「おや、もう、ど、つかへいったな」 とひとりごとをいいました。 「おつれさまですかね」 「いんにや。どっかの犬が、のこのこついてきて、はなれなかったんだよ 「きつねじゃありませんか。あなたのとおっていらっしやった、あのさきのやぶのところ に、よくきつねがでて人をばかすといいますよ 「おもしろくもないことをいいなさんな。ほい、おあしをここへおくよ」 じようねんばうかたて 常念坊は片手に、おまんじゅうのつつみとちょうちんをさげ、片手にだんごのつつみを とう・け ちょう もって峠にかかりました。その峠をおりて、たん・ほ道を十町ばかりいくと、じぶんの寺で す。 あんしん もう、あのいやな犬もついてこないので、安心して、てくてくの・ほっていきますと、や がてうしろのほうで、クンクンという声がします。 「おや、また、あの犬めがきたな」
ひょうじゅう と、兵十がいいました。 「ああん ? 」 「おれあ、このごろ、とても、ふしぎなことがあるんだ」 「なにが ? 」 「おっかあが死んでからは、だれだか知らんが、おれにくりやまったけなんかを、まい日 まい日、くれるんだよ」 「ふうん、だれが ? 「それがわからんのだよ。おれの知らんうちに、おいていくんだ」 ごんは、ふたりのあとをつけていきました。 「ほんとかい ? 」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見にこいよ。そのくりを見せてやるよ」 「へえ、へんなこともあるもんだなア」 それなり、ふたりはだまって歩いていきました。 にち
ね」 こえ あるまどのしたをとおりかかると、人間の声がしていました。なんというやさしい、な んといううつくしい、なんというおっとりした声なんでしよう。 「ねむれねむれ 母のむねに、 ねむれねむれ 母の手にーーー .. 」 子ぎつねは、そのうた声は、きっと人間のおかあさんの声にちがいないと思いました。 だって、子ぎつねがねむるときにも、やつばりかあさんぎつねは、あんなやさしい声でゆ すぶってくれるからです。 するとこんどは、子どもの声がしました。 「かあちゃん、こんなさむい夜は、森の子ぎつねは、さむいさむいってないてるでしよう すると、かあさんの声が、 はは
わたろう と和太郎さんはいいましたが、もうどうしようもありませんでした。おりは地面にこ・ほれ、 く・ほんだところにたまって、いっそうぶんぶんとよいにおいをさせました。 ひやく においをかいで、酒ずきの百しようや、年よりがあつまってきました。村のはずれにす ちょう んでいる、おトキばあさんまでやってきたところを見ると、おりのにおいは五町もながれ ていったにちがいありません。 みんながあつまってきたとき、和太郎さんは、車のまわりをうろうろしていました。 ぎゅうしゃ 「こりや、おれの罪じゃない。おりというやつは、ゆすられるとふえるもんだ。牛車でご ようき とごとゆすられてくるうちに、ふえたんだ。それに、このぬくとい陽気だから、よけいふ えたんだ」 だんな と和太郎さんは、旦那にするいいわけを、村の人びとにむかっていいました。 「そうだ、そうだ」 と人びとはあいづちをうちながら、道にたまった、たくさんのおりをながめて、のどをな らしました。 さけ じめん
と、源さんがいいました。 しばらくして源さんは、ガラスっ・ほから金平糖をひとっかみとりだすと、そのうちのひ とつをぼオいとうえになげあげ、ロでばくりとうけとめました。そして、 「どうだや、海蔵さ。これをやらんかや」 といいました。海蔵さんは、きのうまでは、よく源さんと、それをやったものでした。ふ きようそう か たりで競争をやって、うけそこなったかずのすくないものが、あいてにべつの菓子を買わ げいと、つ せたりしたものでした。そして海蔵さんは、この芸当ではほかのどの人力ひきにもまけま せんでした。 しかし、きようは海蔵さんはいいました。 「朝からおく歯がやめやがってな、あまいものは食べられんのだてや」 「そうかや、そいじゃ、由さ、やろう といって、源さんは由さんと、それをはじめました。 ふたりはいろとりどりの金平糖を、天じようにむかってなげあげてはそれを口でとめよ げん かいぞう てん こんべいとう 167
よいん て、あざやかに一つごオん、とついた。そしてふたりは耳をすましてきいていたが、余韻 がわあんわあんと波のようにくりかえしながら消えていったばかりで、・せんそくもちのた んのような音は・せん・せんしなかった。そこで・ほくたちは、この鐘の健康状態はすこぶるよ しんだん ろしい、と診断したのだった。 もんじろう みかわ また紋次郎君とこのおばあさんの話によると、この鐘を鋳た人が、三河の国のごんごろ うという鐘師だったので、そうよばれるようになったんだそうだ。鐘のどこかに、その鐘 きのすけ 師の名がほりつけてあるそうな、とばあさんはいった。これは木之助じいさんの話よりよ ほどほんとうらしい しん しかし。ほくは、大学にいっている・ほくのにいさんの話が、いちばん信じられるのだ。に しさんはこういっこ。 「それはきっと、ごんごんなるので、はじめにたれかがごんごん鐘といったのさ。ごんご ん鐘ごんごん鐘といっているうちに、だれかがいいちがえて、ごんごろ鐘といっちまった んだ。するとごんごろ鐘のほうがごんごん鐘よりごろがいいので、とうとうごんごろ鐘に かねし かねけんこうじようたい 、がね 126
でんとう けれど、おもてのかんばんのうえには、たいてい小さな電燈がともっていましたので、 きつねの子は、それを見ながら、ぼうし屋をさがしていきました。自転車のかんばんや、 めがねのかんばんや、そのほかいろんなかんばんが、あるものは、あたらしいペンキでか かれ、あるものは、ふるいかべのようにはけていましたが、町にはじめてでてきた子ぎつ ねには、それらのものが、いったいなんであるかわからないのでした。 とうとうぼうし屋が見つかりました。おかあさんが道みちよくおしえてくれた、黒い大 きなシルク ( ットのぼうしのかんばんが、青い電燈にてらされてかかっていました。 子ぎつねはおしえられたとおり、トントンと戸をたたきました。 「こんばんは」 ンチメートルー ~ すると、なかではなにかことこと音がしていましたが、やがて、戸が一寸 ( 約 どゴロリとあいて、光のおびが道の白い雪のうえに長くのびました。 お 子ぎつねはその光がまばゆかったので、めんくらって、まちがったほうの手を、 かあさまがだしちゃいけないといってよくきかせたほうの手を、すきまからさしこんでし じてんしゃ すん
「かしら、ただいまもどりました。おや、この子牛はどうしたのですか。ははア、やつば りかしらはただの盗人じゃない。おれたちが村をさぐりにいっていたあいだに、もうひと しごと 仕事しちゃったのだね」 釜右ヱ門が子牛を見ていいました。かしらはなみだにぬれた顔を見られまいとしてよこ をむいたまま、 子牛はおなかがすいてきたのか、体をかしらにすりよせました。 ちち 「だって、しようがねえよ。わしからは乳はでねえよ」 せなか そういってかしらは、子牛のぶちの背中をなでていました。まだ目からなみだがでてい ました。 そこへ四人の弟子がいっしょにかえってきました。 かまえもん ぬすびと かお 110
「金もちです、金もちです。すばらしいりつばな家でした」 「うん すぎ 「そのざしきの天じようときたら、さつま杉の一まい板なんで、こんなのを見たら、うち のおやじはどんなによろこぶかもしれない 、と思って、あっしは見とれていました」 「へつ、おもしろくもねえ。それで、その天じようをはずしてでもくる気かいー かんなたろう ぬすびとでし 鉋太郎は、じぶんが盗人の弟子であったことを思いだしました。盜人の弟子としては、 かお あまり気がきかなかったことがわかり、鉋太郎は・ハツのわるい顔をしてうつむいてしまい ました。 そこで鉋太郎も、もういちどやりなおしに村にはいっていきました。 「やれやれだ」 と、ひとりになったかしらは、草のなかへあおむけにひっくりかえっていいました。 「盗人のかしらというのも、あんがいらくなしようばいではないて」 てん いた 102
ーしと ら、町までいって、坊やのおててにあうような毛糸のてぶくろを買ってやろうと思いまし のはら くらいくらい夜がふろしきのようなかげをひろげて、野原や森をつつみにやってきまし たが、雪はあまり白いので、つつんでもつつんでも、白くうかびあがっていました。 おやこ ぎん 親子の銀ぎつねはほらあなからでました。子どものほうはおかあさんのおなかのしたへ はいりこんで、そこからまんまるな目をばちばちさせながら、あっちゃこっちを見ながら 歩いていきました。 やがて、ゆくてにぼつつり、あかりがひとつ見えはじめました。それを子どものきつね が見つけて、 「かあちゃん、おほしさまは、あんなひくいところにもおちてるのねえ」 とききました。 「あれは、おほしさまじゃないのよ」 といって、そのとき、かあさんぎつねり足はすくんでしまいました。 こ 0 ゆき