「つかさくんにはわからないよ」 「なんだよ、それ ? 」 「しあわせなやつに、ばくの気持ちなんてわかりつこない ! 」 おとめの大きな声を、ばくは初めて聞いた。 つか 「あんなに仲のいい両親がいて、だいじにされて、家でも学校でもひとりじゃなくて : りこん さくん、わかんないだろ。両親が仲わるくて、ほんとは離婚したいのに、子どもがいるからでき なくて、毎日泣いている母親を見てる気持ち。学校では、みんなにばかにされて、それでも笑っ ていなくちゃならない気持ち」 とっさに何もいえなかった。 「ほんとはね、ばくんちの両親まだ離婚してないんだ。ばくのために、ふみきれないでいる。ば りこん くさえいなければ、お母さんは離婚できる。お父さんだって、新しい生活をはじめられるし、姉 さんたちだってばくのめんどうを見にこなくてもすむ。ばくは、みんなにめいわくしかかけてな ゝ。ゝないほうがいいんだ」 どうじよう 本当は、同盾するべきなのかもしれない。だけどばくは、聞いているうちに、だんだん腹が立 ってきた。おとめのお母さんや優香さんの顔がうかんできて、息が苦しくなってくる。 ゅうか りこん はら 753
. : ツま フクロウおとめ 昼と夜の姿 真夜中のさんぼ ・新しい出会い 消えたおとめ かえらずの森 すがた
苦しし ) ) いわけをしながら、ばくはホッと自 5 をはいた。こいつの泣き虫は、なおりそうにない。 また、学校にいったら、みんなにばかにされるのに。そう思いながら、自分の目に手をあてて、 ゅうか ギョッとした。ぬれてる。あわてて手でぬぐったのに、優香さんにしつかり見られていた。 ゅめ 「やれやれ、夢くらいで泣くなんて、やわなやつだよ。つかさくんもつられて泣くかね。四月に 中学にきたら、ばっちりきたえてやらないとな。ふたりとも覚悟しろよ」 ゅうか 優香さんが、パキパキと指をならした。ばくらは、泣き笑いの顔を見あわせてしまった。 わす 息まで凍りそうな夜、ばくは、この日のんだココアの味を一生忘れないだろうと思った。 ゆくえふめい 成沢のじじいが行方不明になったことを知ったのは、三日後だった。最初のうち、だれも信じ たかすぎ なかったのは、むりもない。高杉の話だったからだ。 「ほんとよ。成沢のおじいさん、もう三日も家に帰っていないんだって。家の人が、捜索願いを だすっていってた」 たかすぎ しんみよう このごろなぜか、地味なファッションできめている高杉が、神妙な声をだす。目をあげたの ちょうじゅあん は、ばくとおとめだけだった。ばくらは、毎日、放課後、長寿庵にいってみてたんだ。だけど、 なるさわ こお なるさわ かくご そうさく 7 7 ノ
こ、つしゃ ばくはふくれつつらで、学校のまわりを見てあるいた。小心者のおとめのことだ。校舎の中に じゅぎよう はいないにちがいない。第一、あのさんさんと冬の光がふりそそぐ中、授業をさばってひとりで いるなんて、ばくだってできやしない。外のほうがよっぱど落ちつく。 ちゅうしやじよう おとめはどこにもいなし うさぎ小屋のかげ、花だんのすきま、駐車場のすみ : だんだんばからしくなってきた。なんで、ばくだけがおとめをさがさなくてはならないのだろう。 ほけん 今までだって、おとめはしよっちゅういなくなってたじゃないか。保健委員がさがしにいったこ となんて、一度もない。手がかじかんで動かなくなる。カッシーのやっ、スケート大会の練習を おくらせたくないものだから、ばくにめんどうなことをおしつけたな。まあ、練習熱心なのはけ っこ一つなことだけどさ。 顔をあげて、のびをする。すみきった青い空、金色の日ざし、きんと冷えた空気 : : : 。夏の間 土におおわれていたグラウンドは、スケートリンクに姿を変えて、きらきらと光っている。先生 こお や生徒たちが雪をふみしめて平らにならし、その上からくりかえし水をまいて凍らせて作ったリ ンクだ。、 カラスのような地面の上を、クラスメイトたちがすいすいすべっていく。泳ぐ魚、いや、 すがた 鳥が飛んでいる姿に似ている。なんだか、ふしぎな気分になった。ばくだけが、世界を外側から すがた
「おかえり。つかさくん」 金色の目が、ゾクッとするくらい鋭かった。 いつものように、おかずをレンジでチンして、ふたりでわけて食べた。手作りにめざめたママ れいと、つ しよくよく が作ったハンバーグは、相変わらずまずかった。だけど、冷凍食品にはない何かが 、ばくの食欲 をそそる。 あいじよう 「やつばりさ、それは、愛清だと思うよ、ばくは。結局さ、最後は、なんでも愛なんだよね」 キザな言葉を平気ではいて、おとめはばくを見た。ハンバーグがずいぶん残ってる。ごはんも、 ほとんど手つかずだ。 「どうした、おとめ。腹へってないのか ? 」 さんばいめ ばくは、三杯目のごはんをかきこみながら聞いた。 しよくよく ちょっとね、食欲なくて」 その時、おとめの目がくもったことにばくは気がっかなかった。 なまり なんだか今日一日が、一年のように感じられる。いろんなことがあって、ばくの体は鉛のよう に重くなっていた。 はら するど ノ 06
「ぶつぶかぶー、ぶかぶかぶー」 うちゅうじん と、おどりにあわせて口ずさんだ。ママは、宇宙人を見るような目でばくを見た。 「栄養不足かしら。このごろ、手ぬきしてたからねえ」 「ぶつか、ぶつか」 ばくは、大きくうなずいた 「あしたは、ちゃんと作るわよ。だから、ぶかぶかいうのやめてよね」 「ぶつかぶ : : : じゃなくて、わかった」 ノバが出張だと、つい手ぬきしちゃうのよねえ」 ママは、部屋をでていきかけて、止まった。ふり向いて、ばくを見る。 ゆくえふめい 「ねえ、そういえば、つかさのクラスの子、行方不明なんだって ? 」 「え ? だ、だれがそんなこと : かまた じゅぎようちゅ、つとっぜんすがた 「蒲田さんに聞いたのよ。体育の授業中、突然姿を消したんだってね。なんでも、いじめにあっ てたそうじゃないの」 ばくは、目をパチクリさせた。 「女の子になりたがってたんだって、その男の子 ? だからっていじめなくてもいいのに、ねえ」 しゆっちょう -0 っ 0
7 夢の中 ざっかや おとめの家は、一言でいうと、雑貨屋さんみたいだった。いろんなところに、いろんなものが きみよ、つ おいてある。たとえば、げんかんには、色とりどりのドライフラワ 1 にまじって、奇妙な形のつ ばのようなものがころがっていたし、居間には、色も形もさまざまなクッションやぬいぐるみ、 ガラスの置物、ビー玉、油絵なんかがところせましとおいてある。 「なんか : : : すごいな」 「うん、まあね。みんながそれぞれ自分の趣味を持ちこむから、こんなになっちゃうんだ」 おとめはなれた足どりで、ぬいぐるみの間をスタスタと歩いていく。ばくはおそるおそる足を 動かす。気をつけないと、ふんでしまいそうだ。静かにじっと、たくさんの目に見つめられてい るようで、おしりがムズムズした。 ちから 「あれえ、君がカの友だち ? 」 とっぜん せ 突然、大きな声が頭の上でさくれっした。見あげると、背が高くてたくましい体つきの女の人 うで が、腕を組みながらニコニコ笑っている。 ゅめ しゆみ
しし、刀、り 、ゝサ・・ト小」 せなか 声が、すっと鋭くなった。中学生たちは、背中にものさしを入れられたみたいに、直線になっ 「では、 ) ってまいります ! 」 と、体を九十度に折りまげた。そのまま、ロポットの行進みたいに歩いていってしまった。ばく たかすぎ と中学生、ふたりきりになった。雪まじりの風が、ひゅうと流れる。高杉さん : この人、た しかそうよばれていた。 たかすぎりよういちたかすぎ 「はじめまして。ばくは、高杉亮一。高杉ゆいなの兄だ」 ばくは、思わず口を開けてしまった。ほんとにこの人だったのか。番長とよばれているくらい そうぞ、つ だから、たくましい体の大男を想像していた。こんな針みたいな人だなんて。 「実は、ちょっと君に聞きたいことがあってね。きのうから妹のやつが落ちこんでいて、ごはん も食べないんだ」 横目でばくを見る。電気が走ったかと思った。強い目だ。 なみだ 「理由を聞いてもなかなかいわないし、ときどき涙ぐんで鏡を見つめているんだよ」 : まずい。逃げてしまおうか、といっしゅん思った。ばくのほうが、走るのはずっと早そう て、 するど 一 4 8
まほう ばくは、つばをのみこんだ。 すがた 「何が気に入らなかったのか、ワラビのやっ、テルヒコに魔法をかけやがった。あんな姿にされ ちまって、あいっ : なまり じじいが、鼻をすすった。ばくは、鉛をのみこんだような気持ちになった。はくせいってこと は、そのテルヒコさんは、死んでしまったんだな。人間にもどれないまま。おとめ : : : あいつは、 だいじようぶだよな。ちゃんと人間にもどったんだもんな。急に、胸がザワザワしてきた。 「森の神さまの中には、気むずかしいやつが多いのが困りもんだ」 じじいが、つぶやく 「へたに魔法が使えるもんだから、いい気になってるところは、たしかにあるな、うん」 しきりにうなずきながら、ばくを見た。 「だがな、悪いやつらじゃない。それだけはいえる」 ばくは、だんだん変な気持ちになってきた。これは、現実のことだろうか ? 森の神さまとか 魔法とか、フクロウに変わってしまうとか : : こんなへんちくりんなことが当たり前にあるなん て、考えてみると、おかしいじゃないか。もしかしたら、ばくは夢を見ているんじゃないのか ? じじしカ ゝゞ、ばくの心の声に答えるようにつぶやいた。 こま げんじっ ゅめ むね 00
むし がでたらめ話でもいってあげないと、おとめなんてクラス中から無視されて、いるかいないかわ きたじま かんなくなっちゃうんだから。そんなこともわかんないなんて、北島って、バカじゃないの」 ばくのほっぺたが、熱くなった。ばくも、きっと今、トマトだ。 「お前、ごうまんだぞ。すっげえ、やな女」 たかすぎ たかすぎ なみだ いったとたん、高杉の目から涙がころげ落ちた。ばくは一瞬一言葉をのみこんだ。まさか、高杉 が泣くとは思わなかったのだ。 きたじま 「北島だって、すっげえ、やな男。あんたなんて、お兄ちゃんになぐられて、手とか足とか折ら れて、目だってお岩さんみたいにはれあがればよかったんだ」 : 。ばくがにぎりこぶしを作った時だ。まっすぐ何かが飛んできた。 「うわっ」 「しやっこ ) たかすぎ 雪玉だ。ばくと高杉の頭に一個ずつ、大きな雪玉が命中していた。 「やだあ、だれよ。こんなことするの」 「よう、こっちだ、こっち」 声のほうを見ると、成沢のじじいがしわしわの顔をほころばせながら、手をふっていた。この なるさわ いっしゅん ノ 04