れにこの友人、話してみるとけっこう鳥の名前を知ってるんだ。いままで隠してやがったんで すよ。くそっ、このいけずめつー 「おめえが鳥博士だと知ってたら、わたしや自分で調べようなんて気を起こさなかったろう し、そもそもこんなふうに急激に堕ちなかったかもしらんのう」 うら と、少しばかり恨みがましく言ったら、 「わたしだって、そんなに知ってるわけじゃないよ。いつだったかな、朝早くに公園歩いてた ら、『ケケケケッ』って聞きなれない声がして、見回したら木の上に変なヒトがいたの。『アレ は何 ? 』って調べたら、コゲラ ( キツッキの仲間 ) で、それが最初」 この世界にハマッた者には誰しも、〈初めての鳥〉というものがあるのですねー 前述の三渓園に同行してくれた別の友人も、「コガモちゃんの黄色いバンツがかわいい : と見事にハマッてくれました。つまり、彼女にとっての〈初めての烏〉は、黄色いお尻の愛く るしいコガモに決定したわけですな。 ヒト 瀬川にとっての〈初めての鳥〉はゴジュウカラ。背中を押してくれたのがマレーネ・ディー トリッヒのコサギで、とどめの一撃はハシプトのアニキ・猪熊留吉 ( 仮名 ) 。 とそのうち病が高じて、カメラにも手を出すようになるのかなあ。さらには、重さ三百グラム あ のコンバクト双眼鏡に飽き足らず、一キロ越すような本格的なものを首からぶら下げ、いま以 上に肩こりに苦しめられ ! あげく、山の中で道に迷って、泣きながら木の皮や草を噛み、何 ヒト
合、コオロギとかネズミのちっこいのとかを与えるらしいし。餌が豊富なもんだから、あんな にいつばい、でつかくなったんじゃないかな。サソリは基本的に夜行性だから、いままでは被 害も出なかったんだろうけど、これからお盆になってお参りのひとが増えたら、きっといろい ろ不都合なことが出てくると思うんだな。いまのうちに、なんとか : : : 」 突然雄弁になった早紀子を、柊一は片手をあげて黙らせた。 「そうじゃなくて、小城さんのアレのこと」 「アレ」 「そう、アレ。見たよね」 早紀子は萌と目を合わせた。彼女たちふたりとも、いささか困惑しているようだが、それは 美也の召喚したものを見ていないという意味ではなかった。むしろ、その逆。どう答えたらい のいものかと迷っている顔だ。 反応を観察しているうちに、柊一にもなんとなくわかった。彼女らは、美也の能力のことを 這 を知っているのだと。 「きみたち、もしや最初から知って : : : 」 霊ふたりの反応は素早かった。まるで示し合わせたように同時に身を翻し、病室の入り口ま 聖 で走っていったのだ。 「じゃあ、どうも、お邪魔しました ! 」 えさ ひるがえ
殺で敵を仕留めていく。 そんなこ . とより 柊一はちゃんと虫除けスプレーをしてきたので、それほどの被害はない。、 とが も、見落とし聞き漏らしのないよう、周辺への神経を尖らせている。 そして、美也はずっと黙っていた。蚊を追ったりもしてない。虫除け対策をしてきたのかと びやくだん 柊一は思ったが、彼女から薬品系のにおいはしない。香ってくるのは白檀系のものだ。それ もきっすぎず、ごく自然にほんのりと香る。 不思議な印象を与える相手だった。とびきりの美人なのに、喜怒哀楽をほとんど表さない。 何事にも興味を示さないクールなタイプかと思いきや、なぜか肝試しなんぞについてくる。 怖いもの見たさからなのか。それともこの三人では危険すぎると判断し、保護者役を買って 出たのか。そんなお節介には見えないのだが。 ばさっ ぶらぶら歩いているうちに、仏像の前にたどりついた。一メートルあるかないかの菩薩像 の だ。灰色がかった石で刻れてあり、比較的新しいもののように見受けられる。 這 を これ自体には何も怪しいところはない。斜め下から懐中電灯の光を受けて、不気味な顔に見 夜 えるが、もともとの造作は一・般的なものだ 3 狩「ごのあたりで人魂が出たって言ったつけ」 柊一は懐中電灯の光をゆっくりと一巡させ、周囲を照らしてみた。真新しいびかびかの墓石 が光を反射させる。・一瞬、これかとも疑ったが、反射光は青白くないし、もちろん地を這い回
懐中電灯の光はそこまで届いていない。人影を照らすのは、サソリたちが発す 街灯は遠い。 くら る燐光のみ。こんな冥い光だけでどうしてこんなにはっきりとーーー彼女の姿は見えるのか。 セミロングの黒髪が、青みがかった光沢を帯びている。白い肌は陶磁器のような、作り物め しんえん いた硬い印象を与える。瞳は、底の知れぬ深淵。グロテスクなサソリたちを前にしても、眉ひ とっ動かさず、ゆっくりと歩いてくる。 美也だ。しかし、昼間とは雰囲気が違う。 もともと彼女は近寄りがたい空気をまとっていたが、いまはその比ではない。まるで内側か ら冷たい火を放っているようなーーさわると恐ろしいことになりそうな、そんな感じがするの えいしようも 彼女の歩みが止まった。両腕が頭上へ静かにあげられる。唇から、最初の詠唱が洩れいで のる。 、つ 這 を神よ願わくば テフィラティ わが祈りに耳を傾けたまえ 狩 その声を耳にした途端、柊一は総毛だった。 不思議な旋律。聞き慣れない発音。唯「、彼が知っていた単語は『エロヒーム』。神を表す ェロヒ アズイ ナ
大きい。尾から頭の先まででも二十センチ以上はあり、だらりと下がったハサミのせいでも っと大きく見える。 柊一たちはそれぞれ異なる悲鳴をあげた。 「げつ」 「きゃあ」 「きもっ」 素手でつかむなと言っておきながら、美也は尾をつかみ、サソリをぶら下げている。握りか たも大胆だし、気持ち悪がっている素振りはまったく見せない。 「なんなんだよ、それは」 叫ぶ柊一に、彼女は簡潔に答える。 「見てのとおり、サソリ」 あや おうだ それはわかる。妖しく青く発光しているそれは、まぎれもなくサソリだ。学生鞄で殴打さ れ、べしゃんこになって死んでいる。 「きみ : : : 知ってたのか、サソリって」 美也は微妙に眉をひそめただけで答えない。どうしてそんなことを訊くのかと逆に問うてい るよ , つにも見える。 「だって、言ったじゃないか。素手は駄目だって。つまり、発光体の正体はサソリだと知って
112 めにもがんばってもらいたいねえ」 どうやら積極的に関わろうという気はないらしい。御霊部とヤミプンがどういう関係なの か、早紀子たちはまだ詳しく知らないが、それほど友好的な間柄ではないことは誠志郎の反応 からも私い知れた。 「でも、たったひとりで : : : 」 「あいつ、若いわりにキャリアは長いそうだから。本当かどうかは知らないけど、いつだった か、 ) そんなふうに自慢してたよ」 早紀子が言いよどんでいると、萌が代わって身を乗り出してきた。 「それって、強がりだと思うんです」 目を輝かせ、頬をうっすらと紅潮させて、萌は訴えかけた。 「飛鳥井くんははっきりとは言わないけど : : : 不安がってます。だって、ジガバチで苦労した きようぼう あとに今度はサソリですよ。それもこんなに大きくて凶暴そうな。逃げ出したペットだった ら、まだいいでしよう。でも、そうじゃなかったら ? 一匹だけじゃなく、何匹もいたら ? 飛鳥井くん、とっても悩んでいるんです。それはもう、はたで見ているわたしたちまで胸が苦 しくなるくらい」 実際の柊一は拝殿の床にすわりこんで、菜箸で何度もサソリの死骸をひっくり返していた。 考えこんではいるようだったが、悩んでいたかというと、きっと違う。
「あの女の子もーー普通じゃないな。神霊を呼び出すなんて」 美也のことを思い出したのだろう、そんなことをつぶやいた。 「あのカ、 柊一はふと足を止めて、誠志郎の横顔を睨みつけた。 「おい。まさか、小城美也をヤミプンに引きずりこもうなんて考えていないだろうな」 「ん ? そりゃあ、当然、考えるだろうよ。特殊能力を持つ人間なんて、そうそうみつからな いことはおまえだって知ってるだろう ? うちは慢性的な人手不足だし、あんな有な人材、 ほっとけないって 「あのなあ。彼女は五郎神社の舞い手なんだぞ。すなわち、御霊のために奉納の舞いを舞う巫 女だ。ヤミプンよりも御霊部のほうに優先権があるに決まってるだろうが」 のふん、と誠志郎は鼻を鳴らした。 う「ふられたくせに」 を見ていたのだ。柊一は首すじにカッと血が昇るのを感じた。 のぞ 「いやらしいな、この覗き見野郎 ! 」 霊「なんだよ、その言い草は ! 」 聖 「他に言いようがあるか ! 」 せりふ 「おまえなあ、それが命の忍人にむかって言う台詞か」 にら
早紀子と萌は声をそろえて挨拶する。美也は無表情で無言。セーラー服ではなく私服のせい はる か、この三人が同じ高校二年生とはとても見えない。早紀子と萌は都会の十六歳に比べれば遙 かに子供つばいし、美也は化粧っ気もまるでないのにずっと大人びているのだ。 「こんにちは : で、今日は何 ? 」 先に答えたのは美也だった。 「巫女舞いの練習に」 「練習 ? ここで ? 」 ろこっ 柊一の困惑は表情にも口調にも露骨に出ていたが、美也は気にも留めない。 「気にしないで。鈴の置き場所もわかっているから」 あ、巫女舞いの鈴か」 自分の鈴のことを言われたのかと勘違いして、一瞬、柊一はあせってしまった。その間に美 の きちょう 也は勝手に拝殿にあがりこみ、几帳の裏に回る。そこに長持ちが置いてあるのを知っているの 這 夜 「で、きみたちは : : : 」 狩また差し入れだろうと思いきや、 聖「図書館で調べてきたのよ、サソリのこと」 新早紀子がそう言いつつ、トートバッグからコピーを一枚取り出した。 、、つ ) 0 あいさっ
ンの里だってことは知ってたけど、それと関係あるのかなあ。小城さん、どうしてこんなこと になったのか、心当たりある ? 」 ストレートな質問に困惑したように、美也は軽く瞬きをした。 「わたしに訊くの ? 」 「小城さんなら、何か知ってるんじゃないかと思って。ほら、女神さま、呼び出せるじゃな い」 早紀子たちがたいして驚いていないのも、柊一が睨んだとおり、美也の能力のことを知って しようかん いたからである。ふたりは以前、彼女が召喚した女神ーーまた違う神霊ではあったが よって危ういところを救われていたのだ。 「あのサソリも、やつばりペットじゃなくてこの土地と関係あるの ? 」 美也は秘密を明かすべきか否か迷うようにしばし黙りこみ、それからおもむろに口を開い が、彼女が何か言うより先に、萌が小さな悲鳴をあげる。 「きやっ ! 」 息を詰めて美也の返事を待っていただけに、突然の悲鳴に早紀子は飛びあがらんばかりに驚 「萌ちゃん ! 駄目じゃない、静かにしないと」 「ごめん、だって」
おじろ 「小城さんの家って、あっちのほうなんだ」 「うーん、そうなのかな。知らないけど」 早紀子は生返事をしながら、美也の後ろ姿を目で追っていた。午後の陽射しのもと、その姿 かげろう は陽炎とともに揺れている。熱せられたアスファルトの道路には、逃げ水も見える。 なんとはなしに、じっと美也を見ていた早紀子の隣で、急に萌が突然、くっと笑った。驚い て振り向くと、友人は目をきらきらと輝かせている。 「萌ちゃん : : : 何よ、その目」 「ううん、なんでもないのよ。ただ、ちょっとね。小城さんを見送る早紀ちゃんの感じが、な んていうかこう、胸キュンだわあと思って」 早紀子は鼻の穴を膨らませて、思い切り激しく息を吐いた。十六歳の乙女が往来でする顔で 。ないが、田舎のことで、幸い周囲には彼女たち以外に人影はない。どんな会話をしようと立 ち聞きされる心配もない。 ふたりはゆっくり歩きながら、話し続けた。ひとさまには聞かせられないような話を。 「萌ちゃん。あなたの趣味はわかっている。きれいな男の子と、きれいな男の子とのラブラブ 状態を鑑賞するのが、とっても好きなのよねー 「きれいな男のひとでも可よ」 はや 確かにね、ポーイズ・ラブは流行ってるし、本もいつばい出てるし、あーだこー ふく ひぎ