軽井沢 - みる会図書館


検索対象: 円地文子全集 第13巻
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1. 円地文子全集 第13巻

彩 などの言葉がきれぎれに浮び上って来て、刈屋と舎人のあった。刈屋と初対面の克子にしても、彼に好奇心を持っ ているのは当然である。克子は紗乃から聞かされて、川原 翁とが重なりあうように思われた。 悠紀子という不思議な女に一生仕えて来たというこの男を 酔狂なことと家人に笑われながら、紗乃が山川克子とい も、奇妙な眼で眺めているに違いなかった。 っしょに上野駅から軽井沢に向う列車に乗りこんだのは、 しかしそういう期待を満足させるには、刈屋は余りに元 一月の七日であった。 気な表情と静かな態度を保ちすぎていた。彼は前に逢った なつめ 克子とも相談した結果、宿は刈屋の申し出で通り川原邸時より、爽やかに明るくさえ見える瞳の輝きを棗型に窪ん に一泊し、あとは戸倉までのして、一日二日泊って来るこだ黒い眼に湛えていた。 とにした。 「お寒いなかを恐れ入りました」 南美の皮のコートを借りて着、毛裏の靴を履いたパンタ彼は慇懃に紗乃に頭を下げた。克子に紹介されると、同 ルンに、サングラスをかけ、自分でもその異風に興がりなじように丁寧に挨拶したあと、 しい晴れになりました。お蕎麦を がら紗乃は元気よく家を出た。同行の山川克子は紗乃より「今日は風がないので、 も地味な忍者めいた服装である。 召上ってあと、峰の茶屋から兄押出しの方まで上って御覧 十二時前に中軽井沢まで行き、そこで好物の暖かい蕎麦になりませんか。御覧の通りの雪景色で夏とはまるで違っ を食べるというのが二人の申し合せであった。 た浅間が見られます」 「どうせ行く先は化物屋敷なんだからせいぜい景気よく行と言った。 紗乃は浅間山が好きである。終戦の後一冬を軽井沢に過 きましよう」 した時、時折沓掛にある町役場まで四粁もある国道をとば という克子の意見に紗乃も同調したのである。 中軽井沢の駅を降りると氷室に入ったような寒さが身体とば歩いて行く間にも、頂上から五合目あたりまで真白に を包んだ。ホームにはからし色のレザーのジャンパ 1 を着雪化粧したなだらかな稜線を仰ぎみながら、その頂にある 日は徴かにたなびき、ある日は薄雲のようにたたなわって た刈屋が待っていた。悠紀子の死んだ後一月以上経ってい るにしても、それ以来はじめて刈屋の顔を見ることは、紗 いる煙が賢者の眉の晴れない曇りのように厳くしく眺めら うず 乃には好奇心といっしょに心に疼くもののあるのも確かでれて、ともすれば鈍り勝ちな足もとが、軽くなるように感 321

2. 円地文子全集 第13巻

霧 康夫は、自分の動いている世界と余り縁の遠い話をきか「軽井沢の五月ね。あの季節はほんとうこ、、、 ( カらな」 されて、妙に途方に昏れたようなわびしさを味わっていた。康夫は思わず言った。二十数年の昔、その季節に軽井沢 紗乃はともかくとして、女盛りの山川克子までがこのシャの紗乃の別荘へ行ったことを思い出していたのである。あ ーマニズムのお化けにひきまわされて結構踊っているのがの頃の自分はまだ大学生だった。濁りのないわかわかしい 不思議でもあり、それが存外現代なのかも知れないという緑が見渡す限り高原の丘陵を蔽っている中に、自分自身も 気もする。 呑みこまれて囀る小鳥になったような気持だった。 康夫にはしかし、やはり紗乃に対しては、単なる義理の 「ロシャにいた時ね、あの季節にシベリアに三週間ばかり 叔母甥だけでない絆が心にからんでいた。紗乃が視力ばか行ったことがあるんですよ。零下十度ぐらいの寒さから突 りでなく、健康にも衰えを見せているときくと、捨てて置然気候が変って、一夜のうちに緑も花もばあっと萌え出る けない気になるのである。 んです。ほんとうに夢をみているようですよ。軽井沢じゃ 「叔母は篠田には逢ったといっていましたか」 それほどのことはないけれども」 「私は知らないんです、その季節を : : : 先生があんなに行 「ええ、私も : : : そうしていろいろの事をききましたわ」 「篠田はやつばり僕の想像した通りのことをやっていたのきたがっていらっしやるんですから、津田さんも御都合っ けて、一日でも二日でも軽井沢へいらしってあげて下さい ですね。僕もハン・フルグの空港でききましたよ」 克子は軽井沢の川原家を篠田が焼いた話まではしなかっ た。克子はこの場合ともかく紗乃を康夫に預けたかったの 「あなたは勿論行くんでしよう」 である。どういう意味かは、克子自身にも分らなかった。 「ええ、さきにお連れしておきますわ。私だって店の用が ただ何となく、健康も視力も衰えて来ている紗乃を、自分あるからそう長くはあっちにはいられませんけれど」 ひとりの手では持ち重りする気持だった。持ち重りどころ克子の心には紗乃の健康もさることながら、視力がいっ か、支えているつもりの自分が紗乃といっしょにずるずるまであの程度を保っているかが心配であった。軽井沢の新 と底なしの深みにずり落ちそうなのである。 緑が見たいなどと逢う度に言うのも、来年を期待していな いためかも知れない。 「この頃ね、軽井沢へ行きたい : : : 軽井沢の新芽時が見た いってしきりにおっしやるんですよ」 407

3. 円地文子全集 第13巻

木がつづき、時にそのさし交わした枝で行く手がトンネルあの部屋のあの椅子にこの人が坐っていたという印象が、 のようにアーチ型をつくり、何となく西洋のお伽ばなしの時の経った今でも、鮮明に心に浮んで来る。 ように見える場所もある。紗乃は小さい石くれの多い火山 紗乃の今歩いている道でも、もう家族が帰って門を閉じ 灰地の土を踏んでこの樅垣に囲まれるようにして歩くのがてあったり、戸の閉っていたりする家が多かった。木の間 好きであった。 がくれに見えるそれらの家に眼をやって、あの家の綺麗な 四十年近い歳月の間には数えきれぬいろいろなことがあ奥さんも亡くなった、あの家の気のおかしい息子さんは今 った。紗乃がこの土地に十カ月を暮したのは日本の敗戦のどうしているかしらなどと、過去と現実が小鳥のように素 年、東京の家が空襲で焼けて、逃げこんで来た時だけで、早く飛び交う自由さに、歩きながら紗乃はほとんど当惑し あとは夏の一月かせいぜい二月近くをこの高原の避暑地でていた。 過しただけのことである。 殊更見事な樅並木が片側につづき、片側は全く捨て地の それでも東京に生れ育って、日本のうちの他の土地に定ように見える広い雑草の原の先に、一筋の流れがあった。 住したことのない紗乃にとっては、軽井沢は東京に亜ぐ親この流れには今でこそ木の新しい橋がかかっているが、 しい土地である。殊に思い出の多い終戦後の一冬を、放っ数年前の秋の嵐のときには、それまでにいい頃朽ちていた ておけば何もかも凍りつくようなこの寒冷地で過した記憶橋桁がまん中から折れて、しばらく渡れなかったことがあ は、逆に軽井沢を唯の避暑地としては押し離せない絆で紗る。軽井沢という土地は川の少ないところで、碓水峠の方 乃の心にからみつかせている。ある意味では、紗乃には軽から流れ下って来る一筋の渓流が、旧道の町の裏を通って、 井沢は、肉親じみてやりきれない絆のまつわりすぎている雲場 / 池に流れ入り、そこから、また小川になって、この 東京という土地よりも、血のつながりのないことが相手をあたりを通り過ぎ、国道の方へ流れて行くのが主な川筋で 爽やかに思わせる友人のような感じの場所かも知れなかつある。 た。そこで知合いになった人や家にしても、東京という大 この橋のあたりでも、一見静かなように見えながら流れ 都会では、住む場所と人との関係は、尨大な氾濫の渦の中は可成り早く水は澄んでいる。川縁も護岸などされていな に呑みこまれ、見失われがちなことが多いが、この限られ いので、岸辺の水すれすれに、雑草に交って夏から秋にか しもつけ た狭い土地では、あの家のあの庭にあの人が立っていた、 けては野菊や下野草が花咲き、川柳が水面に髪を浸して、 216

4. 円地文子全集 第13巻

「さあ、あの人も変りものですからね」 「さて、これからどうします」 若主人らしい男は明るい表情を取戻して答えた。 「軽井沢まで行ってしまいましようよ。松本から三時間み 「先月軽井沢から来たときにも、少しの間、世話になるって置けば充分だからうまく汽車を拾えば三時ぐらいには着 て言ったっきりで精しい話はしませんでした。私の親爺のくでしよう」 従弟に当るんです。子供の時から家具の彫りじゃあいい腕「軽井沢はいいけど寒いからなあ。川原邸あとだけ見れば を持っていたという話ですが、軽井沢のゴルフ場に勤める いんでしよう。どうせ刈屋さんは北海道じやどうにもし ようになって、戦後、一、二度しか帰って来たことはありようがない」 ませんでした。今は木工品はプームだから、ここで一仕事「それはあっちへ着いての都合でいいんじゃない ? やれやって親爺はすすめてましたけど、余り気の乗らない マー・ホテルは閉じていてもつるやなら開いていると思う 様子でした。それに、それ、例の火事があって軽井沢までわ」 呼ばれたりしたでしよう。あれも厭になった一つでしよう つるやは旧道に古くからある日本旅館である。数年前に なあ。北海道にはゴルフ場もあるし牧場もある。何とかや一度焼けたが、また新築して冬も営業している筈であった。 っていけるだろうって、行く先も知らせないで出て行って「でも無理に泊ることもないわね。なるべく帰りましよう しまいましたよ 若い主人が信州人らしく明瞭な口ぶりで説明するのを、 「まあ、あちら委せというところですな。どうせ明日は昼 克子はうなずいてきいていた。 までに出勤すればいいんだから」 「じゃあ、向うから知らせて来ないうちは住所はわかりま こんな会話をきいていても、一一人の間に特別の結びつき があるのかないのかい せんね」 っこう分らない。分らないところに、 と梶田がきいた。 徴妙な関係があるとも言えるであろう。 「ええ、どうも」 軽井沢についたのは昼下りであった。大気は相変らず切 「もし知らせて来たら、この名刺のところへ御連絡下さい るように冷たいが流石に一月に来た時から見ると、日がめ つきりのびて、四時近いというのに、枯草に当る日の光も 私がいませんでも分るようにして置きますから」 梶田は要領よく言い残してその家を出た。 眩しく暖かげである。 よ 344

5. 円地文子全集 第13巻

きたいような心のゆとりはなかった。山上憶良ではないが、 紗乃はその翌年の夏、やはり軽井沢に行った。東京はま 「今や罷らん子泣くらん」という心境で、紗乃はコーヒー だ焼野原から少しずっ立ち直ろうとしている時であったが、 ひとけ を恵まれた礼を言い、椎茸やサラミを持って自分の家に帰夏が来ると何を措いても、軽井沢の澄んだ空気と人気の少 っこ 0 なさが恋しかったのである。終戦後一年ともなれば、附近 梶田とはそれからも、何度か逢うことがあったが、彼はの農家から軽井沢に野菜の運ばれて来ることもめつきり多 紗乃の家に来たこともなく、こちらも向うの家を訪ねるこくなっていた。 ともなかった。彼の妻子についてもきいたことはない。逢南方の戦地で行方知れずになっていたタッの夫の鉄治が、 うときはいつも偶然で、あのコーヒーの店で三十分か一時ひょっこりャップ島から帰って来たのも、たしかその頃で 間話して別れた。東京育ちのものに共通する話題があるのあった。その時、梶田はもう軽井沢にいなくなっていたが、 で、歌舞伎以外のことでも、話の合うことが多かった。そ瀬戸内海に面した古い舟着場の町から、軽井沢の紗乃に当 れにも拘らず、紗乃は梶田の気取ったポーズに何となく反てた手紙が届いていた。 りが合わないで、それ以上親しくなろうとは思わなかった。「あの手紙まだある筈だわ」 と紗乃はひとり一言を言った。源氏店のレコードはちょう 梶田の方には、色恋というではなしに、適当なクッション を置いて紗乃に語りかけたいことがあったらしいが、紗乃ど終ったところだった。スウィッチを止めてから、紗乃は は何か煩わしい話になりそうだと思うと、自然に身を避け急にそそくさ立って、この土地で受取った手紙ばかり集め そらすようにした。 て入れてある手簟笥の引出しを開けてみた。二十年以上も 「あの人も死んだということだ、変死だったというから自前からの手紙であるが、残してあるものは少ないので、割 に早く見つかりそうな見当はついていた。ひと引出しをそ 殺かも知れない。正宗先生にうかがったのだわ」 のままぬき出して、炬燵の上に置き、古い文反古を一つ一 紗乃は今そのことを思い出して思わずつぶやいていた。 つあらため始めた。梶田から手紙を貰ったのは後にも先に そう言えば、紗乃が軽井沢での冬籠りの生活を捨てて、 霧翌年の春、東京へ帰ったときも、梶田はまだ旧道裏の三笠もその時一度だけなので、彼の達筆な墨書きの封書が見つ によった方に住っていた。勿論、正宗白鳥が東京の焼あとからない筈はなかった。 彩 に新居を建て、引き移ったのは十年以上も後のことである。 思ったより簡単に、その古い和紙に薄墨で書かれた封筒 233

6. 円地文子全集 第13巻

でいるそうですよ」 「今の写しはいつものお机の上に置いて来ました」 「そう、あの人に息子さんあったの。妻子のことなんか何 し / 「そう言えば、先生、梶田秋湖ってもと劇評家だった人御も話さなかったわよ」 存知でしよう。軽井沢で逢って、あと瀬戸内海で船から落「話せなかったんでしよ。奥さんの郷里に妻子を置いてき ばりみたいにして、軽井沢に行ってしまったんだから」 ちて亡くなったっていっか話していらしったわよー 「よく覚えているわね。正宗先生んところで逢って、あと、「そう」 紗乃は溜息をついた。また川原夫人に殺された男がひと 町でも何度か逢ったわ。随分古い話だけど、梶田さんのこ り殖えたわけである。 と、何かきいたの」 「桂月堂の主人がよく知っているんですよ。勿論、桂月堂「息子さんいまどこにいるの」 の方がずっと年は下だったんでしようけど。結構遊んだ人「それが桂月堂にいるんです。今日も多分、車を運転して 来るでしよう。ちゃんとした大学も出ていて、この仕事を らしいですね」 「そうなの ? 私はよく知らないのよ。何しろ終戦の年の本気でやる気のようですよ。あれはいい画商になるだろう って桂月堂も眼をかけていますよ」 艱苦欠乏に耐えていた時代でしよう。私が逢ったときはも しいものを「お父さんの死体はいまだに見つからないの」 う六十前後で着物なんかも古びてはいたけど、 「ぜんぜん : : : もう三十年近い昔ですもの。あそこいらの 着ていた : : : 東京人のお洒落だなと思ったことを覚えてい 潮の早い瀬戸では、死体のあがることは少ないようです るわ」 「そうでしよう。日本橋の老舗の息子さんだったっていうね」 から、あの時代だったら遊んでいて暮せたんでしよ。でも「一度逢いたいわ、その息子さんに。ついでのある時連れ 傑作なニュースがあるんですよ、先生。桂月堂の話ではね、て来てよ」 紗乃はその時白い薄の穂の颯々と風に鳴る軽井沢の秋野 あの人、軽井沢の川原夫人に夢中になって、疎開して持っ 霧ていたいい絵や骨董類をすっからかんにしてしまったんでに、梶田がふっと立っているような気がして、思わず眼を すって。そうでなければ晩年、尾道なんかに行って、あん霞ませた。 彩 な自殺みたいな死に方はしない筈だって、息子さんは恨ん 293

7. 円地文子全集 第13巻

「どうそそれをお掛けになって。暖房は入れますがおみ足 じられた。老女のように背をこごめて黙々とこの道を歩い ていたその頃の貧しい自分の姿を、こんな寒い日のことだが冷えるといけませんから」 エンジンをかけながら刈屋が言った。車は駅前の国道を ったと紗乃は思い浮べていた。 横切って、千ケ滝の方へゆるい勾配の道を登り始めていた。 「相変らず雪は深くありませんね」 と紗乃は火を噴く山とは見えないやさしい山容を見上げ紗乃は去年の夏から秋にかけて軽井沢に来ていた間には、 なからいった。 一度もこの方面へ車を走らせたことはなかった。見慣れて いることが半分、半分は車の往来の多さが煩わしく感じら 「ええ、やつばり活火山のせいでしようね。軽井沢にして も御存知のように雪の積ることは尠のうございますものね。れたのである。 今年は普段より暖かいから猶更です。軽井沢にこの頃は冬現在は、道の左右に昔に較べると人家が多く立ち並んで いるのに気がつくばかりで、人影も車も掃いたように見え もスケートに来る人はありますが、スキーをしに来る人は / し この辺りは旧軽井沢に較べて常緑樹が多いが、それ ありません」 刈屋は小手をかざして浄衣をまとったような浅間の方をでも落葉樹の葉は散り尽しているので、夏の間には見えな い林の奥の別荘などがあらわに見え、遠く北アルプスの外 見上げながら言った。 三人は駅前の蕎麦屋に入って熱い蕎麦を食べた。夏のうれの山々が白い屋根のように連ってみえるところもあった。 ちはいっ来ても込みあっていて、腰を降ろすのに暇のとれところどころうねりながら上って行く道の左右に、挨拶す る名題の蕎麦屋であったが、今日はがらんとして、空席がるように浅間の姿が浮び、高く登って行くに従って、山は 近くなって見えた。 多かった。 悠紀子の病気が重ってから死ぬまでの話なども、当然話太陽の光は冴えに冴えて、蒼がすき透って見える。午後 に入っているのに雲一つなく、鞣したような道の両側には 題にはなったが、刈屋は精しく話そうとはしなかった。 「三時過ぎると急に冷えて来ますから、今のうちにドライ溶岩の混った岩地が現われて来た。 「ここらで降りて御覧になりますか。サングラスをかけて ヴ致しましようか」 いらっしやらないと、眼をやられます」 蕎麦屋を出ると彼はそう言って、自分の車に二人を乗せ と言って、刈屋は自分も大きい三角型のレンズで眼を蔽 た。車内には派手な格子縞の膝かけが入れてあった。 322

8. 円地文子全集 第13巻

題 解 氏の今度の小説のようなものを読むと、その思いをあらたる小説は近ごろ稀れになってしまったが、円地氏はこの不 めて深くする。これは、老いというものの実感をきわめて思議な味のする小説で、その稀れなひとつを実現した。 うまでもなく性の問題に深く 注意ぶかくわが身の上に観察しながら、しかも心の奥底で妖艶という美の理想は、い はたえず不逞な空想のうちに生きて揺れやまない女流作家結びついている。「軽井沢ーは終始この主題をめぐって展 でなければ、とても書くことのできなかった種類の小説で開する。しかもその展開には意表をつく要素がふんだんに あろう。 盛られている。 「艶」とか「妖艶」とかいう言葉がある。日本の文学や芸作中の主な人物の一人は軽井沢に別荘をもっ六十九歳の 能の歴史をさかのばっていくと、これらの言葉が芸術美の女流作家堤紗乃、もうひとりは軽井沢に紗乃に秘蔵の古い 一極致をあらわす用語として用いられているのを見ること絵巻を譲り、まもなく亡くなる、戦中からスキャンダルで ができる。もう一つの用語に「あはれ」があるのは周知の有名だった七十すぎの川原悠紀子である。 川原夫人は家が賀茂の宮司、古くは王族出身の公卿華族 通りで、両者はある場合には対照的に、ある場合には重な り合うかたちで、それぞれが洗練されつくした美的感覚のだった女性だが、彼女と関わりをもった男たちはみな変死 した。紗乃に彼女が渡した絵巻は「賀茂斎院絵詞」と題さ ある状態を表現している。 円地氏の「軽井沢」は、この美の一極致としての妖艶とれていて、ひもとくと、賀茂の斎院と、斎院につかえる召 いうものを、ざらざらした現実の手ざわりをいつばい含ん使である舎人との秘戯図が描かれている。賀茂の神につか だ小説という形式の中で丸ごと実現してみせようとする野える内親王と身分いやしい召使との性の交わりは、しかし 心作である。単に妖艶美を追求するという程度のものでは肉欲にもとづくものではなかった。それは「巫女の王」で ない。作中人物の造形を通じて、じかにその場に「妖艶」ある斎院に無垢な尊崇と憧憬をささげる舎人の精を吸って を起きあがらせ、ロをきかせ、歩かせようというのである。よみがえる、その儀式だったのである。絵巻には、あると そして実際、この小説を読み通すうちに、およそ現実にはき斎院御所へ乱入した盗賊たちに犯されて失神した斎院を 生じ得ないような出来事のひとつひとつが、魅された時間よみがえらせるため、賀茂の神が童貞の舎人に憑いたこと、 空間の中で、すべてありうべきことに転じてゆくように感そこでよみがえりのための「魂呼ばい」の儀式として性交 じられてくる。ロマネスクという形容がしつくりあてはまが行われたこと、以後年に何回か、このふしぎな儀式が斎 427

9. 円地文子全集 第13巻

霧 彩 土地はその内でも売れ残りのはずれの場所であった。 九月十五日、老人の日の朝であった。 その当時、庭一面に生い茂っていた落葉松は戦時中、薪 堤紗乃は、軽井沢の別荘の門を出て、両側に樅垣のつづ しろ く火山灰地の道を歩いていった。七時を少しまわった時刻の代に伐ったり、戦後に見舞われた颱風の風道に当って、 であろうか、空は晴れているのに、歩いていくまわりには吹き倒されたりして、今ある木は大部分、そのあとで植え まだ暁闇の名残りがあって、朝影が長く地に引くほど明るたものである。 しかし、はじめに垣根に植えた樅の木の方は、もともと くはない。冷たい木の葉の匂いが、しんめり身体にまつわ 苗木に近い小さいものだっただけに、風にも吹き折られず、 って、小鳥の啼き声が耳を洗うように聞える。。ハンタロン いつの間にか生い立って今では下枝をおろした幹が、すっ に厚味のスウェーターを着ていても、まだ肌寒さが身にし ふち きりした縦縞のように道を縁どっている。 み、それがかえって快く足を運ばせていた。 それは紗乃の家ばかりではない。近所も大方は同じ頃に この辺りは軽井沢駅から、旧道と呼ばれている一番早く ひらけた町の方へ行く途中を、左に折れたところにあった。低い樅を生垣にした別荘なので、そのどれもが同じぐらい 昔の軽井沢人種に言わせると、浅間も見えず、まことにつの高さに生い立って、真直ぐな縦縞の並木が道の両側につ づいている。戦後に持主の変った家も可成りあるが、樅垣 まらない野っ原だというのが定評だった。四十年近い昔、 や鉄柵の塀に変ったところは この土地を紗乃の家で買った頃には、このあたり一帯はあの方は伐られてコンクリート る土地会社がかねて植林しておいた落葉松の、一応林にな割に尠ない。 道の左右に低く築かれた土手の上に、同じような樅の並 るほどに成長したところで、売りに出したとかで、紗乃の 彩霧 2 1 5

10. 円地文子全集 第13巻

霧 彩 です」 「でも語学は出来るんでしよ」 「さあね、それも、独逸語なんかまるで駄目だし、ほかの 「そう、あなた先刻男の祟りっていったけど : : : それじゃ 奥さんに言わせると、学習院時代には英語も碌に出来なか男冥利の方じゃないの。子供や孫がいたって世話してくれ ないって愚痴をこばしているお婆さんが多いのに : ったって言いますに」 よ「そりやそうですに、まあ、またゆっくりお話します。ま タッは自分の英語でも結構通用するのと、大した違いし だずっとおいでるんでしよう」 ないと言いたげな口ぶりだった。 「ええ十日か半月はいるわ、出来れば紅葉の色づくのを見 「あのお家は今めちやめちゃらしいですわ。御主人の亡く なったあと、家督争いみたいなことで裁判沙汰にまでなって帰りたいと思っているのよ」 ているんですと。あの方には子供さんありませんしね。今、タッは挨拶して、身軽に自転車に飛び乗り、樅並木の道 軽井沢の別荘だけが奥さんの名義で残ってるけども、それを旧道へ通う大通りの方へ向けて走り去って行った。 も、抵当に入っているとか、債権者は奥さんの死ぬのを待 タッに別れてから紗乃は中学校のある広場の方へ歩いて っているという話ですに」 「それは大変ね、でも、あなたが行っているだけで用は足行った。空は晴れているのに、浅間山はどちらを見ても、 うす緑と代赭色のばかしあったなだらかな稜線を紗乃の視 りているの」 はなれやま 界にあらわさなかった。小学校の向うに離山が、既に穂の 紗乃がきくと、タッはあせた赤い頬を一段あかめて、 白くほおけはじめた薄原に裾を滲ませてごっつり無愛想に 「それがね、やつばりいるんですよ。男の人が : : : 」 立っている。方角痴の紗乃はここまで来ても、浅間はこの 「あら、そう : : : 世話をしているの」 見当にあった筈だと思ってみるだけで、狐につままれたよ 「ええ、もう四十は疾うに過ぎてるかも知れないけど、一うにばんやり佇んでいた。 この道も、三十年前には、舗装のない歩きづらい道であ 人前の男ですよ。ここのゴルフ場に勤めていて、給料どこ ろか自分の方から身上りして、奥さんの食べたいものなんったが、紗乃はよく四粁近く離れた沓掛 ( 現中軽井沢 ) の か探して来てあげるんですよ。だから、夜は刈屋さんが泊町役場まで、何やかやの用で通ったものだった。高原の早 るから心配ないんです。昼だけね、私が頼まれて、行くん い秋が闌になって行く頃も、食料事情などに心をとられて うち たけなわ 223