やくそく 「身の上ばなしをきかせてくださる約束だったわね。」とアリスが言いました。「それから、 なぜあれをきらいかというわけをーー・ーあの、ネの字とイの字を。」と、またきげんをそこね ましなしかとびくびくしながら、小さい声でつけくわえました。 「では、わたしの身の上ばなしをいたしましよう。 それはそれは、長い悲しいのを ! 」 と、ネズミはアリスのほうをむいて、ため息まじりに言いました。 「長くて、悲しい尾だって。そういえばたしかに長い尾だわ。」と感心しながら、アリス はネズミの尾をつくづくながめて言いました。「でも、なぜそれが悲しい尾なの ? 」ネズミ が話をしている間、アリスは一心にそのことばかり考えていたもので、その身の上ばなしは、 アリスの頭の中でこんな形になりました 「おうちのなかで 出つくわしたネズミ に犬めが言う
9 にせ海ガメの身の上ばなし・ おど 9 ェビの踊り だれがパイを盗んだか ? ・ しようげん ロアリスの証言 : あとがき ( 中野好夫 ) : さし絵ジョン・テニエル 194 179 160 142
そくてたまらなかったのです。けれどもほんのしばらくしますと、また遠くのほうからパタ ( タという足音が、きこえてきました。それでアリスはひょっとしたら、ネズミがきげんを なおして、身の上ばなしのつづきをしに、引きかえして来たのではないかと思って、一心に 見つめていました。
ぞんじ へやって来ました。 ( グリフォンをご存知ない 方は、さし絵をごらんください。 ) 「起きろ、なまけ者め ! このお嬢さんをに せ海ガメのもとへ御案内して、身の上ばなしを おきかせ申せ。わたしは引きかえして、命じて おいた死刑の指図をせねばならぬ。」 こう言って、女王さまはアリスをひとりグリ フォンのところへ残して、いってしまいました。 す アリスはグリフォンの顔つきがどうも好きにな れませんでしたが、ここに残っているのも、あ の野蛮な女王さまのあとを追ってゆくのも、お なじようなものだと思ったので、そこで待って いました。 グリフォンは起きあがって、目をこすりまし やばん しけい ごあんない のこ じよう 150
「何を悲しんでいるのでしよう ? 」とグリフォンにたずねると、グリフォンは、さっきと ′、よノ - て第ノ おなしように答えました。「みんな、ありもしない空想さ、あれは。悲しがることなんかな いんだよ。さあ、ついておいで。」 なみだ それで、ふたりはにせ海ガメのそばまで来ました。にせ海ガメは、涙をいつばいためた大 きな目でふたりを見ましたが、何も言いませんでした。 じよ ) 「ここなお嬢さんがな、おまえの身の上ばなしをききたいとさ。」と、グリフォンが言い ました。 「おきかせしましよう。」と、にせ海ガメは陰気な声で、しんみりと言いました。「おふた たの りともおすわりになってください。話が終わるまでロを出さないように頼みますよ。」 そこで、ふたりはすわりました。しばらくの間はだれも口をききませんでした。アリスは 心の中で、「お話をはじめなくては、いつまでたっても終わらないけど、どうする気かしら。」 と思いましたが、しんぼう強く待っていました。 いぜん やがて、大きなため息をひとつついて、とうとうにせ海ガメが口を切りました。「以前は、 わたしも本物の海ガメでした。」 いんき 152
9 にせ海ガメの身の上ばなし じよう こうしやくふじん 「かわいいお嬢ちゃんや、おまえにまためぐりあえてほんとにうれしいよ。」公爵夫人は、 アリスの腕にじぶんの腕をやさしくからませながら言いました。そして、ふたりはいっしょ 」しました。 に歩きだ こうしやくふじん 公爵夫人が上きげんなので、アリスはたいへんよろこびました。そして、さっき台所で会 ったとき、あんなにらんぼうだったのは、コショウのせいだったのだろうと思いました。 こうしやくふじん 「もしあたしが公爵夫人になるようなことがあったら、」と、アリスはひとりごとを言い ました。 ( たたし、あまり見込みのありそうな口ぶりではありませんでした。 ) 「お台所では、 いっさいコショウを使わないことにしましよう。ス ] プはコショウを入れなくても、少しも こまらないわーーー・人がびりびりするのは、たぶんコショウのせいだわ。」アリスは新しい法 そく とくい 則を発見したので、得意になってひとりごとをつづけました。「すねるのはお酢のせい す 142
した。「何を考えていなさる ? 」 「すみません。」とアリスは、おとなしく言いました。「たしか、五ばんめの曲がり角まで きたのだわね。」 「ヘッ、あきれた ! 」とネズミはぶりぶりして、つつけんどんにどなりました。 「切れたのですって ! 」と、ひとの手助けをすることのすきなアリスは、心配そうにあた りを見まわして言いました。「ねえ、あたしがつないであげましよう ! 」 「まっぴらだ。」と、ネズミは立ちあがって、むこうのほうへ歩いてゆきながら言いまし た。「そんなくたらないことを言って、わしをばかにしてるんだ ! 」 「そんなつもりじゃなかったのよ ! 」と、かわいそうにアリスはいいわけしました。「で も、あなたは、すぐ怒るんだもの ! 」 ネズミは、返事もせずに、ウウッとうなったたけでした。 ねが 「お願いだから、もどってきて、身の上ばなしをおわりまでしてちょうだい ! 」と、アリ スは後ろから声をかけました。すると、ほかの者もみな、声をそろえて、「そうた、そうだ、 たの ぜひ頼むよ ! 」と言いました。けれどもネズミは、じれったそうに頭をふって、足を少し早 おこ
かきまわしてゆきました。 そこで、アリスは、ことばやさしくよびとめました。「ねえ、ネズミさん ! どうそもう 一ど帰って来てちょうだい。おいやなら、こんどこそもう、ネコの話も、大の話もしないか これをきいたネズミは、くるりとむきをえて、ゆ「くり泳いでアリスのほう〈もど 0 て きました。ネズミの顔はまっさおでした。 ( あまり腹を立てたせいだろうと、アリスは思い ひく ました。 ) ネズミは、低いふるえ声でこう言いました。「岸へ上がることにしようや。上がっ てから、わしの身の上ばなしをきかせてあげよう。そうすれば、なぜわしがネコや犬をきら いだか、そのわけがわかるから。」 もう、引き上げなければならない時間でした。なぜって、池にはいろいろの鳥やけものが 落ちこんで、そろそろ混雑しはじめていましたから。アヒル、ドード ー鳥、オウム、子ワシ、 そのほか、まだきみような動物がうようよしていました。アリスを先頭に、一同はそろそろ と岸のほうへ泳いでゆきました。 こんざっ
ばならなかったので、三十分もたっと、アーチはひとつもなくなりました。そして、競技者 しけいしつこう せんぶとらえられて、死刑の執行を待っ身になっ は、王さまと女王さまとアリスのほかは、・ てしまいました。 女王さまはここで勝負を打ち切りにして、息を切らせながらアリスにむかって、おたずね になりました。「そなたは、にせ海ガメを見たことがあるか ? 」 ぞん え。にせ海ガメとはどんなものなのか、いっこうに存じません。」 げんりよう ) をつくる原料さ。」 「にせ海ガメス 1 。フガ , のかわりに子牛 0 頭な 「わたくしはまだ見たことも、きいたこともございません。」 「ではついてくるがよい。身の上ばなしを話すよう申しつけよう。」 、つしょに歩き出すと、王さまが小声で、「みんな、ゆるしてやる。」と一同にむ ふたりがし かっておっしやるのがきこえました。 「まあ、よかった。」と、アリスはひとりごとを言いました。女王さまがあまりたくさん しけいせんこく の人に死刑を宣告したので、アリスはとてもゆううつになっていたところだったのです。 ほどなく、ふたりはグリフォンが日なたぼっこをしながら、ぐっすりねこんでいるところ きようぎしゃ 149
メリ・メリ・ とい、っ立日 リをたべたことあるの ? 」ちょうどそのとき、とっぜん、ドスンー がしたかと思うと、アリスはうずたかくつみ重なっているしばや枯葉の山の上に落ちていま した。そして、墜落はこれで終わりました。 さいわい、かすりきずひとつありません。アリスはすぐにはねおきました。上のほうを見 上げるとまっくらです。前のほうには、また道がながながとつづいていて、さっきの白ウサ いっこく ギが、すたこら道をいそいでゆくのがみえました。一刻もぐずぐずしてはいられません。ア リスは、まるで風のようにかけ出しました。そして、ウサギが角をまがるときに、「やれや れ、耳よ、ひげよ、さても遅れたものじやわい ! 」と言ったのをやっとのことでききつける ことができました。角をまがるときは、ウサギのすぐうしろまで追いついていたのに、まが てんじよう かげ ってみると、ウサギはもう影も形も見えません。ふと気がつくと、アリスは天井のひくい、 てんじよう 細長い広間にきていました。そして、天井からさがっている一列のあかりが、あたりを照ら していました。 広間には、まわりじゅうにドアがついていましたが、どれもかぎがかかっていました。ア リスは、あっちがわからこっちがわへと、ドアをひとつひとっしらべてまわってから、どう ついらく かれは