「金もちです、金もちです。すばらしいりつばな家でした」 「うん すぎ 「そのざしきの天じようときたら、さつま杉の一まい板なんで、こんなのを見たら、うち のおやじはどんなによろこぶかもしれない 、と思って、あっしは見とれていました」 「へつ、おもしろくもねえ。それで、その天じようをはずしてでもくる気かいー かんなたろう ぬすびとでし 鉋太郎は、じぶんが盗人の弟子であったことを思いだしました。盜人の弟子としては、 かお あまり気がきかなかったことがわかり、鉋太郎は・ハツのわるい顔をしてうつむいてしまい ました。 そこで鉋太郎も、もういちどやりなおしに村にはいっていきました。 「やれやれだ」 と、ひとりになったかしらは、草のなかへあおむけにひっくりかえっていいました。 「盗人のかしらというのも、あんがいらくなしようばいではないて」 てん いた 102
と、まだ少年の角兵ヱがこたえました。これは越後 (k しからきた角兵ヱじしで、きのう“ そと までは、家いえのしきいの外で、さかだちしたり、とんぼがえりをうったりして、一文二 文の銭をもら ~ っていたのでありました。 かんなたろう 「いいか鉋太郎」 「へえ」 えど だいく しょこく と鉋太郎がこたえました。これは、江戸からきた大工のむすこで、きのうまでは諸国のお しゅうぎよう 寺や神社の門などのつくりを見てまわり、大工の修業していたのでありました。 「さあ、みんな、いけ。わしは親方だから、ここで、いっぷくすいながらまっている」 ぬすびとでし かまえもん一かまし えびのじようじようまえや そこで盜人の弟子たちが、釜右ヱ門は釜師のふりをし、海老之丞は錠前屋のふりをし、 角兵ヱはししまいのように笛をヒャラヒャラならし、鉋太郎は大工のふりをして、花のき 村にはいりこんでいきました。 かしらは弟子どもがいってしまうと、どっかと川ばたの草のうえにこしをおろし、弟子 どもに話したとおり、たばこをスツ。ハ、」 スッパとすいながら、盗人のような顔つきをして じんじゃ ぜに ふえ おやかた えちご かくべ かお もん
かんなたろう と鉋太郎が意気ごんでいいました。しかしかしらは、それにこたえないで、 「わしはこの子牛をあずけられたのだ。ところが、いまだに、とりにこないので弱ってい るところだ。すまねえが、おまえら、手わけして、あずけていった子どもをさがしてくれ ねえか」 「かしら、あずかった子牛をかえすのですかー と釜右ヱ門が、のみこめないような顔でいいました。 「そうだ」 「盗人でもそんなことをするのでご・せえますか 「それにはわけがあるのだ。これだけはかえすのた」 ぬすびとこんじよう 「かしら、もっとしつかり盜人根性になってくだせえよ」 と鉋太郎がいいました。 かしらはにがわらいしながら、弟子たちにわけをこまかく話してきかせました。わけを きいてみれば、みんなにはかしらの心もちがよくわかりました。 かまえもん ぬすびと き かお よわ 112
きさのお釈迦さまに、あま茶の湯をかけておりました。おれもいつばいかけて、それから いつばいのましてもらってきました。茶わんがあるなら、かしらにももってきてあげまし たのに」 「やれやれ、なんという罪のねえ盗人だ。そういう人ごみのなかでは、人のふところやた ふえ もとに気をつけるものだ。とんまめが、もういっぺんきさまもやりなおしてこい。その笛 はここへおいていけ」 かくべ 角兵ヱはしかられて、笛を草のなかへおき、また村にはいっていきました。 かんなたろう おしまいにかえってきたのは鉋太郎でした。 「きさまも、ろくなものは見てこなかったろう」 と、きかないさきから、かしらがいいました。 かね 「いや、金もちがありました。金もちが」 こえ と鉋太郎は声をはずませていいました。金もちときいて、かしらはにこにことしました。 「おお、金もちか」 しやか つみ ぬすびと 101
十年もまえからの知りあいのように、ゆかいにわらったり話したりしたのでありました。 ぬすびと するとまた、盗人のかしらは、じぶんの目がなみたをこ・ほしていることに気がっきまし ろうじんやくにん た。それを見た老人の役人は、 じよう′」 「おまえさんはなき上戸とみえる。わしはわらい上戸で、ないている人を見るとよけいわ らえてくる。どうかわるく思わんでくだされや、わらうからー といって、ロをあけてわらうのでした。 「いや、この、なみだというやつは、まことにとめどなくでるものだね」 とかしらは、目をしばたたきながらいいました。 それから五人の盗人は、おれいをいって村役人の家をでました。 門をでて、かきの木のそばまでくると、なにか思いだしたように、かしらがたちどまり ました。 「かしら、なにかわすれものでもしましたか」 かんなたろう と鉋太郎がききました。 118
うえはんぶん おだわら ところが小田原ちょうちんは、上半分しかのこっていませんでした。どうやら、水でぬ ほね れたため、紙がやぶれて、コイルのようにまいてあった骨がたらりとのび、それがとちゅ うでなにかにひっかかって、ちぎれてしまったらしいのです。 「水にぬれたので、こんなになっちめえました」 わたろう と和太郎さんは、ちぎれて半分の小田原ちょうちんをはずして見せました。 わた ぎゅうしゃ 「そういえば、牛車も牛も、和太さんのきものも、ぐっしよりぬれているが、こりや夜っ ゅにしてはひどすぎるようた」 と、だれかがいいました。 「ひょっとすると、どこかの池のなかでもとおってきたのじゃねえか」 と亀徳さんがいいました。 「まさか、そ、そんなことはありません」 と和太郎さんは、おかあさんがそばにいるので、あわててうちけしました。おかあさんに しんばいさせたくなかったからです。 かめとく かみ よ
「こりや、お経たな」 といった。それからまた、 「安永なんとかかいてある・せ。こりや安永年間にできたもんだ」 といった。すると、どもりの勘太じいさんが、 、つ けな。お、お、 「そ、そうだ。う、う、おれのおやじが、う、う、生まれたとしにできた、・ あんえい おやじは安永の、う、う、うまれだ」 っこ 0 レ J 、かみつ ~ 、よ一つにいナ もんじろう 紋次郎君とこのばあさんが、 かねし 「三河のごんごろという鐘師がつくったとかいてねえかン」 ときいた。 すけくろう 「そんなことはかいてねえ、助九郎という名がかいてある」 よしひこ と、吉彦さんがこたえると、ばあさんはなにかぶつくさいってひっこんだ。 わたろう ぎゅうしゃ あんじゅ かねくよう 和太郎さんが牛車をひいてきたとき、きゅうに庵主さんが、鐘供養をしたいといしオ あんえい みかわ きよう かんた 133
たので、こんなことになってしまった、と説明しました。 村の人たちはいい人ばかりなので、じきに、はらが、おさまりました。そこでこんどは、 わたろう いろいろ和太郎さんにききはじめました。 わた 「和太さん、それで、いままでどこをうろついていたたイ」 と亀徳さんがききました。 和太郎さんは首をかしげて、 「どこだか、 はっきりしねえだ、右へかたむいたり、左へかたむいたり、高いところにの ひく ・ほったり、低いところにおりたりしたことをお・ほえているだけでのオ」 とこたえました。 むとう 「それで、無燈で歩いとったのか」 しばた と、おまわりさんの芝田さんはききました。 おだわら 「無燈じやご・せえません。ここに小田原ちょうちんがつけてありますに、ごらんくだせェ」 わたろう あたま ぎゅうしゃ といって、和太郎さんは牛車のしたへ頭をつつこみました。 かめとく せつめい
でんとう しばた おまわりさんの芝田さんは、なにか事件がおこったかと、電燈のしたであわてて黒いズ ポンをはき、サーベルをこしにつるしながらおりてきました。 しかし芝田さんは、話をきいて、すこしはりあいがぬけました。 わた 「そりや、また和太さんがいつばいやったんだろう といいました。 「ンでも、こげなこた、い っぺんもごぜえませんもの。あれにかぎって、いくらよっておっ ても、十一時にはちゃんとかえってきますだがのイ」 と和太郎さんのおかあさんはいいました。そして十一時が二十分すぎてもまだかえってこ 、よるのであ ないのは、きっと、とちゅうでおいはぎにでもっかまったにちがいないといし。 りました。 芝田さんは、このおさまった御代に、おいはぎなどが、やたらにいるものではないこと しようたい をきかせました。和太郎さんはいつもじぶんは正体もなくよって牛にひかれてかえってく こんや るのだから、今夜は、牛がなにかのぐあいで二、三十分おくれたのだろう、なにしろ牛な じけん
あかばう るふとった男の赤ん坊がはいっていたことです。 どこでどうして、このかごをのせられたのか、和太郎さんはいくら思いだしてみようと ばね しても、むだ骨おりでありました。てんでお・ほえがなかったのです。 わた 「天からさずかったのしゃあるめえか」と亀徳さんがいいました。「和太さんが、日ごろか によう・ば ら、子どもがほしい、女房はいらんが、といっていたのを天でおききとどけになって、さ ずけてくれたのじゃねえか」 和太郎さんは、亀徳さんがいし 、ことをいってくれたので、うれしそうな顔をしました。 じろうざもん しかし次郎左ヱ門さんは、 りようしん 「そんな、りくつにあわぬ話が、いまどきあるもんじゃねえ。子どもには両親がなけりや ならん」 といいました。 しばた また、芝田さんはひげをいじりながら、 す ちゅうざいしょ 「捨て子じやろう。 いっぺんあとから駐在所へつれてこい。調査書をかいて本署にとどけ てん かめとく わたろう ちょうさしょ かお ほんしょ