普通株式 - みる会図書館


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1. ビジネス法務 2016年10月号

上場会社による議決権種類株式の発行事例は 以下の通りである。 1 国際石油開発が発行した種類株式 国際石油開発 ( 現 : 国際石油開発帝石 ) は , 2004 年 11 月に , 石油公団に対して甲種種 類株式を発行した。同社は , 普通株式の上場 の直前に種類株式の発行決議を行い , 東京証 券取引所 ( 以下「東証」という ) は , 当該種 類株式が発行されることを前提として普通株 式の上場審査を行った。 同社が発行した甲種種類株式は , 通常は株 主総会における議決権を有しないが , 議決権 の 20 % 以上を保有する株主が存在する場合 に , 取締役の選解任権など一定の事項につい て , 甲種種類株主総会の決議を必要とすると いう , いわゆる拒否権付株式 ( 黄金株 ) であ った。かかる種類株式の発行については , 実 質的な資金調達手段であったとは言い難く , あくまで , エネルギー安全保障等の観点か ら , 同社の経営の根幹を改変するような提案 に対する政府の拒否権を確保することが , 要な目的であったとする指摘もなされた 4 2 伊藤園の無議決権株式 主 0 2007 年 9 月以降に , 伊藤園が無議決権株式 ( 第 1 種優先株式 ) による資金調達を行った。 これは , 日本の上場会社が議決権種類株式に より資金調達を行った実質的に最初の事例で ある。かかる優先株式は , 原則として議決権 を有しないものの , 過去 2 年間において第 1 種優先株主に対する優先的な配当を行う旨の 決議が行われなかったときは , 第 1 種優先配 当または第 1 種無配時優先配当の支払が行わ れるまでの間は , 議決権が復活するというも のである。また , 第 1 種優先株式には取得条 項が付されており , 伊藤園が消滅会社となる 合併等を行う場合または同社の普通株式に対 する公開買付けが実施され公開買付者の株券 等所有割合が 50 % を超えることとなった場合 には , 同社は第 1 種優先株式を取得すること ができる ( 第 1 種優先株主による普通株式へ の転換請求は認められない ) 。 伊藤園は , 2007 年の定時総会において第 1 種優先株式に関する定款変更を行い , 同年 8 月 31 日を基準日として全ての普通株主に対し て第 1 種優先株式の無償割当てを行った。同 社は , その後 , 第 1 種優先株式を追加で発行 し , 126 億円の資金調達を実現した。 同社は , かかる資金調達方法を選択した理 由について , 資金調達手段の多様化と投資家 への新たな投資機会の提供を図るためと説明 する 5 上記のように , 当該第 1 種優先株式は , 原 則として議決権を有さず , 発行会社が当該株 式に対する配当を行わなかった場合に議決権 が復活するというものである。そして , かか る種類株式が発行された背景については , 2005 年以降 , ライブドアとニッポン放送が経 営支配権の争奪戦を繰り広げたことや村上フ ァンドを始めとする「もの言う株主」の存在 感が高まり , 日本企業の間で敵対的企業買収 の脅威に対する危機感が高まったことが影響 を及ばした可能性も指摘されている 6 なお , 伊藤園の優先株式は , 議決権の行使 に関心のない投資家にとっては , 普通株式よ りも有利な内容であったにもかかわらす , 十 分な出来高があり , 適正な株価が形成されて きたとは言えない状況が続いた。かかる現象 が , 日本において種類株式というものが , 投 資家から十分な関心と適切な評価を得られて いるのか , 若干の疑念を生じさせることとな 4 大崎貞和「種類株式の多様化と議決権」証券アナリストジャーナル 52 巻 1 1 号 1 1 頁。 5 伊藤園の 2007 年 1 0 月 1 9 日付プレスリリース。 6 大崎・前掲注 4 ・ 1 1 頁。 1 1 8 ビジネス法務 2016.10

2. ビジネス法務 2016年10月号

った側面は否定できない。 3 CYBERDYNE による議決権種類株式の 発行 2014 年 3 月に , 介護支援などに利用が期待 されるロポットスーツの研究開発等を行う CYBERDYNE 株式会社 ( 以下「 CYBERDYNE 」 という ) が , 複数議決権株式と同等の効果を 有する議決権種類株式を発行している状態 で , 普通株式を東証マザーズ市場に上場し , 世間の注目を集めた。同社が発行した議決権 種類株式は , おおむね以下の通りであった。 ①普通株式の単元株式数は 100 株とし , 種 類株式の単元株式数は 10 株とする。これに より , 種類株主は普通株主と比べて株式数 が同数であればより多くの議決権を有する こととなった。 ②発行会社が , 株式の分割または併合をす るときは , 普通株式または種類株式ごとに 同時に同一の割合で行われ , 発行会社が株 主に募集株式の割当てをする権利を与える ときは , 普通株主には普通株式の割当てを 受ける権利を , 種類株主には種類株式の割 当てを受ける権利を , それぞれ同一に同一 の割合で与える等 , 種類株主の普通株主に 対する議決権の割合を維持することが可能 な設計とした。 ③普通株式および種類株式に係る剰余金の 配当および残余財産の分配は , 同順位かっ 同額であり , 普通株式および種類株式は , 全ての事項について株主総会において議決 権を行使することができる。 ④種類株式を譲渡するためには , 取締役会 の承認を要する。 ⑤種類株主は , いつでも , その保有する種 類株式の全部または一部を取得することを 発行会社に請求することができ , その場 合 , 種類株式 1 株につき普通株式 1 株が交 7 同社の新規上場申請のための有価証券報告書。 上場会社による種類株式活用事例と展望郞 付される。 ⑥発行会社は , (i) 同社が消滅会社となる 合併等が実施される場合 , ( ⅱ ) 同社株式に 対する公開買付けが実施され , 公開買付者 の保有する株式数が発行済み株式数の 4 分 の 3 となった場合 , (iii) 株主意思確認手続 において , 確認手続基準日に議決権を行使 することができる株主の議決権の 3 分の 1 以上を有する株主の意思が確認でき , 意思 を確認した当該株主の議決権の 3 分の 2 以 上に当たる多数が , 会社が種類株式の全部 を取得し , 種類株式 1 株を取得するのと 引き換えに種類株主に対して普通株式 1 株 を交付することに賛成した場合 , (iv) 種類 株主以外の者が種類株式を取得することま たは取得したことについて , 会社法 136 条 または 137 条に定める承認の請求がなされ た場合 , または ( v ) 種類株主が死亡した日 から 90 日が経過した場合 ( ただし , 他の種 類株主に相続または遺贈された種類株式お よび当該 90 日以内に他の種類株主に譲渡さ れた種類株式を除く ) を定款に定めてい る。 同社は , ( ア ) 同社が開発した先進的なサイバ ニクス技術が人の殺傷や兵器利用を目的とし た軍事産業への転用など , 平和的な目的以外 の目的で利用される可能性があるため , そう した転用を防止する必要があること , ( イ ) サイ バニクス技術の研究開発と事業経営を一貫し て推進する筑波大学大学院システム情報工学 研究科の山海嘉之教授が経営に安定して関与 し続けることが , 株主共同利益の観点から必 要であることを理由として説明する 7 同社のような先端技術の開発企業におい て , 技術の不当な利用等を防止するために複 数議決権株式を活用し , かっ創業者が経営に ビジネス法務 にとっても有意義な点がある。他方 , 上場会 関与し続けることを確保することは , 投資家 2016.10 1 1 9

3. ビジネス法務 2016年10月号

社として , 普通株主の権利保護と議決権配分 に係る情報開示を徹底し , 支配株主による議 決権の濫用を防止する仕組みが不可欠であ り , そのためサンセット条項を設けるなどの 工夫を施している。 4 トヨタによる種類株式の発行 トヨタは , 2015 年 4 月 28 日に第 1 回 AA 型 種類株式の発行 , それに関連する定款変更お よび当該種類株式の発行に応じた自己株式の 取得を公表した。なお , 同社は , 第 1 回から 第 5 回までの種類株式の発行が可能となる定 款変更を決議したが , 同日募集に係る決議が 行われたのは , 第 1 回 AA 型種類株式のみで あり , 第 2 回以降の募集は決議されていない。 当該種類株式の概要は以下の通りである。 ① AA 型種類株式には議決権が付与されて おり , 1 単元 (100 株 ) 以上の AA 型種類 株式を有する株主 ( AA 型種類株主 ) は , 株主総会において議決権を行使することが できる。 ②当該種類株主は発行からおおむね 5 年を 経過する日以降 , 毎年の特定の時期に , 当 該種類株主の選択により , 当該種類株式を 普通株式に転換することができる。 ③当該種類株主は , 四半期に一度 , 発行会 社に対して , 種類株式の償還を求めること ができる。 ④当該種類株式の発行価格は , 発行価格等 決定日の東証における普通株式の普通取引 の終値に対して 120 % 以上の水準で決定さ れる。 ⑤当該種類株主に対する剰余金の配当は , 発行価額に対して , 当初 0.5 % , 当該事業 年度以降 5 事業年度目まで毎年 0.5 % ずつ 増加し , 6 事業年度目以降は 5 事業年度目 の配当年率と同じく 2.5 % とする。当該種 類株主は中間配当についても優先的な権利 を有する。 ⑥配当金が満額支払われない場合には , 配 当金は翌事業年度以降に累積する。 ⑦残余財産の分配については , 当該種類株 式の発行価格 , 累積未払配当額および経過 配当金相当額の合計額が , 普通株主に先立 って支払われる。 ⑧発行会社は平成 33 年 4 月 2 日以降であれ ば , 当該種類株式を発行価格にて強制的に 買い取ることができるオプション ( 権利 ) を保有する。 ⑨当該種類株式を譲渡するためには , 原則 として発行会社の取締役会の承認を得なけ ればならない。 トヨタが発行した第 1 回 AA 型種類株式の 実体は , 転換権付社債 (CB) に近い面もあ るが , 第 1 回 AA 型種類株主は株主総会にお いて議決権も行使することができ , 同社の財 務基盤を考慮すれば , 少なくとも平成 33 年 4 月 1 日までは種類株式を保有し続けるメリッ トが大きいとも考えられる。しかし , 上記の ような譲渡制限が付されているため , 個人投 資家はともかく , 機関投資家にとっては同種 類株式を引き受ける経済的な意味は大きくな く , そのため , 同種類株式が企業防衛として の機能を有する側面もあるのではないかとい う懸念も示された。 東証の制度改正および上場制度 整備懇談会における議論 東証では , 2006 年に「上場制度総合整備プ ログラム」を公表し , 上場制度の包括的な見 直しに着手した。その検討事項の 1 つが種類 株式の上場制度の整備であり , 同年 9 月に学 識経験者 , 上場会社 , 機関投資家 , 証券会社 等を委員とした「上場制度整備懇談会」 ( 座 長 : 神田秀樹東京大学大学院・法学政治学研 究科教授 ) を設置し , 具体的な上場制度の整 備に向けた検討がなされてきた。上場制度整 120 ビジネス法務 2016.10

4. ビジネス法務 2016年10月号

IPO を行った GoogIe が , 経営陣が普通株主の 10 倍の議決権を付与される種類株式を保有す ることが可能となる種類株式を発行した事例 や , Facebook が同様の種類株式を発行した 事例などがみられる。 Google や Facebook が種類株式を発行した 事例については , 先端的な IT 分野に強い企 業については , 高い技術力と研究開発活動を けん引するリーダーシップを備えた経営者 が , 安定的に経営に関与し続けることが投資 家にとってメリットがあるなどと評価された 面がある一方 , 経営陣が敵対的買収の脅威に さらされないことから弛緩し , 私的利益を追 求する危険を高めるのではないかといったマ イナス面も指摘された。 日本における上場会社による種類 株式の発行事例および法制の変遷 旧商法下において , 平成 13 年商法改正前 は , 少数出資者が会社を支配することに対す る警戒から , 利益配当優先株式に限り議決権 がないものとでき , かっ , 優先配当額の支払 がない場合には , 当該株式の議決権が復活す るものとされていた。そのような中 , 2001 年 6 月に , ソニーが , 子会社であるソニ ュニケーションネットワーク株式会社 ( 当 事 ) を対象とした子会社連動配当株 ( トラッ キング・ストック形式 ) を東証一部に上場し た。トラッキング・ストックとは , 会社が有 する特定の完全子会社・事業部門等の業績に のみ価値が連動するよう設計された株式をい う。子会社連動配当株は , 連結子会社の業績 に連動して利益配当を行う種類株式であり , 旧商法の枠内でトラッキング・ストック形式 として発行されたことから , 日本版トラッキ 上場会社による種類株式活用事例と展望創 ング・ストックとも呼ばれた。また , 2001 年 ( 平成 13 年 ) 11 月の商法改正により , 株式会 社は , 株主総会において議決権を行使するこ とができる事項について内容の異なる数種の 株式を発行することが可能となった ( 種類株 式の弾力化 ) 。 種類株式については , その後の改正を経 て , 現在の会社法 108 条 1 項各号に規定され る内容の異なる種類株式を発行することが許 容された 3 。これにより , 会社は , 株主総会 において議決権を行使することができる事項 につき異なる定めをした , 内容の異なる株式 を発行することが可能となった ( 会社法 108 条 1 項 3 号 ) 。たとえば , ①ある種類の株式は総 会決議事項のすべてにつき議決権を有するが ( 議決権普通株式 ) , ②他の種類の株式は一切 の事項につき議決権がない ( 完全無議決権株 式 ) とか , 一定の事項についてのみ議決権を 有するものとすることが可能となった ( ②を 総称して , 議決権制限株式という ) 。わが国 では , 1 つの株式に複数の議決権を認める複 数議決権株の制度は認められていないが , 議 決権制限株式を利用することによって , 一定 の事項につき一部の株主が事実上の決定権限 を有するとすることが可能となった。 なお , 平成 13 年の商法改正前でも , 80 年代 に日立造船 , 日本冶金工業による無議決権優 先株式の発行事例があったほか , 90 年代以降 には , 金融機関による無議決権優先株式の発 行事例が多くみられるようになった。また , べンチャー企業などの非上場の会社において は , インセンテイプを付与する方法として , 無議決権優先株式の活用が積極的に検討され ることとなった。 他方 , 上場会社による種類株式の活用は必 ずしも一般的に行われてこなかった。日本の 3 現在の会社法 1 08 条 1 項各号では、①剰余金の配当について異なる内容を定める株式、②残余財産の分配について異なる内 容を定める株式、③議決権制限株式、④譲渡制限株式、⑤取得請求権付株式、⑥取得条項付株式、⑦全部取得条項付株式、⑧ 拒否権付株式、⑨種類株主総会での役員選任権の付された株式という 9 つの事項について、内容の異なる株式を発行すること が認められている。 ビジネス法務 2016.10 1 17

5. ビジネス法務 2016年10月号

( 会社法 108 条 1 項 3 号・ 2 項 3 号 ) を用いる方 法である。オーナーが 1 株の議決権のある株 式を保有し , 残りの株式全部を無議決権株式 として子女に贈与すれば , 生前に相続対策を 終えつつ , オーナーは会社の支配権を保持で きる。また , その 1 株を後継者に相続させる 旨の遺言を作成すれば円滑に事業承継でき る。特殊な例であるが , 兄弟がなお後継者争 いの途上であるため後継者を明確にできない という事案で , この兄弟がそれぞれ支配する 株式会社の保有する承継対象会社株式 ( 保有 比率が異なる ) を別の株式会社に会社分割に て承継させる際に , 単純にその株式保有会社 の普通株式を対価としてしまうと , その時点 で株式保有会社の支配者が確定してしまう。 そのため , 対価を無議決権株式として調整 し , 株式保有会社の資本構成をオーナー普通 株式 1 株 , 兄保有会社普通株式 1 株 + 無議決 権株式 , 弟保有会社普通株式 1 株 + 無議決権 株式と調整し , オーナー保有分を遺言により どちらに承継させるかを決定しうる状態にし た例がある。 すべての種類株式に譲渡制限が付されてい る株式会社は , 議決権制限種類株式の発行数 に特段制限はない。なお , 事業承継事案では 通常考えられないが , 公開会社は , 議決権制 限株式の発行数を発行済株式総数の 50 % 以下 に制限される ( 会社法 115 条 ) 。すべての種類 株式に譲渡制限が付されていないと公開会社 と扱われることに留意されたい。 一般的にはすべての議決権を制限し , いわ ゆる無議決権株式とするが , 株主総会決議事 項の一部のみ ( たとえば取締役選任議案は制 限するが剰余金配当議案は制限しないなど ) を制限することも可能である。 「発行する各種類の株式の内容」は , 登記 事項であるため ( 会社法 911 条 3 項 7 号 ) , 株式 会社の登記を取得すれば取引先等に議決権制 限種類株式を発行している事実および内容が 開示されてしまう。 2 株主ごとに異なる取扱いの定め ( 会社法 109 条 2 項 ) 公開会社でない株式会社 ( すべての種類株 式に譲渡制限が付されている株式会社 ) は , 議決権および財産権 ( 配当支払請求権・残余 財産分配請求権 ) につき , 株主ごとに異なる 取扱いを行う旨を定款で定めることができ , その場合 , 定められた株主の有する株式を議 決権および財産権に関する事項について内容 の異なる種類株式とみなして , 株式会社の規 定 ( 会社法第 2 編 ) および組織再編の規定 ( 会 社法第 5 編 ) を適用するものとされている ( 会 社法 109 条 2 項・ 3 項 ) 。逆にいえば , 雑則の規 定 ( 会社法第 7 編 ) の適用にあたっては , 種 類株式とみなされないため , 株主ごとに異な る取扱いの定めが定款になされても登記事項 とはならない。したがって , 登記により取引 先等に開示されることを懸念して , 株主ごと に異なる取扱いの定めを用いるケースもあ る。ただし , 導入時の定款変更の決議要件が 加重されている ( 定足数が頭数の半数以上 , 可決要件が総株主の議決権の 4 分の 3 以上 ) ことに留意されたい ( 会社法 309 条 4 項 ) 。 3 拒否権付種類株式 拒否権付種類株式は , 株主総会決議事項の みならず取締役会決議事項にも拒否権 ( 当該 種類株式にかかる種類株主総会決議を要する 旨の設計を行う ) を設定できる ( 会社法 108 条 1 項 8 号・ 2 項 8 号 , 323 条 ) 。 もっとも拒否権にすぎないため , 積極的に ある決議を提案し可決に持ち込む権限を単独 で有することは保証されていない。たとん ば , A を取締役にしたいという議案を否決す ることはできるが , B を取締役に選任するこ とは議決権の過半数を有する株主の賛同がな ければできない。その意味で現状維持の効力 134 ビジネス法務 2016.10

6. ビジネス法務 2016年10月号

を持つにすぎない。すでに取締役に就任して いるオーナーが , みずからの地位のみを保全 する目的であれば拒否権付種類株式でも達成 できる ( 否決し続ければ , 権利義務取締役と して留任可能である ) が , 無議決権株式を承 継者らに交付し , 完全な議決権を有する少数 株式をオーナーが保有し続ける方が安全だと し、んる。 4 取締役・監査役の選任についての種類株 式 種類株式ごとに取締役や監査役を選任でき る種類株式である ( 会社法 108 条 1 項 9 号・ 2 項 9 号 ) 。承継させる会社に兄弟が 1 人ずつ役 員派遣できることを保証したい , といった場 合には活用が考えられる ( 兄弟ごとに異なる 種類の役員選任種類株式を交付すればよい ) 。 ⑩スクイーズアウト 1 全部取得条項付種類株式 定款変更により , 種類株式発行会社とする ため対価とする種類株式の定めを置き , 続け て普通株式に全部取得条項を付し ( 会社法 108 条 1 項 7 号・ 2 項 7 号 , なお会社法 111 条 2 項 ) , そして全部取得の決議 ( 会社法 171 条 1 項 ) を 行って , 別の種類株式を対価として交付す る。その際 , 対価の交換比率を調整すること で支配株式以外の残余の株式を 1 株未満の端 数として金銭処理することにより , 強制的に 現金を支払って株主の地位をはく奪する手法 である。 一般に MBO などの上場会社の非公開化取 引の 2 段階目として平成 26 年改正前会社法の 下で用いられていた手法である ( なお , 立ち 入らないが , 平成 26 年改正後会社法 173 条 2 項かっこ書の追加により , 第 2 位株主が価格 決定の申立てを行うことにより , 交付すべき 法律家のための事業承継入門 対価が 1 株未満となって切り捨てられ ( 会社 法 234 条 1 項かっこ書 ) , 対価たる金銭を交付で きなくなる場合が生じ , 上場会社の MBO 実 務上利用が困難となった ) 。 ただし , 非上場会社で用いる場合 , 正当な 事業目的がないと無効であるという学説もあ り , 法的リスクを伴う。 なお , 取得日時点の分配可能額を超えて対 価を交付できないという財源規制に服するこ とに留意されたい ( 会社法 461 条 1 項 4 号 ) 。 2 その他のスクイーズアウトの手法 種類株式ではないが , スクイーズアウトの その他の手法につき簡単に触れる。 1 つは , 株式併合である。スクイーズアウ ト目的の場合 , 組織再編行為並みの事前開示 手続 ( 会社法 182 条の 2 ) , 差止請求 ( 会社法 182 条の 3 ) , 株式買取請求 ( 会社法 182 条の 4 ・ 182 条の 5 ) , 事後開示手続 ( 会社法 182 条の 6 ) を要することに留意されたい ( これらの規制 はスクイーズアウトの共通の規律となったと いってよい ) 。 もう 1 つは , 組織再編行為である。現金を 対価とする合併・株式交換を行う方法や株式 を対価とする合併・株式交換・株式移転を行 って比率を調整することにより少数株主保有 株式を端数とすることで , スクイーズアウト を行うことができる。 さらに議決権の 90 % 以上保有していれば , 株式等売渡請求を用いることも可能である ( 会社法 179 条以下 ) 。議決権べースで 90 % 以上 保有していればよいため , 1 株の議決権のあ る株式を有する株主が 100 万株の無議決権株 式を有する株主に対して売渡請求をすること も可能である。なお , 株式等売渡請求は , 新 株予約権の売渡しも請求可能である ( 会社法 179 条 2 項 ) 。公開準備会社で上場が頓挫した 会社が承継対象会社であるような場合には検 討に値することもあろう ( もっとも , 多くの ビジネス法務 2016.10 135

7. ビジネス法務 2016年10月号

上場会社による 種類株式活用事例と展望 弁護士川村一博 平成 27 年 4 月には , トヨタ自動車株式会社 ( 以下「トヨタ」という ) が , AA 型種類株 式の発行を公表し , 大いに世間の耳目を集めた事案に見られるように , 近時 , 普通株式と 議決権の内容に差がある , 種類株式の活用が注目を集めている。本稿では , 主に日本の上 場会社による種類株式が発行された事例や関連する制度の変遷を概観する。 社法の原則 : 1 株 1 議決権の 原則 日本の会社法では , 1 株 1 議決権が原則と される。かかる原則により , 会社の所有者で あり , 残余財産請求権等を保有する株主の議 決権数を出資関係と比例させることにより , 少数者による経営権の乱用が防止され , 経営 の効率化が期待されるという効果が期待され ることとなる。ただし , この原則の例外とし て , 定款上 , 一切の総会決議事項につき議決 権がない株式 ( 完全無議決権株式 ) や一定の 事項についてのみ議決権を有する株式 ( 議決 権制限株式 ) を作ることは認められている ( 同法 108 条 1 項 3 号 , 2 項 3 号 ) 。 これに対し , 海外の法制においては , いわ ゆる他議決権株式を認める国が存在する。た とえば , アメリカの各州法は , 一般に , 無議 決権普通株式のほか , 他議決権株式 (Super VotingStock) を認めている 1 。イギリスに おいても , 他議決権株式は許容されており , フランスにおいても , 一定の長期保有要件を 充たす株式等に二倍議決権を付与することが められている 2 新い 実際の事例としても , 米 Ford Motor 社が 1956 年の NYSE 上場に際し , 創業者のフォー ドー族が常に 40 % の議決権を維持できる種類 株式を発行した事例や , フランス , プジョー ファミリーが PSA PEUGEOT CITROEN グ ループにおいて , 25.3 % の持株比率で 37.9 % の議決権を有することなど , 古くから創業者 一族が経営権を維持することを可能とする種 類株式が発行されていた。近時でも , 2014 年 9 月に , Alibaba Group Holdings が議決権種 類株式をニューヨーク証券取引所に上場し た。さらに , 2004 年米国ナスダック市場で 1 加藤責仁「株主間の議決権配分』 ( 商事法務 , 2007) 89 頁など。 2 荒谷裕子「フランスにおける複数議決権制度」石山卓磨 = 上村達男編「公開会社と閉鎖会社の法理 ( 酒巻俊雄先生還暦記念 ) 」 ( 商事法務研究会 , ] 992 ) 。 116 ビジネス法務 2016.10

8. ビジネス法務 2016年10月号

法律家のための事業承継入門 ウトするニーズが生じることがある。このよ ては , 何ら変わらないものとされる。単純に うな場合に種類株式を活用することも選択肢 言えば , 1 株 1 , 000 円のときに , 議決権のあ の 1 っとなる ( その他の手法もあるためあわ る株式 1 株を A に , 無議決権株式 100 万株を B せて説明する ) 。 に相続させると , A の相続した財産は 1 , 000 円 , また , 相続により承継させたうえで , 売渡 B の相続した財産は 10 億円となるが , 会社は 請求によって株式会社が買い取ることも考え A が支配することになる。同様の例で拒否権 られる ( 遺留分対策のほか , 納税資金対策と 付種類株式 1 株を A に , 議決権のある株式 しても考えられる ) 。 100 万株を B に相続させても , 同様の相続財 産評価となるが , A は , B の決定を所定事項 3 種類株式の相続税法・贈与税法上の評価 については否定する権限を持っことになる。 方法 なお , 財産評価基本通達上は , 議決権の価 相続税および個人間の贈与・売買等にかか 値を O またはせいぜい 5 % 程度と見ている る贈与税の計算基礎となる対象財産の評価 が , 遺留分算定時の株式評価 , すなわち民法 は , 財産評価基本通達 ( 昭和 39 年 4 月 25 日付直 1029 条 1 項に定める「相続開始の時において 資 56 , 直審 ( 資 ) 17 ) によるものとされている。 有した財産の価額」の認定にあたり , 議決権 なお , 個人オーナーから法人が廉価で譲り受 の価値をどのように考慮するかについては未 けるような場合 , 法人税基本通達の問題とな 知数の問題があることに留意されたい。 り , 株価引下げ効果が出にくいことがあるの 私見としては , 取引相場のない株式 ( いわ で留意されたい。 ゆる非上場株式 ) の一般的な評価方法は , 時 財産評価基本通達上 , 取引相場のない株式 価純資産法と DCF 法との折衷によるところ , がどのように評価されるかについては本稿で これは , 株式価値の根源が過去の企業価値の は立ち入らないが , 種類株式との関連でいう 積上げ ( 純資産 ) と将来の企業価値への期待 と , 無議決権株式は , 原則として , 普通株式 値 ( 将来キャッシュフローの割引現在価値 ) と同様に評価されるが , 相続税の法定申告期 に由来するからであり , 議決権を考慮に入れ 限までに当該会社の株式につき遺産分割協議 るべきではないと考える。民法 1029 条 1 項に が確定し , 当該会社の株式を取得したすべて 定める「相続開始の時において有した財産の の同族株主から相続税の法定申告期限までに 価額」の認定にあたっても , これと同様に 無議決権株式の評価の取扱いに係る選択届出 財産権のみをもって評価し議決権を考慮すべ 書が提出されるなど所定の要件を充たした場 きでないと考える。議決権の過半数を有する 合には , 無議決権株式の評価を 5 % 減じ , 議 ことにより , 役員報酬として多額の金員を受 決権のある株式の評価を 5 % 増加させること 領できるとする反論もありうるが , それは株 ができる ( 平成 19 年 3 月 9 日国税庁課税部・資産 式の価値とみるべきものではない。 評価企画官・資産課税課・審理室「種類株式の評 価について ( 情報 ) 」 ) 。また , 拒否権付種類株 議決権の配分と財産権の配分 式は , 普通株式と同様に評価する ( 前掲・「種 とのズレを作り出す手法 類株式の評価について ( 情報 ) 」 ) 。 したがって , 種類株式を活用して , 議決権 1 議決権制限種類株式 の配分と財産権の配分とのズレを作り出した 義決権の配分と財産権の配分とのズレを作 としても , 相続税法・贈与税法上の評価とし り出す典型的手法は , 議決権制限種類株式 二二ロ 133 ビジネス法務 2016.10

9. ビジネス法務 2016年10月号

連載法律家のための事業承継入門 第 3 回 種類株式の活用 月、出一一良に和田倉門法律事務所 / 弁護士 権 ) など会社法の許容する事項につき内容の ( ー ) 事業承継とは 異なる種類株式を発行することが認められて いる ( 会社法 108 条 1 項 ) 。 事業承継とは , 「事業」の「承継」であり , 2 事業承継に関連する種類株式の活用場面 多くの場合 , 事業を営む法人の支配権の承継 を意味する。事業を営む法人が株式会社であ の概要 相続による「承継」の場面を想定すると , る場合 , 過半数株式の承継を意味する。な オーナーの生前とオーナーの死後の 2 つの時 お , 「承継」には , 大きく分けて , 取引行為 ( 対価を伴うものと伴わないもの ) , 相続 , 組 点で典型的に種類株式の活用場面が生じる。 オーナーの生前の時点を想定すると , 継続 織再編行為がある。 的な贈与によって将来の相続税を長期間に分 以上が原則的な整理であるが , 本稿では , 散させ , 全体としての税負担を下げることが これに加えて , 種類株式を用いて発行済株式 企図されることがある。他方 , オーナーとし 総数の過半数を承継しないにもかかわらず , ては , あまり早期に支配権を承継させてしま 議決権の過半数を承継する方法等につき扱 うと , 子女との関係が悪化した場合に経営か う。なお , 種類株式を用いる場合 , 株式内容 ら排除されるリスクを負うこととなる。この の変更等によっても「承継」が生じることに 場合 , 財産権のみを先に承継させ , みずから なる。 の死後 , 相続により支配権を事業の承継者に 承継させたいというニーズが生じる。 事業承継にあたり , 種類株式 オーナーの死後の時点を想定すると , 相続 はどのように利用されるのか ノ 人間で紛争が生じるおそれがあるため , 事業 を営む株式会社の議決権をある相続人に持た 1 種類株式 株式の内容は , 議決権と財産権 ( 配当支払 せず , 他の相続人に支配させたいというニ ズが生じることがある。このとき , 単にその 請求権・残余財産分配請求権 ) に区分され 株式会社の普通株式を一方の相続人に承継さ ( 会社法 105 条 1 項 ) , 株主は , 原則として , そ せると , 他の相続人から遺留分減殺請求を受 の有する株式の内容・数に応じて平等に取り ける可能性があり , これを封じつつ , 上記ニ 扱われる ( 会社法 109 条 1 項 ) 。 したがって , オーナーが保有する議決権と ーズを満たしたいということがある。 このように , 株式の内容のうち , 議決権と 財産権を何らかの理由で分離して , 承継者に 財産権を分離したい場合に種類株式を活用す 分配することは , そのままではできない。 この株主平等原則の 1 つの例外が種類株式 ることが可能である。 そのほか事業承継に関連して紛争が生じた であり , 定款に定めることにより , 議決権や 場合に , 少数株主の保有株式をスクイーズア 財産権 ( 配当支払請求権・残余財産分配請求 132 ビジネス法務 2016.10

10. ビジネス法務 2016年10月号

上場会社による種類株式活用事例と展望郞 護の点で問題がある点において , 必ずしも望 デメリット メリット ましいものではないと考える一方 , 議決権種 ・支配権の移動の制限 ・成長企業の資金調達 ・コーポレート・ガバ 手段の多様化 類株式の上場には , 新たな資金調達手段・投 ナンスのゆがみ ( 出 ・投資者の資産形成機 資対象としての活用が可能となるというメリ 資の割合と議決権の 会の拡充 ( 魅力的な ットもあるため , 個別具体的な事例におい 比率が比例しない ) 投資対象が新たに上 ・支配株主により少数 場 ) て , メリットがデメリットを上回り , かっ , 株 株主の利益が侵害さ ・わが国資本市場の国 主の権利を尊重したスキームであることが確 れるリスクの増大 際競争力強化 保されているのであれば , 議決権種類株式の 上場を認めるというスタンスをとっている。 備懇談会は , 2007 年 3 月に「中間報告」を公 このように , 現在の議決権種類株式に関す 表し , 議決権種類株式のメリットとデメリッ る東証の制度は , 議決権種類株式を新規上場 トを整理した ( 上図参照 ) 。中間報告では , する場面を想定したものである。他方 , トヨ 義決権種類株式の上場は , 必ずしも望ましい タの事例にみられるように上場会社が非上場 ものではないものの , 一律にこれを制限する の議決権種類株式を発行する場合の問題点の ことは適当ではないとの考え方が示され , ま 整理および対応は , 今後の課題とされている。 た , 一般株主の利益保護の関係から , 原則と して議決権種類株式の上場は新規公開時にの 【日本における上場会社による種類株式の発行 み認める方向で検討することが適当であり , に関する主な出来事】 議決権種類株式に伴うデメリットを緩和する 1982 年日立造船無議決権優先株式の上場 観点を中心として , 株主の権利を尊重したス 1984 年日本冶金工業無議決権優先株式の 上場 キームである場合にのみ上場を認めることが 1994 年さくら銀行無議決権優先株式の上場 適当であるとされた。この上場制度整備懇談 子会社連動配当株 ( トラッ 2001 年 6 月ソニ 会の答申に基づき , 東証では上場に関するガ キング・ストック形式 ) の上場 イドラインの策定に向けた実務上の論点を整 2004 年 11 月国際石油開発 ( 現 : 国際石油開発帝 理し , 2008 年 7 月 7 日に議決権株式の上場制 石 ) による甲種種類株式の発行 東証「上場制度総合整備プログラム」 度を導入した。 2006 年 の公表 , 上場制度整備懇談会の設置 その後 , 議決権種類株式の上場事例は見ら 2007 年 9 月伊藤園無議決権優先株式の上場 れなかったが , CYBERDYNE による議決権 2008 年 7 月議決権種類株式に関する上場制度の 種類株式のマザーズ上場を契機に , 東証は上 導入 場制度整備懇談会に追加的な検討を諮問し , 2014 年 3 月 CYBERDYNE 株式会社マサーズ市 場において議決権種類株式の上場 2014 年 2 月に「 IPO の活性化等に向けた上場 2014 年 7 月東証「議決権種類株式に係る上場審 制度の見直しについて」を公表し , 同年 7 月 査の観点の明確化のための上場審査 7 日には , 「議決権種類株式に係る上場審査 等に関するガイドラインの一部改正」 の観点の明確化のための上場審査等に関する トヨタ AA 型種類株式の発行 2015 年 4 月 ガイドラインの一部改正」として , 上場制度 の改正が行われた。 このように , 東証は , 議決権種類株式の上 場を , 上場会社の支配権の移動が制約される 等により , 一般株主が有利な価格で保有株式 を売却する機会が減少する等 , 少数株主の保 川村一博 ( かわむらかずひろ ) 弁護士 , ニューヨーク州弁護士。複数の上場会社によ る株式 , 社債等の発行案件を含め , ファイナンス取引 を担当した実績を有する。その他 , M & A 取引等の企業 法務を専門とする。 121 ビジネス法務 2016.10