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検索対象: 海で見つけたこと
14件見つかりました。

1. 海で見つけたこと

4 脅迫電話 家に帰ると、電話が鳴っていた。 みさぎよう これからカキのむき身作業があるというばあちゃんを残して、よしひろとふたり先に帰ってき じゅわき た。かけこんで、受話器にとびついた。 「はい。『フォックステール』です。」 あ、まちがえた。舌をだしたわたしの耳に、とうさんの声が低くひびいた。 「 : ・・ : なっきか」 ドキンとした。 「無事着いたんだな。」 無事もなにもないよー 「 : : : ばあちゃんは ? 」 医」よ、つは′、 した のこ ひく 2

2. 海で見つけたこと

わる 「景気が悪いんは、なっきも知っとるじやろ。」 むろん知っていた。 はたら しやっきん 「働いても働いても借金が増える。もう限界じゃ。」 頭をかかえたとうさんの声が、水の中みたいに遠くひびいた。去年あたりから、店の売れ残り ゅ、つはん のスパゲテイやカレーがタ飯にあてられる日が増えた。そのうちとうさんは、近所にできた二十 四時間営業のスー ノ 1 に早朝パ 1 トにではじめた。それでも、「フォックステール」がつぶれる なんて思いもしなかった。 「おまえとよしひろが夏休みのあいだ、鳥取に行ってくれたら、そのあいだとうさん、生活のた てなおしに集中できる。」 、」とば もの とうさんの言葉に傷ついた。じゃま者っていわれた気がした。 「 : : : とうさんはやつばりだらすけじゃ。」 細長い体が食卓のいすからずりおちて、頭を後ろの壁にゴンゴンうちつけた。 「ばあちゃんのいうとおりじゃ。」 たいへん 大変なことになった。 かべ とうさんのたてる壁の音が、わたしにそう教えていた。とうさんは、いじめられて泣いて帰っ はたら えいぎよう しゅうちゅう しよくたく きず ふ げんかい とっとり ふ かべ きよねん きんじよ な のこ 4

3. 海で見つけたこと

げんかん けいたい けれど、恵理はまだ携帯を持っていない。家にいるかな。いてくれるといいな。勢いよく玄関の じゅわき 引き戸をあけ、受話器にとびついた。 トウルルル ー、トウルルル 1 呼び出し音が耳の中でひびく。はずむ息を整える。ふと壁に はってある紙に目がとまった。いままで気がっかなかったけれど、チラシの裏にマジックの大き ばんごう な字でいくつかの電話番号が書かれてあった。いちばん上は、″〇八六・二二 みぜんせん フォークすてる〃。ブツ。ふきだした。やだ、ばあちゃん。意味全然ちがうじゃん。フォックス テールって、キツネのしつほって意味なんだよ。そのあと、じんときた。何度も電話の前に立っ すがた ばあちゃんの姿が見えるようだった。 ばあちゃんの意地っ張り。 岡山に帰ったら、ときどきわたしのほうから電話をかけることにしよう。そう、いに決めた。 お、つと、つ じゅわき 十回近く鳴りつづけてから、カチャリと受話器がとられた。なのに、応答がない。おばさん 磯村でございますう。」ってすぐにこたえるはずだ。 だったらかん高い声で、「はい、 えり 「恵理 ? 」 ためらいながらたずねたとたん、 「なっきい 1 ? おかやま えり いそむら なんど 、つら ととの いきお かべ

4. 海で見つけたこと

かん ちゃんの動きがやけにのろく感じられる。自分ででようかと腰を浮かしかけたとき、「もしもし。」 きんちょう ばあちゃんの緊張した声が聞こえた。 「 : : : さあなー。明日になってみんことにはわからんなあ。」 拍子ぬけしたような、どこか気のぬけた受けこたえ ちがった。 わか 別れたとたん、とうさんはわからない人になってしまった。わたしとよしひろがじゃまで、と うさんはわたしたちをばあちゃんちに捨てたわけ ? むくむくとわきあがる疑問に心は石になっ てしまいそうだった。 その夜、と、つと、つと、つさんから電話はかかってこなかった。ばあちゃんもこちらからかけよ、つ とはいわなかった。そういえば、「フォックステール」にばあちゃんから電話がかかってきたと おば ぶくろ いう覚えがない。毎年正月、ポチ袋に入ったお年玉が郵便で送られてくる。それだけが、ばあ せってん ちゃんとわたしたちとの接点だった。 ねむ 外は風の音。眠れないわたしはふとんをならべて寝ているよしひろに、そっと顔を近づけた。 ねいきあたた やす すーはー、すーはー ほっぺたにかかる寝息が温かい規則正しいその音にようやく気持ちが安 らいだ。こんな夜はよしひろだってたよりになるもんだなあ。よしひろの細い腕を胸にかかえこ ひょ、つし 、つご ゅうびん きそくただ こし おく ぎもん うでむね

5. 海で見つけたこと

てつだ の仕事になっていた。「フォックステールでもいそかしいときは洗い場を手伝っていたし、家 かたづ やくわりぶんたん ていちゃく でもとうさん作る人、わたし片付ける人という役割分担が定着していたので、ちっとも苦になら ない。「助かる。助かる。」ってばあちゃんがおおげさによろこんでくれるのも、うれしかった。 やく 働いてると、体が地面につながった気がする。「わたしって、けっこう役にたつじゃん。」と自分 せんざい をほめてやりたくもなる。ただばあちゃんの家では洗剤を使わないのに、びつくりした。海から めぐ なつのねしゅうらく の恵みで生活させてもらってるんだから海をよごしちやバチがあたると、夏音の集落ではどこの 家でも洗剤を使わないのだそうだ。 とっとりけん 「今日テレビで、『鳥取県の海岸にシュモクザメがでました。』って騒いでたけど、ばあちゃん、 もぐってもだいじようぶなん ? 」 ばあちゃんの前に残ってたとっくりをさげようとしたら、手でおさえられた。 「なあんも、サメなんかこわいことありゃあせんよ。毎年あのあたりにはおるよ。」 そこ てき そそ じようきげん 底に残ってた最後の一滴までおちょこに注ぐと、ばあちゃんは上機嫌でロに運んだ。毎日一合 ばんしやく の晩酌と、船の上でのとれたてのひとつぶのカキ。それがばあちゃんの自分へのごほうびなのだ。 「じゃ、海でいちばんこわいもんって、なに ? 」 おば 地元の子どもたちに教えられて素もぐりを覚えたよしひろは、海の話となると身を乗りだして四 しごと せんざい のこ たす つか たす じめん のこ 力しカん つか あら さわ

6. 海で見つけたこと

朝だしをとったあとのイリコをやることにしたんだわ。」 どうぶつだいす じまん れんぞくしいく わたしは自他ともにみとめる動物大好き人間だ。自慢じゃないけど五年間連続飼育当番なの は、学校でもわたしひとりだ。できたら「フォックステールでネコも飼いたかった。だけど毛 ぜったいゆる を散らかすからって、とうさんが絶対許してくれなかった。うれしい。ネコの手ざわりって大好 くら き。リンリンと比べると、体も毛もみんなやわらかくてきやしやだ。しやがんでなでると、ネコ はゴロゴロとびつくりするくらい大きな音をたててのどを鳴らした。 ものおき 「裏の物置をのぞいてみんさいな。」 ことば ばあちゃんの言葉に、サンダルをつつかけて表にでる。きのうはおしつぶされるように低くた おく れこめていた雲がうそみたいに消えて、ピンカ 1 ンとした青空が広がっていた。目の奥がきーん となる。台風のあとの空って、どうしてこんなにきれいなんだろう。畑のトマトやキュウリに あさっゅ ぎんてんがいしようてんがい のつかった朝露が、まるで銀天街商店街のクリスマスのイルミネーションみたいにきらきら光っ しようてんがい ていた。いつもはしよばくれた商店街が、魔法をかけたようにロマンチックでステキな町に生ま れかわるから、わたしはクリスマスの商店街が一年じゅうでいちばん好き。今年はもう見られな ゅび すいてき ものほ いのかなあ。手近のトマトを指ではじくと、水滴がすべりおちて素足をぬらした。物干しには、 ゅうべよしひろがぬらしたふとんが、もうかけられていた。 、つら しようてんがい おもて すあし はたけ ひく だいす

7. 海で見つけたこと

「『フォックステ 1 ル』で飼うんですか。」 ワンさんにたずねられて、とっさにわたしはうなすいた。 「うそ、なっき。ほんと ? やったあ ! よかったでちゅねえ、あんた。」 なんど 恵理はとびはねながら、子大に何度もほおずりをした。 そしたら、わたしも毎日一緒に遊べる。」 「うれし 1 「うらやましいなあ。ばくも大飼いたいですけど、アパートじゃね。」 「え 1 、でもワンさん。中国の人って、大たべるんじゃなかった ? 」 「そうですね。あ、でも、ばくはたべないですよ。」 えり 恵理は子大を胸にかかえこむと、あわててワンさんに背をむけた。そんな恵理にかまわず長い 首をめぐらせて子大をのぞきこんだワンさんは、 こいびと 「あー、目かばくの恋人にそっくりだ。 と、はしゃいだ声をあげた。 こいびと 「ワンさん、恋人いるの ? 」 郷里でばくの帰りを待ってます。」 「はい。 「美人 ? 」 びじん えり 」よ、つり・ むね いっしょ あそ えり 0

8. 海で見つけたこと

たたみりようあし よしひろのまねをして畳に両足を投げだした。全身からカがぬけた。 「いやじゃ。」 むり 、 0 、も たたみ いかにも気持ちよさそ、つに、よしひろはころころと畳の上をころがった。無理もない 「フォックステ 1 ルの二階のわが家には、ころがる空間なんてなかった。二のせまい部屋 のあっちにもこっちにもコーヒーの袋やおしばりのコンテナが居すわっていて、横になるスペ 1 スさえなかった。 「はよ。」 はうようにしてリュックからよしひろの着替えをとりだして、ほうり投げてやった。 「ちえ。」 した、つ 舌打ちしながらもよしひろは立ちあがった。ばあちゃんがこないのを確かめてから、わたしは たたみ たたみ そっと畳の上に大の字に寝ころがった。思いっきり四肢をのばす。う 1 ん、気持ちいい畳から は、ぶんとやさしいイグサのにおいがたちのばった。 「うわあ ! 」 ひめい そのとき家じゅうにひびきわたったよしひろの悲鳴に、わたしはとびおきた。 じよう 風呂場にとんでいくと、脱衣場で裸のよしひろがひっくりかえっていた。 ふろば だっ ふくろ ぜんしん たし ディーケー

9. 海で見つけたこと

ひめい 悲鳴のような恵理の大声が、耳の中いつばいにひびきわたった。 しんばい 「どこにいるん ? 心配してたんだからあ。」 はなごえ しんばい 高い声が、すぐに鼻声にかわった。胸がきゅんとなった。恵理、とっても心配してくれてたんだ。 「うん、鳥取。おばあちゃんち。」 しんばい ほね 「うそお。どうしてだまって行ったのよお。死にそうに心配して、わたし、足の骨、折っちゃっ たんだからね。」 なんで心配して足の骨が折れるのかよくわからなかったけど、なんだかものすごく申しわけな い気がしたので、 「ごめん、ごめん。」 とあやまった。 「で、だいじようぶ ? 」 なお 「うん。てゆうか、二学期までには治るって。でもサイテ 1 、サイアクの夏休みだったよお。」 えり 恵理の声聞くだけで、それはよくわかった。 「『フォックステ 1 ル』は閉店の張り紙がしてあるし、なっきはなんにもいわないでいなくなっ はっぴょうかい ちゃうし、バレエの発表会でころんで足折るし、もうサイテー。あ、でもひとつだけいいことが とっとり しんばい えり ほね へいてん むね がみ えり も、つ ノ 74

10. 海で見つけたこと

チ、チ、チ、チ。元気の、 しい小鳥たちの朝の声が耳をくすぐる。ガラス越しの光に、まぶたが ねむ びくびくけいれんした。いつの間にかぐっすり眠ったようだ。だしをとるいいにおいに、鼻から だいどころ 目覚めた。においにさそわれて、台所に足をむけた。 「お 1 、起きたか。」 たいどころ だいどころ 朝の光のさす台所で、ばあちゃんはきりきりしゃんと働いていた。ばあちゃんの家の台所は、 せいけっ 広くて清潔だ。干からびたラーメンやパンのかけらが床にころがってて、ときどき足の裏に刺 さったりする「フォックステ 1 ル」の二階とは大ちがいた あいのかぜ 「今朝は、東風がふいて雲がとんどったけえ、ええ漁になるぞお。」 せいだい ばあちゃんはなんだかすごくはりきっている。盛大に湯気をあげていた炊飯器がパチンと音た かってぐち てて切れた。そのとたん、勝手口でネコの鳴き声がした。 海へ ゆか はたら すいはんき 、つら はな