , このルールを定めて厳格な運用が なされるのが一般である。もっとも , わが国 において , これをそのまま導入できるかとい うことについては , 2 つの問題がある。 1 つ は , わが国においては , 事案の解明のための 関連文書の保存が , 極めて長期間にわたって 求められているように思えることである。 の場合 , いままでの企業活動で , 一般に必要 とされるドキュメントを消去することをルー ルとして定めたとしても , 遵守されずに形骸 化するというリスクが生じる。これが第 2 の 問題となるが , 文書保存規定を有していたと してもそれに従っていなかった場合 , それを 有していないのと同様であるとして , このセ ーフハーバー規定の適用が否定されてしまう 可能性がある。これらの問題点を認識したう えで , 海外紛争に巻き込まれる可能性等など を考慮して , ドキュメント管理ポリシーの内 容を決め , 導入し , そのうえで遵守し , 実際 ( イ ) コンプライアンスプログラム に運用することが重要である。 めに , それを情報管理システムの中に実装し ムが求められ , そのプログラムを実現するた 対応しうるようなコンプライアンスプログラ 独占禁止法や腐敗防止法の要請に対しても デジタル証拠実務のための技術と法 ていくということが必要になる。 米国においては , 司法省におけるマニュア ル等によって , 特に企業による自発的な情報 開示や調査への協力 , 違反解消措置などの行 為を , 訴追要求や制裁措置の選択に際して , 判断の重要な要素とすることとしている。し たがって , 関連するドキュメントをただちに 特定し , レビューし , 分析し , 情報を開示・調 査に協力することが極めて重要なことになる。 ( ウ ) インシデント対応プログラム 情報漏えい事件などがあるのではないかと いう発見の契機を認識した場合に , 企業にお いては , 全社で一丸となって危機に対応する 緊急対応プログラムを発動させることになる。 その中で , とくに情報漏えい事案に対して のインシデント対応プログラムを準備してお くことは , 昨今 , 情報漏えい事件が , 新聞等 のメディアを大きく騒がしており , 世間の関 心も高いためきわめて重要である。情報漏え い事件については , 「事実確認と情報の一元 管理の原則」に従って , 事実関係を確認し , その事実関係をもとに種々の対応をなしてい くことが重要である。この事実関係について は , IT システムに関する種々のログや関係 者のメールなどが極めて重要な証拠となるの で , これらを緊急の場合において , 確実に確 保し , 分析できるように日頃から準備してお くことが重要になる。 高橋郁夫 ( たかはしいくお ) 駒澤綜合法律事務所所長・弁護士 , 株式会褪 T リサーチ・ アート代表取締役 , 宇都宮大学大学院工学部講師。情 報セキュリティ / 電子商取引の法律問題を専門として研 究する。法律と情報セキュリティに関する種々の報告 書に関与し , 多数の政府の委員会委員を務める。著書 に「テジタル証拠の法律実務 Q & A 」 ( 共著 , 日本加除 出版 , 201 5 ) , 「仮想通貨』 ( 共著 , 東洋経済新報社 , 2015 ) 。平成 24 年 3 月情報セキュリティ文化賞を受賞。 ビジネス法務 2016.8 113
デジタル証拠実務のための技術と法 2 紛争時における情報ガバナンスとデジタ ビジネス法務における ル証拠 デジタル証拠の論点 ( 1 ) 不正調査 不正調査は , 不正行為に対して , 事実を究 これらのデジタル証拠の性質が , 具体的 明し , 正当性を明らかにし , 適切な対応をす に , どのようにビジネス法務にあらわれてく るプロセスといえる。そこでは , 正確な事実 るのかを概括する。 に基づき , 透明性の原則に基づいて , 利害関 係者に対して適切な情報を開示し , 適切な措 1 情報ガバナンス 置をとることになる。不正行為とは , 一般的 企業の経営は , 限られた経営資源を有効に には , 「虚偽の事実を伝えまたは開示すべき 活用して , その経営目的を実現するものと考 義務真実を秘匿することによって他人を欺も えることができる。その経営資源の中の情報 うし , その者に損害を与えること」を指す。 に関する資源 ( 情報資産 ) の活用のための枠 具体的な不正行為としては , 会計不正 ( 粉飾 組みとプロセスを情報ガバナンスということ 決算等 ) ・従業員不正 ( 資産横領・背任 / 従 ができる。情報資産を中核に置き , それをど 業員による企業秘密漏えい / 賄賂・汚職 ) ・ のような目的・基本原則・細則で実現してい くかという枠組み ( ポリシー ) , その実現過 情報漏えいなどがある。 この不正調査において近時は , 内部調査委 程におけるリスクに対する対抗措置の体系 員会や第三者委員会の調査主体が , 会社の経 ( コントロール ) , 実現の程度を測定する枠組 営陣から独立の立場で調査を行うというアプ み ( メトリクス ) から構成されるということ がいえる。これを表したのが【図表】になる。 ローチが注目されている。現代においては , 調査の客観性をデジタル証拠の分析が支える この情報ガバナンスという視点の中で , デ というように実務が変わってきている。 ジタル証拠は , どのように位置づけられ , それ ぞれどのような論点があるのかが問題となる。 ( 2 ) 訴訟対応 以下 , 紛争時における論点と平時の場合にお 訴訟対応とは , 裁判所が , 海外である場合 ける論点とにわけて , 検討することにする。 であろうと国内である場合であろうと , ま 【図表】情報ガバナンスの枠組み Ⅱ 営標 経目 情報資産 教育 / トレーニング ドキュメント管理営業秘密管理 ポリシー ポリシー 基本原則 活用 緊急対応 プログラム 情報活用 プログラム リスク ビジネス法務 2016.8
タルデータが , うつろいやすいものであるこ とが可能になっている , ということを意味し と ( 非確定性 ) , 生成されるデータ自体が , ている。特に , デジタル証拠という観点から きわめて膨大になりつつあること , それ自 いうときに , データが多量に作成されている 体 , 可視性を有しないものであること , 形式 というのは , きわめて重要な意味を有する。 が多様であること , といった特徴を有してい ビジネスの過程で , 同種の書類が電子メール る。これらの特徴に対して適切に対応する必 によって複製されているのは , 実感している 要があるので , デジタル証拠については , 従 であろう。世界で作成されているデータ量 来の議論とは , 別個に論じるべき意義がある。 は , 毎年 40 パーセントの割合で増加すると考 えられ , 2020 年までには , 50 倍に達するとい う報道もなされている 3 。これらの大量のデ ( 1 ) 非確定性 デジタルデータは , 改変が容易で , その改 ータから , 効率的に事実認定の基礎となる資 変の痕跡が残らない。また , 情報の処理目的 料を発見するというのは , それ自体 , 1 つの に応じて , いろいろな形態にその形を変え , 課題ということになる。 また , いろいろなデータが付加されていくこ とになる。アクセスに関するログが日々作成 ( 3 ) 可視性のないこと / テータの多様性 されており , 保存容量の関係で古いものから デジタルデータは , それ自体 , 数値化した 削除されていくというのは , この代表的な例 状態で記録されており , そのままでは人間が である。ワープロソフトで作成された書類の 読み取って理解することができない。そのデ 上書き保存 1 つをとってみても , 従来の書類 ータが , 情報として処理されて初めて , ディ の破棄と新規文書の保存という機能の合成で スプレイに表示されたり , プリントアウトさ あり , 従来の文書が破棄されているので , も れたりすることによって人間によって見読す ともと , このような議論の段階では , このよ ることが可能となる。この事実は , もともと うな書類が作られていたはずだということを のデータが , 処理される過程を必要とするこ 正明するためには , 上書保存をしないような とにつながり , さらに処理の過程でのデータ 運用にしなくてはならない。また , セキュリ の消失 , 変更 , 追加などの問題とつながって ティの観点から , バックアップとしてテープ いくことになる。また , データ自体も多様な メディアにデータが保存される場合がある 形態で存在する。特定人の意思を表す文書も が , 一定の紛争が発生した場合に , そのよう あれば , 音声 , 映像も存在する。また , 文書 なバックアップメディアにも保存がなされて 1 っといっても , いわゆるテキストのメッセ いる可能性があるという認識は重要である。 ージから , 表計算 , プレゼンテーション形式 のもののようなものまで , きわめて多様な形 ( 2 ) データの爆発 態で存在するのである。 ビッグデータという用語が IT に関するキ これらの特徴を前提に , どのようにして物 ーワードの 1 っとして注目を浴びるようにな 事の判断の効率性と正確性を両立していくか ってきている。これは , データについて , ① というのが問題になる。 非常に多種・多様なデータが , ②きわめて多 量に生成され , ③それらを詳細に分析するこ 3 https: 〃 e27. co/worlds-data-volume-to-g 「 ow-40-pe 「 -yea 「 -50-times-by-2020-au 「 eus-201501 1 5-2 / 一三ロ、 110 ヒジネス法務 2016.8
( 2 ) 第 2 ステップ ( 個別合意書の締結 ) 機密情報に関する従業員の認識可能性を担 保するためには , 就業規則によるルール化に 加えて , 従業員との間で , 個別に , 秘密保持 【合意書文例】 に関する合意書を締結することが重要であ る。これにより , 漏えいの心理的な抑止効果 も期待できる。 秘密保持に関する合意書 株式会社〇〇 ( 以下「甲」という。 ) と , 従業員〇〇 ( 以下「乙」という。 ) とは , 乙の【甲へ の入社 / 〇〇部への異動 / 甲からの退職】にあたり , 以下の事項を合意した。 1 乙は , 甲在職中 , 及び退職後も , 以下に定める甲の経営上 , 営業上または技術上の情報 ( 以 下「秘密情報」という。 ) について , 厳重に秘密を保持し , 甲の事前の許可なく , いかなる方法 によっても開示または漏えいしない。 ( 1 ) 甲の商品またはサービスの企画・開発・設計にかかる資料・マニュアル等の情報 ( 2 ) 甲の顧客 , 及び取引先 ( 以下「顧客等」という。 ) の名称・氏名・住所・連絡先等 , 及び顧 客等との取引内容・取引予定に関する情報 ( 3 ) 甲が第三者に対して秘密保持義務を負担する情報 ④甲の役職員及び株主に関する個人情報 ( 5 ) その他 , 甲が秘密として別途管理・指定した情報 2 乙は , 【配置転換時 / 退職時】においては , 自己が保有する秘密情報を含むテータ , 書類その 他一切の資料について , 甲の指示に基づき , 廃棄・消去または返却の措置を講じなければなら 【ボイント】 ①合意書を締結するタイミングには , 採用時 , 異動やプロジェクト参画時 , および , 退職時等 がある。文例は , 締結時期に応じて【】内を変更のうえで , 活用されたい。 ②合意書を締結する時期ごとに , 従業員が接する情報も異なる。そのため入社時に締結する合 意書では就業規則の定めをベースに秘密として取り扱う情報を特定し , その後は , 締結の時期 に応じて , 秘密保持の対象とする情報を追加しておく必要がある。 2 実効性ある調査の準備 ( 1 ) 第 1 ステップ ( モニタリングの定め ) 情報漏えいが生じた際にいっ・誰が情報を 持ち出したかを調査する場合 , 業務上使用さ れるパソコン等の情報端末やサーバー内のデ ータ ( ログ記録等 ) が , 重要な資料となる。 6 富士重工事件・最判昭 52.12. ] 3 労判第 287 号 7 頁。 そこで , そのようなデータを速やかに確保す る方策として , モニタリングの導入を検討す るべきである。 ただし判例上 , 従業員は会社の不正調査に 対して , 無制限には調査義務を負わない , と されており 6 , しかも情報端末内には , 従業 106 ビジネス法務 2016.8
れるかを示しておらず , 情報漏えい対策の指 標として使い勝手が悪いとの指摘があった。 そこで , 経済産業省は , 平成 27 年 1 月 28 日 , 管理指針を全面改訂し , 「営業秘密」として 法的保護の対象となるための最低限度の基準 と , そのために必要となる管理措置を示した 営業秘密管理指針 ( 以下「新管理指針」とい う ) を公表した 1 。 従来の管理指針では , 「秘密管理性」が認 められるためには , 従業員等アクセスした者 にそれが秘密であると認識できるようにされ ていること ( 認識可能性 ) ( ① ) のみならず , 情報の秘密保持のために必要な管理をしてい ること ( アクセス制限 ) ( ② ) の 2 つの要件 を満たすことが必要とされていた。 しかしながら , 「秘密管理性」の要件とし て , 従業員等が秘密であると認識できる以上 に強固な管理措置が講じられていることを要 求することには , 企業の機密情報の多くが 「営業秘密」として保護されず , しかも円滑 な情報の活用が阻害される弊害があった。 そこで , 新管理指針では , 「秘密管理性」 が認められるためには , 従業員等アクセスし た者にそれが秘密であると認識できるように していること , すなわち , 認識可能性 ( ① ) があることが必要 ( かっ十分 ) であることが 明確に示された。 3 「秘密管理性」に関する裁判例の動向 管理指針が策定された平成 15 年 1 月から , 平成 19 年 4 月頃までは , 従業員の認識可能性 を担保するレベルを超えた , 秘密保持のため に高度な管理措置が講じられていないことを 理由に「秘密管理性」を否定する裁判例が多 く見られた。 機密情報を守る人事労務管理 しかしながら , 大阪地裁平成 19 年 5 月 24 日 判決 2 以降の裁判例では , 従業員の「認識可 能性」の有無によって「秘密管理性」の有無 が判断される傾向が強い 3 4 まとめ 以上のように , 近時は , ガイドラインと裁 判例の両者とも「秘密管理性」を従業員の認 識可能性の有無を中心に判断している。そこ で , 機密情報が「営業秘密」として法的保護を 受けるためには , 従業員の認識可能性を担保 することが不可欠であり , そのような視点に 立った人事労務管理面の対策が必要となる。 ール ( 就業規則 ) を整備し ( 第 1 ステップ ) , これらの対策は , 従業員の就労に関するル ③従業員へのアナウンス ②実効性ある調査を行うための準備 ①秘密保護に向けた義務の設定 に取り組むべき対策は , 次の 3 つである。 情報漏えいを防止し , 法的保護を得るため 進め方 機密情報を守る人事労務管理の 定め , 従業員が認識できるようにすべきであ まず , 秘密として管理する情報を服務規律に 従業員の認識可能性を担保するためには , 分・退職金不支給の定め ) ( 1 ) 第 1 ステップ ( 秘密保持義務と懲戒処 1 秘密保護に向けた義務の設定 具体的な対策は , 次の通りである。 ップ ) , という 2 段階で導入するべきである。 ルールを補強する措置を実施する ( 第 2 ステ 1 基準を超えた , 情報漏えい対策として望ましい措置は , 平成 28 年 2 月 8 日公表の「秘密情報の保護ハンドブック」において 示された。 2 水門開閉装置事件・判時 1 999 号 1 29 頁参照。 3 田村善之「営業秘密の秘密管理性要件に関する裁判例の変遷とその当否 ( その 1 ) ( その 2 完 ) 」知財管理 64 巻 5 号 621 頁 , 6 号 787 頁参照。 ビジネス法務 2016.8 103
をふまえて , 報告書は , 株主総会議案の十分 な検討期間を確保するため , 適切な株主総会 日程の設定や事業報告・計算書類等の早期提 供 , さらに有価証券報告書の早期開示等を行 うなどの取組みを進めることにより , 株主と の建設的な対話を充実させていくことが望ま しいと指摘している。そして , このような取 組みを後押しするために , 各企業による適切 な株主総会日程の設定に関して選択肢が広が るよう , 以下のような方策が提言されている。 ( 1 ) 株主総会日程の柔軟化のための開示の見 直し まず , たとえば 3 月決算の会社が 7 月に株 主総会を開催することで対話期間を確保する オプションが指摘されている。この場合議決 権行使基準日は決算日より遅い日となる 2 が , 有価証券報告書および事業報告では , 決 算日の「大株主の状況」および「上位 10 名の 株主の状況」を記載することとされている結 果 , 議決権行使のための株主の確定とは別 に , 大株主の状況等を開示書類に記載するた めに株主を確定しなければならず , 全体とし て事務負担が増加するおそれが指摘されてい た。そこで , これらについては株主総会での 意思決定に重要な影響を及ほしうる者を開示 させている事項と考え , 議決権行使基準日を 有価証券報告書および事業報告における大株 主の状況等の記載時点にすべきことが提言さ れている。 ( 2 ) 事業報告・計算書類等の電子化の促進 また , 書類の印刷・郵送に係る時間などを 省くことで , 事業報告・計算書類等を早期に 株主に提供することも指摘されている。この 点現行制度上は , 株主から事前に同意を得ら れれば , 事業報告・計算書類等のすべてを電 子的に提供することが可能であるが , 株主の 事前同意がない場合 , 電子的に提供可能な書 類は , これらのうち株主資本等変動計算書・ 個別注記表など一部の書類に限られる。事前 の同意なしに電子的に提供可能な書類の範囲 を拡大すれば , 印刷に要する時間を短縮で き , 株主総会議案の十分な検討期間の確保 や , 事業報告・計算書類等の作成・監査の時 間の拡大に繋がるなどのメリットがある一 方 , デメリットとして , 個人の議決権行使率 の低下やデジタルデバイド ( 情報格差 ) の問 題を招くおそれがある。報告書では , 事前の 同意なしに電子的に提供可能な書類の範囲を 拡大することが望ましいが , デメリットに対 しては各企業や株主の状況に応じた配慮が必 要であると指摘されている。 朝非財務情報の開示の充実 有価証券報告書では , 公益または投資者保 護のため必要かっ適当な事項を記載すること が求められているが , 近年 , さまざまな情報 に対する投資者等ステークホルダーのニーズ に応えるため , 多くの企業が , CSR ( 企業の 社会的責任 ) 報告書や環境報告書等 , 多様か つ専門的な非財務情報を任意的に開示するよ うになっている。これに対して , 非財務情報 の内容によっては , 制度上開示を義務づける 可能性も考えられるが , 有価証券報告書は , 虚偽記載について刑事罰等の厳重な制裁があ ることや , 投資判断のために真に重要な情報 をわかりやすく開示する必要があることにも 鑑み , 意見書はその義務づけについて慎重に 検討すべきと指摘している。 また , 特に海外機関投資家を中心に , 複数 の開示書類で開示されている情報を 1 つにま 2 株主総会の開催日を決算日の翌日から 3 カ月以上後の日とすると , 決算日から株主総会の開催日までの期間が 3 カ月を超える こととなり , 議決権行使基準日を決算日に設定することができなくなる。 90 ビジネス法務 2016.8
開示制度見直しのポイント郞 なっている。このような実務をふまえ , 必ず しも同ひな型に即さなくとも , 当該規則の記 載事項と有価証券報告書の記載事項に共通の 己載を行うことが可能であることを明確化す べきと指摘する。これにより , 事業報告・計 算書類および有価証券報告書における内容の 相互参照性が生じ , 開示時点を合わせること により両者を実質的に一体化して作成・開示 することがより容易となる点もあわせて指摘 された。 ( 3 ) 有価証券報告書 報告書は , 有価証券報告書の役割に照ら し , 次のような整理・合理化を行うととも に , 対話に資する開示内容の充実を図ること が適当である旨指摘している。 まず , 決算短信で記載を削除すべきと指摘 された経営方針については , 投資判断に必要 かつ重要な情報であり , 対話に資する情報で もあるため , 有価証券報告書に記載すべきと されている。また , 事業報告の「上位 10 名の 株主の状況」では , 所有割合の算定の基礎と なる発行済株式について , 大株主の議決権に 着目して自己株式を控除しているのに対し , 有価証券報告書の「大株主の状況」では , 流 通市場への情報提供等の観点から自己株式を 控除していない点について , 自己株式の数に 係る情報は「議決権の状況」等でも開示され ていることを考慮すると , 有価証券報告書に おける「大株主の状況」においても , 発行済 株式から自己株式を控除することで事業報告 との共通化を図るべきとされている。 そして , 現行の有価証券報告書において内 容が重複している以下の部分の合理化を図り つつ , 本来意図されていた開示をより充実さ せることが提言されている。 (i) 「財政状態 , 経営成績及びキャッシュ・ フローの状況の分析 (Management Discussion and Analysiso 以下「 MD&A 」 という ) 」との記載の重複が見られる「業 績等の概要」および「生産 , 受注及び販 売の状況」は , 「 MD&A 」における分析・検 討の基礎情報としても位置づけられるた め , 「 MD&A 」に経営成績およびキャッシ ュ・フロー ( 以下「経営成績等」という ) の状況 ( 生産 , 受注および販売の状況を 含む ) の概要およびその分析・検討内容 を記載して各項目を統合すべきである。 ( ⅱ ) 経営成績等の状況の概要の記載に当た っては , 事業全体およびセグメント別の 経営成績等の客観的な状況 ( 実績値 ) を 己載すべきである。 ( ⅲ ) 経営成績等の状況の分析・検討の記載 に当たっては , 事業全体およびセグメン ト別の経営成績等に重要な影響を与えた 要因について経営者の視点による認識と 分析などを記載し , また , その際経営者 が , 経営方針・経営戦略等の中長期的な 目標に照らして , 経営成績等をどのよう に分析・評価しているかを記載できるこ とを明確にすべきである。 (iv) 従来 , 「ライップランの内容」では買収 防衛策として発行された新株予約権であ ることを , 「ストックオプション制度の内 容」では役職員の報酬として発行された 新株予約権であることを , それぞれ投資 者に明確にするために別個に記載してい たが , その後の各制度の定着状況等をふ まえると , 「新株予約権等の状況」を含め たこれら各欄を統合することで開示項目 を合理化すべきである。 3 対話の促進に向けた開示の日程・手続の あり方 株主との建設的な対話促進という要請や , 機関投資家等からのニーズおよび国際的動向 一三ロ 一三ロ 89 ビジネス法務 2016.8
役割 1 をふまえて記載内容を整理し , 同種・ 情報ではないことから , 有価証券報告書にお 同様の開示項目および内容について記載を共 いて記載すべきことがあげられている。 通化・合理化するとともに , 対話に資する企 他方で , 短信による情報開示の意義が速報 業情報の開示の充実を図るべきことが指摘さ 性にあることに鑑み , その内容については可 能な限り自由度を高めるべきことも指摘され れている。 ている。すなわち , 証券取引所が短信への記 ( 1 ) 決算短信および四半期決算短イ 載を要請する事項を , サマリー情報 , 経営成 決算短信および四半期決算短信 ( 以下あわ 績・財政状態・今後の見通しの概況ならびに せて「短信」という ) については , 速報とし 連結財務諸表および主な注記に限定し , その ての性格が形骸化しているのではないかと指 他は企業が任意に記載できることとするな 摘されてきた。報告書は , 短信の目的・役割 ど , 義務的な記載事項および記載を要請する に即し , 次のような整理・合理化を行うべき 事項を可能な限り減らし , それぞれの企業の と指摘している。 状況に応じた開示を可能とすべきと指摘して 上場会社の決算情報は , 決算内容が定まっ いる。さらに , 制度上投資者の投資判断を誤 たときにただちにその内容を開示することが らせるおそれがない場合には , 短信の開示時 義務づけられている一方で , 決算短信につい 点では連結財務諸表の開示を行わなくともよ ては , 約 4 割の上場会社が監査後に公表して いこととし , 開示可能になった段階で連結財 おり , また , 四半期決算短信については四半 務諸表を開示することを認めることなども提 期レビューを待ってから開示されているのが 言されている。 現状である。このため報告書は , 短信による 情報開示の意義が速報性にあることを再確認 ( 2 ) 事業報告・計算書類 し , 短信公表前に監査および四半期レビュー 事業報告・計算書類の記載事項の多くは , が終了している必要はないことを改めて明確 有価証券報告書で提供される投資者の投資判 にすべきと指摘している。そして , 短信の早 断のための情報と同種の事項となっている。 期提出を促す観点から , 短信では速報性が求 この点 , 事業報告・計算書類の開示内容を められる項目のみを開示することとし , 速報 規定している会社法施行規則および会社計算 性がそれほど求められない項目については , 規則は , 各書類の様式や事業報告に関する記 有価証券報告書および四半期報告書で記載す 載の詳細について定めていないため , 企業 ることとすべきと提言している。一例とし は , 経団連の提供する「会社法施行規則及び て , 現在 , 決算短信に記載されている経営方 会社計算規則による株式会社の各種書類のひ 針については , 必ずしも速報性が求められる な型」に即して開示している例が多い状況と 1 3 つの開示制度は , 次のような目的・役割を有している。 ①取引所規則 ( 決算短信 ) : 重要な会社情報を投資者に対して迅速かっ公平に提供することで , 健全な証券市場の形成に寄 与し , もって投資者保護に資するもの。 ②会社法 ( 事業報告・計算書類 ) : 所有と経営の分離により会社の財務状況等を一般に知ることが困難である株主に対して , 会社の会計や事業活動の経過および成果を報告し , 議決権等の権利行使をする際の重要な判断材料を提供するとともに , 原則 として会社財産が唯一の引当となる会社債権者に対して , 会社の財務状況等を正しく判断できるようにするための情報を提供 しもって株主および会社債権者の保護に資するもの。 ③金融商品取引法 ( 有価証券報告書 ) . 投資者の投資判断に必要かつ重要な情報を提供することで , 金融商品取引等の公正 を確保し , 有価証券の流通を円滑にするほか , 資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り , も って投資者保護に資するもの。 88 ビジネス法務 2016.8