長寿庵 - みる会図書館


検索対象: 空のてっぺん銀色の風
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1. 空のてっぺん銀色の風

おとめの声に答えるように、チャイムがなりひびいた。 ちょうじゅあんえんとっ けむり とうみん 長寿庵の煙突からは、やつばり煙がでていない。冷えきった空気の中で、小屋は冬眠している ように静まりかえっていた。 なるさわ 「いないね、成沢さん」 「ああ、いないな」 ちょうじゅあん ばくらはならんで、長寿庵を見あげた。五十年の重みにつぶれてしまいそうな小屋だ。じじい の歴史が、この小屋にぎっしりつまっているような気がする。ばくは、こみあげてくる思いを、 必死でうち消そうとしていた。もし、かえらずの森でのことが夢でなかったとしたら、じじいは : もしかしたら。 足音がして、ふり向いた。見たことのない男の人がひとり、歩いてくるところだった。ばくの 父さんくらいの年だろうか。しわのないコートをビシッと着こなして、うつむきかげんで歩いて くる。ばくらを見て、足を止めた。 「きみたちは ? 」 「あ、あの、じじい : じゃなくて、成沢さんに会いにきたんですけど」 なるさわ ゅめ ノ 74

2. 空のてっぺん銀色の風

男の人が、息をはいた。息は、白いけむりのたばになって、空に向かってのびていく。 「おやじは、いないんだ。いっ帰ってくるかもわからない」 おやじ ? そういわれてみると、目のあたりがじじいに似ているような気がする。 「きみたち、おやじになんか用だったの ? 」 「ええと、ちょっと話をしたいと思って」 「変わってるなあ。あんながんこおやじと、話したいなんて」 ちょうじゅあんえんとっ 男の人は、長寿庵の煙突を見あげて、目を細めた。 「がん , 、で、ゆうずうがきかなくて、ぶつきらばうで : : : わたしのいうことなんて、これつばっ ちもきかないバカなやつだよ」 カチンときた。自分の親をバカっていうことはないだろう。 「あの、それはちょっと : なみだ えんとっ いいかけた時、おとめにそでをひつばられた。見ると、男の人は、煙突を見つめながら涙を流 していたんだ。 ゆくえふめい 「 , ( んな : : こんなポロ小屋にたったひとりで住んで : : : あげくの果てに行方不明だ。どうして ノ 75

3. 空のてっぺん銀色の風

「長寿庵だよ」 「ちょうじゅ・あん ? 」 「成沢のじじいのボロ小屋だ」 そういうなり、お兄さんはさっさと先にいってしまう。ばくの頭に、カッシ 1 の噴火した顔と、 たかすぎ いくしかないじ 高杉のふくれつつらと、おとめの悲しげな顔が順番にてんめっして消えた。 ゃないか しん 2 りい ばくは、もう一度、足に神経を集中させて歩きだした。 「ほら、さっさとのめ」 じじいはぶっちょうづらで、ばくらの前に湯飲みをおいた。この前と同じにおいがする。 「コウモリとヤモリのお茶だな」 たかすぎ しいながらも、 ばくがつぶやくと、高杉の兄さんがいやな顔をした。じじいは、ばかたれ、とゝ たかすぎ うれしそうだ。目が、いたずらっこみたいにかがやいている。高杉の兄さんは小屋の中を見回し て、ロを小さくまげた。 「変わんないな、ここ」 ちょうじゅあん なるさわ ふんか 727

4. 空のてっぺん銀色の風

苦しし ) ) いわけをしながら、ばくはホッと自 5 をはいた。こいつの泣き虫は、なおりそうにない。 また、学校にいったら、みんなにばかにされるのに。そう思いながら、自分の目に手をあてて、 ゅうか ギョッとした。ぬれてる。あわてて手でぬぐったのに、優香さんにしつかり見られていた。 ゅめ 「やれやれ、夢くらいで泣くなんて、やわなやつだよ。つかさくんもつられて泣くかね。四月に 中学にきたら、ばっちりきたえてやらないとな。ふたりとも覚悟しろよ」 ゅうか 優香さんが、パキパキと指をならした。ばくらは、泣き笑いの顔を見あわせてしまった。 わす 息まで凍りそうな夜、ばくは、この日のんだココアの味を一生忘れないだろうと思った。 ゆくえふめい 成沢のじじいが行方不明になったことを知ったのは、三日後だった。最初のうち、だれも信じ たかすぎ なかったのは、むりもない。高杉の話だったからだ。 「ほんとよ。成沢のおじいさん、もう三日も家に帰っていないんだって。家の人が、捜索願いを だすっていってた」 たかすぎ しんみよう このごろなぜか、地味なファッションできめている高杉が、神妙な声をだす。目をあげたの ちょうじゅあん は、ばくとおとめだけだった。ばくらは、毎日、放課後、長寿庵にいってみてたんだ。だけど、 なるさわ こお なるさわ かくご そうさく 7 7 ノ

5. 空のてっぺん銀色の風

てんじよう おとめの羽を天井にすかして見る。落ちていた中で一番大きな羽だ。土色と肌色のまじった羽知 を見ていると、ばくの腹の底から大きな不安がこみあげてきた。 もうおとめに会えないのではないか。 あの長いまっ毛も、ビー玉みたいな目も、 細くて長い指も、雪のようなほっぺたも、 みんなみんなもう消えてしまったのではないだろうか。 ばくは、羽をにぎりしめたまま、ふとんをはねのけた。寒けが走る。カーテンの向こうから、 白い光がさしこんでいた。ふぶきはおさまったらしし し力なくてはならないと思った。おとめ を、テルヒコやシュンって人みたいにさせてたまるか。 ばくは、パジャマをぬぎすてた。 きのうのふぶきがうそのように、 いい天気だ。ふりつもった雪が、太陽の光を受けて、まぶし くきらめいている。どの家の前にも、人がでて、大きなスコップで雪かきをしている。大通りで きよ、フりゅう じよせっしゃ か′、 A っ は、除雪車が、恐竜みたいに雪をかきだしていた。雪と格闘している人たちの間をぬうようにし て、ばくは走った。走りながら、おとめの言葉を思いだしていた。 はだいろ

6. 空のてっぺん銀色の風

しんぞう ばくの心臓が波うちはじめる。 「何かしたんですか、おとめのやっ」 「おとめ ? 」 「あ : ・いや」 お兄さんは、右のほおだけで、フッと笑った。 「あだ名か。そうか、そいつあだ名があるのか」 ばくは、自分の顔が熱くなるのを感じた。おとめに対して、ひどく申しわけないような気持ち になったんだ。 「それじゃ、だいじようぶかもしれない。あいつには、あだ名もなかった」 するど お兄さんの声が、ますます低くなる。鋭い目がばくの目をえぐるようにのぞきこんでくる。う つかりさわったら、切れてしまいそうだ。 「一長くなる。いこ一つ」 たかすぎ 高杉の兄さんは、ばくの前を歩きはじめた。 「え ? あの、どこへ ? 」 せなか お兄さんは、背中を向けたままつぶやいた。 ノ 20

7. 空のてっぺん銀色の風

な何かにつかまるような気がしてならなかった。 「一つわっ」 ばくはとうとうしりもちをついた。もうおしまいだ。頭をかかえて、うずくまる。 「あれ ? つかさくん」 聞きなれた声がした。顔をあげると、おとめのとばけた顔がばくを見おろしていた。 「お、お、お、おとめ、きさま : 「どうしたのさ、つかさくん」 「どうしたのさって、お前、ぶじか ? 」 おとめは、きよとんとした顔でうなずいた。そのひょうしに、おでこに髪がさらりと落ちた。 長いまっげにふちどられた大きな目、小さなロ、ブックリとまるいほほ、こいつはなんでこんな に女らしいんだろう。ばくは、なんだか気がぬけてしまった。 「つかさくん、どうしてここにいるの ? きみの大好きな体育の時間じゃないの ? 」 「お前をさがしにきたんだよ」 「え、ばくを ? 」 おとめの目が、大きくなる。 かみ

8. 空のてっぺん銀色の風

クロウ姿のおとめだ。目をこすって見ても、やつばりシマフクロウだ。 「お、お前、どうしたんだよ。なんで、ここにいるんだよ。それよりも、その姿。いや、それよ り、学校にこなかったのは : 「落ちつきなよ、つかさくん」 おとめが、羽を動かして、風を送ってくれる。雪のにおいがする風だ。 「サ、サンキュ・ あせ ばくは、おでこの汗をふいて大きく息をはいた。寒くても、冷や汗がでるってことをはじめて 知った。 冫くこれじゃ、コップなんて持てないから」 「水でもあげたいところだけど、ほら、ま、 首をかしげながら、おとめは羽を小さくゆらした。 「水なんていいよ。それより、お前 : まど 「うん。順番に答えるよ。まず、この部屋には窓から入った。カギがかかっていなかったよ、つ かさくん。不用心だなあ」 朝、あわてて家をとびだしたからだ。失敗だ。 「それから、この姿のことなんだけどね : : : 長くなるよ」 すがた すがた ひ あせ すがた 2

9. 空のてっぺん銀色の風

長いまっげをパサバサゆらして、おとめが首をかしげた。 「そうじゃないと思うよ。ばくは、きのうたしかにシマフクロウだった。 夜明けまでだけど」 「夜明け ? 」 おとめはうなずいて、小さな声で説明しはじめた。悲しくて不安でなかなかねむれなかったこ と、朝日がさしこんできたとたん、自分の体が人間にもどったこと。信じられなくて、何度もほ っぺたをつねりながら、ばくを起こすタイミングをはかっていたこと。 「なんだよ。さっさと起こせばよかっただろ」 カた おとめが、小さく笑って肩をすくめた。やれやれ、前とまったく同じおとめだ。 「あ、ばく、つかさくんの服、借りちゃったんだ。ごめんね。」 そういわれてみると、おとめが着ているのは、ばくのトレーナ 1 だった。ばくには似合わない 赤い色が、おとめには、ドキッとするほどよく似合う。 「いいよ。着てけよ。はだかで外にはいけないもんな」 おとめはこまったようにうつむいた。 「とりあえずホッとしたよ。ばく、家に帰ろうと思って」 いや、正確には、 せい。か′、

10. 空のてっぺん銀色の風

おとめの言葉で、ばくはきびしい現実に直面することになるのだ。 ひかくてき 森をでるのは比較的かんたんだった。おとめは何度もきているらしく、木の間を迷路のように こうしゃ とおりぬけて、校舎が見えるところまできた。ばくらは、思ったより長い間、森の中にいたよう だ。もう日が落ちて、あたりはうす暗くなっていた。問題は、こ , 、からだ。こんな大きなフクロ ウだ。ばくのジャンパーの中にかくしていくわけにもいかないし、かくすような入れ物なんて持 っていない。 ) しっそのこと、はくせいのふりをさせて、抱えていこうか。ばくらが考えていると、 とっぜん 突然、カミナリみたいな声がひびいた。 「こらあ、ここで何やっとるんだあ ! 」 なるさわ まずい。成沢のじじいだ。何に使うのか、大きなカマをかつぎながら、こっちに向かって走っ てくる。まるで、死に神だ。 「逃げろ、おとめ」 「、こ、だってばく、走るのはにがてで : ・・ : 」 「つたく、お前ってやつは。 : そうだ、飛べよ」 げんじっ カカ 2