気 - みる会図書館


検索対象: 海で見つけたこと
163件見つかりました。

1. 海で見つけたこと

かん ばいだと、さみしさなんて感じないんだ。ばあちゃんの心はアワビやカキでいつばいで、さみし かん いなんて感じるひまないんだ。 あっ すごいことを発見した気がして、ほっぺたが熱くなった。 「ぶつぶつぶ。」 となりでよしひろが白目をむいてひっくりかえった。顔が真っ赤だ。 「バカ ! はよ息し。」 どん ! と背中をたたいてやると、よしひろは酸欠の金魚みたいにパフパフといそがしく息を すって、「あー、死ぬか思うた。」と、のんきなことをいった。 「アホちゃう、あんた。」 あきれた。いくら入りこんで見てたにしても、ずっと一緒に息を止めてるなんてあまりにもマ ヌケ。きっと、さっきばあちゃんに負けたのが、よっほどくやしかったんだ。 たから : 子きですけえ。死ぬまで海のお宝をとりつづけたい思うとります。』 『ゼニカネじゃなし女 よしひろに気をとられているうちに、ばあちゃんのアップでビデオは終わってしまった。ひき むす 結ばれたロもとか、りりしくかっこよかった。 「ロもとなんか、梅子さんそっくりだが。」 せなか はつけん さんけっ いっしょ 711

2. 海で見つけたこと

「 : : : たべてるよ。」 「そうはゆうても、ここにきてからあんたはやせていく一方で、目ばっかりぎろぎろしてきとる じゃないか。ばあちゃんは、気が気じゃないよ。ばあちゃんの飯がロにあわんか。」 そうじゃない。そうじゃない。わたしはばあちゃんがいいおわる前から、ぶんぶん首をふった。 丿ンリンが」 リンリンの名を口にしたとたん、わたしの心の堰がはずれた。決壊したダムのように閉じこめ ことば てた言葉があふれでた。 「と、つさん、 : 山に、リンリンを捨てた。もう、・ : ・ : 飢え死にしとるかもしれん。」 自分がロにした言葉のおそろしさにおしつぶされそうだった。えつ、えつ、えつ、体じゅうに たたみ けいれんがとりついた。なんとか止めようとこころみる。でもだめだった。わたしはとうとう畳 につつぶして、わあわあ声をあげて泣きだした。うるさそうによしひろか、タオルケットをはね そっか。わたしもよしひろもおじゃま虫なんかじゃないんだ。なんだか、ふふんと鼻を高くか % かげたいような気分になった。 「だけんど、なっき。もうひとつだけ、ばあちゃんに教えてくれ。なんでしつかり、飯を食わ ん ? 」 せき めし けつかい めし

3. 海で見つけたこと

はしらどけい カツツン、カツツン、カツツン。柱時計の音だけが大きくひびいた。合間合間に、よしひろの認 ねいき 寝息がまざる。ばあちゃんのいうとおり、とうさんは見栄っ張りのええかっこしいだ。気も弱い。 わるくち すぐ逆ギレする。それでも、とうさんの悪口は聞きたくなかった。ばあちゃんはヘそをだしたま ま寝ているよしひろのお腹に、そっとタオルケットをかけながらつぶやいた。 ・いいとおないか ? ・ ことば いいたくないわけじゃない。だけど言葉が見つからない。わたしは手にしていたえんびつを、 ぞうきんをしばるようにもみしだいた。 ばあちゃんは肩をおとしてため息をついた。海の中ではのびていた腰がすっかりちぢんで、 ど、つぐ かくしん さく見える。確信に満ちた手つきで道具を扱っていた手は、いまはひざの上で白くなるほどにぎ りしめられていた。 「いつでも人目やかっこばっかり気にする子でなあ。どうやらばあちゃんの仕事も恥ずかしい思 なか ・ : それ うとったようじゃ。高校のころから、『田舎はいやじゃ。』そればあっかりゅうてなあ しんらい たから でもこうやって、海ん中のお宝みたいなあんたらふたりをよこすところをみると、信頼はしてく れとるんだろうなあ。」 ぎやく かた なか あっか し ) ) と

4. 海で見つけたこと

「ねえ、これ使う ? 」 と、つめい えんりよ なかはら 遠慮がちに中原さんが、きれいな透明のセロファンの袋とリボンをさしだした。 「わあ、ありがと。」 中原さんてすごい。気がきく。わたしなんか作るとこまでで精いつばいで、ラッピングまで気 かまわらなかった。 れんけい 「あなたたち、みごとな連係プレ 1 ね。いちばん早くて、いちばんいいできよ。」 よしざわ じようず . だいす よしざわ クラブの吉沢先生がほめてくれた。吉沢先生ってほめ上手だから大好き。いつだったか「山崎 かんしん あねごはだ さんは姉御肌ねえ。」って感心してくれたことがあった。 「姉御肌って ? 」 「りりしい女の人のことよ。」 って思った。横綱っていわれるよりずつ りりしい。その言葉の響きが気に入った。かっこいい それからはなにかするときいつも、″りりしい〃って言葉が胸の中で反響するようになっ こうちゃ よしざわ 吉沢先生にいれてもらった、アップルティ 1 というリンゴの香りの紅茶と一緒に、できたての クッキーをみんなでたべて教室をでると、ほかのクラブの人たちはもう下校しはじめていた。 あねごはだ つか ひび ふくろ かお むね よこづな はんきよう やまざき 7

5. 海で見つけたこと

「ねえちゃん、ねえちゃん。」 とびこんだわたしの足にしがみついて、よじのばってくる。 「どしたん ! 」 ゅび 裸のままふるえているよしひろが指さしているのは、風呂場。細くあいたすりガラスのドアの むこうで、黒い影がゆれていた。 「お風呂がどうかしたん ? 」 わたしの声もたよりなくふるえる 「見て、見て。」 かすれ声でよしひろがいった。わたしは思いきってそっとドアに手をかけた。 「ギャアー。」 よしひろよりも派手な声をあげてとびのいた。とびのくとき、よしひろの足をふんづけたよう な気がしたけれど、かまっていられない。 「きゃー、きゃー。」 じよう ひめい 脱衣場のすみに丸まって、悲鳴をあげつづけた。 「まあ、まあ。なんてにぎやかい。」 はだか だつい ふろ 2

6. 海で見つけたこと

「かわって、かわって。」 水着のままのよしひろが手をのばしてきた。海で泳いでシャワ 1 もあびていないので、体がべ とべとだ。 医、も わる 「もう、気持ち悪いなあ。」 じゅわき 投げるように受話器をわたすと、 とうさんはしかられるのをおそれる子どものような声をだした。 「おこっとるか ? ・べつに。、 しま、漁協。」 「えつ、まだもぐっとんか。」 るす つめ 精いつばい冷たくいうわたしの声の調子も気にせず、ばあちゃんが留守とわかると、とうさん はとたんにおしゃべりになった。 「ええ年なのになあ。も、つとっくに引退したと思、つとった。ええかげんにしときやええのに。こ としょ れぞほんまの年寄りの冷や水。」 ねん うけると思ったのにうけなかったので、「なあ、なっきもそう思わんか。」と、しつこく念をお みずぎ ぎよきよう みず いんたい ちょうし およ

7. 海で見つけたこと

学校の先生にいうように、よしひろがこたえたとたん、「そうだ、誠ちゃんだわ。」 おばあさんは、ポンツとひざをうった。 「それじゃあ、あんたやあ、あんときの : あらためておばあさんはよしひろの顔をのぞきこむと、 「そうかあ、誠ちゃんのなあ。あの赤ん坊がこがあに大きゅうなって。」 なっかしそうに、よしひろのうすい背中をなでさすった。 あ 1 、も、つ限界ー 「トイレ、貸してください ! 」 げんかん とうとうわたしは玄関のたたきに立ちあがって、足ぶみしながらさけんだ。 「あれえ、も、っちっとはよういえばええのに。」 ゅび ろうか せつばつまったわたしのようすにおどろいたおばあさんは、大あわてで廊下の奥のドアを指さ した。投げだすようにリュックをおろしてかけあがろうとして、ハッと気ついた。 「で、でも、足が。」 「そがんことはど、つでもええけえ、はよお、行っトイレ。」 似合わない場面で似合わないだじゃれをとばして、おばあさんはひとりでハッハッハとわらった。 げんかい ばめん せなか おく 2

8. 海で見つけたこと

ぬれたショ 1 トパンツをはきかえようと、わたしはひとり家へとむかった。 こうみんかんちゅ、つしやじよ、つ ごふくたかおか 公民館の駐車場に、エンジンをかけたままのバンが止まっていた。「呉服高岡」。へえ、おんな じ名前のお店があるもんだなと通りすぎようとして、足が止まった。 「と、つさんー うんてんせき ハンドルに足をかけて、運転席でとうさんが眠っていた。口をほかんとあけて眠りこけている さい 顔は、あごに無精ひげがはえて、たった十日で十歳も年とったように見える。店にでるときはあ んなに身だしなみに気をつかってたおしゃれさんなのに。 「とうさん、とうさん。」 ドアをドンドンたたくと、やっと目かあいた。 「おう、なっき。」 7 フォークすてる ぶしよう ねむ ねむ 742

9. 海で見つけたこと

むかし わたしの知らないずっと昔、ばあちゃんととうさんの間になにがあったのだろう。親子げんか でもしたのだろうか しんばい 「ばあちゃん、まだもぐっとんかゆうて、とうさん、心配しとったよ。」 あんまりしおれているばあちゃんを励ましたくて、つい口がすべってしまった。 「え ? 電話があったんか。」 せなか ばあちゃんの背中がシャキッとのびた。 し士小ったー 仕方なしにわたしはうなずく。 「だあらすけがあ ! なんで、わたしにはなんもゆうてこん。」 カッと見開かれたばあちゃんの目から怒りの炎が燃えあがる。メラメラという音まで聞こえて きそうだった。こ、こわ。これじゃ、とうさん、電話できるわけないよ。気が小さいんだもの。 「つぶれたんだよ。お店が」 早ロでわたしはいった。 「へつ ? 」 ばあちゃんの目の炎がジュッと音たててしずまる しかた みひら ほのお ほのお 123

10. 海で見つけたこと

船着き場で海女のおばあさんからいわれた言葉をうれしく思いだした。まねしてわたしも口も とに力を入れる。少しりりしくなれた気がした。 「ばあちゃん、海女って、もうかる ? 」 と、つとっ しんけん 唐突に、だけどいつになく真剣に、よしひろがたずねた。 「おう、も、つかるよ。」 ようきいてくれたというように、ばあちゃんは身を乗りだした。さっきゼニカネじゃないって いってたくせにと、おかしかった。 「どのくらい ? 」 みずあ 「日によるけど、水揚げのええ日には何万円にもなる。」 誇らしげに、曲がった腰をそらせた。 「うつひやあ。ばく、大きゅうなったら、海女になる。ほんでお金もうけて、とうさんのお店、 さカ とりかえしちゃる。リンリンも捜して連れて帰る。」 ひょうめい しよくた / 、 きゅうそくれいと、つ 思ってもいなかったよしひろの決意表明に、食卓が急速冷凍した。 「 : : : とうちゃんの店、どうかしたんか。」 しばらくして口を開いたばあちゃんの声はしわがれていた。 ふなっ あま ひら