「そお ? じゃあゆっくり寝るのよ」 「わかった」 しんぞう かいだん ママが階段をおりていく音がする。ばくの心臓はまだ波うっている。おとめが、小さくつぶや し子 / 「つかさくん、まくらの下にハサミを入れて寝なよ。そうしたら、こわい夢見ないんだよ」 ふいに、ばくの目の前がばやけた。 ゅめ 「ど、どうしたのさ。つかさくん。そんな泣くくらいこわい夢だったの ? 」 答えずに、ばくはマクラにつつぶしてしまった。 「だいじようぶだよ。ばくがついてる。ここで見ててあげるから」 おとめ、ちがうよ。ちがうんだ。得体の知れない大きな不安がこみあげて、のみこまれてしま いそうだ。それなのに、ばくは何ひとつできない。じれったい。はがゆい。こんな時、どうすれ 冫いいのかさつばりわからない。 「あ、雪だ」 まど ばくを見ていたおとめが、窓のほうを向いた。 「きれいだよねえ、雪って。なんかさあ、ときどき思うよ。もっともっとふってさ。車や家や学 ね ゅめ
ねらうしかない」 ′、っふノ、 「いやなんだ。いくら空腹でも、ばくがネズミを食べてしまうなんて、こんなざんこくなこと : 「ざんこく ? 声の調子が、がらりと変わった。 さいしよ、つげん 「どこがざんこくだというんだ ? 生きるための最小限のぎせいだ。人間はどうなんだ。必要以 上に多くの命をうばっているではないか。よっぱどざんこくだとは思わないか」 。たま たたきつけるような声だった。おとめは、黙ってうつむいている。 しようこ 「もう決心したほうがいい。 ' 」 お前の体は、もう七割以上シマフクロウだ。その証拠に、日がでて すがた も、人間の姿にもどらなくなった。人間の食べ物だって受けつけなくなったはずだ」 おとめがふるえる。ばくも、にぎりしめた両手がこまかくふるえていた。 きおく 「今に、人間の言葉が話せなくなる。人間の時の記憶がうすれていく。そして、本当の村を守る 神になるのだ」 しんぞう 心臓が耳のそばにあるような気がしていた。いいのか、おとめ。本当にシマフクロウになって もかまわないっていうのか。 おとめカノ ゞ、、ツと顔をあげた。大きな目であたりを見回す。ばくをさがしているんだと思った。 ノ 50
苦しし ) ) いわけをしながら、ばくはホッと自 5 をはいた。こいつの泣き虫は、なおりそうにない。 また、学校にいったら、みんなにばかにされるのに。そう思いながら、自分の目に手をあてて、 ゅうか ギョッとした。ぬれてる。あわてて手でぬぐったのに、優香さんにしつかり見られていた。 ゅめ 「やれやれ、夢くらいで泣くなんて、やわなやつだよ。つかさくんもつられて泣くかね。四月に 中学にきたら、ばっちりきたえてやらないとな。ふたりとも覚悟しろよ」 ゅうか 優香さんが、パキパキと指をならした。ばくらは、泣き笑いの顔を見あわせてしまった。 わす 息まで凍りそうな夜、ばくは、この日のんだココアの味を一生忘れないだろうと思った。 ゆくえふめい 成沢のじじいが行方不明になったことを知ったのは、三日後だった。最初のうち、だれも信じ たかすぎ なかったのは、むりもない。高杉の話だったからだ。 「ほんとよ。成沢のおじいさん、もう三日も家に帰っていないんだって。家の人が、捜索願いを だすっていってた」 たかすぎ しんみよう このごろなぜか、地味なファッションできめている高杉が、神妙な声をだす。目をあげたの ちょうじゅあん は、ばくとおとめだけだった。ばくらは、毎日、放課後、長寿庵にいってみてたんだ。だけど、 なるさわ こお なるさわ かくご そうさく 7 7 ノ
ちゅう となりで 中でシマフクロウに変身してしまったら、 いくらなんでも目立っことはまちがいない。 ひいひいいっているおとめを見ると、なさけなくなる。もしかしたら、おとめは、シマフクロウ のほうがむいているのかもしれない。ふと、そんなことを思ってしまった。 「おばさん、心配してたな」 しんばいしよう 「う・ : ・ : ん。うちのお母さん、心配生だから」 げんかんの前で、ばくに何度も頭を下げていたおばさんを思いだした。優香さんとまるつきり ちがって、細くて小さくて、息をふきかけたら、飛んでしまいそうな感じだった。 「ほんとは、ばくが家にいてあげるのが一番いいんだよね、でも : あら おとめの息がもう荒 おとめがフクロウになった姿を見たら、おばさん、ひっくりかえるよな : : : 口元まででかかっ た言葉をばくはのみこんだ。そんなこと、だれよりもおとめが一番よく知っているはずだ。 「つ、つかさくん、ちょっと待って。ばく、苦しい 「お前さあ、少しは体きたえろ : : : 」 ふりむいて、言葉をのみこんでしまった。木の向こうにピンク色の影が見える。うちまで、あ と十分というところか。日がしずんでしまうまで、あとどのくらいだろう。ばくは、声をひそめ すがた ゅ、つか 700
「一つアル」 「おい、こら。おとめ ! 」 おとめは、ビクッとして、ばくのほうを向いた。毛におおわれた足が、ふるえている。 「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてたんだ」 おとめは、くちばしをカシカシいわせながら、ため息をついた。 「つかさくんのところはいゝ しね。お父さんもお母さんも、 いい人おに」 とっぜん 突然、何をいいだしたのかと思った。 かいだん 「ばく、さっき階段の上からこっそり見ていたんだ。すごく喜んで食べてたよね、カレー」 「そりゃあそうだよ。あんなにうまいカレー、食ったことないもんな」 しゆっちょう ふたりとも大さわぎしながら、カレーを三杯も食べていたつけ。出張から帰ってきたばかりの 父さんは、とくにこうふんしてた。ばくの頭をたたきながら、料理の天才だって何度もさけんで たんだ。 「最後は、カレーのうばいあいするんだもんな。自分の親ながら、なさけないぜ」 「いいよ。絶対にいい。うらやましいよ」 まど おとめの目が、うす暗い中で光って見える。おとめの目にうつっているものは、窓の外の雪景 ぜったい い
「いや。わしは、そんな : たかすぎ じじいの声が小さくなった。ばくが耳をすまそうとした時、高杉の兄さんの声がとびこんできた。 お前もいやになる時がないか ? 人間でいるの」 とっさに返事ができなかった。 「だれだってあるよな。だからって、逃げてどうするんだよ」 たかすぎ 湯飲みをにぎりしめた手が、白く変わっている。ああ、そうか、と思った。高杉の兄さんは、 し シュンって人の意志を継いでいるのかもしれない。人のめんどうを見て、助けてやって、手かげ んせずに戦って : もうわがままで、泣き虫で、弱虫で、これ以上手がかかる子がいるのかしらって思うく らいです」 急に、はっきりとした声が聞こえた。 「でも、子どもってふしぎですよね。生まれてくれただけで、ありがたいっていうか」 たかすぎ 高杉の兄さんが、顔をあげる。 「ばくの友だちの : : : おとめのお母さん」 ? 一士 6 たかすぎ ばくのささやくような声に、高杉の兄さんは、黙ってうなずいた。じじいが何て答えたかは、 っ ノ 28
「ねえ、つかさくん。ばくね、お父さんに電話したんだ」 いすの上から、おとめの声が聞こえる。あいつもっかれているはずなのに、どうしてねむくな いんだろう。 「おう、それで ? 」 ばくは、ねむりの海に足をつつこみながらつぶやいた。 「お父さんのところに泊まっていることにしておいてって頼んだら、笑うんだよ。まかせておけ。 いくら息子でもさ、自分と それで、泊まるのは女の子の家か、だってさ。いやんなっちゃうよ。 同じだなんて思わないでほしいよね。人間なんてさ、いろいろだよねえ」 おとめの声が遠くなる。ばくは、何か答えなくちゃと思った。おとめが安心するような、ばく 目を , 、じあけようとしたけどだめだった。ばくは、あっとい のことを感心するような何か : う間に、ねむりの海にしずんでいった。 ゅめ 夢を見ていた。夢の中で、おとめは今よりもっと大きなシマフクロウだった。かえらずの森だ ろうか。うっそうとしげつた木々が見える。その中に、ポッカリとあいた広場のようなところが あって、そこでおとめはたくさんのけものたちにとり囲まれていた。何頭かのクマ、シマフクロ ゅめ たの ノ 07
3 フクロウおとめ 部屋の電気をつけると、おとめはまぶしそうに目をパチパチさせた。 午後七時、ばくの部屋。机、べッド、洋服ダンスにサッカ 1 ボール。朝と何ひとっ変わりない ばくの部屋。なのに : : 。ばくは、ため息をついた。これ以上できないってくらいの大きなため 息だ。だって、考えてもみてくれ。ばくの目の前には、大きなシマフクロウが一羽、すがるよう な目をしてばくを見つめているんだ。 : っていっても、フクロウってすわれるのかど 「楽にしろよ。べッドの上にでもすわってさ。 うかわからないけどな」 シマフクロウは、うれしそうにほほえんで ( いるように見えた ) べッドの上に飛びのった。こ そうぞう のシマフクロウこそ、あのおとめなのだ。ここまでくるのがどんなにたいへんだったか、想像で きるやつはいないだろうと思う。 まず、あの光の後のことから説明しよう。ばくは、すぐに目の前の鳥がおとめだとわかった。 つくえ
「あ、そうか。そうだよな。家の人、心配してるよな」 おとめは、首をかしげてニッコリほほえんだ。どこかの国の王女さまみたいだ。ばくは、こう せなか いうしぐさを見ると、背中がかゆくなってくる。 「お前さあ、それやめたほうがいし ) と思一つせ」 「え ? それって、どれ ? 何 ? 」 「どれって、その : : : つまり : 目を見開いているおとめを見たら、説明するのがばからしくなってきた。 「もういい。なんでもないからさ。お前、さっさと家に帰れよ」 ばくの言葉をさえぎったのは、ママの声だ。高いソプラノの声が、朝の空気をふるわせる。 「つかさ、まだ寝てるの ? ごはんよ」 おとめは、そわそわと立ちあがった。 「そろそろばくいくよ」 かいだん 「どうやって ? 階段の下には、きっとママがいるぜ」 まど 「衣 5 からいくよ」 「だって、二階だぜ、ここ」 力し
「でもさあ、お父さんの気持ち、わかる気がするわ。自分の血をわけた子どもはおとめひとりで、 あとは知らない人の子だもの。毎日つらかったのよ」 たかすぎ ぜんぜんつらそうじゃない声でいって、高杉はため息をついた。 「だからさあ、おとめはあんなふうになっちゃったのかもね」 体をくねらせて、ロに手をあてながらほほえむ。笑いが、けむりみたいにわきあがった。ばく つくえ たかすぎ は、机の下で手をにぎりしめた。フクロウおとめのまるい目が、ばくの頭にちらっく。高杉のや けんり つ、何の権利があって、あんなこというんだ ? 笑うやつも、どうかしている。そう思ってから、 ハッとした。こんなこと、今までだって何度もあったはずだ。ばくは、その時、どうしていたん だろう。気にもしなかったのか : : : それとも、もしかしたら、 いっしょになって笑っていたかも しれない。 にぎりしめた両手に、汗がわいた。そして、ばくの口から、思いっきり冷ややかな声 がでてしまったんだ。 おいかわ 「もてない女の子にかぎって、根も葉もないこというのはなんでだろう。なあ、及川」 おいかわ とっぜん 突然話しかけられて、となりにいた及川は目を白黒させている。ガタンといすをひく音がした。 たかすぎすがた ばくの目のすみに、くちびるをかんだ高杉の姿がうつっている。しまった、と思った時はもうお たかすぎ そかった。高杉が、とがった目をしてばくを見ていた。 あせ