っこ、、どんなことをされたん 「敵に拉致された楠木さんを救い出したあと、『あ、つこ、 くつじよくしゅうち だ ! 』と迫る飛鳥井くん ! 屈辱と羞恥から、泣きそうになりながらもけして口を割らない からだ 楠木さん ! じれた飛鳥井くんは『だったら、この身体に直接訊いてやる』と 「それは : : : まずいかなあ : ふいに、萌が立ち止まった。 「萌ちゃん ? 」 せつかく創作意欲に燃えているところへ水を差すようなことを言ったので、気分を害したの だろうか ? 彼女は、あの目尻の波打ちを消 不安になった早紀子は足を止め、友人の表情をうかがった。 , して、真面目な顔をしていた。何かを決意したような、思い詰めた目だ。 の「早紀ちゃん」 、も 「何 ? 」 這 を「わたしね、飛鳥井くんと楠木さんはベストカップルだと思うの」 「はあ、なるほど」 にぶ 霊「でも、飛鳥井くんは素直になれそうもないし、楠木さんは鈍そうだから、このままだといっ 聖 までたってもふたりは平行線のままだわ」 そのほうがいいのではないかと早紀子は思ったが、ロにはしなかった。
よこしま をおろした暗黒の巫女のごとく、邪な物語を。 「傷ついて、体力的に弱っている美少年ーーそれだけでも刺激的なのに、まるでそこ〈狙い定 めたように多能さんが現れて」 「楠木さんが呼んだからでしよ」 「ひと晩つきっきりで看病し」 「仲間なんだから当然でしよ」 「一つなされる彼の手をきゅっと握りしめたりしたかもしれないわ。それとも、 ' 悪夢におびえる 飛鳥井くんを抱きしめ、『何も恐れることはないんだ。しつかりしろ。おれがついてる』と耳 もとで熱くささやいたりとか」 「そこまではしてないってば、たぶん」 「熱で朦朧となった飛鳥井くんは、相手が誰かもよくわからぬままーー」 「だからさ、飛鳥井くんはただ寝てただけだと思うのよ。吐いたんだし。ややこしいことする 体力もないって」 「バジャマに、シーツに、汗がしみこんで : : : 」 「くさかったから着替えたのよね、きっと」 「むせ返るような花の香りがーー」 「汗だってば」
116 える。 霊園の入り口に白い人影が立つ。そんな噂があると早紀子たちが語っていたのを、彼は思い 出していた。 ( あの噂の が、すぐにその緊張を解く。代わりに、柊一は大声で怒鳴った。 「どうして、ここにいるんだよ」 彼にそんな声をあげさせたのは、早紀子と萌と誠志郎だった。 女の子ふたりは、まだわかる。来るなと釘を刺しておいたのに、好奇心を抑えられなかった のだろう。しかし、ヤミプンの誠志郎が『入らずの森』のみならず、こんなところにまでのこ のこやって来たことには納得いかない。 「まあまあ、まあまあ」 早紀子たちが駆け寄ってきて、柊一を両側から挟みこんだ。一様に笑顔なのが、何か企んで いるようで不気味だ。 「そう怒らないで、飛鳥井くんってば」 「わたしたち、飛鳥井くんのことが心配で」 まるで事前に打ち合わせをしていたかのごとく、早紀子と萌が交互にしゃべる。 「でもさ、わたしたちってフツーの女子高校生だから、飛鳥井くんのお役に立てそうにないじ
はんもん しかし、萌の頭の中には、煩悶する美少年の像が完璧にできあがっているのだろう。説得に も力が入っている。嘘を言っている顔ではない。誠志郎も萌の熱意に圧倒されたのか、盛んに ままた 瞬きをしている。 「わたしたちじゃ、飛鳥井くんを救ってあげることができないんです。なんの力もない、ただ の女子高校生ですから。でも、楠木さんなら。楠木さんはヤミプンのメンバーだし、特殊な能 力を持っているんでしよう ? どうか、その力を飛鳥井くんのために使ってやってもらえない でしようか」 「でも、ばくが口を挟むと、あいつはきっといやがって : : : 」 「素直になれないだけなんです。飛鳥井くん、本心では楠木さんのこと、とっても高く評価し てるんですよ」 の誠志郎が疑わしげに眉根を寄せる。 も 「そうなの ? 」 這 を「ええ ! おふたりは、まさに〈敵〉と書いて〈敵〉と読む関係ですⅡ」 やりすぎだと、早紀子は思った。だが、かえって、このやりすぎぶりが誠志郎の気持ちを揺 霊り動かしたらしい 聖とも 「敵ねえ : : : 」 かし 首を傾げながらも、ロもとがゆるんできている。それでも、誠志郎はすぐには落ちなかっ てき とも
「なんか : : : あせっちゃったね」 氷水を飲んでひと息ついた早紀子がそう言うと、萌はまったく違うことをつぶやいた。 「わたしたち、ほんとにお邪魔じゃなかったかしら」 「はい ? 」 おおの 「だから、飛鳥井くんと多能さんのお邪魔虫しちゃったかしらってことよ」 早紀子はほんの短い間考えこんだのち、力強く首を横に振り否定してやった。 「それはない」 「だって、飛鳥井くん、着替えてたのよ。わかる ? 多能さんと密室でふたりつきりなのに、 飛鳥井くんはなんのためらいもなく着替えをしたのよ」 こだわっている。どうしてこんな些細なことにまでこだわれるのかと、早紀子は長い付き合 のいながら感動にも似たものを覚えた。 も ぼんのう ここはひとつ、現実を教え 煩悩は創作の原動力だが、あまりに暴走させすぎてもいけない。 這 をてやらねばと、早紀子は意識的に素っ気ない態度をとった。 「そりゃあ、着替えぐらいするでしようよ。男同士なら気兼ねもないし」 霊萌はこぶしを握って、もどかしげに頭を振る。 聖 「もう、早紀ちゃんったら。言いたいことはわかっているくせに」 わかっているが聞きたくない。なのに、萌はお構いなしに語り始める。さながら、邪悪な霊 ささい
萌は勝手にストーリーをこしらえていく。・早紀子の目には「友人の頭にエノキダケのように みつしりと生えたモウソウダケが見えるようだ。 想像するのは自由である。しかし、自分自身をネタにされるのは困る。聞いていてこそばゅ 結果、早紀子は柊一に生け贄になってもらうことにした。 「そういえば、飛鳥井くん、小城さんのこと、不思議だって言ってたよね。昨日。初めて逢っ たばかりなのに。やつば、そういうのってわかっちゃうものなのかな」 柊一の話を振ると、萌はすぐに乗ってきた。 「鈴がうるさいとか言っていたわね。全然、そんなことなかったのに」 「神経質でいやよねえ、美少年って」 「繊細なガラスのような心ーーーと言ってあげてよ、早紀ちゃん」 萌の目尻が波打ち始める。反応が早い。やはり、ポーイズ・ラブのほうが彼女にはなじみ深 しょ , つだ 0 「飛鳥井くんもいろいろと苦悩が深いのよ。たったひとりで見知らぬ街に来て、ジガバチやサ ソリと格闘する羽目になったのよ。でも、プライドの高さから弱みは他人に見せたくない。っ 鈴の音がうるさいなんて、わがままを言ってみたくもなる。そんなときにこそね、心のよ りどころが欲しくなるのよ」 「飛鳥井くんの心のよりどころっていうと ? 」 せんさい
いしどうろう 誠志郎と柊一が霊園目指して出発したあと、五郎神社の苔むした石灯籠の陰で、怪しげなこ のとをつぶやく人物カしオ う「ああ、なんておいしい展開なの」 を前髪に緑の葉っぱをくつつけ、抑えきれない感動に小刻みに身体を震わせているのは、言わ ずもがなの萌である。 霊「こうなると信じてたのよ。楠木さんはなんだかんだ言って飛鳥井くんを見捨てておけない し、飛鳥井くんは飛鳥井くんで、認めたくないけれど心のどこかで彼を頼っている : ・ ばり見張っててよかったわ」 「コーラ ? ああ、そんなこと、あったつけか」 本当に忘れてしまったらしく首を傾げる誠志郎の手に、柊一は強引に小銭を握らせた。 うら 「ほら、きっちり返したからな。これでもう、金の貸し借りなしだぞ。何があっても恨みつこ なしだぞ」 「おまえ、妙なとこで義理堅いな : : : 」 おとり これからサソリの囮に使うかもしれない相手である。借金はきっちり返して、寝覚めをよく しておきたい。あくまでも自分のため以外の何ものでもなかった。 かし
「やだ、妄想だなんて人聞きの悪い」 萌の頭の中で繰り広げられているビジョン。それは妄想としか言いようがないのだ。 彼女は男同士の恋愛を取り扱ったポーイズ・ラブが大好きなのである。よって、見目良い男 性がふたり以上いれば、必然的にそこには燃えるような恋愛感情が生まれ、あんなこんなの愛 つねひごろ 憎劇が繰り広げられるのが「自然の成り行き」だと、常日頃、豪語している。 そんな思考回路を持っ萌の前に現れた美少年、飛鳥井柊一。しかも、御霊部という謎の組織 に属し、妖しい闇の世界に生きている。 えじき 彼が妄想の餌食にされぬはずがあろうか。いや、ない。絶対にない。 萌は伏し目がちに、しかし、その瞳をきらきらと輝かせつつ、ささやいた。 「やつばり : : : 飛鳥井くんはヤミプンが気になって仕方ないのね : : : 」 「そりやそうでしようよ。管轄が違うとかなんとかいったって、やってることはどっちも化け 物退治でしよ。似てるもん。気になって当然」 化け物退治のひと言で、御霊部とヤミプンをひとつにくくってしまう早紀子も極端だが、極 端さでは萌も劣らなかった。 「ううん、飛鳥井くんのヤミプンへの執着ぶりにはただならぬものがあるわ」 「執着っていうのかなあ」 「本人はまだ気づいていないかもしれないけど : : : あれは〈愛〉よ ! 」
萌は力強く言い放った。幸い、彼女の台詞は雅行にも柊一にも届いていない。聞いていたの は長年の友人と、神社の蝉ばかりである。 その友人はしよせん無駄だとわかっていながら、ささやかな反論を口にした。 「いや、それはどうなんだろうねえ。百歩譲っても友情、正しく言うならライバル関係じゃな いかと : : : 」 とも 「ライバル。ーー『敵』と書いて『敵』と読む関係ね ! 」 早紀子はしてしまった。蝉は意に介さずにうるさく鳴いている。萌も紅潮した頬を恥すか しそうに両手で押さえてはいるものの、自分の妄想を熱く熱く語り続ける。 くすのき 「飛鳥井くんがヤミプンの楠木さんを意識していることは、動かしようのない事実よ : りゃあね、多能さんも悪くはないわ。でも、わたし、飛鳥井くんには基本的に〈攻め〉でいて ほしいの。多能さんもどう見たって〈攻め〉つばいでしょ ? そうなると、ふたりでのカップ の リングはやりにくいのよねえ。わたし的に無理があるの」 を受けと攻めは : 、 ホーイズ・ラブにおいて重要な用語だ。この世界の根幹を成すと断言しても 夜 よい。簡単に言うと、攻めが男役で受けが女役。世の男性をすべからくこの、攻めと受けの二 狩元論で分類してしまうのは : 、 ホーイズ・ラブ愛好家の悪い癖である。 聖「多能さんと飛鳥井くんとの仲をさんざん妄想していたくせに、あっさり楠木さんに乗り換え ちゃったわけね」 も てき くせ ほお
あわてて受け止めた。 - 「ほんと ? どこ ? 」 「店の外。もう行っちゃったんじゃないかな」 「本当に楠木さんだった ? 」 「あの前髪、見間違えたりしないって」 納得したのか、萌はすとんと椅子にすわり直した。目線を伏せ、まっげを震わせている。誠 しろう 志郎に逢えなかったことがそんなにくやしいのか しいや、違う。 彼女はこみあげてくる笑いをこらえるために顔を伏せていたのだった。 「飛鳥井くんのお見舞いし ・ : 行ったのよね」 の「ここで見かけるってことは、やつば、そうでしようねえ」 「・ : : ・ねえ ( 早紀ちゃん ? 」 這 を「なあに、萌ちゃん」 本当は訊き返すのもいやだった。とても悪い予感がしていたから。なのに、反射的に訊いて 霊しま , つ自分が悲しかった 0 きせき 聖 「サソリなんて、なんのそのよね。飛鳥井くんと楠木さんの愛の軌跡を、これからも温かく見 守ってあげたいと思わない ? 」