柊一はそう自分自身に言い聞かせた。御霊部の存在を知らない美也がいる以上、鈴は使えな いし、後日、またひとりでここへ来て改めて調査しなくてはならないだろう。二度手間だが仕 方ない。 北山霊園の中に入ると、街灯の間隔は急に遠くなり、闇の濃さも格段に深まった。早紀子た そとば ちが持参した懐中電灯のスイッチを入れるが、照らし出されるのは墓石に卒塔婆。夜中にじっ なが と眺めたくはないものばかりだ。 「陰気な場所よね」 つぶやく早紀子を萌が慰める。 「まあまあ。しようがないわよ。陽気な墓場って、なかなかないんだから」 あまり慰めにはなっていない。早紀子は何か言い返そうとして、やめる。 ふたりのやり取りをはたで見ていた柊一は、しみじみ思った。 の ( おそらく、この中で自分といちばん近い考えの持ち主が彼女だろうな : : : ) を自分といちばん近い考えーー別名、まとも。 夜 萌はそのおっとりとした外見も影響してか、いまひとつ、何を考えているのか把握しづら 狩い。美也にいたっては接点を探しようもなかった。 聖早紀子は気を取り直して、墓地の奥を指差した。 「ここまっすぐ行くと仏像があるのよ。青白い人魂に出くわした場所って、そこのことだと思 なぐさ はあく
8 、寝ていたわけでない。鈴の音のせいだ。 柊一は腰をねじって後ろを振り返り、美也に声をかけた。 ・「悪い。鈴、振るの、やめてくれないか ? 」 美也はびたりと動きを止め、問いかけるように柊、一を見た。 「ちょっと、考えに集中できなくて」 、・「敏感なのね」 皮肉つばい響きはまったくしなかった。怒ってもいないらしい。あっさりした態度に柊一の ほうが拍子抜けしたほどだ。 「衣装もいっしょにあるはずなんだけど見当たらないの。知らない ? 」 「いや、知らないけど」 . 長持ちの中に巫女舞い用の鈴がしまってあったことも彼は知らなかったのだ。 「社務所のほうにあるかもしれない。見てきていいかしら ? 」 " 「ああ、どうそ、ご自由に」 美也は鈴を床に置くと、さっさと社務所に行ってしまった。五郎神社のどこに何が置いてあ るか、彼女のほうが柊」よりも詳しいのかもしれない。 「彼女って、なんか不思議だな」 柊一が半ば無意識につぶやくと、女の子ふたりはそろって首を縦に振った。
「それで ? 「わたし、ふたりの橋渡しをしてやりたいの」 やめなさい、と言うより先に、萌か続ける。 「楠木さん、まだ『入らすの森』にいるかしら ? ね、早紀ちゃん、いまからすぐ学校行こう きたやま よ。北山霊園のこと、楠木さんに話して、飛鳥井くんに協力してくれるようお願いしてみな い ? そうしたら、ふたりの距離がぐっと近くなるわよ ! 」 動機は不純だ。しかし、それはい、 し考えかもしれない。 ひとりよりふたりのほうが北山霊園の調査も進むはずである。柊一は頑なに自分ひとりでや おちい ると宣一一 = ロしていたが、万が一、危険な事態に陥ったりしたとき、早紀子たちでは彼の助けにな せいしろう ってやれない。けれども、ヤミプンの誠志郎ならそれができる。 早紀子たちにとっては御霊部もヤミプンもたいして変わりはないどちらも怪しげで謎め いていて、秘められた活動内容を想像するだけでわくわくするような団体である。両者が協力 し合って派手に動いてくれたほうが、見物席の外野としても楽しい 早紀子は O>Z のしるしに、右手の親指をぐっと上向きに立てた。 「よし。わかったわ」 「じゃ、急ごうよ。自転車の後ろ、乗っけてってね」 「 : : : はいはい」 かたく
盟色素の抜けた白い身体は地下での生活に対応したものだが、暗くてじめじめした墓場なら太 陽の光をさけられる場も多いし、這い出てくることもありえるだろう。ほんの少しの細い隙間 でも、平べったいサンショウウオなら楽に通り抜けてこられるはずだ。 見た目はグロいが、害はない。柊一はそう判断して組み紐から解き放った。サンショウウォ はすぐさま墓石の後ろに隠れようとした。 そのとき突然、近くの草むらから青白いものが飛び出してきた。 今度こそ、サソリだ。それも、昨日のものより大きい。 早紀子と萌が悲鳴をあげる。柊一はほとんど本能的にあとずさり、誠志郎も同じ行動をとっ て叫んだ。 「なんだよ、こいつは ! 」 「サソリだよ、話に聞いてなかったのか」 「こんなに大きいなんて、聞いてない ! 」 サソリは怒鳴りあう彼らには目もくれず、大きなハサミでサンショウウオを捕らえた。サン ショウウオはその白い身体を激しくくねらせて、ハサミから逃れようとする。サソリの細長い こ申びる。先端の毒針が、サンショウウオの胴体に食いこむ。 尾がぐっと丸まって、前しイ 襲われたサンショウウオに感清移入したのか、早紀子が叫んだ。 「ひえええ」
きき 怖い体験談のはずなのに、語り手は嬉々として話を進めていく。はたで聞いていて、それは 肝試しと関係ないだろうと突っこみたくなるようなことまで話に組みこまれていくのがわか る。こうしてなんでも霊のせいになってしまうのねと、早紀子は冷めた思いで苦笑した。 しかし、頭から疑ってもいない。少し前だったら違っていただろうが、彼女はこのところ頻 ばん そうぐう 繁に怪しい現象と遭遇している。その結果、この街なら何がいてもおかしくはないかなと思え るようになったのだ。 「青白くて、地面をこそこそ這い回る人魂、ねえ : : : 」 つぶやきながら友人に向き直った早紀子は、次の瞬間、ぎよっとして身をひいた。 ほほえ 萌が微笑んでいたのだ。目をきらきらと輝かせて。 「 : : : どうしたの、萌ちゃん : : : 」 弾むような声で萌は答えた。 ′一ろう 「ねえ、放課後、五郎神社に行こうよ」 たったいま仕入れたばかりの、北山霊園での怪奇現象を柊一に報告するつもりなのだ。確か に、これなら立派な口実になる。 「いいけど」 いいけど、この炎天下、萌を荷台に載せて自転車を漕ぐのは自分の役目なんだろうな いまさら、それは訊くまでもなかった。
やっかい 「厄介事かい ? 」 「いえ、大丈夫です」 誠志郎は振り向いて、仲間にそう返事をした。 「すぐに追い返しますから、調査を続けていてください」 仲間はそれで納得したのか、近づいてこようとさえしなかった。 柊一はわざと、くすっと笑ってやった。 したば 「いまだに坊やなんて呼ばれてるんだ。下っ端はつらいな」 「そっちだって、御霊部の下っ端のくせに」 「うちには年功序列なんてない。何歳だろうと同列だ」 せりふ 誠志郎が苦々しげな表情を浮かべる。柊一の台詞に、いろいろ思うことがあるらしい ほんの少し、柊一は同清した。年功序列はないとはいえ、未成年ゆえに雅行の助けを借りね ばならないケースはいくらでもある。そういうとき、彼自身もあせりを感じざるを得ない。誠 志郎もおそらく、若さゆえに同じような思いをした経験があるに違いな、。 気持ちはわかるがーーー柊一は同情の念を表に出そうとはしなかった。 「とにかく、部外者にうろちょろされるのは仕事の邪魔だ。この街は御霊部が調査中なんだか ら、ヤミプンにはお帰り願いたい。第一、それが筋ってもんだろ」 「そう言われて、素直に従うと思うか ? 」
そういちろう 「宗一郎から聞いてない ? 」 「は ? 宗一郎 ? 」 さくらだ 「桜田宗一郎」 のうり フルネームでいわれて、やっと氏子総代の青年の顔が柊一の脳裏に浮かんだ。 、「あ、あ、でも、業者さん ? 」 そんなはずはあるまい みこま 「そうじゃなくて、巫女舞いのこと」 「巫女舞い : : : ああ」 ようやく、柊一にも合点がいた 「秋祭りの舞い手か。それをきみが ? 」 「ええ」 柊一は改めて美也をみつめた。喜怒哀楽のあまり出ない、 ) それこそ彫像のような美貌だ。彼 女が巫女装束をまとい神鈴を振りながら舞えば、まさしく神に捧げるにふさわしい優美なもの となるだろう。 早紀子も同じ光景を想像したのだろう。ため息混じりにつぶやく。 「小城さんが巫女舞いをやるんだ : : : 」 「そうよ」
あわてて受け止めた。 - 「ほんと ? どこ ? 」 「店の外。もう行っちゃったんじゃないかな」 「本当に楠木さんだった ? 」 「あの前髪、見間違えたりしないって」 納得したのか、萌はすとんと椅子にすわり直した。目線を伏せ、まっげを震わせている。誠 しろう 志郎に逢えなかったことがそんなにくやしいのか しいや、違う。 彼女はこみあげてくる笑いをこらえるために顔を伏せていたのだった。 「飛鳥井くんのお見舞いし ・ : 行ったのよね」 の「ここで見かけるってことは、やつば、そうでしようねえ」 「・ : : ・ねえ ( 早紀ちゃん ? 」 這 を「なあに、萌ちゃん」 本当は訊き返すのもいやだった。とても悪い予感がしていたから。なのに、反射的に訊いて 霊しま , つ自分が悲しかった 0 きせき 聖 「サソリなんて、なんのそのよね。飛鳥井くんと楠木さんの愛の軌跡を、これからも温かく見 守ってあげたいと思わない ? 」
110 「じゃあ「あいつ自身が属してる組織のことも聞いた ? 」 「ええ。御霊部でしょ ? ちゃあんと聞いてますよ J 「プロにあるまじきことだよな。民間人にバラすなんて」 「楠木さんはそういう経験、ないんですか ? 」 早紀子の質問に対し、誠志郎は聞こえなかったふりをした。つまり、自分の職業を民間人に バラした経験が彼にもあるのだ。 萌も好奇心いつばいで質問する。 、「今日はおひとりですか ? 昨日、肩幅の広い男のひとが森を歩いているのを見かけたんです けど、あのひともヤミプンですか ? 」 「うん、あれは先輩」 「先輩 : : : 」 萌はその言葉の響きを楽しむように、うっとりと繰り返した。 ノカ入ってたんで、昨日のうちに東京に戻っちゃったよ」 「あのびとは別のスケジューレま 「そうなんですか。お忙しいんですね。 ' お疲れさまです」 ねぎらいの言葉をかけつつ、萌の目尻は波打っている。彼女何を想像しているか、早紀子 にはだいたいの予想がついたが、コメントは差し控えた。 「で、今日は何をしに ? 」
、美也は少し考えてから答えた。 「北山霊園を調べるつもりのようです」 .. 「そう」 っ 老婦人の唇の端がほんの少し吊りあがった。 「御霊部はどこまでちゃんとやってくれるだろうね」 美也は無言で、すっと立ち上がった。報告はこれで終わった。もうここにいる義理はないと とが 言わんばかりに。彼女の祖母も、それを無礼だと咎めだてはしないし、引きとめもしない。 和室を出て廊下を歩いていると、途中で宗一郎と鉢合わせになづた。 「もう報告は済んだわけ ? 」 かんけっ 問う宗一郎に、美也は簡潔に答える。 「ええ」 宗一郎は、ふうと息を洩らした。その場にいなくても、どのようなやりとりが祖母と孫娘の 間で交わされたのか、想像がついたらしい。それに関して忠告めいたことを言おうとして、彼 むだ はやめた。言っても無駄なのだ。 「宗一郎」 「なんだい ? 「今夜、北山霊園まで送って」