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検索対象: ビジネス法務 2016年8月号
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1. ビジネス法務 2016年8月号

ト会社法・金商法 第 16 回 連 載の新視点 企業犯罪における米国司法省の 訴追政策の変と コンプライアンス・プログラム 明治大学 ・教授柿﨑環 NPA は , 2000 年代以前にはほとんど行使さ れず , ェンロン事件を契機として 2002 年に創 設された企業詐欺タクスフォースによって頻 米国において , 司法省により企業が訴追さ 繁に活用されるようになった。司法省による れる場面において , 一定の条件を満たせば , DPA ・ NPA の拠り所となっているのが合衆 企業は , 量刑減軽や訴追延期・免除等の減免 国連邦検察官マニュアル (United States 措置 (credit) が受けられる。特に近年 , 頻 Attorneys' Manual ; USAM) のなかの刑事 繁に活用されるのは , 訴追延期合意 (Deferred 訴追に関する原則 (Principles of Federal prosecution) である。米国では司法長官が prosecution Agreement ; DPA) と訴追免除 合意 (Non-Prosecution Agreement ; NPA) 連邦法執行機能の統括的責任を負う一方 , 司 である。 DPA とは , 訴追対象企業が , 司法 法省次官は刑事司法政策の策定および連邦検 省との間の合意項目を一定期間 ( 通常 2 ~ 3 察官に対する指導的役割を担い , その一環と 年 ) 遵守すれば , 訴追を延期する訴追延期合 して企業犯罪の訴追基準の解釈指針をメモの 形で公表している 1 。とりわけ 2015 年 9 月公 意である。合意の前提として , 関連捜査への 表のメモが , 司法省の従来の訴追方針の転換 継続的な協力義務 , 実効性のあるコンプライ アンス・プログラムの導入 , 独立法令遵守監 となるのではないかと論議を呼んでいる。連 邦検察官が訴追対象とする連邦法違反に基づ 視人 ( lndependent Corporate CompIiance Monitor) の受入れ , または自己監査・自己 く企業犯罪の多くは連邦証券規制に関わる。 重大な不正が企業内部に隠蔽されていれば , 報告が要求される。 NPA は , より徹底した 調査協力 , より高度なコンプライアンス・プ それは少なくとも連邦証券諸法の開示規制に ログラムの導入等が評価された場合に司法省 違反することになるからだ。本稿は , た司法省の企業犯罪に対する訴追方針の変遷 との間で結ばれる訴追免除合意である。訴追 から , 訴追対象となる企業に要求される実効 延期合意とは異なり , 裁判所に起訴状の提出 的なコンプライアンス・プログラムのあり方 もなされないが , 合意条項を破った場合には 免除は取り消され , 制裁金が追加される。 を模索する契機としたい。 Speedy TriaI Act of 1974 に由来する DPA ・ 1 ー連のメモに関する詳細は , チャールズ・ D ・ワイセルバーグ ( 石田京子訳 ) 「合衆国司法省の司法政策と企業犯罪捜査一変 化する法的・政治的状況の中での違法行為の発見」企業と法創造 6 巻 2 号 44 ~ 56 頁を参照。 はしめに 132 ビジネス法務 2016.8

2. ビジネス法務 2016年8月号

な違法行為の開示 , その行為者の調査に関す る積極的な企業の協力の度合い」および「会 社不正に対する個人責任の追及の適切性」と いう項目を追加しており , 企業の訴追判断に 際し , 個人責任の追及に焦点を当て始めて いる。 直近の 2015 年 9 月 9 日 , Sally Quillian Yates 司法次官は , 「企業の不正行為についての個 人の責任」と題したメモを司法省の新たな訴 追指針として公表し , 企業の訴追に当たり , 不正を犯した個人の責任を確実に追及するた め , 以下の「 6 つの重要なステップ」を定め た 10 。すなわち , 第 1 に , 企業が調査協力に よる何等かの減免措置を得るには , 有責性の ある個人についてすべての関連事実を司法省 に提出しなければならない。第 2 に , 企業の 調査は , 刑事手続・民事手続を問わず , 開始 当初から個人に焦点を当てるべきである。第 3 に , 企業の調査を担う刑事および民事の担 当官は , 定期的に情報交換を行うべきであ る。第 4 に , 特段の事情または司法省の承認 がなければ , 企業の事案が解決しても , 個人 の民事責任・刑事責任を免除してはならな い。第 5 に , 企業の訴追については , 出訴期 限内に , 関係する個人の事案を解決する明確 な計画がないまま , 企業の事案を終了すべき ではなく , 当該事案において , 個人を不起訴 とする場合には記録に留めておくことが必要 である。第 6 に , 民事手続の担当官は , 一貫 して企業のみならず個人に焦点を当てるべき であり , 個人の支払能力だけにこだわらず , その他の考慮事項に基づき個人を訴追するか 否かを評価すべきである。 こうした Yates メ モによる政策指針の変更に沿って , 司法省 は , 2015 年 11 月 16 日に USAM の改訂を実施 0 会社法・金商法 , の新視点 司法省が個人責任の追及に焦点を当て始め た背景には , 2008 年の金融危機において , 米 国の規制当局が多くの大規模企業と和解に至 った一方で , 個人への訴追がほとんど実施さ れなかった対応を巡り , 米国市民の批判が高 まったことを受けたものとされる。司法省 は , 当初 , 弁護士依頼者間秘匿特権の放棄を 企業に迫ることで , 個人の責任追及を実現し ようとしたが , その訴追プロセスは憲法で保 障された適正手続を欠くとの判決が契機とな り , 秘匿特権の放棄ではなく , 企業が自主的 に違法行為者に関する調査を迅速に行い , 司 法省への情報提供が可能となるコンプライア ンス・プログラムを整備することこそが , 企 業自身の訴追の減免措置の第一条件とするこ とで個人責任の追及を確実にしようとしてい る。すなわち , 司法省が要求する実効的なコ ンプライアンス・プログラムの内容とは , 従 来の「自主的かっ迅速に企業内の不正を早期 に発見・是正する機能」が確保されているだ けではなく , 「規制当局に対して有責者の探 索と情報提供を可能とする体制」の整備まで もが盛り込まれることとなったが , このアプ ローチが憲法上の適正手続保障の要請に反し ないか予断を許さない状況にある。企業犯罪 によっては , 企業が負担すべき責任と個人の 責任の分離こそが難しい場面もあり , その判 断について訴追の減免措置を求める企業自身 に委ねる合理性は果たしてあるのだろうか。 柿﨑環 ( かきざきたまき ) 法学博士 ( 早稲田大学 ) 。 2002 年跡見学園女子大学マ ネジメント学部准教授 , 08 年東洋大学専門職大学院法 務研究科教授 , 1 2 年横浜国立大学大学院国際社会科学 研究院教授を経て , 1 4 年から明治大学法学部教授。 まとめにかえて 10 Memo 「 andum to AII United States Atto 「 neys, F 「 om SaIIy QuiIlian Yates Deputy Atto 「 ney Gene 「 al, enclosing lndividual AccountabiIity fo 「 CO 「 po 「 ate W 「 ongdoing (Septembe 「 9 , 2015 ). ビジネス法務 2016.8 135

3. ビジネス法務 2016年8月号

株主や責任のない従業員に対する付随的影 響 , ④民事または行政手続上の法執行処分な ど非刑事救済の妥当性 , ⑤一定の場合に弁護 士依頼者間秘匿特権等の放棄を受け入れるこ と , ⑥コンプライアンス・プログラムの存在 とその有効性 , ⑦役員・従業員の配置転換を 含む企業がとった是正措置と , 適時かつ自発 的な不正の開示 , ⑧当局の調査に対する積極 的な協力 , である。 HoIder メモでは , 初めて 公に弁護士依頼者間秘匿特権の放棄を奨励 し , 有責な従業員を保護する企業の行為態様 ( 制裁なき復帰 , 会社負担の弁護士費用 ) を , 訴追判断の際に訴追対象である企業にとって 不利に扱う旨を表明した。続いて , 工ンロン 事件を契機として 2003 年に当時の司法省次官 Larry Thompson が , 企業のコンプライアン スの確実性を査定する際のガイドラインを HoIder メモに追加した Thompson メモを公表 。このメモでは , 企業の調査協力を確 実にし , その精査に焦点を当て , 弁護士依頼 者間秘匿特権の放棄を企業に期待することの 正当性を強調した点に最大のインパクトがあ る。これを受けて , 2004 年 11 月に改訂された 連邦量刑ガイドラインでは , 弁護士依頼者間 秘匿特権の放棄は量刑減刑の前提条件ではな いものの , 一定の状況では要求可能であるこ とが追加された。このように次第に「弁護士 依頼者間秘匿特権の放棄」が暗黙の了解とさ れつつある実務界の状況に対して , 企業弁護 士らが猛反発をしていたが , 折しも , 2006 年 6 月 , 従業員等の弁護士費用を会社が負担し たことを会社の訴追判断の場面で不利に扱う Thompson メモおよび連邦検察官の行動は , 従業員等の憲法上の権利の侵害に当たるとし た stain 判決が連邦地方裁判所で下され 6 , 同年に連邦量刑委員会は , 弁護士依頼者間秘 匿特権の放棄に関する量刑ガイドラインの内 容の削除を決議した。それでも 2006 年 12 月に 公表された司法省次官 McNulty のメモでは , 検察官は , 弁護士依頼者間秘匿特権の放棄の 要求が可能となる判断基準を明確化するた め , 情報の類型化を行い , 第 1 類型である 「不正行為に関する純粋な事実情報のみ」の 場合に放棄を求めるには , 司法省刑事局の司 法次官補と相談のうえ , 連邦検察官の許可を 必要とし , 第 2 類型である「不正行為に関す る企業への法的助言を含む情報」の場合に は , 司法次官の書面による許可を必要とする しかし , 2008 年 8 月には上述の連 邦地方裁判所の Stain 判決を支持した第二巡 回区控訴裁判所の判決では , さらに憲法修正 第 6 条の弁護人の依頼を受ける被告人の権利 保障に違反すると明示したため , 大きな衝撃 が司法実務界に走った 8 。そのため , 2008 年 8 月 , 司法省次官 Mark F ⅲ p が公表した次の メモには , 弁護士依頼者間秘匿特権等の放棄 に対しては特に慎重な姿勢が示されており , この特権の放棄は , 企業が自発的に行う場合 のみ認められ , 検察官が要求すべきではない ことが明記された 9 。さらに , 上記の裁判結 果を受けて , 会社に対し従業員・役員等の弁 護士費用の負担を控えるよう検察官が要求し てはならないとして , 連邦検察官の訴追アプ ローチに牽制を加えた。もっとも , Filip メモ では , これまで公表されたメモにおける企業 訴追の考慮事項に , 「企業の適時かつ自発的 Memo 「 andum tO Heads Of Depa 「 tment Components, United States AttO 「 neys F 「 om La 「「 y D. Thompson, Deputy AttO 「 ney Gene 「 al, enclosing Fede 「引 P 「 osecution Of Business O 「 ganizations (Jan. 20, 2008 ). United States v. Stein, 435 F. Supp. 2d 330 (). D. N. Y. 2006 ). Memo 「 andum tO Heads Of Depa 「 tment Components, United States AttO 「 neys F 「 om Paul J. McNulty Deputy AttO 「 ney Gene 「 al, enclosing P 「 inciples Of Fede 「引 P 「 osecution Of Business O 「 ganizations (JuIy. 05, 2007 ). 8 United States v. Stein, 541 F. 8d 1 80 ()d Ci 「 .2008 ). Memo 「 andum tO Heads Of Depa 「 tment Components, United States AttO 「 neys F 「 om Ma 「 k FiIip Deputy Attorney Gene 「 al, enclosing P 「 inciples Of Fede 「 P 「 osecution Of Business O 「 ganizations (AugUSt 28 , 2008 ). 9 7 6 5 134 ビジネス法務 2016.8

4. ビジネス法務 2016年8月号

米国の連邦最高裁判所が , 初めて企業に刑 事責任を認めた 1909 年の New York Central 事件では , 米国社会において急速に高まる大 企業の社会的意義に鑑み , 刑事上も企業責任 を認めることで対応しようとした 2 対しては , 使用者責任 (respondeat superior) の拡張適用に理論的根拠を欠くとの批判が当 初から根強かった。にもかかわらず , 現在に おいても企業に刑事責任を追及する法的根拠 を否定する傾向にはなく , 「代理人または従 業員が , 職務の範囲において犯罪行為または 犯罪を構成する不作為を行い , その目的が企 業をなんらかの形で利することがあった場合 ' ( たとえその行為が会社の方針と矛盾し , または上級役員がこれを知らなかったとして も ) 企業は刑事責任を負う場合がある」とす る判例の立場は依然として堅持されている 3 こうした曖味な根拠に基づき , 連邦検察官 は , 企業 , 上級役員 , 従業員の誰を訴追する かにつき広範な裁量権を有しているといって よい。この強大な権限の行使が , 司法省によ る正義の実現を期待する社会的・政治的なプ レッシャー等により , ときとして行き過ぎ , 企業やその従業員に重大な影響を及ばすおそ れがあることは容易に想像できる。当然なが ら企業犯罪の立証には , 捜査過程で個人から 違法行為に関わる情報を入手しなければなら ない。もっとも , 個人は , 罰則付召喚令状 (subpoena) があっても合衆国憲法修正 5 条 による自己負罪拒否特権の主張が認められ , 情報提供を拒否することが許容されている。 米国司法省の企業犯罪の訴追と 個人責任 会社法・金商法 , の新視点 ただし , 企業そのものには自己負罪特権は認 められていないため , 司法省は , 企業内での 企業自身の調査により収集した情報を , 自主 的に規制当局に対して提供する仕組み作りを 促すアプローチを採るようになっていった。 その場合であっても , 企業内の調査はもつば ら法人のために企業内弁護士が行うため , 社 内で役員や従業員から集めた情報は , 弁護士 依頼者間秘匿特権 ( client-attorney privilege ) およびワーク・プロダクト法理により保護さ れ , 原則として開示の必要はない。弁護士依 頼者間秘匿特権とは , 弁護士が有益な法的ア ドバイスを与えるために , 前提として相手か ら真実で完全な情報の入手が必要であること から認められたコモンロー上の権利とされて いる。その保障の必要性を上回る公益的な理 由がある場合以外であっても , 会社は , 法人 に帰属する弁護士依頼者間秘匿特権の放棄を 任意にできるため , 社会的・政治的なプレッ シャー等により , その放棄を必要以上に迫ら れる傾向がある。そうした司法省による訴追 政策が , 以下で紹介する歴代の司法省次官に よる一連のメモの中にみてとれる。 企業犯罪訴追時の考慮事項 ~ 弁護士依頼者間秘匿特権の放棄をめくって 最初に公表されたのは , 1999 年に司法省次 官 Eric. H. HoIder, Jr のメモであり , 通称 HoIder 4 、第、第・ メモと呼ばれる しは司法省の全構成 部局に対して , 企業訴追を判断する際に考慮 されるべき 8 つの事項が記載されている。す なわち , ①犯罪の本質や深刻さ , 非行の程 度 , ②企業が類似行為で訴追された履歴 , ③ 2 New YO 「 k Cent 「 & Hudson 日ⅳ e 「日 ail 「 oad CO. v. United States, 2 1 2 U. S. 481 , 494-95 ( 1909 ) 3 See, United States v. Sun-Diamond G 「 owe 「 s of CaIif0 「 nia, 1 38 F. 8d 961 ( D ℃ . Ci 「 . 1998 ) : United State v. Hilton Hotels Co 「 p. , 467 F. 2d 1 OOO (9th Ci 「 . ] 972 ). 具体的な「職務の範囲」や「法人図利目的」の要件の検討につ いては , 樋口亮介「法人処罰と刑法理論」 ( 東京大学出版会 , 2009) 94 ~ 95 頁参照。 4 Memo 「 andum to AII Component Heads and United States AttO 「 neys f 「 om The Deputy Atto 「 ney Gene 「 al, enclosing Fede 「引 P 「 osecution Of CO 「 po 「 ations (June 1 6 , 1 999 ) , 66 C 「 im, L. 日 pt 「 . (BNA) 1 89 ( 1 999 ). ビジネス法務 2016.8 133

5. ビジネス法務 2016年8月号

柿﨑報告へのコメント 松岡啓祐 ( 専修大学教授 ) ロ けるほうが日本よりはましに見えてくるから 動かしながらそれでも目標に向かって動き続 アメリカのようにごちやごちゃとモザイクを 方で日本の法の突破力の弱さを見ていると , ができないアメリカ特有の限界に見える。他 市場を論ずるしかないが , これは理論的整理 な伝統的な取引ルール・私法ルールによって メリカは詐欺や不法行為 , 受託者責任のよう 連邦会社法形成の手法に見えなくもない。ア メリカ法の限界を突破するための , 実質的な てこれは , 会社法ガバナンスは州権というア ガバナンスに介入するのも同類だろう。そし 使って , コンプライアンスやコーポレート・ ことは平気だから , 司法省の刑事規制権限を 欺法でインサイダー取引を規制するくらいの 法を使って証券会社規制を行い , 郵便通信詐 アメリカは , 組織暴力対策法である RICO 上村達男 ( 早稲田大学教授 ) 政上の関与との関係に関心がある。 社外役員や監査法人等の位置づけと SEC の行 制の充実は議論されているが , アメリカでの るべきなのか。わが国でも会社内部の監査体 な取扱い ( 担当官の情報交換等 ) が要請され られるように刑事手続と民事手続相互の柔軟 ラムの動向は参考となるが , Yates メモに見 い。アメリカでのコンプライアンス・プログ 関係をめぐる議論が深まっているとは言い難 計事件等の際における企業責任と個人責任の のだが , 翻ってわが国でも粉飾決算や不正会 業のコンプライアンス体制の実質化を図るも 官マニュアルと司法省次官メモの変遷は , 企 点が多い。柿﨑論文が焦点を当てる連邦検察 法の開示規制違反等の動きには , 注目すべき 業犯罪の訴追活動の活発化 , 特に連邦証券諸 近年におけるアメリカの規制当局による企 不思議だ。市場規制やガバナンス規制を正面 から論ずる際に , 弁護士の守秘義務を乗り越 えなければならないという壁の無意味さも感 ずるが , それを克服するプロセスが持っ教育 効果に意味があるようにも見える。日本の検 察の無謬性神話 ( 必ず勝っという法運用 ) と は大変な違いだ。柿﨑論文が紹介する企業犯 罪訴追時の考慮要素とは , 単なる当局への恭 順の姿勢 , 政策介入にも見える人事に関する 会社の措置 , その他の裁量行政等々であり , 他方で , 2015 年の司法次官によるメモは企業 不祥事と個人責任に関するもので , この両者 を合わせると法人と個人の責任関係という大 問題になるはずだが , 肝心なのはアメリカで は個人の民事責任額として数百億円というよ うな馬鹿げた金額が前提にはなっていないと 思われるため , 払えなければ企業が負担する のであるから , この問題は企業責任の話その ものでもあることに留意すべきだろう。 渡辺宏之 ( 早稲田大学教授 ) 米国における法人処罰論の近年の理論的根 拠として「 constructive corporate liability 」 なる概念が提唱されてきたようであるが ( 研 究会時の柿﨑教授の報告による ) , この constructive" という概念の英米法 ( 米国 法 ) 的含意に関心を有した。たとえば , 「 constructive trust ( 擬制信託 ) 」は信託 (trust) の成立を事後的に認定する際に用い られる英米法に特徴的な理論であるが , 柔軟 な法運用を行うためその要件を徹底的に精密 化することはあえて行われていないものと理 解される。米国の法人処罰論では , 代位責任 論の難点を克服するために「 constructive corporate liability 」論が提唱されてきたとの ことであるが , 法人処罰の要件に曖昧な部分 が残っているとすれば , constructive trust 同 様に , 要件にあえて未確定な部分を残すとい う理念が背景にありうるのではないだろうか。 136 ビジネス法務 2016.8

6. ビジネス法務 2016年8月号

A U G U S T 白木裕一 / 林和宏 実務解説 Law の論点 新連載 連載 司法取引導入で変わる企業の不正発覚後の対応 垰 ガバナンスの観点から読み解く 王将フードサービス第三者委員会報告書の意義 ディスクロージャー WG 報告書でみえた 開示制度見直しのポイント 最新ガイドライン・判例をふまえた 機密情報を守る人事労務管理 8D プリンターをめぐる知的財産権の問題 第三者割当による海外企業買収時の留意点 佐藤光伸 尚義 / 坂尾佑平 山口利昭 野口真吾 牧野和夫 飯谷武士 商号続用責任規制 ( 会社法 22 条 ) はどう解釈されるべきか ( 上 ) 法律家のための事業承継入門 第 1 回事業承継対策を行う際の基本的な視点 「同一労働同一賃金」議論を追う 第 1 回政府が検討する同一労働同一賃金の中身 デジタル証拠実務のための技術と法 第 1 回一般的な証拠との違い 山下眞弘 字賀村彰彦 橘大樹 高橋郁夫 2016 53 70 1 27 1 1 4 102 87 ・・ 142 ・・ 137 1 09 82 76 92 マンガ de 上達民事訴訟 最終回和解の実践 中村真・・ ビジネスシーンから考える著作権のキホン 第 3 回許諾を得ずに著作物を利用できる場合 ( 権利制限規定 ) 唐津真美・・ TPP が企業法務に与える影響 第 2 回投資章の概要および旧 DS 条項 柴田久 / 立川聡 自己株式取得規制の現代的論点 第 3 回市場情報としての自己株式取得と開示 規制を考える 宮崎裕介・ 会社法・金商法の新視点 50 ・・ 122 の変遷とコンプライアンス・プログラム 第 16 回企業犯罪における米国司法省の訴追政策 進化する知的財産法務 A to Z 第 7 回権利の許諾 山口裕司・ 法 x 経済学の現在地 第 4 回「刑法の経済学」に向けて 村松幹二 経産省 , 譲渡制限付株式を利用した株式報酬 LEGAL HEADLINES ( リストリクテッド・ストック ) の手引を公表他 森・濱田松本法律事務所編 6 試験関係 ビジネス実務法務検定試験 ( 1 ・ 2 ・ 3 級 ) 演習問題 1 48 OTHER ISSUE 編集後記・次号のお知らせ 160 柿﨑環・ ・・ 1 32

7. ビジネス法務 2016年8月号

司法取引導入で変わる 企業の不正発覚後の対応 長島・大野・常松法律事務所 弁護士垰尚義 弁護士坂尾佑平 平成 28 年 5 月 24 日に成立した「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」において創設され た「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」 ( 以下「合意制度」という 1 ) は , 日 本の刑事司法制度を転換する極めて重要な新制度であり , 企業法務への影響も大きい。 本稿では , 合意制度の内容を解説するとともに , 合意制度導入後の刑事手続への対応と して企業が特に留意すべき事項を論じる。 1 概要 合意制度は , 検察官と被疑者・被告人およ びその弁護人が協議し , 被疑者・被告人が他 人の刑事事件の捜査・訴追に協力すること で , 検察官が当該被疑者・被告人の事件につ き , 不起訴処分や求刑の引下げ等を行うこと を合意する制度である。 合意制度は , 米国の司法取引に準えて「日 本版司法取引」等と呼ばれることもあるが , 被疑者・被告人が他人の刑事事件の捜査・訴追 に協力したときのみ利用でき , 被疑者・被告 人が自己の犯罪に関して捜査に協力しても利 用できない点で , 米国の司法取引とは異なる。 合意制度の内容 2 合意制度の対象となる「特定犯罪」 合意制度の対象は , 「特定犯罪に係る他人 の刑事事件」と規定されており ( 刑事訴訟法 350 条の 2 第 1 項柱書 2 ) , 「特定犯罪」は , 同条 2 項各号に規定されている。 このうち , 企業法務において特に問題にな りうる犯罪としては , 贈賄罪 ( 刑法 198 条 ) , 詐欺罪 , 背任罪 , 横領罪等の財産犯 ( 同法 246 条から 250 条 , 252 条から 254 条 ) , 租税に関す る法律 , 私的独占の禁止及び公正取引の確保 に関する法律 ( 独占禁止法 ) , 金融商品取引 法の罪等があげられる。 3 被疑者・被告人による協力の態様 被疑者・被告人の協力の態様としては , 下 記の事項が規定されている ( 刑事訴訟法 350 条 の 2 第 1 項 1 号 ) 。 1 「司法取引」等と呼ばれることもあるが , 本稿では衆議院法務委員会等で用いられている表現に合わせて「合意制度」という 略称を用いる。 2 改正後の条文を記載している。以下同様である。 ビジネス法務 2016.8 53

8. ビジネス法務 2016年8月号

影響も重要な考慮事項です。多面的な視点 から考えているといえるかもしれません。 髙 : 単純にオール・オア・ナッシングで答 えはしないということですね。コンプライ アンス部門はきちんと個別事情を勘案して 判断し , 法務は法律面からアドバイスを出 すということですね。 D 社 : そうです。 髙 : それは大きな変化だと思いますね。 体制整備に当たって気をつけたこと A 社 : なぜこういった体制を整備する必要が あるのか , その理由・背景を説明して理解 や納得感を持たせながら進めました。ただ し , ほとんど海外との取引がない国内のグ ループ会社においては , やはり説明が難し かったですね。各グループ会社のトップに 説明し , グループ全体で同じ目線で取り組 むのだという理解を得たうえで進めていま す。頭ごなしに「新しい規程ができたので よろしく」というだけではなかなか浸透し ないだろうとはわかっていたので , 気をつ けて進めました。 髙 : どのような説明で納得されたのですか。 A 社 . FCPA 等の各法律の内容 , 罰金の金額 , 具体的な事例 , 欧米企業から腐敗行為防止 関連の問い合わせを受ける機会が増えてき ていること等を紹介し , こういった体制整 備が求められてきていることは世界的な潮 流であることを説明しました。また , 社長か らのトップメッセージも発信しています。 髙 . 個人的にはペナルティーが大きいから 気をつけなければならないという説明の仕 方も必要なのでしようが , たとえば , 「法 の支配」が機能する世界の実現に向けて , 契約を通じて貢献していこう , という説得 もあるのではと思っています。「法の支配」 が世界中で成り立っていれば何の問題もな いわけですが , それがまったく機能してい ない国もあり , そうした国における取引が 現実問題としてある。そんなところでは , 「契約を通して正義」を実現していく , の取組みに協力して欲しいというのがグロ ーバルコミュニティの要請なのです。 DOJ だって , SEC だって , そこが最終的 な狙いでしようから , 有効な説明だと考え ます。ただ , 今のところは , 「ペナルティ ーが大きいぞ」と言うのが , 1 番説得力が あるのですね。 A 社 : 会社に与えるインパクトが非常に大き いということを伝えています。 C 社 : あとはやはり個人罰があるということ ですね。これを理解して貰うのが 1 番効果 的だと感じます。ペナルティーもそうです けれども , 会社のための行為であったとし ても , 違反が起きた後では会社はあなたを 守れません , あなたを守るために事前申請 等の会社の仕組みがあり , 然るべき手続を 経ればひとまず安心してビジネスを進めて いただいていいですと伝えると , 納得して もらえているかなと感じます。 髙 : 「あなたのために , これをやっている のです」ということですね。 C 社 : そうですね。特に役員層には響きます。 役員をいかに本気にさせるかが重要なのは みなさんも仰るとおりで , 研修などで , 株 主代表訴訟や個人罰について触れると , 本 当に面白い程にみな一斉に顔を上げて聞い ているのです。 記録をどのように残すか 髙 : 記録についてはいかがでしよう。厳格 に記録を残さなければ , 有効な監査もでき ないと思いますが。たとえば相手方の国で DOJ (United States Department of Justice) アメリカ合衆国司法省。 SEC (). S. Securities and Exchange Commission) アメリカ証券取引委員会。 キーワード 42 ビジネス法務 2016.8

9. ビジネス法務 2016年8月号

の中で重要なものは , 電子メールやデジタル ドキュメントについて , 保存のルールを定め て , 一定の期間が経過をした場合には完全に 消去してしまうというルールである。 HDD ( ハードディスクドライプ ) などの保存媒体 の単価が安くなってきているといったとして も , 企業活動に関連する情報を無尽蔵に , い つまでも保存していくということはあまり合 理性がない。通常の文書管理の仕組みに従っ て消去された場合 , そのデータが存在しない として提出ができなくても , e ディスカバリ ーの法的に問題を生じるわけではない ( いわ ゆるセーフハーバーである ) 。海外の企業に おいては , このルールを定めて厳格な運用が なされるのが一般である。もっとも , わが国 において , これをそのまま導入できるかとい うことについては , 2 つの問題がある。 1 つ は , わが国においては , 事案の解明のための 関連文書の保存が , 極めて長期間にわたって 求められているように思えることである。 の場合 , いままでの企業活動で , 一般に必要 とされるドキュメントを消去することをルー ルとして定めたとしても , 遵守されずに形骸 化するというリスクが生じる。これが第 2 の 問題となるが , 文書保存規定を有していたと してもそれに従っていなかった場合 , それを 有していないのと同様であるとして , このセ ーフハーバー規定の適用が否定されてしまう 可能性がある。これらの問題点を認識したう えで , 海外紛争に巻き込まれる可能性等など を考慮して , ドキュメント管理ポリシーの内 容を決め , 導入し , そのうえで遵守し , 実際 ( イ ) コンプライアンスプログラム に運用することが重要である。 めに , それを情報管理システムの中に実装し ムが求められ , そのプログラムを実現するた 対応しうるようなコンプライアンスプログラ 独占禁止法や腐敗防止法の要請に対しても デジタル証拠実務のための技術と法 ていくということが必要になる。 米国においては , 司法省におけるマニュア ル等によって , 特に企業による自発的な情報 開示や調査への協力 , 違反解消措置などの行 為を , 訴追要求や制裁措置の選択に際して , 判断の重要な要素とすることとしている。し たがって , 関連するドキュメントをただちに 特定し , レビューし , 分析し , 情報を開示・調 査に協力することが極めて重要なことになる。 ( ウ ) インシデント対応プログラム 情報漏えい事件などがあるのではないかと いう発見の契機を認識した場合に , 企業にお いては , 全社で一丸となって危機に対応する 緊急対応プログラムを発動させることになる。 その中で , とくに情報漏えい事案に対して のインシデント対応プログラムを準備してお くことは , 昨今 , 情報漏えい事件が , 新聞等 のメディアを大きく騒がしており , 世間の関 心も高いためきわめて重要である。情報漏え い事件については , 「事実確認と情報の一元 管理の原則」に従って , 事実関係を確認し , その事実関係をもとに種々の対応をなしてい くことが重要である。この事実関係について は , IT システムに関する種々のログや関係 者のメールなどが極めて重要な証拠となるの で , これらを緊急の場合において , 確実に確 保し , 分析できるように日頃から準備してお くことが重要になる。 高橋郁夫 ( たかはしいくお ) 駒澤綜合法律事務所所長・弁護士 , 株式会褪 T リサーチ・ アート代表取締役 , 宇都宮大学大学院工学部講師。情 報セキュリティ / 電子商取引の法律問題を専門として研 究する。法律と情報セキュリティに関する種々の報告 書に関与し , 多数の政府の委員会委員を務める。著書 に「テジタル証拠の法律実務 Q & A 」 ( 共著 , 日本加除 出版 , 201 5 ) , 「仮想通貨』 ( 共著 , 東洋経済新報社 , 2015 ) 。平成 24 年 3 月情報セキュリティ文化賞を受賞。 ビジネス法務 2016.8 113

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わが社でもできる ! 贈賄防止プログラムの実践 約による社会改善」が強く望まれる。これ 実質重視のリスク志向 は , すでに人権分野で企業がチャレンジして アプローチ いることでもある。周知の通り , 2011 年 3 月 , 国連人権理事会において「ビジネスと人 1 「不正な意図」がないことを説明 形式主義の立場にたっ限り , 会社側は「便 権に関する指導原則」が承認された。同原則 ( 原則 23 ) は , 企業に「国際的な人権」 ( 世界 益提供はすべて駄目」と社員に説明し続け 人権宣言など ) を尊重・実践するよう求めて る。しかし , FCPA も UKBA も「すべて駄目」 いる 10 。各国施行の人権法令ではなく「国際 などとは言っていない。いずれも「不正な意 基準」に照準を合わせるのは , 国そのものが反 図」があるものについて違法とし , これを起 人道的施策をとる可能性もあるからである。 訴するとしている。 腐敗の問題はこれと酷似している。進出先 具体的に言えば , 米国司法省は「金額の多 の汚職防止法令が徹底されていれば , 先進国 寡にかかわらず , 贈答その他の支払が法令違 は何も国際条約を結び , 自国法を国外で活動 反とされるのは , 提供者が不正な意図を持っ ている場合」とし 12 , また英国当局も「金銭 する自国民や自国企業に域外適用する必要は ない。しかし , 途上国にあっては , 汚職防止 その他の便益とビジネスを確実なものにしよ 法令はほとんど機能していない。それゆえ , うとする意図との間に , あるいは有利な扱い グローバルコミュニティは , 企業に「契約を を受けようとする意図との間に , 十分な関 係」があれば , 起訴するとしている 13 通じて『法による統治』が機能する国づく り」に貢献するよう求めるのである 1 1 それゆえ , 企業は何らかの便益提供が避け 確かに「契約による社会改善」なと : , そう られない場合 , これが「不正な意図」の下で 簡単ではない。しかし , もし各社がそれをあ 行われたものでないことを , いつでも説明で きるよう体制を整えておかなければならない きらめ , 腐敗官僚の要求に応じ続ければ , 相 手国の「法による統治」は , 今後 , 数十年に のである。そのための基本スタンスが「リス ク志向アプローチ」である。 わたり , 機能しないことになる。本来 , 公務 員は , 国民の利益に適うよう公正・中立に行 動しなければならない。にもかかわらず , 要 2 4 つの行為類型とリスク・レベル 求に応ずれば , 彼らはそれを特権であるかの では , そのアプローチとは具体的にどのよ うなものか。これには多様な次元があるが , ように主張し続け , 外国企業に対してのみな らず , 自国民に対しても不条理を繰り返すこ とりあえず 2 つに着目し , 同概念が意味する とになる。「契約を通じて相手国を変える運 ところを示しておきたい。 2 つの次元とは 動に参加されたし」という国際的要請は , ま 「リスクに応じて , 社内の決裁権限者・承認 者のレベルを変えること」であり , 「リスク さにここから来るのである。 に応じて , 残すべき記録の様式や範囲を変更 すること」である。 ちなみに , 単に「リスクに応じて」と述べ 1 。齊藤誠「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス概説」「自由と正義」 VOL66 , NO. 1 2 , 2015 年 1 2 月号 , 43 頁。 11 高橋大祐「サプライチェーン・インベストメントチェーンにおける CS 日条項の活用」「自由と正義」 VOL66 , No. 12 , 201 5 年 12 月号 , 59 頁。 12 FCPA. ・ Resource Guide, p. 15. 13 The B 「 / わ e Act 20 / 0 ・ Guidance, p. 1 3. 特集 15 ビジネス法務 2016.8