ファラオの墓 - みる会図書館


検索対象: 二つの環境 : いのちは続いている
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1. 二つの環境 : いのちは続いている

まっさっ た。歴史から抹殺されていたファラオは今に残る歴史に書かれていなかったばかりか、すでに 古代エジプトの時代にも忘れ去られていた。 あらひとがみ 当時、ファラオは絶大な権力をもち、生きていて神様、つまり現人神だったから、もし知っ ていればファラオの墓の上に作業小屋など作るはすがない。 つまり、ラムセス六世の頃、すで にツタンカーメンは完全に歴史から消されていたことがわかる。だからファラオの墓の上に作 業場が作られた。 不吉な運命を担った王ッタンカーメン。それはファラオと神官の長い戦いのウズの中で起こ ったことであり、ミステリアスなこの話もとても面白い。そしてッタンカーメンの墓を見つけ はつくったずさ たあと、発掘に携わって人たちが次々と謎の死を遂げたことも有名だ。三〇〇〇年の古代エジ のろ す、つき プトの呪い : この本が無限に厚かったら、この時代のファラオたちの数奇な運命を書きた いところだが、今回は見送る。 もど 話をもとに戻そ、つ。 墓は死んだ人が静かに眠る場所だ。ましてミイラになって眠っているというのは来世がある ことを信じていたからに他ならない。ファラオともなれば生きているときはみんなの尊敬を集 にな はか ねむ なぞ ころ

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ねむ め、側近にはちやはやされる。死んだあとも、分厚い「国史」にその名前を書きこまれ、ピラ ほうむ ミッドの中に丁重に葬られる。時には大勢の側近がファラオが死んだときに自殺して一緒に墓 に入ることすらあった。 あば そんなファラオではあったが、はとんどの墓はすぐに暴かれ、安らかな死後を送ることはで きなかった。皮肉なものだ。現世では幸運で権勢をはこったファラオの墓が死後すぐにあばか れ、不吉な運命をもったファラオ、ツタンカーメンだけは、それから三〇〇〇年の間、静かな 眠りにつけたのだから。 古代エジプトの伝えが正しく、死後の世界こそが本当の世界なら、古代エジプトでもっとも さいお、つ 不幸なファラオが、もっとも幸福なファラオになった。「人生、塞翁が馬」ーー人の幸福と不 ということわざがある。まさにそのとおりだ。 幸はどのように訪れるかわからない ふんば 発掘されたツタンカーメンの墳墓は素晴らしかった。 ファラオの棺は「第三人型棺」と呼ばれるもので、これも黄金で飾られている。木製で金ば けいがんせい りの人型棺、直方体の珪岩製の石棺で防御されている。そこにミイラにされたツタンカーメン ちょ、つこく かこうがん 王の遺体がおさまり、赤色の花崗岩で閉じられている。棺の表面は、細かい金の彫刻、素晴 ひつぎ かん ば、つぎよ かざ ) っしょ

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あとだったので、もうピラミッドはぜんぶ見つけられていると考えられていた。有名なクフ王 のピラミッドのような大きくて目立つものはもちろんのこと、歴史の中に埋もれてしまったよ はかたんねん うなファラオの小さな墓も丹念に調べられていた。 ファラオの墓がそんなに注目されたのは、みんなが古いものに興味があったということだけ ではない。ファラオの墓を掘り当てれば一生使っても使い切れないほどの財宝が手に入ったか もうれつ らだ。残念ながら多くの場合、人間が猛烈な力を発揮するのは「お金目当て」のときであり、 特に黄金に目がくらむ。 だから多くのファラオの墓は、盗賊が見つけた。どんなに貴重なものであろうと、彼らは金 目のものは売り払う。そんなことが続いたので、あれほど多くのピラミッドがあっても無傷で 残っているものは少なかった。 と ) い、つと ; 」「つ 実は、古代 = ジプトの歴史に興味を持「たカーターはある出土物の〇〕 ) みよ、つ が妙に気になっていた。エジプト文字を解読する研究によると、上の部分が「〇」で太陽神ラ 、真中のカプトムシのような虫の絵「は幸福の昆虫とされたケベルを意味する。そ かご して一番下の「 ) 」は形どおりだが食物を入れる篭 ( ネプ ) 。つまり、この名前は「ネプ・ケ とうぞく はっき

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ベル・ラー」と読むはすだ。 だえんけい わく そして、名前のまわりに楕円形の枠をつけるのはファラオのみに許されている。だから、こ の「ネプ・ケベル・ラー」という名前は古代エジプトのファラオ以外の何者でもない、そう読 める。 しかし、そのような王は古代エジプトのファラオの中には記録されていない。古代エジプト おそ の人は自分たちの歴史をしつかり書きとめておく習慣があったので、恐れ多くも王座についた へんさん ファラオの一人がエジプトの歴史から抜け落ちることなど考えられない。国家の歴史編纂係の 役人はしつかりしている。 だから、記録されていない王の墓を探すなど気がちがっているとしか思えない。カーターは ちょ、つしよ、つまと たびたび嘲笑の的になった。カーターはかりではない。彼の夢の実現のためにお金を出して きよ、つ おうえん いたカーナポン卿もばかにされるありさまである。「何で、カーターなんかを応援しているの だ。もの好きな ! 」と言われる。しかしそのくらいのことではカーターもカーナポン卿も夢を 捨てなかった。そもそも何か大きな発見をする人は周囲の人の一一 = ロうことなどあまり気にしない 自分のしたいことがはっきりしている。 はか

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はっノ、つ 発掘されたあとにわかったことだが、カーターが注目した出土品に書かれていたネプ・ケベ ル・ラー王という人物は、今では有名になった「ツタンカーメン」その人だったである。在 位・紀元前一三四七年 5 一三三八年、今から三三〇〇年前だ。その哀しい人生のドラマも、ま た興味尽きないものである。 古代エジプトではファラオは二つの名前を持ち、一つが生まれたときの名前で、もう一つが ファラオに即位したときの名前。ッタンカーメンという名前は生まれたときの名で、ファラオ に即位したときに「ネプ・ケベル・ラー」とい、つ名をもらっている。 カーターはすでに発掘されつくされていたルクソールという場所のナイル川西岸の「王家の 谷」を探した。古代エジプトの歴史やッタンカーメンが王でいた年代から考えると、墓はルク そうさく ソール近くにあるはずだった。長い捜索と失敗が続く中で、ついに三〇年目の一九二二年、カ ーターはツタンカーメンの墓を発見した。それは思いもかけないところにあった。 古代エジプトではファラオの墓を作るのは一大事業だったので、その作業をするために立派 な作業小屋を作る。作業小屋も遺跡となって残っているほどだ。ところが、なんとッタンカー メンの墓はラムセス六世の墓を作るとき働いていた人たちが生活をしていた作業場の下にあっ そくい はっ / 、つ いせき かな

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やつばりわたしが正しかった ! 」 ところで、ツタンカーメン王の棺と一緒に「黄金のマスク」が見つかった。これが超有名。 この黄金のマスクだけを知っていれば何とかなる。 こ、つぎよくすい このマスクには黄金のはか、紅玉髄・ラピスラズリ・トルコ石・ねりガラスが使われ、古 代エジプトの美術の粋を凝らして〃理想の王みを表現している。とりわけマスクの目の部分は ど、つこ、つ すごい。白目には水品、瞳孔には黒曜石が象眼という方法を使って埋めこまれ、目じりには赤 びみよう い顔料で徴妙なニュアンスを出す。 ふんいき ッタンカーメンは若くして死んだ。だから「少年でありながらファラオ」という雰囲気を出 すのに苦労しただろう。耳は左右対称ではなく、左耳のほうがわすかに顔から突き出し、あご わく のつけひげは黄金の枠に象眼された青いねりガラスを使用している。芸が細かい。 ずきん とくちょ、ってき 黄金のマスクの頭は特徴的だが、これは「ネメス頭巾」と言われるもので、エジプトの守 しよ、っちょ、つ 護神ネクベト神 ( ハゲワシ ) とウアジェト神 ( コプラ ) の象徴が並んでいて、この人こそ 「統一エジプトの王」であるとわかるしくみだ。その上、ラピスラズリ・トルコ石・石英と着 えりかざ 色されたねりガラスでできた襟飾りをし、ハヤプサの頭の形をしたとめ金を使ってファラオで こ ひつぎいっしょ ぞうがん 亠つよ、つ

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がら あることを示している。 この黄金のマスクを見学する機会があったら、できるだけきめ細かく見たいものだ。王の人 しようちょ、つ 柄やファラオである象徴、そしてどの土地を統治していたかなどがわかるように装飾されて いるのだから。 【脱線】ところで、歴史的に有名な遺跡や遺品は、このような象徴的なことが書きこま たいくっ れている。どこかに見学に行くときには、少し歴史を勉強していくと退屈な見学も面白 くなる ぐうぜん ッタンカーメンのマスクに黄金が使われたのは、偶然ではない。人間は鉄や銅などの金属を 使うようになってから、いつも「黄金」は最高のものとして、時には権力の象徴、時には女王 かざ の身を美しく飾るものとして使ってきた。 にぎ 手に握りしめられた金貨一枚が、その人の一生を救うこともあった。 きんじとう 「金字塔」という言葉がある。金で書いた文字が掘ってある塔という意味ではない。なかな ひゅ ふめつ か成し遂げられるものではないことをやり遂げる「不滅の業績」の比喩に使われる。でも、そ れも本来の意味ではない。もともとは「金の字形をした塔」、つまり古代エジプトのピラミッ な と いせき そうしよく ひと 6

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・失われる黄金 「人間と生き物」のことを考えたので、次に「人間と物」のことを研究してみよう。ます、 きん 昔から人間と共に文明を支えてきた金から話を始める。 ふんぼ 「黄金のマスク」で有名な古代エジプトのファラオ ( 王 ) 、ツタンカーメンの墳墓を発掘した のはイギリス人ハワード・カーターという人だ。 , ( 彼ま古代エジプトに強く興味をひかれたけれ びんばう ど、貧乏だったので遺跡を掘るだけのお金は持っていなかった。でも運良くカーナポン卿とい うイギリス貴族がお金を出してくれたので、カーターは一八九〇年エジプトにわたり遺跡の出 土品をスケッチする労働者として働きはじめることができた。 一九世紀のことだから、まだ写真が高価で、スケッチする作業はかなり良い仕事だった。そ まばろし うして三十数年の間、スケッチの仕事で毎日を過ごしながらカーターは「きっと、幻のファラ オがいるはずだ」という自分の夢を捨てなかった。 カーターがスケッチの仕事をしていた当時のエジプトは、すいぶん多くの発掘隊が活躍した いせき かつやく はつくっ きよ、つ

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そうしよく らしいガラスの象眼細工で装飾されている。 ふる そ、つい ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見したとき、おそらく彼の体は震えたに相違 まばろし ない。三十年の長きにわたり、探し続けた幻の王。これまで「あいつは気が狂っている」「歴 史に名を残していないファラオなどいるはすがないじゃないか」とさんざん非難された声が聞 こ、える。 おうえん 人が興味を持ってやっていることだ。応援してあげたらよいのに、人間は時として意地悪に なる。 でも、カーターにしてみれは、そういう苦労があったからこそ墓を掘り当てた時にはその褒 美が与えられる。その褒美とは、苦しみをくぐり抜けて来た者だけが感しる深く大きな感激だ。 あせ 汗をかきかき登った山の項上から見る景色は格別だけれど、ヘリコプターで山の項上に降り うす 立っても感激は薄い。 まして、どんなに素晴らしいビデオを見ても自分で山を登ったときの感 ふもと くしん 激とは比べ物にならない。山の麓から大きな荷物を背負い、危険を冒して急な坂を登り、苦心 さんたん かがや 惨して項上に立ったとき、眼 ~ 則に広がる景色がこれまで見たこともないよ、フな美しさで輝く 「みんなにバカにされたけれど、自分は三〇年がんはった。そしてついにそれを見つけた。 ぞうがん くる

10. 二つの環境 : いのちは続いている

武田邦彦 ( たけだ くにひこ ) 1943 年東京生まれ。東京大学教養学部卒業。 工学博士。旭化成工業入社後、同社ウラン濃 縮研究所長を勤める。その後、芝浦工業大学 教授を経て、現在、名古屋大学大学院工学研 究科教授。おもな著書に『「リサイクル」し てはいけない』『「リサイクル」汚染列島』 『エコロジー幻想』 ( いすれも青春出版社 ) な どがある。独特の視点から環境問題を論して 定評がある。 つの工襞よ竟 ~ いのちは続いている ~ 2002 年 11 月 25 日第 1 刷発行 著者 発行者 発行所 武田邦彦 金子賢太郎 大日本図書株式会社 〒 104 ー 0061 東京都中央区銀座 1 - 9 ー 10 電話 ( 03 ) 3561 ー 8678 ( 編集 ) 、 8679 ( 阪売 ) 振替 00190 ー 2 ー 219 印刷・厚徳社製本・宮田製本所 ISBN4 ー 477 ー 01551 ー 8 0 2002 K. Takeda NDC. 400