判例 最高裁 Comments on Supreme Court Decisions 本件の事実関係の概要は , 次のとおり である。 1 外資系日本法人である B 社は , 平成 12 年 11 月 30 日 , 英国領ケイマン諸島に所在する 外国法人 ( 以下「本件営業者」という ) との間 で , 本件営業者が営む航空機リース事業 ( 外国 の航空会社に航空機をリースする事業。以下 「本件リース事業」という ) に出資をする旨の 匿名組合契約 ( 以下「本件匿名組合契約」とい 民事 う ) を締結して匿名組合員の地位を取得し , そ の後さらに , 上記地位の一部を A ( 個人 ) に 1. 匿名組合契約に基づき匿名組合員が受ける 利益の分配と所得区分の判断 譲渡した ( この地位譲渡に係る契約は , A, B 2. 匿名組合契約に基づき航空機のリース事業 社及び本件営業者の 3 者間で締結され , A は , に出資をした匿名組合員が , 当該契約に基 B 社が本件営業者との間で本件匿名組合契約を づく損失の分配を不動産所得に係るものと 締結した平成 12 年 11 月 30 日に遡って , 匿名 して所得税の申告をしたことにつき , 国税 組合員の地位を取得した ) 。本件匿名組合契約 通則法 65 条 4 項にいう「正当な理由」があ るとされた事例 及び上記の地位譲渡契約に係る各契約書には , 本件リース事業は本件営業者がその単独の裁量 最高裁平成 27 年 6 月 12 日第二小法廷判決 に基づいて遂行するものであって , 匿名組合員 は本件リース事業の遂行及び運営に対していか 平成 24 年 ( 行ヒ ) 第 408 号 , 所得税更正処分取消等請求事件 なる形においても関与したり影響を及ほすこと / 民集 69 巻 4 号 1121 頁 / 第 1 審・東京地判平成 22 年 11 月 18 日 / 第 2 審・東京高判平成 24 年 7 月 19 日 ができないなどと記載されていた。 2 本件リース事業については , 平成 14 年 Shimizu Chieko 最高裁判所調査官清水知恵子 10 月から同 17 年 9 月までの各計算期間 ( 各年 の 10 月 1 日から翌年 9 月 30 日まで ) に本件営 事実 業者に損失が生じ , 各計算期間の末日におい 本件は , 匿名組合契約に基づき航空機 て , A の出資割合 ( 上記 1 の地位譲渡契約に リース事業に出資をした匿名組合員であ おける A の拠出額が本件匿名組合契約におけ る A が , 当該事業につき生じた損失のうち当 る B 社の出資額中に占める割合 ) に応じた金 該契約に基づく A への損失の分配として計上 額が A への損失の分配として計上された。 された金額を不動産所得 ( 所税 26 条 1 項 ) に A は , 上記のとおり計上された金額につき , 係る損失に該当するものとして所得税の確定申 これを所得税法 26 条 1 項に定める不動産所得 告 ( 3 年分 ) をしたところ , 所轄税務署長か に係る損失に該当するものとして他の所得の金 ら , 上記の計上金額は不動産所得に係る損失に 額から控除 ( 損益通算 ) して税額を算定した上 該当せず同法 69 条に定める損益通算の対象と で , 平成 15 年分から同 17 年分までの所得税の ならないとして , 各年分の所得税につき更正及 各確定申告をした ( 以下「本件各申告」とい び過少申告加算税の賦課決定を受けたため , A う ) 。所轄税務署長は , 後記 3 の通達改正の後 の訴訟承継人である X ら ( 控訴人・上告人。 である平成 19 年 2 月 22 日 , 上記の計上金額は A は控訴提起後に死亡した ) が , 国 ( 被告・ 不動産所得に係る損失に該当せず , 損益通算を 被控訴人・被上告人 ) を相手に , 上記の各更正 することはできないなどとして , 上記各年分の 及び各賦課決定の取消しを求めた事案である。 所得税につき更正及び過少申告加算税の賦課決 68 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 Ⅱ
SatO Hideaki ロ慶應義塾大学教授 佐藤英明 租税判例速報 平成 26 年 ( う ) 第 1193 号 , 各所得税法違反被告事件 , LEX/DB 25542459 ロ東京高判平成 28 年 2 月 26 日 事実 であると解すべき特段の事情があれば , 被告人 X に 被告人 X ら , X が設立した A 社 , および X らや関 帰属するということになる。」 ( 判旨 2 ) 係者が実質的に設立したり譲り受けたりした多数の会 解説 社名義で多くの不動産の賃貸・譲渡カ哘なわれ , 多額 の収益が生じていたところ , 検察官は , これらの不動 本判決の論理を , 破棄された第 1 審判決の論 産の賃貸・譲渡は X が個人事業として行なった不動 理と比較してみよう。第 1 審判決は , 所得税 産取引であったにもかかわらず , X らが , 繰越欠損 法 12 条につき , その意味する「『実質』も , 法によ 金を有する A 社等の法人が行なった取引であるかの る枠組みを離れた犯罪行為等による収益の場合を除い ように仮装して虚偽過少の申告書を提出し , 所得税を ては , 基本的に法的な意味での実質をいう」とし , 本 免れたとして X らを起訴した。第 1 審裁判所が X ら 件の不動産の譲渡収益や賃貸収益が「直接には本件各 を無罪としたので ( 東京地判平成 26 ・ 5 ・ 21 判タ 不動産の売買契約又は賃貸借契約に基づいて発生して 1412 号 296 頁 ) , 検察官が控訴した。 0 、ることカ : らすれば , これらの契約当事者である売主 又は貸主力 , 収益を享受する者といえる」とする。そ 判旨 のため , 本件各不動産の「購入契約の当事者 ( 買主 ) 破棄差戻し。 が被告人 X と認められるか否か」が問題だとしてい 「所有者が , 私法上の所有権を移転させたとは認め る。そして「被告人 X が本件不動産事業を主宰し」 られなくとも , 事業取引の主体に対し , 所有権者に通 ているとの検察官の主張に対しては , 「事業」か否か 常認められる権限 , すなわち , 資産の使用収益及び処 は「収益の帰属が個人であると認められた後に , 当該 分権限を付与した結果 , 私法上の所有者がその権限を 収益を発生させる各取引が事業所得を生み出す事業に 実質的に失い , これに伴う収益を享受しなくなったと なるか否かという具体的な所得区分の問題で用いられ 法的に評価できる場合もあるのであって , このような る概念であって , 帰属が確定する前に考慮すべきもの 場合 , 事業取引から生じる収益は , そのような権限を ではない」と応えている。 付与された事業取引の主体に帰属すると解することが このような判断枠組みの下で , 第 1 審裁判所は , X できる・・・・・・。結局 , 私法上の所有権の帰属は , 事業取 は本件各不動産の買主ではなく , したがって , その譲 引の主体を判断するに当たり , 取り分け , 譲渡又は賃 渡や賃貸による収益は X に帰属しないと判断したも 貸 ( 貸付け ) を伴う取引類型においては , 一定の推認 のである。 力を有する重要な間接事実ではあるものの , それのみ これに対して , 本判決は , 「被告人 X に収益 で事業所得の帰属を決定する事情とはいえない。」 ( 判 が帰属する事業活動 ( 不動産業 ) の存否を検討 旨 1 ) し , その具体的な範囲を定めることが , 事業所得の帰 「法人単位に区分して損益計算がなされず , 各関係 属の認定に影響する」として第 1 審判決を批判し , 会社 ( 及び被告人 X ) 等により構成される組織体又 「資産 ( 所有権 ) の帰属と収益 ( 所得 ) の帰属との関 は各関係会社名義の財産が結合された集団 ( 法人格の 係」について検討した結果 , 判旨 1 を判示している。 ない事業体 ) に損益計算が帰属する外観を呈している 所得区分と所得の帰属のどちらが先に決定されるべ 場合 , ①その事業体が租税法上の法人 ( 法人ではない きかは難問であり , 本判決も明確な判断基準ないし判 社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるもの ) 断枠組みを提示しているわけではない。しかし , 一般 に該当するときは , 納税義務者は当該事業体であり , に , 譲渡所得や不動産所得のような資産から生じる所 ②それに該当しないときは , 納税義務者は当該事業体 得はその基礎となる資産の真実の所有者に帰属すると の各構成員となる。これとは別に , ③その事業体の活 される一方 , 事業から生じる所得はその事業主に帰属 動が各関係会社の名義を用いた被告人 X の事業活動 するとされ , 所得区分によって所得の帰属を決定する Ⅱ [ Jurist ] August 2016 / Number 1496
ロ東京大学教授 Mizumachi Yuichiro 水町勇一郎 労働判例速報 ロ東京高判平成 28 年 5 月 1 9 日 事実 x ( 原告・控訴人 ) は , 学校法人である Y ( 被告 被控訴人 ) に雇用され , Y が運営する A 大学で事務 職員として勤務している。 X は , 上司である B , C か らパワー・ハラスメントおよびセクシャル・ハラスメ ントを受けたとして , A 大学のハラスメント防止委 員会 ( 以下「防止委員会」 ) に , B, C および Y を被 申立人として , ハラスメントの調査・認定の申立てを 行った。 これを受け , 防止委員会は , X, B, C および Y の 大学事務長に対して事情聴取を行い , ① X と B, C 間のトラブルはコミュニケーション不足にあり , ハラ スメントか否かの認定判断をすることは不適切である こと , ② x の不満は人事に対する不満にあり , 同委 員会で対処するべき事由ではないと考えられることか ら , 調査手続には進まないこととし , X にその旨を 通知した。 x はこれに異議を申し立て , 防止委員会に 対し , 第三者からの事情聴取等を含めたさらなる審理 を求めた。同委員会の委員等は , X と面談して審議 の結果について説明を行い , X と C の面談の場を設 定したが , X がさらに調査・認定を求めたため , 同 委員会委員長は X に対し上記通知内容を最終的な結 論とすることを伝えた。 x は , 上記申立てと実質的に同内容の申立てを再 度行った。防止委員会は , 例外的な措置として調査委 員会を設置し , 同委員会の報告書に基づいた審議の結 果 , x の申立ての案件についてハラスメント認定を 行うことは困難であるとの結果に達し , X にその旨 を通知した。 x は , ①防止委員会がハラスメント防止規程に 則って調査委員会を設置しないなど適切な措置をとら なかったこと , ②〔 X が匿名の第三者から提供され たと主張する防止委員会の議論を録音した録音体によ ると〕同委員会の委員が , X の家庭環境に問題があ る , x は女性に対して偏見がある等の発言をしたこ とにより , x は侮辱され名誉を毀損されたなどとし て , Y の安全配慮義務違反 ( ②については併せて不 法行為の使用者責任 ) を主張し , Y に対し慰謝料 200 万円等の支払を求める訴えを提起した。原審 ( 横浜地 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 4 平成 28 年 ( ネ ) 第 399 号 , a 対学校法人関東学院 , 損害賠償請求 控訴事件 , LEX / DB25542758 判平成 27 ・ 12 ・ 15 LEX / DB25542757 ) は , X の請 求はいずれも理由がないとして請求を棄却した。 X は これを不服として控訴した。 判旨 控訴棄却。 1 使用者は , 労働者が労務を提供する過程 において , 職場内のハラスメント行為によって 労働者の心身の健康が損なわれないように配慮すべき 義務を負っている。 Y は , ハラスメント防止の目的 で , 防止規程等を定め , 委員会を設置しているとこ ろ , Y が防止規程等に基づいて対応することは , Y が負う安全配慮義務を履行することになるものであ る。 2 防止委員会は , 事案の内容・性質を踏まえ , 調 査委員会を設置しない運用をすることがあった。同委 員会が , 本件において , X の申立ての趣旨・真意が 人事評価の問題であると判断し , ハラスメント行為の 認定が困難で , かえって当事者間の対立を深めること となり不適切であると判断したことには , やむを得な い面がある。また , Y が防止規程等に基づき作成し たガイドラインには , 「〔調査委員会の調査の〕手続 は , 原則として申立人などから防止委員会に申立てが なされ , 申立てが適切であることを確認した場合に開 始します」との規定がある。以上の点などからする と , Y が本件において調査委員会を設置しなかった ことは , Y の防止規程等に違反し Y の安全配慮義務 違反にあたるとする X の主張には , 理由がない。 1 非公開とされる防止委員会の審議は , 何 Ⅱ 者かによって無断で録音されたものであり , 違 法に収集された証拠といえる。「民事訴訟法は , 自由 心証主義を採用し ( 247 条 ) , 一般的に証拠能力を制 限する規定を設けていないことからすれば , 違法収集 証拠であっても , それだけで直ちに証拠能力が否定さ れることはない〔 が〕 , いかなる違法収集証拠も その証拠能力を否定されることはないとすると , 私人 による違法行為を助長し , 法秩序の維持を目的とする 裁判制度の趣旨に悖る結果ともなりかねないのであ り , 民事訴訟における公正性の要請 , 当事者の信義誠
Yanaga Masao ロ筑波大学教授 弥永真生 会社法判例速報 ロ東京地判平成 27 年 9 月 7 日 平成 26 年 ( ワ ) 第 26378 号 , 株式会社 CDM コンサルティング対 FBC 株式会社 , 株主総会決議無効確認等請求事件 , 判時 2286 号 122 頁 事実 「会社法 109 条 2 項は , 公開会社でない株式 会社は , 残余財産の分配を受ける権利 ( 105 条 Y ( 被告 ) の株主である X ( 原告 ) と Z ( 被告補助 1 項 2 号 ) に関する事項について , 株主ごとに異なる取 参加人 ) は , 平成 25 年 1 月 8 日 , 基本合意 ( 本件基 扱いを行う旨を定款で定めることができる旨規定する 本合意 ) を締結し「 X 及び X 社長 A は , 除染に関 し , それぞれが所有する知的財産権 ( ノウハウ , 営業 が , その趣旨は , いわゆる閉鎖会社においては , 株主の 異動力泛しく , 株主相互の関係が緊密であることが通 秘密等を含む。 ) の全てについて , 速やかに , Y に独 占的な専用実施権 ( 期間 3 年 ) を賦与する」と ( 第 3 常であることから , 株主に着目して異なる取扱いを認 めるニーズがあるとともに , これを認めることにより 項 ) , 「 Y の解散時における残余財産については , 現 預金その他の金融資産全てを Z が , 金融資産以外の 特段の不都合が生じることはないと考えられるためで 全ての財産を X がそれぞれ配分を受けるものとす あると解される。・・・・・・そうすると , 残余財産の分配に関 る。」と ( 第 6 項 ) , それぞれ定めていた。 する属人的な定めについて , 定款変更という形式がと その後 , Y は , 同年 11 月 20 日開催の株主総会に られなくても , 全株主が同意している場合などには , おいて , X が本件基本合意に基づく特許権の専用実 定款変更のための特殊決議があったものと同視するこ 施権を付与しなかったことから , Y の事業遂行が不 とができるし , 他に権利を害される株主がいないので 可能になったとして , Y を解散する旨の決議をした。 あるから , 会社法 109 条 2 項の趣旨に反するところ はなく , 有効であると解すべきである。 ( なお , このよう そして , Y は , 平成 26 年 6 月 30 日 , 同日時点の残 余財産である 7994 万 227 円のうち , X が支払請求を に解さないで , 前記の属人的な定めについて , 全株主が していた額の一部である 217 万 2687 円を留保した上 同意しているのに , 定款変更という形式がとられなかっ で , その余を , B (X から平成 25 年 2 月 26 日に Y たことのみをもって , その効力が否定されると解する の株式を譲り受けた ) 及び Z に対して残余財産とし ことは , 禁反言の見地から相当でないと思われる。 ) 」 て分配した。他方 , X は , Y に対し , 同年 7 月 4 日 「会社法 502 条は , 株主の残余財産分配請求 Ⅱ 到達の内容証明郵便により , X が Y に対して少なく 権が会社債権者に劣後するという本質的なこと とも 229 万 7220 円の債権を有している旨主張すると を明らかにする規定であり , 同条ただし書は , 迅速な ともに , X の保有する株式数に応じた残余財産の分 清算手続のために , 相当財産を留保することによって 配をするよう請求した。ところが , Y は , 同年 7 月 債権者が株主に優先することを確保した場合に限っ 10 日 , 留保していた財産も , B 及び Z に対して残余 て , 債務弁済前でも残余財産の分配を認めたものと解 される。すなわち , 同条ただし書は , 債権者の主張す 財産として分配し , 同日開催の臨時株主総会におい る債権の存否又は額について争いがあるにもかかわら て , 清算事務が終了したとして , 決算報告を承認する 旨の決議 ( 本件決議 ) をした。 ず , 清算会社においてこれがないものとして残余財産 そこで , X が , 本件決議が無効であることの確認 を分配した後に , 上記債権の存在及び額が確定した場 を求めるとともに , 残余財産の分配及び遅延損害金の 合には , 債権者の優先性が害されることとなるが , そ 支払を求めて訴えを提起したのが本件である。 のような事態を避ける趣旨であると解される。そうす なお , 平成 25 年 11 月 20 日時点の Y の株主は , X ると , 清算会社は , 清算会社に対する債権の存在を主 ( 1 万 8 開 0 株 ) , z ( 4 万株 ) , B ( 2000 株 ) であった。 張する者がいる場合には , 債権者が債権の存在及び額 についての根拠を全く示さないなどといった特段の事 判旨 情がない限り , その存否及び額が確定するまでは , 相 一部認容 , 一部棄却 ( 東京高判平成 28 ・ 2 ・ 10 金判 当財産を留保しない限り , 株主に対する残余財産の分 1492 号 55 頁により控訴棄却 ) 。 配を行ってはならず , その存否及び額を確定すること に努めるべきものと考えられる。」 2 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496
趣旨等から , 当該組織体が自ら法律行為の当事者とな ることができ , かっ , その法律効果が当該組織体に帰 属すると認められるか否かという点を検討する」 ( 第 2 基準 ) と判示し , 権利義務帰属主体性の有無を設立 根拠法令の規定の内容や趣旨等から判断するとした。 この第 2 基準は , 上記内国私法準拠説に立つものと 考えられる。さらに本判決は , 権利義務帰属主体性の 具体的要件として , ①当該組織体が自ら法律行為の当 事者となること , ②その法律効果が当該組織体に帰属 すると認められることの 2 点をあげており , この両 方を満たした場合に , 当該組織体に権利義務帰属主体 性があると認められると判示した。 2. 事実関係の当てはめ 本件 1 審判決では法人該当性の判断基準について , 設立根拠法令の文言を検討し , 「さらに , より実質的 な観点から」損益帰属主体性を検証すべきとしていた ( 東京高裁判決でも , 「併せて検討すべき」と判示され ている。藤谷武史・ジュリ 1470 号 105 頁 ) 。これに 対して本判決は , 第 1 基準と第 2 基準の関係性につ いて , 第 1 基準を適用することにより事業体の法的 地位が明白であるかを検討し「これができない場合 には , 次に」第 2 基準によって検討すると判示して いることから , 第 1 基準で事業体の法的地位が明白 になった場合には , 第 2 基準を適用しないことが想 定されている。 そこでまず第 1 基準の当てはめをみると , 設立根 拠法令の規定の文言として , 州 LPS 法 201 条 ( b ) 項 「 separate legal entity 」に着目し , 「州 LPS 法におい て同法に基づいて設立されるリミテッド・パートナー シップが「 separate legal entityJ となるものと定め られていることをもって , 本件各 LPS に日本法上の 法人に相当する法的地位が付与されているか否かを疑 義のない程度に明白であるとすることは困難であ」る と判断している。これは , 日本法上の法人に相当する 法的地位が付与されていることが明らかな場合とし て , デラウェア州一般会社法上の株式会社 (cor- poration) についての規定にある「 a b0dY corporate 」 ( 同法 106 条 ) と比較した結果 , 設立根 拠法令からの法的地位の判断が困難と結論付けたもの である。 次に第 2 基準については , 州 LPS 法の規定内容に おいて , LPS にその名義で法律行為をする権利を付 与し , その法律効果が LPS に帰属することを前提と 租税判例研究 していること ( 州 LPS 法 106 条 ( a ) ( b ) 項 ) , さらに , 同規定とパートナーシップ持分と LPS 財産について の規定 ( 同法 701 条 ) との整合性から , 第 2 基準の 上記 2 要件を満たしているとして , 本件各 LPS の権 利義務帰属主体性を認めている。 なお , 本判決では「外国法に基づいて設立された組 織体」として , 「事業体」ではなく「組織体」という 文言が用いられている。原判決および上告受理申立書 において「事業体」と表記されているにもかかわら ず , あえて「組織体」を用いた理由としては , 本判決 が明らかにした判断方法の適用対象の前提として , 外 国法に基づいて組織されたという点を強調し , 権利能 力なき社団を含まないことを意識したのではないだろ うか ( なお , 最高裁による本判決英訳では「組織体」 が「 entity 」と翻訳されている ) 。 Ⅱ . 租税法上の法人概念と 借用概念論 本件各 LPS に係る租税法上の法人概念については , 判断枠組みの出発点に借用概念論を用いた大阪地裁判 決に比して , 東京地裁判決や本件 1 審判決では補完 的な言及にとどまってはいたが , いずれも統一説の立 場を明言していた。これに対して本判決では , 借用概 念について正面からふれずに , 「国際的な法制の調和 の要請等」から第 1 基準を , 我が国の法人の属性で ある「権利義務の帰属主体」性から第 2 基準を導き 出している。 そこで , 第 2 基準を導き出した「前者の観点」を みると , まず所得の帰属の判断について租税法上の法 人に該当するかを問題として , そこから「納税義務者 としての適格性」へと論理を進めている。このように 本判決が , 租税法上の法人該当性から私法上の法人で はなく , 納税義務者の適格性へと進めた理由として は , 私法上の法人概念が必ずしも明白ではないこと や , 私法上の法人と法人税法上の納税義務者が完全に は一致しないことが考えられる ( 水野忠恒「租税法に おける組合と法人との区別をめぐる基準ーーアメリカ 合衆国デラウェア州法のもとに設立された LPS の損 益の帰属の可否」国際税務 36 巻 5 号 124 頁 ) 。これ らを踏まえて , 本判決は租税法上の法人該当性を第 2 基準の始点としつつも , あくまで「組織体が法人とし て納税義務者に該当するか否か」を軸として論理を展 開させたのではないだろうか。そうすると , [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 113
を十分に行わないまま両者が整合しないと結論 付けたものであって , 経験則に照らし不合理な 判断といわざるを得ないとし , 2 点目の「被告 人以外の指示者の存在可能性」についても , 第 1 審判決は抽象的な可能性のみをもって A 供 述の信用性を否定したものであって , この点の 判断も経験則に照らし不合理な判断といわざる を得ないとして , これらと同旨の説示をして第 1 審判決を破棄した控訴審判決には刑訴法 382 条の解釈適用の誤りはないと判示し , 被告人の 上告を棄却した。 解説 本決定も引用する平成 24 年判例は , 刑訴法 382 条の事実誤認の意義につい て , 「第 1 審判決の事実認定が論理則 , 経験則 等に照らして不合理であることをいう」とし , 控訴審が第 1 審判決に事実誤認があるとする場 合には , その根拠として「第 1 審判決の事実認 定が論理則 , 経験則等に照らして不合理である こと」を具体的に示すことを要求した。この平 成 24 年判例が示された後 , 最高裁は , 裁判員 裁判による第 1 審の無罪判決を事実誤認を理由 に破棄した 2 件の控訴審判決について , 第 1 審 判決の事実認定が経験則に照らして不合理であ ることを具体的に指摘できており刑訴法 382 条 違反はないとの判断を示していた ( 最三小決平 成 25 ・ 4 ・ 16 刑集 67 巻 4 号 549 頁 , 最ー小決 平成 25 ・ 10 ・ 21 刑集 67 巻 7 号 755 頁〔本号 81 頁参照〕 ) が , これら 2 件は , 密輸入の故意 等を認定できるときに事前共謀をも推認できる かとか , 密輸組織が関与しているという事実か ら運搬荷物の委託等があったと推認できるかと いった , ある程度一般化し得る形での経験則等 の適用の当否が問題とされた事案についての判 断であったのに対し , 本決定は , 共犯者供述の 信用性といった証拠の信用性評価が正面から問 題とされた事案についての判断である点が特徴 的である。 証拠の信用性評価に関する第 1 審の判 Ⅱ 断についても , それが論理則 , 経験則等 最高裁時の判例 に照らして不合理といえるかどうかという観点 から控訴審が審査すべきことは , 平成 24 年判 例の中で「控訴審は , 第 1 審と同じ立場で事件 そのものを審理するのではなく , 当事者の訴訟 活動を基礎として形成された第 1 審判決を対象 とし , これに事後的な審査を加えるべきもので ある。第 1 審において , 直接主義・ロ頭主義の 原則が採られ , 争点に関する証人を直接調べ , その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が 判断され , それらを総合して事実認定が行われ ることが予定されていることに鑑みると , 控訴 審における事実誤認の審査は , 第 1 審判決が 行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論 理則 , 経験則等に照らして不合理といえるかと いう観点から行うべきものであ」る ( 傍点筆 者 ) と明確に説示されていた。もっとも , 証拠 の信用性評価が「論理則 , 経験則等に照らして 不合理」といえる場合としてどのような場合が 念頭に置かれているかまでは明らかでなく , 実 務家の論稿等においては , 供述の信用性判断は 基本的には第 1 審の判断を尊重すべきものであ るから , 第 1 審判決における公判供述の信用性 の判断に論理則 , 経験則違反等があるといえる 場合とは , 客観証拠や重要な事実関係の見落と し・矛盾 ( 齟齬 ) がある場合や , それと同程度 にその判断内容が明らかに不合理である場合な どに限られるなどといった見方が示されていた ( 田中康郎ほか「裁判員の加わった第一審の判 決に対する控訴審の在り方」司法研究報告書 61 輯 2 号 92 頁〔 107 頁〕。東京高等裁判所刑事 部部総括裁判官研究会「控訴審における裁判員 裁判の審査の在り方」判タ 1296 号 5 頁〔 8 頁〕 , 東京高等裁判所刑事部陪席裁判官研究会 〔つばさ会〕「裁判員制度の下における控訴審の 在り方について」判タ 1288 号 5 頁〔 8 頁〕な ど ) 。 本決定は , 控訴審判決が , 第 1 審判決 Ⅲ に関し , ①通話記録が A 供述の信用性 を裏付けるものではないとした点 ( 通話記録と の整合性 ) と , ② A に指示を与えていた被告 人以外の第三者の存在が証拠上は抽象的可能性 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 85
ないことは , むしろこうした情報の利用が当然 に認められることを前提としているのではない かと考えられる。 もっとも , 外国の税務行政機関 ( 場合によっ ては , それ以外の組織 ) が取得した情報が無制 限にその証拠能力を認められるわけではない。 この点を考えるにあたっても刑事訴訟の分野で の判例が参考になる。最判平成 23 年 10 月 20 日刑集 65 巻 7 号 999 頁は , 国際捜査共助に基 づいて中国で身柄を拘東されていた共犯者を同 国の捜査官が取り調べ , その供述を録取した供 述調書の証拠能力ないし証拠の許容性が争われ た事案 27 ) に関して , 本件の具体的事実関係に おいて実質的な手続保障があったこと ( 日本の 捜査機関からの取調べの方法等に関する要請 , 黙秘権の実質的な告知 , 及び , 取調べの間に肉 体的 , 精神的強制が加えられた形跡なし ) を認 定して , 上記供述調書を証拠とした原判断を是 認した。これに対して , ロッキード事件丸紅 ルートに関する最判平成 7 年 2 月 22 日刑集 49 巻 2 号 1 頁は , アメリカで刑事免責を付与して 得られた供述の証拠能力を否定した。この判決 の論理にはよくわからないところがあるが 28 ) , 少なくとも最高裁が一定の場合に外国の捜査機 関を通じて得られた証拠の証拠能力を否定する ことがあるという立場を明らかにしたことは確 かである。 なお , ロッキード事件児玉ルート税務訴訟で も嘱託証人尋問調書の証拠能力が問題とされた 27 ) 当時の中国刑事訴訟法 ( 1996 年法 ) においては黙秘 権が認められていないと解されていた。三浦透・最判解刑事 篇平成 23 年度 176 頁 , 183 頁 ~ 1 頁参照。 28 ) この点を指摘し , 本判決の意義を論じるものとして , 井上正仁「刑事免責と嘱託証人尋問調書の証拠能力 ( I) ・ ②」ジュリ 1069 号 13 頁 , 1072 号 140 頁 ( 1995 年 ) , 後藤 昭「刑事免責による証言強制ーーロッキード事件」刑事訴訟 法判例百選〔第 7 版〕 148 頁 ( 1 的 8 年 ) , 川出敏裕「国際司 法共助によって獲得された証拠の許容性」研修 618 号 3 頁 ( 1999 年 ) 。 29 ) 第 1 審 : 東京地判平成 2 年 10 月 5 日判時 1364 号 3 頁。控訴審 : 東京高判平成 5 年 10 月 27 日判時 1478 号 24 頁。上告審 : 最判平成 7 年 6 月 29 日判時 1539 号 61 頁。第 1 審判決は次のように述べていた。「民事訴訟法上 , 原則と 特集 / 国際的租税回避への法的対応 が , 第 1 審 , 控訴審ともその証拠能力を肯定 し , 最高裁も , 原審の判断を正当として是認し た 29 ) 。 以上のような最高裁判決を前提とすると , 外 国の税務行政機関が取得した情報は原則として 証拠能力を有することを前提に , 私人が不適切 な方法で取得した情報と同様に , 例外的に証拠 能力が否定される余地が存在する , と考えるべ きではないかと思われる。 4. バナマ文書に基づく脱税犯の訴追は可能か 最後に , 私人が不適切な方法で取得した情 報 , または , 外国の税務行政機関が不適切な方 法で取得した情報を基に脱税犯の訴追を行うこ とができるか検討してみたい。しかし , この点 についてはむしろ , これまで参照してきた刑事 訴訟法における議論がストレートに適用される ことになる。そこで , こでは , タックス・ヘ イプンの銀行口座への資産隠しに関わるアメリ カ合衆国最高裁判所の判例を紹介する。 United States v. Payner, 447 U. S. 727 ( 1980 ) では , 脱税事案における , 第三者に対 する不適切な方法での捜査によって得られた証 拠について , 裁判所が ( 第 4 修正に基づくので はなく ) その職権 (supervisory power) に基 づいて証拠排除することの是非が争われた 30 ) 。 アメリカ内国歳入庁は 1960 年代以来 , アメ リカ国民がタックス・ヘイプンのバハマに資産 を隠していることを問題視し , 調査を行ってい して , 総ての文書は書証として証拠能力を有し証拠調べの対 象となり得るものであって , 我が国裁判官の嘱託により外国 においてされた証人尋問の調書であるという理由だけではそ の例外とならないものというべきである。」「嘱託に基づく証 人尋問の手続において , 立会いや反対尋問が認められていな かったこと・・・・・は , 当該証人尋問調書の実質的証拠力に影響 を及ほし得る事情であって , 書証の申出自体を不適法とする 事柄ではないというほかない。」 30 ) Rakas v. lllinois, 439 U. S. 128 ( 1978 ) が「証拠排除 を主張する適格」の法理として明らかにしたように , 第 4 修 正に基づく証拠排除は , 違法な捜索・差押えが被告人自身の 憲法上の権利 ( プライバシーの正当な期待 ) を侵害している 場合にはじめて認められる。 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 29
、。ー。新有斐閣 〒 101 ー 851 東京都千代田区神田神保町 2 ー 17 Tel : 03 ー 3265 ー 6811 / Fax : 03 ー 3262 ー 8035 ( 営業部 ) ※表示価格は税別です。 http://www.yuhikaku.co.jp/ ・出版案内・ 法学教室ライブラリィ きたむらかずおふかさわりゅういちろう いいじまじゅんこ 北村和生・深澤龍一郎・飯島淳子・磯部哲著 立命館大学教授・九州大学教授・東北大学教授・慶應義塾大学教授 A 5 判並製カハー付 事例から行政法を考える・ 458 頁 3 , 400 円 + 税 978 ー 4 ー 641 ー 1 3187 ー 3 法学教室の好評連載を単行本化。具体的な事例問題 20 問とそれを解くための豊富な資料を 掲載。さらに , 各事例で問われている論点 ( 「 CHECK PO 爪 T 」 ) , 「関連問題」とその 「 COMMENT 」を新たに収録し , より使いやすいものになっている。 【第 1 部標準編】 めぐる紛争 主 事例①地下水保護条例をめぐる紛争 事例⑩ごみ処理広域化をめぐる利益調整のあり方 事例②公の施設の利用許可をめぐる紛争 事例⑩と畜場法に基づく検査をめぐる紛争 目 事例③地方公務員の懲戒処分に対する司法審査 事例⑩宅地造成等規制法による規制権限をめぐる紛争 次 事例④老人福祉施設の民間化をめぐる利益調整のあ 事例⑩親水公園の管理をめぐる紛争 事例⑩課税処分をめぐる利益調整のあり方 り方 事例⑤社会保障給付決定とその返還をめぐる紛争 事例⑩予防接種健康被害の救済と個人情報 事例⑥廃棄物法 7 条 1 項および浄化槽法 35 条 1 項に 事例⑩法に基づく提出文書と情報公開 基づく営業許可をめぐる紛争 事例⑦都市計画法 53 条 1 項に基づく建築許可をめぐ 事例⑩道路運送法上の公示をめぐる紛争 る紛争 事例⑩農地の強制竸売と転用をめぐる紛争 事例⑧墓地経営許可をめぐる利益調整のあり方 事例⑩入管法に基づく退去強制をめぐる紛争 事例⑨障害者総合支援法に基づく勧告および処分を 事例⑩まちづくり事業をめぐる利益調整のあり方 新基本民法シリーズ第 4 弾 ! おおむらあっし 大村敦志著 東京大学教授 新基本民法 5 契約編 . A5 判並製カノヾー 260 頁 1 , 900 円 + 税 各種契約の法 978 ー 4 ー 641 ー 13742 ー 4 中心に契約法制のかたちを概観する 2 色刷りで重要ポイントが一目でわかるほか , 章ごと にまとめのページを置き , 知識の確認と定着を図っている。債権法改正案にも対応。 第 1 節賃貸借 (UNIT 6 / 7 ) はじめに 総論各種の契約 (UNIT I) 第 2 節消費貸借等 (UNIT 8 ) 目序章契約の成立 (UNIT 2 ) 第 3 節雇用・請負・委任等 (UNIT 9 ) 次第 1 章財貨移転型の契約 : 売買 第 3 章組織型の契約 : 組合など (UNIT 10 ) 第 1 節売買の効力 (UNIT 3 / 4 ) 第 4 章好意型の契約 : 贈与・使用貸借など 第 2 節売買の解除 (UNIT 5 ) (UNIT 11) 第 3 節売買類似の契約 (UNIT5) 第 5 章その他の契約 (UNIT 12 ) 第 2 章財貨非移転型の契約 補論類型思考と法 (UNIT 13 ) ■シリーズ既刊 * 好評発売中・ 新基本民法 2 物権編 - 財産の帰属と変動の法 222 頁・ 1 , 7 開円 + 税 ( 978 ー 4 ー 641 ヨ 3723 ー 3 ) 新基本民法 6 不法行為編ー法定債権の法 224 頁・ 1 , 7 開円 + 税 ( 978 ー 4 ー 641 ー 13721-9 ) 新基本民法 7 家族編ー女性と子どもの法 226 頁・ 1 , 700 円 + 税 ( 978 ー 4--641 ー 13694 ー 6 ) ( 発売中 ) いそべてつ 【第 2 部応用編】 ( 発売中 ) 『基本民法Ⅱ債権各論』から契約編を抜き出しリニューアル。契約各則から出発し , 売買を 0 = =
最高裁時の判例 保証協会の双方に主債務者が反社会的勢力であ 責の成否についての考え方を示したものとし て , 実務上参考になると思われるので , 紹介す るか否かを調査すべき義務があることを明らか にした ( なお , 当事者の一方が , 保証契約の締 る次第である。 結や融資の実行前に , 主債務者が反社会的勢力 であることを把握していた場合には , これを他 方当事者に知らせて , 保証契約の締結や融資の 実行をしないようにすべき義務があることは言 を俟たないであろう ) 。もっとも , 信用保証制 度を利用して融資を受けようとする者が反社会 的勢力であるか否かを調査する有効な方法は , 実際上限られている。このため , 本判決は , 調 査の程度について , 調査の時点において一般的 に行われている調査方法等に鑑みて相当と認め られるものであればよいとして , 高度の調査義 務は課していない ( なお , 本件の差戻し後の控 訴審〔東京高判平成 28 ・ 4 ・ 14 金判 1491 号 8 頁〕は , X 銀行が行った調査について , 政府 関係機関による指針等の内容に照らして , その 時点において一般的に行われている調査方法等 に鑑みて相当と認められるから , X 銀行に調 査義務違反は認められないとして , Y の保証 免責の抗弁を排斥しているが , 調査義務違反の 有無の具体的な判断の在り方を示す事例として 参考になると思われる ) 。 2 そして , 本判決は , 金融機関に前記の意 味での調査義務違反が認められ , その結果 , 保 証契約が締結されたといえる場合には , 本件免 責条項にいう「保証契約に違反したとき」に該 当し , 信用保証協会が , 同条項により保証契約 に基づく保証債務の履行の責めを免れるとの判 断を示した。ただし , 免責の範囲を決めるに当 たっては , 信用保証協会の調査状況等も勘案す るとして , 一部免責の可能性もあり得ることを 示唆した。これは , 比喩的にいえば , 過失相殺 的な処理も可能であることを示唆したものと考 えられる。 本件は , 事後的に主債務者が反社会的 Ⅳ 勢力であることが判明した場合に関し , 高裁での判断が分かれていた金融機関と信用保 証協会との間の保証契約の錯誤無効の成否につ いての事例判断を示すとともに , 新たに保証免 一三 75 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496
ArticIe Special Feature 特集国際的租税回避への法的対応 東京大学教授 タックス・シェルターから タックス・コンプライアンスへ 中里実 Nakazato Minoru 会社法と租税法の融合の必要性 はじめに OECD における BEPS プロジェクトの進行 と , パナマ文書の内容の公表を機会に , 現在 , 国際的な課税逃れに対する関心が急速に増して いる。これを受けて , 国際的課税逃れへの対応 策に関して , 総論としての本稿と , 国際的な情 報収集・実態解明関係 3 本 , 租税回避否認関係 3 本の論文からなる本特集を企画した。本稿に おいては , 国際的課税逃れ対応策の背後に存在 するタックス・コンプライアンスという考え方 について , 会社法との関係において述べる。 なお , パナマ文書については様々な報道がな されているが , インターネットでリークされた 情報それ自体の信頼性の問題 , 証拠力の問題 , プライバシーの問題等も関連してくるので , こではそれ自体について述べることはせず , 本 特集の他の論文に委ねたい。 I. タックスへイブンの利用目的 タックスへイプンの利用目的は , おおまかに いって , ①規制への対応 , ②課税逃れ , ③資産 隠し , ④取引隠しの 4 つであると考えられる。 このうち , ①は , 便宜置籍船等の実物経済活 動に関連する場合もあるが , 通常は , 金融関係 の業法規制に対応するためであることが少なく [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 ない。例えば , 日本法人が外国法人を保有する 14 場合 , 投資撤退に関する規制の厳しい外国から の投資撤退を容易にするために , タックスへイ プンの法人等を通じて株式保有をすること等は 幅広く行われているが , この類型に該当する。 また , ②についてであるが , ーロに課税逃れ といっても様々な形態が存在する。この問題と の関連で最も重要なことは , その具体的な手 法 1) を明らかにすることであるが , タックスへ イプン諸地域との租税条約における情報交換等 を通じて , 日本の納税者の情報は , 昔と比べる とかなり明らかにされている。 さらに , ③は , 収賄等の犯罪行為等により手 にした金銭等を隠すことであり , 問題が問題で あるだけに , 実態は闇に包まれている場合が少 なくないと考えられる。また , ④は , 犯罪行為 等に関連する取引を隠ぺいするために送金等を 隠すものであり , ③と同様のことがいえる。 重要なのが , 企業が当事者である場合 , ①と ②と③と④のいずれについても , 会社法との関 係で深刻な問題を生じうるという点である。し かし , 一般的にいって , 会社法の専門家のこの 問題に関する関心は低いのが実情である。 Ⅱ . 日本における議論の停滞と再開 日本における国際的課税逃れに関する議論 は , タックスへイプン対策税制や移転価格対策 税制等の法制度の解説がもつばらで , 課税逃れ