1 「本件手当に関しては , 受給資格者が認定 の請求をした日の属する月の翌月から支給を開 始し , 災害その他やむを得ない理由により認定の請求 をすることができなかったときでない限り , 請求をす る前に遡って支給することはしないといういわゆる認 定請求主義ないし非遡及主義が採用されている。この ように受給資格者の請求を前提とする社会保障制度の 下においては , 受給資格がありながら制度の存在や内 容を知らなかったために受給の機会を失う者が出るよ うな事態を防止し , 制度の趣旨が実効性を保つことが できるよう , 制度に関与する国又は地方公共団体の機 関は , 当該制度の周知徹底を図り , 窓口における適切 な教示等を行う責務を負っているものというべきであ る。もっとも , 制度の周知徹底や教示等の責務が法律 上明文で規定されている場合は別として , 具体的にい かなる場合にどのような方法で周知徹底や教示等を行 うかは , 原則として , 制度に関与する国その他の機関 や窓口における担当者の広範な裁量に委ねられている ものということができるから , 制度の周知徹底や教示 等に不十分な点があったとしても , そのことをもって 直ちに , 法的義務に違反したものとして国家賠償法上 違法となるわけではないというべきである。」 2 「ただし , 社会保障制度が複雑多岐にわたって おり , 一般市民にとってその内容を的確に理解するこ とには困難が伴うものと認められること , 社会保障制 度に関わる国その他の機関の窓口は , 一般市民と最も 密接な関わり合いを有し , 来訪者から同制度に関する 相談や質問を受けることの多い部署であり , また , 来 訪者の側でも , 具体的な社会保障制度の有無や内容等 を把握するに当たり上記窓口における説明や回答を大 きな拠り所とすることが多いものと考えられることに 照らすと , 窓口の担当者においては , 条理に基づき , 来訪者が制度を具体的に特定してその受給の可否等に ついて相談や質問をした場合はもちろんのこと , 制度 を特定しないで相談や質問をした場合であっても , 具 体的な相談等の内容に応じて何らかの手当を受給でき る可能性があると考えられるときは , 受給資格者がそ の機会を失うことがないよう , 相談内容等に関連する と思われる制度について適切な教示を行い , また , 必 要に応じ , 不明な部分につき更に事情を聴取し , ある いは資料の追完を求めるなどして該当する制度の特定 に努めるべき職務上の法的義務 ( 教示義務 ) を負って いるものと解するのが相当である。そして , 窓口の担 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 108 当者が上記教示義務に違反したものと認められるとき は , その裁量の範囲を逸脱したものとして , 国家賠償 法上も違法の評価を受けることになるというべきであ る。」 1 C センターは Y の社会福祉を担当する部 署として本件手当に関与する機関であったと認 められること , X2 の発言内容からは , 脳腫瘍に罹患 した子の母親として経済面での公的援助を必要として いることが明らかであること , 認定基準等によれば脳 腫瘍に罹患した児童は本件手当の対象となる可能性が 高いといえることなどの事情からすれば , 「たとえ X2 の具体的な質問が , 長期療養や長期入院を必要とする 病気となった子を扶養する者への援助の制度の有無を 尋ねるものであったとしても , X2 の相談の趣旨が経 済的な援助を受けたいとすることにあったことは明ら かであり , かっ , その相談内容に照らして , 脳腫瘍に 罹患した A が本件手当の対象となる可能性が相当程 度あったものと考えられるから , X2 の相談を受けた 窓口の担当者としては , 本件手当に係る制度の対象と なる可能性があることを X2 に教示し , 又は X2 から A の具体的な病状や日常生活状況等について聴取す ることにより , X らが本件手当に係る認定の請求を しないまま本件手当を受給する機会を失わないように 配慮すべき法的義務を負っていたというべきである」。 2 「にもかかわらず , X2 の相談を受けた窓口の担 当者は , X2 に対し , 本件手当に係る制度の対象とな る可能性があることを教示することもせず , また , X2 から A の具体的な病状や日常生活状況等について 聴取することもしないまま , 本件手当に係る制度を含 め , 援助の制度はない旨 , 二度にわたって回答をした ・・・こうした対応は , X2 の相談を真摯 ものである。 に受け止め , その相談内容から本件手当に係る制度を 想起すべきであったのに , これを怠った結果 , 教示義 務に違反したものと認めざるを得ないのであり , 窓口 の担当者の裁量の範囲を逸脱したものというべきであ る。 したがって , 上記担当者の対応は , 国家賠償法上の 違法行為に当たると認められる。」 平成 13 年 4 月から平成 18 年 3 月までの A Ⅲ の状態は本件手当の 2 級に該当すると認めた うえで , XI につき本件手当の 2 級相当額の損害賠償 請求を , X2 については慰謝料の支払請求を , それぞ れ認容した。 Ⅱ
得に応じた税負担の原則を見出すことはできな いのである。そうすると , 国会において , 否認 法理を議論し , 立法することは困難である。米 国連邦議会も , 内国歳入法典 7701 条⑥の制定 に当たって , 経済的実質主義の内容についての 立ち入った議論はしなかった。 このように見ると , 日本で一般的否認を行う には , 行政庁が否認法理を積極的に形成してゆ くことが適当であろう。そのためには , 国会 が , 対象を無限定とし , 税務署長に広範な裁量 権を与える一般的否認規定 ( 冒頭のモデル否認 規定 ) を立法することが適切である。ただし , 憲法改正の要否について , 検討が必要である。 もっとも , 上記の税負担減少の認識は , 税負 担を経済的所得に応じたものにするという租税 政策に基づくものである。そうではない租税政 策 , たとえば , 所得課税を支出税化する政策や 資本課税化する政策の下では , 税負担減少の認 識は大きく異なることになる。所得課税を離れ た租税政策への転換には , あらためて国会での 議論が必要であろう。 4. 代替ミニマム・タックス 経済的所得への課税という租税政策の下に , もっと仮借のない一般的否認も考えられる。そ れは , 代替ミニマム・タックス (Alternative Minimum Tax, AMT) である。これも米国の 例であるが , 租税優遇の大半を取り除いて経済 的所得に近づけた課税べースに対して , 通常税 より低い税率を適用した税額を算出し , 通常税 の税額との比較で , どちらか大きな方を納税さ せる制度である 17 ) 。 AMT は , 経済的所得への 課税 ( 租税優遇の排除 ) という通常税の課税要 件とは異質な租税政策に基づく課税であるか ら , 一般的否認である。しかも , 課税要件を制 17 ) 渡辺徹也「租税優遇の規制と法人ミニマム・タック ス」税法学 538 号 ( 1997 年 ) 71 頁などを参照。 18 ) AMT の分析として , Daniel N. Shaviro, Perception, ReaIity and Strategy: The New AIternative Minimum Tax, 特集 / 国際的租税回避への法的対応 定法で定めているので , 行政裁量は存在しな い。租税優遇が利用できないと , ほとんどの タックス・シェルターは姿を消す。なぜなら , それらは租税優遇を過度に利用することで , 成 立しているからである。この点で , AMT は タックス・シェルターの防止規定である 18 ) 。 日本でも , たとえばヤフー事件や外国税額控 除事件の最高裁判決は , 税負担減少規定の濫用 を否認の理由としている。濫という文字は , 河 川の氾濫のように , 量や程度が過ぎることを意 味する。 AMT は , 税負担減少規定利用の量的 規制を内容とする一般的否認であるが , 憲法上 の問題は生じない。 AMT は , 納税者の税負担 減少行為を一切問題としない点で , 仮借のない 一般的否認である。ただし , AMT 税率が通常 税率より低いため , 否認は完全ではない。この 点で , 一種のセカンドベストであり , 通常税を AMT 未満に減少させる税負担減少のみを否認 する選択的な規制である。しかし , モデル否認 規定を制定するよりは , はるかに現実的であろ Ⅳ . 一般的否認規定の要否 1 . 税負担減少行為の動向 最後に , 一般的否認規定 (AMT を含む ) の 要否を簡単に検討する。米国では , 1970 年代 から 80 年代に繁茂した個人タックス・シェル ターへの対抗として , いくつかの個別的否認規 定と AMT が制定され 19 ) , 1990 年代から広まっ た法人タックス・シェルターへの対処のひとつ として , 内国歳入法典 7701 条⑥が制定され た。いずれの背景にも , タックス・シェルター の増加とそれによる国民の税制への信頼の低下 がある。 これに対して , 今日の日本には , そのような 66 Taxes 91 ( 1988 ). 19 ) 岡村忠生「タックス・シェルターの構造とその規制」 法学論叢 136 巻 4 ・ 5 ・ 6 号 ( 1995 年 ) 269 頁 , 324 頁 ~ 360 頁。 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 49
「組織体」という文言を用いた点とも整合する。また , 内国法人以外の法人を外国法人と定めていることか ら , あくまでも基準は国内法である。 このようにみると , 租税法独自の観点から法人概念 を導いているようだが , 本判決では納税義務者の一類 型である外国法人に該当するか否かについて , 「日本 法上の法人との対比」から判断するとしている。外国 法人については , 租税法において「内国法人以外の法 人」と定義していること , および , 「外国法に基づい て設立された組織体のうち内国法人に相当するもの」 を考慮して判示していることを踏まえると , 「日本法 上の法人」とは「内国法人」をさしていることから , 本判決では内国法人から法人の本質的な属性を導き出 しており , 実質的には統一説に立っているものと考え られる。 Ⅲ . 法人該当性の判断方法 原判決では「外国の法令の規定内容」から「法人と する旨を規定されていると認められるか否か」を検討 すると判示されていたが , 本判決では「規定の文言や 法制の仕組み」から「法人に相当する法的地位を付与 されていること又は付与されていないことカ礙義のな い程度に明白であるか否か」を検討するとされた ( 第 1 基準 ) 。原判決に比べ , 本判決はより実質的な判断 枠組みを設定している一方で , 「疑義のない程度に明 白」という文言を追加している。しかし , 法人格の有 無をはじめとする外国事業体の性質は多種多様である ため , 「疑義のない程度に明白」にあたるほど法人該 当性の有無が一義的に明確である場合 , つまり , 第 1 基準で法人該当性が明らかになる可能性は低いといえ るだろう ( 国内租税法における性質決定の困難さにつ いて , 増井良啓「投資ファンド税制の国際的側面ー・ 外国パートナーシップの性質決定を中心として」日税 研論集 55 号 90 頁 ) 。 よって , 本判決における判断枠組みの主軸は第 2 基準に委ねられていると考えられ , そこでは法人の属 性として「権利義務の帰属主体」であることをあげて いる。この法人属性について , 本件 1 審判決では 「損益の帰属すべき主体」であるかを検証していた。 権利義務帰属主体性が対外的に構成員とは別個の法的 存在であるかによって判断されるのに対し , 損益帰属 主体性は対内的に損益が構成員に直接帰属することが 予定されているかにより判断される。本件 1 審では [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 114 実質的観点からの検証として , ① LPS の損益はパー トナーらの間で割当てが行われること ( 州 LPS 法 503 条 ) , ②本件各 LPS 契約の定め ( チェック・ザ・ ポックス規則におけるデフォルト・ルールもこれに沿 うものである ) から , 本件各 LPS の損益はパート ナーに直接帰属することが予定されていると判示し た。つまり , 損益帰属主体性が LPS のパートナーら への損益の分配に着目しているのに対し , 本判決が採 用している権利義務帰属主体性では LPS が自ら法律 行為の当事者となり , その効果が帰属することに着目 しているのである。権利義務帰属主体性を採用した第 2 基準では , 「法人」概念と法人属性の判断基準の整 合性が確保され , さらに上述した私法上の法人と納税 義務者のずれが解消されているといえるだろう。した がって , 本判決について第 2 基準には賛成だが , 第 1 基準には疑問がある。 Ⅳ . 本判決の射程 LPS についての事案としては , 本件デラウェア州 LPS 事件のほかに , バミューダ LPS 事件 ( 東京高判 平成 26 ・ 2 ・ 5 判時 2235 号 3 頁 ) がある。同事案は 本判決と同日に最高裁不受理となっており , 東京高裁 判決では本件 1 審と同様の判断基準を採用した上で バミューダ LPS の我が国租税法上の法人該当性を否 認しているため , 本判決の射程内に含まれるだろう ( 今村隆「バミューダ LPS の租税法上の『法ん該当 性」税研 181 号 16 頁 ) 。本判決では外国事業体につ いての具体的な判断方法が明らかにされており , 今後 LPS 以外の事業体についてどこまでその射程が及ぶ か注目される。
の作為義務を認めた , 最判平成 3 ・ 4 ・ 26 民集 45 巻 4 号 653 頁に倣ったものと思われる。判旨 1 2 と同様 に情報提供義務の根拠を条理に求めた例としては , 前 掲⑥判決の第 1 審・さいたま簡判平成 19 ・ 9 ・ 28 賃 金と社会保障 1513 号 23 頁がある ( ただし , 上告審 である前掲⑥判決は , 身体障害者福祉法 9 条に情報 提供に係る規定があることを手掛かりとして , 情報提 供義務を導く ) 。前掲③判決が憲法 25 条および身体 障害者福祉の理念を挙げるほかは , 裁判例の多くは , 特段の根拠を明示することなく , 適切な教示等を行う 職務上の法的義務を端的に認めてきた。判旨 1 2 に ここでいう条理が具体的にどのような内容 ついては , の一般原則を指すのカ坏明である点に , 若干の疑問が ある。しかし , 法に明文の規定がなくとも , 相談者に 対して適切な教示をすることが窓口担当者に職務上当 然に課される義務であるとすることに異論はない。法 の条文の解釈からそのような義務を導くことが困難で ある本件では , その根拠は条理に求めるほかないだろ う。以上より , 判旨 I は妥当であると考える。 判旨Ⅱ I は , 本件事案の下で具体的に Y の Ⅲ 担当者が負っていた教示義務の内容を明確に し , 続く判旨Ⅱ 2 が同人の対応が同義務に対する違 反であり , 国賠法上違法と評価されると判断する。 制度を特定しない相談等に対して関係しうるあらゆ る社会保障制度を考慮して対応しなければならないと すると , 具体的な制度について相談を受ける場合に比 べて , 行政が負う教示義務の程度が過度に高度になる おそれがある。この点について , 判旨Ⅱ 1 は , C セン ターが本件手当に関わる部署であることや , X2 の相 談内容から本件手当を想起できることに着目してお り , 無制限に高度な義務を担当者に課すものではない といえよう ( 山下慎ー「社会保障法における情報提供 義務に関する一考察」福岡大學法學論叢 60 巻 2 号 256 頁 ) 。 もっとも , 判旨Ⅱ 1 が X2 のニーズを経済的援助に 絞る点は , 若干短絡的にも思われる。 X2 の相談内容 は , 重病児に関わる医療費の援助や福祉サービスを求 めるものと解することも可能だからである。しかし , 判旨 1 2 が述べるとおり , 窓口の担当者は , 来訪者 のニーズを明確にするために事情の聴取などをする義 務をも負うと考えられる。本判決の認定によれば , Y の担当者は X2 から何らの聴取もせず , 端的に援助の 制度はないと回答しており , 上記義務への違反は明確 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 110 であろう。担当者が教示義務を果たしたというために は , X2 の相談内容を具体化したうえで , 本件手当に ついて教示する , あるいは適切な窓口を教示する ( 事 実認定からは , 本件手当の担当部署は別の課であった と推測される ) といった対応をする必要があったと解 される。 以上から , Y の窓口担当者の対応に教示義務違反 を認め , これを国賠法上違法と評価した判旨Ⅱも , 妥 当であると考える。 本判決は , Y の職員が適切な教示を行って Ⅳ いれば XI が受給しえた本件手当相当額を , 教 示義務違反と相当因果関係のある損害として認めた。 本件では X2 が口頭で認定請求をしたとみなすことが できず , 申請権行使の侵害を認めることができる事案 に比べると因果関係が迂遠である ( 山下・前掲 259 頁 ) 。もっとも , 平成 18 年 2 月の A の再入院時に X らが本件手当の受給を申請していることから , 平成 13 年 4 月の時点でも本件手当について適切な教示が あれば X らは認定請求を行ったと推測することがで きよう。 最後に , 本判決の射程について検討する。判 旨 1 1 は本件手当に関する周知徹底・教示等 の責務を制度の非遡及主義から導くが , 判旨 1 2 は 法的義務としての教示義務の根拠をより一般的な事情 ( 社会保障制度の複雑さや行政の窓口対応の重要さ ) および条理に求めている。そこで , 本判決の射程が , 非遡及主義を採る給付 ( 本件手当のほか児童扶養手当 など ) に限られるかが問題となる。この点につき , 例 えば遡及主義を採る年金保険給付であっても , 受給者 が裁定請求をしなければ年金は支給されず , 受給権が 時効消滅した部分については受給できなくなるのであ り , 行政の窓口対応の重要性は本件と変わらない ( 前 掲③判決参照 ) 。また , 制度を特定せずに相談に来た 者に対し , その者カ授給しうる給付カ琲遡及主義の給 付か否かで行政が負う教示義務の程度が変わるとする のは不合理であると思われる。したがって , 本判決の 射程は広く社会保障給付全般に及ぶと解するべきであ ろう。 本判決の解説として , 横田明美〔判批〕セレクト 2015 [ Ⅱ ] ( 法教 426 号別冊付録 ) 3 頁がある。
95 条の錯誤として意思表示の無効を来すかに ついて , 判例は , 一般論として述べるときは , 「動機が表示されて意思表示 ( 法律行為 ) の内 容となっていた」場合でかっそれが要素の錯誤 に当たる場合であるとしている ( 最二小判昭和 29 ・ 11 ・ 26 民集 8 巻 11 号 2087 頁 , 最二小判 昭和 45 ・ 5 ・ 29 判時 598 号 55 頁 , 最ー小判平 成元・ 9 ・ 14 判時 1336 号 93 頁 ) 。しかし , 個々の判例の表現振りにはバリエーションがあ り , その理解の仕方についても , 動機が表示さ れているか否かを重視する立場 ( 相手方の信頼 を保護するという信頼主義的アプローチ ) と動 機が意思表示 ( 法律行為 ) の内容になっている かどうかを重視する立場 ( 当事者がした合意を 尊重するという合意主義的アプローチ ) との対 立を反映して見解の対立があるところである。 ②もっとも , 判例を全体としてみた場合 に , 動機が表示されさえすれば , 常に要素の錯 誤として意思表示の無効を来すことを認める立 場を採っているわけではなく , 上述した動機の 錯誤に関する一般論を述べつつも , 実質的に は , 問題となる契約類型 , 契約当事者の属性 , 錯誤の対象となった事項等の諸事情を踏まえ て , 動機の錯誤がある表意者と相手方のいずれ を保護するのが相当であるかという衡量が働い ているのではないかと考えられる。 4 (1) 本判決も , 前記の一般論を述べた上 で , 表意者の動機が法律行為の内容とされたか 否かは , 当事者の意思解釈によって決まるもの とした。 そして , ①保証契約の基本的な性格・内容に 加え , ②保証契約の当事者の属性 ( いわゆるプ ロ同士の間の契約であること ) に照らして主債 務者が反社会的勢力であることが事後的に判明 する場合が生じ得ることを想定でき , かっ , そ のような事態が生じた場合の取扱いを取り決め るなどの対応を採ることも可能であったにもか かわらず , そのようなことがされていなかった ことに鑑みて , 主債務者である A 社が反社会 的勢力でないという点に誤認があったことが事 後的に判明した場合に保証契約の効力を否定す [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 ることまでを Y 及び X 銀行の双方が前提とし ていたとはいえず , 当事者の意思解釈上 , この 点についての Y の動機が , 保証契約の内容と なっていたとはいえないとして , Y による保 証契約の錯誤無効の主張を排斥した。 ②本件のような事案において保証契約の 錯誤無効を認める裁判例は , 信用保証協会と金 融機関との間の信用保証契約において , 主債務 者が反社会的勢力でないことは , 信用保証契約 の当然の前提であり , かっ , ( この前提が崩れ れば信用保証契約は締結されなかったといえる から ) この点の錯誤は要素の錯誤に当たるとす るものである。これらの裁判例は , 結果的にせ よ , 反社会的勢力が信用保証を利用することが できるとすると , その資金需要を公的資金に よって担保することになり , 社会正義に反する という政策判断が背景にある。しかし , 保証契 約の基本的な性格や契約前の審査で反社会的勢 力が主債務者となることを完全に排除すること は実際上極めて困難であるという観点から , 保 証契約締結後に主債務者が反社会的勢力である ことが判明した場合に「反社会的勢力の資金需 要を公的資金によって担保することになる事態 を避けるべき」ということのみから保証契約を 無効としてそのリスクを全て金融機関側だけに 負担させることを正当化するのは難しいという 趣旨の指摘も多くされていたところであり , 本 判決の判断の背景には , 後者の指摘と同様の認 識があることが窺われる。また , 本判決は , 補 充的にではあるが , 保証契約が締結され融資が 実行された後に初めて主債務者が反社会的勢力 であることが判明した場合には , 既に上記主債 務者が融資金を取得している以上 , 信用保証協 会と金融機関との間で保証契約の効力を争うよ りも , 社会的責任の見地から , 債権者と保証人 において , できる限り上記融資金相当額の回収 に努めて反社会的勢力との関係の解消を図る方 が先決ではないかという政策判断も示唆してい る。 1 本判決は , 他方で , 本件基本契約 Ⅲ 上の付随義務として , 金融機関及び信用
定をした ( 以下 , これらの更正及び賦課決定の 受理し , 原審の判断のうち所得区分に関する部 分 ( 上記① ) は是認することができるが , 国税 各処分中 , 本件訴訟において取消請求の対象と 通則法 65 条 4 項にいう「正当な理由」の有無 されているもののうち , 原審における訴え却下 部分を除いた部分を「本件各更正処分」又は に関する部分 ( 上記② ) は , 平成 17 年通達改 「本件各賦課決定処分」という ) 。 正の前に確定申告がされた平成 15 年分及び同 3 匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業 16 年分については是認することができないと して , 原判決中 , 本件各賦課決定処分のうち上 者から受ける利益の分配につき , 所得税法の定 記各年分に係る部分 ( 平成 16 年分については める所得区分のうちいずれに該当するかについ 一部 ) を破棄し , 同部分につき , 1 審判決 ( 請 ては , 同法の解釈に関する課税庁の公的見解を 求棄却 ) を取り消して X らの請求を認容した。 示すものとして所得税基本通達 36 ・ 37 共ー 21 が 発出されているところ , 同通達は平成 17 年 12 判旨 月 26 日付け課個 2 ー 39 ほかにより改正されてい る ( 以下 , この改正を「平成 17 年通達改正」 匿名組合契約に基づき匿名組合員が営 業者から受ける利益の分配に係る所得 といい , 改正前のものを「旧通達」 , 改正後の ものを「新通達」という ) 。旧通達では , 原則 は , ①当該契約において , 匿名組合員に営業者 として , 営業者の営む事業の内容に従い事業所 の営む事業に係る重要な意思決定に関与するな 得又はその他の各種所得に該当するものとさ どの権限が付与されており , 匿名組合員が実質 れ , 例外として , 営業の利益の有無にかかわら 的に営業者と共同して事業を営む者としての地 ず一定額又は出資額に対する一定割合により分 位を有するものと認められる場合には , 当該事 業の内容に従って事業所得又はその他の各種所 配を受ける場合は , 貸金の利子と同視し得るも 得に該当し , ②それ以外の場合には , 当該事業 のとして事業所得又は雑所得に該当するものと されていた。これに対し , 新通達では , 原則と の内容にかかわらず , その出資が匿名組合員自 身の事業として行われているため事業所得とな して , 雑所得に該当するものとされ , 例外とし て , 匿名組合員が当該契約に基づいて営業者の る場合を除き , 雑所得に該当する。 営む事業に係る重要な業務執行の決定を行って 匿名組合契約に基づき航空機のリース Ⅱ いるなど当該事業を営業者と共に営んでいると 事業に出資をした匿名組合員が , 当該事 認められる場合には , 当該事業の内容に従い事 業につき生じた損失のうち当該契約に基づく同 業所得又はその他の各種所得に該当するものと 人への損失の分配として計上された金額を不動 産所得に係る損失に該当するものとして所得税 されている。 原審は , ①本件匿名組合契約に基づく の申告をしたところ , これに該当しないとして Ⅲ A への損失の分配として計上された金 更正がされた場合において , 匿名組合契約に基 づき匿名組合員が受ける利益の分配に係る所得 額は不動産所得に係る損失に該当しない ( 上記 区分に関する課税庁の公的見解が上記申告後の の計上金額をもって損益通算をすることはでき 通達改正によって変更されたが , 変更前の公的 ない ) とした上で , ②新通達をもって従前の行 見解によれば上記の金額は不動産所得に係る損 政解釈が変更されたものと評価することはでき ず , A の本件各申告に国税通則法 65 条 4 項に 失に該当するとされるものであったなど判示の 事情の下では , 上記申告をしたことにつき , 国 いう「正当な理由」があるとはいえないとし 税通則法 65 条 4 項にいう「正当な理由」があ て , x らの取消請求をいずれも棄却すべきも のとした。 る。 原判決に対し , X らが上告受理の申立てを したところ , 最高裁第二小法廷は , その上告を 69 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496
Number 渉外判例研究 647 名誉・信用毀損 , および不貞行為の 国際裁判管轄と準拠法 首都大学東京准教授 渉外判例研究会 種村佑介 Tanemura Yusuke 東京地裁平成 26 年 9 月 5 日判決 平成 23 年 ( ワ ) 第 13312 号 ( 甲事件 ) , 平成 24 年 ( ワ ) 第 31937 号 ( 乙事件 ) , 甲野花子対乙山春子 ( 甲事件 ) , 甲野太郎対乙山春子 ( 乙事件 ) , 損害 賠償請求事件 / 判時 2259 号 75 頁 / 参照条文 . 平成 23 年法律第 36 号による改正前民事訴訟法 5 条 9 号・ 7 条 , 民事訴訟法 3 条の 3 第 8 号・ 3 条の 6 , 民事訴訟法附則 2 条 1 項 , 法の適用に 関する通則法 17 条・ 19 条・ 20 条・ 22 条 2 項 事実 X2 および Y がいずれも日本国籍を有することは , 当 旬頃にニューヨークにおいて不貞行為をした (XI, を続け , 平成 22 年 5 月頃および同 8 月ないし 9 月上 の婚姻後も互いに配偶者がいることを知りながら交際 ョークに居住 ) は平成 21 年 10 月に知り合い , XI と X2 と被告 Y ( 平成 20 年 6 月 18 日頃からニュー 活を営んでいた。 が日本からニューヨークに渡航して同地で夫婦共同生 仕事を行うようになり , XI との婚姻後は夫である X2 ク」という ) に渡航したが , その後 X2 は日本中心で ニューヨーク州ニューヨーク市 ( 以下「ニューヨー した夫婦である。 XI らは平成 8 年頃アメリカ合衆国 原告 XI と原告 X2 は , 平成 22 年 2 月 15 日に婚姻 事者間に争いがない ) 。 XI は X2 の浮気を疑い , X2 が Y との不貞行為を認めたため , XI は , Y の夫に対し , X2 と Y が不貞行為をした旨の電子メール ( 以下 「メール」という ) を送るなどの行為をした。これを 受けて Y は , 平成 22 年 9 月 20 日から同月 25 日にか けて , ニューヨークおよび日本における X2 の知人等 に対し , X2 と Y が不貞行為をしていないのに , XI が不貞行為を疑い , Y の夫の職場に押しかけて困っ ている , X2 が精神病であるといった内容のメールを 送るなどの行為をした。 XI は , Y が X2 と不貞行為をしたうえ , X2 の知人 等に対し上記内容のメールを送付するなどの名誉毀損 行為をしたとして , Y に対し , 不法行為にもとづく 損害賠償請求訴訟を提起した ( 甲事件 ) 。また X2 も , Y が X2 の知人等に対し上記内容のメールを送付する などの名誉毀損および信用毀損行為をしたとして , Y に対し , 不法行為にもとづく損害賠償請求訴訟を提起 した ( 乙事件。なお , 平成 23 年法律第 36 号による 改正後の民事訴訟法〔以下「民訴法」という〕の規定 は , 同法の施行期日〔平成 24 年 4 月 1 日〕前に Y が 訴状の送達を受けた甲事件には適用されないが , 乙事 件には適用される〔民訴法附則 2 条 1 項〕 ) 。 判旨 生じたとの客観的事実関係も証明されている。」「よっ Y が日本においてした行為により XI の法益に損害が 文面は , ・・・ XI の名誉を毀損する内容であるから , 本国内に不法行為地がある。また , ・・・・・・本件メールの る方法及び電話をかける方法で行われているから , 日 本国内の東京都及び神奈川県に向けてメールを送信す 「 Y による XI に対する名誉毀損行為の一部は , 日 が相当である」。 との客観的事実関係が証明されれば足りると解するの いてした行為により原告の法益について損害が生じた 轄を肯定するためには , 原則として , 被告が日本にお 法 5 条 9 号 ) に依拠して日本の裁判所の国際裁判管 き , 民訴法の不法行為地の裁判籍の規定 ( 改正前民訴 れた不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につ 「日本に住所等を有しない被告に対し提起さ 記と略同様 ) 。 当する部分が民訴法 3 条の 6 に依拠するほかは , 下 法 3 条の 3 第 8 号および後掲⑥判決に , 判旨Ⅱに相 一部認容 ( 乙事件では , 判旨 I に相当する部分カ眠訴 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 115
趣旨等から , 当該組織体が自ら法律行為の当事者とな ることができ , かっ , その法律効果が当該組織体に帰 属すると認められるか否かという点を検討する」 ( 第 2 基準 ) と判示し , 権利義務帰属主体性の有無を設立 根拠法令の規定の内容や趣旨等から判断するとした。 この第 2 基準は , 上記内国私法準拠説に立つものと 考えられる。さらに本判決は , 権利義務帰属主体性の 具体的要件として , ①当該組織体が自ら法律行為の当 事者となること , ②その法律効果が当該組織体に帰属 すると認められることの 2 点をあげており , この両 方を満たした場合に , 当該組織体に権利義務帰属主体 性があると認められると判示した。 2. 事実関係の当てはめ 本件 1 審判決では法人該当性の判断基準について , 設立根拠法令の文言を検討し , 「さらに , より実質的 な観点から」損益帰属主体性を検証すべきとしていた ( 東京高裁判決でも , 「併せて検討すべき」と判示され ている。藤谷武史・ジュリ 1470 号 105 頁 ) 。これに 対して本判決は , 第 1 基準と第 2 基準の関係性につ いて , 第 1 基準を適用することにより事業体の法的 地位が明白であるかを検討し「これができない場合 には , 次に」第 2 基準によって検討すると判示して いることから , 第 1 基準で事業体の法的地位が明白 になった場合には , 第 2 基準を適用しないことが想 定されている。 そこでまず第 1 基準の当てはめをみると , 設立根 拠法令の規定の文言として , 州 LPS 法 201 条 ( b ) 項 「 separate legal entity 」に着目し , 「州 LPS 法におい て同法に基づいて設立されるリミテッド・パートナー シップが「 separate legal entityJ となるものと定め られていることをもって , 本件各 LPS に日本法上の 法人に相当する法的地位が付与されているか否かを疑 義のない程度に明白であるとすることは困難であ」る と判断している。これは , 日本法上の法人に相当する 法的地位が付与されていることが明らかな場合とし て , デラウェア州一般会社法上の株式会社 (cor- poration) についての規定にある「 a b0dY corporate 」 ( 同法 106 条 ) と比較した結果 , 設立根 拠法令からの法的地位の判断が困難と結論付けたもの である。 次に第 2 基準については , 州 LPS 法の規定内容に おいて , LPS にその名義で法律行為をする権利を付 与し , その法律効果が LPS に帰属することを前提と 租税判例研究 していること ( 州 LPS 法 106 条 ( a ) ( b ) 項 ) , さらに , 同規定とパートナーシップ持分と LPS 財産について の規定 ( 同法 701 条 ) との整合性から , 第 2 基準の 上記 2 要件を満たしているとして , 本件各 LPS の権 利義務帰属主体性を認めている。 なお , 本判決では「外国法に基づいて設立された組 織体」として , 「事業体」ではなく「組織体」という 文言が用いられている。原判決および上告受理申立書 において「事業体」と表記されているにもかかわら ず , あえて「組織体」を用いた理由としては , 本判決 が明らかにした判断方法の適用対象の前提として , 外 国法に基づいて組織されたという点を強調し , 権利能 力なき社団を含まないことを意識したのではないだろ うか ( なお , 最高裁による本判決英訳では「組織体」 が「 entity 」と翻訳されている ) 。 Ⅱ . 租税法上の法人概念と 借用概念論 本件各 LPS に係る租税法上の法人概念については , 判断枠組みの出発点に借用概念論を用いた大阪地裁判 決に比して , 東京地裁判決や本件 1 審判決では補完 的な言及にとどまってはいたが , いずれも統一説の立 場を明言していた。これに対して本判決では , 借用概 念について正面からふれずに , 「国際的な法制の調和 の要請等」から第 1 基準を , 我が国の法人の属性で ある「権利義務の帰属主体」性から第 2 基準を導き 出している。 そこで , 第 2 基準を導き出した「前者の観点」を みると , まず所得の帰属の判断について租税法上の法 人に該当するかを問題として , そこから「納税義務者 としての適格性」へと論理を進めている。このように 本判決が , 租税法上の法人該当性から私法上の法人で はなく , 納税義務者の適格性へと進めた理由として は , 私法上の法人概念が必ずしも明白ではないこと や , 私法上の法人と法人税法上の納税義務者が完全に は一致しないことが考えられる ( 水野忠恒「租税法に おける組合と法人との区別をめぐる基準ーーアメリカ 合衆国デラウェア州法のもとに設立された LPS の損 益の帰属の可否」国際税務 36 巻 5 号 124 頁 ) 。これ らを踏まえて , 本判決は租税法上の法人該当性を第 2 基準の始点としつつも , あくまで「組織体が法人とし て納税義務者に該当するか否か」を軸として論理を展 開させたのではないだろうか。そうすると , [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 113
Number 経済法判例研究会 245 期間限定キャンペー ン の表示が有利誤認表示 に該当するとされた事 例 大東文化大学教授 山本裕子 Yamamoto Hiroko 消費者庁平成 28 年 2 月 16 日命令 不当景品類及び不当表示防止法第 6 条の規定に 基づく措置命令 ( 消表対第 189 号 ) / 消費者庁 事実 うに一般消費者に誤認される表示を行っていた。 金返還請求の着手金が無料または値引きとなるかのよ いて本件役務の提供を申し込んだ場合に限り , 過払い 定」等として , 表示された 1 カ月程度の期間内にお ンペーンを実施していたにもかかわらず , 「 1 カ月限 手金を無料または値引きとすることを内容とするキャ 月 31 日までの期間において , 過払い金返還請求の着 ①実際には , 平成 22 年 10 月 6 日から平成 25 年 7 て , 以下のような表示を行っていた。 るにあたって , 自らが運営するウエプサイトにおい 務 ( 以下「本件役務」という ) を一般消費者に提供す A が供給する債務整理・過払い金返還請求に係る役 弁護士法人アディーレ法律事務所 ( 以下「 A 」 ) は , ②実際には , 平成 25 年 8 月 1 日から平成 26 年 11 月 3 日までの期間において , 過払い金返還請求の着 手金を無料または値引きとすること , および借入金の 返済中は過払い金診断を無料とすることを内容とする キャンペーンを実施していたにもかかわらず , ウエプ サイトに「期間限定で・・・・・・キャンペーンを実施」等と して , 表示された 1 カ月程度の期間内において本件 役務の提供を申し込んだ場合に限り , 過払い金返還請 求の着手金が無料または値引きとなり , 借入金の返済 中は過払い金診断が無料となるかのように一般消費者 に誤認される表示を行っていた。 ③実際には , 平成 26 年 11 月 4 日から平成 27 年 8 月 12 日までの期間において , 契約から 90 日以内に 契約の解除を希望した場合に着手金を全額返金するこ と , 過払い金返還請求の着手金を無料または値引きと すること , および借入金の返済中は過払い金診断を無 料とすることを内容とするキャンペーンを実施してい たにもかかわらず , ウエプサイトに「今だけの期間限 定で・・・・・・キャンペーンを実施」等として , 表示された 1 カ月程度の期間内において本件役務の提供を申し込 んだ場合に限り , 契約から 90 日以内に契約の解除を 希望した場合に着手金を全額返金し , 過払い金返還請 求の着手金が無料または値引きとなり , 借入金の返済 中は過払い金診断が無料となるかのように一般消費者 に誤認される表示を行っていた。 これらの表示は , 表示された 1 カ月程度の期間内 において着手金の全額返金などを行う趣旨のもので あったが , 平成 22 年 10 月 6 日から平成 27 年 8 月 12 日までの約 5 年の間に , 1 カ月程度の期間ごとに同様 のキャンペーンを繰り返して実施していた。 命令要旨 「自己の供給する本件役務の取引条件について , 実 際のものよりも取引の相手方に著しく有利であると一 般消費者に誤認させ , 不当に顧客を誘引し , 一般消費 者による自主的かっ合理的な選択を阻害するおそれが あると認められる表示をしていたものであり , この表 示は , 景品表示法第 4 条第 1 項第 2 号に該当するも のであって , かかる行為は , 同項の規定に違反するも のである。」 消費者庁は A に対して , 「本件役務を一般消費者に 提供するに当たり , 自らが運営するウエプサイトにお いて行った・・・・・・表示〔前記① ~ ③〕と同様の表示を行 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 87
残余財産分配と決算報告承認決議無効 「会社法 502 条に違反する残余財産の分配を したことを内容とする決算報告書を承認する決 議は , その内容が法令に違反するものと解される。 よって , 本件決議には無効事由があると認められる。」 解説 本判決は , 定款の定めがないにもかかわらず , 残余 財産の分配についての属人的な同意を前提として , 残 余財産の分配をしたことは適法であるとした点 ( 判旨 I ) , 及び , 会社法 502 条に違反する残余財産の分配 をしたことを内容とする決算報告を承認する決議は無 効であるとした点 ( 判旨Ⅲ ) で注目に値する。 判旨Ⅱ及びⅢが , 清算会社に対する債権の存在を主 張する者がいる場合には , 原則として , その存否及び 額が確定する前に相当の財産を留保せずに行った株主 に対する残余財産の分配は無効である ( したがって , 清算会社は分配を受けた者に対して返還を請求するこ とができる。大判昭和 11 ・ 12 ・ 17 新聞 4081 号 15 頁 参照 ) と解している点に異論はないものと思われる。 しかし , 決算報告の承認決議がなされることによっ て , 無効な残余財産分配カ陏効となるわけではないか ら , そのような残余財産分配を行ったことが記載され ている決算報告の承認決議が無効であるとは直ちには いえない可能性がある。もっとも , 本判決は , 無効な 残余財産分配が記載されていることは事実と異なる記 載がなされていること ( そして , 判決が認定した事実 からは必ずしも明らかではないが , X に対する債務 を負っていないかのように記載したこと ) を意味する から , 重要な虚偽記載のある言 1 書類の承認決議と同 様 , 承認決議は法令に違反するものとして無効である という趣旨なのかもしれない。また , 決算報告の承認 があったときは , 清算人の職務の執行に関し不正の行 為があった場合を除き , 任務を怠ったことによる清算 人の損害賠償の責任は , 免除されたものとみなされる ( 会社 507 条 4 項 ) ため , 決算報告の前提となる清算 事務に法令違反があるときは , 承認決議は無効である と解して , 責任解除の効果を認めるべきではないとい う実質的な価値判断もあり得よう。 判旨 I は , 「定款変更という形式がとられなくても , 全株主が同意している場合などには , 定款変更のため の特殊決議があったものと同視することができるし , 他に権利を害される株主がいないのであるから , 会社 法 109 条 2 項の趣旨に反するところはなく , 有効で ある」としているが , 定款変更のための特殊決議が あったものと同視できるのであれば , B に残余財産を 分配したことは説明できないのではないかと思われ る。すなわち , 基本合意書第 6 項のような定款の定 めがあったのと同視できるというのであれば , B は残 余財産分配に与ることはできないというのが論理的帰 結であるようにも思われる。もっとも , 定款に定めが ない以上 , B に対しては当該定めを対抗できないと説 明することは可能である。 他方 , 権利を害される株主がいないという実質的な 理由のみで , Y の行った残余財産の分配が適法で あったと評価することは会社法の解釈としてはかなり 大胆かもしれない ( 江頭憲治郎・株式会社法〔第 6 版〕 244 頁注 3 参照 ) 。 Y は X と Z との間の合意の当 事者ではないのであるから , 定款に定めがない以上 , 会社法 504 条 3 項に従って , 持株数に応じて残余財 産を分配すれば足りるし , 分配すべきであると解する のが自然だからである ( ただし , 取締役等の報酬に関 するものに限られず , 下級審裁判例には , 権利を害さ れる株主がいなければ , 会社法が要求する手続を履践 していなくとも , 無効とはされないと判示するものが 散見され〔自己株式取得に関する手続規制に違反して いた場合につき大阪高判平成 25 ・ 9 ・ 20 判時 2219 号 126 頁 , 株式譲渡制限会社において株主総会の決議を 経ずに新株が発行された場合につき大阪高判平成 25 ・ 4 ・ 12 金判 1454 号 47 頁 ( 最決平成 25 ・ 12 ・ 10 〔平成 25 年 ( オ ) 1094 号ほか〕により上告棄却・上告 不受理 ) 〕 , これらとは親和的な判断である ) 。もっと も , X が当該残余財産分配の無効を主張することは 権利濫用 ( 「禁反言の見地から相当でない」と判旨 I は指摘 ) であるとか , X はいったん残余財産の分配 を受けても , それを Z に引き渡さなければならない から , Y が行った残余財産の分配の瑕疵は重要では なく , 無効であるというまでのことはないというよう な説明の仕方があるかもしれない。 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 3