体 - みる会図書館


検索対象: 海で見つけたこと
162件見つかりました。

1. 海で見つけたこと

耳が遠いのだろうか、にらみつけてつっ立っているわたしを無視して、というか腰が曲がって ひょうじよう いるせいでわたしの表情など目に入らないばあちゃんは素知らぬ顔でロと体を動かしつづけた。 「ざしきに荷物運んだら、風呂に入りんさい。体がぬれたままだと、風邪ひく。」 むり 手押し車をげた箱のすきまに無理やりおしこんで、ばあちゃんはそこで初めてよしひろと正面 みひら からむきあった。目を大きく見開き、まじまじとよしひろの顔を見つめていたけれど、「 : : : ほ んとに、よう似とる。」低い声でつぶやいた。ほとんど初対面というのに、「ようきたのう。」で も、「よろしゅ、つにな。」でもなかった。よしひろはするっと体をずらせて、わたしの後ろにまわ りこんだ。 てお にもつはこ ひく しょたいめん かぜ 、つご しようめん

2. 海で見つけたこと

たんはあきらめようとした自分を、わたしはわすれていなかった。リンリンだって、きっと全部 わかってる。 だきしめたリンリンは、理科室の骨格標本みたいにやせていた。 さいぜん ばあちゃんのいってたとおりだ。リンリンは生きるために最善の努力をしてたんだ。 ゅび ばね った 指にあたるあばら骨の一本一本から、リンリンの闘いが伝わってくるようだった。その体をコ しんらい あたた チンコチンに緊張させて、リンリンはわたしの手からのがれようともがく。信頼しきって、温か な体をどたりとあずけてきた十日前までのリンリンは、どこにもいなかった。 ごめん。ごめんね、リンリン。もう放さないからね った 大に言いわけはつ、つじない 思いだけかまっすぐ伝わりますよ、つに : わたしは必死で、も むね あっ かくリンリンの体に熱い胸をおしつけた。 ひぐ こうぶざせき 山の日暮れは早い。帰りはヘッドライトをたよりのドライプとなった。リ ンリンは後部座席で おちつきなく動きまわっている 「飼い主をわすれたんかなあ。」 どんかん とうさんかつぶやいた。鈍感な言い方に腹がたった。そうじゃないリンリンはかわったのだ。 てきおう 外見だけじゃなく、心も。でもそれは生きるための適応だ。飼い主をわすれたなんてバカにして ぬし きんちょう こっかくひょうほん たたか レ」りよ / 、 ひっし ぜんぶ

3. 海で見つけたこと

「よしひろが : 「よしひろが、どうかしたか。」 「おねしよしてる。」 しんばい たいへん 「お 1 お 1 、そうか。ねえちゃんも大変だな 1 。どもないよ。心配せんでええ。あんたのとう ちゃんも小学校の六年までしとったけえね。」 ばあちゃんはふつくらとやわらかい声で、ハトのようにくつくとわらった。わたしの体から緊 っ げんかん 張がとけていく。着いたとき玄関で「くそばばあ。」っていったの聞こえたかな。聞こえてなきや 「てごうしてくれる ? 」 ぶつだん ばあちゃんについて仏壇のある部屋に行くと、ばあちゃんは黄色いクマの模様の小さいふとん をとりだした。 おほ 「これはよしひろが赤ちゃんのときのベビーぶとん。なっきは覚えとらん ? 」 首をふった。 「そうか。なっきだって、まだこまかったもんな。」 てぎわ ちょっとさみしそうにいうと、ばあちゃんは手際よくよしひろの体をベビ 1 ぶとんに移し、ぬ ちょう 0 0 ・もよ、つ うつ きん 2

4. 海で見つけたこと

つめ すあし 波のしぶきにぬれた坂道を、素足で三十分以上も歩きまわっていた。石の冷たさがはいのばって、幻 トイレに行きたい。 体が冷えきっていた。 「よい、よ、、よい。」 家の奥から人の声がした。 としょ 「年寄りですけえなあ。待ってくださいよ。」 げんかん 足ぶみするほど待たされて、ようやく玄関の引き戸があけられた。でもそこに立っていたのは、 見たこともないおばあさんだった。 わたしが、ばあちゃんの顔をわすれたんだろうか。でも、会えばわかると思ってた。 「どちらはんですかいなあ。」 てんかい 思ってもいなかった展開に、言葉がでない。わたしは体を固まらせたまま、まじまじとおばあ ふか さんの顔を見つめた。おちくばんだ目、ロのまわりの深いしわ。おばあさんってみんな同じ顔に 見える。でもわたしのばあちゃんではないということだけは確かだった。 「だれか、たんねてきんさったの。」 つかれきったよしひろの顔と、わたしのはだしの足におどろいたようすのおばあさんは、気の なみ おく さかみち じよう たし

5. 海で見つけたこと

「あーしし 、、ナんのに。人の体のことゆうたらいじめですゅうて、先生がゆうたのに。」 「 : : : あんたが先にゆうたんじゃが。」 わか 白けた気分でわたしは、よしひろの担任の若くてきれいな顔を思いうかべた ぎよきよう たてもの 白い建物は漁協だった。 「今日はええ漁だったなあ。」「久しぶりの凪だったけえなあ。」 やまも 広場は大漁にわきたっていた。いくつもならんだ大きなポリバケツに、岩のようなカキが山盛 りになっていた。 「でつかーい。」 思わす声にでた。ひとつひとつが、よしひろの足くらいある なつのね 「はつは。でかかろうがあ。夏音の岩ガキは日本一だで。」 はちますがた いそがしく荷揚げしていた鉢巻き姿のおじさんが、ふりかえってわらった。ふつうカキは冬の 一ちょう しおなが ものだけど、岩ガキは潮の流れの速いこのあたりで夏にとれる、貴重なものなんだそうだ。こん あたた かん なに暑いのに、ドラム缶には火がたかれていた。海女たちが、海で冷えきった体を温めるためだ。 その間を子どもたちがかけまわる 「きとったんか。」 あっ た り よ りよ、つ ひさ 0 はや たんにん なぎ あま 0 ひ 6

6. 海で見つけたこと

林の入り口に大たちが姿を現していた。一匹、二匹、数えられるだけで四匹いた。そしてその ぐら 奥、ほの暗い林をバックに白い色が一点、そこだけ発光しているように浮かびあがった。一暼で じゅうぶんだった。 リンリンだー よろこびが体をつらぬく。血液が勢いよく体じゅうをかけめぐりはじめるのがわかる。頭の中 でガンガンバケツをたたくような音がした。 「とうさん、いた ! 」 いうより早くかけだしていた。 「リンリ 1 ン。」 したが 先頭の大が後ろに従えた大たちを守るように立ちはだかって、するどくほえた。それを合図に、 しっせいに大たちがほえかかる。こわかった。だけどひるまず目をあわせると、どの大ももとは 飼い大なのかどこか気弱でやさしい目をしていた。どろどろによごれて毛玉だらけになったマル くろ りようみみ チ 1 ズもいた。両耳のリボンは、もとの色がわからないくらい真っ黒になっていた。 「行くな。かまれるぞ。」 とうさんの制止も耳に入らない。わたしはリンリンだけを見つめて、かけだした。リンリンは おく すがたあらわ けっえき いきお びき ひき はっこ、つ ひき いちべっ

7. 海で見つけたこと

「はつは、ようわかっとるなあ。」 くろ かってぐち ばあちゃんが勝手口をあけると、真っ黒のネコかボウリングのポールみたいに勢いよくとびこ んできて、わたしの足に体当たりした。ニャーニャー鳴きながら体を 8 の字にこすりつける。そ のたびにたれたおつばいがゆれた。 「ばあちゃんちのネコ ? 」 すんなりばあちゃんと呼びかけている自分に、びつくりした。 「いいや、それがなあ。」 みそ汁のみそをといていた手を止めてふりかえると、ばあちゃんは、くしやっとわらった。 「ひと月ほど前から、なんか知らん風呂場のせつけんが消えるんだわ。最初はあれ、もうのう なったかしらんと思うとったけんど、三日もつづけて同じことがおきたら、さすがにおかしいと 思うわな。」 ゆくえ とまどいなから、とりあえず、つなずいた。 話の行方が見えない 「ネズミだろかなんだろか、今日こそは犯人をつかまえてやろう思うて見はっとったらな、なん しつけ と湿気とりにあけとる風呂場の窓からそのネコが入ってきたんよ。廃油で作っとるせつけんだも ふびん んで、味がしたんかなあ。それにしてもやせとるしお腹は大きいし、あんまり不憫なもんで、毎 しる あじ ふろば ふろば なか はいゅ さいしょ いきお

8. 海で見つけたこと

つけた。体にびっちりすいつくウェットス 1 ツは、腰の曲がっているばあちゃんにははくだけで たいへん も大変そうなのに、なんだか遊びにでかける子どもみたいにうきうきしている。だけどうきうき しんけん したなかにも、きゅっとひきしめられたロもとや目もとは、こわいくらいに真剣だった。 しゅうり あな 「このあいだはちいせえ穴から水が入って、つめとうて、つめとうて。ポンドで修理したけど、 だいじよ、つぶたろ、つか」 ひとりごとをつぶやきながらウェットス 1 ツをお腹の上までひきあげる。すると不思議なこと こうふん に、いままで曲がっていたばあちゃんの腰はしゃんとのびた。その姿によしひろは興奮した。 「かっちょええー、仮面ライダ 1 、へんし 1 ん、と、つつ ! 」 ちょうし 調子にのってぶんまわした腕が、わたしの胸にあたった。 「いったあ。」 ふくらみかけた胸のど真ん中。あまりの痛さに息が止まった。 「わあい、おつばいじゃあ。」 むね よしひろのハイテンションは止まらない。クレョンしんちゃんのまねをして、胸に手をあて腰 をくねらせた。わたしの頭にカッと血がのばる。体のことをいわれると、自分でもわからないく せいぎよふのう ふあん らい制御不能になる。これからなにがおきるのか、不安でたまらない。夏休みがはじまる前、女四 むね かめん なか うで あそ むね なか すがた ふしぎ こし

9. 海で見つけたこと

ちゃ ! , と目覚めて、いかにも海草らしく水の動きにあわせてゆらゆらと体をゆすりはじめたの こうどう だ。そのあまりにいじらしいカニの行動に、わたしはひとりで大わらいをしてしまった。 しお 引き潮で潮だまりに残されたフグの子も傑作だった。大発見によろこんだわたしがすくいあげ たとたん、おこって体をばんばんにふくらませてしまった。あんまりふくらみすぎてひっくりか えり、ロをとがらせながら浮いている顔が、「おっと、なんで世界がさかさまなんだ。」って途方 にくれてて、ふきだすくらいかわいかった。 もの 生き物たちの行動って、本当にわかりやすい見てると、気持ちが手にとるようにわかる。そ んな彼らひとりひとりの心臓どこどこに出会うたびに、「よっ、生きてるね。」「生きてるよ。」っ かくにん て、確認しあえた気分になって、わたしはわくわくする。磯で遊んでいると、時間をわすれた。 ひとりってこともわすれた。ばあちゃんのいってたとおりだ。さみしくなんてない。ただ、ひと としょ りごとのくせかついたのだけは、年寄りくさくてこまるけど。 ごがん とめ ときどき護岸のコンクリートの上から、タバコしてる留さんが声をかけてくる。 ( タハコする きゅうけい は、鳥取弁で休憩の意 ) 「ウニに手をだすなよう。刺されるぞ。」 「めがねがくもったんか。これもんでこすれ。」 とっとりべん かれ しお こうど、つ のこ しんぞう けっさく 、つご だいはつけん 」も せかい あそ とほ、つ

10. 海で見つけたこと

うごひとみ とよく動く瞳がかわいかった。そして日に焼けたいかにも健康そうな細い体はバネが強くて、ま およ るで魚のようにしなやかに泳いだ しお なが はや 「潮の流れが速いとこは、岩に海草がっかんだろ。カキはそんな場所が好きなんよ。そのかわり、 およ 、っちらもばんやりしとると岩に体を、っちつけられるけえね、しつかり泳ぎよ。」 じゅ、つじざい すす 活発な少女は、まるでスクリューみたいに力強く足ヒレを動かして、自由自在に海の中を進ん でいく 「待ってえ。」 あとを追うわたしは必死だ。それでも不思議なことに、泳ぎの苦手なはずのわたしがちゃんと くる およ 【冫いでいたし、素もぐりなのに息も苦しくなかった。 「あ。」 かげ そのとき雨雲みたいな大きな影が、 頭上をおおった。目をあげると、視界いつばいに白くて平 およ ゅうぜん たいお腹。散らばったロやエラがまるでわらっている顔に見える。マンタだ ! 悠然と泳ぐその ゅびさき せんそくりよく あとを、わたしは全速力で追いかけた。あと少し、もうちょっと。指先が尾ビレにふれたと思っ 医、・も たその瞬間、目が覚めた。あー、くやしい。もうちょっとだったのに。だけどわくわくした気持 ゅびさき かんしよく ちと、尾ビレにふれた冷たい感触だけは、目覚めたあともいつまでも指先に残っていた。 かつばっ しゅんかん なか ひっし けんこう およ のこ