取締役 - みる会図書館


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1. ジュリスト 2016年8月号

利益 ( 所得 ) の損失による損害であるとしている ( 神 戸地判昭和 54 ・ 7 ・ 27 判時 1013 号 121 頁 , 大阪高判 昭和 56 ・ 1 ・ 30 下民集 32 巻 1 = 4 号 17 頁 , 東京地判 昭和 63 ・ 2 ・ 26 判時 1291 号 140 頁等 ) 。また , 学説 ( 鈴木竹雄 = 竹内昭夫・会社法〔第 3 版〕 272 頁 , 大 隅健一郎 = 今井宏・会社法論 ( 中 ) 〔第 3 版〕 176 頁 , 田中誠二・会社法詳論 ( 上 ) 〔 3 全訂版〕 586 頁 , 江頭・ 前掲 395 頁等 ) も同様の内容であり , 学説上も特に 争いはないとの評価となっている ( 加藤貴仁・会社法 コンメンタール⑦ 531 頁 ) 。 本件では , 株主総会による解任ではなく , 定款変更 によって取締役の任期が短縮となり , その結果 , 定款 変更時において任期満了と同時に再任されなかった場 合であり , かかる損害賠償に対して直接適用となる条 文は存在しない。この点に対して , 判旨では , 定款変 更に伴う退任は , 解任と同様の効果を発生させるもの であり , 取締役の保護は , 解任の場合と同様に損害賠 償によって図れば足りることから , 退任となった取締 役についても , 不再任について正当な理由がある場合 を除き , 会社法 339 条 2 項を類推適用することがで きるとした。この点については , XI らの不再任に正 当な理由がないとの事実認定をした上で , 解任の場合 と同視できるとして , 解任による損害賠償規定を類推 適用できると解したことは妥当である。そこで , 定款 変更による退任の場合も , 解任の場合の裁判例・学説 と同様に , 損害賠償の範囲を定款変更前の取締役任期 の残存期間とすべきかが論点となる。 解任の場合は , 直接的に当該取締役の解任の是非が 問題となるのに対して , 定款変更に伴う退任の場合 は , 定款変更による取締役任期変更理由 ( 以下「定款 変更理由」という ) が存在し , それを踏まえて再任さ れる取締役と不再任となる取締役とに分かれることと なる。定款変更理由としては , 取締役の任期が 10 年 と長すぎることの弊害を避けるためや経営の多角化に 伴い取締役の新陳代謝を促すという会社側のニーズな どが考えられる。また , 公開会社においては , 法定の 取締役の 2 年の任期に対して , 剰余金の配当の自由 度を増すためには取締役の任期が 1 年である必要が ある ( 会社 459 条 1 項 ) ことから , 定款変更を行う 理由もある。 定款変更後の再任と不再任の分岐点として , 例え ば , 会社の状況から判断して , 取締役の新陳代謝の促 進を目的とした取締役任期短縮の定款変更理由に合理 商事判例研究 性がある場合 , 定款変更時点で在任期間が長い取締役 を優先的に不再任とするのならば , 当該取締役は , 定 款変更理由に合致した正当な理由が存在するものと考 えられる。他方 , 特定派閥の取締役のみを不再任とし たならば , その理由に正当性は見出し難く , 正当な理 由なき取締役解任の場合と同視でき , 当初の任期相当 額を支払うことが原則であろう。定款変更理由とは無 関係に退任を余儀なくされた取締役は , 解任の場合と 同じ法的効果を生じることとなることから , 残存任期 の報酬の支払に関しては , 当該取締役の保護の観点か らも , 残存期間分の取締役報酬の損害賠償を原則とす べきである。 もっとも , 事業再編に伴って 3 年後に撤退を予定 している当該事業担当の取締役であったならば , 損害 賠償の範囲は , 定款変更前の取締役の残存期間ではな く , 3 年分の取締役報酬と同額の損害賠償額で足りる と解すことも可能である。言い換えれば , 定款変更に 伴う取締役の任期満了・不再任においては , 個別事情 に応じた損害賠償範囲を検討する余地があることにな る。 本件判旨では , Y が当初の 10 年の取締役の Ⅲ 任期を 1 年に変更した理由については , 特段 の言及はない。一方で , XI らの損害賠償の支払範囲 を取締役としての任期の残存期間としないことについ ては , 5 年 5 カ月の間に Y の経営状況や XI らの取締 役としての職務内容に変化がないとは考えがたいこと をその理由としている。しかし , Y の経営状況が悪 化し , そのことに対して XI らに原因があるならとも かく , 単に取締役の職務内容に変イヒがないとは考えが たいとの理由付けは , 取締役の損害賠償の範囲を限定 する特別の事情に該当するものではないであろう。し たがって , 本件においては , Y は XI らに対して , 解 任の場合と同様に , 取締役任期の残存期間である 5 年 5 カ月相当分を支払うことが相当である。仮に 損害賠償の対象期間を短縮するとの判断であれば , Y の取締役任期短縮の定款変更の正当性を事実関係から 判断し , その判断に則って , XI らの損害賠償として 相応しい対象期間を論ずるべきである。 本件では , XI らに対する損害賠償の範囲は 2 年間 が相当と結論付けているが , その具体的判断根拠が何 ら示されていないことも疑問である。会社法上の取締 役の法定任期は 2 年 ( 会社 332 条 1 項 ) であること を念頭においたのかもしれないが , Y のように非公 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 93

2. ジュリスト 2016年8月号

商事判例研究 平成 27 年度 8 取締役の損害賠償 退任となった 定款変更により 獨協大学教授 東京大学商法研究会 高橋均 Takahashi Hitoshi 東京地裁平成 27 年 6 月 29 日判決 平成 25 年 ( ワ ) 第 17534 号 , 甲野太郎ほか 1 名対 株式会社乙山社 , 取締役地位確認等請求事件 / 判例時報 2274 号 113 頁 / 参照条文 : 会社法 339 条 2 項 事実 まで Y の取締役の地位にあったものとして登記され 社し平成 20 年 5 月 24 日から平成 23 年 1 月 20 日 XI の子であり , 平成 18 年 9 月 , Y に従業員として入 記されている A の叔父である。また X2 ( 原告 ) は , 月 20 日まで Y の取締役の地位にあったものとして登 日まで Y の監査役を務めた後 , 同日から平成 23 年 1 しており , 平成 10 年 8 月 25 日から平成 20 年 5 月 24 XI ( 原告 ) は , 公認会計士及び税理士の資格を有 表取締役に就任した同族会社である。 が , 同月 11 日からは A の従兄弟である訴外 B が代 り , 設立時から平成 20 年 7 月 10 日までを訴外亡 A 的として平成 7 年 9 月 28 日に設立した株式会社であ Y ( 被告 ) は , 総合靴やユニフォームの販売等を目 ている者である。 X2 は , 取締役就任後 , 財務経理部 部長 , 財務経理部部長兼総務人事部部長として昇格・ 昇給となったものの , その後 B との経営等を巡った 対立もあり降格となった。 平成 18 年 8 月 30 日の Y の定時株主総会において , 取締役の任期を選任後 2 年以内に終了する事業年度 のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時ま でから , 選任後 10 年以内へと定款変更をした。その 後 , XI と X2 ( 以下「 XI ら」という ) は Y の取締役 に就任し , 任期の終期は , 早くても平成 28 年 6 月末 日であった。 平成 23 年 1 月 20 日開催の臨時株主総会において , 取締役の任期は選任後 1 年以内へと定款変更された。 Y はこの定款変更に伴い , XI ら取締役の任期がすで に満了したとして , XI らが取締役を退任したものと して扱った上で , XI らを Y の取締役としては再任せ ずに , 新たな取締役 2 名を選任した。そして , Y は , 同日付けで XI らが取締役を退任した旨の変更登記を 0 このために , XI らは Y に対して , 主位的請求とし て , XI らの Y の取締役としての地位確認 , 取締役退 任の変更登記の抹消登記手続 , 取締役の地位に基づく 未払いの報酬の支払等を求め , 予備的請求として , 取 締役の任期を 10 年から 1 年へと変更する旨の定款変 更によって XI らが Y の取締役から退任させられたこ とにつき , 本来の任期満了日までに , 得べかりし取締 役報酬相当額の支払を求めて訴訟を提起した。 なお , 本件において , 定款変更により取締役として の任期が満了し , かっ再任されなかった場合には退任 するものとして扱われるとして , XI らの主位的請求 は認められなかったことから , 本稿では予備的請求に ついて検討する。 判旨 請求一部認容 , 一部棄却。 「 XI らが現在もなお Y の取締役の地位にあ るといえるか否かは , 取締役の任期を短縮する 旨の本件定款変更によって XI らが Y の取締役から当 然に退任することになるかに関わるところ , 取締役の 任期途中において , その任期を短縮する旨の定款変更 がなされた場合 , その変更後の定款は在任中の取締役 に対して当然に適用されると解することが相当であ り , その変更後の任期によれば , すでに取締役の任期 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496

3. ジュリスト 2016年8月号

開会社でかっ同族会社では任期 2 年を超える設定を している会社も多い。だからこそ , 2 年相当分の支払 の判断根拠は十分に示されてしかるべきであったと思 われる。 本判決の評価として , 第一は , 所有と経営が Ⅳ 未分離の非公開会社においては , 経営陣の内紛 によって取締役間の対立が生じた場合 , 株主総会でそ の時の多数派によって取締役の解任や定款変更に伴う 退任が容易に行われうる可能性が高い中 , 定款変更に 伴う退任の場合は , 損害賠償の対象期間が問題となり うることを示している。本件においても , 設立当初の 代表取締役 A の叔父とその子である XI らと , A の 後任で A の従兄弟である B との経営方針を巡る親族 間の対立が契機となっている。そして , B ら Y の多 数派が定款変更の手段を採用したのは , XI らの残存 期間の報酬支払期間の短縮も念頭にあったであろうと 推認できる。本件判旨では , 損害賠償の対象期間を 2 年としたが , Y が XI らを直接解任する手段を採用し ていれば , 判例・学説により , 当初の取締役終任まで の 5 年 5 カ月相当分の支払との結論となったはずだ からである。 第二は , 定款変更による退任の場合には , 解任の場 合と異なり , 損害賠償範囲も争点となり , その範囲も 変動しうることである。退任の場合であれば , 残存期 間相当額を支払うのか , または合理的な理由の下で短 縮した年数分を支払うのか判断が異なる可能性もあ る。この点は , 退任した取締役にかぎらず , 再任され た取締役であったとしても , 本来の任期が短縮された 合理的な理由が存在しない場合には , 残存期間相当額 の支払の請求もないわけではない。もっとも , 再任の 場合は , 任期短縮に伴う報酬支払総額の減額も受け入 れて取締役の再任に同意していること , 必要であれば 更なる再任の機会もあることから , 実務的には , 再任 の場合は損害賠償の支払の範囲が問題となる可能性は 退任の場合と比較して少ないであろう。 本件判旨では , 不再任の理由の検討において , 直接 的にその正当性の有無を判断している。しかし , 定款 変更による退任の場合は , 定款変更理由と退任・不再 任に該当する理由とを合わせて考えるべきものであ り , 定款変更理由を明確にした上で , その理由をもと に , 当該取締役が再任されない理由の正当性を判断す べきである。また , 損害賠償支払の範囲についても , XI に対する 2 年相当の支払根拠は明示されていない 94 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 が , 定款変更理由と取締役の再任・不再任の理由と関 連づけて , その具体的根拠は慎重に検討する必要が あったものと思われる。 本判決の意義は , 定款変更によって , 取締役 の任期が短縮され , その結果 , 任期満了かっ不 再任の場合には , 実質的に解任と同様の効果が生じ て , 当該取締役の救済は損害賠償によって行われるこ と , その法的根拠は , 会社法 339 条 2 項が類推適用 されること , 定款変更による退任の場合は , 損害賠償 の範囲も争点となりうることを示している点である。 もっとも , 本件は , Y は非公開会社であり取締役の 任期を 10 年まで伸長していた事例である。非公開会 社の取締役で , 退任させられた時点で任期が最大 10 年近くまで残存している場合には , 報酬等の支払対象 期間は本人の利益に直結する問題である。 他方 , 公開会社の場合は , 法定の任期 2 年を 1 年 に短縮した定款変更を行ったとしても , 損害賠償の範 囲は限定されることから係争になりにくいものと考え られる。したがって , 本判決が実質的に影響を与える のは , 非公開会社の場合と考えて良いであろう。 正当な理由なく取締役が解任された場合であって も , 会社法上は , 当該取締役が損害賠償の支払を会社 に請求することができる旨を定めているだけであり , 残存期間すべて賠償することを法定化しているわけで はない ( 解任の場合の正当な理由の有無は , 解任され た取締役が会社に損害賠償を請求できるか否かの意味 しか持たないとの意見もある。潘阿憲「取締役の任意 解任制」前田古稀・企業法・金融法の新潮流 108 頁 ) 。しかし , 解任の場合には , 会社と取締役の利益 の調整を図る観点から , 取締役任期の残存期間分の報 酬等を支払うことについては判例・学説ともに異論は ない。定款変更による取締役の退任については , 実質 的に解任と変わらないにもかかわらず , 会社側が取締 役への支払額を減額するための手段としての定款変更 と推認される場合については , 残存期間分の支払を原 則とし , 損害賠償の範囲を安易に短縮する判断は慎重 であるべきである。

4. ジュリスト 2016年8月号

が満了している者については , 上記定款変更の効力発 XI らを取締役として再任しないことが正当化される 生時において取締役から当然に退任すると解すること とはいえない・・ ・・・ XI らを取締役として再任し が相当である。 なかったことにつき正当な理由があるという Y の主 けだし , 上記の定款変更は , 取締役の解任と同様の 張はいずれも採用できず , その他にこれを認めるに足 効果を発生させるものであるところ , 取締役はいつで りる証拠はない。」 も株主総会の決議によって解任することができるとさ 「そこで , XI らが被った損害について検討す Ⅲ れており ( 会社法 339 条 1 項 ) , 他方 , 定款変更に ・・・ XI らは , XI らが取締役を退任した日 る。 よって当然に退任させられた取締役の保護は , 解任の の翌日である平成 23 年 1 月 21 日から本件定款変更 場合と同様に , 損害賠償によって図れば足りるという 前の本来の任期の終期である平成 28 年 6 月末日まで べきだからである。 の間の得べかりし取締役報酬相当額が損害となる旨主 これによれば , 平成 20 年 5 月 21 日に取締役に選 張する。 任された XI らは , 平成 23 年 1 月 20 日に取締役の任 しかしながら , 平成 23 年 1 月から平成 28 年 6 月 期を 10 年から 1 年に短縮する旨の本件定款変更がな までの 5 年 5 か月以上もの長期間にわたって , Y の されたことにより , 同日 , Y の取締役から当然に退 経営状況や XI らの取締役の職務内容に変化がまった 任したことになるというべきである。その後 , XI ら くないとは考えがたく , XI らが平成 28 年 6 月までの が Y の株主総会において取締役に再任された事実は 間に上記の月額報酬を受領し続けることができたと推 認められないから , 結局 , XI らが Y の取締役の地位 認することは困難であって , その損害額の算定期間 にあるということはできない。」 は , XI らが退任した日の翌日から 2 年間に限定する 「会社法 339 条 2 項は , 株主総会の決議に ことが相当である。」 Ⅱ よって解任された取締役は , その解任について 平釈 正当な理由がある場合を除き , 会社に対し , 解任に よって生じた損害の賠償を請求することができる旨定 判旨の結論の一部及びその理由付けに疑問。 めているところ , その趣旨は , 取締役の任期途中に任 本件は , 取締役の任期途中の定款変更によっ 期を短縮する旨の定款変更がなされて本来の任期前に て , その任期が満了となり再任もされなかった 取締役から退任させられ , その後 , 取締役として再任 取締役が , 会社に対して定款変更前における任期期間 されることがなかった者についても同様に当てはまる 中と任期満了時に得べかりし取締役報酬の損害賠償を というべきであるから , そのような取締役は , 会社が 求めた事案である。争点となったのは , 定款変更に 当該取締役を再任しなかったことについて正当な理由 よって退任させ , 再任しなかったことに基づく損害賠 がある場合を除き , 会社に対し , 会社法 339 条 2 項 償の可否とその損害額の範囲である。 の類推適用により , 再任されなかったことによって生 株主総会において解任された役員及び会計監 Ⅱ じた損害の賠償を請求することができると解すべきで 査人 ( 以下 , 役員等をまとめて「取締役」とい ある。 う ) は , その解任について正当な理由がある場合を除 これを本件についてみると , XI らは , 本件定款変 き , 会社に対して , 解任によって生じた損害の賠償を 更によって本来の任期よりも前に取締役から退任させ 請求することができる ( 会社 339 条 2 項 ) 。本条文の られ , 取締役として再任されることもなかったのであ 趣旨は , 株主に解任の自由を保障するとともに , 他方 るから , Y が XI らを再任しなかったことについて正 で取締役の任期に対する期待を保護して両者の利益の 当な理由がある場合を除き , Y に対し , 損害賠償を 調整を図るためである ( 弥永真生・リーガルマインド 請求することができることとなる。」 会社法〔第 14 版〕 160 頁 , 江頭憲治郎・株式会社法 「そこで , Y が XI らを取締役として再任しなかっ 〔第 6 版〕 395 頁 ) 。裁判例では , 商法 ( 平成 17 年法 たことについて , 正当な理由があるか否かについて検 律第 87 号改正前 ) 257 条 1 項但書 ( 会社 339 条 2 項 ) 討する。・・・・・・取締役全員が親族関係にあって取締役会 に基づく損害賠償責任は , 同法が特に定めた法定責任 が形骸化していたというのであれば , 新たに親族以外 であって , 賠償すべき損害の範囲は , 取締役を解任し の者を取締役として追加すれば足りるのであって , なければ , 残存任期期間中と任期満了時に得べかりし [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 92

5. ジュリスト 2016年8月号

皿ヤフー / IDCF 事件 1 . 事案の概要 ヤフー / IDCF 事件は , ソフトバンク株式会 社 ( 以下「ソフトバンク」という ) とヤフー株 式会社 ( 以下「ヤフー」という ) の間で行われ た一連の M&A 及び組織再編取引が問題と なった事案である。 ソフトバンクの完全子会社であったソフトバ ンク IDC ソリューションズ株式会社 ( 以下 「 IDCS 」という ) は , 平成 20 年 3 月末時点で 約 666 億円の繰越欠損金を有しており , IDCS の当時の利益に照らして , 繰越欠損金を償却す るには相当な期間がかかることが見込まれ , ま た , 繰越欠損金のうち平成 14 年 3 月期に発生 した約 124 億円は , 平成 22 年 3 月期以降は損 金算入が認められない ( 期限切れとなる ) 状況 にあった。 このような状況において , 概要 , 以下のよう な取引が行われた。①平成 20 年 12 月 , ヤフー の代表取締役であった A 氏が IDCS の取締役 副社長に就任 ( 以下「本件副社長就任」とい う ) 。②平成 21 年 2 月 2 日 , IDCS が新設分割 により新会社 ( 株式会社 IDC フロンティア。 以下「 IDCF 」という ) を設立。③同月 20 日 , IDCS がヤフーに対し IDCF の全株式を譲渡。 ④同月 24 日 , ソフトバンクがヤフーに対して IDCS の全株式を譲渡。⑤同年 3 月 30 日 , ヤ フーが IDCS を吸収合併。 ヤフー事件 6 ) は , ヤフーが平成 21 年 3 月期 に係る法人税の確定申告にあたり , 法 57 条 2 項の規定に基づき IDCS の欠損金 542 億円余を 自己の欠損金とみなして損金の額に算入した点 が争われたものである。組織再編税制では , 資 本関係のあるグループ会社間での合併・分割等 の組織再編は , 共同で事業を営むための組織再 6 ) 最ー小判平成 28 年 2 月 29 日裁判所 HP ( 控訴審は 東京高判平成 26 年 11 月 5 日訟月 60 巻 9 号 1967 頁 , 第 1 審 は東京地判平成 26 年 3 月 18 日判時 2236 号 25 頁 ) 。 特集 / 国際的租税回避への法的対応 編成に比べて適格組織再編成に該当するための 要件が緩和されていることから , 繰越欠損金を 有する会社を新たにグループ内に取り込み , グ ループ内の法人と適格組織再編成を行うことに よって繰越欠損金を利用する租税回避行為の発 生が懸念された。そのため , 法 57 条 3 項は , 適格合併に係る合併法人と被合併法人との間の 支配関係が合併に係る事業年度の開始の日の 5 年前以後に生じている場合には , いわゆる「み なし共同事業要件」を充足する場合にのみ , 繰 越欠損金の引継ぎを認めている。みなし共同事 業要件の充足方法は , 大別して 2 つあり , (a) 事業の相互関連性に関する要件 , 事業の相対的 な規模に関する要件 , 被合併等事業の同等規模 継続に関する要件及び合併等事業の同等規模継 続に関する要件の全てに該当するか , ( b ) 事業 の相互関連性に関する要件及び特定役員の引継 ぎに関する要件 ( 以下「特定役員引継要件」と いう ) のいずれにも該当することが必要とな る。本件では , ヤフーと IDCS の支配関係が生 じたのは④の時点であり , その直後にヤフーと IDCS が合併したものであるから , ヤフーが IDCS の欠損金を引き継ぐためには「みなし共 同事業要件」を充足する必要があった。そし て , ヤフーは , 本件では (a) は満たさないもの の , ⑤の合併の際にヤフーの代表取締役であっ た A 氏が IDCS の取締役副社長に就任してい たため , 特定役員引継要件を満たし , 事業の相 互関連性に関する要件も満たしていることか ら , ( b ) のみなし共同事業要件を充足するとし て , 確定申告を行った。これに対して , 課税当 局は , 組織再編成に係る行為・計算の否認規定 である法 132 条の 2 を適用し , IDCS の未処理 欠損金額をヤフーの欠損金額とみなすことを認 めず , 更正処分等をした。 IDCF 事件 7 ) は , ②の新設分割 ( 以下「本件 7 ) 最二小判平成 28 年 2 月 29 日裁判所 HP ( 控訴審は 東京高判平成 27 年 1 月 15 日裁判所 HP , 第 1 審は東京地判 平成 26 年 3 月 18 日判時 2236 号 47 頁 ) 。 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 33

6. ジュリスト 2016年8月号

、。。、。簽有斐閣 ・出版案内・ 〒 10 ト 1 東京都千代田区神田神保町 2 ー 17 Tel : 03-326 ト 11 / F : 03 ー 3262 一 35 ( 営業部 ) ※表示価格は税別です。 http://www.yuhikaku.co.jp/ ・好評 * 発売中・ 『実務に効く判例精選』シリトズ 〔ジュリスト増刊〕 B5 判並製 実務に効く企業犯罪とコンプライアンス判例精選 木目田谷・佐イ白イニ志編第 1 章企業犯罪総論 / 第 2 章会社犯罪 / 第 3 章汚職の罪 / 第 4 章 金融・証券犯罪 / 第 5 章経済・財政法違反の罪 / 第 6 章秘密・情報 , 252 ページ・ 2 , 667 円 + 税 消費者 , 環境に係る罪 978-4-641-21509-2 実務に効く担保・債権管理判例精選 ガ木日月彦・道垣内弓ム人編第 1 章不動産担保の取得 / 第 2 章不動産担保の取得後・実行前の管 理 / 第 3 章不動産担保の実行 / 第 4 章非典型担保 / 第 5 章留置権 230 ページ・ 2 , 667 円 + 税 / 第 6 章その他 978-4-641-21508-5 実務に効く国際ピジネス判例精選 道垣内正人・古田啓昌編第 1 章国際ビジネスのプレーヤー / 第 2 章国際ビジネスをめぐる共 通問題 / 第 3 章各種の国際ビジネスをめぐる問題 / 第 4 章国際訴訟 21 0 ページ・ 2 , 667 円 + 税 / 第 5 章国際仲裁 / 第 6 章国際倒産 978-4-641-21507-8 実務に効く事 小林信明・山本和彦編 280 ページ・ 2 , 667 円 + 税 978-4-641-21506-1 業再生判例精選 第 1 章倒産手続の開始 / 第 2 章倒産者の地位と手続機関 / 第 3 章 積極財産とその回復 / 第 4 章倒産債権 / 第 5 章倒産者に対する優先 的権利 / 第 6 章継続中の契約関係 / 第 7 章再建計画 / 第 8 章事業 再生のその他の問題 実務に効く公正取引審決判例精選 泉フ火文友佳・長翠哲也編第 1 章競争者との協調的取組み / 第 2 章取引先の選別 / 第 3 章顧 客誘引行為 / 第 4 章取引相手方に対する制限的行為 / 第 5 章複合的 248 ページ・ 2 , 667 円 + 税 問題 978-4-641-21505-4 9 章労災・ハラスメント / 第 10 章団体交渉をめぐる諸問題 / 第 7 章雇止めと高齢者雇用 / 第 8 章労働者の義務・賠償責任 / 第 4 章労働条件の不利益変更 / 第 5 章懲戒 / 第 6 章労働契約の終了 第 1 章労働契約の成立・承継 / 第 2 章労働時間 / 第 3 章人事 / 第 働判例精選 権法 / 第 4 章パプリシティ / 第 5 章国際裁判管轄・準拠法 第 1 章特許法・実用新案法 / 第 2 章不正競争防止法 / 第 3 章著作 実務に効く知的財産判例精選 978-4-641-21503-0 ・ 2 , 667 円 + 税 宮里邦雄編 240 ページ 岩村正彦・中山慈夫・ 実務に効く労 978-4-641-21504-7 248 ページ・ 2 , 667 円 + 税 小泉直樹・末吉亙編 978-4-641-21501-6 第 7 章その他 約外での損害賠償請求等 / 第 6 章株式買取請求権・価格決定申立て / 256 ページ・ 2 , 667 円 + 税 の事前差止め / 第 4 章 M & A の事後的効力否定等 / 第 5 章 M&A 契 ネ申田秀樹・武井一ラ告編第 1 章 M & A 契約の解釈 / 第 2 章 M & A の実施判断 / 第 3 章 M&A 実務に効く M & 組織再編判例精選 978-4-641-21502-3 取締役の報酬等 / 第 6 章取締役の刑事責任 264 ページ ・ 2 , 667 円十税取締役のその他の義務 / 第 4 章株主代表訴訟に係る手続ほか / 第 5 章 野木寸 { 啓也本公井秀尅編第 1 章株主総会の招集と運営 / 第 2 章取締役の経営判断 / 第 3 章 実務に効くコーポレートガバナンス判例精選

7. ジュリスト 2016年8月号

Contents と「一 0 →④ ~ 0 一 0 、、一。 00 Pag e 経済法判例研究会期間限定キャンペーンの表示が 有利誤認表示に該当するとされた事例 消費者庁命令平成 28 ・ 2 ・ 16 商事判例研究 定款変更により退任となった取締役の損害賠償 東京地判平成 27 ・ 6 ・ 29 医療法人出資持分の他の社員に対する譲渡 福岡高判平成 26 ・ 3 ・ 26 不動産売却価額を低下させ得る貨貸借契約の否認 ー金沢地判平成 25 ・ 1 ・ 29 労働判例研究 遺族補償年金の支給要件と憲法 14 条 一地公災基金大阪府支部長 ( 市立中学校教諭 ) 事件 大阪高判平成 27 ・ 6 ・ 19 制度を特定しない相談者に対する 特別児童扶養手当の教示義務 ー大阪高判平成 26 ・ 1 1 ・ 27 租税判例研究 米国リミテッド・バートナーシップの 租税法上の「法人」該当性 最ニ小判平成 27 ・ 7 ・ 17 渉外判例研究 名誉・信用毀損、および不貞行為の 国際裁判管轄と準拠法 東京地判平成 26 ・ 9 ・ 5 山本裕子 87 高橋均 91 松井秀征 95 宇野瑛人 99 笠木映里 103 中野妙子 107 加藤友佳 111 種村佑介 115 受贈図書 Juri-site 119 120

8. ジュリスト 2016年8月号

担を減少させるものであることをいうと解すべ き」として , 法 132 条の 2 を組織再編税制の濫 用防止規定との位置づけを明確にした上で , 「その濫用の有無の判断に当たっては , ①当該 法人の行為又は計算が , 通常は想定されない組 織再編成の手順や方法に基づいたり , 実態とは 乖離した形式を作出したりするなど , 不自然な ものであるかどうか , ②税負担の減少以外にそ のような行為又は計算を行うことの合理的な理 由となる事業目的その他の事由が存在するかど うか等の事情を考慮」するとして , 考慮要素を 例示した。そして , 続けて , 「当該行為又は計 算が , 組織再編成を利用して税負担を減少させ ることを意図したものであって , 組織再編税制 に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱す る態様でその適用を受けるもの又は免れるもの と認められるか否かという観点から判断するの が相当である」と判示した。 その上で , ヤフー事件については , 本件の事 実関係の下では , IDCS の取締役副社長に就任 した A 氏は , IDCS において経営の中枢を継続 的かっ実質的に担ってきた者という特定役員引 継要件において想定される特定役員の実質を備 えておらず , 本件副社長就任は特定役員引継要 件が満たされることとなるよう企図されたもの であって , 実態とは乖離した特定役員引継要件 の形式を作出する明らかに不自然なものであ り , その就任の経緯や A 氏の IDCS における 業務内容 , 在籍期間 ( 3 カ月程度 ) や権限 ( 代 表権のない非常勤取締役で , 具体的な権限を伴 う専任の担当業務もない ) 等にも鑑みると , 本 件副社長就任は , 税負担の減少以外にその合理 的な理由といえるような事業目的等があったと はいい難いとして上告を棄却し , 納税者敗訴の 判決が確定した。 また , IDCF 事件では , 本件分割は , 本来必 要のない③の IDCF 株式の譲渡を介在させるこ 9 ) 金子宏「租税法〔第 21 版〕」 ( 弘文堂 , 2016 年 ) 477 頁 ~ 478 頁。 特集 / 国際的租税回避への法的対応 とにより , 実質的には適格分割というべきもの を形式的に非適格分割とするべく企図されたも のといわざるをえず , 通常は想定されない組織 再編成の手順や方法に基づくものであるのみな らず , これにより実態とは乖離した非適格分割 の形式を作出するものであって , 明らかに不自 然なものであり , 税負担の減少以外にその合理 的な理由となる事業目的等を見出すことはでき ないとして上告を棄却し , 納税者敗訴の判決が 確定した。 Ⅳ . 検討 同族会社の行為・計算否認規定における不当 性要件について , 裁判例では , 非同族会社では 通常なしえない行為・計算 , 即ち , 同族会社な るがゆえに容易になしうる行為・計算と解する 傾向 ( 非同族会社比準説 ) と , 純経済人の行為 として不合理・不自然な行為・計算と解する傾 向 ( 経済的合理性基準説 ) があると理解され , 基準としての運用性の観点から , 経済的合理性 基準説が適当とした上で , 行為・計算が経済的 合理性を欠いている場合とは , 異常ないし変則 的で , 租税回避以外に正当な理由ないし事業目 的が存在しないと認められる場合と考える立場 が一般的に支持されてきた 9 ) 。 IBM 事件の第 1 審裁判所は , かかる通説的 な見解に沿って経済的合理性基準説に依拠する 旨を判示したが , 控訴審裁判所は , 経済的合理 性基準に言及しながらも , 「同族会社と非同族 会社の間の税負担の公平」の見地から , 独立当 事者間の通常の取引と異なっている場合には不 当性要件を充足するとした。学説でも独立当事 者間取引との比較が不当性要件の考慮要素とな ることが指摘されているが , これらの学説も独 立当事者間取引と異なれば , 当然に不当性要件 を満たすとするものではない 10 ) 。「経済的合理 性を欠く」との基準と「独立当事者間の通常の 10 ) 金子・前掲注 9 ) 478 頁 , 版〕」 ( 有斐閣 , 2011 年 ) 539 頁。 水野忠恒「租税法〔第 5 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 35

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Monthly Juri-site 次号予告 特集 震災と企業法務 8 月 25 日発売 / 9 月号 / 1497 号定価 1440 円 鼎談 連載 ・企業の防災・ BCP における 国際ビジネス紛争処理の 法的課題 / 法実務⑥ / 松井秀樹・津久井進・中野明安 島田まどか / 一井泰淳 ・震災と株主・投資家対応 / 時論 / 広瀬元康 松井秀樹 lnformation Lounge 木村敬 ・震災時の労務対応 / 荒井太一 ・震災と契約法務 / 荒井正児 ・震災と金融業務 / 小田大輔・吉田和央 前号のご案内 編集室メモ ・パナマ文書の公表などにより世界的な資産 7 月号 / 1495 号定価 1440 円 Monthlyl Jurist 隠しや税逃れに批判が高まっています。本号で 特集 は , タックス・コンプライアンス , 一般的租税回 会社法施行 1 0 年の 避否認規定など , 国際的租税回避への法的対 応策についてご検討いただきました。 ( 足立 ) 実情と課題 ・京都支店の設備の補修や更新をすることにな りました。特に先生方の目に触れる機会の多い ・特集にあたって / 神田秀樹 会議室もその対象となりそうです。工事の完了 8 月号 / 1496 号 ・上場会社による種類株式の利用 / は年明けの頃 ? 来年に支店の会議室で会合を Aug. 2016 NO. 1496 加藤貴仁 される先生方 , ぜひ御期待ください。 ( 大原 ) ・選挙のたびに投票率の低さが話題となるが , ・コーポレート・ガバナンスと社外取締役 2016 年 8 月 1 日発行 選挙権が「 18 歳以上」に拡大されてから初の参 の位置づけ / 前田雅弘 毎月 1 回 1 日発行 院選も例外ではなかった。いよいよ改憲を問 ・監査等委員会設置会社の現状と課題 / 編集人 / 亀井聡 う国民投票が現実味を帯びるなか , 低投票率 神田秀樹・山中利晃 発行人 / 江草貞治 が常態化したままでよいのだろうか。 ( 浦川 ) ・取締役報酬に関する規律の現状と課題 / デザイン / 株式会社キタダデザイン ・青々とした草原の中 , 新築の家々がまばら 伊藤靖史 印刷所 / 株式会社暁印刷 に建っていた。多くが津波に流された石巻の , ・会社補償及び D & 0 保険の最新動向と 発行所 / 株式会社有斐閣 2016 年初夏の風景だ。整然とした仙台市内と 課題 / 武井一浩 の落差に , 「また来てくださいね」との言葉に , 気 ・株主総会に関する法制の現状と課題 / がっくと両手が土産で塞がっていた。 ( 川村 ) 株式会社有斐閣 尾崎安央 ・母親と旅行へ。少しばかり孝行のつもりが , 101 ー 00 51 ・子会社管理義務をめぐる理論的課題 / 私への心配は尽きないようで , いつまでも親は 東京都千代田区神田神保町 2 ー 17 舩津浩司 親 , 子は子。親子に限らず師弟や先輩後輩もあ [ 本社 ] ・キャッシュアウトの合理性を活かす るいはそのようなものかもしれませんが , 何が 有斐閣本社ビル しか応えられる日がくるのかどうか。 ( 三宅 ) 法制度の構築 / 飯田秀総 営業部 / 電話・・・・・・・・・ 03 ー 3265 ー 6811 : 渋めのワインが好きでお願いしたところ「渋 ・組織再編法制 / 中東正文 定期購読係 / 電話・・・ 048 ー 465 ー 8321 みを感じるワインは失敗作で置いていない」と [ ジュリスト編集室 ] 言われた。その真偽はともかく , 断言する姿勢 神田神保町ピル 10 階 に感心した。「頑固」の評価も聞かれる店だが , 電話・・・ ・・・ 03 ー 3264 ー 1311 同じ作り手としてどこか見習いたい。 ( 亀井 ) FAX ・・・ ・・・ 03 ー 3264 ー 1250 E-mail ・・ ・・・ jurist@yuhikaku.co.jp http://www.yuhikaku.co.jp 本書の無断複写 ( コピー ) は , 著作権法上 での例外を除き , 禁じられています。複写さ れる場合は . そのつど事前に , ( 社 ) 出版者著作権管理機構 ( 電話 0 3 ー 3 5 1 3 ー 6 9 6 9 . F A X 0 3 ー 3 5 1 3 ー 6 9 7 9 . e-mail : info@jcopy.or.jp) の許諾を得てください。 アユリ入ト アユリ入ト 会社法施行 10 年の 実情と課題 お詫びと訂正 小誌 1495 号 15 頁記載の加藤貴仁先生の現職 「東京大学教授」は「東京大学准教授」の誤りで す。お詫びして訂正いたします。 JCOPY [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 120

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残余財産分配と決算報告承認決議無効 「会社法 502 条に違反する残余財産の分配を したことを内容とする決算報告書を承認する決 議は , その内容が法令に違反するものと解される。 よって , 本件決議には無効事由があると認められる。」 解説 本判決は , 定款の定めがないにもかかわらず , 残余 財産の分配についての属人的な同意を前提として , 残 余財産の分配をしたことは適法であるとした点 ( 判旨 I ) , 及び , 会社法 502 条に違反する残余財産の分配 をしたことを内容とする決算報告を承認する決議は無 効であるとした点 ( 判旨Ⅲ ) で注目に値する。 判旨Ⅱ及びⅢが , 清算会社に対する債権の存在を主 張する者がいる場合には , 原則として , その存否及び 額が確定する前に相当の財産を留保せずに行った株主 に対する残余財産の分配は無効である ( したがって , 清算会社は分配を受けた者に対して返還を請求するこ とができる。大判昭和 11 ・ 12 ・ 17 新聞 4081 号 15 頁 参照 ) と解している点に異論はないものと思われる。 しかし , 決算報告の承認決議がなされることによっ て , 無効な残余財産分配カ陏効となるわけではないか ら , そのような残余財産分配を行ったことが記載され ている決算報告の承認決議が無効であるとは直ちには いえない可能性がある。もっとも , 本判決は , 無効な 残余財産分配が記載されていることは事実と異なる記 載がなされていること ( そして , 判決が認定した事実 からは必ずしも明らかではないが , X に対する債務 を負っていないかのように記載したこと ) を意味する から , 重要な虚偽記載のある言 1 書類の承認決議と同 様 , 承認決議は法令に違反するものとして無効である という趣旨なのかもしれない。また , 決算報告の承認 があったときは , 清算人の職務の執行に関し不正の行 為があった場合を除き , 任務を怠ったことによる清算 人の損害賠償の責任は , 免除されたものとみなされる ( 会社 507 条 4 項 ) ため , 決算報告の前提となる清算 事務に法令違反があるときは , 承認決議は無効である と解して , 責任解除の効果を認めるべきではないとい う実質的な価値判断もあり得よう。 判旨 I は , 「定款変更という形式がとられなくても , 全株主が同意している場合などには , 定款変更のため の特殊決議があったものと同視することができるし , 他に権利を害される株主がいないのであるから , 会社 法 109 条 2 項の趣旨に反するところはなく , 有効で ある」としているが , 定款変更のための特殊決議が あったものと同視できるのであれば , B に残余財産を 分配したことは説明できないのではないかと思われ る。すなわち , 基本合意書第 6 項のような定款の定 めがあったのと同視できるというのであれば , B は残 余財産分配に与ることはできないというのが論理的帰 結であるようにも思われる。もっとも , 定款に定めが ない以上 , B に対しては当該定めを対抗できないと説 明することは可能である。 他方 , 権利を害される株主がいないという実質的な 理由のみで , Y の行った残余財産の分配が適法で あったと評価することは会社法の解釈としてはかなり 大胆かもしれない ( 江頭憲治郎・株式会社法〔第 6 版〕 244 頁注 3 参照 ) 。 Y は X と Z との間の合意の当 事者ではないのであるから , 定款に定めがない以上 , 会社法 504 条 3 項に従って , 持株数に応じて残余財 産を分配すれば足りるし , 分配すべきであると解する のが自然だからである ( ただし , 取締役等の報酬に関 するものに限られず , 下級審裁判例には , 権利を害さ れる株主がいなければ , 会社法が要求する手続を履践 していなくとも , 無効とはされないと判示するものが 散見され〔自己株式取得に関する手続規制に違反して いた場合につき大阪高判平成 25 ・ 9 ・ 20 判時 2219 号 126 頁 , 株式譲渡制限会社において株主総会の決議を 経ずに新株が発行された場合につき大阪高判平成 25 ・ 4 ・ 12 金判 1454 号 47 頁 ( 最決平成 25 ・ 12 ・ 10 〔平成 25 年 ( オ ) 1094 号ほか〕により上告棄却・上告 不受理 ) 〕 , これらとは親和的な判断である ) 。もっと も , X が当該残余財産分配の無効を主張することは 権利濫用 ( 「禁反言の見地から相当でない」と判旨 I は指摘 ) であるとか , X はいったん残余財産の分配 を受けても , それを Z に引き渡さなければならない から , Y が行った残余財産の分配の瑕疵は重要では なく , 無効であるというまでのことはないというよう な説明の仕方があるかもしれない。 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 3