判断 - みる会図書館


検索対象: ジュリスト 2016年6月号
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1. ジュリスト 2016年6月号

を撤回する意思があると認めてよいとの判断に 基づくものであるとされている。 いかなる場合に , 民法 1024 条前段にいう 「遺言書の破棄」があったといえるかについて , 公表されている裁判例でこれについて判示した ものは見当たらないが , 学説は , 「遺言書の破 棄」とは , 遺言書の焼却 , 切断等といった遺言 書の形状自体を破壊する行為のみならず , 文面 を抹消する行為も含まれると解している ( Ⅲ参 胆 ) ところで , 民法 968 条 2 項は , 自筆証 Ⅱ 書の遺言書の加除その他の変更について 厳格な方式を定めている。具体的には , 遺言者 において , ①変更の場所を指示し , これを変更 した旨を付記すること , ②署名をすること , ③ 当該変更の場所に押印することといった方式に よるべきことを定めており , 通説的見解によれ ば , この方式に違反した変更がされた場合に は , そのような変更のみが無効となり , 変更前 の遺言が方式を満たしている限り , 元の内容で の遺言が有効に成立するとされており , 東京高 判平成 2 ・ 8 ・ 7 判時 1362 号 50 頁も傍論におい て同旨を述べている。 そうすると , 遺言書中の文字を抹消す Ⅲ る行為が , 民法 1024 条前段の「遺言書 の破棄」と同法 968 条 2 項の「変更」とのいず れに当たるのかを判断する基準が必要となる。 公表されている裁判例でこの点について判示 したものは見当たらないが , 通説的見解は , 元 の文字を判読できる程度の抹消であれば , 「遺 言書の破棄」ではなく , 「変更」であり , 民法 968 条 2 項の方式に従っていない限り , 「変更」 としての効力は認められず , 元の文字が効力を 有すると解している ( 穂積重遠・相続法 ( 第二 分冊 ) 377 頁 , 我妻榮 = 立石芳枝・親族法・相 続法 626 頁 , 中川善之助 = 加藤永一編・新版注 釈民法 ( 28 ) 〔補訂版〕 413 頁 [ 山本正憲 ] 等 ) 。 これに対し , 基本は通説的見解によりつつ も , ①遺言者の署名が二本棒で消してあるよう な場合には「遺言書の破棄」となるとする説 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 ( 中川善之助 = 泉久雄・相続法〔第 4 版〕 640 84 頁 ~ 641 頁 [ 泉 ] ) , ②記載を欠くと直ちに遺言 書の方式不備を生ぜしめるものの抹消 , 具体的 には , 署名のみならず , 押印や日付の抹消につ いても「遺言書の破棄」となるとする説 ( 久貴 忠彦「判批」法時 48 巻 11 号 191 頁 ) , ③元の 文字が判読できる状態であっても , 全体が塗抹 されたり斜線で消されたりした遺言書は , それ が遺言者によって故意にされたものであるなら ば , 「変更」の方式に則していなくても , 「遺言 書の破棄」となるとする説 ( 伊藤昌司・相続法 67 頁 ~ 68 頁 ) などがある。 通説的見解によれば , 本件遺言書に本 Ⅳ 件斜線を引く行為は , 元の文字が判読で きる程度の抹消であるから , 「遺言書の破棄」 ではなく , 「変更」に当たり , 民法 968 条 2 項 の方式に従っていない以上 , 「変更」の効力は 認められず , 本件遺言は元の文面のものとして 有効であるということになりそうであり , 原審 はこのような判断経過をたどって , 本件遺言を 有効なものと判断したと考えられる。 しかし , 本件のように遺言者が故意に 赤色ポールペンで遺言書の文面全体に斜 線を引く行為は , 通常は , その行為の有する一 般的な意味に照らして , その遺言書全体をもは や遺言書として使わないという意思の表れとみ るのが相当であると考えられる。また , 民法 968 条 2 項は , その趣旨・文言に照らして , 遺 言書の一部の変更 ( 一部の抹消 ) を念頭に置い ている規定であると解され , 遺言書の文面全体 の抹消の場合にまで同項の規律を及ばすべき必 要性 , 相当性はないように思われる。 本判決は , 以上のような点を踏まえ , 遺言者 が故意に遺言書の文面全体に斜線を引くといっ たように , その行為の有する一般的な意味に照 らして , 上記遺言書の全体を不要のものとし , そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる 意思の表れとみるのが相当である行為がされた ときには , その後に元の文字が判読できても , もはや民法 968 条 2 項の規律は及ばず , 民法 1024 条前段所定の「故意に遺言書を破棄した とき」に該当するとしたものと考えられる。そ

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ウェブサイトを利用した場合の 「譲渡等の申出」 解される。」 「 Y は , X のウエプサイト及びこれとリンク Ⅱ されている E 社のウエプサイトを見て , X が E 社のウエプサイトに掲載されている白色 LED 製品 等を取り扱っており , 取引業者からその商品を購入し たいとの申込みがあり , 価格等の条件が合致すれば , これを販売すると理解したものであり , X が E 社の ウエプサイトに掲載されている本件製品を含む白色 LED 製品について譲渡の申出をしていると理解した としても , 無理からぬところである。そして , Y は , その後本件製品と本件製品に使用されている LED チップの構造 , 構成材料等を分析し , 本件特許発明の 当時の請求項 1 の技術的範囲に属することなどを確 認した上で , 先行訴訟を提起し , 本件プレスリリース を掲載したのであり , Y が本件プレスリリースを掲 載したとしても , Y には過失があったものとは認め られない。」 解説 特許法 2 条 3 項 1 号の「譲渡等の申出」の 典型例としては , 特許製品の譲渡等の前提とし ての販売促進活動 ( カタログ等の頒布 ) や営業活動等 が挙げられる ( 中山信弘 = 小泉直樹編『新・注解特許 法 ( 上 ) 』〔青林書院 , 2011 年〕 43 頁 ) 。ウエプサイト を利用した場合の「譲渡等の申出」の該当性について は , 例えば , 知財高判平成 22 ・ 9 ・ 15 判タ 1340 号 265 頁は , 被告が , 自身のウエプサイト上で被告製品 を紹介し , 当該サイトの閲覧者が当該製品の販売に係 る問合せフォームを作成することが可能である場合に は , ウエプサイトの開設自体を被告による「譲渡の申 出行為」と解する余地があるとの判断を示す。判旨第 1 点は , さらに進んで , ウエプサイトに本件製品の情 報が掲載されていない場合における「譲渡等の申出」 の該当性を示しており , ウエプサイトの開設者が商社 であって , 当該ウエプサイトにその商社と製造メー カーとが取引関係にある旨 , 当該商社に問い合わせれ ば当該製造メーカーの製品を購入することができる旨 の記載があり , 当該製造メーカーのウエプサイトに当 該製品についての必要な情報が開示されているといっ た状況があれば , 当該商社が製造メーカーのウエプサ イトにリンクを貼り , これを利用している場合にも , 製造メーカーのウエプサイト掲載の製品について , 「譲渡等の申出」に該当すると判示しており , 実務上 参考になる。 判旨第 2 点について。特許権者等が , 競業者 Ⅱ の取引先等の第三者に対して , 競業者の製造販 売する製品等が特許権等を侵害している旨の警告ない し広告宣伝をし , 後日 , 競業者の行為が当該特許権等 を侵害しないこと又は当該特許権等が無効であること が判明した場合には , 当該警告等は虚偽事実の告知に あたるとして , 平成 27 年改正前不競法 2 条 1 項 14 号 ( 現 15 号 ) 所定の営業誹謗行為の構成要件該当性 を認めるのが従来の通説・判例である ( 畑郁夫 = 重冨 貴光「不正競争防止法 2 条 1 項 14 号の再検討」判タ 1214 号〔 2006 年〕 4 頁 ) 。近年は , 上記例の場合で あっても , その告知行為が , その取引先に対する特許 権等の正当な権利行使の一環としてなされたものであ ると認められる場合には , 違法性が阻却され , 本号所 定の不正競争行為にあたらないとする裁判例も散見さ れる ( 東京高判平成 14 ・ 8 ・ 29 判時 1807 号 128 頁な ど ) 。営業誹謗行為の成立が認められた場合において , 不競法 4 条の過失については , 大阪高判昭和 55 ・ 7 ・ 15 判タ 427 号 174 頁は , 営業誹謗行為は典型的な違 法行為であるから , 相当な理由がない限り , 誹謗者に は当該違法行為をなすにつき過失があったと推認する のが相当との厳しい判断基準を示す。その後の判決の 多くも誹謗者に高度な注意義務を要求しており ( 小野 昌延編『新・注解不正競争防止法〔第 3 版〕 ( 上 ) 』 〔青林書院 , 2012 年〕 740 頁 ) , 本件の原判決もそれ を踏襲したものといえる。本判決は , 過失の有無につ いて原判決と異なる判断をするが , これは , Y に課 された注意義務が原判決よりも緩やかになったという よりは ( 本判決では注意義務の程度は明らかにされて いない ) , 「譲渡等の申出」についての判断枠組みが原 判決と異なった点によるものと考えられる。 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 9

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ロ弁護士 Ota Yo 太田洋 租税判例速報 ロ最ー小決平成 28 年 2 月 18 日 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 由だけを挙げて , 「当該行為又は計算が , 純粋経済人 維持する趣旨であることに鑑みれば」という簡単な理 「同項が同族会社と非同族会社の間の税負担の公平を 合理性基準説の立場に立っことを明らかにした上で , 判断すべきものと解される」として , いわゆる経済的 認められるか否かという客観的 , 合理的基準に従って 又は計算が純粋経済人として不合理 , 不自然なものと か否かは , 専ら経済的 , 実質的見地において当該行為 担を不当に減少させる結果となると認められるもの』 条 1 〕項にいう『これを容認した場合には法人税の負 原判決は , 「同族会社の行為又は計算が , 〔法 132 I. 問題の所在 解説 て , 簡単な検討を試みることとしたい。 程につき , どのように考えるべきかという点に絞っ 少性要件」という ) の解釈に関する原判決の判示の射 結果となると認められるもの」の要件 ( 以下「不当減 法 132 条 1 項の「法人税の負担を不当に減少させる では , 本決定によって原判決が確定したことにより , 決定の文言の引用やそれ自体の分析も行わない。ここ 高裁判決の検討」国際税務 35 巻 9 号 80 頁 ) に委ね , 件」ジュリ 1483 号 37 頁及び太田洋「 IBM 事件東京 釈 ( 例えば , 岡村忠生「最近の重要判例ーー IBM 事 事実関係や判示事項については , 原判決についての評 には理由は特に付されていないため , 紙幅の関係上 , 告受理申立てに対する不受理決定の常として , 本決定 する旨の決定 ( 以下「本決定」という ) を下した。上 して課税当局 Y が行った上告受理申立てを不受理と 日判時 2267 号 24 頁。以下「原判決」という ) に対 に関して , 控訴審判決 ( 東京高判平成 27 年 3 月 25 き否認することの可否が争われたいわゆる IBM 事件 ある法人税法 ( 以下「法」という ) 132 条 1 項に基づ 失が発生した点を , 同族会社の行為計算の否認規定で 買いにより , その親会社である有限会社 X に譲渡損 という ) 第一小法廷は , A 株式会社が行った自社株 平成 28 年 2 月 18 日 , 最高裁判所 ( 以下「最高裁」 事実・判旨 平成 27 年 ( 行ヒ ) 第 304 号 , 法人税更正処分取消等 , 通知処分取 消請求事件 , 判例集未登載 として不合理 , 不自然なもの , すなわち , 経済的合理 性を欠く場合には , 独立かっ対等で相互に特殊関係の ない当事者間で通常行われる取引 ( 独立当事者間の通 常の取リ l) と異なっている場合を含むものと解するの が相当」〔傍点筆者〕と判示した。 そして , X が , 同項にいう不当減少性要件が充足 されるために必要な「同族会社の行為又は計算が経済 的合理性を欠く場合」とは , 「当該行為又は計算が , 異常ないし変則的であり , かっ , 租税回避以外に正当 な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合 であることを要する」旨主張したのに対し , 「法 132 条 1 項の『不当』か否かを判断する上で , 同族会社 の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合が あることを否定する理由はないものの , 他方で , X が主張するように , 当該行為又は計算が経済的合理性 を欠くというためには , 租税回避以外に正当な理由な いし事業目的が存在しないと認められること , すなわ ち , 専ら租税回避目的と認められることを常に要求 し , 当該目的がなければ同項の適用対象とならないと 解することは , 同項の文理だけでなく上記の改正の経 緯にも合致しない」と判示して , 上記 X の主張を排 斥している。 これは , 法 132 条 1 項にいう「不当に」の意味に ついて , 金子宏名誉教授が , 経済的合理性基準説を採 用して「ある行為または計算が経済的合理性を欠いて いる場合に否認が認められると解すべき」とした上 で , ( i ) 「行為・計算が経済的合理性を欠いている場 合とは , それが異常ないし変則的で租税回避以外にそ のような行為・計算を行ったことにつき , 正当な理由 ないし事業目的が存在しないと認められる場合のこと であり」 , ( ⅱ ) 「独立・対等で相互に特殊関係のない当 事者間で行われる取引・・・・・・とは異なっている取引に は , それにあたると解すべき場合が多いであろう」 〔傍点筆者〕と論じている ( 金子宏・租税法〔第 21 版〕 478 頁。以下 , かかる考え方を「異常変則性・事 業目的併用説」という ) のに対して , 上記 ( i ) の部分 を正面から否定し , 上記 ( ⅱ ) の部分を拡張した上で規 範イヒする ( 同族会社の行為・計算が独立当事者間の通 常の取引と異なっている場合にはすべからく「経済的

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自らの解釈が導けることを示した上で , 日米租税条約 の上記条項が事実上準拠する OECD モデル租税条約 の条項について OECD 租税委員会が作成し , OECD 理事会が加盟国に対し OECD モデル租税条約に準拠 する二国間条約の解釈において従うべきことを勧告す る OECD コメンタリーの記述を「補足的手段」とし て参照して自らの解釈を「確認」した ( 酒井啓亘ほ か・国際法 290 頁 ) ものと解される。本判決は引用 していないが , グラクソ事件最高裁判決 ( 最判平成 21 ・ 10 ・ 29 民集 63 巻 8 号 1881 頁 ) を念頭に置くも のと思われ , 妥当な条約解釈のあり方と言えよう。判 旨Ⅱが , 日米租税条約 5 条 4 項 ( e ) 号の「その他の」 という文言を根拠に ( a ) 号以下を「準備的又は補助的 な性格の活動」の例示と解した行論は文理解釈として 一定の説得力があるが , OECD モデル租税条約 5 条 4 項 (a) ~ ( d ) 号と「準備的又は補助的」要件の関係を めぐっては国際的にも見解が対立しており , ( a ) 号該 当性の判断においては「準備的又は補助的な性格の活 動」であることを要しない , という x の主張する立 場も解釈論として十分にあり得たところである ( 参 照 , 浅妻・前掲評釈 9 頁 ) 。本判決は , OECD モデル 租税条約に準拠した日米租税条約 5 条 4 項につき我 が国の有権解釈機関としての解釈を示したものとして 意義を有する。 ②「本件アパート等」が日米租税条約 5 条 1 項の 定義をみたすとの認定自体には異論の余地は乏しい が , 判旨Ⅳが「本件アパート」について「本件倉庫」 との一体性を理由に「恒久的施設に該当する」旨を述 べた点は興味深い。これは , 次の③で強調されている 「唯一の販売拠点」としての「本件アパート」の機能 がなければ ( すなわち「本件倉庫」のみでは ) 恒久的 施設該当性の判断を維持できなかったのではないか , との推論を導く。なお , On-site の人的関与がなくて も恒久的施設認定は可能という点は , 国際的にも受け 容れられた解釈である (OECD コメンタリー 5 条パ ラ 42.6 , Klaus Vogel on Double Taxation Conventions (4th ed. , 2015 ) , Art. 5 , para. 40 ) 。 ③「準備的又は補助的」基準のあてはめは細部に及 ぶ事実認定に依拠せざるを得ない (OECD コメンタ リー 5 条パラ 24 ) が , 本件で決め手となったのは , 「本件販売事業の事業形態」においては , 「唯一の販売 拠点」としての本件アパートの役割・機能と , ( 平成 18 年 11 月以降は専ら ) 本件倉庫における商品の保 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 122 管・発送・返品及び再発送業務が「本件販売事業にお ける契約条件の実現という観点からも」重要なもので あり , 両者が一体となって「本件企業の販売拠点 ( 事 業所 ) 」としての役割・機能を担っていた , という認 定である。「準備的又は補助的」基準の判定は当該事 業全体との関係における当該施設の機能・役割による べきであって , 活動自体の性質 ( 「倉庫」 ) や絶対量に よってなされるべきではないという考え方 (Vogel on DTC, supra, Art 5 , para. 285 圧 ) からは , 判旨 V は妥当と言えよう。 これに対して , 判旨 V に続く箇所で日本語取説書の 同梱作業が商品の経済的価値を高めるから「保管」 「引渡し」の範囲を超える等述べる部分については , ( 些か強引な認定であるとの印象はさておくとしても ) 判決の論理構成における位置づけが曖味である。判旨 Ⅱと V で本件アパート等の日米租税条約 5 条 4 項 ( a ) 号該当性は否定されているはずであり , 不要な判示で はなかったか。 Ⅲ . 争点 3 = 判旨Ⅵ・Ⅶについて 恒久的施設課税に帰属主義・ AOA を導入した平成 26 年改正後の法制度に鑑みて , 潜在的には最も興味 深い論点であったが , 本件では推計課税の合理性の問 題として処理された。推計課税の必要性と推計方法の 合理性 , という 2 段構えの判断枠組みは通説に従う ものと言えるが ( 金子宏・租税法〔第 21 版〕 852 頁 以下 ) , 特に X の米国における費用の扱いについて は , 推計の合理性が強く推定された結果 , 議論の深ま りを欠いた憾みなしとしない。とりわけ , AOA の下 での非居住者の事業所得の恒久的施設帰属所得算定 は , 今後の裁判例に残された課題と言えよう。 なお , 本判決に対して X は控訴し , 東京高裁平成 28 年 1 月 28 日判決 ( 判例集未登載 ) が既に出ている ( 控訴棄却・ X 上告受理申立中 ) 。

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法人税法 132 条 1 項の 不当減少性要件の解釈とその射程 合理性を欠いている場合」に当たり , 不当性減少要件 問題となる。 が満たされるとする ) ものであって , 同項の適用範囲 Ⅱ . 検討 を , 従来一般に考えられていた範囲よりも大きく拡張 するものといえる ( 以下 , 上記のような考え方を , 便 この点 , IBM 事件では法 132 条 1 項の適用が問題 宜上「独立当事者間取引基準説」という ) 。 となっていたのに対し , ヤフー事件で問題となってい しかしながら , 本決定から 11 日後の平成 28 年 2 たのは法 132 条の 2 の適用の可否であるので , 本決 月 29 日 , 本決定を下したのと同じ第一小法廷は , 甲 定とヤフー事件上告審判決との間には矛盾はなく , 本 株式会社が , 株式会社乙との吸収合併に伴い , 当該合 決定は , 法 132 条 1 項の不当減少性要件の解釈につ 併が適格合併に当たるとして乙から引き継いだ繰越欠 き原判決が採用した独立当事者間取引基準説を是認す 損金の損金算入を行ったことについて , 法 132 条の 2 る立場を採っていると解することも , 論理的には不可 を適用してこれを否認する旨の課税当局の更正処分を 能ではない。しかしながら , ①本決定とヤフー事件上 適法とした事案 ( 以下「ヤフー事件」という ) に係る 告審判決との時期的近接性や②両者が共に同一の裁判 控訴審判決に対する甲の上告を棄却する判決 ( 最ー小 体による判断であること等からすると , 結論的には , 判平成 28 年 2 月 29 日裁判所 HP 。以下「ヤフー事件 この両者の差異は , 本決定においては , 納税者勝訴の 上告審判決」という ) を下し , その際 , 組織再編成に 原判決の結論をそのまま維持すべきとされたが故に , 係る一般的行為計算否認規定である法 132 条の 2 所 原判決の示した , 一般的には納税者にとって不利益な 定の不当減少性要件に関する解釈については , 同事件 内容の法 132 条 1 項の不当減少性要件についての解 の控訴審判決が示した考え方を大きく変更し , 同条の 釈の是非を敢えて問題とする意味がなかったのに対 適用範囲を相当程度限定した。具体的には , 同判決 し , ヤフー事件上告審判決においては , 納税者敗訴の は , 法 132 条の 2 にいう「「法人税の負担を不当に減 原判決の結論を維持するためには , そもそも法 132 少させる結果となると認められるもの』とは , 法人の 条の 2 の不当減少性要件に関する解釈が納税者に 行為又は計算が組織再編税制・・・・・・に係る各規定を租税 とって過度に不利益な内容となっていないかどうかを 回避の手段として濫用することにより法人税の負担を 検証しなければならなかったが故に , 控訴審判決にお 減少させるものであることをいうと解すべきであり , ける当該要件に関する解釈の是非を吟味する必要が その濫用の有無の判断に当たっては , ①当該法人の行 あったことに基づくものと考えるのが合理的であろ 為又は計算が , 通常は想定されない組織再編成の手順 う。したがって , 本決定が , 原判決に対する上告受理 や方法に基づいたり , 実態とは乖離した形式を作出し 申立てを不受理としたのは , 法 132 条 1 項の不当減 たりするなど , 不自然なものであるかどうか , ②税負 少性要件の解釈につき , 独立当事者間取引基準説を妥 担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの 当とする趣旨ではないと解すべきであろう。 合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在する いずれにせよ , 本決定では , 法 132 条 1 項の不当 減少性要件の解釈について最高裁自らの明示的判断が カ : どうか等 0 事情を考慮した上で , 当該行為又は計算 示されていない以上 , 最高裁が , 異常変則性・事業目 カ , 組織再編成を利用して税負担を減少させることを 的併用説に従うのか , それとも , それを修正した新た 意図したものであって , 組織再編税制に係る各規定の 本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受 な基準を定立するのかは , 今後の判断に委ねられるこ とになったといえる。 けるもの又は免れるものと認められるか否かという観 点から判断するのが相当である」と判示した。 そのため , 不当減少性要件の解釈に関する原判決の 判示の射程につき , 本決定 ( 及びヤフー事件上告審判 決 ) を踏まえて , 現時点でどのように考えるべきかが [ Jurist ] June 2016 / Number 1494

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して , これは , 上記Ⅲの③説に近い考え方を 採ったものと評価できるように思われる。文面 全体に斜線を引く行為以外にどのような行為が 当該行為後に元の文字が判読できても民法 1024 条前段所定の「故意に遺言書を破棄した とき」に該当するといえるかは , 事案の集積を 待つほかないが , 「その行為の有する一般的な 意味に照らして , その遺言書の全体を不要のも のとし , そこに記載された遺言の全ての効力を 失わせる意思の表れとみるのが相当である」と 評価される行為はそれほど多くはないように思 われる。 なお , 本判決の判示に照らすと , 先に紹介し た通説的見解の射程を一部修正したものである 六法の , 最強“バッテリー ほうせいしつむようごけんきゅうかい 法制執務用語研究会著 最高裁時の判例 と考えられるから , 遺言書の一部の抹消にとど まる場合で , 抹消後に元の文字が判読できると きは , 民法 968 条 2 項の規律が及び , 同項の方 式を遵守していない限り , 抹消としての効力が 認められないことになるのではないかと思われ る。 本件は , 遺言者が故意に遺言書の全部を抹消 した場合に抹消後に元の文字が判読できても民 法 1024 条前段所定の「故意に遺言書を破棄し たとき」に該当するかという学説上見解が分か れていた点について事例判断を示したものとし て , 実務上参考になると思われるので紹介する 次第である。 ・好評 * 発売中・ 四六判並製 条文の読み方 1 64 頁 ・ 800 円 + 税 語を丁寧に解説。法学部生をはじめ六法を手にとる人のための必携バイブル。 大前提の知識を紹介。「法制執務用語編」では「及び」「並びに」をはじめ , 条文中の基本用 法学教室連載を書籍化。「基礎知識編」では法律 ( 条文 ) の種類 , 構造など , 法律における 978 ー 4 ー 641 ー 1 2554 ー 4 目 次 第 1 部基礎知識編ー一条文を読む前に 第 1 章法律の種類 第 2 章法律の構造 第 3 章法律の制定過程 第 4 章法律の調べ方 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 有斐閣 TeI : 03-3265- 11 Fax : 03-3262- 35 ( 営業部 ) ( 表示価格は税別 ) 〒 101-851 東京都千代田区神田神保町 2-17 http:〃www.yuhikaku.co.jp/ 「正当」「適当」「適正」 / 「事業」「営業」 / 「期日」「期限」「期間」等 「なおその効力を有する」「なお従前の例による」 / 「違法」「不法」「不正」「不当」 / 「適法」 において」 / 「科する」「課する」 / 「推定する」「みなす」 / 「準用」「適用」「読替え」 / ならない」「・・・することができない」 / 「この限りでない」「妨げない」 / 「ただし」「この場合 「直ちに」「速やかに」 / 「する」「とする」「ものとする」「しなければならない」 / 「・・・しては / 「場合」「とき」「時」 / 「者」「物」「もの」 / 「以前」「前」「以後」「後」 / 「遅滞なく」 「及び」「並びに」「かっ」 / 「又は」「若しくは」 / 「その他」「その他の」 / 「係る」「関する」 第 2 部法制執務用語編ー一条文の読み方 85

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海外勤務者に対する 労災保険による保護の有無 ー中央労働基準監督署長事件 解説 本件は , 海外勤務者に対する労災保険による 保護の有無が問題となった事案である。同種の 裁判例は見当たらず , 事例的な意義は大きい。また本 判決は , 当該労働者を海外派遣者 ( 労災 33 条 7 号 ) ではなく強制適用の対象となる海外出張者であると判 断し , X の請求を棄却した第 1 審判決を取り消した。 第 1 審判決と結論を異にするに至った判断手法も注 目される。海外勤務者は今後もさらに増加することが 予想されるが , 本件及び本判決は , 海外勤務者に対す る労災保険による保護の問題について , 解釈論にとど まらない検討の必要性を意識させるものである ( な お , 判旨Ⅲに対する解説は割愛する ) 。 本判決は , 一般論として判旨 I のように判示 Ⅱ した。この点は , 通達 ( 昭和 52 ・ 3 ・ 30 基発 第 192 号 ) と同旨である。第 1 審判決にも同旨の判 旨部分が存するが , 本判決に比して , より「事業」性 に着目した判断を行っている。また理論上は , 国内事 業の使用者が海外事業に従事する者に対して指揮命令 を行っている場合に , 当該従事者が海外派遣者に該当 し特別加入の対象となるだけでなく , 国内事業に従事 する労働者として位置づけられる ( 特別加入の範囲と 強制適用の範囲の重畳関係を認める ) とする立場も考 えられるが , 本判決はこの立場をとっていないように 解される ( も参照 ) 。 判旨Ⅱは , 具体的な事情を考慮した上で , A は海外出張者であるとする判示部分である。本 判決は , P との指揮命令関係の程度及び労災保険料の 納付状況を重視した判断を行ったものと解される。 しかし , 国内事業に「使用・指揮」され海外で勤務 していると評価されるとともに , 海外「事業に従事さ せるために派遣する者」 ( 労災 33 条 7 号 ) にも該当 する場合もありえよう。こうした場合 , 国内事業に 「使用・指揮」されているからといって労災保険によ る保護を受けることには当然にはならないのではない か ( Ⅱも参照 ) 。そうすると , 強制適用の対象となる か特別加入の対象となるかを判断するにあたっては , 「〔海外〕事業に」 , 「従事させるため」 , 「派遣する者」 についての検討も必要であると思われる。 また , 第 1 審判決と異なり , 労災保険料の納付状 況を考慮要素とした点も疑問なしとしない。 海外勤務者に対する労災保険による保護に関 しては , 本件との関係では以下の 3 点に留意 する必要がある。 第 1 に , 海外出張者と海外派遣者との取扱いに大 きな差異が存する一方で , 当該労働者が両者のいずれ に該当するかの判断が困難となるケースは少なくない ( 本件においても P は A を海外出張者として保険料を 納付し続けていた ) 。労災保険法のほか , 労働基準法 及び労働安全衛生法は , 事業を基礎的な単位として設 定し規制を行っているが , ( 本件の事情とは同じでな いものの ) 事業を超えて元請・元方事業者に責任や保 険料の支払を負わせる規定も存している ( 労基 87 条 , 労安衛 29 条等 , 労保徴 8 条 ) 。 第 2 に , 労災保険法 33 条 1 号 ~ 5 号の対象者には 「労働者」は含まれていないのに対し , 同条 6 号・ 7 号の対象者 ( 海外勤務者を含む ) には「労働者」も含 まれる。すなわち , 現行制度は , 国内事業の使用者か ら海外派遣を命じられた労働者に対する労災保険の適 用の有無を , 国内事業の事業主の申請の有無 ( 労働者 が関知しないケースが多いと思われる ) 及び政府によ る承認 ( 労災 36 条 ) にかからしめている。また , 海 外派遣者の特別加入制度が設けられた昭和 51 年及び 平成 7 年に比してグローバル化が飛躍的に進んだ今 日においては , 特別加入手続を行うコスト ( 事務的な もののほか , 国内事業主の失念等により手続がなされ なかった際に労働者に課せられるコスト等も含む。な お本件では , P は A の過去の海外勤務については特 別加入手続を行っていた ) にも留意する必要がある。 第 3 に , 海外で労働災害が発生した場合 , 海外事 業主に対する損害賠償請求が ( 事実上 ) 困難である ケースが多いことが予想される。国内事業主に対する 損害賠償請求も必ず認められるとは限らない。 こうした課題に対しては , 解釈によるアプローチだ けでなく立法によるアプローチの可能性も視野に入れ た検討が必要となろう。その際には , 保険料負担の在 Ⅳ り方も含む総合的な検討が求められよう。 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 5

8. ジュリスト 2016年6月号

最高裁時の判例 場従業員から暴力団員でないか確認されてもい ( 1 ) 被告人は , 「ビジター受付表」等に氏名 を含め偽りなく所定事項を記入して提出してい ないため , 単に暴力団員であることを申告せず る上 , 施設利用代金を支払っている。このよう に施設利用を申し込む行為が , 黙示的に暴力団 な施設利用申込み行為は , ①挙動による欺罔行 員でないことまで表しているといえるか ( 挙動 為とは認められないし , ②ゴルフ場による財産 による欺罔行為性 ) , ②被告人は本名で施設利 的処分行為の判断の基礎となる「重要な事項」 用を申し込み , 自ら施設を通常の方法で利用し を偽ったとは認められないから , 「人を欺く」 た後 , 利用料金等を支払っているため , 利用客 行為 ( 欺罔行為 ) に当たらない。しかるに が暴力団員であるか否かということがゴルフ場 れを「人を欺く」行為に当たるなどとした原判 側において施設利用の許否を判断する際の基礎 決は , 国民の予測可能性を超え憲法 31 条 ( 罪 となる重要な事項といえるか ( 欺罔内容の重要 刑法定主義 ) に違反し , 判例 ( 他の者を搭乗さ 事項性 ) , などが争われた。 せる意図を秘した搭乗券の購入につき詐欺罪が 2 第 1 審判決は , 要旨 , 暴力団員であるこ 成立するとした最ー小決平成 22 ・ 7 ・ 29 刑集 とを秘してした施設利用申込み行為自体が , 挙 64 巻 5 号 829 頁 ) にも違反する。 動による欺罔行為として , 申込者が暴力団関係 ②宮崎県内のゴルフ場では「暴力団関係 者でないとの積極的な意思表示を伴うものと評 者の立入りプレーはお断りします」と書かれた 価でき , 各ゴルフ場の利便提供の許否判断の基 立看板等が設置されていても , 暴力団員である 礎となる重要な事項を偽るものであって , 詐欺 ことを理由に施設利用を拒絶するのは稀であ 罪にいう人を欺く行為に当たるとし , 2 項詐欺 る被告人には , 本件各ゴルフ場が暴力団員の 罪の成立を認めた。これに対し , 被告人が事実 施設利用を拒絶しているとの認識がない。しか 誤認を理由に控訴した。 るに , 故意を認めた原判決には事実誤認があ 原判決も , 要旨 , 暴力団排除の取組が社会的 に周知されていた上 , 「クラブハウス入口の前 る。 4 本判決は , 弁護人の上告趣意のうち , 判 記立看板により , 暴力団員の立ち入りを拒絶し 例違反をいう点は , 事案を異にする判例を引用 ていることからすれば , クラブハウス内に立ち するものであって , 本件に適切でなく , その余 入り , 受付において利用を申し込むことができ は , 憲法違反をいう点を含め , 実質は事実誤認 る者は , 暴力団員ではない者に限られる。そう の主張であって , 刑訴法 405 条の上告理由に当 すると , 被告人らが , 前記掲示等がなされたゴ たらないとしながら , 職権により次のとおり判 ルフ施設において , 暴力団員であるという属性 示し , 被告人らの各ゴルフ場での各施設利用申 を秘して利用申込みをする行為は , 自らがその 込み行為が挙動による欺罔行為に当たるとして ような属性を有しないものであることを示して 2 項詐欺罪の成立を認めた第 1 審判決及び原判 申込みをしたものであり , 挙動による欺罔行為 決を , 事実誤認 ( 刑訴 411 条 3 号 ) を理由に破 といえる」 , 「本件各ゴルフ施設において暴力団 棄した上 , 被告人に無罪を言い渡した。 員の立ち入りやプレーを禁ずることは , 本件各 ゴルフ施設の経営上重要な事項であり , 利用申 判旨 込者が暴力団員でないという属性は , 本件各ゴ 暴力団関係者の利用を拒絶しているゴルフ場 ルフ施設が利用者の申込みに応じて施設利用契 において , 暴力団関係者であるビジター利用客 約を締結するか否かの判断において重要な事項 が , 暴力団関係者であることを申告せずに , である」とし , 第 1 審判決の認定を是認し控訴 般の利用客と同様に , 氏名等を偽りなく記入し を棄却した。これに対し , 被告人が上告した。 た受付表等を提出して施設利用を申し込む行為 3 弁護人は , 上告趣意として , 要旨 , 次の は , ゴルフ場の従業員から暴力団関係者でない とおり主張した。 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 0 一三 87

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は , ディスクレバンシーは存在しないとして , X の請求を認容した。 Y は最高裁に上告受理申 立てをしたものの , 受理されず , 本判決は確定 0 判決確定後 , X は , 本判決において認め られた元本及び遅延損害金の全額について , Y から任意の支払を受けた。また , X は , 1 審及 び控訴審における印紙代につき訴訟費用確定の 裁判を東京地裁に申し立て , これが認められた 後 , この印紙代相当額についても Y から任意 の支払を受けた。 一般論として , 中国企業からの代金回収は , 日本の判決が中国国内で承認されないこともあ り , 容易ではない。しかし , 本件では , 元本の みならず , 遅延損害金及び訴訟費用 ( 印紙代 ) 相当額までも , 回収することができた。 なぜこのような理想的な形で代金回収が実現 できたかといえば , ① Y という日本に十分な 資産を有する銀行を被告として , ②日本の裁判 所で訴訟を提起することができたからである。 すなわち , 中国という「アウェイ」に行くこと なく , 「ホーム」である日本において訴訟及び 強制執行の「双方」が行える状況にあったから である。 以下においては , 判決の裁判管轄に関する 判断を解説した上で , 中国企業等の外国企業か ら , 本件のように日本の裁判所を通じて , 代金 ないし債権回収を実現する方策について検討す る。 圧判決の裁判管轄に関する判断 本件の信用状においては , 利用先が東京都千 代田区所在の邦銀本店と定められていたことか 13 ) 平成 23 年改正民訴法においても , 我が国の国際裁判 管轄が認められる場合の一つとして , 「契約において定めら れた当該債務の履行地が日本国内にあるとき」を定めており ( 民訴 3 条の 3 第 1 号 ) また , 特段の事情に関しても , 「事案 の性質 , 応訴による被告の負担の程度 , 証拠の所在地その他 の事情を考慮して , 日本の裁判所が審理及び裁判をすること が当事者間の衡平を害し , 又は適正かっ迅速な審理の実現を 連載 / 国際ビジネス紛争処理の法実務 ら , X は , Y に対する裁判管轄の根拠として , 義務履行地管轄を主張した。なお , 本訴訟は , 平成 23 年民訴法改正の施行日前に提起された ため , 国際裁判管轄に関する改正法は適用され ずに , 従来の判例の枠組み , すなわち , ①民訴 法 4 条以下の規定する裁判籍のいずれかが我が 国内にあるか否かと , ②我が国で裁判を行うこ とが当事者間の公平 , 裁判の適正・迅速を期す るという理念に反する特段の事情があると認め られるか否かに照らして , 日本の裁判所の管轄 権の有無が判断されることとなった。 判決は , X が主張する義務履行地管轄を 肯定した。その理由は , 1 審判決をそのまま引 用するもので , まず「本件信用状債務の義務履 行地は東京都であるということになる。そうす ると , 本件については , 東京地方裁判所に義務 履行地管轄が認められること ( 民訴法 5 条 1 号 ) から , 原則として我が国の裁判所が国際裁 判管轄を有する」と述べた上で , 上記特段の事 情について「 Y は中国においてもいわゆる五 大銀行の 1 っとして挙げられるほどの規模を有 する企業であって日本に支店も有しているこ と , 本件における主たる争点はディスクレの有 無であるところ , 基本的な事実関係については 当事者間に争いが無く , 中国における証拠の収 集や中国に居住している人物の証人尋問等の必 要性は乏しいと考えられること , 被告訴訟代理 人の所属する法律事務所は我が国で有数の大規 模な法律事務所で , 事務所には中国人スタッフ もいることから , 被告は日本国内においても十 分に攻撃防御の手段を尽くせることなどにかん がみ」特段の事情はないと述べ , 結論として , 日本の裁判所の管轄権を肯定した 13 ) 。 妨げることとなる特別の事情があると認めるときは , その訴 えの全部又は一部を却下することができる」と定めている ( 民訴 3 条の 9 ) 。 1 審判決が特段の事情として考慮した要素 は , 改正民訴法が例示している上記「事案の性質 , 応訴によ る被告の負担の程度 , 証拠の所在地」もしくはこれに関連す る事情でもあり , 1 審判決の判断枠組みは , 改正民訴法のも とにおける判断枠組みと , 大きくは異ならないと思われる。 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 71

10. ジュリスト 2016年6月号

易業務への転換を含む。均等法施行規則 2 条の 2 第 6 号 ) を理由として , 解雇その他の不利益取扱いをする ことを禁止している。 従来 , 産休・育休の取得等を機になされた配転・降 格等につき , 下級審裁判例は , 何らかの業務上の必要 性があり , 産休・育休等の取得を唯一のまたは決定的 な理由としてなされたものでない以上 , 均等法や育介 休法の不利益取扱禁止規定や公序には違反せず , 人事 権の濫用にも当たらないと判断してきた ( 本件第 1 審 , 控訴審 , コナミデジタルエンタティンメント事 件・東京地判平成 23 ・ 3 ・ 17 労判 1027 号 27 頁 , み なと医療生活協同組合 ( 協立総合病院 ) 事件・名古屋地 判平成 20 ・ 2 ・ 20 労判 966 号 65 頁など ) 。これに対 し , 平成 26 年判決は , 妊娠中の軽易業務転換を機に 行われた降格は原則として均等法 9 条 3 項に違反す るとした上 , 例外事由として , 労働者の自由意思に基 づく承諾 ( 例外① ) と業務上の必要性に基づく特段の 事情 ( 例外② ) を挙げた。右判決は , 均等法 9 条 3 項と使用者の人事権の関係について原則と例外を逆転 し , 例外事由の立証責任を使用者側に課したものであ り , 理論的にも実務的にも大きな意義を有する。 本件は平成 26 年判決の差戻審であり , 右判決の判 断枠組みの下で本件について前記の例外事由を認めう るか否かが主たる争点となった。広島高裁は , 右判決 の示した基準に照らして例外①②ともに否定し , 本 件措置 1 は均等法 9 条 3 項に反し違法無効であり , かっ不法行為または債務不履行として損害賠償責任を 生じさせるとして , X の請求をほば全面的に認容し Ⅱ . 自由意思に基づく承諾の有無 ( 判旨 I ) 1 平成 26 年判決は , 本人が「自由な意思に基づ いて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理 由が客観的に存在するとき」には , 右降格は均等法 9 条 3 項の禁止する取扱いに当たらないとし , 右承諾 の有無は ( ア ) 労働者が業務転換及び降格によって受け る利益と不利益の内容や程度 , ( イ ) 使用者の説明の内 容や経緯 , ( ウ ) 労働者の意向に照らして判断するもの としている。また , 右判決を受けて改正された均等法 の解釈通達 ( 平成 27 ・ 1 ・ 23 雇児発 0123 第 1 号によ る改正後の平成 18 ・ 10 ・ 11 雇児発第 1011002 号 ) は , 妊娠・出産等の事由を契機とする不利益取扱いに 0 労働判例研究 労働者が同意している場合に , 労働者が受ける利益が 当該取扱いによる不利益を上回り , 使用者から適切な 説明がなされる等 , 「一般的な労働者であれば当該取 扱いについて同意するような合理的な理由カ喀観的に 存在するとき」は均等法 9 条 3 項に違反しないと定 めている。 これらの判断基準によれば , 例外①が認められる ケースは相当に限定される ( 例えば , 業務の性質上 , 管理職を外れない限り労働者の希望する業務負担軽減 が困難である場合に , 使用者が復帰後の処遇等につい て十分な配慮と説明を行い , 本人が納得した上で承諾 を得て , 一時的に管理職を免ずる場合などが考えられ よう ) 。本件措置 1 につき明確な説明も復帰時の保証 もないまま X が渋々受け入れたという本件において は , 自由意思に基づく承諾を認める余地はなく , 判旨 I の結論は妥当である。 2 ただし , 判旨の判断枠組みには問題とすべき点 がないわけではない。 第 1 に , そもそも平成 26 年判決の判断枠組みに関 して , 強行法規に違反する取扱いは同意の有無にかか わらず違法無効なはすであり , 同意による例外を認め ることは理論的に妥当性を欠くとの批判がある ( 水町 勇一郎〔平成 26 年判決判批〕ジュリ 1477 号 103 頁 〔 106 頁〕。判例上は , 労基法 24 条 1 項に関して , 労 働者の自由意思に基づく賃金債権の放棄や合意相殺は 同項の定める全額払原則に違反しないとの法理が形成 されている〔シンガー・ソーイング・メシーン事件・ 最判昭和 48 ・ 1 ・ 19 民集 27 巻 1 号 27 頁 , 日新製鋼 事件・最判平成 2 ・ 11 ・ 26 民集 44 巻 8 号 1085 頁〕 が , 問題の局面が異なるとする ) 。他方 , 平成 26 年 判決は強行法規からの逸脱を認めたのではなく , 自由 意思に基づく同意を得てなされた降格はそもそも均等 法 9 条 3 項が禁止する取扱いに該当しないとしたも のと解釈することも可能であり , このような解釈によ れば , 右のような問題は生じない ( 市原義孝〔平成 26 年判決判解〕ジュリ 1488 号 94 頁〔 96 頁〕。なお , 長谷川珠子〔平成 26 年判決判批〕法教 413 号 35 頁 〔 40 頁〕は , 同意に基づく降格は「〔妊娠等を〕理由 として」の要件を欠くと解し , 富永晃一〔同〕季労 248 号 173 頁〔 179 頁以下〕は「不利益取扱い」の要 件を欠くと解する ) 。 均等法 9 条 3 項は , 男性と女性を同一に扱うこと を求める性差別禁止 ( 同法 6 条等 ) とは異なり , 妊 [ Jurist ] June 2016 / Number 1494 113