Number 経済法判例研究会 243 国際カルテル事件に おける需要者概念と 課徴金算定のあり方 プラウン管カルテル事件 ( サムスン SDI マレーシア ) 控訴審 広島修道大学教授 伊永大輔 Korenaga Daisuke 東京高裁平成 28 年 1 月 29 日判決 平成 27 年 ( 行ケ ) 第 37 号 , 審決取消請求事件 / 公取委 HP 事実 CJurist] June2016/ Number 1494 96 公取委は , 平成 22 年 2 月 12 日 , 本件合意は独占 定する旨を合意していた ( 以下「本件合意」という ) 。 価格について , 各社が遵守すべき最低目標価格等を設 プラウン管 ( 以下「本件プラウン管」という ) の販売 等を経て現地製造子会社等に対して販売するテレビ用 MT 映像ディスプレイら 10 社と共同して , 本件交渉 等」という ) 。原告 X ( サムスン SDI マレーシア ) は , 格や購入数量について交渉していた ( 以下「本件交渉 テレビ用プラウン管の仕様のほか四半期ごとの購入価 間で , 東南アジア地域の現地製造子会社等が購入する あるサムスン SDI ほか 10 社の中から選定した者との 気ほか 4 社は , テレビ用プラウン管製造販売業者で 我が国プラウン管テレビ製造販売業者のオリオン電 禁止法 2 条 6 項に規定する不当な取引制限に該当す るとして , X に対し 13 億 7362 万円の課徴金の納付 を命じた ( 訴外 2 社に排除措置命令 , 訴外 5 社に総 額 28 億 8130 万円の課徴金納付命令が行われた ) 。 X は課徴金納付命令の取消しを求めて審判請求をした が , 平成 27 年 5 月 22 日 , 公取委は請求棄却の審決 をした。本件審決の取消請求を扱ったのが本判決であ る ( 審決の取消しを争う 3 つの本件訴訟のうち , 最 初に示された司法判断 ) 。 請求棄却。 「我が国プラウン管テレビ製造販売業者は , ・・・現地製造子会社等が製造するプラウン管テ レビの生産 , 販売及び在庫等の管理等を行うととも に , プラウン管テレビの基幹部品であるテレビ用プラ ウン管について調達業務等を行い , 自社グループカ哘 うプラウン管テレビに係る事業を統括するなどしてお り , 必要に応じて現地製造子会社等の意向を踏まえな がらも , 本件交渉等を行い , 本件プラウン管の購入先 及び本件プラウン管の購入価格 , 購入数量等の重要な 取引条件を決定した上で , 現地製造子会社等に対して 上記決定に沿った購入を指示して , 本件プラウン管を 購入させていたものと認められる・・・・・・。すなわち , 本 件プラウン管の購入に関する実質的な契約交渉は , 我 が国に所在する我が国プラウン管テレビ製造販売業者 が , サムスン SDI ほか 4 社との間で行っていたもの であり , だからこそ , 本件合意は , サムスン SDI ほ か 4 社が我が国プラウン管テレビ製造販売業者との 交渉の際に提示すべき本件プラウン管の現地製造子会 社等向け販売価格の最低目標価格等を設定するもので あった。そうすると , 本件合意は , 正に本件プラウン 管の購入先及び本件プラウン管の購入価格 , 購入数量 等の重要な取引条件について実質的決定をする我が国 プラウン管テレビ製造販売業者を対象にするものであ り , 本件合意に基づいて , 我が国に所在する我が国プ ラウン管テレビ製造販売業者との間で行われる本件交 渉等における自由競争を制限するという実行行為が行 われたのであるから , これに対して我が国の独占禁止 法を適用することができることは明らかである。」 「本件合意に基づく本件交渉等における自由 Ⅱ 競争制限という実行行為が , 我が国に所在する 我が国プラウン管テレビ製造販売業者を対象にして行
われているのであるから , そもそもいわゆる効果主義 に基づく検討が必要となる余地はなく , 我が国の独占 禁止法を適用できることは明らかである。 判旨に疑問がある。 ・・・ EU に おいては , 実施行為が域内に存在する必要があるもの I . 本判決の意義 とされ , いわゆる実施行為理論が採られているとされ ているところ , 本件においては , 本件合意に基づく実 本判決は , 外国事業者が外国でカルテル合意をし , 行行為カ哦が国に所在する我が国プラウン管テレピ製 その対象商品が外国子会社に販売された場合であって 造販売業者を対象にして行われていたものであるか も , 日本親会社がその取引条件を実質的に決定したの ら , 実施行為理論の下においても , 実施行為は我が国 であれば , 我が国独占禁止法に違反し , 外国子会社に に存在すると認めることができると考えられる。ま 対する売上額をもとに課徴金を算定することも法に適 た , X の引用する米国の連邦第 7 巡回区控訴裁判所 合するとしたものである。国際カルテルの文脈で合意 大合議による決定は , 損害賠償を請求する民事訴訟に の対象者を市場における需要者としつつ , 当該需要者 おいて , 損害が発生して原告適格ないし訴えの利益を に対する売上額ではなく , その外国子会社に対する売 有するのはモトローラではなく , その子会社であるこ 上額を基礎に課徴金を算定した点に本件審決の特徴が とを理由としてモトローラの請求を認めなかったもの あったが , 本判決は , この結論を全面的に支持した。 であって , 当裁判所の前記判断と相いれないものでは また , 本判決では処分前手続の適法性も争われた。 ない。」 しかし , 本件の除斥期間 ( 7 条の 2 第 27 項 ) は既に 前記 I のとおりであるから , 「我が国プラウン管テ 徒過しており , 手続違背となれば再度命令し直すこと レビ製造販売業者は『需要者』に当たるというべきで もできない状況にあった。本判決が手続の形式面だけ ある。・・・・・・複数の国等の競争法が重複して適用される でなく実質面を重視して慎重な審理をしたのは , 判断 ことによる弊害がある場合には , 条約等による主権の 手法としても適当であったと思われる。 調整や執行機関間における協力 , 調整等によって , そ Ⅱ . 需要者概念と市場画定手法 の弊害の回避が図られるべきものであ」る。「本件プ ラウン管の価格交渉の自由や価格決定の自由が侵害さ 本判決は , プラウン管テレビ事業の統括及び本件プ れたのは , 我が国に所在して我が国の内外で本件交渉 ラウン管の交渉・決定・指示という事実をもって , 本 等を行っていた我が国プラウン管テレビ製造販売業者 件プラウン管の取引条件を実質的に決定したのは日本 であるというべきである。そうすると , 本件合意によ 所在の親会社だとし , 本件合意が対象としたのもこの り , 11 社がその意思で本件プラウン管の価格をある 日本親会社だと結論付けている。そして , このことか 程度自由に左右することができる状態がもたらされ , ら日本親会社が本件プラウン管の「需要者」であると 本件プラウン管の取引に係る市場が有する競争機能が し , 本件合意の対象となることで本件プラウン管の価 損なわれた場所は , 我が国プラウン管テレビ製造販売 格交渉・決定の自由が侵害されたのは日本親会社なの 業者の所在地である我が国というべきである」。 だから , 本件プラウン管の取引市場が有する競争機能 「課徴金の計算に関しては , 独占禁止法 7 条 カ齟なわれた場所も日本親会社の所在地であるとした。 Ⅲ この理由付けは , 公取委側の主張に強い影響を受け の 2 第 1 項が・・・・・・実行期間における当該商品 の政令で定める方法により算定した売上額に同項所定 たものにみえる。本件合意が日本親会社を対象とした ものであるとの評価事実をもとに , 共同行為が対象と の課徴金算定率を乗じて得た額に相当する額の課徴金 を国庫に納付することを命じなければならない旨規定 している取引及びそれにより影響を受ける範囲を検討 し , 独占禁止法施行令 5 条及び 6 条が売上額の算定 して , 一定の取引分野を画定すれば足りるという東京 方法について規定していることに照らすと , これらの 高判平成 5 ・ 12 ・ 14 高刑集 46 巻 3 号 322 頁〔シール 規定の解釈として , 商品の供給や代金の支払が外国に 談合刑事〕における市場画定の手法を単純に当てはめ おいて行われた場合にその売上げを課徴金の計算の基 れば , このような結論になるのも当然である。しか 礎から除くべきものと解することはできない。」 し , 本件における需要者概念の捉え方と市場画定の手 法については , いずれも適当といえるか疑問がある。 平釈 97 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494
禁法が適用できるのも明らかとする。つまり , 日本親 会社を対象とする本件交渉等があれば , 客観的属地主 義の原則に適合するものと理解していると考えられる。 しかし「不当な取引制限」に該当する行為はカル テル合意であって , これに基づく本件交渉等ではない ( 合意場所も日本ではない ) 。そして , カルテル合意に 基づく本件交渉等という「実行行為」が地理的にどこ で行われたかも , 本判決では明らかにされていない ( 本件審決も同様である。他の国際事案との比較につ いては , 平山・前掲 7 頁 ) 。上記判示は , カルテル合 意を実現するために行われる需要者との価格交渉等が あれば , その需要者が所在する国内に競争制限効果が 及ぶことは明らかとする見解 ( 上杉秋則・国際商事法 務 42 巻 7 号 1008 頁 ) に依拠したと思われるが , れによれば国内市場効果を検証しない分だけ , 効果主 義よりも更に管轄権の牴触を避けるのは難しくなる。 本判決によれば , 自国の法令を外国での行為に適用す る際の抑制原理が自律的に働かない事態となるが , そ のこと自体に管轄権をめぐる問題の所在があることが 適切に理解されていないのではなかろうか。 外国政府との管轄権の牴触に関する本判決の問題意 識は低く , 傍論を示唆する「なお書」において , 直ち に欧米競争法の域外適用の考え方と整合性を欠くとは いえないとするに留まり , 不当な取引制限の要件解釈 で国際礼譲の概念を取り込もうとする姿勢を欠いてい る。この点 , 本判決では , 本件交渉等の対象が国内事 業者であることを理由に , EU でいう実施行為が日本 にあるとしたが , 欧州域内での直接・間接の販売を もって実施行為とする EU の判決とは , 販売によっ て実現した域内の競争制限効果が検証できない点で異 なる ( 土田・前掲 60 頁や越知・前掲 115 頁も国内に 流入した完成品への価格転嫁を前提として国内への影 響を見ている ) 。また , 米国での連邦控訴審判決 ( 本 判決では「大合議による決定」となっているが , 大合 議でも決定でもない ) との整合性についても , 外国子 会社が購入したが最終的に米国に流入しなかった部分 を反トラスト法の対象外と断じている点で , 本判決と は異なるように思われる ( 藤井康次郎 = 沼田知之・ NBL1054 号 82 頁以下が的確に要点をまとめてい る ) 。欧米と歩調を合わせる必要まではないが , これ らの判決が , 外国で行われた取引に対する自国の法適 用がもたらす潜在的な管轄権の牴触を回避しようとし た結果であることは尊重されてよい。管轄権の牴触に 経済法判例研究会 対する回避努力を条約や執行機関による調整等にのみ 委ね , 法解釈において配慮するという途を放棄する本 判決の姿勢のあり方については , 国際協調を重んじる 我が国憲法のもとで慎重な検討を要すると思われる。 Ⅳ . 課徴金算定における売上額の解釈 本判決は , 課徴金算定規定の解釈においても , 商品 の供給や代金の支払が外国で行われた場合の明示的な 除外規定がないことを根拠に , 形式的な法適用に徹し ている。しかし , 「売上額」の算定方法は , 収益の帰 属に関する企業会計慣行を尊重し , 企業会計原則にい う実現主義の原則を具体的な形で表現したものである ( 東京高判平成 9 ・ 6 ・ 6 判時 1621 号 98 頁〔シール談 合課徴金〕 ) 。企業会計原則上の考え方に準拠して「売 上額」を解釈すれば , たとえ「需要者」が日本親会社 であるとしても , 「当該商品」である本件プラウン管 の売上額は東南アジア地域で実現したものであって日 本国内で実現した売上額とはいえない。少なくとも , 本件プラウン管が搭載されたテレビを日本親会社が購 入しておらず , 間接ながらもカルテル合意による具体 的な競争制限効果が国内に及んでいない部分の売上額 を課徴金の基礎とすることは不可能と考えられるに の点への言及として , 村上政博・国際商事法務 43 巻 9 号 1334 頁 , 泉水・前掲 68 頁 ) 。この点に関し , 「当 該商品」は取引先が販売した完成品であるのに , その 主要原料の売上額を課徴金算定の基礎とした事例 ( 課 徴金納付命令平成 12 ・ 6 ・ 6 審決集 47 巻 420 頁〔沖 縄アルミサッシカルテル〕 ) があるが , これは市場に おける需要者に販売した完成品と関連付けることで具 体的な競争制限効果が及ぶ売上額を捉えたものであ り , 本件で行われた課徴金算定とは異なる。 現行の課徴金制度では本件合意を抑止するのに不十 分だとしても , それは本件合意の有する我が国市場へ の影響が軽微であることの反映であって , だからこそ 管轄権の牴触が回避可能だと考えるべきであろう。こ の点 , 諸外国に倣ってインポイスの宛先が日本国内で ある場合には , これも算定対象としてよいとする見解 ( 泉水・前掲 68 頁 ) もあるが , EU では , 競争が毀損 する場所を特定するための概念としてインポイスの宛 先が指標になる場合がある一方で , 契約地や引渡地で 競争が行われたと考えるのが原則 (Case COMP/394(h ー Marine Hoses, ll 427 ー 28 ) であって , 本件でこの指 標が有効といえるかは疑わしい。 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 99