かっ会社の依頼を受けた弁護士が資料の分析 や他の役職員のヒアリング等 , 徹底的な事実 調査を行う場合と比べ , 役職員個人の依頼を 受けた弁護人が調査可能な範囲・程度は限ら れているため , 仮に当該役職員の主張が虚偽 の内容や事実の誇張を含んでいたとしても , 弁護人がそれを看破できずに合意を成立させ るべく行動してしまう危険性が存在すること は否定できない。そのような場合 , 捜査機関 が会社の上層部の関与の有無 , 程度等につき 実態とは異なる事実を認定し , 本来法人とし て起訴されるべきでない事案で会社が起訴さ れたり , 裁判でより悪質な組織的犯罪と評価 され , 適正なレベルを超えた重い刑罰が会社 に科されたりする事態となりかねない。 そこで , このような事態を回避するために は , 上記 ( 1 ) 記載の徹底した事実調査の結果を ふまえ , 会社として , 役職員の弁護人に対 し , 会社による事実調査の結果等 , 当該役職 員の主張の真実性を吟味するために必要な情 報を共有し , 役職員の弁護人と連携・協議す ることが重要であり 7 , 想定事例において , XI らの弁護人が選任された場合には , 社 は , 上記目的から , 当該弁護人との連携・協 議を検討すべきである。 従前より , 会社の役職員に対する捜査が行 われた場合に , 会社の調査結果をふまえて会 社側と役職員の弁護人との間で連携・協議を 行う実務は存在するが , 合意制度の導入によ り , そのような連携・協議の必要性は一層高 まると考えられる。しかし , 役職員および会 社に対して刑罰が科される可能性のある状況 下において , 役職員相互間 , または役職員と 会社との間で利害対立が顕在化することも少 なくないと考えられ , そのような場合には連 司法取引導入で変わる企業の不正発覚後の対応創 など。東京大学法科大学院修了。 祥事対応ベストプラクティス」 ( 共著 , 商事法務 , 2015 ) に携わる。 2014 年公認不正検査士資格取得。著書に「不 危機管理 , 倒産・事業再生 , 訴訟等広く企業法務一般 坂尾佑平 ( さかおゆうへい ) スクール卒業 (LL.M. )。 慶應義塾大学法学部法律学科卒業 , デューク大学ロー 第一東京弁護士会・金融商品取引法研究部会副会長。 経験を生かし , 多くの危機管理・不祥事対応に携わる。 検察庁および証券取引等監視委員会での捜査・調査の 垰尚義 ( たおたかよし ) みを整備・運用することが必要である。 う , 有効な内部監査や内部通報制度等の仕組 対応に向けて事前に十分に準備ができるよ 早期に発見し , 合意制度を利用した刑事事件 に , 万が一 , 不正が行われた場合でもそれを プライアンス体制を整備・運用するととも の発生を避けるべく , 不正防止のためのコン 員による刑事事件への関与が疑われる事態 ) より合意制度が利用されるような事態 ( 役職 ことが望ましい。そして , 何よりも役職員に 事事件対応の変化を見越した準備をしておく つ , 今後の議論をフォローし , 施行 8 後の刑 会社としては , 合意制度の内容を理解しつ おわりに じるケースも増えてくると予想される。 り専門的かっ戦略的な助言を受ける必要が生 る場合には会社自体の弁護人 ) を選任し , よ 制度の実務に精通した弁護士 ( 両罰規定があ る難局に対応するために , 会社として , 合意 携・協議が難航することも想定される。かか 7 役職員の弁護人との連携・協議の目的は , 事案の実態に即した適切な刑事手続を実現させることであり , 弁護人との連携・協 議に当たっては , 当然のことながら , 搜査機関に証拠隠滅等の疑いを持たれないよう留意する必要がある。 8 改正刑事訴訟法のうち , 合意制度に関する部分の施行日は公布日 ( 平成 28 年 6 月 3 日 ) から起算して 2 年を超えない範囲内 において政令で定める日とされている。 ビジネス法務 2016.8 57
第三者割当による海外企業買収時の留意点郞 書と同様の構成・内容をベースとしつつ , 対 いても , クロージングに向けた準備の中で , 価として上場株式を用いることから , 対価の 売主における準備状況を確認しておくべきで 支払に関する規定 , 表明保証事項や誓約事項 あろう。 ( コペナンツ ) には工夫が必要と思われる。 3 クロージング 特に , 売主が日本法の知識のない外国人・外 国法人である場合には , 丁寧なドラフティン クロージングにおいては , ターゲットであ グが求められよう。 る海外企業の株式を買主に移転してもらうこ 前述の金商法上の募集規制の適用がない場 とによって , 売主に対して買主の上場株式が 合には , 買収契約の締結と同時に適時開示を 発行され , 交付される。法的な仕組みとして 行い , クロージングに向けて第三者割当増資 はシンプルではあるものの , 振替口座への記 の手続を進めていくこととなろう。 録のタイミング ( 払込期日の翌営業日から起 他方で , 募集規制の適用がある場合には , 算して 2 営業日目 ) など , クロージングのロジ 前述のとおり , 有価証券届出書の届出の効力 スティクスについては , 売主との間で , 事前 が発生するまでは , 売主との間で募集株式の に十分な調整や説明をしておくべきであろう。 引受けについての確定的な合意を行うことが 禁止されるため , 買収契約締結のタイミング には留意が必要である。実務上大変悩ましい 問題であるが , かかる規制の下では , 新株式 を引き受ける確定的な合意を含む買収契約の 以上のとおり , 上場株式の現物出資による 締結自体は , 有価証券届出書の届出の効力発 第三者割当を利用した海外企業の買収は , 国 内外の法令等をふまえた慎重な検討が必要で 生後に行うこととせざるをえないように思わ れる。この場合には , 第三者割当および海外 はあるものの , 技術的な難易度は決して高く 企業の買収に関する意思決定後 , ただちに有 はなく , 比較的シンプルな手法といえよう。 価証券届出書を提出するとともに適時開示を 前例はごく少数であるものの , 既存事業に当 行い , 届出の効力が発生してから買収契約を 面の間資金を集中させつつ海外での事業拡大 締結し , クロージングを行うというやや変則 を図りたい上場会社 ( 特に比較的規模の小さ 的な流れとなろう。 い上場会社 ) にとっては , 一考の価値のある 買収案件が公表された後もしばらくの間は 手法と思われる。また , 同様の手法は自己株 買収契約が締結されない状態が続くことにな 式の処分によっても可能であり , 金庫株の取 り , この点に海外の売主が不安を持っことも 扱いを検討している上場会社にとっては , そ 考えられる。買収契約の締結に先行して行わ の積極的な活用策として検討の対象となりえ よう。本稿が , そのような会社の参考になれ れる適時開示によって案件が公表されること で , 事実上 , 上場会社として後戻りは困難と ば幸いである。 なることを説明することも一案であろう。 飯谷武士 ( いいたにたけし ) 弁護士・ニューヨーク州弁護士。 2008 年に弁護士登 録し複数の外資系法律事務所を経て , サウスゲイト 2 売主で準備しておくべき事項 法律事務所・外国法共同事業の創業メンバーとして同 証券会社における振替口座の開設など , 外 事務所に参画。国内・クロスポーダーの M & A のほか , 会社法・金融商品取引法・倒産法等の企業法務を幅広 国人・外国法人である売主において事前に準 く取り扱っている。 備しておくべき事項も少なくない。買主にお 一三 131 ビジネス法務 2016.8
をふまえて , 報告書は , 株主総会議案の十分 な検討期間を確保するため , 適切な株主総会 日程の設定や事業報告・計算書類等の早期提 供 , さらに有価証券報告書の早期開示等を行 うなどの取組みを進めることにより , 株主と の建設的な対話を充実させていくことが望ま しいと指摘している。そして , このような取 組みを後押しするために , 各企業による適切 な株主総会日程の設定に関して選択肢が広が るよう , 以下のような方策が提言されている。 ( 1 ) 株主総会日程の柔軟化のための開示の見 直し まず , たとえば 3 月決算の会社が 7 月に株 主総会を開催することで対話期間を確保する オプションが指摘されている。この場合議決 権行使基準日は決算日より遅い日となる 2 が , 有価証券報告書および事業報告では , 決 算日の「大株主の状況」および「上位 10 名の 株主の状況」を記載することとされている結 果 , 議決権行使のための株主の確定とは別 に , 大株主の状況等を開示書類に記載するた めに株主を確定しなければならず , 全体とし て事務負担が増加するおそれが指摘されてい た。そこで , これらについては株主総会での 意思決定に重要な影響を及ほしうる者を開示 させている事項と考え , 議決権行使基準日を 有価証券報告書および事業報告における大株 主の状況等の記載時点にすべきことが提言さ れている。 ( 2 ) 事業報告・計算書類等の電子化の促進 また , 書類の印刷・郵送に係る時間などを 省くことで , 事業報告・計算書類等を早期に 株主に提供することも指摘されている。この 点現行制度上は , 株主から事前に同意を得ら れれば , 事業報告・計算書類等のすべてを電 子的に提供することが可能であるが , 株主の 事前同意がない場合 , 電子的に提供可能な書 類は , これらのうち株主資本等変動計算書・ 個別注記表など一部の書類に限られる。事前 の同意なしに電子的に提供可能な書類の範囲 を拡大すれば , 印刷に要する時間を短縮で き , 株主総会議案の十分な検討期間の確保 や , 事業報告・計算書類等の作成・監査の時 間の拡大に繋がるなどのメリットがある一 方 , デメリットとして , 個人の議決権行使率 の低下やデジタルデバイド ( 情報格差 ) の問 題を招くおそれがある。報告書では , 事前の 同意なしに電子的に提供可能な書類の範囲を 拡大することが望ましいが , デメリットに対 しては各企業や株主の状況に応じた配慮が必 要であると指摘されている。 朝非財務情報の開示の充実 有価証券報告書では , 公益または投資者保 護のため必要かっ適当な事項を記載すること が求められているが , 近年 , さまざまな情報 に対する投資者等ステークホルダーのニーズ に応えるため , 多くの企業が , CSR ( 企業の 社会的責任 ) 報告書や環境報告書等 , 多様か つ専門的な非財務情報を任意的に開示するよ うになっている。これに対して , 非財務情報 の内容によっては , 制度上開示を義務づける 可能性も考えられるが , 有価証券報告書は , 虚偽記載について刑事罰等の厳重な制裁があ ることや , 投資判断のために真に重要な情報 をわかりやすく開示する必要があることにも 鑑み , 意見書はその義務づけについて慎重に 検討すべきと指摘している。 また , 特に海外機関投資家を中心に , 複数 の開示書類で開示されている情報を 1 つにま 2 株主総会の開催日を決算日の翌日から 3 カ月以上後の日とすると , 決算日から株主総会の開催日までの期間が 3 カ月を超える こととなり , 議決権行使基準日を決算日に設定することができなくなる。 90 ビジネス法務 2016.8
LEGAL HEADLINES 業務に伴う責任の程度の差はなく , 会社が業務の れる予定である。また , 同時にドローンに携帯電 都合により勤務場所や業務の内容を変更すること 話等を搭載して使用する試験局を導入するための がある点でも差がないこと , 職務遂行能力に差が 電波法施行規則 , 電波法関係審査基準の改正に係 ないこと等を指摘し , このような状況の下で賃金 る意見公募も開始された。いずれも意見募集期間 に差を設けることは , これを正当化すべき特段の ( 林浩美 ) は 6 月 13 日までである。 事情がない限り ( 当該事案ではこのような特段の 事情はないと判断 ) , 不合理なものとの評価を免 金融審「市場ワーキング・グループ」 れないとした。そのうえで , 労働契約法 20 条が 第 1 回が開催 単なる訓示規定ではなく民事的効力を有する規 定であることを前提に , 当該従業員らについて 5 月 13 日 , 金融審議会「市場ワーキング・グル の賃金の定めは労働契約法 20 条に違反し , この ープ」第 1 回が開催された。市場ワーキング・グ ような労働条件の定めはその効力を有しないと ループは , 情報技術の進展等の市場を取り巻く環 判示している。 境の変化をふまえ , これに関する諸問題について 定年後の再雇用制度は広く取り入れられてお 幅広く検討を行うものととされている。第 1 回で り , かかる制度における労働条件の設定等企業実 は , 取引の高速化 , 取引所外の取引 , 取引所の業 務に影響を与えるものとして注目に値する。 務・自主規制機能 , ETF 等の投資商品の提供お ( 金丸祐子 ) よびフィデューシャリー・デューティーが各論と して取り上げられた。また , 同日から , 市場ワー キング・グループで取り扱う論点に関し意見募集 厚労省 , 「事業譲渡及び合併に伴う労働関 も開始された。今後 , どのような議論が行われる 係上の取扱いについて会社等が講ずべき措 ( 峯岸健太郎 ) かが注目される。 置等に関する指針を定める件案」等の バブコメを開始 東京地裁 , 定年後の再雇用において 5 月 16 日 , 厚労省は , 「事業譲渡及び合併に伴 定年前と同一業務を行う場合には う労働関係上の取扱いについて会社等が講ずべき 同一賃金を支払うべきとの判断 措置等に関する指針を定める件案 ( 仮称 ) 」のパ プコメを開始した。 5 月 13 日 , 東京地裁は , 定年退職した後に会社 今回策定が予定されている指針は , 会社等の使 との間で期間の定めのある雇用契約 ( 以下「有期 用者が事業譲渡や合併を行うに当たり , 事業譲渡 雇用契約」という ) を締結して就労している従業 における労働契約の承継に必要な労働者の承諾の 員が , 正社員との間に不合理な労働条件の相違が 実質性を担保し , 労働者全体および使用者との間 存在することを理由に , 労働契約法 20 条に基づき での納得性を高めること等により , 事業譲渡等の 労働条件の無効を主張し , 会社に対して正社員と 円滑な実施および労働者の保護に資するよう , 使 同じ就業規則の基準に基づいて算出した賃金を請 用者が留意すべき事項を示すものである。今年 4 求した事案において , 請求を認容する判決を下し 月 13 日に取りまとめられた「組織の変動に伴う労 た ( 以下「本判決」という ) 。 働関係に関する対応方策検討会報告書」の内容を 当該事案は , 一般貨物運送事業を営む会社にお ふまえて策定されている。 いて , 定年後の再雇用制度に基づいて有期雇用契 指針の内容は , 事業譲渡および合併それぞれの 約を締結し , これに基づいて就労している従業員 場面において留意すべき事項に分けて定められて 3 名が会社を提訴した事案である。本判決は , 当 おり , 特に , 事業譲渡において留意すべき事項に 該従業員と正社員との間に業務の内容および当該 ニ一口一 ビジネス法務 2016.8 9
演習問題 2 級 ウ . 事業に使用される労働者は , 地位 , 雇用形態 , 勤続年数にかかわらず , 労働者と認められ る限り , 労災保険の適用の対象となる。 ェ . 事業主の同居の親族は , 労災保険の適用対象とはなりえない。 オ . 不法就労している外国人労働者は , 労災保険の適用対象とはなりえない。 ①アイウ②アイエ③アウェ④イウォ⑤イエオ 原則としてすべての労働者が労災保険の適用対象となるが , 事業主の同居の親族や 外国人労働者など , 労災保険の適用対象となるか否かが微妙な労働者もいる。特別な 場合だけ覚えておけばよい。 攻略 ポイント 【解説】 本人または事業主が保険料を負担し , 労働 者の病気・高齢・失業・業務上災害などに対 して保険給付を行うという制度を社会保険と いい , 労災保険はその 1 つである。 ・・・〇 : 本肢の記述のとおり ( 労災保険法 2 条の 2 ) 。なお , 労災保険法の目的は , 業務 上の事由や通勤による労働者の負傷 , 疾病 , 障害 , 死亡等に対して , 迅速かっ公正な保護 を行うため , 必要な保険給付を行い , あわせ て業務上の事由や通勤により負傷し , または 疾病にかかった労働者の社会復帰の促進 , 当 該労働者およびその遺族の援護 , 適正な労働 条件の確保等を図り , 労働者の福祉の増進に 寄与することである ( 労災保険法 1 条 ) 。 イ・・・・・・〇 : 労働災害が生じた場合の補償につ いては , 労働基準法により災害補償制度が設 けられている。ただし , これは使用者による 補償であるので , 使用者の補償能力によって は補償が確実であるとはいえない。そこで , 補償が確実に行われるようにするために , 労 角牟 災保険制度が設けられ , 労働者を 1 人以上使 用している事業者は加入義務が課せられ , 保 険料は全額事業主が全額負担する。労災保険 の適用の単位は事業である。 ウ・・・・・・〇 : 本肢の記述のとおり。労災保険 は , 原則として労働者が使用されるすべての 事業に適用される。事業の種類や規模のいか んを問わない。 工・・・・・・ x : 事業主の同居の親族は , 原則とし て労災保険の適用対象とならない。ただし , 一般事務や現場作業等で働いており , 就労の 実体や賃金 , 労働時間等が , 就業規則により その事業場の他の労働者と同様に管理され , かっ業務を行うにつき , 事業主の指揮命令に 従っていることが明確である場合に限り , 労 災保険の適用対象者となる。 オ・・・・・・ x : 短期滞在者以外の外国人労働者 は , 不法就労者であっても労災保険の適用対 象となる。なお , 研修生として受け入れてい る場合は , 労災保険の適用対象とならない。 答 ① ビジネス法務 2016.8 155
Law の論点 も効力は生じないのは当然である。これに対 商号続用責任規制 ( 会社法 22 条 ) はどう解釈されるべきか し , 冒頭の事例で譲渡人 A の債権者 X が , 譲 受人 Y による「債務引受け」のないことを知 っている場合でも , 22 条 1 項の規定ぶりでは 請求できることになっている。以下 , 事業譲 渡を中心に本条 1 項に関する従来の議論から 検討しよう。 1 譲渡会社の商号続用と譲受会社の無限責 任 これについては , 日本法の母法ドイツ商法 25 条に係る議論が参考となる。また , 2005 年 のオーストリア企業法典 38 条 1 項 1 文が , 商 号続用基準によるドイツ商法典から離れ「商 号続用」基準を棄てた。すなわちドイツ商法 典 25 条 1 項に相当する規定に代えて , 任意規 定ではあるが , 事業譲受人が事業を継続する 場合 , 商号続用の有無にかかわらず , 譲受人 は譲渡人の事業に係る債務を引き受ける旨の 規定が新設された 1 。このオーストリア法の 規制は , 日本法の解釈論・立法論にも参考と なる。 2 企業再建と第ニ会社方式の活用 第二会社方式は , 破綻した会社の事業を事 業譲渡や会社分割によって別会社に承継さ せ , もとの会社は特別清算手続等で清算して 実質的に債権放棄を受けるスキームである。 あるいは , スポンサー企業に事業を移さず , 旧会社の経営陣が第二会社として新会社を設 立し , 自己が事業を承継する自主再建もあ る。この場合は , しばしば新旧両会社は「実 質上同一」であると評価される傾向にあるた ここに旧会社の債権者が新会社に対して め , 旧会社の債権につき責任を追及するという背 景が認められる。 弁済を免れる目的で , 債務だけを残して事 1 高橋英治「判例評釈 ( 屋号続用 ) 」金判 ] 342 号 6 頁参照。 業を移転する詐害的な行為は許されるべきで ない。しかし , 債務の弁済を目指して , 企業 の過剰債務を解消して事業の継続やその円滑 な承継を図るため , 経営困難に陥っている会 社が , 事業譲渡や会社分割によって採算部門 を第二会社に移転させ , 新たな資金提供者や 企業承継者などのスポンサーを求めて事業再 生を実現するというような第二会社の活用は 健全な行為と評価できる。企業の健全な再建 には , 再建すべき旧会社の債権者保護と会社 再生の実現とを両立させることが求められ る。債務の弁済が遅れても再建が実現すれば 債権者保護になる。第二会社で事業を継続し て , やがて旧会社の債務を弁済するのであれ ば , そのような事業譲渡や会社分割は保護に 値する 2 。「詐害行為」が問題なのである。 単に商号を続用すれば , それだけで事業譲 受会社が譲渡人の債権者に即刻責任を負うと する現行法のあり方に合理性があるのか。し かも , この原則には例外規定 ( 会社法 22 条 2 項 , 商法 17 条 2 項 ) が用意されており , その原 則が排除される。譲受人の立場にたてば , 商 号続用の場合だけでなく「屋号続用」につい ても , 免責登記をしておくのが無難といえる が , 債権者としては信義則違反を問いたいと ころである。なお , 商号を続用しなければ , 譲受人は譲渡人の債権者に一切責任を負わな いという扱いに合理性があるのかという点に も疑問が生じ , 「商号続用」の有無だけで結 論を左右する現行法の規制のあり方には検討 の余地がある。 3 事業譲渡と会社分割の意義 会社の事業譲渡 ( 平成 17 年会社法制定前は 営業譲渡 ) とは何か。旧商法に関する事件 で , 判例は , ①「有機的一体として機能する 組織的財産」の譲渡によって , ②譲渡会社が 2 山下眞弘「営業譲渡・譲受の理論と実際 ( 新版 ) 」 ( 信山社 , 2001 ) 207 頁を参照されたい。 ビジネス法務 2016.8 93
Law の論点 商号続用責任規制 ( 会社法 22 条 ) はどう解釈されるべきか のが常態で , いずれにせよ債権者は譲受人に 対して請求をなしうると信じる場合が多いと される。これに対しては , 外観保護を強調す るのであれば , 債権者の「主観的事情」が問 題とされるべきであるのに , これが問われな いのはどうしてかといった批判がなされる。 この批判に対しては , 「営業主の交替」を 知るだけでなく「債務引受けのないこと」ま で知っている悪意者は保護に値しないとの反 論もありうるが , 規定のうえでも , 会社法 22 条 4 項が弁済者の「善意・無重過失」を要 件としているのとは対照的に , 同条 1 項では 主観的事情は問われていない。このことから も , 外観保護を根拠にするのは問題とする学 説が増加の一途にある。なお , 立法論とし て , 1 項についても善意・悪意 ( 債務引受け のないことまで知るという意味での悪意 ) を 問題とすべきかは検討の余地がある。 ②企業財産担保による説明 現行法では主観が問われないため , 外観保 護によらず , 営業上の債務は「企業財産」が 担保となっているので , 債権者を保護するた め会社法 22 条 1 項は , 原則として企業財産の 現在の所有者である譲受人が併存的債務引受 をしたものとみなした規定と解する見解もあ った。しかし , これに対しては , 企業財産の 担保力を考慮したのであれば , 債権者保護を 「商号続用」の場合に限って規定した理由は ないともいえる。そこで , 上記の ( 1 ) 説とあわ せて規定の趣旨説明をする見解もみられた。 ( 3 ) 譲受人の意思を根拠とする説明 その後 , 商号続用の有無によって事業譲受 人の債務承継の「意思」を認める見解が現れ た。これは , 現行規定の立場を解釈論の範囲 内で説明するには , 債権者側からではなく事 業「譲受人側」の事情から説明するほかない との認識に立つもので , 営業上の債権者を保 護する諸規定を一貫して説明するものともい える。これに対しても , 意思の推定は擬制的 にすぎるとの批判もなされた。この批判に対 する反論としては , 現実の意思の存在を問う ものではなく , 商号続用の「事実」に意思の存 在を認めるものであるとの反論もできよう。 ④合名会社新入社員の責任と同一との説明 ドイツ学説を参照して従来の議論 さらに とは別の観点から , 事業譲受会社の責任と 「合名会社の新入社員の責任」とを同様のも のと捉える見解が現れた 5 。しかし , 両責任 を同一とする根拠が不十分であるとの批判は 避けられず , この説明には無理がある。 ( 5 ) 詐害的な事業譲渡の防止が目的との説明 最近の説明として , 商号続用の有無で区分 する会社法 22 条の適用が問題となるのは , 債 務者の弁済資力が危機的状況にある場合であ るから , 事業譲渡の方法による債務者の「詐 害的行為」を抑制するとともに , 債権者・債 務者・譲受人の三者による協議に向け誘導す るルールが必要となり , 抜け駆け的な事業譲 渡による詐害的な再建を防止するために本条 がある。商号続用の譲受人は , 会社法 22 条 2 項に定める「登記」をしない限り , 当然に譲 渡人の営業上の債務をも引き受けたものと扱 うことによって , 免責登記をするよう誘導す るのが狙いであると説明される 6 これに対 しては , 登記することで譲渡人の営業上の債 務を引き受けなくてよいとされる根拠が明ら 4 田邊光政「商法総則・商行為法 ( 第 3 版 ) 」 ( 新世社 , 2006) 1 55 頁 , 山下眞弘「現物出資と商法 1 7 条 ( 会社法 22 条 ) の 適用」江頭憲治郎 = 山下友信編「商法 ( 総則商行為 ) 判例百選 ( 第 5 版 ) 」 ( 有斐閣 , 2008) 47 頁参照。 5 小橋一郎「商号を続用する営業譲受人の責任ー商法 26 条の法理ー」河本一郎ほか編「上柳克郎先生還暦記念 / 商事法の解釈 と展望」 ( 有斐閣 , 1984 ) 1 7 頁参照。 6 落合誠一「商号続用営業譲受人の責任」法学教室 285 号 3 ] 頁参照。 ビジネス法務 2016.8 95
役割 1 をふまえて記載内容を整理し , 同種・ 情報ではないことから , 有価証券報告書にお 同様の開示項目および内容について記載を共 いて記載すべきことがあげられている。 通化・合理化するとともに , 対話に資する企 他方で , 短信による情報開示の意義が速報 業情報の開示の充実を図るべきことが指摘さ 性にあることに鑑み , その内容については可 能な限り自由度を高めるべきことも指摘され れている。 ている。すなわち , 証券取引所が短信への記 ( 1 ) 決算短信および四半期決算短イ 載を要請する事項を , サマリー情報 , 経営成 決算短信および四半期決算短信 ( 以下あわ 績・財政状態・今後の見通しの概況ならびに せて「短信」という ) については , 速報とし 連結財務諸表および主な注記に限定し , その ての性格が形骸化しているのではないかと指 他は企業が任意に記載できることとするな 摘されてきた。報告書は , 短信の目的・役割 ど , 義務的な記載事項および記載を要請する に即し , 次のような整理・合理化を行うべき 事項を可能な限り減らし , それぞれの企業の と指摘している。 状況に応じた開示を可能とすべきと指摘して 上場会社の決算情報は , 決算内容が定まっ いる。さらに , 制度上投資者の投資判断を誤 たときにただちにその内容を開示することが らせるおそれがない場合には , 短信の開示時 義務づけられている一方で , 決算短信につい 点では連結財務諸表の開示を行わなくともよ ては , 約 4 割の上場会社が監査後に公表して いこととし , 開示可能になった段階で連結財 おり , また , 四半期決算短信については四半 務諸表を開示することを認めることなども提 期レビューを待ってから開示されているのが 言されている。 現状である。このため報告書は , 短信による 情報開示の意義が速報性にあることを再確認 ( 2 ) 事業報告・計算書類 し , 短信公表前に監査および四半期レビュー 事業報告・計算書類の記載事項の多くは , が終了している必要はないことを改めて明確 有価証券報告書で提供される投資者の投資判 にすべきと指摘している。そして , 短信の早 断のための情報と同種の事項となっている。 期提出を促す観点から , 短信では速報性が求 この点 , 事業報告・計算書類の開示内容を められる項目のみを開示することとし , 速報 規定している会社法施行規則および会社計算 性がそれほど求められない項目については , 規則は , 各書類の様式や事業報告に関する記 有価証券報告書および四半期報告書で記載す 載の詳細について定めていないため , 企業 ることとすべきと提言している。一例とし は , 経団連の提供する「会社法施行規則及び て , 現在 , 決算短信に記載されている経営方 会社計算規則による株式会社の各種書類のひ 針については , 必ずしも速報性が求められる な型」に即して開示している例が多い状況と 1 3 つの開示制度は , 次のような目的・役割を有している。 ①取引所規則 ( 決算短信 ) : 重要な会社情報を投資者に対して迅速かっ公平に提供することで , 健全な証券市場の形成に寄 与し , もって投資者保護に資するもの。 ②会社法 ( 事業報告・計算書類 ) : 所有と経営の分離により会社の財務状況等を一般に知ることが困難である株主に対して , 会社の会計や事業活動の経過および成果を報告し , 議決権等の権利行使をする際の重要な判断材料を提供するとともに , 原則 として会社財産が唯一の引当となる会社債権者に対して , 会社の財務状況等を正しく判断できるようにするための情報を提供 しもって株主および会社債権者の保護に資するもの。 ③金融商品取引法 ( 有価証券報告書 ) . 投資者の投資判断に必要かつ重要な情報を提供することで , 金融商品取引等の公正 を確保し , 有価証券の流通を円滑にするほか , 資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り , も って投資者保護に資するもの。 88 ビジネス法務 2016.8
, 、細かすきる , のもかと思グ 担保取消しに同意し , 即時抗告権を放棄するこ つ円満な解決が得られるという意味で利益とな とを条項に加えるのが一般的です。 るものです。もっとも , 和解をまとめる過程で 過誤があったときも上訴によるリカバリーがで また , 「和解の条件として支払額を減額した のに結局債務者が支払わなかった」という事態 きないため , 条件設定や条項案の作成は , 慎重 に行う必要があります。 も考えられます。 また , 性急・拙速な和解は , 依頼者に「不本 当然 , 和解調書に基づく強制執行は可能です 意な和解を押しつけられた」という不満を残す が , その場合でも和解により減額された範囲に 原因となります。和解の諾否の決定は依頼者に 限られてしまうため , 債権者である依頼者とし ては不満を強く感じるケースです。勢い , 和解 委ね , あなたとしてはその判断材料となる見通 しを丁寧に説明することに注力すべきでしよ を勧めたあなたへの風当たりも強くなります。 う。デリケートな事案で , 後日 , 和解の意思の このような不毛な事態に至るのを避けるた め , 支払義務自体を減額するのではなく , 「債権 有無を依頼者から争われる恐れがある場合に は , 和解成立となる期日に依頼者本人を同行さ 者主張の額の支払義務を認め , 債務者がそのう せることも検討すべきです。 ち一定額 ( 実質的な和解額 ) を滞りなく支払っ た時点で残額の支払義務を免除する」という条 すそ事確 で限解そ和 件設定がしばしば利用されています。債務者に ら決こ解 ごのわ件か とっても , 一定額の弁済によって債務の一部が トなすにが く一るはに 免除されるため , 任意の履行のインセンティブ るあ成 大歩わーそ となります。また , この条件に応じるか抵抗を とる立 きのけっこ 示すかで , 債務者側の任意履行の本気度を計る は粉し い意よで こともできます。 と味 和解は相手とにこやかに手をつなぎつつ , 自 思は 分の利益を確保し , リスクを排除する条件をい ら かに設定するかというせめぎ合いですから , 最 の一 後まで気を抜いてはいけません。 0 その他 冒頭述べたように , 訴訟上の和解による事件 の終結は , 当事者の側にとっても事案の早期か 遅書そな い面かのん くはさイな せ : ヤん 。なだ おわりに 以上 , 6 回にわたって民事訴訟の重要なトピ ックを取り上けて参りました。これらは民事訴 訟という大樹のほんの一部の枝葉に過ぎません が , 私の拙い経験が読者の皆さんにとって何か のヒントになれたとすれば望外の喜びです。 いやいやいや、 原告にも 。過は あるでしよ。 少、なくとも「 ーセントは。 ・Ⅳ程度はね、あるよ あ哥当。 ノ 中村真 ( なかむらまこと ) 昭和 52 年神戸市生まれ。神戸大学法学部卒。平成 1 5 年 1 0 月の弁護士登録 ( 第 56 期 ) の後 , 交通事故賠償案件 , 倒産関連事件 , 企業法務案件等に携わる。著書に『若 手法律家のための法律相談入門」 ( 学陽書房 , 2016 ) があるほか , 岡ロ基ー著「要件事実入門」 ( 創耕舎 , 2014 ) にマンガを提供。 52 ビジネス法務 2016.8
④ ⑤ ⑥ 工ージェントのスポンサーを決める スポンサーにエージェントを評価させる 高リスク・エージェントを再調査する 第 1 は , 企業グループとして , どのような 工ージェントを使っているか , 全体を把握す ることである。すべての事業所に質問票を送 り , 一定期間内に回答してもらうことが , 般的な作業となる。ただし , 海外の事業所 が , 本社からの要請にそのまま正直に答えて くれる保証はない。仮に集まったエージェン ト情報が不正確・不十分であれば , 本社は作 業をやり直さなければならない。 タイコの場合 , 2008 年 , 最高コンプライア ンス責任者 ( 以下「 CCC 」という ) が世界 中の事業所に質問票を送り回答を求めたが , 集まったエージェント情報は約 4 , 000 件にと どまった。 CCC は , この結果に満足できず , 作業を最初からやり直した。専任スタッフか ら成る特別調査チームを組織し , 同チーム主 導で各事業部のマスター・べンダーやカスタ マー・ファイルを確認し , 可能性のあるエー ジェントをすべて洗い出した ( 過去 2 年間で 5 万ドル以上の取引実績のあるすべてのエー ジェント ) 。その結果 , 工ージェント数は 6 万 6 , 000 にものばった 3 。 第 2 は , 工ージェントの数を絞り込むこと である。洗い出されたエージェントの中に は , 先進国で事業を営む取引先 , 先進国内の 業務に関し助言を行う弁護士やコンサルタン トなども含まれる。通常 , そうしたエージェ ントの贈賄リスクはゼロに近いため , これら をリストから外さなければならない。タイコ でも同種の作業が行われ , 工ージェント数は 3 万 2 , 000 前後にまで絞られた。 第 3 は , 工ージェントの分類法を決めるこ とである。リストができれば , 今度はこれを 一定の方法で分類していく。そのために , リ ストを全体的に眺め , 自社に合致する分類法 を確定しておくわけだ。特に , DD の枠組み をゼロから構築する会社は , 必ずこの分類法 を決めておく必要がある。ただし一度確定し た分類法は , 以後 , 一切変更してはならない というわけではない。使いながら , より効率 的・合理的な括り方が見つかれば , 分類法も 柔軟に改善すればよい。ちなみに , タイコ は , スタート時点で 22 の分類法を採用してい る ( 監査法人 , 環境コンサルタント , 再販業 者 , 貨物運送者 , 法律事務所など ) 。 第 4 は , 工ージェントのスポンサーを決め ることである ー ' にいう「スポンサー」 ( オーナーともいう ) とは , 各工ージェント の行為に関し責任を負う社内関係者を指す。 たとえば , 会社としてエージェントを正式に 採用した者 , 工ージェントを現在利用してい る者などがスポンサーに指定される。この作 業を通じて「誰も責任を負わないエージェン トがいる事実」が判明することもあるが , の場合 , 当該工ージェントとの契約を解除す るか , 新たにスポンサーを決める必要があ る。実際 , タイコでは誰も責任を負わない工 ージェントが数千もいた 第 5 は , スポンサーにエージェントを格 付・評価させることである。この時 , スポン サーには「評価に意図的な操作や虚偽があれ ば , スポンサー自身が責任を負うこと」を伝 えておかなければならない。この前提を確認 したうえで , タイコでは , スポンサーに「な 2 2002 年 7 月 , 幹部の不正などで倒産の危機に瀕していたタイコを立て直すため , モトローラ元社長のエドワード・ブリー ン氏が CEO に就任。 2012 年 9 月まで同社の改革をリードした。後に氏は , タイコの問題が大量のエージェントを無規則的 に使用していたことにあったとしている。 Mont, J. "How Compliance, Ethics & Leade 「 ship saved Tyco," Comp/iance Week, July 201 3 , p. 46. 3 K 「 oll, K."How Tyco Tu 「 ned A 「 ound Thi 「 d-pa 「 ty Risk P 「 og 「 am," Comp/iance Week, Septembe 「 201 1, p. 54. 4 Mont, J. Op. cit. , p. 47. 34 ビジネス法務 2016.8