まど りようしん 身にしみついている。彼は良心の声にしたがって窓をしめた。 が、それほどいそいでしめたわけではなかった。 彼女の声「ーーあの、えもいわれぬ美しい声が聞こえてきた。 くる 「わかってるわーーーよくわかっててよ。あなたはとても苦しんでいらしたのね。わたしも どうじ いったんは疑 まえにはそうだったわ。愛していながら、同時に信じたりうたがったり もうそう いをはらいのけてみるんだけど、すぐまたその妄想が、にたにた笑いながら頭をもたげて くるの。わかってるわ、アレック、よくわかってるの。でもね、じつはそれよりもつらい ことがあるのよーーーあなたといっしょにすごしてきたこの地獄。あなたの顔に疑いが わたしへの恐れがあるのを、わたしはいつも見ていなきゃならなかった。それがわたした どく ちの愛に毒をそそいできたんだわ。 でもさっきのひとがーーーあのとおりがかりの男のひとが、わたしたちをすくってくれた。 こんや ねえアレック、じつをいうと、わたし、もうがまんができなくなっていたの。今夜ーーー今 夜死のうと思っていたのよーーーアレックーーー・おおアレックー うつく じごく わら うたが うたが 148
でしたか ? 」 「せんぜんかわったようすは見えませんでした。」 「で、クレイトン夫人は ? やはりふだんのとおりでしたか ? 」 しよ、つさ しあん 「さよう」と、少佐は思案して、「そういわれてみれば、ふだんよりいくらかロ数がすくな かった。つまり、なにかほかのことを考えているような : : : 」 しようさ 「最初にリッチ少佐の家についたのは ? 」 ふさい 「スペンス夫妻です。わたしがいったときには、もうきていました。じつをいうと、わた ふじん しはクレイトン夫人をさそっていこうとして、そっちへまわってみたんですが、もうでか けたあとでした。ですからわたしはちょっとおくれていったのです。」 「で、なにをしてすごされました ? みなさん、ダンスをなさった ? ポーカーは ? 「両方ともです。ダンスがさきでしたが。」 「おあつまりになったのは五人でしたな ? 「そうです。しかし、その点はかまわんのです、わたしはダンスはやりませんから。それ れんちゅうおど でレコード係にまわって、ほかの連中が踊りました。」 「だれとだれが、おもに組みましたか ? 」 がかり ふじん くちかず
クインといいます。」 わたしはクイン 「おかけなさい、クインさん。」イヴシャムはいった。「こちらはリチャードⅱコンウェイ し きよう 卿、サタースウェイト氏、ポータル氏。わたしはイヴシャムです。」 しようかい 紹介がすむと、クイン氏は、イヴシャムが気をきかせて前によせてやったいすにすわっ こし ち よこいちもんじかげ た。腰をおろした位置のかげんか、ちょっとした炎の反射がその顔に横一文字の影を投げ いんしよう いっしゅん かけ、それが一瞬、黒い仮面をつけているような印象をあたえた。 まるた イヴシャムがさらに丸太を二、三本くべたした。 「一杯どうです ? 」 「ありがとう。 いただきます。」 イヴシャムはグラスを客のところへもってゆき、それをわたしながらきいた。 「このへんにはおくわしいんですか、クインさん ? 「何年かまえにもきたことがあります。」 「ほう、ほんとうですか ? 「ええ。そのころは、ここはケイベルというひとの家でした。」 「そう、そのとおりです。ーイヴシャムはいった。「気のどくなデレクⅱケイベル。あの男 きやく し かめん ほのおはんしゃ 120
にちじようてき かた こわね がのこる。そしてそれを語るのは、チャーリー ーンズの日常的な、おだやかな声音。 「そしてぼくにいわせればと、彼はことばをむすんだ。「あのイーストニーという男に じようき も、ちょっと常軌を逸したところがありますね。もしぼくがあらわれて、世話をやかなかっ お たら、そのうちジリアンは、きっとあの男とめんどうを起こしていたでしよう。」 わらごえ 彼の笑い声は、サタースウェイト氏にはいくらかひとりよがりに聞こえた。ジリアンの え こおう しんけん 顔にも、それに呼応した笑みはうかばなかった。彼女は真剣なまなざしでサタースウェイ ト氏を見ていた。 す 「フィルはいいひとですわ。ー彼女はのろのろといった。「あたしを好いてくれていますし、 いじよう あたしもお友だちとして好意をもっていますーーでもー・ー・でも、それ以上の気持ちはあり こんやく ません。チャーリーとの婚約を彼がどううけとるかわかりませんけど、あたし、なんだか しんばい 心配でーー・ひょっとして彼が、なにかーーー」 きけん ばくぜん 彼女はことばをとぎらせた。漠然と感じている危険をまえにして、不安に胸がつまった のだ。 サタースウェイト氏はあたたかくいった。 やく 「もしわたしでお役にたっことがありましたら、なんなりとうけたまわりますよ。」 し し ふあんむね 172
ダイヤモンド・ ) 」う いくらかぎこちなく、ポインツ氏はゆうべメリメイド号でいったことばを、思いだせる かぎり正確にくりかえした。 しな 「たぶんみなさんは、この品をごらんになりたいと思います。ことのほか美しい宝石でし あ みようじよ、つ て、わたしはこれを〈明けの明星〉とよんで、一種のマスコットとし、膚身はなさずもち あるいています。いかがです、ごらんになりますか ? 」 きようふじん たんせい 彼はそれをマロウェイ卿夫人にわたした。夫人はそれをうけとって、その美しさに嘆声 し みごとなも をもらし、それからそれをレザーン氏にまわした。レザーン氏は、「美しい たいど のだ」と、どこかわざとらしい態度でいうと、それをルウエリンにわたそうとした。 ほ、っせき ちゅうだん そこへウェイターたちがはいってきたので、宝石をまわすことはいったん中断され、彼 さ しな らが去ったあとで、あらためてエヴァンがそれをうけとり、「ひじようにみごとな品です ねといいながら、レオにわたした。うけとったレオは、なにもいわずに、さっさとイー ヴにまわした。 「なんてすてきな宝石でしよう。」 しゅんかんほうせき ィーヴはきどったかんだかい声をあげたが、つぎの瞬間、宝石を手からとりおとし、う せいかく ほ、っせき 0 し いっしゅ はだみ うつく ほうせき 210
「わたしの車です。おいやでなければ、お宅までお送りしますよ。 むすめ - 彼のいやしからぬ物腰風采が、好印象を 娘はさぐるようにサタースウ = イト氏を見た。 , えしやく 彼女は会釈して、「ありがとうございますーというと、マスターズが あたえたようだった。 , ドアをあけて待っている車に乗りこんだ。 サタースウェイト氏の尸 いに答えて、彼女はチェルシー地区の、ある番地を告げた。サ タースウェイト氏も乗りこんで、彼女のとなりにすわった。 じようたい 彼女は気が転倒していて、とても話のできる状態ではなかったし、サタースウェイト氏 ものおも も、彼女の物思いに割りこんでゆくほど心ない男ではなかった。それでも、しばらくたっ いくぶん気もしずまったのか、彼女はむきなおって、自分から話しだした。 ぐれつ 「じっさい、人間ってどうしてこう愚劣なんでしようねえ ? 「こまったものですな。」サタースウェイト氏はあいづちをうった。 あんしん じっさいてきたいど 彼の実際的な態度に安心したのか、それとも、だれかにうちあけずにはいられなかった のか、彼女はきゅうにいきおいこんでしゃべりはじめた。 えね、つまりこういうことなんですの。ィーストニーさん 「なにもあたしがわざと とあたしは、古くからのお友だちですーーーあたしがロンドンにきて以来、ずっとおっきあ てんとう たく ものごしふうさい ばんち こういんしよう = クインの事件簿 163
やかい ーティーでのボワロのようすは、ちょっとした見ものである。寸分のすきもない夜会 びんとしたホワイト・タイ。頭髪をまんなかからびたりとわけて、ボマードで光らせ、 ゅうめい ねんい うわむ 有名な口ひげを念入りに上向きになでつけているーーーどこから見ても、いささかこつけい ねん だておとこ なほどのご念のいった伊達男ぶり。こういうときにこの小男を見て、あれが有名な大探偵 だといわれても、真にうけるのはむずかしい。 十一時を三十分ほどまわったころだった。女主人のレディー・チャタートンがっかっか すうはいしゃ と近づいてきて、ボワ口を群らがる崇拝者の一団から手ぎわよくひきはなし、つれさって いった。わたしがあとからついていったことはいうまでもあるまい きやく ほかの客たちに声がとどかないあたりまでくると、レディー チャタートンはいくらか 息をはずませていった。 「ちょっと二階のわたくしの部屋までいらしていただきたいんですの。場所はごそんじで すわね、ボワ口さん。ぜひともあなたのお力をおかりしたいというひとが待っていますの たすけてあげていただけますわね。わたくしのいちばんの親友ですのーーですから、 いやだなんておっしやらないでくださいね。」 話しながら、いきおいよく先に立って歩いてゆくと、レディー・ チャタートンはある部 ふく とうはっ おんなしゅじん いちだん しんゅう すんぶん ゅうめい だいたんてい
車がスビードを落とした。 たくでんわ 「お宅に電話はありますか ? ー彼はたずねた。 「ええ。」 「なんでしたら、わたしがなりゆきをくわしく調べて、お宅に電話してもいいですよ。」 むすめ 娘の顔がばっと明るくなった。 「まあ ! それはご親切に。でも、ごめいわくじゃありません ? 「いや、ぜんぜん。 じたくでんわばんごう 彼女はまた礼をいって、自宅の電話番号を教え、ややはにかみがちにつけくわえた。 「あたし、ジリアン日ウエストと申します。」 しめい 託された使命をになって夜の町に車を走らせながら、サタースウェイト氏は奇妙な微笑 を口もとにただよわせていた。 彼は考えた。 ( それではこれが、あのことばの意味するところだったんだなーー・「ひとつの顔の形、あご のまるみが : : : 」か ! ) だが彼は約束をはたした。 たく やくそく しんせつ しら たく し きみようびしよう 166
けじゃないでしよう ? イギリスだってあぶないって聞いたわよ。」 みようじよう 「それでも、〈明けの明星〉だけはとらせはしませんよ。」ポインツ氏はいった。「まず第 うち とくべつじた 一に、特別仕立ての内ポケットに入れてありますからね。それにどっちみちーーわたしも ねんき みようじよう この道では年季を入れてますから、そこにぬかりはありません。〈明けの明星〉だけは、 だれにもとらせるものですか。 ィーヴは笑った。 「ふ、ふ、ふーーーあたしなら盗んでみせるわー 「そうはいきませんよ。ーポインツ氏は、目をきらめかせて相手を見かえした。 ねどこ しいえ、やれるわ。ゅうべ、寝床のなかで考えてみたのーーーおじさまがあれをみんなに まわして、見せてくたさったあとで。すごくうまい方法を考えたのよーー。あれならぜった い盗みだせるわ。」 ほ、つほう 「ほう、どんな方法です ? 」 きんばっ ィーヴはいきおいよく金髪をふって、首をいつ。ほうにかしげた。 「教えられませんよーだ いまはね。なにか賭けるっていうんならべつだけど。」 わか ポインツ氏の胸に、若ゃいだ気分がわきあがった。 ぬす わら むね ぬす あいて 206
「スタイン君、さっききみ、なにかつぶやいたな ? わたしが聞きかえしたが、きみは答 えなかった。だがじつは、きみのいったことはだいたい聞こえたんだ。ィーヴ嬢が、われ われのだれもダイヤモンドのありかに気がっかなかったといったのにたいして、きみは、 『さあ、どうかな』とつぶやいた。してみると、どうやらわれわれのうちひとりは、それに 気がついておったらしいということになる。そしてその人間は、現在、この部屋にいる。 しょち かくじ こうへい したがって、このさいわれわれのとるべき唯一の公平かっ名誉ある処置は、各自がすすん しんたいけんさ で身体検査をうけることだ。ダイヤモンドはこの部屋からはでておらんのだからな。」 きよう じだいえいこくしんし いったんジョージ卿がよき時代の英国紳士をじる気になれば、彼にかなうものはいな せいじっ 彼の声は、誠実さと憤りをこめて、りんりんとひびきわたった。 簿 ふゆかい 件 事 「不愉快なことになりましたな、いささかーと、ポインツ氏がめいわくそうにいっこ。 の 「みんなあたしのせいだわ。ーイーヴが泣きじゃくりながらいった。「こんなつもりじゃなン かったのに じよう 「元気をだしなさい、お嬢さん。」スタイン氏がやさしくいった。「だれもあんたを責めて るわけじゃないんだから。」 くちょ、つ レザーン氏がもったいぶった、きざとも聞こえる口調でいった。 くん いきどお えん げんざい じよう 219