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検索対象: 円地文子全集 第13巻
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1. 円地文子全集 第13巻

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2. 円地文子全集 第13巻

( しか、まさか、僕たちが大和屋さん て、実際それはごまかしいい種類の老衰であったが、今夜「後宮さんの小町よ、 のように鮎の香気の快く鼻を打って来ない不快さにはまだや音羽屋さんの真似をして清元や長唄の地でとことんやら されるわけじゃあありますまいね」 出あったことがなかった。 ロ数の多い都会育ちの集りだけに、鮎の匂いのよさを珍新劇の二枚目でこの芝居でアルマンを勤めた松山という 重する声がいくらか大袈裟にざわめき立つ中に交って、同俳優が言った。 山をそのまま : : : 」 じようなほめ言葉を上手にロにしているだけに、その時麗「いやものの例えですよ。まさか六歌イ 子にはしみじみ、食道楽の自分から、又一つ鮎という季節と紅車はそこまで言って、気を変えると、 魚の醍醐味が奪い取られて行く無慈悲さが身にしみてわび「しかし後宮さんの小町というのは悪くないな。私は子役 時分に前の沢瀉屋の『通小町』っていう新舞踊を見たが、 しく感じられた。 よかったなあ : : : 後宮さん一つ、誰かに新しく書いて貰っ 「そうそう : : : それだけじゃないわ : : : まだあとがあった て、小町をやりませんか」 と麗子の方を向いて言った。 麗子は今度こそもうすっかり覚めきった眼を見開いて、 「そうね、私も随分日本の歴史で有名な女の人を勤めてい ひとりごとを言った。 伺じ宴会で、もう大分席が乱れ、上戸の癖の出るころでるけれども小町はまだしたことがないわ。そうそう子供の あった。来年の今頃にもこういう組合せで又芝居をやろう、時分に踊の温習会に、関 / 扉の小町姫をやったことがある それには皆のスケジュールも早くにきき合せ、出し物にもきりよ」 一工夫なくてはなるまいと歌舞伎の立者の紅車が言い出し「小町って一体何です」 と向う側の少し離れたところにいた、やつばり新劇出の たのがはじまりで、本気と冗談をからみ合せたようなこの 社会独特の話術で、いろいろな思いっきの出る中に言い出若いテレビ男優が言った。 「小町って小野小町さ。有名な美人で歌詠みだよ」 しべの紅車が、 「そりや知ってますよ。昔は何とか小町って言えばその辺 湘「どうだい、い っそ、後宮さんの小野小町でわれわれを六 歌仙というお見立てのドラマを誰かに書いて貰っちゃあ」で評判の美人のことをいったんでしよう」 「そうだよ。つまり今のミス何々と同じさ」 と何気なしに言ってのけた。 おさら 9

3. 円地文子全集 第13巻

身体をしつかりうしろから抱きかかえて、御耳に口をよせ、叶いませぬ : : : 御位を保ち給う御高運の掟てした厳しい運 力強い声で言いながら、御手を強く握りしめた。 命でございます」 「関白、まろは生命がうらめしい」 道長は強い声でそう言ったあと、帝のおん耳に口をよせ 「そのような勿体ないことを仰せられてはなりませぬ。おて、 ゃぶ 果てなされた宮は決して主上が悲しみにおん身を御傷りに 「后の宮のおん死顔は必ず道長がお見せいたします : : : 仕 なるのをおよろこびになりますまい」 えのもののある暇だけは常のようにお静まり下さりませ」 「わかっている : : : でも関白、まろはもうあの宮の軟かい と言って、御帳台の内へ、殆ど抱き上げるようにして帝 肌にふれることが出来ないのた、あのゆるやかな美しい眸をお入れ申した。 で見られることもないのだ : : : あの長い冷やかな黒髪を身「御悲嘆がはげしく御気色が例のようでない。僧達を召し にまとうことも出来ないのだ : : : 」 て御加持をはじめるように : : : そうして、まろは今夜ずつ 帝はそう言っていられる中にふらふらと立上って歩き出と、主上をお守りしているから、皆も心を鎮めるがよい」 そうとされた。道長は引き直衣のお裾を踏むように近く寄道長はそう言いすてて、帳台の内に入ったが、間もなく って、お腰をしつかり抱きとめながら、 腹心の式部丞某をよんで、何ごとをかひそかに命じた。 「主上、何とされました : : : 」 と問うと、帝は身もだえして、道長の手をふりほどきな 夜中すぐる頃関白殿退出給ふとて御車を廊の階近う引 がら、 きよせたるにうち乗りて出で給ひぬ。殿の公達のおん供 なきがら 「まろは三條へ行く : : : 宮の亡骸のそのままにある中に : にてまゐり給へるを具し給ふさまにて、帝を御車に入れ ・ : 今一度、今一度、あの顔にあの黒髪に : : : この手でふれ まゐらせ、亡きゃうにおはしますをおん膝にかき抱かせ て見たい」 給ひて、三條の大進生昌の家に渡り給ひぬ。ここにも、 ともの狂おしく言われた。 さきに人して言はせおき給ひつることなれば、中納一一一一口ど 「主上、お察し申します、お悲嘆はお察し申しますが、お のよろづをとりしづめてなほ、宮の亡せ給ひしことは公 とぶら ん父円融院の崩御の折にも、主上は御逢い遊ばすことが叶けには奏さぬさまにて関白の訪ひ給ふさまに仕置き給ひ いませなんだ : : : 一天下の御主ともなれば軽々しく行幸は けり。大殿の夜中にわたり給ふもいと忍びたるさまにこ まかりで さだ 2 叩

4. 円地文子全集 第13巻

ここまで通い来ると知り給わぬか」 に易く世を保たせんとの母代めかしきおんいつくしみの その声はさだかではなかったが疑いもなく定子の宮のど深くてこそ恨みがましき言の葉は綴り給はざりしなるべ こかに鈴虫の余韻に似た憂いを帯びた涼しい声音にそっく し。されど一の皇子を持ち給ひては、女は母となれば、 あやふ りだったし、ロ蔽いして、顔を背けはじらうように黒髪を虎狼の岩屋さへ危しと思はぬ強きひたぶる心つくものな 衿にまとわせる動作も唯それながらと見えて、帝は思わずれば、あはれこの皇子を一天下の主人と敬はせんの御心 肌えの粟立つのを覚えられた。 出で来んもあやしからぬことなり。とてもかくても、今 中宮の御悩みは烈しくなり、しきりに頭が痛む御様子な宵の招人の女房の立ちふるまひ、ものの言ひざま、声音 ので、湯桶に湛えて来た水を手拭に浸して額に当てたり、 まで、唯その人をみるやうなりしこそあやしかりしか。 母君の関白の北ノ方 ( 倫子 ) が御帳台に入って来られたり、 かかること世にひろまらばかへりて御身の仇となる 混雑がひどくなった隙に、帝はそっと、又元の道を通って べき世のありさまなるに : : いかにしてましとさまざま 清涼殿へお帰りになった。 思し乱れ給ふにつゆばかりも大殿ごもらで夜あけはてに しかし、その夜は夜もすがらお眠りになれず、あの地獄 けり。 絵のような護摩壇の赤い焔の舌と黒煙との濛々と立ちこめ る混迷の中に、さまよい出た招人の凄じい姿が眼について その夜、藤壺で、修法の声と護摩の煙と芥子の香のむせ 離れないのであった。 かえる異常に攪乱された雰囲気の中で、帝の眼に正しく皇 后の宮そのままに錯覚された招人の姿は、三輪のくれはの 上べは飽くまでやはらかにたをやぎ給へるものから、全力を傾けた演技であ 0 たことを、読者は略々想像された 底に強き撓ひ持ち給へる御心ざまの、例へば、青柳の糸に違いない。 のわがね易くみえつつ、引ききりにくきゃうに頼もしう帝がこの夜の光景を目撃されたことで、かなりひどい衝 かな こと も、愛しうも覚え給ふなれば、まことよ言に出でてはか撃を与えられ、翌日は終日、政を聴かれなかったのを見る けても言ひ出で給はざらめれど、故関白殿失せ給ひてよと、道長はわが意を得た様子で、もう一歩、この画策を進 りこの方のこと、何につけてもわれを言ひ甲斐なしと思めれば帝の御心がほんとうに、皇后から離れることがあり し貶し給ふこと多かりけんかし。それもこれも、おのれ得るのを信じ得られる気分になった。 ははしろ 202

5. 円地文子全集 第13巻

みちたる眺めはえも言はれずめでたう、仏のみ国に遊ぶ来つるなり。尼ぎみときみのたづさへ長谷詣でし給ふと ゃうなるにいささか心ゆきぬ。尼はかかるめでたさをみ ききて観音の御慈悲にすがらばやとて、公けの仕へもさ るも仏の御導きなりとて、念仏申しに申して息つきての し置きてあとを慕ひ来りけり」といふに、憎さ辛さはう かんなぎ ぼりゆく。小辨は春日の宮の巫女のむすめなれば、仏頼せしとにはあらぬに、われにもなう身内の肉動き出づる むことはなのめなれど、行国との仲の絶え果てにしを悲ゃうにて、行国のいざなふまま、仏に遠き局にてともに しく恨み思ひ、むすばほれはてて過しける心には、よ、 オカ寝にけり。 なか牡丹の花ざかりの眼なれぬさまなるにそ、ひととき の栄えと思ひつつ心なぐさみにけり。 行国はどういうつもりで小辨との情交を復活したものか、 暮るるころ御寺に詣のばりて、御あかし奉り、御師のあの二條第炎上の折の小辨に対する失態をそのままにする 読経し奉り給ふを聞きぬ。尼が局は関白どのの御光の端のがこころに許さなかったものか、いや恐らくはそれより 端にも届きたるにや仏の右の方いと近くにありけり。初も、恋するものの敏感さで、巫女の血をうけた小辨の執着 夜の御読経果てて、尼のつかれたりとて、寄り居たるま深い心にいつまでも凝った恨みを保たせておくことは、中 ままどろみたるに、小辨はいねがてぬまま廊の方に出で宮の御身によからぬ結果をよぶのではないかと懸念した方 行くに、朧ろ月中空にありて、花の香あたりに満ち、霞がさきではなかったか。 みわたれる風情山寺とも見えず、をかしげになっかし。 一旦、行国と契ることによって男を知った小辨にとって うしろより来て、そと肩を抱くものあるに驚きてみれは、はじめての男である行国はある意味に於いて、絶対の ば、行国なりけり。その人のおもかげのっと身に添ひて、力を持っていたので、小辨が心に、行国をゆるさぬものを 忘れえぬままに恨めし、悲しと思ふ心も、わが身もあく頑なに持ちつづけていたとしても、小辨の身体は行国を退 がるるやうに苦しかりしを、ゆめともわかで、「何しにけることが出来なかった。 来たまひしぞ」といふいふ、肩をふりほどかんとするに、 こうして行国と小辨の間には長谷詣での一夜を境にして、 行国はなたずより来て抱きしめぬ。 情交が再燃したのである。 「わが過ちをきびしう咎めたまひしほどにあたり近くあ この恋愛の復活が行国との自然な心の動きにばかりよっ りつつ、言葉もかけで月日つもりにける悲しさにまゐり たものか、或いはかの老尼が何かの目的で、道長の命をう 181

6. 円地文子全集 第13巻

だいじんなりまさ さえない大進平生昌の粗末な屋敷に仮住居して帝の第一皇を皇后宮と申し奉る定め出で来しをも帝は一一人の后の同 子である教康親王を産まれたのである。数年前中ノ関白一 じ御代に居給ふことのいづれの御時にもなきをと安から 門の栄光に輝いていた時代を顧みれば、想像もっかない変ず思しけり。さるは一の皇子 ( 敦康親王 ) のおん為にも 化であった。 今はさるべき御後見とてなく、せめて母ぎみだに動きな 華やかな新しいものヘ直ぐ動いて行く軽薄な心の持主で き位に居給ふならば、世の覚え重かるべしと思し掟て給 あったら、帝の寵は見る間に彰子へ移って定子の方へは帰ひつることのかくては違ひつるゆゑなりけり。故関白ど って来なかったかも知れぬ。いやそれにしても彰子は当時、のの在しましし御世なりせば、この男皇子のさし出で給 いかに聡明であるといっても十一一歳の童女であった。恐ら ひし御光をいかに世人ももてはやし聞えんにと思すほど、 く男女のほんとうの交わりも危くて出来ない未成熟な身体粟田殿の失せ給ひし折、帥殿をそのまま一の人となさざ であったに違いない。 この場合、既に二十歳になっていら りける御過ちをこの皇子のためにいとほしう、ゆるさる れる帝として十年近い間、深く睦み合い、愛しあって姉の まじき罪と悔い思し給へり。さる御心癖も交りて、あや かたち ようにやさしく自分を導いて、一人前の男に育ててくれた にくに離れゐ給ふおん容ありさまなどおもかげに立ちて 定子との、さまざまの障礙を越えて変らなかった愛情が、 恋しう、過ちてはさまよひ行かんとさへ慕ひ聞え給へど 彰子の出現によって容易く動くことはあり得まい。まして、筋なきおん歩きなどかけても叶ひ給ふまじき御身なれば、 定子は帝にとって今や最愛の皇子と皇女を生んだその母な せめて念じつつ御文のみ忍びて書きつくし給ふ。人に見 のである。彰子を美しい童女として愛す気持に嘘はなかっ えじと隠し給へばおん文も大方は右近ノ内侍より宮のお たとしてもそれによって定子との多年の情愛が薄れるとは、 ん方の女房へ通はすさまにてまゐるなりけり。 考えられないのである。「生神子物語」の作者も恐らく私 に似た心事の持主で、これは又いささか誇張しすぎるほど と「生神子物語」には記されている。 帝の皇后に対する恋慕執着を綿々と描き尽したかったので 皇后も新皇子の凛々しく美しいお顔が帝の幼いころをそ はあるまいか。 のまま写したように眺められるほど、あわれ、昔のままの 世であったならばと涙に袖を濡らされることも多かったが、 藤壺の女御のやがて中宮に居給ひて、この侍ひ給ひし伊周は、この親王さえ、健康に成長されればいっかはわが 184

7. 円地文子全集 第13巻

けど : : : 」 きまっていなければ電話かけて上げるよ」 「へえ滝めぐりを : : : 大層風流なことを思い立ったもの 「じゃあそうして下さい。余り高くない部屋をね : : : 僕の ね」 は別にとってよ」 「小町の資料を持ってゆくらしいんだよ」 「わかっているわよ」 ごうりき 「強力ってわけ : : : そりやいいけどさ、あんた学校の方は梅乃は片頬で笑って電話を切った。 どうなのよ」 「あの子部屋を別にとってくれって断わっていたわ。やっ 「ううん、そりやね、恰度、試験にかかる時分だから二、ばり気味が悪いらしいわよ」 三日は都合っくけどさ : : : まあ、どうしても僕がお供しな そこで二人は声をあわせて、笑った。 きゃならないってことでもないと思って、母さんの意見を ききに電話かけたんだよ」 第五章 「そう、今ここに後宮さんとこの勝間さんがみえているか ら : : : ちょっと待ってね」 梅乃は受話器を小卓の上に置いて、つねの方を見た。 滝めぐり ( 夏彦の日記 ) 「信楽さんが日光へ行って仕事をするっていうんですって ・ : 夏彦に一緒に来ないかって、いわれてるんだそうだけ十月一一十 x 日 れども : : : 」 朝八時、信楽高見氏と柳橋の家を車で出て日光に向け出 「行って上げて下さいよ。よくよくお困りでなければ : : : 」発した。 とつねが言った。 信楽家は日光街道に遠く、今は行楽季節の終り近いが、 「一日も早く構想を立てて、原稿紙に向って貰わなければまだ人出も予想されるので、信楽氏を前の晩柳橋まで連れ 困りますものね」 て来て置いて朝早く出かけることにしたのである。日光へ 梅乃はうなずいたまま、受話器を取上げた。 行く予定が延びたのは、信楽さんの神経痛があれから可成 「おつねさんは是非行って上げて下さいっていうのよ。 りひどくなって、立居に不自由だったからである。いくら ・ : 湯元なら、紅葉屋さんを私よく知っているから、宿が滝を見たいと言っても、これでは肩にかけて歩くことも出

8. 円地文子全集 第13巻

ときいた。 「若奥さんも御存じないでしよう」 「川原さん」 「南美は昨夜ちょっとこっちへ来たきりで、今日は学校の と紗乃は露骨に厭な顔をしたが、「女 ? 男 ? 」と小声 << だとかって、出て行ったもの。そんなもの知る筈は で聞いた。 ないわよ」 「少々お待ち下さい。ここにいらっしやらないものですか 「じゃあまあ、こうして置きましよう」 克子は悪く探りを入れたりせず、素直に紙を元通りに丸ら : : : 」 克子は一度受話器を置いて、紗乃の耳近くに口をよせた。 くして、 「でも取ってお置きなさいましよ。とんだ由緒ものかも知「男の声ですよ、落ちついた中年の人らしい」 「ああ、そう、それなら出ます」 れないから」 紗乃はそれが刈屋だと分ったのでほっとして、受話器を と一一一口った。 取った。 紗乃もうなずいて、その古い和紙を机の上に置いた。 「あのね、山川さん、下の書庫に群書類従があるでしよう。「堤でございます。昨日は失礼してしまって」 いえ、こちらこそ、お騒がせいたしまして。申しわけ あの中に、賀茂斎院記というのがある筈なの。私一度見た「、 ございませんでした」 ことがあるんだけど、ちょっと仕事の必要で読み返したい 刈屋は持ち前の沈んだ声でいった。 の。別に今日明日ってわけじゃないけど、暇のとき、探し 「奥さま、あの後どうなさって。落ちつかれましたか」 てここに持って来て置いて下さいな」 「ええ、まあ、今日はすっかり静かになりまして。ほんと 「はい承知しました。賀茂斎院記ですね」 うにそちら様には御迷惑で、お気を悪くなさらないで下さ 「選子内親王のことがちょっと見直したいの」 こういうことは克子に頼めば、打てば響くように答えが 「わかりました。私も、ちょっとお話したいこともあるか 返って来る。 霧そこへ電話がかかって来た。克子が出てから、受話器のら、明日の夜でもお電話します」 「夜でしたらずっとおりますから。タッさんが何を申上げ 片端をちょっと手でおさえて、 彩 たか知りませんが、あの絵巻のことなら、あの時御約束い 「軽井沢の川原さんからですって。お出になりますか」 267

9. 円地文子全集 第13巻

書いたものですね。書体も違うし、内容もそうでないと掴克子は銀のパイプに西洋煙草をさして一吸いしてから言 めませんもの」 「そうよ。私も、最近、写しでよむことが出来てね、そう「死んだ外国人はしようがないとして、桂井公爵と梶田秋 思ったわ」 湖は調べいいですよ。桂井さんの方はちょっと手つづきが 「写しがあるんですか」 面倒としても、梶田氏の方は近いところに息子さんがいま 「絶対にないと思っていたら出て来たのよ」 すからね。川原夫人と軽井沢でつきあい出した時代のこと 克子はちょっと狐につままれたような顔をした。 は割に分るかも知れませんよ。彼、お母さんに愚痴を聞か 紗乃は半月ほど前の夜に、刈屋がここを訪ねて来て、ノ されて、相当親父に対しては反感を持っているらしいです ートにとった写しを渡して行った話をした。 からね」 「じゃあ刈屋さんて人も、絵巻をみているんですね」 「まあ、大したことは聞き出せないでしようね。でも一度 「よみ役をさせられて読めないのでノートをとったといっ連れて来てよ、その息子さんも」 ていたわ」 「よろしいですよ。彼の方なら私の手持ちですから、いく そのついでに、紗乃は刈屋と悠紀子との関係は勿論、悠らでも使えます。それに、ああいう古筆や古い絵巻なんか 紀子にゆかりの男たちの名もあげて話してしまった。 に特別の興味を持っていますからね。信用の出来る青年で 「まあ、津田さんまで誘惑されかかったんですか」 克子は眼を見張って見せて、 そういってから克子は急に田 5 いついたようにいっこ。 「でもその話もどこまでほんとうだか : : : 眉つばものです「先生、いっそ、どうでしよう。梶田君を仲間に入れて一 役買わせたら。彼なら、京都のお寺やお宮さんにもよく出 と肩をすくめていった。 入りしていますしね。表装裂れの時代なんかも私より知識 「だけど、康夫は別状なし、びんびんしているから、多分的には段ちがいですからね」 事無きを得たのでしよう。つまり血を吸われなかったの 「いやに、褒めるわね」 紗乃はだんだん落ちつきをとり戻していた。 「甥御さんのことになると、先生も廿いですね」 「結局は賀茂の方から調べて行くのが筋だわね。でも、何 ね」 引 2

10. 円地文子全集 第13巻

手をうって、 が働くでしよう」 「そうそう、私どうもこの話はその線で動いて来ていると 克子は笑いもせず言い返した。 「でもね、先生、来月熊野に行って見ようなんてお言い出思っていたんです。いっか私とここで話していたときに、 川原さんのところから電話がかかって来たでしよ。あの時、 しになったのも、多分、あの絵巻とかかわりのあることで しよう。京都でなく、熊野へ行けば何もかもはっきりする先生が妙に私を気にして、受け答えしていらっしやるのが ようなものなんですか。それなら、私、何を措いても御一おかしいなと思ったんです」 「だって、門外不出、他人にみせること厳禁って護符を張 緒しますけれどもね」 そう言われてみると、紗乃は言葉につまった。あの絵巻られて来たんだもの。便利と言えば、あんたに見せるのが が長い時代の間を流転して、結局川原悠紀子の所有になるこれほど便利なことはないんだけど、そこに苦しいところ までの経路を、どうせ全部は分らないにしても出来るだけがあってね」 「ひとりだけの秘密を娯しみたくもあったんでしよう」 辿って見たかったのであるが、克子のいうように悠紀子の 母が熊野から嫁いで来たというだけの理由では、そこへ行克子はひやかすように言った。 ってみたところで五里霧中の状態かも知れない。結局こん「ところが、娯しめないのよ。私のこの頃の視力じゃあ、 なことを言い出したのは、克子を仲間に引入れるための詐あのはじめの方をちょっと読むだけに、半日かかったもの。 諦めたわよ。絵の方は見えたけどねー 略だったのだと紗乃もその時気づいていた。 「びつくりしましたね、あの絵、私、前に醍醐寺の稚児草 「あなたの推理は当っているわよ。熊野なんて言い出した 子というのを見たことがあるけれど : : : あれ以上ですね」 のは、私の猿知恵ですよ」 「まあね」 「まあ、兎も角出し惜しみせずにこの絵巻のお手に入った と紗乃は曖昧に言った。 来歴を全部聞かせて下さいましょー 「あなたは、でも、あの文章全部読めたんでしよ。変体仮 「うん、うん、何もかも申上げますよ」 霧紗乃はいったが、所詮行動力のない自分にはそうするよ名が得意だから」 「ええ、読みましたよ。一つ二つわからないところも残っ りほかはないのだというふうにふてくされていた。 彩 紗乃の話の間に、川原悠紀子の名が出ると、克子は軽くているけれど。でもあれは、初めと終りの部分が別の人の 引 1