ないことは , むしろこうした情報の利用が当然 に認められることを前提としているのではない かと考えられる。 もっとも , 外国の税務行政機関 ( 場合によっ ては , それ以外の組織 ) が取得した情報が無制 限にその証拠能力を認められるわけではない。 この点を考えるにあたっても刑事訴訟の分野で の判例が参考になる。最判平成 23 年 10 月 20 日刑集 65 巻 7 号 999 頁は , 国際捜査共助に基 づいて中国で身柄を拘東されていた共犯者を同 国の捜査官が取り調べ , その供述を録取した供 述調書の証拠能力ないし証拠の許容性が争われ た事案 27 ) に関して , 本件の具体的事実関係に おいて実質的な手続保障があったこと ( 日本の 捜査機関からの取調べの方法等に関する要請 , 黙秘権の実質的な告知 , 及び , 取調べの間に肉 体的 , 精神的強制が加えられた形跡なし ) を認 定して , 上記供述調書を証拠とした原判断を是 認した。これに対して , ロッキード事件丸紅 ルートに関する最判平成 7 年 2 月 22 日刑集 49 巻 2 号 1 頁は , アメリカで刑事免責を付与して 得られた供述の証拠能力を否定した。この判決 の論理にはよくわからないところがあるが 28 ) , 少なくとも最高裁が一定の場合に外国の捜査機 関を通じて得られた証拠の証拠能力を否定する ことがあるという立場を明らかにしたことは確 かである。 なお , ロッキード事件児玉ルート税務訴訟で も嘱託証人尋問調書の証拠能力が問題とされた 27 ) 当時の中国刑事訴訟法 ( 1996 年法 ) においては黙秘 権が認められていないと解されていた。三浦透・最判解刑事 篇平成 23 年度 176 頁 , 183 頁 ~ 1 頁参照。 28 ) この点を指摘し , 本判決の意義を論じるものとして , 井上正仁「刑事免責と嘱託証人尋問調書の証拠能力 ( I) ・ ②」ジュリ 1069 号 13 頁 , 1072 号 140 頁 ( 1995 年 ) , 後藤 昭「刑事免責による証言強制ーーロッキード事件」刑事訴訟 法判例百選〔第 7 版〕 148 頁 ( 1 的 8 年 ) , 川出敏裕「国際司 法共助によって獲得された証拠の許容性」研修 618 号 3 頁 ( 1999 年 ) 。 29 ) 第 1 審 : 東京地判平成 2 年 10 月 5 日判時 1364 号 3 頁。控訴審 : 東京高判平成 5 年 10 月 27 日判時 1478 号 24 頁。上告審 : 最判平成 7 年 6 月 29 日判時 1539 号 61 頁。第 1 審判決は次のように述べていた。「民事訴訟法上 , 原則と 特集 / 国際的租税回避への法的対応 が , 第 1 審 , 控訴審ともその証拠能力を肯定 し , 最高裁も , 原審の判断を正当として是認し た 29 ) 。 以上のような最高裁判決を前提とすると , 外 国の税務行政機関が取得した情報は原則として 証拠能力を有することを前提に , 私人が不適切 な方法で取得した情報と同様に , 例外的に証拠 能力が否定される余地が存在する , と考えるべ きではないかと思われる。 4. バナマ文書に基づく脱税犯の訴追は可能か 最後に , 私人が不適切な方法で取得した情 報 , または , 外国の税務行政機関が不適切な方 法で取得した情報を基に脱税犯の訴追を行うこ とができるか検討してみたい。しかし , この点 についてはむしろ , これまで参照してきた刑事 訴訟法における議論がストレートに適用される ことになる。そこで , こでは , タックス・ヘ イプンの銀行口座への資産隠しに関わるアメリ カ合衆国最高裁判所の判例を紹介する。 United States v. Payner, 447 U. S. 727 ( 1980 ) では , 脱税事案における , 第三者に対 する不適切な方法での捜査によって得られた証 拠について , 裁判所が ( 第 4 修正に基づくので はなく ) その職権 (supervisory power) に基 づいて証拠排除することの是非が争われた 30 ) 。 アメリカ内国歳入庁は 1960 年代以来 , アメ リカ国民がタックス・ヘイプンのバハマに資産 を隠していることを問題視し , 調査を行ってい して , 総ての文書は書証として証拠能力を有し証拠調べの対 象となり得るものであって , 我が国裁判官の嘱託により外国 においてされた証人尋問の調書であるという理由だけではそ の例外とならないものというべきである。」「嘱託に基づく証 人尋問の手続において , 立会いや反対尋問が認められていな かったこと・・・・・は , 当該証人尋問調書の実質的証拠力に影響 を及ほし得る事情であって , 書証の申出自体を不適法とする 事柄ではないというほかない。」 30 ) Rakas v. lllinois, 439 U. S. 128 ( 1978 ) が「証拠排除 を主張する適格」の法理として明らかにしたように , 第 4 修 正に基づく証拠排除は , 違法な捜索・差押えが被告人自身の 憲法上の権利 ( プライバシーの正当な期待 ) を侵害している 場合にはじめて認められる。 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 29
して同一の行政庁によって行われた後続する行 為 ( 行政立法 , 行政処分 , 行政計画等 ) の正統 性が害されることがあるだろうか (1) 。例えば , 国税通則法 74 条の 9 が定める納税義務者に対 する調査の事前通知に不備があったことによ り , 当該納税義務者に対する課税処分との関係 で当該調査に基づいて得られた情報が証拠能力 を失う , あるいは , 端的に課税処分が瑕疵を帯 びるということはあるのだろうか。 この問題を考えるにあたって参照されるべき は , 刑事訴訟における証拠排除の問題であ る 12 ) 。日本では , 戦後 , アメリカ法の影響及 び適正手続 (due process) の考え方の強調に より , 違法収集証拠の証拠能力が否定される場 合があるとの考え方が徐々に支持を集めてき た。そして , 最高裁も , 最判昭和 53 年 9 月 7 日刑集 32 巻 6 号 1672 頁において , 一般論とし て違法収集証拠の証拠能力が否定される可能性 を示した 13 ) 。また , 最判平成 15 年 2 月 14 日 刑集 57 巻 2 号 121 頁は , 「本件逮捕手続の違法 の程度は , 令状主義の精神を潜脱し , 没却する ような重大なものであると評価されてもやむを 得ないものといわざるを得ない。そして , この ような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容 することは , 将来における違法捜査抑制の見地 9 ) 金子宏「行政手続と憲法 35 条及び 38 条」同「租税 法理論の形成と解明 ( 下 ) 」 715 頁 ( 有斐閣 , 2010 年。初出 1973 年 ) , 720 頁 ( 〔質問検査権のような〕「刑罰によって間 接的にその実効性を担保された行政目的の立入検査」は「即 時強制とは区別された , 行政の 1 つの独立の行為形式として とらえるのが妥当であり , その意味で「行政調査』ないし 「行政検査」という新しい概念の下に , 質問検査権の行使を 説明し , また , その法理を究明すべきではないか」 ) ; 塩野宏 「行政調査」同「行政過程とその統制」 214 頁 ( 有斐閣 , 1989 年。初出 1973 年 ) 。 10 ) 最判昭和 63 年 12 月 20 日訟月 35 巻 6 号 979 頁。 11 ) 行政処分 ( 行政行為 ) との関係につき , 塩野宏「行 政法 I 〔第 6 版〕」 ( 有斐閣 , 2015 年 ) 290 頁 ~ 291 頁。 12 ) 以下の叙述については , 秋吉淳一郎「違法収集証拠」 井上正仁 = 酒巻匡編「刑事訴訟法の争点〔新・法律学の争点 シリーズ 6 〕』 ( 有斐閣 , 2013 年 ) 180 頁を参考にした。 13 ) 「証拠物の押収等の手続に , 憲法 35 条及びこれを受 けた刑訴法 218 条 1 項等の所期する令状主義の精神を没却す [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 26 からも相当でないと認められるから , その証拠 能力を否定すべきである」と判示して , 最高裁 として初めて具体的な事案との関係で証拠排除 を認めた。もっとも , そもそもなぜ証拠排除を しなくてはならないのか , その論拠は決して自 明ではない 14 ) 。この点に関する最高水準の研 究は , 次のように考えるべきであると述べ る 15 ) 。すなわち , まず , 「被告人に対する適正 手続の保障を確保するために , 法律上当然に証 拠が排除されなければならない場合」が存在す る。また , 「裁判所として , 『司法の無瑕性』を 維持し , 司法に対する国民の信頼を確保するた めに証拠の排除が必要とされる場合」 , 及び , 「同種の違法な手続の再発を抑止するために証 拠の排除が必要とされる場合」があるが , これ らの場合には , 「個々の事案ごとに , 証拠排除 の結果生ずるであろう不利益との対比の下に証 拠排除の必要性の程度を評量し , その間に適正 な権衡が保たれるよう , 証拠の採否を判定して いくことが必要」である。このように , 刑事訴 訟における証拠排除の論拠は様々であるし , そ の後の手続を違法とするほどの重大な違法が証 拠獲得手続に存在する場合を除くと , 具体的な 場合において証拠能力が否定されるかどうかの 判断は様々な考慮要素を勘案して行われる。 るような重大な違法があり , これを証拠として許容すること が , 将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でな いと認められる場合においては , その証拠能力は否定される ものと解すべきである」との一般論が述べられた。 14 ) 井上正仁「刑事訴訟における証拠排除』 ( 弘文堂 , 1985 年 ) 。近年のアメリカ法の文献も , アメリカ合衆国最高 裁判所の排除法則 (exclusionary rule) は , 判例自身が述べ ているような違法な手続の再発の抑止という論拠だけでは説 明できるものではなく , 複数の論拠によって基礎づけられる べきものであると主張する。 See David Gray, A Spectacular Non Sequitur: The Supreme Court's Contemporary Fourth Amendment Exclusionary Rule Jurisprudence, 50 American Criminal Law Review 1 ( 2013 ). 15 ) 井上・前掲注 14 ) 403 頁 ~ 404 頁。井上の見解に基づ く近時の説明として , 例えば , 川出敏裕「判例講座刑事訴訟 法第 24 回違法収集証拠 ( I) 」警察学論集 68 巻 11 号 134 頁 ( 2015 年 ) , 134 頁 ~ 137 頁を参
この点につき , 刑事訴訟法の学説を見ると , ることを考えると , 一般論としては , 質問検査 「司法の無瑕性」の維持という観点から証拠が 権の行使に違法があった場合よりもなお , 証拠 排除される可能性があるとの指摘がある 22 ) 。 能力を否定する必要性は小さいと言わざるをえ これに対して , 民事訴訟においては , かっては ない。刑事訴訟法の学説と同様に , 「司法の無 証拠能力が否定されることはありえないと考え 瑕性」の観点から , 極めて例外的に証拠能力が られていたものの , 現在では証拠能力が否定さ 否定される場合がある , と考えるべきではない れる場合もあると考えられている 23 ) 。近年の か。なお , 私人が不適切な方法で収集した情報 民事訴訟法の学説では , 違法収集証拠排除の論 に基づく証拠の証拠カ ( 証明カ ) が実際上は小 拠は「当事者間の公平」及び「公正な裁判とそ さい , という可能性は十分に存在する。 れに対する信頼」という点にあり , また , 民事 3. 外国の税務行政機関が取得した情報に 訴訟法上の正当な証拠収集制度 ( 証拠保全 , 文 基づく課税処分 書提出命令 , 当事者照会等 ) を利用しないで収 集された情報については基本的には証拠能力を 外国の税務行政機関が取得した情報が課税処 否定するべきであるとの方針を示すものもあ 分を基礎づける証拠となりうることは , 明らか る 24 ) 。 である。確かに , 外国の税務行政機関は日本の それでは , 課税処分との関係ではどのように 国税通則法の質問検査権に関する定めに従って 考えるべきか。私人による不適切な情報収集そ 行動するわけではない。しかし , 日本は , 多国 れ自体について被害者が ( 契約違反 , 信認義務 間条約である税務行政執行共助条約 25 ) を締結 違反や不法行為に基づく損害賠償請求等によ しているほか , 数多くの二国間での租税条約な り ) 法的な救済を受ける余地があること , 及 いし租税情報交換協定を締結しているとこ び , 不適切な情報収集を行。た私人が何らカ : の ろ 26 ) , 租税条約実施特例法に外国税務行政機 刑事法によるサンクションを受ける可能性力あ 関が取得した情報の利用に関する特段の定めの 22 ) 井上・前掲注 14 ) 414 頁 ~ 417 頁。なお , 被告人と電 話で話した新聞記者が会話の内容を録音したテープの証拠能 力が争われた事案において , 最決昭和 56 年 11 月 20 日刑集 35 巻 8 号 797 頁は当該事案の事実関係の下では録音するこ とは「違法ではない」と判断し , テープの証拠能力を否定す る被告人の主張を退けた。もっとも , 注 20 ) で述べた観点か らすると , 本決定で「違法」というときにそのことが何を意 味しているのか , また , 「違法」という概念を用いて論じる 必要があったのか。必ずしも明らかでないように思われる。 23 ) 問題状況につき , 例えば , 林昭ー「窃取された文書 の証拠能力」民事訴訟法判例百選〔第 5 版〕 140 頁 ( 2015 年 ) , 杉山悦子「民事訴訟における違法収集証拠の取扱いに ついて一一適正な裁判を可能にする証拠収集制度を考える道 標として」伊藤眞先生古稀祝賀論文集「民事手続の現代的使 命』 ( 有斐閣 , 2015 年 ) 311 頁 , 堀清史「民事訴訟における 違法収集証拠についての覚書」臨床法務研究 ( 岡山大学 ) 14 号 1 頁 ( 2015 年 ) を参照。裁判例では , 例えば , 「民事訴訟 法は , いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがな く , 当事者が挙証の用に供する証拠は , 一般的に証拠価値は ともかく , その証拠能力はこれを肯定すべきものと解すべき ことはいうまでもないところであるが , その証拠が , 著しく 反社会的な手段を用いて , 人の精神的肉体的自由を拘東する 等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであると きは , それ自体違法の評価を受け , その証拠能力を否定され てもやむを得ないものというべきである」という一般論が述 べられている ( 東京高判昭和 52 年 7 月 15 日判時 867 号 60 頁 ) 。 24 ) 杉山・前掲注 23 ) 328 頁 ~ 335 頁。しかし , 民事訴訟 法の正当な証拠収集制度が重要であり , 特に , 民事訴訟法 220 条 4 号ハ・ニで提出義務を免れている営業秘密やプライ バシーが侵害から保護されなくてはならないとしても , 不法 行為に基づく損害賠償請求のような証拠排除以外の方法を通 じて上記制度及び営業秘密やプライバシーが護られる場合が あるということも考慮すべきなのではなかろうか。 25 ) その内容につき , 増井良啓「マルチ税務行政執行共 助条約の注釈を読む」租税研究 775 号 253 頁 ( 2014 年 ) 参 照。 26 ) こで , 租税条約 ( 租税協定 ) とは , OECD モデル 租税条約のような所得課税に関する国際的二重課税排除のた めの条約のことであり , 租税情報交換に関する定め (OECD モデル租税条約 26 条参照 ) も含むものである。これに対し て , 租税情報交換協定とはもつばら租税情報交換について定 めた条約であって , 前掲注 6 ) で言及したパナマとの条約は こちらに属する。 28 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496
それでは , 行政調査における違法と後続する 行政庁の行為の正統性との関係をどのように考 えるべきか。具体的には , 質問検査権の行使に その根拠法令である国税通則法への違反があっ た場合 , このことは後続する課税処分に何らか の影響を及ばすだろうか。この点については , 質問検査権の行使と後続する課税処分との間に 密接な関連性があり 16 ) , また , 質問検査権の 行使を通じて獲得されたとされる証拠が強制に よって得られたものと評価できるならば 17 ) , 上記の刑事訴訟における証拠排除に関する学説 の枠組みに従って当該証拠の証拠能力が否定さ れる余地があると考えるべきではないだろう 力、 18 ) 。 なお , 証拠排除の問題としてとらえるのでは なく , 質問検査権の行使による情報収集を課税 処分 ( 行政処分 ) の前提たる行政手続と理解 し , 行政手続の瑕疵が行政処分の違法をもたら しうるか , という問題設定がありうる 19 ) 。し かし , 漠然と行政調査の違法性 ( 質問検査権行 使の違法性 ) 及びその重大性を判断してそれに 16 ) 次元が異なるが , 前出の最判平成 15 年 2 月 14 日は , 違法収集証拠を疎明資料として発付された捜索差押許可状に 基づいて差し押さえられた証拠につき , 当該証拠の差押えと 前記違法収集証拠との「関連性は密接なものではない」とい うことから , その証拠能力を肯定した。分析として , 池田公 博「違法な手続または証拠能力のない証拠と関連性を有する 証拠の証拠能力」ジュリ 1338 号 212 頁 ( 2 開 7 年 ) 参照。 17 ) 最大判昭和 47 年 11 月 22 日刑集 26 巻 9 号 554 頁は , 非刑事手続における強制にも憲法 35 条 1 項の保障の枠内に あるものが存在しうると述べている。 18 ) 裁判例においては , 1984 年頃までは調査手続の瑕疵 を主張することは主張自体失当であるという立場 ( 大阪地判 昭和 59 年 11 月 30 日行集 35 巻 11 号 1 6 頁 ) から税務職員 の質問検査権の行使の違法 ( 裁量権の逸脱・濫用 ) はこれに 基づく課税処分をも違法ならしめるという立場 ( 京都地判昭 和 59 年 4 月 26 日シュトイエル 274 号 1 頁 ) まで , かなり 様々な見解が見られたが ( 最高裁判所事務総局編「主要行政 事件裁判例概観 2 : 租税関係編」〔法曹会 , 1989 年〕 274 頁 ~ 277 頁参照 ) , 1986 年頃以降は , 「税務調査の手続の瑕疵 は , 原則として更正処分の効力に影響を及ほすものではな く , 例外的に , 税務調査の手続が刑罰法規に触れ , 公序良俗 に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなど 重大な違法を帯び , 何らの調査なしに更正処分をしたに等し 特集 / 国際的租税回避への法的対応 基づいて行政処分 ( 課税処分 ) の有効性が失わ れるかどうかを判断するよりも , 課税庁が訴訟 において提出する個々の証拠についてその証拠 能力の有無を判断する方が , 判断過程が批判可 能な形で示されるため , 適切なのではなかろう 2. 私人が不適切な方法で取得した情報に 基づく課税処分 次に , 私人が必ずしも適切とは言えない方法 で取得した情報を課税庁が課税処分を基礎づけ る証拠として ( あるいは納税者が課税処分の違 法性を基礎づける証拠として ) 利用することが できるか考えてみたい 20 ) 。具体的には , パナ マ文書で恐らくそうであるように , 内部告発者 が情報を取得し報道機関を通じて公開する場 合 , 税務行政機関等カ坏適切な方法で情報を取 得した私人から直接情報を取得する場合 (1) , 及び , 不適切な方法で情報を取得した私人が証 人となったりその作成した文書が書証となった りする場合が考えられる。 いものとの評価を受ける場合に限り , 更正処分の取消事由と なるものと解するのが相当である」 ( 東京地判平成 27 年 5 月 28 日裁判所 HP ( 平成 25 年 ( 行ウ ) 第 36 号 ) ) といった一般 論へと収斂している。 19 ) 金子宏「租税法〔第 21 版〕」 ( 弘文堂 , 2016 年 ) 873 頁及び塩野・前掲注 (1) はこのように問題設定していると考 えられる。また , 前注で引用した裁判例の一般論も , 同様の 問題設定を前提としているように読める。なお , 田中健治 「行政手続の瑕疵と行政処分の有効性」藤山雅行 = 村田斉志 編「新・裁判実務大系 ( 25 ) : 行政争訟〔改訂版〕」 ( 青林書院 , 2012 年 ) 1 % 頁も参胆 20 ) 私人が取得した情報については , 国税通則法が定め る質問検査権を行使するための要件のような情報取得を根拠 づける法規範が存在するわけではない。このため , 課税庁が 取得した情報と同じ意味で違法収集証拠ということはできな (1) 2 開 8 年 2 月にドイツ連邦情報局が , 4 開万ユーロ以 上の対価を支払ってリヒテンシュタインの銀行の元職員から 顧客情報を入手したという事例はこれにあたる。「「脱税の 巣」リヒテンシュタインの隠し口座 , 大捜査 : 独 , 顧客情報 を 7 億円で入手」朝日新聞 2 開 8 年 3 月 1 日東京版朝刊 7 面 参 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 27
た (1) 。その過程で , 麻薬取引を行っている者 ように , 証拠排除の考え方が広く認められてき がフロリダ州所在の某銀行に口座を保有してい たアメリカにおいても , 被告人以外の者の憲法 るとの疑いがあったため , 次のようなことが行 上の権利が侵害されているにとどまる場合は , われた。まず , 私立探偵キャスパーが同銀行の 証拠排除は認められない。 職員であるウォルステンクロフトと友人関係を 皿むすびにかえて 築き , さらに , このキャスパーがウォルステン クロフトに別の私立探偵ケネディを紹介した。 以上述べてきたとおり , 現在の日本の判例・ ウォルステンクロフトがケネディの家に書類鞄 学説を前提とすると , パナマ文書を端緒とした を置いて 2 人で食事に出かけた隙に , ケネディ 課税処分等は原則として可能である。すなわ から預かった合鍵を用いてキャスパーがケネ ち , パナマ文書自体あるいはそれに基づいて得 ディ宅に入りウォルステンクロフトの書類鞄に られた資料の証拠能力は原則的に肯定される 入っていた 300 超の書類を複写した。これらの が , 極めて例外的に提出された証拠の証拠能力 書類から , 同銀行とフロリダ州の別の銀行の間 が否定される場合がありうる , と考えるべきで の密接な関係が判明し , 当該別の銀行に対して あろう。もっとも , 繰り返しになるが , パナマ の文書提出命令 (subpoena) により本件で問 文書等の証拠能力が肯定されるからといって , 題となった証拠が得られた。すなわち , 納税者 それらが課税処分や脱税犯の訴追を基礎づける ペイナーは 1972 年の連邦所得税につき虚偽申 ほどに十分な証拠カ ( 証明カ ) を有していると 告があったとして脱税の廉で起訴されたが , は限らない。なお , 本稿で述べた問題は , 納税 の文書提出命令により , ペイナーがバハマの銀 者に関する情報をめぐる様々な法的問題の一端 行口座の資金を担保として 10 万ドルの借入れ にすぎない。納税者に関する情報の移転につい を行っていたことを明らかにする資料が得られ ての規律のあり方について , 今後も考察を続け たのである。 ていきたい 32 ) 。 訴訟ではこの資料についての証拠排除の可否 が争われ , 第 1 審の連邦地裁及び控訴審の第 6 ( 本論文は , 2016 年度科学研究費基盤研究 (c) 巡回区合衆国控訴裁判所は , 裁判所による職権 最適課税論の動向を反映した租税体系をめぐる での証拠排除を行った。しかし , 最高裁判所 基礎的研究 ( 15K03119 ) の研究成果である ) ( パウェル裁判官が法廷意見を執筆 ) は , 「法廷 外の第三者から違法に押収されたという理由 で , それ以外の点では証拠能力に問題のない証 拠を連邦裁判所が職権によって排除すること は , 許されない」と判示した。最高裁判所は , 証拠排除の主張を認めなかったのである。この 一三 (1) 経緯については , 以下の文献 ( いわゆる「ゴードン 報告書」 ) を参照。 Richard A. Gordo 珥 Tax Havens and Their Use By United States Taxpayers -An Overview, 1981 , at 111 ー 116. 上記合衆国最高裁判決の事案への言及もある。 ゴードン報告書を参照して書かれたタックス・ヘイプンに関 する分析として , 中里実「 Tax Haven の利用形態」同「国 際取引と課税」 ( 有斐閣 , 1994 年 ) 252 頁 ~ 280 頁 ( 初出 1983 年・ 19g 年 ) 参照。また , ゴードン報告書が実際には アメリカ人によるタックス・ヘイプンの利用を押しとどめる ために利用されなかったことにつき , ニコラス・シャクソン 「タックスへイプンの闇ー一世界の富は盗まれている ! 」 ( 朝 日新聞出版 , 2012 年。原著 : Nicholas Shaxson, Treasure lslands: Tax Havens and the Men WhO StoIe The World, Bodley Head, 201D 193 頁参照。 32 ) これまでの研究成果として , 渕圭吾「日本の納税者 番号制度」日税研論集 67 号 33 頁 ( 2016 年 ) を参照。 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 30
ハラスメントの調査・認定申立てに対する 調査委員会の不設置等の配慮義務違反性 学校法人関東学院事件 実義務に照らすと , 当該証拠の収集の方法及び態様 , 違法な証拠収集によって侵害される権利利益の要保護 性 , 当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の 諸般の事情を総合考慮し , 当該証拠を採用することが 訴訟上の信義則 ( 民事訴訟法 2 条 ) に反するといえ る場合には , 例外として , 当該違法収集証拠の証拠能 力が否定されると解するのが相当である。」 2 差出人不明者から本件録音体が送付されたとい う X の主張は唐突で不自然であり , この無断録音に は X の関与が疑われるところである。また , 防止委 員会の認定判断の客観性・信頼性の確保のために自由 な発言・討議が保障される必要性 , 関係者のプライバ シー・人格権保護のために守秘義務 , 審議の秘密は欠 かせないこと , このような趣旨で , 防止委員会の審議 を非公開とし録音しない運用としていることからする と , 委員会における審議の秘密は制度の根幹に関わる ものであり , 秘匿される必要性が特に高い。このよう な委員会の審議を無断録音することの違法性の程度は 極めて高いものであり , 無断録音に X が関与してい る場合はもちろん , 関与していない場合でも , X が 本件録音体を証拠として提出することは , 訴訟法上の 信義則に反し許されず , 証拠から排除するのが相当で ある。 解説 職場におけるハラスメントに関し , 使用者が加害者 からの報告のみで十分な調査をせず被害者を加害者の 下で引き続き勤務させる ( 沼津セクハラ ( F 鉄道工業 ) 事件・静岡地沼津支判平成 11 ・ 2 ・ 26 労判 760 号 38 頁 ) など , 事件の性質・内容に即した適切な対応を とっていないことが , 使用者の職場環境配慮義務違反 とされることがある。本件は , 労働者からのハラスメ ントの調査・認定の申立てに対して , 使用者が設置す るハラスメント防止委員会が調査委員会を設置せずに 手続を終了させたことが , 使用者の ( 安全 ) 配慮義務 違反となるかが争われた事件である。この点につい て , 判旨 I は , 使用者が定めた防止規程等に基づいて 対応することが安全配慮義務の履行となるとの一般論 を述べつつ ( 1 ) , Y の防止委員会のこれまでの運用 , 関連規定 , 申立ての内容 ( その趣旨・真意は人事評価 の問題でハラスメント認定は困難と考えられること ) 等からすると , 関係者の事情聴取を経て本件で調査委 員会を設置しないと判断・決定したことは安全配慮義 務に違反しないとした ( 2 ) 。本来適切な調査を行う べき事案について使用者が調査委員会等を設置せず十 分な調査を行わないことは使用者の職場環境配慮義務 違反となりうるものであるが , 判旨の認定事実を前提 とすれば , 事前の事情聴取によってハラスメント認定 が困難であると判断して調査委員会を開催しないもの とした防止委員会の対応は不適切とはいえないだろ また , 判旨Ⅱは , 非公開とされる防止委員会の審議 を無断で録音した証拠を違法収集証拠にあたるとし , 自由心証主義をとる民事訴訟においては , 当該証拠を 採用することが訴訟上の信義則に反する場合に例外と してその証拠能力が否定されるとの一般論を述べたう えで ( 1 ) , 本件防止委員会における自由な発言・討 議の必要性 , 関係者のプライバシー保護等の要請 , 本 件防止委員会の運用を考慮すると , 審議の秘密の必要 性および無断録音の違法性は極めて高く , その無断録 音体を証拠として提出することは信義則に反し許され ないとした ( 2 ) 。裁判例には , 大学教授がハラスメ ント対策委員会など大学内の諸会議での発言を秘密裏 に録音した記録を訴訟上証拠として提出した行為に対 し大学がこれを非難する文書を公表したことにつき , 名誉毀損として違法とはいえないとしたものがある ( 国立大学法人茨城大学事件・東京高判平成 27 ・ 1 ・ 22 LEX / DB25505714 ) 。本判決は , その民事訴訟で の証拠能力自体を否定したものであり , 自由な討議と プライバシーカ噂重されるべきハラスメント関係委員 会の審議の秘密 ( その無断録音の反社会性 ) を重視す る立場を示したものといえる。無断録音テープが訴訟 上証拠として提出されることが少なくないなかで , そ の証拠能力が否定された事例としても意味のある判決 である。 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 5
ロ東京大学教授 Mizumachi Yuichiro 水町勇一郎 労働判例速報 ロ東京高判平成 28 年 5 月 1 9 日 事実 x ( 原告・控訴人 ) は , 学校法人である Y ( 被告 被控訴人 ) に雇用され , Y が運営する A 大学で事務 職員として勤務している。 X は , 上司である B , C か らパワー・ハラスメントおよびセクシャル・ハラスメ ントを受けたとして , A 大学のハラスメント防止委 員会 ( 以下「防止委員会」 ) に , B, C および Y を被 申立人として , ハラスメントの調査・認定の申立てを 行った。 これを受け , 防止委員会は , X, B, C および Y の 大学事務長に対して事情聴取を行い , ① X と B, C 間のトラブルはコミュニケーション不足にあり , ハラ スメントか否かの認定判断をすることは不適切である こと , ② x の不満は人事に対する不満にあり , 同委 員会で対処するべき事由ではないと考えられることか ら , 調査手続には進まないこととし , X にその旨を 通知した。 x はこれに異議を申し立て , 防止委員会に 対し , 第三者からの事情聴取等を含めたさらなる審理 を求めた。同委員会の委員等は , X と面談して審議 の結果について説明を行い , X と C の面談の場を設 定したが , X がさらに調査・認定を求めたため , 同 委員会委員長は X に対し上記通知内容を最終的な結 論とすることを伝えた。 x は , 上記申立てと実質的に同内容の申立てを再 度行った。防止委員会は , 例外的な措置として調査委 員会を設置し , 同委員会の報告書に基づいた審議の結 果 , x の申立ての案件についてハラスメント認定を 行うことは困難であるとの結果に達し , X にその旨 を通知した。 x は , ①防止委員会がハラスメント防止規程に 則って調査委員会を設置しないなど適切な措置をとら なかったこと , ②〔 X が匿名の第三者から提供され たと主張する防止委員会の議論を録音した録音体によ ると〕同委員会の委員が , X の家庭環境に問題があ る , x は女性に対して偏見がある等の発言をしたこ とにより , x は侮辱され名誉を毀損されたなどとし て , Y の安全配慮義務違反 ( ②については併せて不 法行為の使用者責任 ) を主張し , Y に対し慰謝料 200 万円等の支払を求める訴えを提起した。原審 ( 横浜地 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 4 平成 28 年 ( ネ ) 第 399 号 , a 対学校法人関東学院 , 損害賠償請求 控訴事件 , LEX / DB25542758 判平成 27 ・ 12 ・ 15 LEX / DB25542757 ) は , X の請 求はいずれも理由がないとして請求を棄却した。 X は これを不服として控訴した。 判旨 控訴棄却。 1 使用者は , 労働者が労務を提供する過程 において , 職場内のハラスメント行為によって 労働者の心身の健康が損なわれないように配慮すべき 義務を負っている。 Y は , ハラスメント防止の目的 で , 防止規程等を定め , 委員会を設置しているとこ ろ , Y が防止規程等に基づいて対応することは , Y が負う安全配慮義務を履行することになるものであ る。 2 防止委員会は , 事案の内容・性質を踏まえ , 調 査委員会を設置しない運用をすることがあった。同委 員会が , 本件において , X の申立ての趣旨・真意が 人事評価の問題であると判断し , ハラスメント行為の 認定が困難で , かえって当事者間の対立を深めること となり不適切であると判断したことには , やむを得な い面がある。また , Y が防止規程等に基づき作成し たガイドラインには , 「〔調査委員会の調査の〕手続 は , 原則として申立人などから防止委員会に申立てが なされ , 申立てが適切であることを確認した場合に開 始します」との規定がある。以上の点などからする と , Y が本件において調査委員会を設置しなかった ことは , Y の防止規程等に違反し Y の安全配慮義務 違反にあたるとする X の主張には , 理由がない。 1 非公開とされる防止委員会の審議は , 何 Ⅱ 者かによって無断で録音されたものであり , 違 法に収集された証拠といえる。「民事訴訟法は , 自由 心証主義を採用し ( 247 条 ) , 一般的に証拠能力を制 限する規定を設けていないことからすれば , 違法収集 証拠であっても , それだけで直ちに証拠能力が否定さ れることはない〔 が〕 , いかなる違法収集証拠も その証拠能力を否定されることはないとすると , 私人 による違法行為を助長し , 法秩序の維持を目的とする 裁判制度の趣旨に悖る結果ともなりかねないのであ り , 民事訴訟における公正性の要請 , 当事者の信義誠
を十分に行わないまま両者が整合しないと結論 付けたものであって , 経験則に照らし不合理な 判断といわざるを得ないとし , 2 点目の「被告 人以外の指示者の存在可能性」についても , 第 1 審判決は抽象的な可能性のみをもって A 供 述の信用性を否定したものであって , この点の 判断も経験則に照らし不合理な判断といわざる を得ないとして , これらと同旨の説示をして第 1 審判決を破棄した控訴審判決には刑訴法 382 条の解釈適用の誤りはないと判示し , 被告人の 上告を棄却した。 解説 本決定も引用する平成 24 年判例は , 刑訴法 382 条の事実誤認の意義につい て , 「第 1 審判決の事実認定が論理則 , 経験則 等に照らして不合理であることをいう」とし , 控訴審が第 1 審判決に事実誤認があるとする場 合には , その根拠として「第 1 審判決の事実認 定が論理則 , 経験則等に照らして不合理である こと」を具体的に示すことを要求した。この平 成 24 年判例が示された後 , 最高裁は , 裁判員 裁判による第 1 審の無罪判決を事実誤認を理由 に破棄した 2 件の控訴審判決について , 第 1 審 判決の事実認定が経験則に照らして不合理であ ることを具体的に指摘できており刑訴法 382 条 違反はないとの判断を示していた ( 最三小決平 成 25 ・ 4 ・ 16 刑集 67 巻 4 号 549 頁 , 最ー小決 平成 25 ・ 10 ・ 21 刑集 67 巻 7 号 755 頁〔本号 81 頁参照〕 ) が , これら 2 件は , 密輸入の故意 等を認定できるときに事前共謀をも推認できる かとか , 密輸組織が関与しているという事実か ら運搬荷物の委託等があったと推認できるかと いった , ある程度一般化し得る形での経験則等 の適用の当否が問題とされた事案についての判 断であったのに対し , 本決定は , 共犯者供述の 信用性といった証拠の信用性評価が正面から問 題とされた事案についての判断である点が特徴 的である。 証拠の信用性評価に関する第 1 審の判 Ⅱ 断についても , それが論理則 , 経験則等 最高裁時の判例 に照らして不合理といえるかどうかという観点 から控訴審が審査すべきことは , 平成 24 年判 例の中で「控訴審は , 第 1 審と同じ立場で事件 そのものを審理するのではなく , 当事者の訴訟 活動を基礎として形成された第 1 審判決を対象 とし , これに事後的な審査を加えるべきもので ある。第 1 審において , 直接主義・ロ頭主義の 原則が採られ , 争点に関する証人を直接調べ , その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が 判断され , それらを総合して事実認定が行われ ることが予定されていることに鑑みると , 控訴 審における事実誤認の審査は , 第 1 審判決が 行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論 理則 , 経験則等に照らして不合理といえるかと いう観点から行うべきものであ」る ( 傍点筆 者 ) と明確に説示されていた。もっとも , 証拠 の信用性評価が「論理則 , 経験則等に照らして 不合理」といえる場合としてどのような場合が 念頭に置かれているかまでは明らかでなく , 実 務家の論稿等においては , 供述の信用性判断は 基本的には第 1 審の判断を尊重すべきものであ るから , 第 1 審判決における公判供述の信用性 の判断に論理則 , 経験則違反等があるといえる 場合とは , 客観証拠や重要な事実関係の見落と し・矛盾 ( 齟齬 ) がある場合や , それと同程度 にその判断内容が明らかに不合理である場合な どに限られるなどといった見方が示されていた ( 田中康郎ほか「裁判員の加わった第一審の判 決に対する控訴審の在り方」司法研究報告書 61 輯 2 号 92 頁〔 107 頁〕。東京高等裁判所刑事 部部総括裁判官研究会「控訴審における裁判員 裁判の審査の在り方」判タ 1296 号 5 頁〔 8 頁〕 , 東京高等裁判所刑事部陪席裁判官研究会 〔つばさ会〕「裁判員制度の下における控訴審の 在り方について」判タ 1288 号 5 頁〔 8 頁〕な ど ) 。 本決定は , 控訴審判決が , 第 1 審判決 Ⅲ に関し , ①通話記録が A 供述の信用性 を裏付けるものではないとした点 ( 通話記録と の整合性 ) と , ② A に指示を与えていた被告 人以外の第三者の存在が証拠上は抽象的可能性 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496 85
に止まるというべきであるのに , 被告人以外の 第三者の存在が強くうかがわれるとした点の 2 点に誤りがある旨指摘していたことを踏まえ , それぞれについて検討を加え , いずれの点でも 第 1 審判決の判断は明らかに不合理で , 経験則 に照らして不合理な判断といわざるを得ないと 説示している。詳細は決定書を参照されたい が , 本件の第 1 審判決は , A 供述の信用性判 断に当たって客観証拠である通話記録との整合 性自体は詳細に検討していたことから , 上記実 務家の論稿にあるような客観証拠の見落とし・ 矛盾といった問題点があったわけではないが , 受信が記録されていないなどといった通話記録 の性質に十分配慮しないまま , その証拠価値を 過大視し , それと A 供述との整合性を細部に ついて必要以上に要求したというべき証拠評価 をしていた点や , 抽象的な可能性というべき指 摘のみに基づいて A に指示を与えていた被告 人以外の第三者の存在の疑いを導き出し , A 供述の信用性を否定する評価をしていた点など が , 経験則違反というべき明らかに不合理な判 断と解されたものであろう。 本決定は , 平成 24 年判例の要請を満 Ⅳ たす控訴審判決として新たに一事例を追 加したもので , 控訴審の審査の在り方を検討す る上で参照価値が高いとともに , 共犯者供述の 信用性の判断の在り方に関しても参考になるも のと思われる。なお , 第一小法廷は , 本決定と ほば同じ時期に , 保護責任者遺棄致死被告事件 に関し , 被害者の衰弱状態等を述べた医師らの 証言が信用できることを前提に被告人両名を有 罪とした裁判員裁判による第 1 審判決を事実誤 認を理由に破棄した控訴審判決について , 刑訴 法 382 条の解釈適用を誤った違法があるとして 破棄 , 差戻しとしており ( 最ー小判平成 26 ・ 0 3 ・ 20 刑集 68 巻 3 号 499 頁 ) , 併せて参照され 86 [ Jurist ] August 2016 / Number 1496
て , A 供述の信用性を否定し , 被告人に無罪 刑事 を言い渡した。 検察官が控訴したところ , 控訴審判決は , 第 覚せい剤の密輸入事件について , 共犯者供述の 1 審判決について , ①通話記録からは被告人の 信用性を否定して無罪とした第 1 審判決には事 実誤認があるとした原判決に , 刑訴法 382 条の 関係する通話を含めてその通話内容の多くが本 解釈適用の誤りはないとされた事例 件密輸入に関する連絡であることが強く推認さ れるにもかかわらず , 第 1 審判決が指摘したよ 最高裁平成 26 年 3 月 10 日第一小法廷決定 うな点のみを根拠に通話記録が A 供述の信用 性を裏付けるものではないとした点や , ② A 平成 24 年 ( あ ) 第 744 号 , 覚せい剤取締法違反 , 関税法違反 被告事件 / 刑集 68 巻 3 号 87 頁 / 第 1 審・大阪地判平成 23 に覚せい剤密輸入に関して指示を与えていた被 年 1 月 28 日 / 第 2 審・大阪高判平成 24 年 3 月 2 日 告人以外の第三者の存在は証拠上は抽象的可能 Yano Naokuni 性に止まるというべきであるのに , 第 1 審判決 前最高裁判所調査官矢野直邦 が指摘する事情のみから被告人以外の第三者の 存在が強くうかがわれるとした点は , いずれも 事実 経験則に照らし明らかに不合理な判断であり , 本決定は , 覚せい剤の密輸入事件について , そのような判断を前提として A 供述の信用性 裁判員裁判による第 1 審が被告人に無罪を言い を否定して被告人と A らとの共謀を否定する 渡したが , 控訴審が事実誤認を理由に第 1 審判 結論を導いた点も , 結局経験則に照らして明ら 決を破棄 , 差戻しとしたことから , 被告人が上 かに不合理な判断であって是認できないとし , 告していた事案についての上告審決定である。 むしろ , A 供述は客観的な証拠である通話記 事案は , 日本在住のイラン・イスラム共和国 録とよく符合していて信用性が高く , A 供述 籍の被告人が , 共犯者らと共謀の上 , 約 4kg とは別に被告人の本件密輸入への関与を基礎付 の覚せい剤をトルコ共和国から航空機で日本に ける事情も認められるから , これらを総合評価 密輸したとして , 覚せい剤密輸入等の罪の共謀 すれば被告人と A らとの共謀を優に認定でき 共同正犯として起訴されたものである。共犯者 るとして , 事実誤認を理由に第 1 審判決を破棄 A が運搬役となった共犯者 B に指示を出して し , 事件を第 1 審に差し戻した。そこで被告人 本件覚せい剤をトルコ共和国から日本に持ち帰 が上告していた。 らせたことは当事者間に争いがなく , A の上 判旨 位者として被告人も本件密輸入に関与していた かどうかが第 1 審段階から争われた。 本決定は , 刑訴法 382 条の事実誤認の意義に 裁判員が参加した第 1 審では , A らの証人 っき「第 1 審判決の事実認定が論理則 , 経験則 尋問や被告人質問が行われ , A は , 被告人か 等に照らして不合理であることをいう」と判示 ら受けた指示をその都度 B に伝えて本件密輸 した平成 24 年判例 ( 最ー小判平成 24 ・ 2 ・ 13 入を実行させた旨の証言をした。第 1 審判決 刑集 66 巻 4 号 482 頁 ) を引用しつつ , 第 1 審 は , この A 供述の信用性について , ①検察官 判決が A 供述の信用性を否定した理由の 1 点 が裏付けとした通話記録に照らし首肯できる部 目である「通話記録との整合性」に関し , 第 1 分もそれなりにあるものの , 通話記録を子細に 審判決は , 受信が記録されていないなどの通話 みると A 供述と整合しない部分も少なからず 己録の性質に十分配慮せず , その有する証拠価 あること , ② B ら他の共犯者の供述等によれ 値をも見誤り , それと A 供述との整合性を細 ば , 被告人以外に A に指示を与えていた第三 部について必要以上に要求するなどした結果 , 者の存在が強くうかがわれることなどを指摘し A 供述全体との整合性という観点からの検討 84 一三ロ [ Jurist ] August 2016 / Number 1496