数の個人株主との対話やコミュニケーショ 書面による送付に代わる ンを充実させたいと考える企業にとっても 招集通知関連書類の電子提供 有益なツールとなる。 1 概要 報告書において , 招集通知関連書類の電子 3 制度整備に向けた提言の内容 提供について提言がまとめられているが具 今後 , 国民生活や企業活動におけるインタ 体的な提言内容については , 「株主総会の招 ーネット利用がさらに拡大・深化していくこ 集通知関連書類の電子提供の促進・拡大に向 とも視野に , ( i ) 株主にとって有用な情報への けた提言」 ( 以下「本提言」という ) という リンクや動画提供等の工夫を通じた情報提供 形で公表されている。なお , 本提言の本文 の充実 , ( ⅱ ) 株主の議案検討期間の拡大 , (iii) 多 は , 本報告書の 21 頁以下に掲載されている。 数の個人株主とのコミュニケーションの充実 本提言においては , 提言の経緯・背景に加 が図られるよう , 企業による利用が限定的と え , 日本や諸外国 4 における招集通知関連書 なってしまっている現行制度を見直し , 以下 類の電子提供制度の概要について触れられた の方向で「新たな電子提供制度」を整備して 後に , 概要 , 以下のような対話促進のための いくことを提言するとしている。 具体的提言が示されている。 ・法制度上においても , インターネットの 普及をふまえ , 電子的な手段を通じて対 2 株主総会プロセスにおけるインターネッ 舌の一層の充実を図る方向で柔軟に見直 トの利用効果 していくこと 本提言においては , 株主総会プロセスにお ・制度変更により生じうる不利益がある場 けるインターネットの利用効果 , 特に株主・ 合は , 適切に手当てが講じられるように 投資家との対話促進効果として以下のような すること 占が指摘されている。 ①インターネットによる電子提供により , また , 各国 ( 米国・カナダ・英国 ) で近年 会社が , 紙媒体の印刷・封入等に要する時 導入された電子提供を軸とした制度の共通点 間や費用 , 紙面の制約から解放され , 株主 として , ( a ) 株主総会前に提供すべきと制度上 総会前に提供される情報の充実や対話期間 要請されたすべての情報がインターネット上 の確保に資する。 で開示されていること , (b)Web アドレス等 ②情報検索 , 情報比較・分析 , 招集通知以 の必要最低限の情報は書面で株主に通知され 外の会社の情報 ( 決算短信や有価証券報告 ること , ( c ) 企業が当該制度を利用するうえ 書等 ) へのアクセスが容易になる等 , イン で , 株主からの個別承諾は要さないこと , (d) ターネットを利用した情報提供が株主・投 情報を書面で受け取ることを希望する株主 資家における利便性をもたらす。 は , その旨企業に要請する必要があることを ③招集通知情報とあわせて経営陣らからの 指摘し , これらの要素が , 今後の「新たな電 メッセージ動画を提供したり , 株主総会の 子提供制度」の具体的な制度設計において参 インターネット中継を行ったりする等 , 多 考になる旨を示唆している。 4 本提言では , 諸外国の制度 , 特に , 株主総会関係書類をインターネット上で開示し , その旨を株主に書面で通知することによ り . 個々の株主の同意を得ることを不要とするという , 米国やカナダにおける「 Notice & Access 制度」を参考としている ことが示されている。 一三ロ 60 ビジネス法務 2016.8
とめてわかりやすく提供してほしいとのニ ズもあり , 情報の提供方法について創意工夫 することが重要であるとも指摘されている。 朝その他 1 単体財務諸表における旧 RS の任意適用 わが国では , 金融商品取引法における連結 財務諸表を国際会計基準 (IFRS) に準拠し て作成し提出することが平成 22 年 3 月期から 可能とされたが , 現行の金融商品取引法上 , IFRS の任意適用会社であっても , 単体財務 諸表は日本基準に基づいて作成する必要があ る。この点単体財務諸表や会社法上の計算書 類についても IFRS に準拠することを認める べきとの指摘に対し , 報告書では , IFRS と日 本基準の差異をふまえ , 配当等に係る財源規 制や課税上の取扱いなど他の制度に留意しっ っ検討すべきことが提言されている。 2 情報の公平・公正な開示についてのルール 公平・公正な情報開示に対する市場の信頼 を確保するため , 諸外国においては , 公表前 の内部情報を特定の第三者に提供する場合に 当該情報が他の投資者にも同時に提供される ことを確保するためのルール ( フェア・ディ スクロージャー・ルール ) が置かれている例 が見受けられるが , わが国においては , 適時 開示前の内部情報を企業が第三者に提供する 場合に当該情報が他の投資者にも同時に提供 されることを確保するルールは置かれていな い 3 。そのような状況の中 , 近年わが国にお いて上場会社が証券会社のアナリストに未公 表の業績に関する情報を提供していたなどの 問題が発生したこと , また , 外国投資家など から , わが国においても主要国の多くが導入 開示制度見直しのポイント郞 しているフェア・ディスクロージャー・ルー ルを導入する必要があると指摘を受けたこと などをふまえ , わが国においても当該ルール について具体的に検討する必要があるという 議論が生じていた。 そこで報告書では , わが国においても , ル ールが適用される情報の範囲 , 例外として特 定の第三者への情報開示が許容される場面 , 違反に対するエンフォースメントの内容等の 制度設計のあり方につき , 諸外国における実 務もふまえ , フェア・ディスクロージャー・ルー ルの導入を検討すべきことが提言されている。 朝おわりに 報告書の提言を受けて , 金融庁では企業内 容等の開示に関する内閣府令をはじめとした 所要の改正が , 東京証券取引所でも種々の上 場規則の改正がなされるものと思われる。改 正内容にも留意しつつ , 今後の実務の動きを 注視する必要がある。 野口真吾 ( のぐちしんこ ) 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業弁護士。国内企 業法務系事務所勤務後 , 2012 年 3 月から 1 5 年 4 月ま でベトナム現地事務所へ出向し , 東南アジア域内にお ける P 日 , M&A, 政府折衝業務等を担当。現在は越境 M&A ・ファイナンス・通商 , 国際訴訟・仲裁等を取り 扱う。主な著作として , "A 「 bit 「 ation P 「 ocedu 「 es and P 「 actice in Japan" Thomson Reute 「 s の P 「 acticalLaw ウエプサイト ( 共著 ) 等。 佐藤光伸 ( さとうみつのぶ ) 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業弁護士。アンダ ーソン・毛利・友常法律事務所 , PwC あらた監査法人 を経て現職。 2013 年 8 月から 14 年 7 月まで金融庁総 務企画局企業開示課にて専門官として執務した経験を 持つ。主な著作に , 「逐条解説 2014 年金融商品取引法 改正」 ( 共著 . 商事法務 , 2015 ) 他多数。 3 金融商品取引業者等が , 投資判断に影響を及ぼす未公表の重要な情報を提供して顧客を勧誘することは禁止されているが ( 金 融商品取引業等に関する内閣府令 1 1 7 条 1 項 1 4 号 ) , 同様の情報を企業が提供することは禁止されていない。 ビジネス法務 2016.8 91
役割 1 をふまえて記載内容を整理し , 同種・ 情報ではないことから , 有価証券報告書にお 同様の開示項目および内容について記載を共 いて記載すべきことがあげられている。 通化・合理化するとともに , 対話に資する企 他方で , 短信による情報開示の意義が速報 業情報の開示の充実を図るべきことが指摘さ 性にあることに鑑み , その内容については可 能な限り自由度を高めるべきことも指摘され れている。 ている。すなわち , 証券取引所が短信への記 ( 1 ) 決算短信および四半期決算短イ 載を要請する事項を , サマリー情報 , 経営成 決算短信および四半期決算短信 ( 以下あわ 績・財政状態・今後の見通しの概況ならびに せて「短信」という ) については , 速報とし 連結財務諸表および主な注記に限定し , その ての性格が形骸化しているのではないかと指 他は企業が任意に記載できることとするな 摘されてきた。報告書は , 短信の目的・役割 ど , 義務的な記載事項および記載を要請する に即し , 次のような整理・合理化を行うべき 事項を可能な限り減らし , それぞれの企業の と指摘している。 状況に応じた開示を可能とすべきと指摘して 上場会社の決算情報は , 決算内容が定まっ いる。さらに , 制度上投資者の投資判断を誤 たときにただちにその内容を開示することが らせるおそれがない場合には , 短信の開示時 義務づけられている一方で , 決算短信につい 点では連結財務諸表の開示を行わなくともよ ては , 約 4 割の上場会社が監査後に公表して いこととし , 開示可能になった段階で連結財 おり , また , 四半期決算短信については四半 務諸表を開示することを認めることなども提 期レビューを待ってから開示されているのが 言されている。 現状である。このため報告書は , 短信による 情報開示の意義が速報性にあることを再確認 ( 2 ) 事業報告・計算書類 し , 短信公表前に監査および四半期レビュー 事業報告・計算書類の記載事項の多くは , が終了している必要はないことを改めて明確 有価証券報告書で提供される投資者の投資判 にすべきと指摘している。そして , 短信の早 断のための情報と同種の事項となっている。 期提出を促す観点から , 短信では速報性が求 この点 , 事業報告・計算書類の開示内容を められる項目のみを開示することとし , 速報 規定している会社法施行規則および会社計算 性がそれほど求められない項目については , 規則は , 各書類の様式や事業報告に関する記 有価証券報告書および四半期報告書で記載す 載の詳細について定めていないため , 企業 ることとすべきと提言している。一例とし は , 経団連の提供する「会社法施行規則及び て , 現在 , 決算短信に記載されている経営方 会社計算規則による株式会社の各種書類のひ 針については , 必ずしも速報性が求められる な型」に即して開示している例が多い状況と 1 3 つの開示制度は , 次のような目的・役割を有している。 ①取引所規則 ( 決算短信 ) : 重要な会社情報を投資者に対して迅速かっ公平に提供することで , 健全な証券市場の形成に寄 与し , もって投資者保護に資するもの。 ②会社法 ( 事業報告・計算書類 ) : 所有と経営の分離により会社の財務状況等を一般に知ることが困難である株主に対して , 会社の会計や事業活動の経過および成果を報告し , 議決権等の権利行使をする際の重要な判断材料を提供するとともに , 原則 として会社財産が唯一の引当となる会社債権者に対して , 会社の財務状況等を正しく判断できるようにするための情報を提供 しもって株主および会社債権者の保護に資するもの。 ③金融商品取引法 ( 有価証券報告書 ) . 投資者の投資判断に必要かつ重要な情報を提供することで , 金融商品取引等の公正 を確保し , 有価証券の流通を円滑にするほか , 資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り , も って投資者保護に資するもの。 88 ビジネス法務 2016.8
「株主総会プロセス電子化報告書」が実務に与える影響 4 具体的な制度設計 供を行う範囲や手続を柔軟に変えていけるよ 上記の提言内容をふまえ , 「新たな電子提 う , 企業に選択肢を与える方向で制度を整備 供制度」の具体的な制度設計について検討が していくことが重要であるという点 , 本研究 なされている。その概要は以下のとおりで 会における議論として共通していたと指摘さ ある。 れている。そのほか , 報告書では , 書面提供 する情報の範囲は必要最低限とするべきであ ①株主の個別承諾を得ない限り , 書面提 るなど , 制度設計に際しての留意点が取りま 供する情報の範囲 とめられている ( 詳細は , 本提言 13 ~ 14 頁 , (i) 株主総会の基本的情報 ( 総会日時・ 本報告書 34 ~ 35 頁参照 ) 。 場所 , 議決権行使手続に関する情報 , 議題など ) ( ⅱ ) 法令上 , 株主総会前に提供すべき情 報が掲載された Web サイトのアドレス ( ⅲ ) 議決権行使書面 ②個別承諾なしに電子提供できる情報の 範囲 上記①以外 ( 現行制度上の株主総会参考 書類 , 事業報告 , 計算書類・連結計算書 類 , 会計監査報告・監査報告に相当する 情報 ) ③「新たな電子提供制度」の利用手続 【 A 案】株主意思確認手続 ( 総会決議 ) を経たうえで利用 【 B 案】企業内部の意思決定により利用 可能 ④株主からの書面請求への対応 【 A 案】法令上は書面請求への対応を求 めないが , 企業が内部で取扱いを定め たうえで対応する 【 B 案】法令上 , 書面請求への対応を求 石﨑泰哲 ( いしざきやすのり ) めるが , 企業実務への影響等に配慮し 弁護士。 2005 年京都大学法学部卒業。 06 年西村とき わ法律事務所 ( 現西村あさひ法律事務所 ) 。 14 年南カ た内容とする リフォルニア大学ロースクール卒業 (LL. M. )。主な著 作として , 「上場企業法制における企業の中長期的利益 制度設計に関しては , 今後 , インターネッ とショートターミズムとの調整 ( 上・下 ) ー最近の欧 米の議論の諸相から一」商事法務 2097 ・ 2098 号 ( 共 ト利用がさらに普及していくことが見込まれ 著 ) など。 ることから , 今後の環境変化に応じて電子提 5 今後 , 当面の間 , 「対話型株主総会プロセス」の実現に向けた関係者の取組みについて , フォローアップのための会合が定期 的に開催されるようである ( 報告書 ] 05 頁 ) 。また , 2016 年 6 月 2 日に策定 , 公表された「日本再興戦略 201 6 ー第 4 次産 業革命に向けて一」においては , 「株主総会の招集通知添付書類 ( 事業報告や計算書類等 ) の電子提供について , 原則電子提 供とする方向で来年早期の会社法制の整備の着手も目指しつつ , 講ずべき法制上の具体的な措置内容を検討する。【来年早期 の会社法制の整備着手も目指す】」 ( 42 頁 ) などとされている。 特別企画 第物第第当窄 2 一を毅第をを おわりに 報告書で整理された早期 Web 開示と招集 通知関連書類の電子提供について , 今後上場 企業における自主的な対応や , 法制度の改正 に向けたさらなる議論 , 動きが予想されると ころであり 5 , 株主総会に関わる会社関係者 や実務家は , これらの動向に注目すべきであ 61 ビジネス法務 2016.8
「株主総会プロセス電子化報告書」が実務に与える影響 特別企画 弁護士石﨑泰哲 西村あさひ法律事務所 電子提供 ①招集通知関連書類の 設定 ( 同 66 頁 ) について , それぞれ概観することとする。 連書類の電子提供 ( 本稿 ) , 図議決権行使の電子化 ( 本誌 62 頁 ) , 3 総会関連日程の適切な では , 本報告書のうち , 特に株主総会実務への影響が大きいと考えられる , 田招集通知関 務に関わる会社関係者や法律実務家にとって大いに注目すべきものとなっている。本特集 れた内容は , 株主総会プロセスの電子化促進等についての具体的提言を含め , 株主総会実 に向けて ~ 」 ( 以下「報告書」という ) を公表した。全 5 章からなる報告書において示さ とめた「株主総会プロセスの電子化促進等に関する研究会報告書 ~ 対話先進国の実現 報開示の充実や議案検討期間の確保のための具体的な方策等についての検討結果をとりま 会」 ( 以下「本研究会」という ) は , 本年 4 月 21 日 , 企業と投資家の対話促進に向け , 情 経済産業省が平成 27 年 11 月に設置した「株主総会プロセスの電子化促進等に関する研究 はじめに および③の書類は書面で交付しなければなら 等 ) , また , 株主から個別請求があれば , ② 諾が必要であり ( 会社法 299 条 3 項 , 301 条 2 項 ができるものの , そのためには株主の個別承 は , ①から⑥を株主に電子的に提供すること 類 , ⑥会計監査報告・監査報告がある。会社 類 , ④事業報告 , ⑤計算書類・連結計算書 知 , ②議決権行使書面 , ③株主総会参考書 に株主に提供すべき書類としては , ①招集通 会社法上 , わが国の上場会社が株主総会前 ないため ( 会社法 301 条 2 項ただし書 , 302 条 2 項 ただし書 ) , この制度の利用状況は非常に限定 的である 1 。また , 上記③から⑥の書類の一 部は , 定款規定に基づき , 株主の個別承諾な く Web 上で提供したとみなすことができる が ( 会社法施行規則 94 条 1 項 , 133 条 3 項 , 会社 計算規則 133 条 4 項 , 134 条 4 項 ) , みなし提供で きる書類の範囲が③から⑥の「一部」に留ま っていることもあり , その利用率は上場会社 全体の 45 % 程度とされている。 報告書では , このような状況もふまえつ つ , 招集通知関連書類の電子提供について , ( 1 ) 書面送付と並行して行われる招集通知情報 1 報告書によると , 上場会社によるこの制度の利用状況は全体の 2.6 % 程度に留まっている。 2 「早期 ( 発送前 ) Web 開示」とは , 招集通知を発送するまでの間に , TDnet や自社のウェブサイトにより電子的に公表するこ とを言う。以下「早期 Web 開示」とする。 58 ビジネス法務 2016.8
をふまえて , 報告書は , 株主総会議案の十分 な検討期間を確保するため , 適切な株主総会 日程の設定や事業報告・計算書類等の早期提 供 , さらに有価証券報告書の早期開示等を行 うなどの取組みを進めることにより , 株主と の建設的な対話を充実させていくことが望ま しいと指摘している。そして , このような取 組みを後押しするために , 各企業による適切 な株主総会日程の設定に関して選択肢が広が るよう , 以下のような方策が提言されている。 ( 1 ) 株主総会日程の柔軟化のための開示の見 直し まず , たとえば 3 月決算の会社が 7 月に株 主総会を開催することで対話期間を確保する オプションが指摘されている。この場合議決 権行使基準日は決算日より遅い日となる 2 が , 有価証券報告書および事業報告では , 決 算日の「大株主の状況」および「上位 10 名の 株主の状況」を記載することとされている結 果 , 議決権行使のための株主の確定とは別 に , 大株主の状況等を開示書類に記載するた めに株主を確定しなければならず , 全体とし て事務負担が増加するおそれが指摘されてい た。そこで , これらについては株主総会での 意思決定に重要な影響を及ほしうる者を開示 させている事項と考え , 議決権行使基準日を 有価証券報告書および事業報告における大株 主の状況等の記載時点にすべきことが提言さ れている。 ( 2 ) 事業報告・計算書類等の電子化の促進 また , 書類の印刷・郵送に係る時間などを 省くことで , 事業報告・計算書類等を早期に 株主に提供することも指摘されている。この 点現行制度上は , 株主から事前に同意を得ら れれば , 事業報告・計算書類等のすべてを電 子的に提供することが可能であるが , 株主の 事前同意がない場合 , 電子的に提供可能な書 類は , これらのうち株主資本等変動計算書・ 個別注記表など一部の書類に限られる。事前 の同意なしに電子的に提供可能な書類の範囲 を拡大すれば , 印刷に要する時間を短縮で き , 株主総会議案の十分な検討期間の確保 や , 事業報告・計算書類等の作成・監査の時 間の拡大に繋がるなどのメリットがある一 方 , デメリットとして , 個人の議決権行使率 の低下やデジタルデバイド ( 情報格差 ) の問 題を招くおそれがある。報告書では , 事前の 同意なしに電子的に提供可能な書類の範囲を 拡大することが望ましいが , デメリットに対 しては各企業や株主の状況に応じた配慮が必 要であると指摘されている。 朝非財務情報の開示の充実 有価証券報告書では , 公益または投資者保 護のため必要かっ適当な事項を記載すること が求められているが , 近年 , さまざまな情報 に対する投資者等ステークホルダーのニーズ に応えるため , 多くの企業が , CSR ( 企業の 社会的責任 ) 報告書や環境報告書等 , 多様か つ専門的な非財務情報を任意的に開示するよ うになっている。これに対して , 非財務情報 の内容によっては , 制度上開示を義務づける 可能性も考えられるが , 有価証券報告書は , 虚偽記載について刑事罰等の厳重な制裁があ ることや , 投資判断のために真に重要な情報 をわかりやすく開示する必要があることにも 鑑み , 意見書はその義務づけについて慎重に 検討すべきと指摘している。 また , 特に海外機関投資家を中心に , 複数 の開示書類で開示されている情報を 1 つにま 2 株主総会の開催日を決算日の翌日から 3 カ月以上後の日とすると , 決算日から株主総会の開催日までの期間が 3 カ月を超える こととなり , 議決権行使基準日を決算日に設定することができなくなる。 90 ビジネス法務 2016.8
「株主総会プロセス電子化報告書」が実務に与える影響 の早期 ( 発送前 ) web 開示 2 と , ( 2 ) 書面送付 開示すれば , 株主が招集通知等の情報を入手 に代わる招集通知関連書類の電子提供につい 可能なタイミングが早まり , 株主の議案検討 期間は拡大しうることとなる。報告書におい て , 本研究会における検討結果を取りまとめ ている。なお , 後者については , 「株主総会 ては , 平成 27 年 6 月に株主総会を開催した早 の招集通知関連書類の電子提供の促進・拡大 期 Web 開示企業 769 社の株主総会日から Web 開示日までの平均日数が 16.7 営業日であった に向けた提言」という形で , 参考資料を添付 のに対して , 早期 Web 開示を実施しなかっ したうえで , 報告書とは別途公表されている。 た残りの企業 1 , 583 社の株主総会日から招集 通知発送日までの平均日数が 12.9 営業日であ ったことをあげ , 約 3.8 営業日の議案検討期 間拡大の効果があったとしている。 1 早期 Web 開示の実施状況 3 早期 web 開示に関する課題と今後期待 報告書においては , 早期 Web 開示等の実 施状況が報告されているが , 早期 Web 開示 される対応の方向性 報告書においては , 早期 Web 開示の課題 を実施する企業が大幅に増加していることが として , ①日本では決算日から株主総会日ま 注目される。たとえば , 平成 27 年 6 月に株主 での期間が非常に短く , 早期 Web 開示等の 総会を開催した上場会社 2 , 352 社のうち , 早 期 web 開示を実施した企業は 769 社 ( 32.7 % ) 対応には限界がある旨の指摘 , ②早期 Web であり , 前年の 91 社 ( 3.9 % ) から大幅に増 開示は法令で強制されない任意開示であるた め , 先進的で自立的な取組みをしている会社 加している。また , 平成 27 年 11 月に実施され と , ぎりぎりまで開示しない会社に 2 極化し た東京株式懇話会会員企業を対象に実施した ているとの指摘 , ③機関投資家が利用してい アンケートの調査結果においても , アンケー る Arrow Force といったサイトのような , い トに回答した上場会社 ( 729 社 ) のうち , 平 わゆるブッシュ型の情報通知サービス 3 を備 成 27 年総会で早期 Web 開示に取り組まなか えた一括プラットフォームについて , 個人株 った企業 ( 333 社 ) の 57.4 % ( 191 社 ) が , 平成 主も利用可能となることが望ましいとの指 28 年総会では早期 Web 開示に取り組む予定 摘 , ④英文招集通知の早期開示の重要性等の であると回答しており , 今後も増加傾向が続 指摘があったとされている ( 詳細は , 報告書 くことが予想される。コーポレートガバナン 15 ~ 17 頁参照 ) 。 ス・コードの補充原則 1 ー 2 ②において , 招 このような課題もふまえ , ①早期 Web 開 集通知情報の電子的提供についての定めがお 示実施企業の拡大 , ②適切な Web 開示のタ かれており , これに対して上場企業が真摯に イミングの検討 , ③ TDnet への提出の推奨 , 対応していることが背景にあるものと窺える。 ④個人株主も利用可能な一括プラットフォー ムの創設の検討 , ⑤英文招集通知の早期 2 早期 Web 開示の効果 Web 開示について , 今後取組みがなされる 招集通知関連書類を紙媒体により株主に提 ことが期待されるとされている ( 詳細は , 報 供する場合 , 原稿の校了から株主の手元に届 告書 17 頁参照 ) 。 くまでの間に印刷 , 封入 , 郵送等の期間を要 するが , 校了後速やかにインターネット上で 3 保有銘柄を登録しておけば , 当該銘柄の招集通知掲載により通知メールを受領できるサービスをいう。 特別企画 早期 Web 開示 59 ビジネス法務 2016.8
わが社でもできる ! 贈賄防止プログラムの実践 という視点から , 会社の利益を第一に考 を免れるかもしれない。しかし , この段階に え , 可能な限り違反リスクを回避しようと とどまる限り , 腐敗防止の実効性は上がらな するからである。法務担当のこの判断がそ いし , また本当の意味で社員スタッフを守る のまま現場担当者に受け入れられれば , そ ことはできない。 れで問題はなかろうが , 多くの場合 , 現場 そもそも , グローバルにビジネスを展開す 担当者は「会社側は実情を何も分かってい る企業が念頭に置くべき法令は , 実際に適 ない」とあきらめ , やむなく会社の公式的 用・執行される米国の「海外腐敗行為防止 法」 (FCPA) や英国の「贈収賄防止法」 な指示に反し , 自らの責任において「袖の (UKBA) などである。仮に形式主義にとど 下」を提供してしまうかもしれない。 まっていれば , FCPA では「内部統制条項違 確かに , これで , 表面上 , 会社としての 反」 , UKBA では「第 7 条違反」 ( 防止体制整 体裁は繕えるかもしれない ( 現場には「違 備懈怠罪 ) と見なされ , 会社および役員の刑 反は一切認めない」と指示している , と主 張できるかもしれない ) が , 実態は , 現場 事上・民事上の責任が問われることになる。 それゆえ , グローバル企業は , 形式主義から 担当者を苦しめ , 外国公務員贈賄防止への 取り組みは何ら進まないことになる。 " 実質重視へと姿勢を転換させる必要があるの である。 2 姿勢転換の必要 誤解があってはならないので強調しておく 10 年前の筆者のこの認識は , 今もまったく ここに提唱する実質重視のコンプライア ンスとは「便益の提供や費用の負担など , す 変わっていない。調査会社インテグレックス べてを禁止せよ」と訴えるものではない。そ は , 日本で初めて主要企業 ( 有効回答 221 社 ) を対象とした腐敗防止体制に関する調査を実 れは , むしろ「進出先の意識を変えるため , 施したが , 結果は , 多くの日本企業が「形式 創意をもって工夫をこらし , リスクをふまえ 主義」にとどまっていることを示していた 6 。 た合理的措置を講じていこう」と呼びかける 腐敗防止の取組みを各社において実質化さ チャレンジである。 せるには , 外国公務員などに何らかの便益を 提供せざるをえない時 , これに関し事実を事 チャレンジとしての 実として正確に記録に残す必要がある。しか 海外腐敗防止 し , 便益の提供につき , 企業側が外部の専門 家に助言を求めれば , 多くは「記録を残すこ 1 進出先の持続可能性に寄与するため これを「チャレンジ」と呼ぶのは , グロー とがリスク」といって , これを控えさせるは ずである 7 こうした助言に従う限り , 企業 バルコミュニティが腐敗防止の取組みを次の ように捉えているからである。 は , 形式主義から抜け出すことはできない。 第 1 に , 腐敗防止は相手国の持続可能性に 確かに , 子会社の社員スタッフが進出先に 貢献すること。逆に言えば , 腐敗官僚の言い おいて賄賂を渡し , 後にそれが公になったと なりに行動すれば , 企業側に悪意がなくて しても , 便益提供を会社として認めたという も , 企業は相手国の人権・労働・環境などを 証拠がなければ , 本社および関係役員は処罰 5 髙巖・ R-BEC006 プロジェクト , 前掲書 , 4 頁。 6 第 15 回インテグレックス調査 ( 2015 年 1 1 月 ~ 2016 年 3 月実施 ) 。 7 「海外贈賄防止ガイダンス」を作成する日弁連有志の弁護士は「記録を残すことこそ重要」との立場を徹底しようとしている。 特集 ニ = 13 ビジネス法務 2016.8
わが社でもできる ! 贈賄防止プログラムの実践 4 接待・贈答 ソビエト連邦の公務員に最高 250 ドル相当の 牛肉製品のサンプルを送ることを認めてお 第 4 条 ( 公務員等に対する接待・贈答 ) り , 他に米国法で参考となる金額が乏しいこ 1 公務員等に対して接待・贈答を行う場 とから , 米国企業の多くは , 接待および贈答 合には , 事前に・・部の・・の決裁を受 を 250 ドル以下に留めているとされている。 けなければならない。ただし , 事前の決 日本国内における贈答については , 国家公 裁が受けられないやむを得ない事情があ 務員倫理法上 , 日本の公務員は , 贈答を受け った場合は , 事後直ちに・・部の・・の た場合には原則として贈与等報告書を提出す 決裁を受けてこれに代えることを認める。 る必要があるが , 5 , 000 円以下の贈答につい 2 役職員は , 以下の要件を充足する場合 ては報告が不要とされていることを参考に に限り , 公務員等に対する接待・贈答を 5 , 000 円を上限とすることが考えられる。 行うことができる。 また , 接待および贈答に関しては , 1 回あ ( 1 ) 接待・贈答が贈賄に該当しないこと たりの金額は少額であってもそれが累積すれ ( 2 ) 高価な接待・贈答でないこと ば高額になるというような場合には , 贈賄と ( 3 ) 合理的な理由・必要があるため贈賄 みなされるリスクが高まる。そこで , 接待や と疑われないこと 贈答につき , 年間数回というような記載で回 ④所定の決裁手続を行うこと 数の上限を設定することが考えられる。 3 「高価」とは ( 略 ) 日本国外で接待や贈答を行う場合 , 外国公 4 役職員は , 以下の点に留意しなければ 務員等が所属する国や接待等を行う国の法令 ならない。 ( 略 ) や物価水準を考慮して回数や基準金額を決め 5 公務員等に対する以下の接待・贈答は , る必要があり , 各国の現地法人の意見なども 特段の事情がない限り許容される。 ( 略 ) 考慮しながら決定していくことになる。 接待・贈答に関しては , 金額基準を設けて なお , 基準金額や回数は , 社会情勢の変動 いない例も少なくないが , 決裁権者や社員の 等により随時見直すことが必要である。 判断を助けるために , 上限となる基準金額を そのほか , 贈賄の疑いを掛けられる可能性 定めることが望ましい。基準金額は , 保守的 が類型的に高い , 競争入札の前後の接待や贈 に低目の金額に設定するほうが好ましいが , 答を明示的に禁止する規定を置いたり , ある 上限となる金額基準を定めつつ , 法務部長や いは , ノベルティグッズの提供や社交儀礼の コンプライアンス部長の承認を得れば金額基 範囲内の贈答等 , 許容される贈答について明 準を超える接待を行うことができるとするこ 記する例もある。 とで , 基準の柔軟性を確保するのが実務的で そこで , 上記サンプル 4 項では , 頻繁な接 あると思われる。上記のサンプルでは , 3 項 待や高価なものには該当しないが禁止される の「高価」の定義のところで , この点を規定 もの , 特定のプロジェクト期間およびその前 することを想定している。 後の接待・贈答等 , 禁止されるケースを例示 上限となる基準金額につき , FCPA を念頭 することを想定しており , また , 茶菓子や軽 においた場合 , 日本国内で外国公務員等を接 食の提供 , ノベルティグッズや試作品の提供 待する場合には , 1 回あたり 25 , 000 円とする 等 , 許容されるケースも例示することを想定 ことが考えられる。 1981 年の DOJ の意見にお している。 いて , DOJ は , lowa Beef Packers, lnc. が旧 なお , 接待・贈答の決裁権者につき , 小規 29 ビジネス法務 2016.8 特集
等でもよく取り上げられるが , アメリカとの 比較で見ると日本のほうが格差は小さく出て いる。また , この数字はフルタイム労働者と パートタイム労働者の対比であって正社員と 非正規労働者の対比ではない点 , 国によって パートタイム労働者という雇用形態の実像が 異なる点にも留意を要する 2 30.5 日本アメリカイギリスドイッフランス ※第 1 回同一労働同一賃金の実現に向けた検討会・厚生労 働省提出資料 20 頁に基づく 2 制度内容 ( 1 ) 同一労働同一賃金と現行法 次に , 政府が検討中の制度の中身を見てい きたい。同一労働同一賃金の原則とは , 同一 の職務内容の労働者に対し同一の賃金を支払 うべきという考え方であるが , 日本の現行法 上 , 同一労働同一賃金の原則を定める実定法 上の根拠は存在していない 3 。過去 , 非正規 労働者の待遇格差をめぐり争われた裁判例で もそのことが確認されている 4 つまり , 現行法上は定めのない法原則の導 【図表 1 】貨金格差の国際比較 フルタイム労働者の賃金 = 100 に対する パートタイム労働者の賃金水準 89.1 79.3 70.8 56.8 ■「同一労働同一賃金」議論を追う 入を検討中ということになるが , 同一労働同 の違いなどが認められていると紹介する。 ど , ドイツでは学歴 , 取得資格 , 職業格付け 的状況 , 採用の必要性 ( 緊急性 ) の違いな ( 勤続年数 ) , キャリアコース , 企業内での法 フランスでは提供した労働の質 , 在職期間 例外事由たる「客観的な理由」の例として , 旨の規定が置かれていると述べる 6 。また , を設けるなどの取扱いも認められる」という ならない。客観的な理由があれば , 賃金に差 非正規労働者に対し不利益な取扱いをしては 上 , 「基本的には , 客観的な理由がない限り , ランスの国内法である。これら欧州の法制度 紹介されているのは EU 指令とドイツ・フ 入することが可能であると提言する点にある。 州諸国の法制度を紹介し , それを日本にも導 水町教授が提出した資料のポイントは , 欧 ( 2 ) 水町教授提出資料の概要 では重要な資料といえる。 が展開されており , 今回の議論をつかむうえ 3 回検討会ではこの資料をベースにした議論 教授が提出した資料から伺い知れる。第 1 ~ 議で , 東京大学社会科学研究所の水町勇一郎 その内容は , 2 月 23 日の一億総活躍国民会 ようと政府内で議論されているのか。 それでは一体 , どのような形の制度を導入し うとするときにはさまざまな形がありうる。 原則であるから , それを具体的に法制化しよ 一賃金の原則というのは一般的・抽象的な法 2 非正規労働者の類型としては有期契約労働者 ( 契約社員等 ) , バートタイム労働者 , 派遣労働者 , アルバイトなどがある。たと えば , 所定 8 時間の有期の契約社員は非正規労働者であるが , 【図表 1 】では「フルタイム労働者」と認識される。なお , 本当 に比較対象とすべきは正規の仕事がないから非正規雇用に就く「不本意非正規」であると考えるが . この点は次回述べたい。 3 労働基準法 4 条は「男女同一賃金の原則」を定めるもので , 同一労働同一賃金の原則とは異なる。なお , 職務内容が異なる場 合でも , その価値が同一であれば同一の賃金を支払うべきという考え方を同一価値労働同一賃金の原則という。 4 丸子警報器事件・長野地上田支判平 8.3.15 労判 690 号 32 頁 , 日本郵便逓送事件・大阪地判平 14.5.22 労判 830 号 22 頁な ど。ただし , 前者の裁判例は , 同一 ( 価値 ) 労働同一賃金の原則は実定法上の根拠がないとしつつ , 均等待遇の理念に反する 賃金格差は公序良俗違反の違法を招来する場合があるとし損害賠償請求を認めていることが多い。 5 平成 28 年 2 月 23 日第 5 回一億総活躍国民会議・同一労働同一賃金の推進について ( 水町勇一郎教授提出資料 ) 。 6 非正規労働者全体を網羅した法律ではなく , ①有期契約労働者 , ②パートタイム労働者 , ③派遣労働者について各々法律・条 文が設けられている。派遣労働者については①②とは別の形で均等処遇の法制化がなされている。 ビジネス法務 2016.8 83