こえない まど おとめのお母さんは、何度も頭を下げながら帰っていった。窓から見える後ろ姿は、この間よ り小さくなったように見える。 まど ばくたちは、おとめのお母さんがじじいにくれたまんじゅうをほおばりながら、窓に目を向け ていた。 「じじい、おとめのこと知ってるのか ? 」 「まあな」 「このじじいは、ここらの主だからな」 「ふん、ばかたれ」 きみよう お つくづく奇妙な組みあわせだ。友だちがシマフクロウになって、置き去りにされた三人組か。 なんだかなさけない。 「ん ? 何だ ? 」 たかすぎ 高杉の兄さんが、ばくを見る。 「いや。なんでもありません」 ばくは、大口で、まんじゅうにかぶりついた。 すがた ノ 29
じじいの目が、糸のように細くなってたたみの部屋を向いた。じじいの目の先を見て、息をの んだ。部屋のすみつこに、フクロウがいたのだ。まさか : : : おとめ ? いや、ちがう。よく見た ら、フクロウのはくせいだ。 「わしの友だちだ」 すがた 「ワラビってやつに、そんな姿に変えられてしまったんだ。かわいそうなやつだった」 せなか ばくは、つばをのみこんだ。じじいの背中がまるまっている。目は、糸のままだ。 「わしがお前くらいの時だったな。わしと友だちのテルヒコは、かえらずの森に入ったんだ。特 別な理由なんてないさ。ただ、大人たちが、入るなって、あんまりうるさいから、入ってやろう と思ったのさ。あるだろう、そういうこと」 ばくは、だまってうなすいた。 「わしらは、こうふんしてた。森の中を歩きまわったよ。何でも特別に見えたもんだ。木も草も フキの葉っぱだって、別世界のもののように輝いて見えた。その時だ。ワラビに会ったのは」 「じじい、見たのか ? 」 「ああ、見たとも。ものすごくチビで、うるさいやつだったな」 かがや
「決めるのは、他人ではない。自分だ」 」っ力し ばくは、その時、もうれつに後毎していた。もっとおとめと話をするんだった。こんな時にこ んな形で聞くんじゃなくて、ばくの家でいくらでも話す機会はあった。それはもしかしたら、お とめが人間で生きることを選ぶ最後のチャンスだったかもしれないのに。おとめのお母さんの木 すがた の枝のような姿が、目にちらついてはなれない。おとめが帰らなかったら、おばさんは、本当に せきにん ばくの責任は大 死んでしまうのではないかと思った。このまま、何もしないでいいはずがない。 「ワラビ、ワラビー 日こえるか」 ばくは、大声をはりあげた。どこにいるかわからないから、空に向かってさけんだ。 「なんだ。そうぞうしい」 風のような声が流れてくる。姿は見えない。 「教えてくれ。おとめは、これからどうなるんだ ? 」 ちいき 「完全なシマフクロウになったら、この地域の守り神になる。この森で、目に見えないものから 人々を守る。お前らは信じないかもしれないが、むかしから人間の暮らしはこうやって守られて る。 えだ すがた ノ 55
とっぜん じじい、なんでいつも突然あらわれるんだ。 「そんな道のどまん中で、けんかなんてするもんじゃないぞ。目立っぞ。ばかたれ」 い′」こち ばくらは、急に居心地が悪くなった。たしかに目立つ。これじゃ、ばくがいじめているみたい に見えるにちがいない。 「やるんなら、どっか人のいないところで、とことんやれ」 たかすぎ じじいは、ばくと高杉を見て、ニャッと笑った。 「たとえば、かえらずの森で : : : とかな」 なにいってるんだ、このじじい。かえらずの森にいったらたいへんなことになるっていってた のは、自分だろ。そこまで考えて、気がついた。もうたいへんなことは起きてたんだった。おと めに・ 急におとめが心配になってきた。 「もういいや。帰る」 「あたしだって、帰る ! 」 きようみ 顔をそむけたばくたちを、じじいは興味深そうな顔で、じっと見つめていた。 ばくが家に着いたとき、おとめはもうフクロウの姿で、ばくのいすの上にいた。 すがた ノ 05
あしあと 「今朝、夢を見た」 たかすぎ 高杉の兄さんが、ボソッとつぶやいた。目は、自分の足元に向いている。 「シュンのやつが、笑ってるんだ。人間の姿でさ。話しかけようとしたところで、目がさめた」 カた 横目でばくを見て、肩をすくめる。 「ここにこなくちゃいけないと思った。やつが、ばくをよんでいる」 たかすぎ 多分ね、とつけ加えて、高杉の兄さんは白い歯を見せた。この人は、笑うととても子どもつば い顔になる。すごんでいる時より、ずっといし さくうなずいて、足を動かし続けた。雪の下にかくれている小枝が、パキパキと文 句をいう。あと三か月もしたら、この雪はすっかりとけて、あたり一面緑の世界に変わるんだろ う。今は死んでいるように見えるこの森の中に、たくさんの命がかくれている。見えないところ で息づいている命・ おとめの命もこの森のどこかにひそんでいるはずだ。あたりを見回して、 ばくは首をかしげた。 「じじい、ここ、さっき通ったところじゃないか ? 」 ゝ 0 ヾ じじいは、ふりむかなし とんどん進んでいってしまう。ばくは足元に目をやった。雪の上に 足跡が残っている。ばくのくつの跡もわかった。 ゅめ あと すがた こえだ 743
まど 窓に目をやる。紺色の空に、ポッカリとまるい月がうかんでいた。フクロウおとめの目のよう な月だ。 ばく、ヒック : : : しあわせだよ」 ばくはびつくりしてふり向いた。おとめが狂ったと思ったのだ。おとめは、しやくりあげなが ら、くちばしをカシカシいわせた。 「だって、つかさくんがいてくれる。こんな姿でひとりばっちだったらばく、おかしくなってた そういって、おとめはほほえんだ ( ように見えた ) 。人間のおとめがいったなら、うそっぱく聞 こえたかもしれない。だけど、フクロウになったおとめは、なんだかにくめなくて、なごんでし まう。だから、いつものばくなら、ぜったいにいわないような言葉を、ばくはつぶやいてしまっ たんだ。 ししよ。し、はら / 、ここにいても」 おとめは、プルンとふるえた。それから、目をうるませて、ばくに頭を下げた。 「ありがとう。めいわくかけてごめんね」 「気にすんなよ」 な こんいろ くる すがた
「ガウウ・ : ・ : 」 エンジェルが構える。おとめは、さっと身をひるがえした。 「おとめ ! 」 ふぶきの空に、おとめは飛びたった。風と雪の中でいっしゅんふらっくのが見えた。 「ワン、ワワン ! 」 まど エンジェルがけたたましくほえたてる。ばくは、窓にかけよった。うちつける雪空にすいこま べラン れるように、おとめの姿は小さくなって、そして消えた。ばくも追いかけようと思った。、 ダに足をふみだす。 息ができない。目も開けられない。体がうかびあがってしまいそうだ。 人間のばくにはいけよい。 ね しいかげんにして寝なさいよ」 「ちょっと、つかさ。何さわいでるのよ。エンジェルと遊ぶのも ) ドアの向こうからママの声がする。返事をしたつもりなのに、ばくの声はでていなかったらし 「つかさ、つかさ。だいじようぶなの ? ちょっと開けなさい かま すがた ・むりだ。ばくには、 ノ 38
まど 窓は開けておく」 「それから、この部屋は勝手に入っていし おとめが、うなずく。それから、首を大きくかしげた。 「あのさ、ばく、お父さんのところにいることにしようかな」 「今までも、ときどきあったんだ。お父さんのところに泊まって、そこから学校に通ってた。お 父さんのところに泊まってることにして、つかさくんのところに泊めてもらっていいかな ? 」 「あ、ああ 、 ) いけどさ。お前、学校は・ : ・ : 」 おとめが、笑ったように見えた。 「いくよ、もちろん」 こ、フまん うず たかすぎ いっしゅん、いろんな思いがばくの中で渦をまいた。高杉ゆいなの高慢ちきな顔も、うかんで 消えた。 ゆくえふめい 「学校まで休んでたら、ばく本当に行方不明の子になっちゃうからさ」 そんちょう 仕方がない。おとめの考えを尊重しよう。 すがた 「あとは、ワラビだな。あいつをふんづかまえて、もとの姿にもどる方法を聞きださないとな」 ばくは、自分のにぎり , 、ぶしを手のひらにうちつけた。 -0 -0
「かえらずの森に入ったら、とりかえしのつかない ,. とになる」 あれは、どういう意味だろう。首をかしげながら、ばくは、戸に手をかけた。 中は思ったより広かった。板の間と小さな台所があって、向こうには、たたみの部屋が見える。 むかしの映画にでてくるような部 鉄のストープ、まるいちゃぶ台、いろのあせたざぶとん : 屋だ。ばくは、すみからすみまで見回してしまった。 「落ちつかないやつだな。さっさとすわれ」 じじいは、まゆをしかめながら、お茶をいれだした。ばくは、年季の入ったざぶとんの上に、 おそるおそるこしをおろす。古くて今にもくずれそうな小屋だけど、なっかしい気がするのがふ とっぜん むし しぎだ。ばくを無視して、気持ちだけがすんなりとここになじんでしまったようだ。突然、大き な音を立てて、じじいがばくの前に湯飲みをおいた。 「のめ」 「毒なんて入ってないだろうね」 じじいは横目でばくをにらむと、また、 「ばかたれ」 ねんき
おとめは、押し入れから飛びおりると、体をふるわせた。 「だって、くやしかったんだ。ばくはいじめられてなんかいないよ。そりゃあ、友だちはいない いいながら、ばくをチラッと見る。 「だけど、いじめられていない。それは、つかさくんだって知ってるだろ」 答えにつまった。たしかに、みんな、おとめのことをたたいたり、けとばしたりはしない。だ けど、おとめと話をするのを避けてる。ときどき、横目で見ながら、ため息をついたり、クスク たかすぎ けしよ、つ ス笑ったりする。高杉ゆいななんて、一日一回は、おとめのうわさ話をする。お化粧をしてると か、ネグリジェを着て寝るんだとか、ほんとかうそかわからないような話をして、クラスを盛り あげるんだ。それって、いじめじゃないっていえるんだろうか ? 「ばくが男らしく見えないことは、自分でもわかってるよ。だけど、だからって、女の子になり たがってたからいじめられてたなんて : : : 」 せなか おとめは、大きなつばさで顔をおおった。すすり泣く声がもれてくる。ばくは、おとめに背中 を向けた。こうやってすぐに泣くから、ばかにされるんだ。本当は、声にだしてそうし た。だけど、ばくはくちびるをかんだだけだ。