的部分ではないと判断すべき」であると判示した。 また , 同判決は , 第 5 要件に関し , 「特許請求 の範囲に記載された構成と実質的に同一なものと して , 出願時に当業者が容易に想到することので きる特許請求の範囲外の他の構成があり , したが って , 出願人も出願時に当該他の構成を容易に想 到することができたとしても , そのことのみを理 由として , 出願人が特許請求の範囲に当該他の構 成を記載しなかったことが第 5 要件における『特 段の事情』に当たらない」と示したうえ , 「出願 人が , 出願時に , 特許請求の範囲外の他の構成を , 特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分 に代替するものとして認識していたものと客観 的 , 外形的にみて認められるとき」には , 出願人 が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかっ たことは , 第 5 要件における「特段の事情」に当 たると判示した。 特許侵害訴訟の均等侵害の主張において参考と なる。 ( 上村哲史 ) 公取委 , 流通・取引慣行ガイドラインの 一部改正案につき意見募集を開始 3 月 28 日 , 公正取引委員会は , 流通・取引慣行 に関する独占禁止法上の指針の一部改正案につき 意見募集を開始した。 今回の改正対象は , 市場における有力事業者が 行う , 流通業者の競争品の取扱いに関する制限等 に関するいわゆるセーフハーバー基準である。現 行指針では , 有力事業者と認定される基準につい て , 市場シェアが 10 % 未満かっ順位が上位 4 位以 下の場合には通常違法とならないとされているの に対し , 新指針の下では順位基準を廃止し , 市場 シェアは 20 % 以下であれば通常違法とならない とされる。産業界からは , シェア基準が 20 % でも 低過ぎるのではないかという意見もあるところで あり , 今後の改正の行方が着目される。 外国会社が三角合併により内国会社に 衣替えして上場する初の事例 3 月 29 日 , 東証に上場する外国会社 ( 米国 ) で ある AcuceIa, lnc. ( アキュセラ ) は , 三角合併に より国内会社に衣替えしたうえで , テクニカル上 場を行う旨を公表した。 具体的には , アキュセラは , 日本における直接 保有の完全子会社 ( 日本持株会社 ) と , 当該完全 子会社を通じた米国における間接保有の完全子会 社 ( 米国 SPC) を有する状態で , アキュセラを消 滅会社 , 米国 SPC を存続会社とする三角合併を行 う。そのうえで , 当該三角合併の対価として , 旧ア キュセラ株主に対して , 米国 SPC がアキュセラか ら承継する日本持株会社株式を交付し , その結果 , 旧アキュセラの株主構成を承継した日本持株会社 をテクニカル上場させることが予定されている。 本件は , 外国会社が三角合併によって国内会社 に衣替えして上場する初の事例である。類似の手 法は , ( 最終的には中止となったが ) 東京工レク トロンと AppIied Materials, lnc. の経営統合スキ ームの一部としても利用が予定されていたもので あり , 今後 , 日本企業を当事者とする事例での活 用も考えられることから注目される。 ( 熊谷真和 ) 最高裁 , 固定資産税の滞納処分として なされた , 信託財産である土地等の 賃料債権に対する差押えを適法と判断 3 月 29 日 , 最高裁は , 信託の受託者が所有する 複数の不動産の固定資産税に係る滞納処分として なされた , 上記不動産のうち信託財産である土地 とその上にある固有財産である家屋に係る賃料債 権に対する差押えの適否が争われた事案につい て , 二審判決を破棄し適法との判断を示した。 本件の信託に適用される旧信託法が , 信託財産 について信託前の原因によって生じた権利または 信託事務の処理につき生じた権利に基づく場合を 除いて信託財産への差押えを禁じていたことから ( 16 条 1 項 ) , 信託財産である土地以外の不動産の 8 ( 加賀美有人 ) ビジネス法務 2016.7
0 朝新 経済制裁緩和後のイランビジネス 西村あさひ法律事務所 弁護士森下真生 2015 年 7 月 14 日に , イランによる核の平和利用と対イラン制裁緩和に関する包括的共同 行動計画 (JCPOA : Joint Comprehensive PI of Action) が合意されて以降 , イランビ ジネスの関心が高まっていたが , 2016 年 1 月 16 日に , JCPOA で定められていた履行日 (lmplementation Day) 1 が到来して , 制裁が緩和され , いよいよイランビジネスが現実的 なものとなった。本稿では , 後述する制裁復活 ( スナップバック ) との関係で今もなお把 握しておくことが望ましい従前の対イラン制裁を概説した後 , 制裁緩和後のイランビジネ スにおける実務上主要な問題点について説明する。 止等を内容とし , 加盟国に必要な措置を求め 朝従前の制裁状況 るものである。 日本の制裁は , 基本的にはこの各安保理決 イラン制裁として代表的なものは , 国連制 義の加盟国への要請に応えるものになってお 裁 , 米国制裁および EU 制裁である。 り , 外国為替及び外国貿易法等に基づく措置 がなされていた 2 。 国連制裁に関する安保理決議は , 2006 年 7 月 31 日の安保理決議第 1696 号によるウラン濃 2010 年 6 月 9 日の安保理決議第 1929 号以 縮・再処理活動の中止等の要請をイランが拒 降 , 米国および EU は , より広範で厳しい制 絶して以降 , 2006 年 12 月 27 日から 2010 年 6 月 裁を独自に設けた。米国および EU 制裁の対 9 日までの 4 度にわたって採択され , 徐々に 象は , 主として①核開発の財源としてのエネ 制裁が強化された。国連制裁は , イランの核 ルギーセクター , ②核開発の財源 , 決済・送 開発等に関連する個人・企業等の資産凍結 , 金手段等としての金融セクター , ③核開発関 入国・通過の監視・防止 , 核開発等に資する 連物資の運搬手段である海運・造船セクタ 物・技術等の移転禁止 , 特定の兵器の移転禁 , ④核開発等に資する特定の物質等 ( 貴金 1 JCPOA に定められた核の平和利用に関するイランの一定の義務の履行を国際原子力機関 (IAEA :lnte 「 national Atomic Ene 「 gy Agency) が確認したことを受け , 米国および EU が , JCPOA に従い , 核関連制裁を解除する日。 2 日本による一連の制裁の内容については , 経済産業省ウエプサイト (http: 〃 www.meti.go.jp/policy/exte 「 nal_economy/ t 「 ade cont 「 OI/01 —seidO/04_seisai/i 「 an. html) 参照。 138 ビジネス法務 2016.7
望ましいと思われる。その他 , 個別契約ごと に検討が必要となる場合があり , たとえば , 現地法人を設立して , 合弁事業を行っていた 場合における株主間契約では , スナップバッ ク時に , 他の株主も当該事業からの撤退を望 むのであれば , 契約終了 , 会社清算による出 資の払戻しを定めれば済むが , スナップバッ クにもかかわらず , 他の株主が事業継続を希 望する場合 9 や株式を制裁の影響を受けない 第三者に譲渡する場合には , 株式の譲渡とそ の代金の支払が速やかに完了するような仕 組み 1 。を検討する必要がある。 なお , スナップバック類似の問題として , 米国または EU による既存の制裁とは別の新 たな制裁をイランに対して課すというリスク も一応想定される 11 スナップバックおよび新制裁リスクの検討 に関しては , 2016 年 11 月に予定される米国大 統領選挙および 2017 年 6 月に予定されるイラ ン大統領選挙の動向が注目される 12 現在の制裁状況と 実務上の留意点 国連制裁に関し , 2015 年 7 月 20 日の安保理 決議第 2231 号に基づき , 履行日の到来をもっ て , イラン制裁に関する上記各安保理決議は 終了した。ただし , イランの重大な義務違反 の場合 , すべての終了した安保理決議が従前 どおり適用される 1 3 日本も , 2016 年 1 月 22 日の閣議了解によっ て , 従前の当該各安保理決議に対応する措置 をすべて解除した。 また , 米国および EU も , 履行日において , JCPOA 上の義務の履行として , 核関連制裁 を解除した 14 。 もっとも , 米国制裁は , 一次制裁 (primary sanction) と二次制裁 (secondary sanction) に分類されるところ , 今回 , 制裁緩和の対象 になったのは , 二次制裁であり , 一次制裁は ほばそのまま残存している。 一次制裁は , 米国人・米国企業に対する制裁 であり , イラン取引および制裁規則 (lranian Transactions and Sanctions Regulations) や 大統領令等に基づき , 米国人・米国企業によ るイランとの取引全般を禁止している。二次 制裁は , 米国域外の非米国人・非米国企業に 対する制裁であり , 前述の CISADA 等の各法 律や大統領令を根拠とする。 一次制裁との関係で留意すべきは , 制裁緩 和前と同様であり , ①米国人には , 米国民 ( 二重国籍者含む ) のみならず , 永住権を有 する外国人 , 米国内に現在する個人 ( 短期滞 在者 , ビザ保有者を含む ) を含むこと , ②米 国企業には , 米国企業に保有または支配 ( 持 分 50 % 超 , 取締役会過半数等 ) されている非 米国企業を含むこと , ③非米国人・非米国企 業による取引でも , 米国起源の物 , 技術 ( 各 10 % 以上 ) またはサービスの再輸出 , 米国 人・米国企業の承認・促進・支援等がある場 9 たとえば , イラン企業の場合や , EU 域内の法人ではなぐまた米国でビジネスを行っていない等により . 制裁を恐れる必要 がない法人等の場合は , スナップバックにかかわらず , 事業継続を望むことが考えらえる。 1 。通常 . 株式譲渡の場合には他の株主に先買権があり , ー連の譲渡手続に時間を要するが , スナップバックの場合の例外的取扱 いを定めたい。 11 国連 , EU および米国が新たな制裁を科すことは , JCPOA 違反となり , イランによる核兵器開発の再開に繋がるため , 常識 的にはリスクは低いと思われるものの特に米国大統領選の動向に関連して , 一応のリスクとして一般に懸念されている。 12 イランは , 201 3 年 8 月に反米・対外強硬路線のアフマディネジャド大統領に代わり , 国際協調路線を採る現在のロウハニ 大統領が就任して以来 , JCPOA 合意に向けた急激な前進を見せたということもあり , 大統領変更による政策変更リスクは無 視できない。 13 なお . 核関連物質取引等に関する一部の制限継続については , 前掲注 7 参照。 14 核関連制裁以外の継続については , 前掲注 7 照 ・ノい 0 140 ビジネス法務 2016.7
時撤廃率および関税撤廃率は【図表 2 】のと おりである。これらの数値は , 小数点第二位 を四捨五入した数値であるが , 99.9 % 以上 100 % 未満については , 小数点第二位を切り 捨てた数値とされる。また , 「品目数ベース」 および「貿易額ベース」は , いずれも 2010 年 における国内細分または輸出額に基づいて算 出されている。 【図表 2 】日本に対する工業製品に係る輸入関 税の即時撤廃率・関税撤廃率 【図表 3 】日本の他国全体に対する即時撤廃 率・関税撤廃率 国名 日本 即時撤廃率 品目数貿易額 べースペース 95.3 % 99.1 % 関税撤廃率 品目数貿易額 べースペース 100 % 100 % 即時撤廃率 関税撤廃率 国名 米国 カナダ ランド 豪州 ブルネイ チリ マレーシア メキシコ シンガポール ベトナム 品目数 べース 90.9 % 96.9 % 93.9 % 91 .8 % 90.6 % 947 % 78.8 % 77.0 % 80.2 % 100 % 70.2 % 貿易額 べース 67.4 % 68.4 % 98.0 % 94.2 % 96.4 % 98.9 % 77.3 % 94.6 % 98.2 % 100 % 72.1 % 品目数 べース 100 % 100 % 100 % 99.8 % 100 % 100 % 100 % 99.6 % 100 % 100 % 100 % 貿易額 べース 100 % 100 % 100 % 99.8 % 100 % 100 % 100 % 99.4 % 100 % 100 % 100 % また , 日本の他の 11 カ国全体に対する即時 撤廃率および関税撤廃率は【図表 3 】のとお りである。上記の輸入関税の即時撤廃率を見 ると , 米国およびカナダは , 品目数ベースで 9 割を超えているにもかかわらず , 貿易額ベ ースでは 7 割を下回っており , 品目数と貿易 額の乖離が大きい。これは , 貿易額ベースで 最大の輸入品目である乗用車の輸入関税が米 国およびカナダのいずれにおいても即時撤廃 されないことがその理由としてあげられる。 なお , 日本から輸入される乗用車の輸入関税 は , 米国では , 25 年目に撤廃され , カナダで 6 TPP 協定附属書 2 - D ( 関税に係る約束 ) 第 A 節 6 参照。 は 5 年目に撤廃される。一方 , 自動車部品や 家電 , 産業用機械などについては , 高い即時 撤廃率が実現されており , 特にこれらの分野 では , TPP 協定の発効の効果を早期に享受で きることができる。 削減・撤廃のスケジュール 確認の際の留意点 TPP 協定における関税削減・撤廃のタイミ ングを確認する場合 , 日本と他の国で 1 年の 捉え方に差があることに留意が必要である。 まず , TPP 協定では , 原則として , 1 年を 1 月 1 日から 12 月 31 日までと捉え , 2 年目は , TPP 協定発効後に到来する 1 月 1 日から開 始する 6 。そして , 関税の削減・撤廃は , 各 年の初日 ( 1 月 1 日 ) に行われる。そのた め , 5 年目撤廃という合意がなされている場 合 , 5 年目の 1 月 1 日に関税が撤廃されるこ ととなる。したがって , 仮に , 11 月 1 日に TPP 協定が発効した場合 , 5 年目の 1 月 1 日 は , 3 年 2 カ月後に到来し , その時点で関税 が撤廃されることとなる。 一方 , 日本は , 1 年を 4 月 1 日から 3 月 31 日までと捉えている 7 。そのため , 2 年目 は , TPP 協定発効後に到来する 4 月 1 日に開 始することとなり , TPP 協定の発効のタイミ ングにより , 他の国と比して , 3 カ月遅く , または , 9 カ月早く , 2 年目が到来すること となる。 Ⅲ 7 TPP 協定附属書 2 - D ( 日本国の関税率表 . 一般的注釈 ) 6 および 7 参照。 78 ビジネス法務 20167
連 載 >< 新の現在地 第 3 回 経済学の発展と独禁法 理論と実証を両輪として 0 京都大学大学院法学研究科 教授川濵昇 独禁法では「一定の取引分野における競争の実質的制限」など , 経済学の理解なしには 運用できない要件があり , 経済学の利用は不可欠である。かっては , 素朴な実証研究や完 全競争への接近を経済学の利用と考えられた時代もあったが , 経済理論 ( ミクロ経済学 ) に依拠した批判に曝された。この批判こそが「法の経済分析」の独禁法への影響とみられ る。その批判後 , 独禁法の経済学は理論 , 実証でめまぐるしい発展を遂げた。 I はじめに 独禁法 ( 競争法 , 反トラスト法 1 ) は , 市場 における競争にかかわる法律であり , その解 釈・運用に経済学が影響するのは当然のよう に思われるかもしれない。実際 , 経済学の一 分野としての産業組織論の主たる対象は独禁 法の規制対象でもある。そもそも , 産業組織 論という分野が 1940 年代から 60 年代にかけて 発展する原動力となったのも米国における反 トラスト法への公共政策的関心であった 2 独禁法が規制対象とする排他条件付取引 , 再 販売価格維持行為などのさまざまな慣行が経 済的にどのような帰結をもたらすのか , ある いは法執行メカニズムの設計がどのような帰 結をもたらすのかなど , 独禁法の規制のほと んどすべての領域に膨大な経済学の蓄積があ る。さらに米国や EU の競争当局をはじめ世 界各国で独禁法の運用に経済学を利用してい る。わが国は米国や EU に比べて経済学の利 用が低調であることは否定できないが , それ でも着実にその影響力は増しつつある。 経済学の利用に関して , 独禁法は以下の特 徴を持つ。まず , 具体的な法運用において経 済学の知見が必要なことである。独禁法の規 律対象となる行為は通常それらが競争へ悪影 響をもっ場合に規制される。ある行為が法の 要求する反競争効果をもっと判断するには , 経験則に依拠せざるをえない。それは経済学 に裏打ちされる必要がある。たとえば企業結 合が「一定の取引分野における競争を実質的 に制限することとなる」か否を判断する場合 を考えよう。これは , 当該企業結合により市 場支配力が形成・維持・強化されるか否かと いうことである。市場支配力とは競争状態に 1 わが国の独禁法に対応する米国の法律は反トラスト法と呼はれ , 多くの国では競争法と呼ばれている。 2 反トラスト法と経済学の歴史的な関係については , 川濵昇「独禁法と経済学」日本経済法学会編「経済法講座第 2 巻独禁法 の理論と展開 I 」 ( 三省堂 . 2002) 39 頁。 ビジネス法務 2016.7 145
は含まれていないため , これらの効果の算定 がなされれば , TPP 協定の効果はより大きく なることが想定される。非関税分野におい て , 特に企業の関心の高い分野として , ISDS (Investor-State Dispute SettIement) 条項を 含む投資に関する合意 ( 9 章 4 ) による海外 投資環境の整備の進展があげられる。 国内では , TPP 協定の実施に伴う法令の改 正を行うため , 3 月 8 日 , 私的独占の禁止及 び公正取引の確保に関する法律 ( 以下「独占 禁止法」という ) , 特許法 , 商標法 , 著作権 法など , 11 の法律を改正するための一括法案 として , TPP 整備法案が国会に提出された。 TPP 整備法案は , 原則として TPP 協定の発 効と同時に施行されることとなるが , TPP 協 定の発効には , 日本および米国の批准が不可 欠である。日本では , TPP 協定の承認案と TPP 整備法案が , 4 月 5 日に衆議院本会議で 審議入りしている。一方 , 米国では , 11 月の 大統領選挙に向けた民主党・共和党の候補者 指名争いの過程で , 有力候補から TPP 協定へ の批判も行われており , 日本国内の動向とあ わせて注目されている。 本連載では , TPP 協定のうち , 特に注目さ れている①関税分野および②投資分野の各合 意内容 , ならびに , TPP 整備法案により法案 の内容が明らかになった③知的財産権分野お よび④独占禁止法分野について検討を行う。 【図表 1 】各国の関税撤廃率 TPP が企業法務に与える影響 Ⅱ関税の削減・撤廃のポイント 1 TPP 協定における輸入関税の削減・撤廃 の概要 内閣官房の公表資料 5 によると , 各国の関 税撤廃率は【図表 1 】のとおりである。な お , 関税撤廃率には , TPP 協定の発効と同時 に関税が撤廃されるものと , 最長で 30 年間と いう期間を経て関税が撤廃されるものが含ま れている。そのため , 各品目の関税率の削 減・撤廃のタイミングについては , 関税分類 番号を用いて個別に確認することが必要であ る。関税撤廃率の最も低い日本でも , その割 合は約 95 % であり , 日豪経済連携協定 ( 平成 27 年 1 月 15 日発効 ) の関税撤廃率が 89 % と公表 されていることと比較しても , TPP 協定の関 税撤廃率の高さが見て取れる。 なお , 日本は , 農林水産品で , 「聖域」と された米などの重要 5 品目を中心に , 計 443 ラ イン ( 総ライン数は 9 , 018 ライン ) について 関税撤廃を行わないため , 他の参加国に比し て関税撤廃率が低くなっている。 2 工業製品に係る輸入関税の削減・撤廃の 概要 前述の内閣官房の公表資料によると , 各国 の日本に対する工業製品に係る輸入関税の即 国日本 品目数 95 % べース 貿易額 95 % べース 米国 100 % 100 % カナダ 99 % 100 % シンガ 豪州 NZ ポール 100 % 100 % 100 % 100 % 100 % 100 % メキ シコ 99 % 99 % チリ 100 % 100 % ベルー 99 % 100 % マレー シア 100 % 100 % ベト ナム 100 % 100 % ブル ネイ 100 % 100 % ( 注 ) NZ, シンガポール , 4 本稿の章または条文番号は , 特に記載がない限り , TPP 協定の章または条文番号を指す。 プルネイについては , すべての品目について関税撤廃。 5 内閣官房 TPP 政府対策本部作成に係る平成 27 年 1 0 月 20 日付「 TPP における関税交渉の結果」 (http: 〃 www.cas.go.jp/ jP/tpp/pdf/201 5 / 1 2 / 1 5 1 020_tpp_kanzeikousyoukekka. pdf) 参照。 ビジネス法務 20167 77
合および米ドル決済が必要な場合は , 禁止さ れること , ④米国人・米国企業に禁止取引を 行わせることも制裁対象になることである。 したがって , 一次制裁への抵触を避けるた めに , 対象ビジネスとその商流に , 米国人・ 米国企業 , 米ドル取引および米国起源の物等 が関与していないことを確認する必要がある。 二次制裁についてであるが , SDN (SpeciaI Designated Nationals) リスト掲載者 1 5 との 取引は依然禁止されており , 実際 , 企業が頭 を悩ましているのは , この点である 16 SDN リスト掲載者との取引禁止に関し , 違反が生じるのは , 取引相手が , 取引禁止対 象 1 7 であることを , 現に知っているか , また は知りうべきであった場合であるが , 知りう べきであったとの評価を受けないために , 取 引相手およびその株主・取締役について , 商 業上合理的と評価される調査を尽くすことが 必要になる。どこまで取引相手についてデュ 経済制裁緩和後のイランビジネス郞 ーディリジェンス ( 以下「 DD 」という ) を 行うべきかという問題であるが , この点につ いては , 取引の金額 , 頻度 , 目的 , 情報の入 手可能性等を考慮した個別判断にならざるを えないと思われる。場合により , 外部業者に DD を依頼することが適当な場合もあろう。 DD の結果は , 書面化して保管しておくべき である 18 また , 契約上の手当としては , 取引相手 に , SDN リスト掲載者ではない旨表明保証 をさせるとともに , 今後 SDN リスト掲載者 となること等を防止するための一定の義務を 負わせることが考えられる。 森下真生 ( もりしたまさお ) 西村あさひ法律事務所。弁護士 / ニューヨーク州弁護 士。 2002 年東京大学法学部卒業 , 04 年弁護士登録 ( 第 ー東京弁護士会 ) , 1 2 年 U ℃ . Be 「 keley Law SchooI (LL. M. ) 卒業 , 14 年ニューヨーク州弁護士登録。 15 SDN リストとは , 米国財務省外国資産管理室 (OFAC : Office of Fo 「 eign Asset Cont 「 (I) 作成の国家の安全保障を脅か す者等に関するリスト。 SDN リストは , OFAC のウエプサイト (https://www.t 「 easu 「 Y. gov/ 「 esou 「 ce-cente 「 / sanctions/SDN-List/Pages/default. aspx) で取得でき , リスト掲載者の検索もできる。 16 SDN リストにおける個人の特定が不十分な場合があること , イランでは , 会社の真の保有者隠蔽のために , 会社が何層にも なっていることがあり , SDN 掲載者の支配会社であるかの確認は必ずしも容易ではないこと等から , SDN リスト掲載者との 取引防止には困難を伴う。 17 OFAC の 2014 年 8 月 13 日付ガイダンス (https: 〃 www.t 「 easu 「 y. gov/ 「 esou 「 ce-cente 「 /sanctions/Documents/ licensing-guidance. pdf) から , SDN 掲載者のみならず , 1 または複数の SDN 掲載者に 50 % 以上保有される事業体も取 引禁止対象に該当すると解されている。 18 OFAC 作成の 201 6 年 1 月 ] 6 日付下「 equently Asked Questions ReIating tO the Lifting 0f Ce 「 tain U. S. Sanctions Unde 「 the JOint Comp 「 ehensive Plan 0f Action on lmplementation Day" でも , DD の実施と結果の書面化を勧めて いる ( M. 2 ) 。 国際投資仲裁ガイドブック 阿部克則監修 / 末冨純子 = 濵井宏之著 日本企業が海外に進出・投資した際に紛争が生じた場合の解決手段 の 1 つである投資仲裁について , 概要 , 他の紛争解決手段との比較 , 具体的な手続を解説。仲裁規則の原文・和文付。 A5 判・ 248 頁定価 : 3 , 000 円十税中央経済社 国投資仲裁 0 ガイドプンク 濵井宏之 ・末富純子 阿部克則 中央毅社“ 解決策 ! 解説した待望の書 ! 員体的手続をわかりやすく トラブルの TPP に盛り込まれ注目の 海外投資投ー ( 。的。 ビジネス法務 20167 141
属 , 金属 , ソフトウェア等 ) であり , 国連制 裁と比べ , 制裁対象行為は , 具体的でかなり 広範である。 EU 制裁は , EU 域内および EU 籍の個人・法 人等を対象とするのに対し , 米国制裁は , 域 外適用され , 非米国企業の米国外での活動ま で対象とする。特に米国の包括的イラン制裁 法 ( CISADA : Comprehensive lran Sanctions, Accountability and Divestment Act) により 導入された非米国金融機関に対する制裁の効 果が大きく 3 , 結果としてイラン取引全般に ついて大きな抑止効果が見られたが , 米国 は , その後も関連立法および大統領令によっ て次々と制裁を強化した。 その結果 , イランの金融機関への金融メッ セージサービス提供や 4 , 金融機関によるイ ランの金融機関全般との重大な金融取引が禁 止されることになり 5 , イランの金融機関は 完全に国際金融システムから孤立した。あら ゆる取引には金融機関の関与が不可欠 6 なこ とから , 結果としてすべてのイランビジネス の遂行が困難になった。 制裁緩和とスナップバック 前述のとおり , 2016 年 1 月 16 日に JCPOA に定める履行日が到来し , イランに対するほ とんどの核関連制裁が解除された 7 。 経済制裁緩和後のイランビジネス郞 JCPOA では , イランの核の平和利用に関 する義務と他の JCPOA 参加国によるそれに対 する協力義務が定められ , イランの義務履行 と引換えに , 米国および EU が核関連制裁を 解除するとされる。当然核の平和利用に関す る合意が JCPOA の根幹ではあるが , JCPOA において , イランビジネス上 , 留意する必要 があるのは , イランに JCPOA 上の重大な義 務違反があった場合の従前制裁の復活 ( スナ ップバック ) である。 スナップバックによる再制裁に遡及効はな いとされるが , 再制裁下で禁止されるビジネ スの継続は許容されない 8 。 特に上述した①エネルギー , ②金融 , ③海 運・造船 , ④特定の物質等が関わるビジネス を行う場合には留意が必要である。その他の ビジネスであっても , 従前制裁下同様 , あら ゆるビジネスについて送金・決済等が行えな くなるという問題が生じる可能性が高い。 スナップバックに対しては , 契約上の手当 が必要となるが , まず , スナップバックを不 可抗力事由 (Force Majeure) と整理して , スナップバック時における義務の不履行を免 責対象としておくべきである。また , 取引の 継続禁止に備えて , スナップバックを契約終 了事由とすべきである。貸付契約の場合は , 通常の違法性による強制期限前弁済条項がカ バーすると思われるが , スナップバックも強 制期限前弁済事由として明示しておくことが 3 違反の場合 , 非米国金融機関は , 米ドル決済に必要な米国金融機関内にコルレスロ座等を開設・維持できなくなる。その結 果 , すべての米ドル決済は , 米国金融機関内のコルレスロ座を経由して行われるため , 違反があると非米国金融機関は , 切の米ドル取引を行えなくなる。 4 イラン脅威削減およびシリア人権法 (l 「 an Th 「 eat Reduction and Sy 「 ia Human Rights Act) 220 条 ( c ) 。 5 2012 年度国防授権法 (National Defense Autho 「 ization Act fo 「 Fiscal Yea 「 2012 ) 1 245 条 ( d ) 。 6 融資等のみならず , イランの金融機関との関で送金業務を行うことも禁止される。 7 イランに対する制裁には , 核開発に関するものの他に , 大量破壊兵器 , 人権侵害 , テロに関するものがあるが , JCPOA は , イランによる核の平和利用と引換えに , 核関連制裁を解除するものであり , その他の制裁は対象としていない。また , 安保理 決議 2231 号は , 既存の安保理決議を終了したものの , 核関連の物・技術等の移転 , イランによる核物質・技術等への投資 , ビジネス法務 8 国連安保理決議第 2231 号バラグラフ 14 および JCPOA 本文バラグラフ 37 。 ( 前掲注 2 の経産産業省ウェブサイト参照 ) 。 の対象として加盟国に必要な措置を求めるなど , 核関連についても一定の制限は残る。日本もこれに応じ , 必要措置を講じた イランへの大型通常兵器等の供給等については . 国連安保理の事前承認を要するとし , また , 一定の個人・企業等を資産凍結 20167 139
新連載 PP が企業法務に与える影響 匸関税・原産地規則の実務上のポイント 森・濱田松本法律事務所ー = - 弁護士柴田久ー。 ~ 3 月 8 日 , 「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律 案」 ( 以下「 TPP 整備法案」という ) が国会に提出された。環太平洋パートナーシップ (Trans-Pacific Partnership (TPP) ) 協定では , 関税の削減・撤廃や投資の自由化 , ISDS 条項の採用などが注目されている。また , 国内法への影響も大きく , たとえば , ①著作権 等の存続期間の延長や②独占禁止法違反の疑いについて合意により解決する仕組みの導入 が予定されている。本連載のうち意見にわたる部分は , 筆者の個人的な見解であり , 筆者 の所属する法律事務所その他の組織の見解を示すものではないことを念のため付言する。 効果が見込まれている 3 TPP 協定の発効に伴う経済効果として , ま ず , 関税の削減・撤廃があげられる。この関 TPP 協定は , 2 月 4 日にニュージーランド 税削減・撤廃の効果は , 特に , 現在日本が経 で署名され , 現在 , TPP 協定に署名した 12 カ 済連携協定を締結していない米国 , カナダお 国 1 において , 批准および国内実施法の成立 よびニュージーランドとの間で大きい。 に向けた取組みが進められている。 TPP 協定 また , TPP 協定の効果は , 関税削減・撤廃 の署名国である 12 カ国の経済規模は約 のみに留まらない。上記の実質 GDP 水準の 3 , 100 兆円 ( 世界全体の約 4 割 ) , 市場規模 上昇の算定は , 関税の削減・撤廃に伴う効果 ( 人口の合計 ) は約 8 億人 ( 世界全体の約 1 に加え , 非関税措置 ( 貿易円滑化等 ) による 割 ) とされる 2 。内閣官房 TPP 政府対策本部 コスト縮減 , 貿易・投資促進効果などを含め によれば , TPP 協定が発効し , 日本が新たな た総合的な経済効果分析の結果とされてお 成長経路 ( 均衡状態 ) に移行した時点におい り , 関税以外の分野の合意内容の影響の大き て , 実質 GDP 水準は約 2.6 % 増 , 2014 年度の さがうかがえる。なお , 上記の効果には , 投 GDP を用いて換算すると , 約 14 兆円の拡大 資・サービスに関する市場アクセス改善など 1 オーストラリア , プルネイ・ダルサラーム . カナダチリ . 日本 , マレーシア , メキシコ , ニュージーランド , ベルー , シン ガポール米国およびベトナムが TPP 協定の交渉に参加し TPP 協定に署名している。 2 内閣官房「 TPP 政府対策本部」のウェブサイト (http://www cas. go.jp/jp/tpp/about/index. html) を参照。 3 内閣官房 TPP 政府対策本部作成の「 TPP 協定の経済効果分析について」 (http://www.cas.go.jp/jp/tpp/kouka/ pdf/1 5 1 224 / 1 5 1 224_tpp_keizaikoukabunnseki01. pdf) 参照。 第 1 回 I TPP 協定の影響 76 ビジネス法務 20167
はずである。言い換えるならば , 当事者のイ ンセンテイプの整合性をもたらす状態 ( 均 衡 ) において独占を維持・強化する排他条件 付取引を相手に課すことはできない 1 。。そう だとすると , これらの取引は他の ( しばしば 効率的な ) 目的がない限り当事者の利益とは ならないはずである。その結果として , かか る慣行を反競争的と疑いの目で見てきたのは 間違いということになる。このような論法は いわゆる米国反トラスト法におけるシカゴ学 派の基本的な立場である。これは , 最大化活 動と主体の相互作用による均衡 , 効率性の評 価という分析の典型となっている。 このような説明 ( シカゴ学派の立場 ) は 1970 年代半ばから 1980 年代にかけて米国で急 速に影響力を増し , 反トラスト革命と呼ばれ る大変動が生じた。これは , 競争法の法的議 論における「法の経済分析」の浸透という意 味を持つ。 理論的分析の深化と シカゴ学派の後退 しかし , 上記説明を読んで , 眉に唾をつけ たくなる向きも多いのでなかろうか。このよ うな単純な理論での説明は現実を反映してい ないのではないかという疑問は当然もたれよ う。シカゴ学派の議論が現実を著しく単純化 したものでリアリティを欠くという印象が , わが国での「法の経済分析」の受容を妨げた ことように思われる。 実際 , 上記論法は一定の条件の下でしか成 >< 団の現在地 立しない。さまざまな現実的な条件下で均衡 においても反競争的な効果が生じる例も多い ことはよく知られている 1 1 。たとえば , 取引 相手が多数存在すれば各個撃破する形で , い換えれば独占強化への抵抗に外部性が存在 しフリーライドできるがゆえに , 均衡戦略と して排他条件付取引が市場支配力の維持に使 われることはありえる。それ以外にも , ゲー ム理論の分析道具なども駆使して , さまざま な状況で排他条件付取引が成立するという理 論モデルが提案されてきた。これらのさまざ まなモデルは排他条件付取引が反競争効果を もつのはさまざまな要因によって決定される ことを示している。これまでの規制例やケー ススタディで問題視されてきた事例には , れらの要因を勘案したと見られるものとある 一方 , 問題があったか否か判然としないもの もある。 他方 , シカゴ学派が唱えた排他条件付取引 が効率性を向上させるケースの理論的探究も ' でいう効率性とは当該慣行の 進展した 費用低下や品質 ( 消費者に対する価値 ) の向 上など , 生産上の効率性と呼ばれるものであ り , 競争促進効果 12 とも呼ばれる。反競争効 果と競争促進効果が併存される場合に関し て , 市場支配カ ( 消費者利益 ) を規制基準と するのか , 経済全体での効率性の向上を規制 基準とするのかといった対立も生むことにな 13 った。 上記の理論の発展は合理性を前提としたも のであるが , 各国の競争法に詳しい方なら次 のような感想も持たれるかもしれない。「排 1 。これは , 独占利潤拡張不能理論と呼ばれる。詳細は , 柳川隆 = 川濵昇編「競争の戦略と政策」 ( 有斐閣 , 2006) 189 頁 , 255 頁参照。 11 柳川 = 川濵・前掲注 1 0 ・ 262 ~ 265 頁および Pa BeIIeflamme and Ma 「 tin Peitz,lndust 「回 O 「 ganization : Ma 「 kets ビジネス法務 座・現代法の動態第 6 巻」 ( 岩波書店 . 2014 ) 223 頁 , 234 ~ 237 頁参照。 13 独禁法では効率性ではなく , 消費者厚生を基準とすべき理由については川濵昇「法と経済学の現状と課題」亀本洋編「岩波講 そのものである。 12 生産上の効率性の向上は , 当該企業が能率に基づいて競争者から取引を奪うインセンティブを向上させる。これは , 競争促進 and St 「 ategies ()d ed. 201 5 ) 465-473 を参照。 20167 149